会話
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「……改めて見たけど、凄い数の魔物ね……」
行き交う魔物達を前に、そう言って猫人族の姿をした少女……レナは立ち尽くす。
あの後、私達は同じ部屋で夜を明かした。
と、言っても当然ながら睦言の入り混じる艶っぽい一夜では無く、警戒心丸出しの殺伐とした一夜だったが。
互いに牽制し合い、寝たか寝てないかも分からない様なその様子は、側から見ると体力の回復なんて出来そうにも無かったのだが、それでもレナは動ける程度には回復したらしく昼が過ぎた辺りからこうして彼女に必要な物の買い出しと、所用を片付ける為に街に繰り出したのだ。
因みにアッシュは宿で休ませている。バルドゥーグから受けた傷はほぼ回復したとは思うのだが、流石に連れ回る気にはなれなかった為だ。
「……まぁ、フィウーメは連邦でも最大の都市らしいからな。その住民の数も10万に届くのだとか。実際のところ正確な数は連邦でも把握出来てないそうだがな」
「へぇ……」
そう言って興味深そうに頷くレナ。
取り敢えず会話するくらいの関係にはなれているが、しかし彼女は私に背中は見せず、逆にずっと私の背後に回っている。
隙を見せず、逆に攻撃するのに有利な位置に居るのは、そのまま私達の距離を表していた。
当然と言えば当然の反応だが、微妙に気不味くもある。
まぁ、関係は追い追い改善するとして、取り敢えず買い物を済ませるか……。
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「……興味本意で聞きたいのだが、神託者とは一体何者なんだ?レナの様な存在は人間の世界ではどのくらい居る?」
ある程度の買い物を済ませた後、私はレナにそう問いかけた。
私個人としては人間の世界と関わるつもりは無いのだが、こうして彼女がこの場にいる以上、向こうから何らかのアプローチが来る可能性もある。
情報は幾ら有っても困る事は無いし、丁度良い機会だ。
レナは暫く悩む様な素振りをした後、意地の悪そうな顔でこう答えた。
「……神託者は一般的な人間よ。寧ろ私はかなり弱い方……って、そう答えたらどうする?」
「嘘だと確信するな。そして話す気が無いんだと判断する」
私の言葉に、レナは疑問符を浮かべながら言葉を返す。
「どうして?知らないからこそ私にそんな質問をした筈なのに、どこで嘘だと確信出来るの?そんな判断材料無いじゃない」
まぁ、確かに世間知らずの田舎者の魔物なら騙されていたかも知れない。しかし生憎と私は元人間だ。そんな下らない嘘に騙される訳が無い。
「判断材料なら在るさ。お前のその話が真実ならとっくに魔物なんぞ人間に滅ぼされている。そんな戦力が有るのに魔界を放置するか?もしあるなら植民地にするか奴隷牧場にでもしてるだろう。お前も人間なら知っている筈だ。人間の持つ醜悪な面を、な」
私がそう言うと、レナは一瞬驚いた表情を浮かべ、つまらなそうにため息を吐いた。
「……はぁ……。ま、正解って事にしたげる。神託者は、神に選ばれし人間の勇者。神器と呼ばれる究極のマジックアイテムに選ばれた人間側の最高戦力よ」
「随分とあっさり教えてくれたな。極秘事項とかではないのか?」
「どうせ調べりゃ直ぐに分かる事よ。今までも何度も人間と魔物は戦争してるんだから」
「……そう言えばそうだったな」
しかし“勇者”か……何ともファンタジーな肩書きだ。まぁ、“魔王”が居るんだから“勇者”が居てもおかしくは無いか。なんせ天使からしてあんな奴だし。
「……それで、その勇者様は何人くらい居るんだ?」
「全部で四人……いや、今は五人だったわね」
「……五人?」
思ったよりも少ないな。“魔王”のクラス持ちは11匹居ると聞いたし、勇者も居るならそれなりの数が居ると思ったのだが。
