一周回って可愛いまである。
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「そ、そ、そ、そそそそそその人を離すんだが?」
ナーロがそう言ってサイクロプスに声を掛けた。
身長は恐らく3mを超える程で、筋骨隆々。亜人系の魔物にしては巨漢と言えるだろう。
この街に来てから何人かはサイクロプスの知り合いも出来たが、ナーロの眼前に居るサイクロプスよりも大きな個体は居なかった。
もしかしたら特殊な位階なのかも知れないが、しかし奴からは余り知性というものを感じられない。
どちらかと言えば野生の獣の様な印象を受ける。
「……なんだてめぇは?」
そう言ってナーロの言葉にあからさまに機嫌を悪くするサイクロプス。
ナーロは逃げる事も出来ず、見た事も無い様な量の汗を垂れ流して震えている。
確かにナーロの命は特権によって保証されているが、それを理解出来るか否かは相手次第。
そして私の見立てではあのサイクロプスは恐らく後者だ。
“宝石喰らいの尾冠”を始めとする各種の魔法道具を私に取り上げられているナーロはかなりの恐怖を感じている事だろう。
サイクロプスは暫くナーロを威圧した後、徐に団員であろう蜥蜴人に話し掛けた。
「……コイツ、良くみたら蜥蜴人だな。おい、コイツがリーダーの言ってた奴か?」
「違ぇますよヌーグのアニキ。なんでも“黒鉄のトカゲ”はとんでもない色男で酷い女癖なんだとか。コイツみたいに豚じゃねぇと思います」
「ぶ、豚……?豚か!蜥蜴なのに豚か!!ガハハハッ!!面白ぇなガハハハッ!!」
「は、ハハハハハッ!ですよねアニキ!!ハハハハハッ!!」
サイクロプス……ヌーグはそう言って笑い、他の団員達もつられた様に笑い出す。どう見ても愛想笑いだが、ヌーグがそれに気付く様子はない。第一印象通り頭はよろしくないらしい。
しかしどうやら黒豹の方も私を探している様だ。まぁ予想通りと言えば予想通りだが、もう少し早くにそう動くと思っていた。
一頻り笑い終わるとヌーグはナーロへと向き直る。
「じゃあテメェは別口って事か。……それで、なんだって?“女を離せ”とか言ったか?コイツはな、俺に気が有って自分から言い寄って来たんだ。それを離せだなんて御門違いじゃねぇのか?なぁ?」
ヌーグがそう言うと、サイクロプスの女性は怯えながら答える。
「……そ、そうです。……その……ヌーグさんが素敵で私から声を掛けたんです……」
それだけ言うと彼女は俯く。
どこからどう見ても本意には見えないが、ナーロみたいな奴ではあの巨漢のヌーグに勝てるわけがないから言い出せなかったのだろう。
「す、素敵?ガハハハ!!素敵だとよ!聞いたか?ガハハハ!!なんだお前やっぱり俺に気が有ったんじゃねぇか!!ガハハハ!!」
そう言って高笑いするヌーグだが、それを見ていたナーロが口を開いた。
「ば、ばばばば馬鹿なんだが?」
「……あ?」
「だ、だだだだ誰がどう見たってその人はお前に怯えて言わされてるだけなんだが?第一お、お、お、おお前みたいな馬鹿に惚れる奴なんている訳が無いんだが。だからお、お前が女性を連れているだけで強引に連れて来た事は確定的なんだが。そ、そ、そ、そんな事も分からないんだが?」
「……あぁん?」
ナーロの言葉に、ヌーグの雰囲気が変わる。
それを見たサイクロプスの女性は小声でヒッ……と悲鳴を上げると、ヌーグから少しだけ距離を置いた。
ヌーグはそのまま立ち上がるとナーロへと近付く。
「……てめえ死にてぇのか?喧嘩を売るなら相手を選べと教わらなかったか?」
