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予感

ーーーーーー





『不味い事になった』


 不意にそんな声が響く。


 此処はザグレフがアバゴーラに居所として貸し与えられた客室だ。


 無論、盗聴用の魔法道具マジックアイテムがこれでもかと仕掛けられていたが、その全てをザグレフは沈黙させていた。


 その為声の主に心当たりがあるザグレフは、何ら気負う事無く答える。


「ゴホッ!……()()()()()()()()()のですか?」


 ザグレフは黒豹の団員達に幾つかの命令を与えて街に出していた。


 先ずは闖入者を見つけ、可能ならば確保する事。


 それが不可能ならば深追いはしない事。


 そしてそれらの情報を自分に伝える事だ。


 とは言え、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 連中がどの勢力に属しているかは分からないが、連中がフィウーメに留まっている以上、アバゴーラが黒豹戦士団を追放する事は先ず有り得ない。

 現状のアバゴーラには信頼と実力が有る手駒は近郊には居らず、適当に闖入者達を追うフリをしていれば、祭りの時までの時間を簡単に稼げる。


 膠着状態を望んでいるザグレフにとって、神託者オラクルを抱えてフィウーメに留まっている闖入者達はむしろ都合の良い存在と言えたのだ。


 無論、背景を考えるに相応に警戒すべきだが、それは向こうにしても同じことが言える筈。

 アバゴーラの手前、“闖入者側から動く”と言っておいたが、ザグレフは向こうから動く可能性は短期的に考えれば低いと踏んでいた。


 しかしこうしてオルドーフが報告に来た以上、闖入者達は予想以上に早く餌に食いついてしまったのだろう。


 そう考えたザグレフだったが──


『……餌に食い付いたのもそうだが、“耳”と“目”が潰された。……どうやら奴等全面的に俺らとやる気らしい』


「なっ!?」


 ザグレフはオルドーフの言葉に耳を疑う。


 “耳”と“目”は黒豹の団員達の中でも情報収集に特化させた者達だ。選りすぐりと言う訳では無いが、それでも市井しせいに紛れ込ませた彼等を殺すには相応の下調べと人数が必要となる。


 そしてそんな手間と人員をいた以上、闖入者達は黒豹との敵対を避けるつもりが無いと判断出来た。


『……定時連絡が無かったから分身(ノットランプ)で探ったんだが、路地裏で雑にバラされてやがった。奴等隠すつもりも無いらしい』


「……情報の流出は?」


『多分ねぇな。ユニークスキルが絡んだら確実とは言えねぇが、定時連絡と連中の動向の兼ね合いを考えたら多分直接“耳”と“目”が黒鉄と接触した事は無い筈だ。っつっても元々大した情報も渡してねぇし、仮にやられてても問題無いと思うが』


「ゴホッ!……それはそれで面倒ですね……。少なくとも相応の手練れがまだ隠れている事になりますし。……それで連中は今どこに?」


『繁華街のど真ん中でヌーグ達とやり合ってやがる。バルドゥーグが団員を集めさせているが、アイツなら勝ち目の無い戦いは避ける筈だし任せて良いんじゃねぇか?』


()()()()


『……は?いや、でもリーダーは祭りの準備が有るんだろ?城壁結界に細工するなんざ誰も代われないぜ?万一不手際があったらあのナルシスト野郎が何て言うか……』


「ゴホッ!……分かっていますよ。無理をするつもりはありません。……ただ何となく嫌な予感がするのでね……」




ーーーーーー


 


