黒蟻
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──ドサッ……──
暗い路地裏で、また一つの人影が倒れた。
「……ッ!」
彼は目の前の光景に思わず言葉が詰まる。
7人居た筈の仲間達が、ほんの数十秒で物言わぬ肉塊と化したのだ。
彼の黒豹戦士団での役割は、不測の事態が起きた時の為の伝令。
例えどれだけ仲間が危機に晒されようとも決して加勢は許されず、確実に情報を伝える様に徹底されていた。
だからこそヌーグの一団が対象と接触した事が確認出来て直ぐにザグレフの下へと向かったのだ。
その時共に酒を飲んでいた仲間達も一緒に来ると言い、安全面から考えても簡単な仕事の筈だった。
それなのに──
「て、テメェら!!俺らが黒豹戦士団だと知ってこんな真似してんのか!?」
彼はそう言って精一杯の威嚇をする。
しかし彼も本心では何の意味も無い行為だと理解していた。
目の前に居る四人は、それだけの実力があるのだから。
「ゲヒャヒャヒャ!!そいつぁ怖いねぇ?天下の黒猫戦士団様に目を付けられちゃあおしまいだもんなぁ?じゃあ、チクられる前にチクチクしちまおうか?」
そう言ったのは長身痩躯のオークだ。
その両手には二本の三日月刀が握られている。
そこまでならなんの変哲も無い事だが、その極端に長い両手は、奴が特殊位階なのだと示していた。
「止しなさいマロホーティ。怯えているじゃないですか。彼は黒犬戦士団の諜報員です。それなりに情報を持ってそうですし、丁重に扱わなければ。ねぇ?デューレス」
そう口にしたのは僧侶の姿をしたオークだ。
口振りは丁寧だが、しかしこの場で最も多くの仲間を殺したのは奴だった。
「ロベニールの言う通りだ。しかし全てをお決めするのは若様だ。我等はそれに従うのみ」
そう言って静かに佇むのは見事な体躯のオーク。
その両手には大楯を持ち、見るだけで質実剛健さが分かる。
しかしそんな特徴的な三人を前にして、“影が薄い”と言わざるを得ない程の異形が彼の視線の先に居た。
彼はそれから視線を逸らさず、震える体を奮い立たせて吠える。
「お、俺らは黒豹戦士団だ!!そんな事もわからねぇのか薄汚ねぇ黒鉄の犬共がッッ!!」
「「「!?」」」
彼の言葉に驚きの表情を浮かべる三人。
しかし三人の視線は彼には注がれず、“若様”と呼ばれた異形に向けられていた。
「……あちゃー……。“黒鉄の犬”と来たか……。これじゃあ情報収集は無理だなロベニール」
「ですね。幾ら何でも笑えません」
「無知とは怖いものだな……。とは言え黒鼠戦士団程度の諜報員ならその程度か……」
そう言って話す三人。
明らかに空気が変わったが、しかし視線が逸れた事で彼に活路が生まれた。
彼は即座にスキルを発動させる。
「“ハイジャンプ”!!」
途端に高く跳ね上がる彼。
ハイジャンプは文字通り高く飛び上がるスキルだ。
“足が触れている事”以外の条件が存在しないスキルで、予備動作無しで発動出来る。
確かに平野部ではイマイチ使い道の無いスキルだが、しかし家屋や壁の多い都市部においてはかなり有用な移動手段に成り得る。
彼はそのまま建物の屋根に登ると、一気に駆け出した。
「馬鹿が!!テメェらだけで乳繰りあってろッッ!!」
そう言って悪態を吐いて逃げ出す彼。
確かに奴等はヤバい。下手をすれば黒豹の幹部クラスの実力があるかも知れない。
しかしだからと言って彼が正面からやり合う必要など無い。彼の仕事はあくまでも情報を届けることなのだ。
奴等は確かに強い。だが、それでもリーダーであるザグレフには及ばない。自分がこの情報を持ち帰れば確実に奴等を殺して──
──ゴウッ!!──
「なっ!?」
突然巻き起こった突風に思わず目を閉じる彼。
そして再び彼が目を開けると、そこには絶望が立っていた。
鎧の様な巨躯。
天を貫く六本の牙。
──そして、それらを包む仕立ての良い女性物のドレス。
「ひっ!ひいぃッッ!?」
彼は尻餅をつき後退る。
若様と呼ばれたそれは、戦斧を片手に彼に近付くと、こう口にした。
『……無知な黒蟻戦士団に教えてやろう。我等は“黒鉄の犬”などでは断じてない』
「まっ、待ってくれ!!知ってる事は全部話す!!だから──」
『……我等は“黒南風の戦士”だッッ!!』
その言葉の直後、奴の右手が振り下ろされる。
彼が最後に目にしたのは、切り離された自分の下半身だった。
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