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ドン・アバゴーラ

ーーーーーー




 “ドン・アバゴーラ”


 フィウーメ・バトゥミ自由都市国家連邦建国の立役者にして、古くはスロヴェーン王国に於いて宰相を務めていた老獪である。


 彼の一族は、スロヴェーン王国から辺境を一手に預かる大貴族の家柄で、彼自身もまた当時の国王から厚い信頼を寄せられる側近中の側近であった。


 そのまま暮らして行くだけでもこの世の春を謳歌出来た筈の彼が、王国を裏切ってまで連邦を建国したのは一つの強い欲求に従った為だ。


 “この世の全てを支配したい”


 それが、アバゴーラが生まれた時から持っていた夢だったのだ。


 他者をしいたげ、そして支配する。


 それは魔物にとっての本能の様なものであり、強弱はあれど全ての魔物が持っているであろう欲求の一つと言える。

 とは言え、“世界を支配する”というのは余りにも荒唐無稽な話とも言えたのだが、しかしアバゴーラは理想家であると同時に極度の現実主義者でもあった。


 だからアバゴーラは物質的な“力”を信じなかった。


 それは位階を高めた個の力も、群れを束ねた軍の力も、それ以上の力を持ってすれば容易く霧散する事を良く知っていたからだ。そして、様々な魔物達が跳梁跋扈するこの世界では、それが往々にして起こり得る事も。


 だからこそアバゴーラは別の強さを求め、そして“経済”と言う力に行き着いた。


 経済はあらゆる全てを動かす力を持っていた。


 “利益”は望む者の目を曇らせ、“損失”は拒む者を恐怖に駆り立てる。


 そして、それはどんな強さを持つ魔物にも通じ、群れを束ねた軍の力をも飲み込んだ。


 アバゴーラにとって、“経済”とは正に理想的な“強さ”だったのだ。


 アバゴーラはその強さを手にする為に、先ず自らの領地の改革から始めた。

 可能な限り税率を下げ、そして教育を徹底する。

 そうする事で経済の概念が広く普及し、より強大な影響力を手にする事が出来ると考えたのだ。


 初めは周囲の貴族や富豪達から馬鹿にされていた。


 “独占すれば良いものを、わざわざ富や知恵を振り撒く等と馬鹿げている”と。


 しかしアバゴーラは自分の考えに確信を持っており、彼等の言葉に耳を傾ける事は無かった。


 そうしたアバゴーラの目論見は実に数十年を掛けて結実する事になる。


 下げられた税率を目当てに大きな資産を持つ豪商や商家が次々と移り住み、そして教育によって高い識字率と知識を持つ領民達は、放っておいても勝手に金を呼び込んだ。


 舞い込んだ金を使い、更に税率を下げ、そして可能な限り身分を平等にした。そうする事で才ある者に機会を与え、より大きな流れを生む事が出来た。


 その頃には既にアバゴーラを馬鹿にする者は一人も居なくなっていた。


 ──そして、必要な物を手にしたアバゴーラは、不要な物(スロヴェーン)を切り捨てたのだ。


 その後もフィウーメ・バトゥミ自由都市国家連邦は発展を続けた。


 長命種であるアバゴーラは、短命種と違い長期的な視点で物事を見るのに長けており、安定した執政が行えた。


 アバゴーラにとっては“自身の損失”すらも手札の一つに過ぎず、損を徹底的に嫌う商人達を逆に手玉に取る事も出来た。


 常備軍の配備も進め、各都市国家の治安も安定させた。

 周辺各国にも物流を作り、連邦への依存度を高めた。

 龍王国の庇護下にも入り、そう易々と攻める事が出来ない様にもした。


 アバゴーラなら、その寿命が尽きる迄に“世界”へと手が届く可能性もある筈だった。


 ──()()()()()()()()()()



ーーーーーー




「……ゴホッ!どういうおつもりですか?」


 アバゴーラはそれを口にした魔物を見る。


 痩けた頰に、悪趣味な迄に宝石を散りばめたローブに身を包む黒豹の獣人ライカン


 Sランク冒険者、“呪文教書スペルバインダーのザグレフ”である。


 普段ならふざけた態度はとってもその感情を表に出さないザグレフだが、今この時はアバゴーラから見ても明らかに苛立っているのが分かった。


「……なんの話だ?」


「我々の仕事の邪魔をした理由を聞いているのです」


「……その話か」


 心当たりが有ったアバゴーラは素直にそう答えた。


 黒豹戦士団にレナの捕獲を依頼していたアバゴーラだが、彼は黒豹戦士団の事をその実力を除いて信頼していない。


 依頼を受けた上でレナを捉えたとしても、平然とその身柄と引き換えに取り引きを持ち掛ける様な下賤の輩であり、可能ならば他の冒険者を使うべきだと判断していたのだ。


 そして、実力では黒豹戦士団に劣るが、相応に信頼出来る手の者に監視をさせ、機を伺わせていた。


 そうして黒豹戦士団が追い詰めた神託者オラクルを横から掠め盗るつもりだったのだが、実力を見誤り返り討ちに遭い、結果としてレナを完全に取り逃がす事になってしまっていたのだ。


