男の顔
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「……団員どもを街に出したらしいな」
アバゴーラは不満を隠そうともせずにそう口にする。
それを聞いたザグレフは、口角を上げて答えた。
「ゴホッ……!!……ええ。団員の不満も溜まってますし、それに都合が良いですからね……ゴホッ!」
「……!!」
ザグレフの言葉に顔を顰めて睨み付けるアバゴーラだが、以前のように激昂する事は無い。
アバゴーラもザグレフの意図をおおよそ理解している為だ。
ザグレフはアバゴーラを一瞥すると、手元にある紙に視線を落とす。そこにはザグレフが団員に調べさせた闖入者の調書があった。
「……“黒鉄”のトカゲとアッシュ。冒険者登録をして一ヶ月ほどでCランク。依頼達成率100%で、そしてあの“血鬼のレイゼン”を降したのだとか。……凄いですね、レイゼンの実力は私も良く知っています。一度は黒豹戦士団に誘った程ですからね……ゴホッ!。……まぁ、断られましたが。それにアッシュとかいうゴブリンも、バルドゥーグさんの“遊び”に付き合える程の強者らしいですし、総評としては“掛け値無しに優秀”と言った所ですね」
「……フン。それ程優秀なら、貴様等なんぞに依頼せずに其奴らに依頼すれば良かったかも知れんな」
不機嫌そうにそう言い放つアバゴーラだが、ザグレフは笑みを崩さない。
「フフフ……ゴホッ!……それは無理と言うものですよ。彼等が冒険者登録をしたのは今言った通り一月ほど前ですし、あの神託者を追い詰める事が出来たのも頭数がいる黒豹戦士団だからです。二人しか居ない“黒鉄”では、如何に優秀でも話にならないでしょう」
「冗談に決まっておろう。そもそもそれ以前にその二人は儂らの知らん何処ぞの飼い犬だろうが。……それでどうするつもりだ?」
「ゴホッ!……この二人が対象を連れて歩いているのは既に確認済みです。どうやってあの神託者を丸め込んだかは分かりませんが、可能性として一番高いのは対象の行動を縛る強制力のあるスキルを使用した場合です」
「だろうな。でなければあの神託者が大人しくしている理由が無い」
「ええ。ゴホッ!……あの神託者から言わせれば魔物など信用出来る相手では有りませんし、黒鉄の二人からしても首輪も無く連れ歩ける様な猛獣では有りません。寧ろそれだけの強制力を持つからこそ“黒鉄”の二人が選ばれ、そして送り込まれたと考えるべきでしょう」
アバゴーラは黙って頷く。
黒鉄の二人は、黒豹が神託者を追い詰めたタイミングで狙い澄ました様に現れた。これを偶然と捉える馬鹿は居ないだろう。
そして、事前にそれだけの情報を集めて現れた以上、相応の規模の背景がある事に疑いは無い。
それはザグレフとアバゴーラの共通の認識だった。
「ゴホッ!!……弱らせるのを待ったのは、それがスキルの制約の一つか、それを整える為の前提条件だったからだと考えられます。してやられましたよ。もしかしたらアバゴーラ様の手の者が取り逃がした事も把握してて、我々の注意をアバゴーラ様に向ける意図も有ったのかも知れません。事実黒豹戦士団はアバゴーラ様を疑い後手に回されましたから。……しかし、だからこそ逆にそれを利用する。あの神託者を制御しているのが黒鉄の二人であるなら、その二人を押さえれば神託者を獲る事も出来るでしょう」
「口で言うのは易いな。だが出来るのか?」
「ゴホッ!ええ……この調書には彼等の素行についても書かれています。随分と住民達の評判も良いみたいですよ?トカゲの方は若干女癖が悪いみたいですが、しかしそれを差し引いても善人なのだと分かります。そして──」
ザグレフはそこまで言うと、アバゴーラに視線を向けた。
「……そして“黒豹戦士団”は善人を殺すのが得意です。この手の魔物は幾度となく殺して来ました。騙し、脅し、嬲り、刻み、ね。誰も彼も本当に優しい方ばかりでしたよ?本当に良い人達でした。クフフ、ハハハハハハハハッ……ゴホッ!ゴホッ!!……失礼。つい思い出し笑いしてしまいました。……しかしお得意様であるアバゴーラ様には余計な話でしたかね?」
「……」
