過失
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「ひっ……!?」
「……ベルちゃん。あまり見ないで……」
レナはそう言ってベルの視界を遮る様に前に立つ。気休めくらいにしかならないが、それでもやらないよりはマシだと思ったのだろう。
グリフォンがブレスを吐いていた付近に到着した私達だが、そこには凄惨な光景が広がっていた。
恐らく護衛だったであろう武装した三体の黒く焦げた死体。
獣車を引いていた騎獣は胴体を食い破られ、内臓と血が撒き散らかされている。
しかしこれだけの惨劇にもかかわらず、追跡者達の足跡は更に森の奥へと向かっている。
余程段腹肉お化けとやらはグリフォンの雛が惜しいのだろう。
「……チッ」
思わず舌打が出る。かなり厄介な状況だ。
私はベルに話しかけた。
「……ベル。この死体の中に兄は居るか?居ないと断言出来るなら追跡を続けるが、出来ないならここで追跡は打ち切りだ」
「ちょっと!!ベルちゃんに死体の確認なんてさせるつもり!?」
レナはそう言って私に食ってかかるが、生憎とここでベルの心理状態に配慮するつもりは無い。
「当たり前だ。この中でベルの兄に関して知っているのは他ならぬベルだけだ。武装からして恐らく護衛だとは思うが、それでもベルの兄の可能性もある。ベルが確認するのは当たり前だろう。それにモタモタしてる余裕は無い。……面倒な事になってしまった」
「面倒な事?」
「……騎獣の死体を見てみろ。まだ比較的暖かいし、血も固まりきっていない。しかし逆に其方の追跡者達の死体はすっかり冷たくなっている。つまり殺された時間にタイムラグがあると言う事だ。場所とタイミング的に恐らく追跡者達が殺されたのは我々が木の上から視認していた時で、騎獣が殺されたのはそれ以降だろう」
レナは私の言葉に、騎獣と追跡者の死体を交互に見る。
「……どうしてそんな真似を?」
「撒き餌だ。これだけ血の匂いを撒き散らしたら、森の魔物達はかなり騒ぎ出す。特に本能が強い獣型の魔物がな。そしてそこを見ろ。こんな森の中なのに獣車の轍がある。なんのつもりかは分からないが、獣車なんて小回りの効かない物を雛泥棒達は森に持ち込んでいるんだ。獣車は相応に嵩張るから当然通れる道は限られる。そしてその限られた通れる道にグリフォンはわざわざ騎獣を咥えて戻り、そこで殺して獣達を呼んだ。ここまで言えばグリフォンが何をするつもりか分かるな?」
「……雛泥棒を逃すつもりがない、って事ね」
「そう言う事だ。森の魔物達を煽り、退路を塞ぎ、確実に雛泥棒を殺そうとしている。森がざわめけばグリフォンにも危険が及ぶかもしれないが、そもそもグリフォンは相応に高位階の魔物だし飛んで逃げれば問題はない。……馬鹿な連中だ。グリフォンを獲物と勘違いした挙句に逆に獲物にされるんだからな。まぁ、自業自得だしそちらは知った事ではないが、問題なのはそれにベルの兄も巻き込まれているということだ。……私達もな」
「……」
私がそこで話を区切ると、死体を確認したベルが此方に来た。
「……ベルちゃん大丈夫?」
「……うん。大丈夫。トカゲさん、あそこにはお兄ちゃんは居なかったよ」
「それを論理的に説明出来るか?」
「ちょっと!?」
レナがそう言って私に噛み付くが、ベルがそれを窘めた。
「ありがとう、ケイトお姉ちゃん。だけど大丈夫だから。……トカゲさん。お兄ちゃんは皮鎧を着ていたの。だけどあそこの二人は金属鎧を着てて、一人だけ居た皮鎧の人は蜥蜴人だったから種族が違う。だからあそこにはお兄ちゃんは居ない」
「……良い答えだ。ただこの先お前の兄が同じ様な状態で見つかる可能性はある。最低限の覚悟はしておけ。……そうすれば万が一の時に多少は違う」