 黒豹が怒りを抱くのも当然と言えるだろう。


 だが──


「……不運な行き違いと言うものだ。確かにあの人間を捕らえる為に黒豹戦士団おまえたち以外にも依頼を出してはいたが、そのやり方迄は指示しておらん。勝手に奴等が先走ったのだろう」


 無論、嘘だ。


 しかしザグレフにそれを証明する手段は無い。


 そもそも同じ依頼を複数のチームに出す事は当たり前に有る事で、その際に各々に別のアプローチの仕方を依頼する事も珍しくは無い。


 それに暗に示唆する様な言い回しはしたが、横槍を入れる様に具体的な指示を出した訳でも無く、もし仮に黒豹が彼等の身柄を押さえているのだとしてもどうとでも言い逃れる事は出来る。


 ……とは言え、こうして口に出して自分の事を非難したのだ。相応に確信が持てる何かが黒豹戦士団には有るのだろう。


 そう判断したアバゴーラが、ザグレフに謝罪と報酬の上積みを申し出ようとした時、彼にとっても予想外の事をザグレフが口にした。


「……ゴホッ!……分かりました。では、()()()()()()()()()()()()。事前に決めていた報酬は頂くとして、黒豹戦士団われわれは暫くフィウーメに駐留させて頂きます。……部下達にも息抜きが必要ですしね……」


「……何を言っておる?儂の依頼は“あの人間を生かして儂の前に連れて来る事”だ。何も終わっておらんではないか」


「確かに我々はその御依頼を達成出来ませんでしたが、我々からあの人間を横取りされたのはアバゴーラ様でしょう?()()S()()()()()()()に対する支払いが幾らかは知りませんが、依頼未達成扱いにして我々の報酬をケチろうだなんて随分とセコい真似をなさるのですね?」


「……!?」


 ──()


 黒豹コイツは何を言っている?


 確かに横から掠めとろうとしたが、失敗して人間には逃げられている。

 そしてそれを把握しているからこそ先日の横暴を許して黒豹戦士団をフィウーメに受け入れたのであり、それはザグレフも理解している筈だ。

 ……それに“Sランク冒険者”だと?


 様々な事が頭を掠め困惑するアバゴーラだが、ザグレフはそれに気付かずゆっくりと腰を上げた。


「……ともかく約束の報酬はしっかり払って頂きます。ゴホッ!……ふぅ。それが出来なければ、私は兎も角部下達の気を鎮めるのは困難でしょうね……ゴホ」


「待て!」


「?」


 アバゴーラはその場を離れようとするザグレフを呼び止め、ゆっくりと問いかけた。


「……ザグレフ、貴様何の話をしている」


「“何の”とは異な事を申されますね。アバゴーラ様の姦計でしょうに」


「ザグレフ、()()()()()()()?」


「……」


 ザグレフはアバゴーラの様子を見ると、少し考えた素振りをしてから口を開く。


「……一昨日の晩、繁華街の路地裏で我々の手の者があの神託者オラクルを追い詰めました。そして後少しの所で横槍が入り、取り逃がしたのです。部下の見立てでは、その闖入者はSランク相当の実力がある冒険者だったとか。そんな偶然がある訳無いでしょう?」


「……そうか。儂がしていた話は、フィウーメ近郊でお前達が神託者オラクルを取り逃がした時の話だ」


「なっ!?……悪ふざけ……のおつもりでは無さそうですね?」


「そうだ。少なくとも儂は悪ふざけなど言ってはおらん。そして貴様も違うと言うのなら、結論は一つだろうな」


 アバゴーラの言葉に、ザグレフは目を細めて続ける。


「我々の知らない“()()”、と言う事ですか……」


「……そうだ」


 ()()()を知る者は、アバゴーラも含めてそう多くはない。


 しかしこのタイミングで鍵となる神託者オラクルを奪われたのを偶然と判断する様な愚か者は居ないだろう。


 アバゴーラはザグレフに向き直ると、静かにこう告げた。


「……ザグレフ、追加依頼だ。その冒険者の背後関係を探り、可能なら生かして儂の前に連れて来い。神託者オラクルと一緒にな……」




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