普通の理由
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「あった!!あそこだよ!!商隊が襲われた場所は!!」
街道沿いに暫く走った後、ベルが前方を指差してそう言った。
そこは周囲の木々と街道までに距離があり、比較的拓けた場所だった。
確かにあそこならグリフォンが奇襲を仕掛けるのにも十分なスペースがあるだろう。
私達は立ち止まり、周囲の様子を確認する。
「……」
「……何か分かった?」
私が状況を確認し、頭の中で整理しているとレナがそう言って話し掛けて来た。
多少は自分で考えろとも思うが、そもそもこの依頼を受けたのは私であり、レナは無関係と言えば無関係だ。
それを考えると説明する義理くらいはあるかも知れない。
「……そうだな。取り敢えず追跡は出来そうだ」
「本当ッ!?」
私の言葉にベルが食い付き、レナは視線で続きを促す。
私は二人に見える様に地面の1カ所を指差した。
「……そこを見ろ。その黒いシミみたいな物は恐らくグリフォンの血だ。他にも幾つか似たようなシミが有るが、そちらは護衛か騎獣の血だろう。大型の魔物特有の獣臭さが強く、嗅いだ事の無い匂いはそれだけだからな。出血量から見るに護衛達も相応にグリフォンに手傷を負わせている様だし、獣車を抱えての連続飛行距離などたかが知れてる。後は血の匂いを辿って追跡すればどうにか見つけれるだろう」
「……凄い!ありがとうトカゲさん!!」
「礼は要らん。それにまだ見つかった訳でもないだろう。それよりベルに聞きたいんだが、グリフォンが“黒い霧”を吐き出したのはどの辺りだ?」
「えっと、詳しくは分からないけど、結構広い範囲だったからここら辺はみんな煙に包まれてたと思うよ?」
「……」
私はベルが指差した周辺を見る。
そこは恐らく護衛達が居たで有ろう場所で、複数の足跡が残っていた。
ベルの言っていた“黒い霧”はグリフォンのブレスで間違い無い筈だが、その周辺には足跡以外には変わった様子が無い。
「ベル。黒い霧を受けた護衛達が慌ててたと言っていたが、大きなダメージでも受けていたのか?」
「……分かんない。だけどその後でもう一匹のグリフォンを追いかけて行ったし、怪我は無かったんじゃないかな?」
ベルはそう言って首を傾げた。
成る程。恐らく行動阻害系のブレスだな。
グリフォンのブレスは個体差が大きいらしく、どんな性質のブレスなのかは実際に確認しない限り分からない。
まぁ、魔物同士の戦いなんてのは基本的に開けてビックリ玉手箱の連続な訳だが、想定が出来るだけでもかなり違う。
しかし飛行能力と行動阻害ブレスなんてかなり凶悪な組み合わせだな……。
ブレス系のスキルは予備動作で予測し易くはあるが、上空からブレスを吐かれて強襲されたらかなり厄介だ。
個人的にはグリフォンに恨みも無いし、戦闘が避けられるならそれに越した事は無いが、状況的に楽観視は出来ない。取り敢えず頭にそれを入れて置いて、追跡を始めるか。
「“ケイト”」
「?」
私の言葉にレナが視線を向ける。
「これから暫く私は“視線察知”を切る。その間多少警戒が薄くなるからサポートを頼みたい。出来るか?」
「依頼を受けたのは貴方じゃないの?……ってのは流石に不粋ね。良いわ。ベルちゃんだけは守ってあげる。でも何でスキルを切るわけ?」
「……まぁそれで良い。これから私は“強化嗅覚”と言う別の探知系スキルを使う。このスキルは文字通り嗅覚を飛躍的に高め、匂いから様々な情報を取得出来るスキルだが、視線察知と同時に使用すると情報量が多過ぎて脳にかなり負担が出るんだ。普段なら視線察知の方が利便性が高いから使わないんだが、今回の場合は強化嗅覚が必要だろう」
「ふぅん。貴方達魔物でもスキルにはそれなりに制限があるのね」
「……まるで初めて聞いたみたいなセリフだな」