「ええ、五人よ。思ったよりも少ないでしょ?」
「……まぁな。だが、“勇者”なんて肩書きがある奴が複数人居るのにも違和感は有る」
「言われてみたらそうね。でも、実際に“勇者”って呼ばれてる神託者は一人だけだし、そんなに変じゃないと思うわよ。……それと、確かに人数は少ないけど、十分に足りてるわ。だってもし仮に神託者の数が少ないなら、とっくに人間なんて魔物に滅ぼされてるもの。貴方も魔物なら知っているでしょう?魔物の衝動と欲望がどれだけ強烈なものなのかを、ね」
そう言ってレナは再び意地の悪そうな笑みを浮かべた。
中々エッジの効いた返しだ。見たところせいぜい12、3歳前後くらいの筈だが、改めて見ると年の割には賢こく見える。
「……まぁ、正解と言う事にしておこう。そう言えば聞いてなかったが、レナは今何歳なんだ?見たところ子供だとは思うが」
「女性に年齢を聞くのは失礼じゃないかしら?」
「これは手厳しい。しかし互いに異性として意識する様な相手では無いし、生物学的見地からの興味に過ぎないのだが」
「それはそれで失礼な言い回しね。……別に良いけど。12……いえ、もう13だったわね」
「やはり子供だな。だが歳の割には知能が高い様に思えるが、それも神託者に関係してるのか?」
「ええ。神託者は一般的にみんな早熟なのよ。馬鹿みたいに強力な力を持ってるから、それを早く制御できる様になってるんだとか。……因みに貴方は何歳なの?」
「ふむ……詳しくは覚えていないが、まだ生まれてから一年程度の筈だ」
「はぁ!?嘘でしょ!?」
私の言葉に驚愕の表情を浮かべるレナ。まぁ、転生前の年齢もカウントするなら余裕で三十路過ぎてる訳だが、この世界に生まれてからは確か一年も経っていない。
「……そんな下らない嘘をついてどうする。私にメリットがあるのか?」
「いや、無いけど……でも信じられない。歳の割に賢いとか言うレベルじゃないと思うんだけど……」
レナはそう言って訝しげな視線を私に送る。私も当事者じゃ無ければ同じ様な反応になっていただろう。
「……まぁ、確かに人間から見たらそうかもな。だが、お前達人間と我々魔物では加齢の感覚と概念が違う。私の様に生まれたその時から相応の知性を持つ者も居るし、何百年生きても獣と変わらない者も居る」
「……凄い生き物ね……。なんなのよ“魔物”って……」
「“魔物”は“魔物”だ。お前達人間と同じく、神々がこの箱庭に創り出したオモチャに過ぎない。性質の違いはあれど、本質は変わらない」
私がそう言うと、レナは意外そうな顔をした。
「……随分と達観してるのね。魔物の癖に“人間と大差ない”なんて言ってる奴初めて見たわ。人間と同列視されるのは魔物にとっては最大級の屈辱なんでしょ?」
「らしいな。だが私にとってはどうでもいい事だ。魔物だろうと人間だろうとクズは居るし、逆も然りだ。私にとって有益ならばそこにこだわる必要は無いと考えている」
「ふぅん……」
「……ところでレナはどうしてフィウーメまで来たんだ?」
「“どうして”の幅が広いと思うんだけど。“手段”と“経緯”で答えが変わるわよ?」
「……すまない。私が聞きたかったのは“どういう手段でフィウーメに来たのか”だ。昨日の毒が効くなら、正直言って魔界の環境で生き抜くのはかなり厳しい。それが例え神託者でもな。もし仮に飛行能力等の有益な能力が有るにしても、流石に無防備過ぎる」
「ああ、そんな事ね。単純な話だけど、“解毒”や“浄化”系統の魔術が使えるからよ。元々神託者は魔術の適性がかなり高いから、魔力さえ残っていればほぼ全ての状態異常を無効化出来るの。後は魔力回復薬なんかもかなり用意してたし、無謀とは言えない程には準備してたつもりよ」
「……つまり昨日の私は相当ついてた訳か……」