「……うん」
ベルはそう言って静かに頷く。レナはその様子を見ると小声で私に話しかけて来た。
「……貴方、あの死体がベルちゃんのお兄さんじゃないって分かってて確認させたの?心構えをさせる為に」
「可能性は低いと言っただろ。……それにいきなり兄の死体を見てパニックになられたら困るのは我々だからな。森は冷静さを失った奴から死んでいく。足手まといは作りたくない」
「それって、“パニックになっても見捨てない”って聞こえるんだけど?貴方ってツンデレなの?」
「殺すぞ」
「ふふふ、出来るものならご自由に。でも貴方の話通りなら急がないと不味いんじゃない?ここも魔物に囲まれるかもしれないし」
「……その心配は必要無い。手遅れだ」
「!?」
──ガサッ──
私の言葉の直後、前方の茂みから数匹の魔物が現れる。
灰色の体毛に覆われた四足獣。しかしその頭部は円錐形をしており、目や鼻に当たる器官は見受けられない。
そしてその円錐形の頭部が先端から十字に割れ、そこから無数の牙と触手を覗かせる。
「……囲まれてるならそう言いなさいよ。……またあの魔物か。しつこいし多いし鬱陶しいのよね……」
醜悪な魔物を前に、レナはそう言って溜め息を吐く。
どうやら彼女も初対面と言う訳では無さそうだ。まぁ、この魔界でもかなりメジャーな魔物だし、出会す機会も多いだろう。
「“グレイウルフ”だ。何組かのカップルとその子供達で群れを作る魔物で、多産。馬鹿なのか習性なのか知らないが、一度獲物と決めたら群れの数が一定以下になるまでひたすら襲ってくるしつこい魔物だ」
「……どこが“ウルフ”なのよ。まだヒルの方が近い見た目じゃない」
「良く知らないが、習性が近いんじゃないか?それとあんな見た目だが、味はそこまで悪くない」
「どんな下手物趣味なの──よッッッ!!」
『ギャウンッ!?』
レナが振り向きざまに拳を振るうと、ベルの背後から近寄っていたグレイウルフがひしゃげ飛ぶ。
「……それと奇襲のパターンも単純で、先ず獲物の眼前に数匹のグレイウルフが出て注意を引き、そして背後から本命に襲わせるんだ」
「知ってるわよッッ!!」
レナはそう叫びながら再度茂みから奇襲を仕掛けて来たグレイウルフを蹴り上げ、奴等からベルを隠す様に立ち塞がる。
その動きには淀みが無く、口ではああ言っていたがレナ自身も最初から奴等に気付いていたのが良く分かる。
「んで、どうすんのッ!?」
「……そうだな。慎重に行動してもどうせ手遅れだし、グリフォンまで最短で向かう。降り掛かる火の粉は払いながらな。グレイウルフどもは追って来るだろうが、他の魔物の縄張りとかち合えば追い切れないだろうし、ある程度数が削れたら諦める筈だ」
「端からそうすりゃ早かったんじゃないッ!?」
レナはグレイウルフの足を掴み、別のグレイウルフへと投げ付けながら私にそう言った。
確かに森に入った時からそうしていれば多少は早くグリフォンと接触出来ていただろう。
しかし──
「……人間らしい発想だな」
「はぁ!?何を言って──」
「勝手に縄張りを荒らしてまわり、一匹の魔物を助ける為に何十匹も他の魔物を殺す事になるんだぞ?お前はコイツらに何か過失でもあると思うのか?……私は必要ならいくらでも殺すが、不要ならば殺しはしたくない。好みではないからな」
「……ッ!」
「……さっさと行くぞ。どの道今日の酒は不味そうだ」
私はそう言ってベルを背負うと、森を一気に駆け出す。
レナも直ぐに後を追って来るが、暫くの間私の背に視線を向けていた。
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