空々しくも回る舌
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「それでこの騒動の責任。どうやってとって頂けますか?」
ザグレフはそう言って私の顔を覗き込む。
「……」
その目を見た時、私は何か既視感の様なものを覚えた。
懐かしく、そして冷たく鋭利な視線。
……コイツはバルドゥーグの様な馬鹿では無さそうだな。
私は少し考えると、予想外だと言わんばかりに返す。
「……随分とおかしな事を言うな。何故お前に私達の責任が追及出来る?黒豹戦士団にそんな権限は無いし、先程のやり取りと齟齬が有る様に聞こえるが?」
「ゴホッ!!ええ……。確かにその様に聞こえると思います。しかしながら今の黒豹戦士団はフィウーメの治安の維持をアバゴーラ様より仰せつかっている立場にあるのです。こういった問題に際しては独自の裁量権を預かっているのですよ。……つまり、この場での私の判断はアバゴーラ様の判断に等しい。私としても心苦しいのですが、これだけの騒動を起こしたのです。……黒鉄の皆様を何一つ罰せずに放免する事は叶いません」
そう言って薄い笑みを浮かべるザグレフ。
……成る程。これが奴の手か。
アバゴーラが持つ権限は、当然ながら連邦では最高峰のものだ。
治安の維持だけに限定されるとは言え、その一部を使えるのは圧倒的な権威を手にしているに等しい。
奴はわざと黒豹の団員達を街で暴れさせ私達を釣ったのだ。
バルドゥーグはそれを私との一対一の為に持ち出したが、治安の維持を委任されてると宣言した上で憲兵達を連れている以上、ザグレフは積極的に公権力で抑えに来ているのだろう。
……とは言え、これは悪手だ。
そもそも黒豹戦士団のフィウーメでの心象は地に落ちていると言って良い。
そんな連中にアバゴーラの名で権限を与え、そして住民達の為に立ち上がった我々を捉えさせるのは住民達に相当な不信感を生む行為だ。
短期的に考えれば私達を押さえられるというメリットもあるが、長期的に考えれば黒豹戦士団の増長など含めてデメリットの方が目立つ。何を考えてアバゴーラはこれを許可したんだ?
……分からんな。
取り敢えず会話を続けて情報を引き出すか……。
「……騒動を起こしたのは私達ではなくお前達黒豹戦士団だろう?治安の維持を任されていると主張するならば、先ずお前達からではないのか?」
「ゴホッ!……無論我々黒豹戦士団もその責任を負う事になります。実際に事件の首謀者である団員のヌーグは我々の手で処罰しましたし、事態の収束の為にバルドゥーグは街に出ていた団員達を集めさせています。団員の暴走を防げなかった事は誠に申し訳ありませんが、しかし我々は事態に対して誠実な対応をさせて頂いている筈です」
……こ、この野郎!
サラッと死んだヌーグに責任を被せた挙げ句に、バルドゥーグが私達を囲む為に団員を集めさせたのを、“事態の収束の為にした事”に転換しやがった!
……いや、違う。状況を考えるに事前にそういう手筈になっていたと考えるべきだろう。
確かにこれなら不手際はあれど対外的には明確に対処に乗り出していたと言えるし、黒豹戦士団が好き勝手に暴れ回る事をアバゴーラが許可していなかったとアピールも出来る。
住民達の口を塞ぐ事は出来ないだろうが、それでも騒動になる程の不満は上がらないだろう。
腹立たしいが、思った通り頭は使えるらしい。中々嫌らしい手だ。
私は若干動揺するが、それを悟られない様に冷静に返す。
「……詭弁だな。バルドゥーグの発言から考えれば貴様の言葉の信憑性は低いと言わざるを得ない。苦し紛れの言い訳にも程があるとは思わないか?」
「ゴホッ!……詭弁などとんでもない。街で好き勝手していた団員達を集める際にはしっかりと“今すぐ馬鹿騒ぎを止める様に”と伝えていますし、受けた被害に関しては保証する旨も被害者達に伝えて有ります。無論、急を要する事態でしたので取り零しも有るでしょうが、その場で請求された場合には即座に支払いも行なっています。なんなら今から確認して頂いても構いませんよ?私は事実しか話していませんから」
「……」
確認するまでも無い。コイツならそうする。
「ゴホッ!……バルドゥーグの発言に関しては詳しい事は把握しかねますが、トカゲ殿と戦闘になった事実から考えるに、恐らく冒険者としての矜持から来るものでしょう。“荒事で恥をかく訳にはいかない”。それが彼の口癖ですから、負けん気に押されて貴方に挑んでしまったのだと思います」
