“鋼龍の因子”
ーーーーーー
「……何やってんの?」
「見て分からないか?」
「分かる訳無いでしょ」
私が“支配”を打ち込み終わったナーロを全裸にし、逆立ちをさせて様々な情報を聞き出していると、ベルとレナとグリフォンと、そしてあの時グリフォンの前腕に掴まれていたであろう獣人の青年がやって来た。
思ったよりは時間が掛かっていたが、どうやら上手く連れ戻せた様だ。
「全裸にして逆立ちさせているのは魔法道具を使わせない為だ。こうすればどう足掻いても使えないだろう?」
まぁ、実際にはもう“支配”は終わっているから必要無いのだが、中々シュールで面白いのでそのままにしている。
「……成る程ね。悪趣味だって事は理解したわ。それより少し見てくれない?」
私の支配を知っているレナは、若干不愉快そうな顔をした後にそう切り出した。
レナの言葉に促される様に獣人の青年が私に近寄って来る。
「あ、あの助けて頂いてありがとうございます!妹も無理を言ったみたいで……」
「別に構わん。……私としても感謝したいくらいだ」
「……え?」
「いや、なんでもない。忘れろ」
「は、はい」
もし仮にこの依頼を受けてなければナーロを取り零していただろう。
そうすれば予定より随分と手間と犠牲が増えていただろうし、結果論だがベルが依頼を出してくれたのは私にとっても僥倖だった。
そんな事を考えていると、私は彼の腕に何かが抱かれているのに気付く。
「……成る程、見て欲しいのはコイツか……」
まだ小さいが、四肢と翼を持つ鷲頭の魔物。
言わずもがな、グリフォンの雛である。
しかし、グリフォンの雛は様子がおかしい。呼吸は浅く、身動きも殆どしていない。
……どう見ても死にかけている。
「……どうしてこんな状態に?」
「……僕が始めて見た時からこうでした。この二匹のグリフォンはどうやら念話のスキル持ちらしく、お互いの状況を伝えながら動いていたのですが、このグリフォンの雛の容態が急変した為に僕の事を連れ去ったみたいなんです。騎獣のお世話用に効果は薄いですが幾つかの薬品とポーションを預かってて、それを目当てにしたみたいで……」
成る程、それで態々彼を連れ去った訳か。しかし──
「……何故そこまで細かく分かる?」
「僕は調教師のクラスとそれに関連したスキルを幾つか持っているのですが、その中に“意思疎通”という言葉が通じない相手との意思疎通を補助するスキルがあります。それで連れ去られた直後から様子を伺っていました。僕に出来る事はそれくらいでしたから……」
「……ほぅ」
中々冷静な奴だな。貸しが一つ出来たのは儲けものだったかも知れない。
「……まぁ、事情は分かった。おいナーロ」
「は、はひぃ!?グヘッ!?」
話を振られたナーロが驚いて転ける。まぁ、あの体重を逆立ちで支えていたのだから無理も無いか。
「……ひっくり返ったままで構わん。このグリフォンの雛は何故死に掛けている?」
「……ど、毒です」
「!?」
ナーロの言葉に驚いた表情を浮かべるレナ。
「どういう事?その可能性は考慮したから解毒もポーションでの回復も済ませているのよ?」
だろうな。でなければ私に態々グリフォンの雛を見せる必要は無い。治療をした上で状態が改善しないからこそ私に見せたのだろう。
レナの言葉を聞いたナーロは、起き上がって続ける。
「……その雛の首元を見るんだが。羽毛に隠れて見え難いけど、黒い金属の首輪がしてあるんだが。それは“伏魔の首輪”と言って、獣型の魔物を従える魔法道具なんだが。幾つか効果はあるんだが、その内の一つに使役者の許可無く一定距離を離れた時に、首輪の内側から毒針が伸びるというものがあるんだが。それでその雛は弱っているんだが」
「……解毒は済ませたと言ったわよ?」
「分かっているんだが。問題はその毒針が未だに刺さっている事なんだが。解毒をしても、後から後から毒が入って来て雛を弱らせているんだが。解毒とポーションで一時的に回復しても、体力までは戻らない。だからその雛は弱り続けているんだが」
「だったらこの首輪を壊して──」
「それは止めた方が良いんだが?その首輪はかなりキツめだし、針が伸びた状態で無理に壊そうとすれば首輪が変形してその雛の首は内側からズタズタになるんだが。そんな事も分からないんだが?」
「……ッ!!」
──ゴスッ!!──
「ぶひぃぃッ!?」
レナに殴られて転がるナーロ。レナはそれでも怒りが収まらないのか、ナーロの腕を捻り上げた。
「何他人事みたいに言ってんのよ!!あんたが仕組んだ事でしょう!?」
「いだだ!!離せ!離すんだがぁぁッ!?この状況で協力を惜しむ程馬鹿じゃないんだが!ちゃんと質問にも答えてるんだが!?」