「そうね。少しでも魔力に余裕があればこうはなってなかったわ。……私も興味本位で聞きたいんだけど、あの時貴方は私に毒が効かない事も想定してたわよね?実際に毒が効かなかった時はどうするつもりだったの?」
「毒が効かなくても我々の関係はさして変わらなかっただろうな。主従の立場は逆転してただろうが」
「……と言うと?」
「今のレナが私と行動を共にしているのは、支配による強制力も有るが、目的の為に私を利用している側面もある。毒が効かなくとも短絡的な手段に出るとは考え難かった。後は交渉次第と言う所だが、まぁ、分が悪い話では無かった筈だ」
「ふぅん……」
レナはそう言うと、少しだけ考える素振りを見せてから、早足で私の横にまわった。
「……良いのか?」
「何が?」
「位置取りの話だ。私を攻撃しやすい様に背後に居ただろう?そこでは優位性が下がるぞ」
「別に良いわ。取り敢えず直ぐには殺されそうにないし。……それにこの位置なら貴方が命令を出す前にその首を撥ね飛ばせるわ。悪手ではあるけど、術者が死ねば解除されるスキルもあるしね」
「……一応言っておくが、私がレナに命じたのは“敵対を禁じる事”だ。“攻撃”ではない。“敵対”が実際に攻撃した時からカウントされるのか、それとも敵対的行動を取ろうとした時にカウントされるのかは私にも分からないぞ?」
「あら?その割りには私が貴方の背後に回っても反応しなかったみたいだけど」
「敵対すると決めた訳じゃなく、只の警戒心からとった行動だろう?それで反応するとは思えない。まぁ、どの道レナが死ぬ前に命令を解除するつもりだったから結果は変わらないがな」
「……ふぅん?今はそれで納得しといてあげる。それよりそろそろ教えてくれない?」
「教える?何をだ?」
「わざわざ人目の付く大通りを歩かせてる理由よ。何か意図があるんでしょう?」
レナはそう言って鋭い視線を私にぶつけた。
……流石に気付くか。
そう、レナにはそれとなく会話をする事で意識を逸らしていたのだが、私はわざと人目に付く大通りを歩いていたのだ。
幾つか目的はあるのだが、レナを餌にしているのは変わらず、彼女にもそれが分かったのだろう。
「……返答次第では覚悟して貰う事になるわよ?私も覚悟するわ」
そう言って私に凄むレナ。
ハッタリだとは思うが、もし仮にレナが支配の影響下に無い事を把握していた場合は目も当てられない。
ここは素直に謝る事にしよう。
「……すまない。レナの考えてる通り、囮にさせて貰った」
「でしょうね。それで目的は?」
「……私には視線察知と呼ばれるスキルがある。これは向けられる視線の方向と距離、そしておおよその強さまで測れる利便性の高い探知系のスキルだ。私はレナを連れて歩く事で、現状で黒豹が我々に対してどんな監視体制を敷いているか確認したかったんだ」
「そのスキルがある事は昨日の貴方達のやり取りを聞いてたから知ってるわよ。でも昨日のコボルドは雑魚とは言ってもそれなりの頭と腕は有るわ。もしアイツが出張るなら、貴方に視線を向けずに私にだけ焦点を合わせてそれを躱す事くらい出来るんじゃない?」
「……アイツを雑魚呼ばわりか……私の主観ではかなりの手練れなんだが……。しかし、恐らくそれは無いな」
「どうして?」
「途中、私が狭い路地や視界の悪い店内に入ったり、道を間違えて折り返したりしたのは覚えているか?あれは意図的にした事で、我々を追跡する者が居た場合、その視界に強引に私が入る様に立ち回っていたんだ。余程のスキルかアイテムでも無い限り、間違い無く私に視線を向けている筈だ」
「……何でそんな事出来るのよ……」
「それは秘密」
「……」
ジト目で私を見るレナだが、私はそれをスルーする。
因みに私が何故こんな事が出来るのかと言うと、実は配下達への特訓の副産物だったりする。
黒南風との一戦で配下を失った私は、二度と同じ事を繰り返さない為に索敵や奇襲等に特化させた配下には様々なパターンで追跡と奇襲の訓練をさせていた。