「ええ。そんな事知らなくても簡単に敵は殺せるから」
何この子?トカゲ怖い。
「……だから足元掬われるんだぞ。まぁ良い。じゃあ早速切り替えて──」
「────ぅわあああぁぁッッッ────」
「「「!?」」」
私が追跡を開始する前に上空から誰かの悲鳴が聞こえ、そしてそのまま通り過ぎて行った。
「……今のグリフォンね」
「そうだな。誰か知らんが掴まれてたな。獣人だった」
「お兄ちゃん!!」
「「やっぱり?」」
私達は即座にグリフォンを追って走り出す。
「クソッ!!私達が来た方向に向かってるじゃないか!!探す手間は省けたが無駄な労力を使った!!」
「それは結果論でしょ!どうするの!?離されてるわよ!?」
レナの言う通り、グリフォンとの距離はぐんぐんと離されている。あの速度では本来の姿に戻った所で追い付くのは難しい。まぁ、空を飛ぶ相手に走って追い付くなんてのは余程の例外でもない限り無理だろうし、当たり前と言えば当たり前か。
コカトリスの魔眼を使うかで一瞬迷ったが、そんな事をしたらグリフォンと一緒にベルの兄も墜落して死ぬだろう。
しかし──
「……何故ベルの兄が掴まれている?飛んで行っている方向は恐らくもう一匹のグリフォンの居る場所だろうが、ベルの兄を連れていっては追跡をバラす事が出来ないぞ?」
「冷静に分析してる場合!?グリフォンが街道から逸れたわよ!!森林を飛んでるし、このままじゃ追えなくなる!!どうするの!?」
「……そうだな」
私は走りながら周囲を確認する。
すると私から右後ろ側に丁度良い高さの木が見え、私は立ち止まってそちらに向かう。
「ちょっ!?何逆走してるのよ!!そっちじゃないでしょう!?追い付けなくなるわよ!?」
「ああ。だから諦めるんだ」
「「!?」」
驚愕の表情を浮かべたレナとベルを無視し、私は目当ての木を一気に駆け登る。
……良し。ここなら見える。
「ちょっと!?諦めるってどう言う意味よ!?」
「そうよ!!お兄ちゃんを助けてくれるんじゃないの!?」
私の後を追って木の上に来たレナと、背中に縛られているベルがそう言って喚く。
私は二人を窘めて前方を指差した。
「……五月蝿いぞ二人とも。諦めると言ったが、それは“あのまま走って追い掛ける事”をだ。私達がどれだけ早く走れたとしても空を飛ぶグリフォンに追い付ける訳が無い。しかし奴は手負いで、もう一匹のグリフォンも獣車を抱えて飛んでいる。合流するにしても奇襲地点からそこまで極端に離れるのは難しい筈だ。どうせ追い付けないなら、このまま降下地点を確認して向かう方が効率は良い」
「……ッ!」
私の指先を追いグリフォンを視界に収めたレナが驚きの表情を浮かべ、そして同じくグリフォンを視界に収めたベルが安堵の息を吐く。
どうやら二人共この手は思い付かなかった様だ。
ここは取り敢えず全力でドヤ顔をして……
「俺、なんかやっちゃいました?」
「判断力は認めるけど、そのセリフは死ぬほどウザいわよ。咄嗟にこの手を思い付くのは確かに凄いけど、私達がそれを認めてる事くらい分かるでしょ。それとも“自分としては大した事してないんだけど、周りが褒めてくるから驚いちゃったよ!”とかやりたいの?だったら付き合ってられないし、品性を疑うわ」
「……ごめん……」
……凄い普通の理由で怒られた。
「!見て!」
ベルが遠方に見えるグリフォンを指差す。
グリフォンは低空で飛び、そして黒いブレスを森に向かって吐き出していた。
「……どうやらあの辺りの様だな」
私達は急いで木から飛び降りると、再び走り始めた。
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あけましておめでとうございます。
昨年より投稿を始めたこの作品ですが、お陰様でブクマ1000件を超える事が出来ました。
これからもどうか御愛読の程、よろしくおねがいいたします。




