はじめましてジャクリーン
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「うぉらぁぁぁッッ!!」
咆哮と共にヌーグの棍棒が振るわれる。
しかし先程と違い大振りでは無く、切り返しが出来る様に浅く振っている。
少しは学習能力が有る様だ。
私はヌーグから距離を取るが、ヌーグは更に何度も追撃を仕掛けて来る。
「どうしたッッ!!逃げてばかりかッッ!?」
「……調子に乗るな」
──バシィンッッ!!──
「!?」
私が隙を突いて尻尾でヌーグの棍棒を打ち据えると、ヌーグは大きく後ろに下がった。
棍棒を弾き飛ばされない様に強く握っていた結果だろうが、奴の私を見る目が変わった。
「……思ったよりやるじゃねぇか。遊びはこれぐらいにして本気で相手をしてやる」
「……お前もな。どうやら真面目に相手をしないといけないらしい」
私はそう言ってヌーグに向かって構えるが、今の言葉は無論“嘘”だ。
……コイツ、思ったより弱い。
さっきの一撃で分かったが、今の私とヌーグではかなりのステータス差がある。
正直言って片手で相手をしてもかなり釣りが来そうだ。
まぁ、格下の方が芝居もしやすいし、苦戦を演出した方が住民のウケが良さそうだから都合が良いが。
ヌーグは再び構えると、今度は大きく棍棒を振り上げた。
「馬鹿がッッ!!」
私はそう言うと素早くヌーグへと近寄る。
どうやらもう忘れた様だが、私に大振りは悪手だ。
まぁ、先程と同じく手加減はしてやるが、今度はゲロくらいは吐かせてやろう。
私がそう思いヌーグの懐に入った直後、私の体が遅延した。
──まさか──
「“重破槌”ッッ!!」
──ドゴォッッ!!──
「グッ!?」
轟音と共に私に叩きつけられる棍棒。
迎撃の為に姿勢を低くしていた事が災いし、私はそのまま地面に押し付けられる。
「うおりゃぁぉッッ!!」
「チッ!!」
そしてそのまま再度ヌーグは私を目掛けて棍棒を振り下ろすが、私は尻尾を地面に叩きつけて反動で躱す。
流石に今のは多少は痛かった。どのくらい痛いかと言うと、いきなりドアを開けられて頭をぶつけたくらいの痛みだ。
ヌーグは自慢気に高笑いをする。
「ガハハハッッ!!器用な避け方をするじゃねぇか!!だが今のは会心の一撃だ!!もうまともに動けねぇだろう!!」
いや全然。
しかし多少は乗ってあげないと駄目だな。
「グッ……!!確かにダメージは有ったが……。しかし私はまだ戦えるッッ!!」
私はそう言うと再びヌーグに向かって走り出す。
今度は先程よりもスピードを落とし、弱っている風に演出する。
するとヌーグに近付いた直後、再び私の体が遅延した。
──間違いない。“コカトリスの魔眼”だ。
「うおりゃぁぉッッ!!」
──ゴスッッッ!!──
「ぐっ!?」
雄叫びと共に振るわれる棍棒。
スキルのインターバルが明けていないのか今度は普通に殴られただけだが、私はわざと大きく飛ばされる。
「ガハハハッ!!まだ立ち上がるか!!良いぞ!!もっと嬲らせろ!!」
「クッ……!」
私は悔しそうな顔をしつつ、なんとか立ち上がったフリをする。
レナとアッシュはナーロを守る様に立ち回り、黒豹の団員達を牽制していた。
時折此方を呆れた顔で見ているが、これは必要な演出なのだ。
さて、次はどうするか──
「!」
そんな事を考えていると、不意に私の視線察知に強い反応があった。
……かなりの実力者だ。もしかしたらアッシュと互角程度の実力があるかも知れない。
コイツは恐らく──
それとほぼ同じに遠距離会話での連絡も入る。
『王様。ご明察です。言われた通りに監視対象が動きました』
『……そうか。丁度私の視線察知にも反応があった所だ。対象が釣れるまではこのまま演技を続ける。それでネズミ共の方はどう動いた?』
『はい。ネズミ共は二手に分かれました。片方は他の団員達を集めに向かい、もう片方はアバゴーラ邸宅方面に向かっています。どうされますか?』
