壁の中の正義
(※)今回についての注意点。
いつもお世話になってます。作者の千葉丸才です。
今回レナが語るエピソードは、本作の中でもかなり重たい内容となっています。
読まれる人によっては辛く感じられるかもしれません。
勿論読みやすい様にある程度は緩和した表現で書いていますが、結構ずっしりと来る内容です。
今現在、“テンション低いなぁ”とか、“暗い話は苦手だなぁ”と言う方は、ある程度の覚悟をされてから読まれる事を推奨します。
ーーーーーー
──ガシャァンッ!!──
陶器が割れる音が講堂に響く。
入っていたスープが床に散乱し、倒れたレナの服を濡らしていく。
レナは視線を上げ、自分の食事を台無しにした張本人を睨み付けた。
「……誰を睨んでんの?この成り上がり。マジでウザいんだけど」
そこに居るのは美しい銀髪を靡かせる、褐色の肌を持つ美少女。
初代神聖皇帝より“地”のシンボルを授かったドルレアン家の正当なる血筋。
パンティエーブル大公国第二公女。
“アテライード・ドルレアン”だ。
彼女はその鋭い視線をレナへと向け、レナの視線とまじ合わせる。
レナは彼女の新緑の瞳を見ながら、一つの想いに支配されていた。
“ヤバい。笑っちゃいそう”
ーーーーーー
「……それでどうしよっか?」
「……?」
レナが泣き止むのを待ってから、アテライードがそう言って話しかけて来た。
しかし今後の方針は既に伝えており、レナにはアテライードの質問の意図が分からない。
「えっと、取り敢えず発情したフリしてトーマに近付いておくつもりですけど……」
「それは聞いたって。だから具体的な話を詰めようって事」
「今日みたいな感じで良いのでは?」
それを聞いたアテライードは頭を抱えてため息を吐いた。
「はぁ……レナ、それだとアンタいずれトーマにヤられるよ?」
「え……?」
「今日は取り敢えず大丈夫だと思う。三色ビッチ達が部屋を守ってるだろうし、トーマの事も見張っててくれてるだろうからね。だけど向こうはアンタの頭がイカれてて簡単に股を開く状態だと思ってるし、自分でも“溜まってる”とか糞キモい事平然と言ってんだよ?多分、ほとぼりが冷めたらアンタの部屋に入って来て、“お礼って何かな?”とか言うんじゃない?」
「いや、まさか流石にそれは……」
「アンタ、今私の部屋に絶賛不法侵入中な訳だけど、何も思わないの?」
「……ッ!!」
露骨に表情を歪めるレナ。
「全く……。頭良いだろうに、変な所が抜けてんのね」
「ど、どうしましょう!?幾らなんでもあんなのと……そんな事……!?」
「落ち着きなよ。守ったげるって言ったっしょ?任せて。私に考えがある」
ーーーーーー
そう言ったアテライードは、次の日から派閥を作った。
と言っても特別な事をする必要は無い。元々出来ていた派閥の子女に話し掛け、会話に参加するだけで良かった。
そもそもアテライードは大陸に於いて最も名高い四大公家の公女。
彼女以上の発言力を持つ者は、トーマとその取り巻き達にしか無く、その権威はどこの派閥も欲しがっていたからだ。
そしてアテライードは自分が入る派閥に、最もレナを嫌っている派閥を選んだ。
そうする事でその内側からレナを守れると判断したのだ。
アテライードは昨日の認識改変で、周囲から成り上がり嫌いとして認識されている。
そして当然ながらレナをイジメていた成り上がり嫌いの中でアテライード以上の発言力を持つ者は居らず、簡単に派閥の長になれた。
そして派閥の長である以上、レナへの嫌がらせはアテライードが差配出来る。
つまりこれはレナとアテライードが仕組んだ“イジメごっこ”だったのだ。
「ちょっと!アンタ何すんのよッ!!」
「……酷い……」
「……流石に看過出来ませんね」
そう言ってレナとアテライードの間に入って来たのは三公女達だった。
何も知らない彼女達はレナをアテライードの……から……るように…………
…………
……
…
ーーーーーー
“長くない?”
今の私は、この想いに完全に支配されていた。
レナの話が始まってからどのくらい経過しただろうか。
延々と神託者講習の時の話をしているが、未だに魔界に来た理由は分からない。
いや、確かに話せって言ったよ?
でもさ、普通そう言ったら要点だけ話して終わらない?
何でエピソードトーク続けてんの?
