神器
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「……マジですっげぇ偶然だな」
「ああ。私も驚いている」
私はアッシュの言葉にそう返した。
あの後、グリフォンに乗りフィウーメまで帰って来た私達は、流石に疲れが出て来てそのまま泥の様に眠った。
そして起きてから一通り食事等を済ませた後、アッシュにこれまでの経緯を聞かれ全てを説明したのだ。
アッシュも偶然受けた依頼にライラの言っていた“豚蜥蜴”が絡んでいるとは流石に思わなかったらしく、かなり驚いていた。
気持ちは分かる。私も第三者なら確実に作為的だと判断しただろうしな。
そして──
「……で、いつまで居るつもりだよ。ここは俺らの部屋だぞ。さっさと失せろ人間」
「私はトカゲに呼ばれたから此処に居るんだけど?それにさっきから意気がった事ばかり言ってるけど貴方程度なら1秒も掛からないわよ?身の程くらい知りなさいよ雑魚ゴブリン」
「あぁ!?」
「は?」
……そして今後の事を話す為にレナも部屋に呼んだのだが、どうにもアッシュはそれが気に入らないらしく、所々でレナに噛み付いている。
レナはレナでそれに苛立っているらしく、アッシュに対してキツめに切り返しているのだ。
まぁ似た者同士のやり取りな訳だが……正直言って面倒くさい。
しかし放置してても埒があかないし、仲裁するしかないか。
そう判断した私は気を取り直して二人を嗜めた。
「二人とも止めろ。……アッシュ、レナの言う通りレナは用が有るから私が呼んだんだ。勝手に帰そうとするな」
「でもよ師匠!コイツは人間なんだぜ!?」
「そんな事は分かってる。だが、レナ自身はそこまで不快な奴じゃない。種族で差別して一々突っかかるな」
「だけどッ!!」
「……はぁ。ジャスティスを連れて来れば良かった。アイツならキチンと割り切れるのに……」
「ッ!?」
私の言葉にアッシュが顔色を変える。やはりアッシュに対して“ジャスティス”の名前は実に効果的だ。
動揺している様だし、もう一押しするか。
「……ジャスティスは強いし機転も利くし、状況判断能力も有るからこんな小さな事で喚いたりしなかっただろうなぁ。そりゃあメスにもモテるわ」
「……ッ!!」
「最近ステラとよく一緒に居るし、ひょっとしてステラはジャスティスに気が有るんじゃないか?あ、そう言えばゴブリンとオークって近縁種なんだってな。案外スーヤとかもジャスティスに惚れてたりして──」
「ッんな訳ねぇだろッ!!オイ人間!これに座れ!俺は度量があるからな!!」
アッシュはそう言うと、立ち上がってレナに自分が座っていた椅子を差し出した。
やはりステラに惚れてるな。実に扱いやすい。
レナはアッシュの急変に困惑しつつ、私に小声で話しかけて来た。
「……ジャスティスって誰なの?」
「私達の仲間内で最強の個体だ。そしてアッシュの恋のライバルでもある」
「そ、そう……」
レナはそう言うと、鼻息を荒くするアッシュを意識しつつも椅子に座った。
そのままレナは私に向き直り、口を開く。
「……それで、話ってなんなの?」
「……単刀直入に言う。レナの目的を洗いざらい話して欲しい」
「……」
レナの表情が一気に硬くなる。そして私に冷たい視線を向けたまま再び口を開いた。
「それは命令?」
「頼みだ」
「……黒豹戦士団を潰す事よ」
「違う。黒豹戦士団を潰す事はレナにとって“目的”では無く“過程”だろう?私が聞きたいのは“目的”の方だ」
「……ッ!」
レナは無言で私に強烈な威圧感をぶつけて来た。
肌を刺すような殺気と視線。
