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意図



ーーーーーー



 ──同日、数刻前──





 深い藍色の絨毯が敷かれた長い回廊を、一匹の魔物が歩く。


 爪の伸びた指。鱗の生えた四肢。尖った口先。そして何よりも特徴的だったのは、その背に背負った甲羅。


 もしこれで仕立ての良いタルマ(※肩に軽く掛かる長さの外套)をしていなければ、巨大な亀が二足歩行している様にしか見えなかっただろう。


 彼の名は“ドン・アバゴーラ”。


 フィウーメ・バトゥミ自由都市国家連邦連邦議長にして、フィウーメの都市長の座に着く、連邦では知らぬ者の居ない絶対的権力者だ。


 普段の彼は、人好きな笑顔と穏やかな口調を旨としているが、今この時に於いては宛らオーガの様な形相だった。


 窓から望むフィウーメの街並みは美しいが、それでも彼の表情が緩み事は無い。


 やがて彼の眼前に大きな扉が現れる。

 普段なら同族の執事に開かせる所だが、彼は自らその扉を乱暴に開けた。


「これはこれはアバゴーラ様。お元気そうで何より──」


「貴様等何を考えておるッッッ!!」


 へりくだった姿勢を見せた樹人トレントの言葉を遮り、アバゴーラは怒声を上げる。

 その声に驚いた樹人トレントは尻餅を突くが、彼は見向きもしない。


 彼の視線の先に居るのは、来客用のソファに腰掛けた二匹の魔物。


 一匹は2メートルを超える大柄の蜥蜴人リザードマンで、全体的に丸みを帯びたシルエットをしている。

 しかし、その肉体は脂肪では無く筋肉に包まれており、圧倒的な暴力を感じさせた。


 “鉄槌のバルドゥーグ”


 蜥蜴人リザードマンの特殊位階、“リザードマン・アークウォリアー”の戦士だ。


 “特殊位階”とは通常の位階とは異なる分岐をした位階で、大抵の場合は通常の位階よりも強い力を持つ。

 そして、バルドゥーグも例に漏れず同族の同位階と比べて非凡と呼べるだけの力を持っていた。


 バルドゥーグはチラリとアバゴーラを一瞥するが、直ぐに興味を無くしたのか視線を逸らし、グラスに入った火酒を煽る。


「ゴホッ!……はぁ……。そんなに大声を出さないで下さい。ゴホッゴホッ!!……()()()()()()()


 それを口にしたのは、バルドゥーグの正面に座る()獣人(ライカン)


 その全身を黒と金のローブで包み、要所要所に宝石をあしらった御護り(タリスマン)を付けている。

 何も知らない者から見れば、派手好きな傾奇者に見えるだろうが、相応の知識を持つ者ならばそれが魔術師ソーサラーが用いる媒介なのだと気付くだろう。


 “呪文教書スペルバインダーのザグレフ”