「……良く舌が回るな。そこまで空々しい事を並べて恥ずかしくないのか?」
「フフフ……ゴホッ!ゴホッ!ゴホッ!……失礼。どう受け取られるか迄は承知しかねますが、事実は変わりませんよ。……黒豹戦士団はアバゴーラ様より治安維持を委任された立場であり、首謀者であるヌーグは厳正に処罰しています。そして被害者への補償は確約しており、一部ですが実施もしています。残る団員達の懲罰に関しては任務に支障の無い範囲でさせて頂きますよ。そして──」
ザグレフはそこで区切ると、異様なまでに冷たい目で続けた。
「……残るのは市街地で戦闘行為を行い、重傷者複数名を出した貴様等“黒鉄”の処遇だけだ。……私の言葉に何か反論があるか?」
「……」
“無い”
全くもって“無い”と言わざるを得ない。
無論、黒豹戦士団の不手際を主張する事も出来るだろうが奴は表面的な謝罪を繰り返すだけだろう。
私達が何を言った所で奴等が治安の維持を委任されたのは事実だろうし、奴の言う通り職務の都合上支障の無い懲罰しか与える事は出来ない。
住民達の被害にも補償すると言っている以上、これ以上の責任を追及するのは難しい。
私達がフィウーメ自体に攻撃をするつもりが無い事を読み取り、公の敵対を避けるであろう事も前提としてこの罠を敷いたのだろう。
敵ながら実に見事な作戦だ。
感動的だな。
「──だが無意味だ」
「……は?何を言って──」
私はザグレフの言葉を遮り、我等がヒーローを呼んだ。
「ナーロ様!こちらに来て下さい!!」
「!?」
私の言葉に心底嫌そうな顔をするナーロ。
しぶしぶと出て来た彼に触れ、私は支配を解除する。
そしてナーロをザグレフ達に見える様に前に出して紹介した。
「……この方はナーロ・ウッシュ様。バトゥミ副都市長にして偉大なる連邦評議会“十七賢人”に名を連ねるバーロ・ウッシュ様の実子に当たるお方だ」
「……!?」
いきなり現れたナーロに初めて困惑した様子を見せるザグレフ。
私は口角を上げて続けた。
「今、私達“黒鉄”はこの方の護衛依頼を受けている。そしてこの事件の発端だが、ナーロ様がヌーグの横暴を咎められた事に端を発する。咎められたヌーグは明確にナーロ様に殺意を向けていた。法律に詳しい様だから知っているだろう?“評議員、及びその一親等の身命は他の全てに優先される”。これは連邦法に於ける最重要要項の一つだ。……分かるか?お前達が何をどう言おうとも、私達の行動は連邦が保証しているんだ」
「〜〜〜ッッ!!」
私の言葉に驚愕の表情を浮かべるザグレフ。
そう、長々と話を聞いていたが結局のところ“鬼札”を手にしている私達に通用する話では無い。
まぁ、もう少し情報を引き出しても良かったのだが、コイツのドヤ顔を見ていたらどうしても歪めたくなってしまったのだ。
テヘペロ♪
「け、憲兵ッッ!!」
ザグレフは慌てた様に憲兵を呼ぶ。
「コイツには強制系ユニークスキルを所持している疑惑が有るッッ!!ナーロ様がその影響下に有る可能性が捨て切れない!!今すぐ私が“解析”を使用してそれを証明するから記録しろッッ!!」
「!?」
ザグレフの言葉に驚愕の表情を浮かべる憲兵。
咄嗟にそれが思い浮かぶ辺りどうやら向こうもそれを想定して動いていた様だな。
まぁ、私もそれを想定していた訳だが。
ザグレフの錫杖が光を放ち、その光がナーロを包んで行く。
憲兵は何やら御守りらしきものをそちらに向けて掲げている。
そして──
「……ッ!!」
「……反応は有りませんね。どうやら白のようです」
顔を顰めるザグレフと安心した様子を見せる憲兵。
私はザグレフにだけ見える様に口だけを動かす。
“バカ”
「〜〜〜〜ッッ!!」
憤怒の形相を浮かべるザグレフ。
「今の段階で強制系のスキルの影響下にないだけでかけられてなかった事の証明にはならない!!コイツらを捕らえろッッ!!」
「し、しかし何の証拠も無く捕らえる事など出来ません。それにそもそもトカゲ殿の仰る通りなら我々にその権限はありませんし……」
「アバゴーラ様に何を言われたのか忘れたのかッ!?“ザグレフの言葉には可能な限り沿うようにしろ”!そう言われただろうがッッ!!」
「し、しかしそれでは──」
憲兵と言い合いになるザグレフ。
まぁ、これ以上コイツらの茶番に付き合うつもりは無い。
私は奴等の会話を遮る様に割って入った。