弱り切っていた時には気付けなかったが、こうしてしっかりと回復した状態のレナと向き合うと良く分かる。
……レナは途轍も無く強い。私が本来の姿に戻り、ジャスティスと共闘した所で数秒も持たずに殺されるだろう。
そしてだからこそ強烈な違和感が有る。
“何故黒豹戦士団如きに梃子摺っているのか”と──
「……レナだったら黒豹戦士団如き、一人で蹴散らせていた筈だ。性格的に市街地戦での犠牲を嫌っているのは分かるが、しかしフィウーメに入る前なら誰も巻き込まないで奴等とやり合えたんじゃないのか?……何故私達と共闘する必要が有る?」
「……買い被りよ。それに貴方も言ってたでしょう?消耗戦を仕掛けられて弱っていたの」
「……最初は私もそうだと思っていた。 しかし消耗から回復したレナを見た今なら、その判断が正しかったのか自信が無い。消耗戦で弱っていたのは事実だと思うが、それだけで削り切れるとはとても思えない。……何か別の理由もあったんじゃないか?」
「……」
レナは何も言わずに私を見る。ただ、何かを口にすべきか悩んでいる様にも見えた。
「……この先、本格的に黒豹戦士団とやり合う事になる。その時に彼我の戦力差を把握してなければ、手落ちが出てしまう可能性だってある。……そうなればレナの目的だって失敗するかも知れない。レナはそれでも良いのか?」
「……」
レナはそれでも口を開かない。
必死に何かを考えている様だが、結論が出ないのか黙り込んだままだ。
それを見ていたアッシュが業を煮やして口を挟んだ。
「……なぁ師匠。リスクは有るのかも知れねぇけど、支配の命令を使って吐かせた方が良いんじゃねぇか?そりゃあ肝心な時に命令出せなくなる可能性だってあるけど、コイツが黙ってる内容ってかなり重要だろ?諦めて命令するべきじゃねぇか?」
「それは出来ない」
「なんでだよ?ケチる様な場面とは思えないぜ?」
「単純だ。私は支配の発動に失敗してて、レナに命令を出す事は最初から不可能だからだ」
「「!?」」
私の言葉に驚きの表情を浮かべる二人。
しかし同じ“驚き”でもニュアンスは異なる。
アッシュは驚愕の余り言葉を失っているが、レナは軽く驚いた程度に見える。
……やはり気付いていたか……。
暫く固まっていたアッシュだが、ようやく私の言葉が飲み込めたのか怒声を上げた。
「ば、馬鹿じゃねぇのか師匠ッ!?それが本当なら何でコイツの前でそんな事言ったんだよ!!黙ってハッタリに使ってりゃ良かっただろッ!!」
そう言って私に詰め寄るアッシュだが、私は黙ってレナの方を指差す。
その指を追うように視線をレナへと移したアッシュだが、そこでようやくレナが何の動揺も見せていない事に気付いた。
「……お前、まさか……」
「……ええ、知ってたわ。自分から言い出したのは意外だったけどね」
そう言って私を見るレナ。私もそれに頷いて答えた。
「……まぁ、信頼関係を築く為の先行投資みたいなものだ。後学の為に聞きたいんだが、最初から気付いていたのか?」
「いいえ。気付いたのは翌朝ね。貴方の支配は対象の認識を歪めて“命令を絶対に聞かなければならない”と認識させる“認識阻害・改竄系”のスキルよ。広義的に見ると“隠密”なんかと同じ系統のスキルと言えるわね。そして私は小さな頃からその手のスキルの解除はやり慣れてるの。それで解除しようとした時に気付いたわ。……もし本当に支配したかったなら、“解除するな”ってのも命令しといた方が良いわよ?」
「フッ……。そんな必要は無い。私はお前が解除出来る事も想定していたからな」
「ふぅん?まぁ、貴方ならそうなのかもね」
「当然だ……」
レナの言葉にそう言って頷く私。
あっぶねぇぇぇぇッッッッッ!!
