とっとこハム○郎
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「……ふぅ」
私は思わず溜め息を吐く。
かなりの強敵だった。
それなりのステータスに、卓越したスキルの使い方。
そして何よりも準備が整わない私を平然と嵌める卑怯なやり口。
流石の私と言えど、強敵だったと認めざるを得ない。特に最後の理由で。
まぁ、そもそもコカトリスの魔眼は温存していたし、どの道このグリフォンに勝ち目は無かったのだが、それでもここまで梃子摺るとは思わなかった。
……子を思う親の気持ちが成せる技なのかも知れないな。
「よ、よくやったんだが!!流石僕の護衛なんだが!!」
私がそんな事を考えていると、ナーロが馴れ馴れしく話し掛けて来た。
「……チッ」
思わず舌打ちが出る。
この馬鹿は何を聞いていた?確かに助けはしたが護衛になる様な流れじゃなかっただろうに。
「……何を寝言言っている。私が何故貴様の護衛なんぞせねばならん」
そう言って軽く窘めた私だが、ナーロは薄い笑みを浮かべて答えた。
「……それは分からないんだが?だが、お前にとって僕に死なれるのが不都合だという事は分かってるんだが。……お前への依頼報酬はそうだな……僕が無事にフィウーメに着く事で良いんだが?」
「……ッ!」
私はその表情を見て直感した。
コイツ……馬鹿じゃ無い。
……この場のやり取りだけで判断した訳では無い。前世の記憶と経験がそう言っている。
私は人間だった頃、商社としては指折りの角紅で働いていた。
当然ながら住む世界が違う様な人間とも会う機会が有ったのだが、そんな中の一人と奴の印象が重なったのだ。
彼はアラブ系の国々で大手の金融機関を経営していた。
アラブの王族で、何もしなくても金は湯水の如くに湧いてくる、正に天上の人間。
本来なら関わる事すらない様な人物だったが、上司の補佐として仕事の話をする中で気に入られ、そしてこんな話を持ち掛けられた。
「実力は有るがまだ無名の新人画家の絵に、オークションでかなりの金額を付けて買い取る。そうするとメディアに周知され、買い取った絵の値段が更に跳ね上がるんだ。僕は趣味でこれをやってるんだが、君にも何人か画家を紹介しようか?」
──と。
……正直、縁の無い話だった。
確かに当時の私はかなりの年収を貰っていたが、それでも彼等の世界の絵を買うなんてのは不可能だ。
私は彼の申し出を丁重に断ったのだが、その後に彼から聞いた言葉がかなり衝撃的だった。
「そうか。残念だ。……そう言えば初めてダンクシーの絵に値を付けたのは僕なんだが、あの時は失敗したよ。もっと値段を吊り上げておけば、もっと儲かったのに。損をしてしまった」
そう言って笑う彼を前に、思わず私は固まった。
彼の言っているダンクシーとは、今ではその絵の価値が数十倍にも膨れ上がっている超が付く程の有名画家だ。
そして彼が値段を付けた絵と言うのも、当時の価値とは比べ物にならない程の高値が付いている。
純粋な利益だけでも恐らく数十億にもなる利益を出しておいて、“損をした”と彼は言ったのだ。
……そして、彼はどれだけ利益を上げても決して利益が出たとは口にしなかった。
“あの時の取り引きはもう少し遅くするべきだった。そうしたらもっと良い条件を引き出せたのに。損をした”
“ここの株をもう少し早く買っていればもっと儲かった。損をした”
一事が万事、彼は“損”しかしていなかった。
そして、私はそれで理解出来たのだ。“金持ち”と言う人種がどういう生き物なのか。
彼等は常に自分の利益を考え、何よりも損失を嫌い、そして損しかしない。
だからこそ世界中の富を手中に収めているのだと。