「……もう行っても良いか?謂れもない言い掛かりをつけられて疲れてしまってな。そろそろ帰って酒が飲みたい」
「ふざけるなッッ!!ここまでしておいて何の咎めも受けずに済むと思うのかッッ!!貴様らには相応の処罰を受けて貰うッッ!!」
「……正気か?」
「あぁッ!?」
「……“ここまでしておいて何の咎めも受けずに済むと思うのか”。確かに言葉面だけ捉えれば正論だろう。だが、それをお前達黒豹戦士団が口にするのか?特権と暴力を傘に好き勝手している貴様らがな」
「それは元より我々に与えられた権利だ!!それを貴様らにとやかく言われる筋合いは無いッ!!」
「ふむ……いや、それは確かにそうだな。我々も貴様らに同じ事をする立場だから良く分かる。すまない。発言を撤回しよう」
「……ッッ!!」
ザグレフの顔が目に見えて歪んだ。
私は続ける。
「……とは言え、幾つか疑問もある。そもそも連邦から追放処分を受けた筈のお前達が何故フィウーメに居る?」
「聞いていなかったのか?アバゴーラ様からフィウーメの治安維持を仰せつかったからだ。スロヴェーンと人間共の戦争が終結し、それに伴って連邦も軍備の整理を行なっている。現状のフィウーメには軍事的空白がありそれを補助する為に──」
「違う。誰に許可されたのかの話だ」
──ピクッ──
ザグレフが言葉を止め、表情を固くする。
そして少しだけ考える素振りを見せてから口を開いた。
「……状況を見れば分かるだろう。アバゴーラ様だ」
「だろうな。だからこそおかしい。お前達黒豹戦士団の追放処分は連邦評議会で決定された内容だ。それをアバゴーラ様と言えども単独で反故する事は出来ない。そしてそれが分からないアバゴーラ様では無い筈だ」
「……連邦はあくまでも都市国家間の連合だ。各都市の自治に関してはその都市の都市長の判断が優先される。その判断で我々の追放が解かれたとしても何らおかしくはあるまい?」
「いやおかしいな。そもそも追放処分が解かれたと言っているが連邦法上ではお前達の追放処分は解かれた事になっていない。あくまでも“五壁都市フィウーメ”の独断でしかない。その状態で貴様ら黒豹戦士団に何故裁量権が与えられる?これが異常では無いと誰が思うんだ?」
「……それは法の解釈の違いだ。少なくともフィウーメに於いては何の問題も無い」
「そうだな。それ自体は否定しない。しかし──」
私はそこで区切ると周囲にアピールする様に続ける。
「貴様ら黒豹戦士団は明確に“連邦法”を犯しており、そしてそれを知った上でアバゴーラ様はお前達に権限を与えた。……先程強制系ユニークスキルに言及していたが、お前こそアバゴーラ様を操っているんじゃないのか?」
「なっ!?違──」
ザグレフは即座に否定しようとするが、それよりも早く住民達から声が上がった。
「ザグレフがアバゴーラ様を操ってる……!?」
「……そんな……いや、確かにそうだ!その方がずっと納得が出来る!アバゴーラ様があんな奴等を受け入れる訳が無い!」
「なんて野郎だ!それであんな横柄な態度とってるのか!!」
こうなると住民達は止まらない。黒豹がアバゴーラを操っていると口々に噂しだし、その熱をどんどん高めて行く。
アバゴーラへの信頼と不信感が形を変えて黒豹へと向かったのだ。
「……ッ!」
ザグレフはその様子を苦虫を噛み潰したように見ている。
最早何を言った所でこの流れは変えられない。
まぁ、私としては皆殺しにしたかったがザグレフの頭ならそれは難しかっただろう。
ならばこうして動きを封じるのは次善の手としては悪く無い。少なくとも黒豹戦士団はもうフィウーメではまともに動けない筈だ。
私は住民達に向かって叫ぶ。
「フィウーメの住民達!聞いてくれ!!今言った事は根拠のない憶測でしかない!!勝手な思い込みで行動を起こさないでくれッッ!!」
私の言葉に騒めきつつも若干の冷静さを見せる住民達。私は更に続ける。
「しかし!!奴等の扱いが疑わしいのもまた事実だッ!!だが安心してくれ!!ここにいらっしゃるナーロ様は奴等の横暴を許したりはしない!!そして、それだけの地位と発言力のあるお方だ!!もし何か有ればナーロ様と私達黒鉄を頼ってくれ!!私達黒鉄もまた、奴等の暴力に屈さないだけの力があるッッ!!」
──オォオォッッ!!──
割れんばかりの喝采が巻き起こる。
私はその光景を見ながら、一つの想いに包まれていた。
……ハッキリ言って、超☆気持ちィィィィッッ!!