何それ!?そんなん出来るん!?いや、“利いてない事に気付いてるかもなぁ”とは思ってたけど、解除とか出来んのかよ!!チートキャラか!!そういやチートキャラだったわ。
神託者のチート振りに内心死ぬ程焦る私だが、しかしまだレナの時に解除の可能性に気付けて良かった。
これがアバゴーラの時だったら、気付いた時には手遅れになっていたかも知れない。
アバゴーラには“解除しない・させない”も盛り込んでおこう。
「……それで、何でわざわざ言わなくても良い事を言った訳?」
「言っただろう?先行投資だと。今後の事を考えれば不確定要素は可能な限り無くしたい。知っていたにせよ、解除出来たにせよ、レナが支配から逃れる可能性に怯えながら連中とやり合うのは避けたかった。それくらいなら正直に話して本当の意味で協力関係を結ぼうと思ったまでだ」
「じゃあ、貴方に命令をしている奴について教えてくれない?」
「……そうだな。私の口から聞くよりもこうした方が信用できるだろう。アッシュ、レナに我々がこの街に来た経緯を説明しろ。これは“命令”だ」
「!」
レナは私の言葉とほぼ同時にアッシュに向かって魔法を使った。
何をしているのかは分からないが、恐らくアッシュが支配の影響下にあるのか確認しているのだろう。
「……俺達は黒竜の森に暮らしている魔物だ。ついこないだ森の中でもかなり大きな勢力を持つオーク達の群れとやり合って、その群れを吸収した。そのせいで食料やら何やらが全然足りなくなっちまって、フィウーメからそれを奪う為に来たんだ」
「なっ!?じゃあトカゲに命令しているのは誰なの!?」
「誰もいねぇよ。俺らの群れのボスは師匠だからな。まぁ、師匠の妹達なら師匠に命令出来るだろうけど。死ぬ程可愛がってるから」
「……路地裏で私を助けたのは?」
「ただの偶然だろ。師匠はお人好しだから路地裏に入るお前が心配だったとか、そんな糞みたいな理由だと思うぜ」
「〜〜〜〜ッ!!」
レナはワシャワシャと頭を掻くと、脱力して項垂れた。
「……ゴブリンの言葉に嘘は無いわ……。何なのよ……。死ぬ程警戒してたのに、ただの偶然なんて……」
「私も助けに入る前はお前が人間だなんて思って無かったぞ?偶然とは恐ろしいな」
「……はぁ」
レナは深い溜息を吐くと、右手を頭上に挙げた。
「来なさい」
「「!?」」
レナの言葉と同時に強い光がその右手から放たれ、そして徐々に収束して行く。
光が収まり、私達が再び視線を戻すと、そこには奇妙な物が浮かんでいた。
過度な迄に装飾された砂時計と、その周囲を浮かびながら旋回する護符の様なもの。
私達が意味も分からず見ていると、レナがゆっくりと口を開いた。
「この砂時計は“時間”を司る神器、“リヴァーオブサンズ”。そして周囲を旋回してる護符が“再現”を司る神器、“双極夜天曼荼羅”。……今の私が弱体化しているのは、この状態を維持するのにリソースの大半を消費しているからよ」
「……ちょっと待て。つまり能力の大半が封じられた状態で魔界を彷徨いてたと言う事か?」
「そう言ってるでしょ?でも油断してたのは認めるわ。弱ってても余裕だと思ってたもの」
「……ッ!」
なんつー化け物だ……。これが“神託者”。“人類最高戦力”か……。
驚嘆する私を尻目に、レナは神器を浮かせたまま続けた。
「……神器は本来なら持ち主以外には触れることが出来ないわ。だけど私の神器、“双極夜天曼荼羅”は“再現”の力を司ってる。私はその力で“リヴァーオブサンズ”の所有者の資格を再現し、強引に所持してるの」
「……何故そんな真似を?」
「単純よ。そうしなければアテライード……。リヴァーオブサンズの本来の持ち主で、私の親友を救えないからよ……」
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