アバゴーラは何も言わない。ただ、その無言はザグレフの言葉を肯定するものだった。
「ゴホッ!!……この二人も同じですよ。街に放たれた黒豹を見過ごす事は出来ない。きっと街の住民を守る為に立ち上がる事でしょう。我々は獲物が餌に食いつくのを待てば良い……ゴホッ!!」
「……食い付かなかったら?」
「その時は……そうですね。うちの団員達の息抜きが出来ます」
ザグレフはそう言って醜悪な笑みを浮かべた。
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「皆殺しだ。女子供、病人怪我人、年寄り関係無く、黒豹戦士団に属する全ての魔物を殺し尽くす」
私の言葉に3人は驚いた顔をする。
全員暫くそのまま動かなかったが、アッシュが私の言葉を飲み込めたのか話し掛けて来た。
「……“皆殺し”か。久々に聞いたな。前に聞いた時は剣角鹿とグレイウルフの群れの時だったっけ。でもそんなヤバい状況なのか?」
「あの時とは少し違うな。正直言って黒豹戦士団如きだけなら軽く殺すつもりだったが、後ろに龍が控えている可能性がある以上、悠長に構えていられなくなっただけだ。龍とアバゴーラが何を企んでレナを狙っているかは分からないが、しかし無関係では絶対に無い。取り敢えずアバゴーラの手先と思われる黒豹戦士団を完全に潰して、アバゴーラを“支配”する。そして諸々の情報を得た後、そこから龍がどう動くか確認するのが目的だ。最悪の場合には連邦は切り捨てて離脱する事になるだろう」
「……なんか死ぬ程ヤバい話してないんだが?なんで僕も聞かされてるんだが?」
そう言ってこの場に居る三人目……ナーロは私の方を見た。
彼の疑問は最もだ。いきなりこんな場末の酒場に連れて来られてこんな話を聞かされれば誰であろうと困惑するだろう。
──あの後、私達はナーロを連れてこの酒場に来ていた。
初めは暴れ回る黒豹戦士団を理由に拒んでいたナーロだが、“支配”で奴から聞き出した弱みをちらつかせ、強引に連れ出した。
そして最終的な行動指針を共有する為に説明し、こうして3人に意見を求めていたのだ。
私は困惑するナーロの頬に“肉”と書く。
その様子を見ていたレナが口を開いた。
「……なんて言うか、お人好しの貴方らしくないわね。“街を見捨てて逃げるかも”だなんて。そんな事したら住民達がどんな目に合うか分からないわよ?」
「……私だって好き好んでする訳じゃない。しかし生憎と私はレナ程強くは無い。自分の手の届く範囲には限界がある。だから優先順位は決めなければならない。残念だが私にとってフィウーメの住民達の優先順位は低くせざるを得ない状況だ」
「……そう」
レナは若干不満そうな顔でそう言うが、しかしどう思われても龍なんて今の私の手には負えない。
ワイバーンなら相手出来るだろうが、それも数が居るならかなりキツい。どうしたって取捨選択をせざるを得ないのだ。
私はナーロの頬に“饅”と書く。
「まぁ“最悪の場合にはそうする”って話だろ?」
「そうだ。だからこそアテライードの奪還とアバゴーラの確保は最優先事項と言える。そうすればレナは本来の力を十全に振るえるし、龍が攻めて来た場合でもアバゴーラの権限で常備軍を使える筈だ。そうすれば勝ち目も有るだろう。……取り敢えず以上が今後の流れだが、これについて何か質問は有るか?」
「いいえ」
「ねぇよ」
「なんで顔に落書きしたんだが?」
二人は納得した様に頷く。
「……それで、具体的にはどうすんだよ?アイツらを」
アッシュはそう言って背後を指差す。
そこには馬鹿みたいに騒ぐ黒豹戦士団の団員達と、怯えながらその側に控える女性達が居た。
周囲の客は奴等に怯えて逃げ出しており、残っているのは私達と黒豹戦士団のみ。
そう、この酒場もラズベリルの書き出した黒豹戦士団が暴れている場所の一つなのだ。
そしてあの場での奴等の首魁は恐らくあのサイクロプスだろう。
明らかに他の連中よりも大柄だし、周りが気を使っているのが分かる。
「……そうだな。皆殺しには変わりないが、今の時点で命まで奪うつもりはない。利き腕と軸足をへし折るか、腰椎辺りを砕いて行動不能にする。足手まといを増やす方が行動阻害になるからな」
