“雛泥棒”
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反吐が出る。
散々殺し尽くし、散々我欲を通し、自分の為だけに生きて来た私が、今更人助けなどしようとしているのだから。
これが私自身のメリットに繋がるのであればまだ我慢が出来た。
──利益の為だと自分に言い訳が出来たのだから。
しかし今回は違う。どう転んだところでこの少女を助ける事にメリットは無い。
金貨3枚など私の目的の足しにはならないし、こうしてる間にも黒豹戦士団が動くかも知れない。
無論、相応の戦力は残しているが、奴等の首魁が動けば心許ない。
こんな状況でフィウーメを離れようと言うのだから本当に馬鹿で救い用の無い愚か者だ。
……私は。
「……ちょっと」
私がそんな事を考えていると、横付けで走っているレナが話し掛けて来た。
「なんだ?」
私はそうぶっきら棒に返すと、レナは眉を顰めて続けた。
「……良い加減にその態度どうにかしなさいよ。一度引き受けた以上どうにもならないでしょ。それとベルちゃんが苦しそうにしてるわよ」
「?」
私は脇に抱えたベルに視線を下ろす。
レナとの会話直後からベルを脇に抱えて全力疾走していたのだが、確かに苦しそうにしている。
振り落とさない様に強めに抱えていたのだが、それが負担になっている様だ。
「……チッ」
私は舌打ちをすると、立ち止まって乱暴にベルを降ろした。
「ちょっと!何してるのよ!?ベルちゃんに当たらないでッ!!」
「……当たってなどない」
レナの言葉にそう返すが、事実私は苛立ちをベルに向けていた。
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『誰か……!誰か私のお兄ちゃんを助けて!!』
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あの言葉が無ければ、彼女を気にかける事も無かった。
必死に兄を救おうとするその姿が妹達の姿と重なってしまい、こうして馬鹿な真似をする羽目になってしまったのだから。
「ベルちゃん大丈夫?ゴメンね。アイツ馬鹿だから……」
レナはそう言ってベルを気遣う。
ベルは私に担がれていた胴体周りを軽く摩りながらそれに応える。
「大丈夫……生黒光り……じゃなくてトカゲさんはお兄ちゃんの為に急いでくれてるんだもん。少しくらい痛くても我慢出来る。それより早く行こう?」
「ベルちゃん……」
ベルはそう言って立ち上がると、私へと視線を移す。
相応には痛む筈だが、兄を想う気持ちの方が勝る様だ。
……レナの言う通り、私は馬鹿だな……。
「……ベル。こっちに来い」
「えっ?うわぁ!?」
私は立ち上がったベルの体をおぶり、そして縄で固定していく。
「……これで痛まない筈だ。まだキツいなら少し緩めれるが」
「……ううん!大丈夫!ありがとう!!」
「礼は要らん。さっさと行くぞ」
「うん!」
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「……ベル。一応聞きたいんだが、お前達は兄妹二人だけでフィウーメに来たのか?」
私は走りながら背負ったベルにそう尋ねた。
依頼書にはベルはフィウーメからかなり離れた小規模の村落の出身で、フィウーメに乾燥させた果実を売る為に来る途中でグリフォンに襲われたと書かれていた。
しかし街道を沿って来るにしても、そんな長距離を二人だけで移動して来るのはかなり危険だし、余程の実力者でもない限りそんな無謀な真似をする筈がない。普通に考えれば商隊等に合流して集団で来る筈だ。
念の為聞きはしたが、特別な理由でもない限りベル達も恐らくは商隊と合流して来たのだと読んでいる。
そして事実その通りなら、別の疑問が浮かぶ。
「ううん。ちゃんと商隊を組んでフィウーメまで来たよ。お兄ちゃんは調教師のクラスを持ってて、騎獣達のお世話と御者を変わる約束で仲間に入れて貰ったの」
「……そうか。だとしたらやはり妙だな」
「“妙”って何が?商隊を組むのなんて普通でしょ?」
私の言葉に疑問をぶつけるレナ。
彼女は私が商隊を組む事に疑問を抱いたと思った様だが、私が疑問を抱いているのはそこではない。
「……ベル。お前の兄が襲われた時、商隊に雇われていた筈の護衛は何をしていた?」
「あっ……!」
レナが驚いた顔をして私を見る。
長距離を移動する商隊は、余程の例外を除き護衛を雇っている。
それは目的地が同じ冒険者であったり、配置換えで移動する正規軍に随行する形をとったりと様々だが、かなりの金額が動く商隊が無防備な状態で移動する事は絶対に無い。
私が読んだ依頼書には“詳細は依頼人に確認する様に”と記されていた為、もしかしたら記録を残せない様な手段と事情があるのかと勘ぐったが、ベルの話を聞く限り正規の手続きを経て合流した様だし、襲って来たグリフォンを放置したとは考え辛かった。