 フィウーメ・バトゥミ自由都市国家連邦に悪名を轟かすSランク冒険者チーム、黒豹戦士団の実質的支配者である。


「ゴホッ……!はぁ……。最近は夜も冷えますし、あまり調子が良く無いんですよ。ゴホッゴホッ!……普通に話して頂けるとありがたいのですが」


 そう言って咳き込むザグレフ。

 全身を包む黒の体毛で分かり辛いが、彼の頬はこけ、身体自体もかなり痩せている。

 病人とまでは言えないが、それでも病弱と言える程度には頼りなく見える。


 しかしアバゴーラはそんなザグレフの様子を見ても、その気勢を削ぐ事は無い。


「儂はあれほど貴様等に騒ぎを起こすなと言っただろう!!それを着いて一週間も経たずに問題を起こしおって!!貴様等の首から上は飾りかッッ!?」


 アバゴーラは確かにザグレフ達黒豹戦士団をフィウーメへと呼び込んだが、それはあくまでも秘密裏におこなったものだった。

 目的の為とは言え、黒豹の危険性はアバゴーラも理解しており、一時的に入国させるだけのつもりだったのだ。


 にも関わらず、あろう事かバルドゥーグは身を隠しもせずに堂々と酒場へと赴き、更に暴力沙汰まで起こしてしまった。


 本来なら即刻首を飛ばす所だが、現状を考えればそうも行かず、済し崩し的に黒豹戦士団の追放処分を取り消す羽目になってしまったのだ。

 フィウーメ・バトゥミ自由都市国家連邦はあくまでも法治国家であり、如何にアバゴーラと言えど職権の乱用は避ける必要がある。

 それを踏まえて厳命していたにも関わらず、彼等黒豹戦士団はそれを軽視した行動をとっており、アバゴーラはそれに対して強い怒りを抱いていたのだ。


 ザグレフはそんなアバゴーラにゆっくりと向き直り、そして──


「ゴホッ!!ゴホッ!!……ええ。()()()()


「〜〜〜ッッッ!!」


 ザグレフの言葉に顔が真っ赤になるアバゴーラ。


 バルドゥーグはそれを見てくつくつと笑うが、アバゴーラはそれに気付かず更にまくし立てた。


「そもそもだ!それもこれも全て貴様等黒豹があの小娘を取り逃がしたからであろう!!“我々に任せて頂ければ、二ヶ月(ふたつき)と掛からず捕らえてみせましょう”などとほざきおって!!あれだけ大口を叩いておいて取り逃がし、良く平気な顔でいられるなッ!」


「ゴホッゴホッ!……何故それを私に言うのですか?私は所詮サブリーダーの一人に過ぎないのですよ?我等黒豹戦士団の団長は、そこに居られるアスガード様ですし、その発言もアスガード様のものです。御不満がおありなら私ではなくアスガード様にお願いします」


 急に自分に話が振られてビクつく樹人トレント……アスガードだが、アバゴーラは一瞥もせずに鼻で笑う。


「フン!儂に()()()()話をしろと言うのか?それが傀儡なのは知っておる。掃き溜めの集まりで、まともに会話出来るだけの知能(おつむ)があるのは貴様だけだろうがザグレフ」


「……あ?」


 そう言ってバルドゥーグが立ち上がる。


 アバゴーラが放った言葉に、自分を侮辱する意図を読み取ったからだ。


「……よしなさい。バルドゥーグさん」


 ザグレフはバルドゥーグを嗜めるが、バルドゥーグはそれを無視してアバゴーラを睨み付けた。


「なんだ?……まさか腹を立てておるのか?これは凄い。単純な言い付けすら理解出来ない馬鹿だと思っておったが、思ったよりは賢いのだな。だが生憎と儂はザグレフと話をしておるでな。()()()()()()()()()()()()()()()()


「……良い度胸だ……」


 バルドゥーグはそのままアバゴーラへと近付き、そして──


()()()()()()()()()()()()()()()()


「……ッ」


 ──そして、バルドゥーグはその場で止まる。


 ザグレフの言葉は静かなものだったが、しかし底冷えする何かを孕むものだった。


 バルドゥーグはアバゴーラを一瞥すると、舌打ちをしてから席に着いた。


「……ゴホッ!すいません、アバゴーラ様。バルドゥーグさんも気が立っているのです。どうぞお許しください」


「フンッ!……“昂ぶっている”の間違いじゃないのか?酒場ではゴブリンを随分と痛めつけたらしいからの」


「……そうですね。それもあるかも知れません。しかし、それだけでない事はアバゴーラ様もご存知でしょう?」


「……何が言いたい」


「……ゴホッ!……先程の御言葉、“我々に任せて頂ければ、二ヶ月(ふたつき)と掛からず捕らえてみせましょう”、ですか。そもそもあれは捕獲対象が神託者オラクルだと判明する前の話です。何故アバゴーラ様は我々に対象が神託者オラクルだと教えて下さらなかったのですか?」