「了解」
「中々エゲツないけど、まぁ分かったわ」
私の言葉にそう言って頷く二人。これで行動指針の共有は出来ただろう。
「うむ。……さて、ナーロ」
「うぇっ!?」
急に話を振られて驚くナーロ。
私は奴に向き直って続ける。
「今聞いた通りだ。フィウーメの命運はお前の行動にも掛かっている。落書きに意味は無い。お前も知っての通り、黒豹戦士団には面倒な特権がある。普通の手段だと奴等に手を出すには面倒が多い。だが、お前の父親であるバーロ・ウッシュ氏の評議員特権の方が連邦法上上位に位置する。後はお前が何をすれば私達が奴等を潰せるのか、お前なら分かるな?」
「ちょ!?まさか僕に奴等に喧嘩を売れと言ってるんだが!?冗談じゃないんだが!!それに“アテライード”だか“龍”だか話がヤバすぎるんだが!!僕は帰らせてもらうんだが!?」
ナーロはそう言って席を立つ。
支配で強制も出来るが……私にそうするつもりは無い。
「……良いのか?」
「はぁ!?何を言って──」
「ライラが死ぬかも知れないぞ?」
「!?」
ナーロの顔が驚愕に染まる。
そしてそのまま再び席に着いた。
「……どういう意味なんだが?」
「言葉の通りだ。現状を見れば分かるだろう?フィウーメはかなりヤバい状況だ。黒豹戦士団みたいな悪党が平気で街をうろつき、そして無辜の人々がああして犠牲になってる」
ナーロは私の言葉にちらりと後ろを見る。
そこには怯えながら涙ぐむ女性達の姿があった。
「あの人達はお前が金で雇った冒険者達とは違う。死ぬ覚悟も義務も、それに見合った報酬も無い。……それなのに連中に命を握られているんだ。ライラがそれを見過ごすと思うのか?」
「……ッ!」
目に見えて動揺するナーロ。
相当悩んでいるのが目に見えて分かる。
「……正直に言えば我々は彼女達を見捨てても構わない。悪手だし気分も悪いが、強引にアバゴーラを押さえれば問題は解決出来るだろうし、それだけの実力はある。だが、ライラは見捨てない筈だ。例えそれだけの実力が無くてもな……。後はお前が決めろ」
「……」
ナーロは頭を抱えて蹲った。
まぁ無理も無い。コイツからすれば銅貨一枚も金にならないし、命の危険だってある話だ。
普通に考えたら見捨てて逃げるのが正解だと私も思う。
だがしかし。
……だがしかし、お前は違う筈だろう?
「……くそっ!」
ナーロはそう呟くと、意を決した様に立ち上がり、そして巨漢のサイクロプスに向かって歩き出した。
その様子を見ていたアッシュが、小声で話しかけて来た。
「……結構意外だな。見捨てて逃げようとするかと思ってた。まぁ師匠の事だからどうせ逃げようとしたら支配で強制してただろうけど」
「当たり前だ。どの道黒豹を潰す事は決定事項なんだから、わざわざ気分が悪くなる手順を踏む訳が無いだろう。……だが、ナーロが立ち上がるのはある程度予想出来た」
「……どうしてだよ?」
「ナーロは馬鹿じゃない。そして金も権力も有る。正直言ってライラよりも美人の蜥蜴人だって選び放題だ。それなのにアイツはまだ独り身でいる。それはどうしてだと思う?」
アッシュは私の言葉に少しだけ考える素ぶりを見せると、ハッとした様に口を開いた。
「まさか……本気でライラに惚れてるのかッ!?」
「そうだ。あんな見た目だし、魔物の子供を剥製にするとかいうとんでもない悪趣味の持ち主だが、私が“ライラが死ぬかも知れない”と言った時……」
私はアッシュとレナに視線を向ける。
「“男”の顔をしていた──」
「やっぱり無理なんだが。怖いから僕は帰るんだが」
「“支配”」
「うわぁぁッ!?体が勝手にぃぃぃ!?」
ナーロは再びサイクロプスに向かって歩き出す。
「……」
「……」
「……男は顔じゃない。そう言いたかった」
「……」
「……」
「……苦しかったかな?テヘペロ」
「……」
「……」
「……分かった。素直に認める。今の私は凄くカッコ悪い」
「分かりゃ良いんだよ」
「次は無いと思いなさい」
私が悪いの?
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