ベルは少し考えた後に答えた。
「……えっと、確かにグリフォンが襲って来た時には護衛の人達が戦ってくれてたの。だけど、暫く戦った後にグリフォンが黒い霧を吐き出して、護衛の人達が慌てだして、それでお兄ちゃんが乗ってた獣車がお兄ちゃんごとグリフォンに連れ去られて、慌てて護衛の人達が追い掛けようとしたんだけど、そしたら後ろからもう一匹グリフォンが襲って来て、別の獣車を掴んで逃げてったの!」
「……グリフォンが二匹居たのか?それなら最初に言ってくれ。それだと明らかにAランククラスの依頼だぞ?」
「えっと、でも受付美人が“それは黙ってましょう”って言ったから……」
「!?」
……ラズベリルの奴、端から私が依頼を受けると読んでやがったな。道理で“詳細は依頼人に確認する様に”とか書いてある訳だ。
ベルの手持ちじゃ一割負担でもこんな依頼は出せないから、黙って私に丸投げするつもりだったのだろう。
……帰ったら流石に一言くれてやる。
しかし──
「……やはり妙だ」
「どうして?ベルちゃんの説明は少し分かり辛かったけど、要は積荷を狙った二匹のグリフォンの奇襲に巻き込まれて攫われたって事でしょ?別におかしくないじゃない」
「……いや、おかしい。グリフォンが商隊を襲うなんてのは先ず有り得ない。グリフォン……いや、グリフォンに限らず相応に知性があり、そして単独で生活する魔物は基本的に無理をしない。この魔大陸メガラニカインゴグニカは様々な魔物達が跳梁跋扈する正に“魔界”だ。常に余力を残し、不測の事態に備えるのはそこらに居るトカゲだってしている事だ。そして、グリフォン程の位階にもなればその傾向も強まる。商隊の積荷を狙うのは確かに相応のリターンが見込めるが、武装した護衛達を相手取るのはかなりのリスクになるし、もし積荷を奪う事が出来ても今度は追跡のリスクが生まれる。普通なら避けるべき相手だ。……それにベルは言っていただろう?“暫く戦った後に黒い霧を吐き出した”と。そもそも飛行能力があるグリフォンがわざわざ護衛と戦うのもおかしい。積荷を狙うなら上空からの一撃離脱を繰り返す方がリスクが少ないし効率も良い。むしろ前後を考えるに、最初に攻撃を仕掛けたグリフォンが囮になって二匹目の奇襲を補助した様に思える」
「……それだけ二匹目が狙った獣車が重要だったって事?」
「……だろうな。ベル、グリフォンの奇襲が終わった後“追跡をしよう”って話にはならなかったのか?」
「なった。だけど“段腹肉お化け”がお兄ちゃんが乗ってた獣車の補償をするから、その追跡メンバーを全員自分の獣車の追跡に回せって言い出して、それでみんなそっちの方に行っちゃったの」
「……段腹肉お化け?」
「うん。凄く大きくて、凄く臭いの」
何それ。トカゲ見てみたい。
「……まぁ、大体の事は分かった。恐らくお前達兄弟はその“段腹肉お化け”に巻き込まれたんだろう。災難だったな」
私がそう言うと、レナが私に問い掛けて来た。
「一人で納得してないで説明して貰える?私もベルちゃんも今一掴めてないわよ」
「……そうだな、すまない。……さっきも言ったが、グリフォンは基本的に群れを作らず単独で生活する魔物だ。それだけに大きな負傷は即、死に繋がる可能性があるから基本的に無理はしない。……だが、何事にも例外はある」
「例外?」
「ああ。群れを作らないとは言ったが、そういった単独で生活する魔物でもユニークネームドになれば同族を支配する事もあったりする。まぁ、今回の場合はもっとシンプルだ。その二匹のグリフォンは番だったんだろう」
「番ってまさか……!?」
「……ああ。“雛泥棒”だ。その段腹肉お化けの獣車には恐らく雛が入っていたんだろう。それならグリフォンが無理を押して戦った理由も分かるし、重たくて飛行が難しくなる獣車を丸ごと盗んだのも分かる。本命の方にはグリフォンの雛が入ってて粗雑に扱えず、そしてベルの兄が入ってた獣車の方は追跡を二分する為にとった行動だろう。まぁ、そっちの方は段腹肉お化けとやらに阻止されたみたいだが。……しかし運が良かったかも知れない。グリフォンの行動を見るにかなり賢い個体の様だから、ベルの兄が生きてる可能性は低くないぞ」
「そうなの!?」
「ああ。さっきも言ったが、獣車を丸ごと盗んだのは追跡を二分する為だ。獣車は積荷が無くてもそれ単体でそれなりの資産だし、無事なら放置される事は先ず無いからな。だが、グリフォンに持ち去られた時点で諦められる可能性も低くない。……ここでベルの兄だ。お前がもしグリフォンの立場だったとしたら、獣車の無事を伝えられる生き証人をわざわざ殺すと思うか?」
「……!!」
私の言葉にベルの目が輝く。
「……まぁそれでも他の魔物に襲われる可能性もある。なるべく急ぐぞ」
「う、うん!!」
こうして私達は、ベル達がグリフォンに襲われた場所へと急いだ。
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