「黙れッッ!!」
「ぶひぃぃッ!?」
レナに蹴り飛ばされ、再び転がるナーロ。
レナはそのまま何度もナーロを踏み付ける。
まぁ、短い付き合いだがレナがそういった義憤に駆られるタイプだという事は分かった。
本来なら直ぐにでも窘めたい所だが、今回ばかりは何も言わずに放置しておく。
……二匹のグリフォンがかなり殺気立ってるのだ。
あそこでレナが殴ってなければ、あの二匹がナーロに襲い掛かっていたかも知れない。
そうなれば当然私が相手をする事になるが、流石に二匹同時は手間だ。それくらいなら奴が痛い目を見るのは許容範囲と考えるべきだろう。
「……そのくらいにしておけ」
私はナーロを足蹴にするレナの肩を軽く叩いて嗜める。
レナも若干の冷静さを取り戻したのか、大人しく引き下がった。
「……それで、どうすればこの首輪を外す事が出来る?」
「は、はい。それを嵌めた術者なら解除する事が出来ます」
「ならさっさと解除しろ。無駄な問答をさせるな」
「それがその……術者は僕じゃないんだが。術者だった奴はそこで黒焦げになってて……」
「……つまり?」
「……どうやっても外せないんだが……」
「……あんたねぇ!!」
「ひぃぃっ!?」
ナーロの言葉にレナが再び激昂するが、私の規制が効いたのか今度は暴力は振るわない。
まぁ、代わりに死ぬほど悪態を吐いているが。
……しかし厄介な状況だな……。
一応、雛を助ける手が無い訳でも無いのだが、幾つか手の内を晒す羽目になるしリスクもある。正直、可能な限り避けたい。かと言って見捨てるのも後味が悪くて気乗りしない。……何かメリットでも有れば素直に助けれるのだが……。
私が思案していると、一頻りナーロを侮辱し終えたレナが話し掛けて来た。
「……それでどうするの?」
「少しは自分で考えろ。お前の首から上は飾りか?」
「うっ……。……わ、悪かったわよ。でも、生憎と貴方程機転が利かないの。それにもう時間も余り無さそうだし、私には打つ手が無いわ」
「全く……。……そうだな、一応打つ手自体は無い事も無い」
「良かった。じゃあ早く助けてあげて──」
「断る」
「……は?」
私の言葉にキョトンとするレナ。しかし気を取り直したのか再度問いかけて来た。
「……どうして?」
「基本的には助けてやりたいと思ってはいる。だが、私が思い当たっている手段にはそれなりにリスクが有る。それを押してまでこの雛を助ける気にはなれないな」
『グロロ……!』
『グロロロッ!』
私の言葉に二匹のグリフォンが怒りを露わにして唸る。まぁ、当然の反応だろうがデメリットばかりで私にメリットが無さ過ぎるのだ。
見捨てるのは気乗りしないが、ここは諦めて──
……ん?
……“グリフォン”か……。
……。
私は二匹に向き直り、そして咳払いをして続けた。
「ゴホン!……まぁ、今言った通り私がお前達の雛を助ける事にはデメリットばかりで旨みが無い。しかし助けてやりたいと思っている事も事実だ。そこで取り引きがしたい。……お前達二匹とも私の配下にならないか?」
『『!?』』
二匹のグリフォンが驚きの表情を浮かべて私を見る。
レナも慌ててこちらに向き直った。
「貴方まさか……!?」
「ケイト、余計な事を言うなよ?……私はお前達の能力を高く買っている。正直言って行き摩りの相手の為に無駄に手札を切るのは趣味じゃないが、お前達が手に入るなら悪くない。断るのも自由だが……そうすれば雛は死ぬぞ?」
『……グロロロッ!』
『……グロロ……』
私の言葉に、私が戦ったグリフォン……雄のグリフォンが怒りの声を上げる。しかしレナ達が対応した雌のグリフォンはそれを嗜める様に鳴いた。
二匹のグリフォンはそのまま私達に聞こえない様に何かを小声で話していたが、暫くするとどうやら結論が出たらしく再び私に向き直った。
『……グロロ』
『グロロ』
「……ふむ、すまない。私はそっちの雌のグリフォンの言葉は理解出来ないのだが、二匹とも同意したと受け取って良いのか?」
『グロロ!』
「そう怒るな。では、二匹とも此方に来てくれ」
『……?』
二匹のグリフォンは訝しげに首を傾げつつも私の直ぐ側まで近寄ってくる。
その表情は不満ありあり。足元を見まくっている私に憤っているのだろう。
さっきの小声の話も恐らく“今だけ言う事を聞いたフリをしておけば良い”といった内容なのだろうが……残念ながらそれは私には通用しない。
「“支配”」
『『!?』』
淡い光に包まれた私の手に触れられ、慌てて離れる二匹のグリフォン。
私は全身をくまなくチェックしている二匹にこう宣言する。