「ひぃっ!お、お、おおおおお、教わった結果がこれなんだがぁぁ!?選びに選び抜いて喧嘩を売っているんだがぁあ!?そんな事も分からないくらいに頭が悪いんだがぁぁぁ!?」
ナーロはブルブル震えつつ泣きながらそう叫んだ。
本当は逃げ出したいだろうに、中々健気な姿だ。流石は“支配”。
ヌーグは笑わず、先程の蜥蜴人に再び声を掛けた。
「……おい、リーダーは暴れても構わないって言っていたよな?」
「へい。あんまり派手にするのは良くないと思いやすけど、ソイツ一人殺すくらいなら平気だと思います」
「ひ、ひぃぃっッ!?」
蜥蜴人の言葉に尻餅をついて後退りするナーロだが、しかしそんな様子を見てもヌーグは表情を緩めない。
「……そろそろ助けに行った方が良いんじゃねぇか?」
アッシュがそう言って私の方を向く。
「いや、念の為もう少し欲しい。とは言えヤバそうなら即座にコカトリスの魔眼を使うから大丈夫だ。……あ、一つ言い忘れてたが奴等には付き合って貰いたい事がある。二人とも事が起きたら直ぐに奴等を倒さず、流れを見て付き合ってくれ」
「また悪巧み?」
「勿論」
「……了解」
私達がそんな話をしていると、ヌーグがその手に棍棒を持ち、ゆっくりとヌーグに近付きだした。
「……今更そんなビビっても殺す事にゃあ変わりねぇんだよ。……軽く嬲ってから殺してやるから楽しんで逝けや……」
「ひぃぃッッ!!た、助けてぇぇぇッッ!!」
近付いてくるヌーグに悲鳴を上げるナーロ。
もう少し見ていたい気もするが、しかし証拠は十分に揃った。
「……もう良いぞアッシュ。やれ」
「はいよ。“投擲”」
──ドゴォッ!!──
「グブッ!?」
アッシュがスキルで投げ飛ばした椅子が直撃し、後ろに弾き飛ばされるヌーグ。
私達はすぐ様駆けつけ、ナーロの前に立った。
「大丈夫ですか?ナーロ様。幾ら義憤に駆られたとは言え、無茶が過ぎますよ?」
「ど、どの口が言ってるんだがぁぁぁ!?もっど早ぐ助げに来るんだがぁぁぁッッ!!」
涙を滝の様に流しながらそう叫ぶナーロ。……なんか一周回って可愛く見えて来るな。
ヌーグはゆっくりと立ち上がると、私達を睨み付けた。
「……成る程な。そこのクソデブが調子に乗ってたのはテメエらみてぇな護衛が居たからか……。殺す前に名前くらい聞いといてやる。テメェら何者だ」
ほう?名前を聞いてくれるとは好都合だな。
「……それは痛み入る。まぁ貴様程度に殺される訳も無いが、名前くらいは名乗っておいてやろう私達は──」
私は黒豹の団員達の注目が集まるのを確認してから、ゆっくりと言い放った。
「──私達は冒険者チーム“黒鉄”だ。今は此方のナーロ様の護衛依頼を受けている」
「「「!?」」」
私の言葉に目の色を変える黒豹の面々。
ヌーグが先程の蜥蜴人に視線を送ると、蜥蜴人が頷いた。
「コイツで間違いねぇですよアニキ。種族が違うから分からねぇと思いやすが、とんでもねぇ男前です。これなら女癖が酷くなっても仕方ねぇでしょうよ」
「……それには異論があるな。私が女を弄んだ事実は無い。勝手にアイツらが言い寄って来ただけだ」
「……チッ!」
私の言葉に若干の苛立ちを見せる蜥蜴人。
ヌーグは軽く口笛を吹くとそのまま続けた。
「ヒュ〜♪随分な色男ぶりだな。まあ蜥蜴なんざヤる気にもなれねぇから羨ましいとも思わねぇが。……テメェらが黒鉄なら話は早い。大人しく付いてくりゃあ痛い目に遭わずに済むぜ?」
馬鹿が。嘘が滲み出ている。どの道生かして返すつもりは無いだろうに。
「断る。私達は仕事を受けてこの場に居る。それを放棄するつもりは無い」