トカゲマジ聴きたく無いんですけど。
しかしそんな私の想いとは裏腹に、アッシュはかなり真剣な表情でレナの話を聞いている。
確かにレナは語り部としては中々の技量で、聞く側に飽きさせない様に話しているし、内容もそれなり面白くはある。
言っても人型の魔物のアッシュなら、楽しめる面もあるのだろう。
しかし私はトカゲだし、私が聞きたい内容は未だに話して貰えない。
しかしまぁ、話せと言った手前聞かない訳にもいかないか……。
こうなったら壁板の木の節の数を数えるしかないな。
私は諦めて、壁板の節を数え始めた。
ーーーーーー
良し。Dブロックは63個だな。さて、次はEブロック……ん?
暫く木の節をブロック毎に分けて数えていた私だったが、視線を動かしていると不意に直感めいたものが脳裏に走った。
私の視線を捉えたのは、部屋に備え付けられたカウンター裏手の壁板の木目。
一見なんの変哲も無いただの壁板だ。
“何かは分からない。しかし、引っかかる”
そんな感覚に囚われた私は、その木目を見ながら必死に頭を動かした。
なんだ?あの木目がなんなんだ?何故こんなにも引っかかる?
しかし幾ら考えても答えは出ない。まるで喉に魚の骨が刺さった様だ。
こんな時、ジャスティスが居たなら相談出来──
「……ッ!!」
私はそこで遂に気が付いた。
まさか……いや、間違い無い。
「……で、そこであの子に話し掛けられたのよ。“大丈夫?”って……」
私が驚愕の事実に気付いたとほぼ同じに、レナの会話が一区切りを終えた。
私はこの機会を見逃さず、レナに声を掛けた。
「……そうか。少し待っていろ。お茶を入れて来る」
「いや、いいわよ。このまま話すわ」
「……私が飲みたいんだ。お前達に飲ませるのはついでだ」
「……トカゲ……」
「……師匠……」
レナとアッシュは私の気遣いに感動した様子を見せる。
しかし私にとってはそんな事はどうでもいい。
私はカウンターに向かい、お茶を沸かす準備をしながら手早く紙とペンを持った。
このカウンターの奥には給仕用の簡易的なキッチンがある。
私はそこに紙を隠し、そしてペンを走らせて行く。
因みに私は絵も上手い。と言っても抽象画みたいな意味の分からない絵は描けないが、写実的な絵はかなりの腕前なのだ。
そしてお茶の準備が終わったと同時に、私の絵も完成する。
“ジャスティス”だ。
かなり崩れてはいるが、ジャスティスを知る者ならばこれがジャスティスだと直ぐに分かるクオリティだ。
「……さぁ、飲め」
「……ありがとう」
私はお茶をレナとアッシュに渡し、そして後始末をすると言って再びカウンターへと向かう。
レナにはこっちで聞くと言い、話を再開して貰った。
再び始まるエピソードトーク。
かなり重い話だ。なんでも講習の最中に容疑者不明の殺人が起きたらしい。
ふーん。でもトカゲ興味無いや。テヘペロ。
カウンターはレナの背後にあり、レナは振り向かない限り此方を見る事は出来ない。
逆にアッシュは正面を見るだけで此方に視線を向ける事が出来る。
私はそのままアッシュの視線がレナと私に重なる位置に行き、そして反時計回りに頭を回す。
──そう、EXI○Eの有名なダンスだ。
←
∧_∧
∧_∧・ω・`) ↑
↓ ( ・ω・`)・ω・`)
く| ⊂)ω・`)
(⌒ ヽ・`)
∪ ̄\⊃
「……ッ!?」
アッシュの顔が驚愕に染まる。
無理も無い。なんせレナの後頭部から私の顔が見え隠れするのだから。
レナの話は今佳境だ。何と神託者候補を殺していたのは、アテライード以外で唯一トーマの認識改変が通じなかった、あの“大丈夫?”と声を掛けてくれた伯爵家の御令嬢だったのだから。
彼女は“混沌王ゼーランディア”に真祖血族へと変えられ、トーマ達への報復の為に送り込まれたそうだ。
そして、演技ではあったが激しくアテライードに虐められる様になったレナを心配し、本心から気遣ってくれていたのだ。
レナは友達の変貌を思い出し、言葉に詰まりながら涙を流す。
……つまり。
つまりここで吹き出すのは途轍も無い非礼と言う事だ……!!