いやぁ〜これは気持ちいいよ?マジで気持ちいい。
携帯小説とかだと“俺は目立ちたくない”とかアホみたいな事言いながら目立ちまくるけど、私は目立ちたいし自己顕示欲強いからね?こんなんされたらそりゃあウッキウキよ。
住民達が先程を上回る熱い視線と声援を送って来る。ナーロも口々に賞賛され、かなり嬉しそうだ。
「ナーロ様、あの……凄く素敵です!!」
「ハハハ!それ程でもあるんだが?だけど僕にはフィアンセのライラちゃんが居るんだが。悪いんだが君の想いには応えられないんだが……」
「あ、ナーロさん私なら大丈夫ですよ。どうぞその人と末永くお幸せに」
流石ライラ。塩対応。
レナはチベットスナギツネの様な視線を私に向け、アッシュは……。
……。
……仕方ない、か。
「ゴホッ!……失礼。少し冷静さを失っておりました」
ザグレフがそう言って小声で話しかけて来た。
周囲はまだ騒然としており、意識していなければ聞き逃しただろう。
「いや、別に構わないさ。私も冷静に考えたらケイトの話の内容的にお前達がアバゴーラ様を操っている可能性は極めて低い筈だった。何せお前達黒豹が依頼を受けたのはフィウーメに入るより随分と前のようだし、時系列的におかしくなるからな」
「ハッハッハ!ゴホッ!ゴホッ!……良く回る舌ですね。そんな空々しい事を並べて恥ずかしくないのですか?」
「どう受け取るかまでは感知しない。どの道事実は変わらないからな。だろう?」
「ゴホッ!ゴホッ!!……ええ。私の負けです。こうなってはフィウーメで黒豹戦士団はまともに動けないでしょう。我々が何かすればその情報は住民達から貴方達に集る。暴力に訴えたとしても住民達はあなた方に助けを求めるでしょうし、戦力にしても神託者を支配下に置いている貴方達には敵いません。アバゴーラ様の権威も使い物にならない。何せそれを行使する者達すら我々の味方では無くなったのですから」
ザグレフはそう言って溜息を吐く。
「……いやに冷静だな。もう少し激昂すると思っていたが」
「ゴホッ!ゴホッ!!……ふぅ。いえ、信じられない程に怒り狂っていますよ?口に出来ない様な方法で貴方を殺したいと思うくらいにはね。しかし私はある一定以上に怒りが高まると返って冷静になるんですよ。どうやって相手を殺すのか。どうすれば相手を苦しめられるのか。それを冷えた頭で考える様になるんです。私にとっての怒りとは、差し詰め氷の様な感情なのです」
ザグレフはそう言うと真っ直ぐに私の目を見た。
「……殺しますよ。“黒鉄のトカゲ”。貴方は間違いなく私の敵だ。獲物では無く、同じ捕食者。自分の縄張りに入り込んだ別の雄を許す獣など居はしない」
「……私も殺すぞ“黒豹戦士団”。そして“呪文教書のザグレフ”。ここは私の餌場だ。自分の餌場に迷い込んだ獲物を、わざわざ見逃す獣など居ない」
「フフフ。随分と舐められたものですね……ゴホッ!ゴホッ!!……それでは失礼します。またお会いする時を楽しみにしていますよ」
ザグレフはそう言って踵を返しすと、団員達を連れて歩き出す。
一緒に来ていた憲兵も、私達に向かって一礼するとそれに従う様に付いて行った。
──ワァァァッッ!!──
私達から遠ざかる黒豹戦士団の様子に、再び住民達から喝采が巻き起こる。
しかし住民達の祝勝ムードとは違い、私の中では警鐘が鳴っていた。
そう、ザグレフは良く似ているのだ。
人間だった頃の私に──
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