その後も彼との付き合いは続き、彼の沖縄への投資計画に一枚噛む事が出来たからこそ、私は角紅で異例の出世を遂げた訳だが……その仕事のし過ぎで過労死したという落ちまで付いて来る。
何事も程々が一番と言う事かも知れない。
「……何を黙っているんだが?」
ナーロが再び話し掛け来た。
まぁともかく、ナーロに彼程の器があるとは思わないが、恐らくコイツも私の知る“金持ち”と言う人種に違いない。
利に聡く、損を嫌い、そして馬鹿では無い。
甘く見て立ち回りを間違えれば、後々面倒な事に成りかねない。
私は気を引き締め、ナーロに向き直った。
そして──
──パァンッ!!──
「へ?」
ナーロが頰を押さえて後ろに倒れる。
私がビンタしたからだ。
呆然とするナーロ。
しかし自分が何をされたか理解したらしく、顔を真っ赤にして怒り出した。
「こ、こ、この僕が誰だか分かってるんだが!?」
「ヘケッ!勿論知っているのだ!コウシくんなのだ!」
「違うんだが!?誰なんだがコウシくんって!?僕はナーロ・ウッシュ!!バトゥミ副都市長、バーロ・ウッシュの息子にしてグインベリ業主会の書記長──ぶべらッ!?」
ナーロが転がる。勿論私がビンタしたからだ。
「お、おバッ、ぼぐにごんな事じてタダで済むど思っでいるんだが!?」
口の中が切れたのか、奴の言葉に水気が混じる。
しかしここに来てもまだ状況が掴めていない様だ。
「……そうだな。私は人を見る目には自信がある。そもそもあの優秀なライラやバドーがお前を追い払うのに“苦労した”と言っていたし、ドン・アバゴーラのお膝元であるグインベリに、政敵であろうバトゥミ副都市長が無能な奴を送るとも考えられない。状況的に判断しても、恐らくお前は優秀なんだろうな。敵に回すのは得策とは言えない」
「だったら──」
「コウシくんの頬っぺたに蚊が止まっているのだァァァァッッ!!」
「ブベラバッ!?」
ナーロがお腹を抱えてうずくまる。勿論私の蹴りが鳩尾にめり込んだからだ。
「頬っぺた……関係無い……鳩尾……──グブッ!?」
私は倒れているナーロの頭を踏み付け、そして静かにこう告げる。
「……得策では無いが、貴様に媚びへつらう必要性は理解出来ないな。確かに貴様に死なれるのは困るが、別に死んでなければそれで良いんだが?」
「……ッ!!」
私の言葉を聞いたナーロは素早く尻尾を自らの手元に伸ばす。
そしてその先に着いているリングへと腕を伸ばそうとするが──
「なっ!?」
その腕が動きを止める。いや、正確に言えば動いてはいるが極めて遅くなっているのだ。
……そう、コカトリスの魔眼である。
「ふん!ぐっ!!」
一生懸命に尻尾を振るナーロだが、残念ながらその脂肪に阻まれて尻尾の動きだけでは手元に届く事は無い。
私は奴を踏み付けたまま、その尻尾の先に付いているリングを奪う。
「……随分必死だったが成る程。あの結界はコイツが発生させていたのか。綺麗だった宝石が割れているが、それが使用条件なのか?」
「な、何を言っているんだが?それは元から割れて──いだっ!!」
私はナーロの脇腹を蹴り、そして最期の通告をした。
「……何か勘違いしてる様だが、私はお前に対等な関係など求めていないぞ?お前はこれから私の問い掛けには全て正確に答え、そして要望には全て誠実に応えなければならない。……優秀で、そして金も権力も在る。確かに連邦内ではお前を軽んじる者はいないだろう。だが、分からないか?ここは確かに連邦の領土だが、街に暮らす魔物の領域では無い。……これから私が、誰がお前の飼い主なのか徹底的に教え込んでやろう」
「ちょ、ま、何を、ちょ……う、うわぁぁぁぁッッ!?」
この後、私は徹底的にナーロを調教した。




