ジャスティスの罠
ーーーーーー
『グルロァァァッッ!!』
「ッ!!」
グリフォンが咆哮と共に突進してくる。
私は横に飛び退いてそれを躱すが、グリフォンの勢いは止まらず、そのまま数本の木々をなぎ倒した所で止まった。
『グロロ……』
グリフォンは振り返ると、低い声で唸る。
どうやら木々をなぎ倒したのは示威行為の意味も含んでいた様だ。まぁ、かけらほども意味は無いが。
……さて、どうやって殺さずに叩きのめすか……。
無論、奴が警戒している通り本来の姿に戻ればそれは容易い。
なんせ無理をしているのは蜥蜴人の姿の方で、本来の姿ならば手加減も含めて十全に体を動かせるのだから。
しかしそれは出来ない。……いや、するつもりが無い。
それでは、進化が遠退いてしまう。
この世界で魔物が進化するには、より強い相手と命懸けで戦闘経験を重ねるのが恐らく最高効率となる。
ステータスの上昇に関しては“継承”でどうとでもなるが、それにも“種族値限界”と“個体値限界”で頭打ちが在るし、より強くなる為には結局戦闘経験を重ねて進化する以外に手は無い。
そして逆に恐らく最も効率が悪いのが、格下を相手にする事。
格下を相手にした場合、例え相手を殺したとしても、同格相手と比べて数十分の一程しか経験値が得られない。
つまり本来の姿に戻って格下であるグリフォンを倒したところで私には得るものが殆ど無いのだ。
まぁ、それでも数をこなせば進化出来るだろうが、それは私の好みのやり方では無い。
……どうにも殺された蜥蜴達が頭に浮かぶからな。
「行くぞ!!」
『!?』
私はグリフォンにそう宣言して走り出す。
グリフォンが先程の雷光でなぎ倒した木々に向かって。
グリフォンは私の意図が読めず困惑しているが、驚いて貰うのはこれからだ。私はそのまま“重強化”を使用し、ステータスを底上げする。
そして倒れた木を掴み、グリフォンへと投げ飛ばした。
『グロォッッ!?』
慌てて木を避けるグリフォン。
まぁ、巨体を誇るグリフォンでも、流石にこの質量ならダメージが在るだろうからな。
しかし──
『グロッ!?』
グリフォンが仰け反る。
私の投げた、2本目の木が直撃したのだ。
『……』
「どうした?誰も一本しか投げないなんて言ってないだろ?」
『グロロァァァッッ!!』
私の挑発に怒ったグリフォンが、大きく喉袋を膨らませる。
これはグリフォンが息吹を放つ前の予備動作で、私が先程奴の息吹を躱せたのもこれを見て動いた為だ。
奴の息吹は、ジャスティスの“極星雷皇砲”と同じくプラズマ球を直線上に飛ばすもので、単純な雷撃と違って速度も据え置き。視認した後でもそれなりに距離が在れば回避が間に合う。
確かに中距離からの牽制には便利だろうが……それは少々悠長が過ぎるぞ。
「“多重俊敏強化”」
『!?』
私は俊敏性を強化し、一足飛びでグリフォンへと近付く。
奴の息吹の発動タイミングは把握し切れてはいないが、このタイミングなら恐らく私の攻撃の方が早い。
可能なら、この一撃で沈める。
私はグリフォンの頭部を目掛けて尻尾を振りかぶるが──
『グロロァァァッッ!!』
「!?」
その直後、グリフォンの咆哮と共に私の体が硬直する。
無論、至近距離で見たグリフォンに怯えた訳でも怯んだ訳でもない。
つまり、これは対象を硬直させるスキル──
──ゴウッ!!──
「ぐっ!?」
振り抜かれたグリフォンの前腕に弾き飛ばされる私。
ただ、ギリギリのところで硬直が解けて防御が間に合った為にそこまでのダメージは無い。
恐らくはあの咆哮が引き金となる瞬発的な効果なのだろうが……しかし上手くやられた。
私はすぐ様飛び起きてグリフォンへと向き直る。
「……やるな。息吹の予備動作を囮にして私を呼び込んだ訳か」
『……グロロ……』
私の言葉に唸り声で応えるグリフォン。
しかし何処と無くその唸り声に元気が無い。まぁ、渾身の一撃だったのだろうが、生憎と私の“金剛硬皮”を破るには少々火力不足だ。項垂れるのも無理は無いだろう。
……スキルの使い方、そして立ち回り。どちらをとってもこのグリフォンは間違いなく優秀だ。
しかしそれでも弱体化している私にすら及ばない。
そんなグリフォンの様子を見て、私の胸に去来するものがある。
これは恐らく、“哀愁”。……どうやら私は強くなり過ぎたようだ……。
今にして思えば、弱かった頃は楽しかった。
魔物の中でも最弱に近いスモールリトルアガマとして生まれ、毎日死と隣り合わせで生きて来た。
