物理
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──ナーロ・ウッシュは幼い頃から優秀だった。
今は一介の評議員の座についているが、ナーロが幼少の頃、父であるバーロ・ウッシュはフィウーメ・バトゥミ自由都市国家連邦連邦議長の要職についており、圧倒的な権勢を誇っていた。
そして遅くに出来た男子であるナーロを殊の外可愛がり、徹底的に英才教育を施したのだ。
ナーロはナーロでその期待に応えるだけの才覚があり、年の離れた兄弟達も舌を巻く程利発に育った。
権力が有り、財力も有り、そして優秀。
彼が増長するには十分な材料が揃っていた。
そうして自尊心と皮下脂肪を存分に育んだナーロは、その才覚を遺憾無く発揮し、一代でグインベリ業主会の書記長にまで上り詰めた。
書記長と言えば業主会に於いては実質的な頂点であり、連邦に於いても要職中の要職と言える。
無論、父であるバーロ・ウッシュの後ろ盾が有ったからこそ成し得た事だが、それを差し引いても政敵であるアバゴーラのお膝元でそれだけの地位に着けたのはナーロの実力の高さを物語っていた。
その頃になると、ナーロの周囲には彼の機嫌を伺う輩ばかりになり、ナーロは更に増長した。
“この世界に自分の思い通りにならないものは無い”
そう、思い上がる程に。
そんな時だ。ナーロが彼女と出会ったのは。
当時のナーロは魔物の雛を剥製にする趣味の他に、ダンジョンの委託攻略に嵌っていた。
父であるバーロから、グインベリ業主会の書記長就任祝いに“宝石喰らいの尾冠”を貰った事がきっかけだった。
宝石喰らいの尾冠は、一定以上の価値がある宝石を嵌め込む事で、その価値に応じた障壁を作り出す極めて有用性の高い魔法道具。
当然ながらかなりの貴重品であり、バーロにその出所を訪ねた所、“スケイルノイズ”と言う冒険者チームにダンジョンの委託攻略を頼んだ時の“当たりの品”だと教えてくれたのだ。
ナーロも当然ながら委託攻略の事は知ってはいたが、拾得物に関するいざこざが少なくない事も知っていた為に敬遠していた。
しかし“これ程の物が手に入るならば”と一度だけ依頼を出してみる事を決めたのだ。
そうして大した期待もせずにスケイルノイズに依頼を出したナーロだったが、彼等から報告を受けた時、そこにはナーロが今まで経験した事の無い世界が広がっていた。
迫り来る魔物達との死闘。
ダンジョンの罠により危機に陥いる仲間達。
そして、漸く手にする事が出来た宝の数々。
記録石でその光景を目にしたナーロは、すっかりその魅力に取り憑かれてしまったのだ。
──まぁ、それらは全てスケイルノイズによる演出であり、彼等は安定したショーを見せていただけだが。
それからナーロは頻繁にスケイルノイズに委託攻略を依頼する様になった。
手に入る魔法道具にはかなりムラが有り、依頼しても赤字になる事も多かったが、それでも手に汗握る冒険と喜びを追体験出来たし、時折かなりの当たりを引く時も有った。
掛けた金で考えれば間違い無く赤字だが、しかしそれに勝る喜びも有り、ナーロはスケイルノイズの仕事振りを高く評価していた。
そして書記長就任から丁度一年後、ナーロは近しい者達を集めて祝賀会を開く事になった。
そしてそこにスケイルノイズのメンバーとその家族達も呼んだのだが、そこで初めて彼女と出会ったのだ。
翡翠を思わせる深緑の鱗。
艶やかな曲線と瑞々しさを感じさせる尻尾。
化粧気は薄いが健康的で整った顔立ち。
ナーロは一目で彼女を気に入った。
そして彼女の父であるバドーが彼女を連れて来た時、ナーロはライラに向かってこう言ったのだ。
「特別にお前の事を抱いてやっても良いんだが?」
それはナーロの口説き文句だった。
客観的に見れば完全に頭のイカれた発言だが、ナーロは連邦でも指折りの実力者であり、これまでの人生で一度も女性から断られた経験が無い。
当然彼女もこれに応える筈だと思っていたのだが、彼女の口からはとんでもない返事が飛び出して来た。
「……すいません。物理的に無理です」
──生理的ですらなかった。
それがナーロと彼女……ライラとの初めての出会いだった。
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画像はレナとアテライードです。