「……ッ!!」
アッシュが息を飲んだのが分かる。
恐らく奴も私の意図を読み取ったのだろう。
しかし私は手を緩めない。緩めるつもりは無い。
私は先程描いた“崩れたジャスティスの絵”を尻尾の先の鱗に挟み、三人目のダンサーを生み出した。
そして頭と尻尾を交互に回し、レナの後頭部からアッシュへとドヤ顔の視線を送る。
∧_∧
∧_(∧ω^ )
∧ ^∧^ ) |>
♪ ( ^∧^_∧>ノ
( ^∧^_∧
ヽ( ^∧^_∧
く ( ^ω^) ♪
|く ノ>
(_/ /ヽヽ
(_) (__)
「……ッング!?」
悶えるアッシュ。しかし、肩を震わせながらも何とか凌いだ。
中々やるな。まさかこれに耐えるとは思わなかったぞアッシュ。
レナのエピソードトークは遂にクライマックスだ。
アテライードと協力して何とか彼女を抑えたレナ。
儀式場で選定を行う筈だった神器はこの時点でレナとアテライードを神託者として選んでおり、その力で彼女を時間の檻に入れ、いつか救うと約束したそうだ。
元々望んで吸血鬼になった訳では無い彼女は、涙ながらに感謝の言葉を述べた。
しかしその直後、レナ達と時を同じくして“生命”の力を司る神器、“天命天羅”に選ばれたトーマが彼女の首を刎ね飛ばしたのだと言う。
そこでレナは泣き崩れた。
なんと言う悲劇……分かるなアッシュ。今笑うのは絶対に駄目だぞ?
私はダンスを止めて“崩れたジャスティス”を手に取り背後を向く。
「……ッはぁ……!」
アッシュが安堵から息を吐いたのが聞こえた。
──しかし違う。
これまでの動きなど、所詮は伏線に過ぎない。
ここからだ。
ここからが本番……!!
「……?」
アッシュが訝しげに此方を見る。
私が“崩れたジャスティス”を壁板に押し当てたからだ。
私はそのままアッシュにだけ見える様に指で“崩れたジャスティス”をトントンする。
「……フッ」
アッシュが軽く鼻息を吐く。
先程の攻撃を凌ぎ切った事が自信へと繋がり、私のこの行動を悪足掻きとして受け取ったのだろう。
しかし甘い。甘過ぎる。
私は“崩れたジャスティス”を何度か軽く上下させる。
そしてアッシュの視線が集中したのを見計らい、一気に引き上げた。
「──ブグッ!?」
アッシュは吹き出して突っ伏する。
レナは軽く涙を拭うとアッシュに声を掛けた。
「……ゴブリン……ううん、アッシュ。私達の為に泣いてくれるの……?」
違うよ?笑いを誤魔化してるの。トカゲ知ってる。
私が“崩れたジャスティス”を引き上げた瞬間、アッシュが見た光景。
それは、壁に浮かび上がる崩れたジャスティスだったのだ。
そう、私が気付いた驚愕の真実。
それは“壁板の木目がジャスティスの顔に見える”事だった。
私はそれに気付いたからこそ、紙にペンを走らせその木目を忠実に書き出し、そしてダンスに使ったのだ。
ただこの木目を見せるだけではここまでの破壊力は無い。
笑ってはいけないと言う前提と、これまでの伏線。それを生かしきったからこそ生まれた破壊力だった。
「ウッグ……ひ、ひでぇよ……そんなのひでぇよな……?」
アッシュはそう言って突っ伏したままレナに答える。
なるほど、そのまま顔を隠して耐え凌ぐつもりだな。
レナも気付いていないのか、アッシュのこの行動に対して何も言わない。
だが──
だが、それで良いのか?アッシュ。
『……シ……テ……』
「!?」
不意にアッシュの耳にか細い声が響く。
アッシュは思わず顔を上げ、周囲を見回した。
私はアッシュに見える様に崩れたジャスティスの木目をトントンする。
そして、“遠距離会話”を使い、裏声でこう言った。
『……ココカラ出シテ……』
「グブッ!?ブッヒャヒャヒャヒャヒャッ!!ヒーッッ!!ウブッ!ブハッ!!ヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒーヒーッッ!!ウブッ!ブハッ!!ヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒーヒーッッ!!ウブッ!ブハッ!!ヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒーヒーッッ!!ブッヒャヒャヒャヒャヒャッ!!ヒーッッ!!ウブッ!ブハッ!!ヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒーヒーッッ!!ウブッ!ブハッ!!ヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒーヒーッッ!!」
──アッシュは遂に陥落した。