確かにいつ死ぬかも分からない状況は、私に強い恐怖を与えていたが、それでも人間だった頃には味わえなかった“生きる事の実感”を強く与えてくれた。
恐らく魔物として生を受けた事で私の感覚や概念と言うものが根本から変わっているのだろうが、強さと糧を求め、そして命を懸けて戦う事に喜びを感じていたのだ。
──しかし私は強くなった。
確かにこの世界にはまだまだ私よりも強い奴が居るが、それでもそう多くはない。
黒竜の森には同格の敵も居るが、それも数えるばかり。
……私が戦いで“生きる事の実感”を再び感じるのは、暫く先の事になりそうだ……。
『グロロァァァッッ!!』
私がそんな事を考えていると、グリフォンが大きく翼を広げた。
次の瞬間、
──ガガガガガガッッ!!──
「!?」
グリフォンの羽が散弾の如く周囲へと飛び交う。
羽が当たった地面は抉れ、岩は砕ける。直撃すればそれなりに痛そうだし弾数も多いが……しかし所詮は牽制用のスキルだ。
私は被弾を避けつつ距離を取り、飛び交う羽の一つを注視する。
そして──
──ガシッ!!──
『!?』
グリフォンの顔が驚愕に染まる。
私が飛んで来た羽を掴んだからだ。
例によってコカトリスの魔眼と金剛硬皮の複合効果によるものだが、何も知らないグリフォンから見れば、圧倒的なステータス差を感じた事だろう。
まぁ、誤認と言えば誤認だが、私の実力を示していると言う点では嘘偽りは無いとも言える。
私はグリフォンに向き直り、こう言った。
「……見ての通りだ。この偽りの姿にさえ、お前は遠く及ばない。もう一度言う。見逃してやるからソイツを渡せ」
『……グロロ……』
グリフォンは低く唸ると、背後で丸くなっているナーロへと視線を向ける。どうやら悩んでいる様だ。
強引に奪う事も出来るだろうが、後で上空から奇襲をされれば多少手間だ。諦めさせる方が効率は良い。
グリフォンは再び私に振り向き、そして──
『グロロ』
──ボフッッ!!──
「え?」
突如響く炸裂音。
私は炸裂音が聞こえた左手を見てみる。
するとそこには血塗れになった私の左手があった。
めっちゃ痛い。
〜〜〜〜〜〜
ヘケッ!これじゃあ暫く握る事も出来なさそうなのだ!どうしてこうなったのだ?
ハム太○サァン!これですよ!きっとこの握ってた羽が爆発したんですよぉ!!
流石コウシくん!ファックユーなのだ!!
〜〜〜〜〜〜
私の中のハムちゃ○ズが左手の負傷理由に気付いたその直後、グリフォンが咆哮を上げた。
『グロロァァァッッ!!』
奴の喉袋が膨らむ。息吹の予備動作だ。
確かに羽の爆破には驚かされたが、この距離なら息吹は余裕で避けられる。
私は息吹に備えて構えるが、しかし息吹は明後日の方向に向かった。
「馬鹿がッ!!何処を狙っているッッ!!」
当然この隙を逃すつもりも無く、一気にグリフォンとの距離を縮める。
──所詮は薄汚い鳥頭か。
私は愚かな鳥頭を嘲笑うが、しかしその直後、息吹が放射状に広がり、周囲に飛び散った羽へと伸びて行く。
「……あぁ、成る程。あの羽、避雷針にもなって──」
私の視界が雷光に包まれた。
ーーーーーー
〜〜黒竜の森〜〜
「……はぁ。トカゲの野郎なかなか帰って来ねぇな。アホな事やってしくじってんじゃねぇのか?」
「……坊やに限ってそんな事無いんじゃない?あの子は頭も良いし、機転も利くし」
「まぁ、そりゃそうなんだけどよ。アイツ結構アホな所もあるからな。ほら姐さん、前にトカゲと一緒にオルカルードと自警団長がやり合ってるのを見てたって言っただろ?その時アイツいきなり腕をブンブン振り回してウホウホ言い出したんだ。あん時は流石の俺様も面食らったね。コイツはクレイジーだと確信したよ。今回もそんなイカれた行動して痛い目見てんじゃねぇかと思ってさ」
「……ウホウホ言いながら手を振り回すの?」
「ああ。アホ丸出しだろ?」
「……楽しそう」
「……え?」
ーーーーーー
──今にして思えば、弱かった頃は糞みたいな生活だった。
毎日死と隣り合わせで生き、餓えと外敵と戦い続けていた。
確かに普通の魔物ならばそうした生活にも抵抗は無いだろうが、生憎と私は人間だった頃の記憶もある。
現代文明に慣れきった私には、あの日々は正に苦痛だった。命掛けの戦い?生きる実感?そんなもの狂人の寝言だ。安全で清潔な生活こそ理想に決まっている。
そして私は強くなった。懸命に戦い、懸命に生き、必死に強くなった。
全ては妹達と共に、あの薄汚い日々から脱却する為に……!!