「……」


 ザグレフの言葉にアバゴーラが黙る。そして先程までの雰囲気とは打って変わり、その表情から感情が消えていく。


「……“神託者オラクル”。神器(サクラメント)と呼ばれる究極の魔法道具マジックアイテムに選ばれし、薄汚い人間の勇者達。その力は上位の魔王にすらも比肩し得るのだとか。私もこの目で見るまでは眉唾な話だと思っていたのですが、納得せざるを得ませんでしたよ。あんな小娘の一撃で、黒豹戦士団(われわれ)の約半数が殺し尽くされたのですからね」


「……そうか。それは災難だったな。だが儂もあの小娘が神託者オラクルだとは知らなんだ。知らぬ事を教える事は出来まい?」


「ゴホッ!ゴホッ!!……ほう?“連邦にこの者有り”とまで謳われるアバゴーラ様が、ご存知では無かったと?それはそれは。ふふふ、はっはっは!」


 ザグレフはそう言って笑う。アバゴーラが知っていて黙っていたと確信しているからだ。

 しかし、それを言及するだけの材料が無い事は、アバゴーラもザグレフも理解していた。


「ゴホッ!……はぁ。まぁ、不足の事態とは何にでも付き纏うものですし、それを責めるつもりはありません。……ですが、その為に我々黒豹戦士団が大きな損害を受けたのは紛れも無い事実です。バルドゥーグさんが荒ぶるのも無理は無い。私も、共にくつわを並べた団員達が次々と倒れていく様には心を痛めました……」


「……ヌケヌケと……」


 アバゴーラはそう言って目を細めるが、ザグレフは気にせず続ける。


「……正直に申し上げて、事前に契約された報酬では割に合わない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()。……ですが、他ならぬアバゴーラ様からの御依頼です。我々も無理を押してでも成し遂げましょう。ですから多少の事には目を瞑って頂けませんか?」


「……」


 その言葉に、アバゴーラは何も言わずにザグレフを見る。


 ザグレフの言う通り、アバゴーラはレナが神託者オラクルだと知った上で黒豹戦士団に捕獲を依頼していた。

 知った上で神託者オラクルだと伝えなかったのは、アバゴーラにとって黒豹戦士団も忌むべき存在であり、両者が削り合う事を望んだからだ。


 無論、それを証明出来る術は無いが、それでも黒豹が依頼を投げ出す可能性は十分にある。

 もしそうなれば、対象である神託者オラクルの少女を取り逃がす事になり、彼は窮地に立たされてしまう。


 元々、アバゴーラに打てる手は殆ど無かった。そこに降って湧いた救いの手が、あの神託者(レナ)を捕らえる事だった。


 ──その為ならば──


 そう結論を出したアバゴーラは、ザグレフ達に背を向けた。


「……10日だ。後10日以内にあの小娘を生かしたまま儂の前に連れて来い。それが出来なければ、貴様等黒豹を連邦の全てが磨り潰す」


「ゴホッ!ゴホッ!!……それは恐ろしい。肝に銘じさせていただきますよ」


「……フンッ!」


 そうしてアバゴーラはその場を後にした。



ーーーーーー



「……イラつくじじいだ……リーダー。なんであの事を言わなかった」


「あの事?」


「……俺らが弱らせたあの神託者(オラクル)に、……あのじじいが横槍をかました事だよ」


「ああ……」


 そう言ってザグレフは頷く。


 実は黒豹戦士団はフィウーメ近郊で、一度レナを追い詰めていた。


 しかし、ザグレフ達が奇襲の準備をしている隙に第三者が先んじてレナに奇襲を仕掛け、そしてそのまま返り討ちに遭い、結果としてレナの逃亡を許してしまっていたのだ。


 何一つ証拠は無いが、()()()()()()()アバゴーラの差し金であるとザグレフ達は把握していた。


「……それで責めてりゃあ、ちったああの亀面も歪められただろうに。……あのクソじじい、端から俺らを使い潰す気だぜ」


 そう言って不満気にするバルドゥーグだが、ザグレフは首を振る。


「……あの老人に何を言った所で無駄ですよ。あの老人は()()()()()()全てが連邦の道具だと思っているんですから。仮にそれを突いても証拠が無ければ取り合いませんし、有った所で表面的な謝罪をして終わりでしょう」