『団員達を集めに向かった方は放っておけ。向こうが集めてくれるならまとめて処分すれば良い。だが、アバゴーラ邸宅方面に向かった奴は処理しておきたい。向こうの情報取得は可能な限り遅らせたいからな。可能か?』
『可能ですが……あっ!……すいません。アイツが行きました』
『……そうか』
『すいません。勝手に動くなとは伝えていたんですが……』
『別に構わん。奴は私の配下という訳では無いし、すべき事は理解しているだろう。それで十分だ』
『はい……』
「何をごちゃごちゃ言ってんだッッ!!」
「!」
私と配下との会話を遮る様に、ヌーグが再び棍棒を振るう。
私はギリギリで躱したフリをして奴と向き合った。
ヌーグは高笑いして続ける。
「ガハハハッッ!!殴られ過ぎて頭でもボヤけたか?まあその方が楽に死ねるがなぁッッ!!」
「黙れ……ッ!!……こ、この程度かすり傷にもならん!!」
「そうかよ!!じゃあてめぇの死因はかすり傷だなッッ!!」
──ゴウッ!!──
「ぐうっ!?」
再び振るわれる棍棒。
今度はわざとぶつかり、そして大きく飛ばされる。
「ガハハハッッ!!なんだなんだ?調子に乗って出て来た癖にこの程度か!?」
「くそッ……!!何故避けられなかった……!!」
「ガハハハ!!それはこの俺が強いからだ!!」
いや弱いけど?マジで弱い。
……しかしヌーグが頭に乗るのは少し分かる。奴は攻撃の瞬間に合わせて“コカトリスの魔眼”を発動させている。そうする事で敵の行動を制限し、一方的に攻撃を通しているのだ。
私も同じスキルを持っているから分かるが、コカトリスの魔眼は発動後に任意で解除出来るタイプのスキルでは無く、発動前に設定した時間で解除されるスキル。
つまりこうして攻撃に合わせて使うにはシビアな時間管理が必要とされ、相応の熟練度が必要になるのだ。
まぁ私から言わせれば無駄に使い過ぎだと思うが、しかし何も知らない相手からすればかなりの脅威に成り得る。
惜しむらくはステータス差と、私がネタを知っていると言う事実。
結局は私の手のひらで踊っている事に変わりは無い。
「うおりゃぁぉッッ!!」
「クッ!!」
再び振るわれる棍棒。今度は綺麗に躱し、ヌーグから距離を取った。
「ガハハハッッ!!随分と離れたな?どうした?ビビってんのか?今なら命乞いを聞いてやるぞ?」
「ぐっ……!!舐めるなよ……!!貴様みたいな悪党に頭を垂れるくらいなら死んだ方がマシだッッ!!」
私の言葉にニヤけるヌーグ。
勿論嘘だ。
なんせ私の前世は敏腕商社マン。
“お世辞”と“おべっか”と“真摯な謝罪のフリ”は得意中の得意だ。必要なら土下座すら厭わない。まぁ、土下座の機会は無かったが。
しかしかなり住民達の注目が集まって来たし、こうした“正義の味方風”の演技も必要だろう。
「ガハハハッ!!威勢だけは一人前だなぁ!!良いぜ!?そんなに死にてぇならブチ殺してやる!!さあ来い!!」
そう言って大きく上段に構えるヌーグ。
恐らく先程のコカトリスの魔眼と重破槌のコンボを狙っているのだろうが、流石に露骨過ぎだろう。
私は若干怯えたフリをしてから奴を睨む。
「どうした?ビビってんのか!?それでも冒険者か!!臆病者がッッ!!」
「!」
……あちゃ〜……。“臆病者”か……。
私個人としては何とも思わないが、しかし公衆の面前でそう言われてしまっては引くに引けない。冒険を旨とする冒険者に、臆病者は禁句なのだ。
もう少し芝居をしてたかったが、取り敢えず決着を付けるしかなさそうだ。
私はヌーグと向き合うと、意を決した様に口を開く。
「……そこまで言われた以上、此方も引き下がれない。次でケリを付けさせて貰う」
「ガハハハッッ!!良いぜ!?出来るもんならなぁッッ!!」
「“多重敏捷性強化”ッッ!!“多重重強化”ッッ!!」
「!?」
私は各種強化魔法を使うフリをする。
実際にはかけていないが、実力を隠す為の演技だ。
ヌーグは驚いた顔をした後、真剣な表情で私を睨み付けた。
「……強化魔法か……。成る程な。流石にそのくらいの手は有るか」
「……そうだ。行くぞッッ!!」
「!!」
私はヌーグに向かって走り出す。