そして実践として“視線察知”に長じた私をターゲットにした“模擬暗殺ごっこ”を頻繁にしていたのだが、何故か途中からゴリが司令に入ったり、ジャスティスが奇襲チームに加わったりしてかなりヤバい事になったのだ。
日常の業務をこなす中、不意に雷撃が飛んで来たり、視察の途中で崖の上から岩が落ちて来たり、呼び出されて行ってみたら油をかけられて火を放たれたり、突然周囲に姉さんの毒霧が吹き出し、視界が失われたと思ったら死角から十数匹の配下に斬りつけられたりと、かなりヤバかった。
って言うか普通に死ぬかと思った。
そんな訳でガチに追跡者に怯え、心の休まらない日々を経た私は、こんな芸当が出来る迄になっていたのだ。
何でも経験してみるものである。
「……まぁ何で出来るかは別に良いとして、それで何か分かったの?」
「具体的に断定出来る様な事は何も無いな。そもそも考察の材料が欲しいくらいの考えでとった行動だ。ただ、連中はかなり困惑している様だな」
「と言うと?」
「こう言っては何だが、私は今のフィウーメだとそれなりに名が売れている。余程の無能でも無い限り数時間でも有れば私の居所を特定する事は容易い筈だが、奴はおろか雇われたゴロツキなんかの監視も無い。つまり完全に放置されてる」
「放置されてるなら軽視してるって線もあるんじゃない?」
「それは確実に無い。お前から見れば雑魚に見えるのかも知れないが、昨日のコボルドはフィウーメではかなりの手練れだ。そんな奴を正面から倒した私を軽視する訳が無い。それに自分達がギリギリまで神託者を追い詰めた時に、都合良くそんな闖入者が入ると思うか?連中は今頃お前と同じ事を疑っている筈だ」
「……私と同じ事?」
「私に指示を出している別勢力の存在だよ」
「ッ……!!」
レナの顔に分かりやすい程の動揺が浮かぶ。
レナの立場から考えれば私が偶然に助けに入ったと思える訳も無いし、黒豹から見てもそんな偶然が有ると思う筈が無い。
普通に考えれば私がレナを監視していたと思うだろうし、そうなれば私に指示を出している存在がいると考えるのは自然な流れだ。
まぁ、実際のところは完全に偶然で、私は意識的に介入した訳では無いのだが。
「顔に出てるぞ。想定外の事を言われてもそれを悟られない様にしておく事を勧める」
「……うるさい。それで、わざわざそれを言ったって事は貴方の上からその手の指示が出てるって解釈で良いの?」
「指示も何も無いぞ?全て私の独断だし、昨日レナを助けたのは偶然だ」
「……流石に信じないわ。馬鹿にし過ぎよ」
レナはそう言うと再び背後に回った。全て本当の事なのだが、どうやらお気に召さなかったらしい。
私がそんな事を考えていると、不意に遠距離会話で配下達から連絡が入る。
『王様、御命令通り周囲4キロ圏内を探索しましたが監視の気配は有りません』
……どうやら本当に放置してるらしい。
まぁ、黒豹としても得体の知れない我々と即座に敵対するのは得策では無いと判断したのだろう。だが──
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『……これより一週間の後、私は供回り十数匹と共に“五壁都市フィウーメ”へと向かう』
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だが、連中は勘違いしている。アッシュに手を出した時点で此方に交渉の意図は無い。どう殺すかが変わるだけだ。
私は再度配下達に指示を出すと、目的地に着いた事をレナに知らせる。
「……着いたぞ。ここがフィウーメの冒険者ギルドだ」
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プライベートと仕事の両方でかなり忙しくなっており、更新頻度が下がっています。
出来れば気長に待って頂けると幸いです。