「……ブチ殺すぞ糞鳥頭があッッ!!まだ準備も整わない私に不意打ちを仕掛けるとはッッ!!魔物の風上にも置けんッッ!!」
『グロッロッロッ!グロッロッロッ!!』
卑怯な不意打ちを私に仕掛けたグリフォンは高笑いをする。
言葉の意味は分からないが、しかし確実に私を馬鹿にしている。
絶対にッ……許せない……!!
私は飛び起きて奴に向かって尻尾を振るうが、奴の前腕に防がれた。
しかし防いだ筈のグリフォンも表情を歪める。
『グロッ!?』
「ハッ!防いだ手が痛むか!!だがな、私は絶対に貴様を許さん!!その鳥頭に一発ブチ込んで──」
『グロロァァァッッ!!』
「!?」
グリフォンが再び翼を広げて羽の散弾を飛ばす。
私はどうにか羽を躱すが、その直後に背後から爆発が起きて体勢を崩してしまう。
そしてグリフォンはその爆風を翼で受けて、大きく後方へと飛び跳ねた。
「……チッ!!距離を取られたか!!」
私はすぐ様距離を縮めようと近付くが、今度は咆哮のスキルで硬直させられ、弾き飛ばされる。
『グロロァァァッッ』
そして再び放たれる息吹。
例によって雷撃は羽へと伸びるが、今回は私も回避に成功した。
しかし──
『グロロ……!』
「……距離を縮めさせないつもりか……」
そう。この立ち回り、奴は間違い無く私に距離を縮めさせないつもりだ。
奴は恐らく私に遠距離からの攻撃手段が無いと踏んでいる。
まぁ、実際のところ私にも息吹があるのだが、私の息吹には一定時間同じ位置に居なければならないと言う制約がある。
恐らく息吹を使おうとすれば的にされるだろう。
ならば──
『!!』
私は再び倒れた木々に向かって走り出す。
グリフォンは再び翼を広げるが、しかし羽は飛んで来ない。恐らくインターバル時間が開けていなかったのだろう。
私はすぐ様“多重重強化”を使う為に、倒木を尻尾で投げ飛ばした。
奴は前腕でそれを防ごうとするが──
『グロロァァァッッ!?』
グリフォンの絶叫が響く。
奴の前腕が砕けたのだ。
私は倒木を投げた直後、倒木に対して“多重重強化”を使用した。
結果、倒木の重さとSTR値(物理干渉力)が強化され、奴の想定を上回る威力で前腕を砕いたのだ。
グリフォンは痛みに唸り声を上げている。
この隙を見逃すつもりは無い。
私は即座に距離を詰めようとするが、しかし再び飛んで来た奴の羽の爆撃が直撃し、大きく距離を離された。
『……グロロ……』
「はぁ……はぁ……。貴様もな。だが、そろそろ決着を付けないか?」
『……グロロ』
私の呼び掛けにグリフォンは低く唸って応える。奴としてもこれ以上負傷したくないのだろう。
そして距離を取って大きく翼を広げた。
『グロロ』
「……“掛かって来い”か。それは格上のセリフだぞ?……だが、良いぞ。乗ってやる」
『グロロァァァッッ!!』
私は奴に向かって走り出す。
一直線に。
確かに奴の爆撃は牽制としては厄介だが、直撃したとしてもさしたるダメージにはならない。
握った状態の腕すらも吹き飛ばせない程度の威力しかないのだ。
それなら無駄に避けたりせず、“金剛硬皮”で防げば良い。
「“多重俊敏強化”」
私は再び俊敏性を強化して一気にグリフォンとの距離を縮める。
そして奴まで後僅かの距離に近付いた時、案の定奴は私の眼前に爆撃を放った。
「無駄だッッ!!」
私は金剛硬皮を使用し、爆風の中に飛び込む。
そして、奴が居るであろう場所に合わせて大きく尻尾を振り被るが──
「ッッ!!」
居ない。
爆風を抜け、奴の眼前へと近付いた筈だったが、奴はそこには居なかった。
視線察知を辿り、そちらに視線を向けると、そこには爆風を翼で受けて浮き上がり、大きく喉袋を膨らませるグリフォンの姿があった。
……実に見事な手だ。爆風を目眩しと動力に使い、そして最高威力の息吹を相手の間合いの外から放つ。
見事だと認めざるを得ない。しかしそれは──
「……“私が想定していなければ”なッッ!!」
『!?』
直後、グリフォンが大きくバランスを崩し、雷光は明後日の方向へと飛んで行く。
切り離され、距離を縮めた私の尻尾が奴の翼を掴んだからだ。
そのまま地面に降り立つグリフォン。慌てて尻尾を払おうとするが、しかし私は既に奴との距離を縮めていた。
「……一度見せたのが失敗だったな。それと覚えておくと良い。トカゲの尻尾は切れるんだ」
『グロ──』
私の蹴りがグリフォンの顎を捉え、奴は大きく跳ね上がる。
そしてゆっくりと、地面に倒れ伏した。
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なんとレビューを二件も頂きました!!
よっしさん、真昼さん、メッセージでも言わせて頂きましたが、本当にありがとうございます!
これからも頑張ります!