「……全く……嫌な予感程良く当たりますねぇ……ゴホッ!」


 そう口にしたのは黒豹の獣人ライカンだ。


 長身痩躯で、黒地に金糸をあしらったローブ。大粒の宝石を使った御護り(タリスマン)が目に付く。


 顔は痩けており、病弱で頼り無くも映るが、その目にはある種の力強さの様なものを感じる。


 ……間違い無い。コイツが“呪文教書スペルバインダーのザグレフ”だな。


 奴は私に視線を向けると、そのままバルドゥーグへと視線を移した。


 ……トドメを刺し損ねていた。

 取り敢えず殺しておくか。


 そう思った私だったが──


「止めて貰えますか?()()()()()()()()()()()()()?」


「……」


 そう言ったザグレフは私ではなく、我々の様子を伺っている住民達にその杖を向けていた。


 最悪の場合には住民達を切り捨てる事になるだろうが、今それをするにはデメリットが大き過ぎる。


 私は諦めて肩を竦めた。


「ゴホッ!……バルドゥーグさん。起きて下さい。この程度でくたばる貴方では無いでしょう?」


 ザグレフはバルドゥーグへ近付くとそう言って奴を起こそうとする。

 しかし奴は既に瀕死であり、答える事は無い。


「……」


 ザグレフはバルドゥーグの反応を見ると無言で懐からガラス瓶を取り出す。

 そして中に入った薬品を奴に振りかけた。


 恐らくだが、ダメージポーションだろう。

 バルドゥーグの体が元に戻って行く。


「……グバッ!!ゲホッ!グッ……!ザ、ザグレフ……!?」


「……ゴホッ!……どうにか間に合ったみたいですね……。どこか痛みますか?一応、手持ちでは最高希少度(レアリティ)のダメージポーションですが……」


「……ッ!!」


 上半身を起こしたバルドゥーグは、ザグレフを無視して私の方を見る。


 そしてそのまま飛び起きると右手を掲げて叫んだ。


呼出コーリング!“竜骨砕き”!!」


 発光と共に奴の右手に戦槌が現れる。


 そして──


 ──ドゴォッッ!!──


 轟音と共に地面が抉れる。


 まぁ既にそこには私は居らず、抉ったのは地面だけだが。


「……殺すッッ!!殺しやるッ!!殺してやるぞゴミクズがッッ!!グチャ味噌にしてッ!!豚の餌にしてやるッッ!!」


 憤怒の表情でそう言い放つバルドゥーグ。しかしどうして自分が死に掛けたのか忘れたらしい。


「フハハ!笑わせてくれるな。今しがたヒキガエルの様に死に掛けていたお前がどうやって私を殺すんだ?」


「黙れッッ!!俺は!俺はまだ覚醒解放も使ってねぇッッ!!」


「ブフッ!?ハハハッ!!わ、笑わせてくれるなと言ったばかりだぞ!?“俺は本気出して無いだけ”なんぞ今日日きょうびそこらのガキでも言わないぞ?それで言い訳になっていると思っているとはな!ハハハッ!!」


「テメェェッッ!!」


 バルドゥーグが再び戦槌を振り上げ私へと迫る。


 これで二度目だ。言い訳も出来た事だし、今度こそ確実に殺してやろう。


 そう思い足に力を込めた私だったが──



 ──ピタッ──



「!?」


 突然バルドゥーグの動きが完全に止まった。


 それこそ、魔眼を掛けた時の様に。


「ゴホッ!……“影踏み(シャドウスナップ)”」


 そう口にしたのはザグレフだ。


 奴は手に持った錫杖をバルドゥーグの影に突き立て、それと同時にバルドゥーグの動きが止まったのだ。

 得体が知れないが、恐らくスキルでは無く魔法なのだろう。媒介らしき錫杖が光っているし、この反応はジャスティスの角でも見られる反応だ。


「ザグレフッ!!さっさと放せッ!!このクソゴミをブチ殺すッ!!」


 バルドゥーグがそう言って吠える。

 ザグレフは呆れ顔で首を振った。

 

「ゴホッ!……駄目ですよ。折角拾った命を捨てないで下さい。無料タダじゃないんですから」


「アァ!?誰が死ぬだとッ!?テメェから死ぬかザグレフッッ!!」


「……はぁ」

 

 ザグレフは溜め息を吐くと、バルドゥーグの影から杖を離す。


 同時にバルドゥーグが再び動き出すが──


 ──ゴウッッ!!──


「グブッッ!?」


「!?」


 即座にザグレフの放った光球が炸裂し、バルドゥーグを弾き飛ばした。


 私はその光景に思わず目を見張る。


 ……()()()()()()()()()()


 私はカウンターで殺す為に移動していなかったのだが、ザグレフの光球はバルドゥーグが私に届く前に奴を弾き飛ばしたのだ。


 詠唱を破棄して魔法を発動するのは私にも出来るが、それでもこれ程の速さで魔法を発動させる事は出来ない。


 ユニークスキルか、若しくはかなり高度な魔法道具マジックアイテムの効果と言った所か。


 ザグレフは私に向き直る。


「ゴホッ!……“爆破イラプション”。すいませんね。ウチのメンバーがご迷惑をお掛けしまして……」


「別に構わないさ。此方も()()やり過ぎたかも知れないしな」


「ゴホッ!……これで多少ですか……」


 ザグレフは当面は動けなくなった団員達に視線を送る。

 私はそれに気付かないフリをするが、背後から感じた視線に振り返った。


「何くっちゃべってんだゴミ共がッッ!!」


 当然ながらバルドゥーグである。


 奴は再び戦槌を手に持つと、憤怒の形相で此方に近付いて来た。


「ゴホッ!……バルドゥーグさん。何度も言わせないで下さい。ここまでですよ。下がって下さい」


「あぁッッ!?誰がそれに納得するかよッ!!コイツの死体を磨り潰さねぇと俺の気が収まらねぇッッ!!」


「ハハハッ!なら永遠にお前の気は収まらないだろうな?私はお前如きに死体に出来る様な相手では無いのだから」


「ッテメェェッッ!!」


 バルドゥーグがそう言って再び戦槌を振り上げたその時──


「……()