比較的距離を取っていた為にヌーグはまだコカトリスの魔眼を発動させず、大上段に棍棒を構えたまま待ち構えている。
正直、糞甘い。
──ザッッッ!!──
「ぐおッ!?」
私は棍棒の間合いギリギリの所で一瞬止まり、そして尻尾で地面の土を奴の顔面目掛けて跳ね上げた。
コカトリスの魔眼を発動させる為に此方を注視していたヌーグは、その目にモロに土が入り私を見失う。
「糞がぁぁぁぁッッ!!」
私を懐に入れまいと必死に棍棒を振るうヌーグ。
しかしパニックからか大振りになっており、そして──
「隙だらけだッッ!!」
──ボギッッ!!──
「グギャァアッッ!?」
ヌーグの右の手首に私の拳がめり込む。
同時に鈍い音が伝わり、奴の手首が砕けたのが分かる。
これだけでも戦意は無くしただろうが、しかし手を緩めるつもりは無い。
私はそのまま奴の左膝を目掛けて前蹴りをかまし、膝を砕いた。
「うぎゃぁぁっ!?腕があぁッッ!!あ、足がああぁッ!!──グブッ!?」
私は喚き散らすヌーグの顔面を軽く蹴り飛ばすと、倒れたヌーグに近付き、奴の胸の上に足を置いた。
「……まだやるか?やるなら……相応の覚悟をしろよ?」
「わ、分かったぁぁッッ!!ま、まいった!!俺の負けだ!!止めてくれェェ!!」
「……良いだろう……」
私はそう言ってヌーグから足を離す。
まぁ厄介な魔眼持ちである以上、後で確実に殺す事になるが、流石にこの場で処分すると住民達の印象が悪い。
今の私は正義の味方。
──そう、“ジャスティス・トカゲ”なのだ。
語感が悪いから止める。ジャスティスが最初に来るのも良く無いし。
アッシュ達の方に視線を向けると、向こうも丁度最期の一人の腕をへし折った所だった。
「終わったか?」
「ええ。貴方も終わったみたいね。随分手強い相手だったみたいだけど」
「ああ。強敵だった……」
「……」
私の言葉にジト目を向ける3人。
気持ちは分かるが仕方ないだろ。圧勝しても人気出ないだろうし。
それを前後して私達に向けられる視線の数が一気に増え始めた。
「……こ、“黒鉄”が“黒豹”を倒した……」
「黒鉄が黒豹戦士団を倒したぞッ!!」
「信じらんねぇ!マジでやりやがった!!
──ワァァァァッッ!!──
一気に湧き上がる歓声。
気が付けば家屋の窓から覗いていた住民達も歓声を上げている。
どうやら思ったよりも住民達は黒豹達に抑圧されていたらしい。
まぁ、これまでも散々暴れてたらしいし、被害が出ても憲兵が動かないとあればそれも仕方ない事か。
暫く様子を伺っていた何人かの住民達が私達に近づいて来る。そしてそのままおずおずと話しかけて来た。
「あ、ありがとうよ!あんたらは覚えてないだろうが、俺はアイツらに好き勝手飲み食いされてたあの酒場の店主だ。連中は追放前からウチの店を荒らしててよ!あんたらがブチのめしてくれて本当にスカッとしたぜ!!」
「そうか。もしまた来る様な事があれば私を頼ると良い。無料でブチのめしてやる」
「本当かい!?そいつぁありがてぇや!!じゃあそんときゃあ俺の店で好きなだけ飲んでってくれ!!あんたらなら大歓迎だ!!」
「楽しみにしておく」
まあコイツら全員死ぬから次は無いけどな。
彼に続いて冒険者らしき二人組も近付いて来る。
「……悔しいが、こんだけ見事に黒豹をのしたんだ……。認めてやるよ。大した腕だ……」
それを言ったのはグリフォンの時のミノタウルスだ。
彼はそのまま軽く私の肩を叩いて離れて行く。
中々カッコいい演出だが、アイツ確かDランクだ。
「……俺も認めてやるよ……。正直初めてお前とアイツの事を知った時は腹わたが煮え繰り返る思いだったが、今ならアイツがお前に惚れたのも分かる。……頼んだぞ。ジャクリーンの事を……」
そう言ってミノタウルスとは反対の方の肩を叩いて離れて行ったのは蜥蜴人の冒険者だ。
中々カッコ良い演出だが、私はジャクリーンと面識が無い。
「トカゲさん!!」
「……ライラ」
私達が暫く住民達に囲まれていると、人混みを割ってライラが駆け寄って来た。
「どうした?確か今日は非番だった筈だろう?」