「安心しろ。今のスキルはお前達に害を与えるものでは無い。私の“支配”は支配を宣言し、それに対象が同意した時にのみ不可避の命令を下す事が出来るスキル。……でも、お前達は私の配下になると言ったんだから、何も変わらないだろう?」
『……グロロッ!』
グリフォン達はそう一鳴きすると、暫く固まっていた。
ーーーーーー
「さて……」
私は目の前の雛を観察する。
毒針が刺さってから結構な時間が経っているがまだ死んではいない。
恐らく逃亡した際に捕獲し易くなる様に弱い毒を使用しているのだろう。
とは言え。このままではそう遠からず死ぬ事になる。
私は雛に手を触れ、“継承”を発動する。
「“継承”」
【継承発動可能です。何を継承しますか?】
……よし。取り敢えず継承可能なくらいには弱っているな。
「雛からの継承はキャンセルする。今度は私の方から継承させる。先ずはステータスのHPだ。雛が“瀕死の状態”を維持出来る範囲で私から雛にHPを継承させろ」
【継承を発動します】
私のHPを継承した雛は、少しだけだが安らいだ表情をした。
取り敢えず直ぐに死ぬ事はなくなった筈だ。
「……今、何をしたの?」
「五月蝿い。口だけで何もしないならせめて詮索くらい控えろ。バーカバーカ!」
「〜〜〜ッ」
レナは顔を真っ赤にして離れて行く。どうやら自分が邪魔にしかならない事が理解出来た様だ。ついでに他の3人もレナに付き従う様に離れて行ったが、二匹のグリフォン達は食い入る様に私の様子を見ている。
「……心配するな。絶対に助ける」
『……頼む』
「ああ。“継承”」
【継承の発動を確認。何を継承させますか?】
「……“超毒耐性”」
【警告!対象:グリフォンの適性が低い為、スキルレベルにペナルティが発生します。継承しますか?】
「……チッ」
私は思わず舌打ちをする。
予想してはいたが、やはりスキルレベルが下がる様だ。
以前にも話したが、スキルにはそれぞれ適性が存在している。極端な例で言えば、尻尾が無い魔物には“尻尾切り”が使えないといったものだ。
それと同じで種族や位階によって適性は違い、条件によっては進化したのにスキルレベルが低下する場合すらあるのだ。
私もそれで“隠密”のスキルレベルが低下し、コストを考えてスキル構成から切った事がある。
そして今回の場合はもっと単純で、このグリフォンの雛では私の超毒耐性を継承しきるだけの適性が無いのだ。
「……どのくらい下がる?」
【スキルレベルが85から23まで下がります。継承しますか?】
「……ッ!」
よ、予想以上に痛い……。クソ……。帰ったら姉さんに毒を打ち込んで貰うしかないな……。
私は気を取り直して口を開く。
「……“継承”する」
【継承完了】
これで毒で死ぬ事も無くなった。後は首輪を外すだけだ。
私はグリフォンの首輪に触れ、そして次のスキルを発動させる。
「“鋼龍の因子、金属干渉”」
“鋼龍の因子”は様々な複合効果を持つEXスキルだ。
どうにもこのスキルは“鋼龍”と呼ばれる存在の力を一部的に引き出せる様なスキルらしく、息吹もこれに内包されたスキルだったりする。
そして今回発動させているのは“金属干渉”と言うスキルで、文字通り金属の形状や性質に対して干渉を行うもの。
私はこれを使い、雛の首輪を外すつもりなのだ。
私のスキルを受けた首輪が、ほんの少しずつだが変形していく。
『おい、大丈夫なのか!?』
「……慌てるな。強引に捻じ曲げたりしてる訳じゃ無い。まだ不慣れなスキルで時間がかかるが、この首輪を部分的に削って分解している。毒針が伸びてる場所が正確には分からないから、八等分くらいに切り分けてそこから外すつもりだ」
『毒は!?』
「暫くは無効化してる。だから首輪の内部が損傷して大量に毒が回ったとしても雛が死ぬ事は無い」
実際には私のスキルを継承させているから時間に制限は無いのだが、後からスキルは回収するつもりだし、その為に雛を瀕死の状態に留めていたりもする。
まぁ、命を救ってやるんだし、多少の嘘は構わないだろう。
「……お」
暫く干渉を続けると、首輪の一部が切断出来た。
これで取り敢えずひと段落だな。今度は反対側を切断して圧迫感を取り除いて──
『……ありがとう』
「……なんだ。お前も言葉が分かるのか。……だが、まだ終わった訳じゃ無い。礼なら無事に助かってからにしろ」
『うん……ありがとう』
「……」
私がグリフォンの雛から首輪を外す迄、それから暫く時間が必要だった。
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