私の言葉を聞いたヌーグは団員達に視線を向ける。
「……だとよ。聞いたかお前ら?」
「へへへ!」
「ええ、聞きやした。キッヒッヒ!」
「随分と仕事熱心な奴みたいですねぇ……ヒヒッ!」
ヌーグの言葉を聞いた団員達……この場にいるのは6人程だが、団員達はニヤケながら立ち上がると手に武器を持った。
この後の展開は言わずもがなだろう。
「……じゃあ……力づくで連れて行くぞッッッ!!」
「!」
ヌーグは手に持った棍棒を私に目掛けて大きく振り上げた。
そのまま振り下ろすつもりだろうが……いかんせん大振りが過ぎる。
──ゴゥッ!!──
「グブッゥっ!?」
私は素早く近付くとヌーグの鳩尾を軽く殴りつけ、即座に距離を取って向き直る。
ヌーグは武器を手放し唸っているが、私を睨む目線にはまだ力が有る。
どうやら上手く手加減出来たようだ。
なんせ私の右手はバドーの軽装鎧を打ち砕く程の火力だ。多少でも力加減を間違えれば、バドーよりも劣るヌーグは一撃で倒れる事になるだろう。
しかしそれでは困る。
これは、パフォーマンスも含む立ち回りなのだ。
黒豹戦士団を前に少数で立ち向かう黒鉄。
そして黒豹戦士団の横暴を許さない権力者。
フィウーメの住民達に“黒鉄達は味方だ”と強く印象付け、そして彼等を味方に付ける。
共和制であるフィウーメでは、民意を軽んじる事はイコールで権威の失墜に繋がり易い。
無論、長年培って来たフィウーメ住民達のアバゴーラへの厚い信頼は容易く折れるものではないが、しかしそれでも住民達の為に立ち上がった私達に対して公的な処罰を下す事は難しくなる。
更に私達の行動は連邦法で保証された内容であり、この条件下なら誰であろうと手出しは出来ない筈だ。
──例えそれが、ドン・アバゴーラであろうとも。
「どうした?これで終わりか?」
私はヌーグに安い挑発を入れた。このままここに蹲られても困る。演者が居なければ芝居は出来ないのだ。
ヌーグは私の言葉に怒りを露わにすると、周囲の団員達に向かって叫んだ。
「〜〜〜〜ッ!!たかが紛れ当たりで調子に乗んじゃねぇッッ!!テメェらボサっと見てんな!!やれえぇッッ!!」
「「「へい!!」」」
ヌーグの言葉に他の団員達も一斉に動き出す。
私はナーロの腕を掴んで外に飛び出した。
「待ちやがれッッ!!」
後を追う様に付いてくる黒豹の団員達。
レナとアッシュも私の意図を汲み取ったのか付いて来た。
そのまま少しだけ走り、比較的人通りのある大通りに着いた後、私は再びヌーグ達に向き直り叫んだ。
「薄汚い黒豹戦士団供めッッ!!このお方をどなただと思っているッッ!!この方はバトゥミ副都市長、バーロ・ウッシュ氏の実子にしてグインベリ業主会書記長!ナーロ・ウッシュ様だ!!それが分かっての狼藉かッッ!!」
私の言葉にナーロとレナはウンザリした顔で此方を見ているが、アッシュは完全に疑問符がつく顔をしている。
少しは頭を使え。
「はぁ!?いきなり何を言ってやがる!そんな事はどうでも良いんだよッッ!俺らに喧嘩売った奴ぁ皆殺しだッッ!!」
ヌーグはそう言って返す。
……やはり馬鹿だな。
周囲の住民達は逃げ出したが、しかし隠れながらもかなりの視線が集まっている。
これだけの数の住民の前で“殺す”と宣言したのだ。
評議員の息子を。
「そこまで言われた以上、此方も相応の手段に出させて貰うッッ!!無事で済むと思うなよッッ!!」
「上等だボケがぁぁぁッッ!!」
ヌーグ達はそう叫ぶと、再び私達に襲い掛かって来た。
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