「“どうした?”は此方の台詞ですよ!街で黒豹戦士団が暴れてるって聞いて急いで来てみたら、黒鉄が黒豹とやり合ってるって言うじゃないですか!どういう事ですか!?」
そう言って私に詰め寄るライラ。
まぁ、具体的な話をする前に事態が動いたのでライラは完全に蚊帳の外になっていたし、怒るのも無理は無い。
しかし残念ながら彼女に我々の事情を全て説明出来る訳でも無いし、ここは一つ御褒美を兼ねるか……。
「……落ち着いてくれライラ。私としても君に話を通そうと思っていたんだが、あの方が義憤に駆られて先走ってしまったんだ。とは言えそれで救えた命も有るだろうし、許して欲しい」
「あ、あの方……?」
「決まっているだろう。ナーロ様だ」
「「えっ!?」」
突然話を振られたナーロと、その名に驚いたライラの声が重なる。
ライラはそのまま呆然と視線をナーロに向けていた。
「……実は護衛依頼を受けて直ぐにナーロ様に事情を説明したんだが、非道を働く黒豹戦士団にナーロ様が怒り、済し崩しでこうなってしまったんだ」
「そんな……!本当ですか!?」
「勿論本当だ。でなければ幾ら護衛依頼を受けたとしてもここまでの大立ち回りは出来ないだろう?ナーロ様のご理解有っての事だ」
「……!」
ライラは信じられないもの見る目でナーロを見る。
勿論嘘で、実際には“支配”で強制した結果なのだが、それをライラに知られるのは不味い。
それにナーロにはこの先も役に立って貰わなければ困る。このくらいの御褒美は必要だろう。
ライラは暫くナーロの事を見つめた後、ナーロに近付き彼の右手を両手で包む様に掴み、自分の胸の前に持って来た。
「ら、ららら、らららライラちゃん??」
めちゃくちゃテンパるナーロ。
ライラはそのままナーロの目を見て続けた。
「本当にありがとうございます!ナーロさん!私誤解してました!私、ナーロさんの事を親の権力で圧力をかけて平然と女の子を弄ぶ挙句に悪趣味で口が臭くて糞デブで弱くてキモくていっそ死んだ方が世の為人の為になる、いいえ、寧ろ殺すまで選択肢に入れて良い様なゴミカス豚野郎だと思ってました!まさか住民達の為に立ち上がってくれるなんてつゆほども思ってませんでした!!本当に……本当にありがとうございます!」
めっちゃ毒吐くやんけ。多分姉さんより強力な毒だぞ。
しかしナーロは嬉しそうに答える。
「い、いやぁ当然の事をしたまでなんだが?黒豹戦士団の悪業は目に余るものが有る。僕の様な立場の者が先頭に立つのは当然なんだが。ところでライラちゃん。良かったら今度デートをしないんだが?」
「すいませんナーロさん。今世は少し忙しくて……。また来世でも良いですか?」
「いやぁ、忙しいなら仕方ないんだが。また今度誘わせてもらうんだが」
「ええ是非!」
是非じゃなくない?来世って言ったよね?
そうして祝勝ムードが住民達を包んで行く。アッシュやレナの前にも住民達が集まり、口々に賞賛されはじめた。アッシュもレナも満更でもなさそうだ。
しかし──
「う、うわぁッッ!?」
「「「!?」」」
私達がそんなやり取りをしていると、人集りの奥から悲鳴が聞こえて来た。
そして私達に向かい人集りが分かれ、その奥から黒衣の一団が此方に近付いて来る。
先頭を歩くのは暴力的な肉体を持つ巨漢の蜥蜴人。そして、先程の視線の持ち主。
女性をはべらかせた奴は、此方を見て不敵な笑みを浮かべた。
「……随分……好き勝手……してくれたな?」
そう、そこに居たのは黒豹戦士団No.2。
“鉄槌のバルドゥーグ”だった──
「……ジャクリーン……!!」
人集りの奥からそんな声が聞こえた。
あ、あの女性なのね。はじめましてジャクリーン。
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最近初めてリゼロ読んだんですけど、アレめちゃくちゃ面白いですね。
なんかスバルの評判悪いですけど、ああいう少しでも前に進もうとする主人公は好きです。
私の好きななろうランキングで2位くらいに入る作品でした。