「ッ!?」


 ザグレフの言葉に怯むバルドゥーグ。


 奴は怯えた様子で戦槌をゆっくりと下ろす。


「ゲホッ!……それで良いんですよ。いいですかバルドゥーグさん。ここに居るのは我々だけではありません。貴方が彼を殺せばどうなるか分かりませんよ?少なくとも()()()()私達に好意的では有りません」


 ザグレフはそう言ってアッシュ達の方を見る。……まぁ、正確に言えばレナ一人を見ていたが。

 バルドゥーグも釣られる様に視線を移し、そして顔を顰める。


「ゴホッ!ゴホッ!……もし仮に事を構えるつもりなら、相応の覚悟と準備が必要です。そのどちらも今の黒豹戦士団にはありません。分かって頂けますか?」


「……ックソッ!!」


 バルドゥーグは苛立ち紛れに戦槌を地面に振り下ろす。


 そして何かを思い出した様に視線を移した。


「……へっ?」


 ──ヌーグだ。


 突然バルドゥーグに視線を向けられた奴は、マヌケな顔で此方を見ている。


 バルドゥーグはそのまま戦槌を肩に担ぐと、ヌーグへと近付いた。


「……よくも……よくもここ一番でドジってくれたな……?テメェにゃあそれなりに良くしてやってたつもりだが……」


 怒りの形相でそう言うバルドゥーグ。

 ここに来てようやく自分の置かれた状況を理解したのか、ヌーグは慌てて声を上げた。


「ちょ、ちょっと待ってくれバルドゥーグ!!お、俺は確かにしくじったかも知れねぇがあんな土煙りが立ってたら魔眼なんざまともに使えねぇよ!!仕方ねぇだろ!?な!?なッ!?」


「……そうだな。仕方ねぇな……」


 バルドゥーグの言葉に安心した様子を見せるヌーグ。

 ……やはり馬鹿だな。次にバルドゥーグがどう言うかくらい想像出来そうなものだが。


「──仕方ねぇから死んどけ」


「へ?」


 ──グシャッ!!──


 戦槌をヌーグの頭に振り下ろすバルドゥーグ。

 ヌーグの上半身はそのままひしゃげ、そして息絶えた。


「……次は……テメェもこうしてやる」


 此方に振り向くとそう言って私に凄むバルドゥーグ。憂さ晴らしの行動だろうが、しかし生憎と怖さなど微塵も感じない。


 ……そしてコイツも目の前の光景に何も思わなかった様だ。


「ゴホッ!……まぁ、()()くらいなら別に良いでしょう。改めまして、私は黒豹戦士団でまとめ役の様なものをしていますザグレフと言う者です。以後お見知り置きを」


「これはこれはご丁寧に。私は冒険者チーム黒鉄の代表でトカゲと言う者です。どうぞよろしくお願いします」


 そう言って私達は互いに挨拶を交わす。


 しかし握手を求める事は無い。それが我々の距離感を表している様だった。


 ザグレフは再び周囲を見回すと、改めて私に向き合った。


「ゴホッ!……さて、今回は黒豹戦士団われわれのメンバーがご迷惑をおかけして本当に申し訳ありませんでした。私もまとめ役として必死に勤めて来たのですが、彼等を御しきる事が出来ませんでした。それを皆様方“黒鉄”に止めて頂き、感謝の言葉もございません」


 ザグレフはそう言って恭しく頭を下げる。


 内心どう思っているか分かったものではないが、しかしその所作は非常に理知的に見える。


 ……中々の狸の様だな。


「……別に構わない。フィウーメに籍を置く冒険者として当然の事をしたまでだ。それにさっきも言ったが、此方もやり過ぎた面はある」


「いえ。皆様の対処は良識の範囲でしょう。幸いにも死者は出て居ませんし。それで──」


 ザグレフはそこで区切ると私の目を見て続けた。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」





ーーーーーー

 


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