まあ、良くもった方だろう。
だが戦闘とは常に不測の事態を考えて動くもの。
私はこのやり取りを通してそれをアッシュに伝えたかったのだ。
……しかし本当に酷い奴だな、アッシュ。結構鬱展開のエピソードトークだったのに、爆笑するなんて。
私にはとても出来な──
「……なに……してるの……?」
「!?」
不意に刺すような視線が私を貫いた。
その視線は私の視線察知では測りきれない程強力な力を感じさせる。
振り向くとそこには人類最高戦力たる神託者。
レナ・ツー・ベルナールが立っていた。
彼女は凄まじい怒りの形相で私を見ている。
確かに絶望的な状況だ。
しかし私はアッシュの様な未熟者と違い冷静沈着にしてスーパーエリート。
不測の事態に対する対応力も完璧だ。なんの動揺も無い。
「にゃんもしてにゃいにょ?」
「随分と動揺してるわね」
トカゲ動揺してた。
レナはそのままカウンターを飛び越え、憤怒の形相で私に詰め寄る。
「アンタ……私がどんな思いでこの話をしたと思ってんの……?散々“信頼関係が〜”とか言っといてそれな訳!?」
「お、落ち着けレナ。私は何もしてない。アッシュが勝手に笑っただけだ。アイツは人間が嫌いだから、レナの不幸が面白くて笑ったんだ」
「ざっけんな師匠!!俺はちゃんとレナの話を聞いてたぞ!?テメェが勝手に悪ふざけしたんだろうが!!」
「レナ。あんな糞ゴブリンの事を信じるのか?今までの事を思い返してくれ。私がそんな事をすると思うか?」
「じゃあそこの木目にソックリな落書きは何かしら?なんでそんなものを描いたの?」
「これは、えっと、その──」
『──タスケテ──』
「グブッ!?ブッヒャヒャヒャヒャヒャッ!!ヒーッッ!!ウブッ!ブハッ!!ヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒーヒーッッ!!ウブッ!ブハッ!!ヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒーヒーッッ!!ウブッ!ブハッ!!ヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒーヒーッッ!!ブッヒャヒャヒャヒャヒャッ!!ヒーッッ!!ウブッ!ブハッ!!ヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒーヒーッッ!!ウブッ!ブハッ!!ヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒーヒーッッ!!」
「ほらな?アッシュが勝手に笑ったんだ。私はなんの関与もしてない」
「絶ッッッ対にアンタがなんかしたんでしょうが!?ってか裏声出してんの聞いてたわよ!!ブチ殺すわよこのクソトカゲェェェッッ!!」
「ちょっ!?まっ!待って!!弱い者イジメは駄目だって学んだでしょ!?トカゲと一緒にアリの行列でも見て落ち着こうよ?」
「見るかァァァァァッッッ!!」
「ひ、ひぃぃぃぃッッッ!?」
私が阿修羅と化したレナから折檻を受けそうになったその直後──
──コンコン──
「「「!?」」」
私達の部屋を叩くノックの音が聞こえた。
「……レ、レナ」
「……チッ!……ええ」
レナはかなり不満そうな顔で私から離れる。
そして“双極夜天曼荼羅”の一枚を手に取ると、自分の体に貼り付けた。
するとその姿が人間から猫の獣人へと変異する。
「……成る程。確かそれは“再現”の力を司ると言っていたからな。何処かでその獣人を見てその姿を再現していたのか」
「私を殺そうとした冒険者よ。結構強かったから返り討ちにして姿を借りてるの。それよりさっさと開けたら?」
私はレナに促されるままにドアを開けた。
そこに立っていたのはエルフの美人受付嬢ラズベリルだった。
「トカゲさん、アッシュ君、ケイトさん。お忙しいところ申し訳ありません。少しご相談したい事があります」
「……ラズベリルか。どうした?」
私がそう言ってラズベリルに返すと、彼女は真剣な表情で私を見つめた。
「……はい。黒豹戦士団が街で暴れてるんです」
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いかがだったでしょうか?
かなりシリアスな内容なので、辛かった方も多い事と思います。
しかしこのエピソードは本作でも比較的重要度の高い内容で、妥協する訳には行きませんでした。
これからも時折こういったシリアスな内容を挟む事もあると思いますが、これからも御愛顧頂ければ幸いです。