「……腕の一、二本でも折ってやりゃあ態度も変わるんじゃねえか?」


「無駄ですね。靴を舐めても腹の内では笑っているような老獪ですから」


「……チッ!……面白くねぇ……」


 バルドゥーグはそう言って火酒を煽る。

 その様子からはありありと不満が伝わって来た。


「ゴホッ!……まあまあ。こうして追放を撤回させた以上、()()()()()そうそう退屈しなくて済むでしょう。それに、先程言っていた蜥蜴人リザードマンの美女ですか。()()はバルドゥーグさんにあげますよ。祭りの時に時間を作って差し上げます」


「……本当か!?」


「ゴホッ!……ええ。まぁ、多少の手間は増えますが、良く頑張ってくれたバルドゥーグさんへのお礼です」


「流石リーダーだ……!……話が分かる!」


 ザグレフの言葉に目に見えて機嫌を良くするバルドゥーグ。


 中良さげに談笑する二人だが彼等の会話の内容は、少なくとも一つの命を弄ぶ事を意味している。他者の意思など存在しないかの如く扱かうその様は、はたから見れば異常としか思えないだろう。

 しかし、それは彼等にとっては当たり前の事だった。


 ──“黒豹”にとって、自分達以外の全ては、獲物エサでしか無いのだから。


『……面白そうな話してるな』


「!」


 不意に誰かが彼等の会話に割り込む。

 しかしそれは怯えた様子で立ち尽くす樹人トレントの声では無い。


「ゴホッ!……()()()()()さんですか。どうしたのですか?打ち合わせは明日だと言った筈ですが、何か不測の事態が?」


 声の主に覚えがあるザグレフは、彼にそう言って話し掛ける。

 彼……オルドーフは黒豹戦士団に所属する暗殺者だ。しかしその“暗殺”という仕事の性質上、表向きには居ないものとして扱われている。

 その為、彼がこうしてアジト以外で接触をして来るのは、殆どの場合が想定外の事態が起きた時だった。


 オルドーフは姿を見せないまま、要点をザグレフに伝えた。


『俺の“創造双子(ノットランプ)”が破られた』


「……ほう……」


 ザグレフはそう言って目を細める。


 オルドーフの覚醒解放、“創造双子ノットランプ”は極めて利便性の高い覚醒解放だ。


 自身とほぼ同じステータスとスキル構成の分身を作り出す能力で、持続時間も極めて長い。


 分身には消費したMPや体力を一切回復出来ず、また、本体との意識の共有が出来ないというデメリットもあるが、それでも一流の暗殺者であるオルドーフの力量ならそれを補う事は容易だった。


「ゴホッ!……この所、あの神託者オラクルも弱り切ってましたし、創造双子ノットランプが破られる事も無くなって来ていたのに。何か奥の手でも見せたのでしょうか?」


 オルドーフは決して弱く無い。確かに暗殺に主軸を置いたスキル構成の為に直接戦闘ではバルドゥーグに劣るが、それでもAランクの上位には食い込めるだけの実力は有る。

 ザグレフの見立てでは、弱り切った神託者オラクルを捕らえる事は出来なくても、遅れを取る様な事は無い筈だった。


 それを加味し、神託者オラクルが何らかの奥の手を切ったと判断したザグレフだったが──


『……いや、違う。あの神託者オラクルをつけてる蜥蜴人リザードマンが居て、ソイツに潰された』


「なっ!ゴホッ!……不意打ちを受けて……ですか?」


『……いや、真っ正面から実力でだ。しかも底を見せやがらなかった。ありゃあSランクでも十分に通用するレベルだぜ』


「……」


 ザグレフは考える。


 状況から見て、アバゴーラの手の者の仕業と見て間違い無い。

 しかしこのタイミングでアバゴーラが動いた意図がどこにあるのか、ザグレフにも読めなかった。


「……詳しく話を聞きたいですね。一度アジトに戻りましょう」


 ザグレフはそう言うと、ゆっくりとソファから立ち上がった。




ーーーーーー



 


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