油断
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──油断はしていなかった。
私は、油断していなかったのだ。
“神託者”と言う謎の存在。
そしてあの暗殺者が“一人では勝てない”と断言する程の相手。
そもそも油断出来る様な相手では無く、私は何が起きても対処出来る様に最大限に警戒していた。
アッシュの口を抑え込んだ時も尻尾は少女に向けていたし、視線察知も感度最大に引き上げていたのだ。
にも関わらず、こうして私が組み敷かれてしまったのは、極めて単純な理由だ。
──この少女は私よりも強い。
「……何やってんだよ師匠?油断し過ぎだろ……」
アッシュは呆れた口調でそう言った。成る程。アイツから見ると、私が油断してこうなった様に映るらしい。
まぁ、不用意に騒がれない分助かったが、随分と呑気なものだ。
私は試しに捻り上げられている右腕に全力で力を入れてみるが、多少動く程度で振り解く事は出来ない。
「グッ!?」
「……無駄な抵抗は止めて欲しいんだけど。死にたいの?」
私の動きに気付いた少女が、捻り上げた腕を更に捻る。かなり痛い。まぁ、最悪本来の姿に戻れば振りほどけるだろうが、そんな事をすれば建物ごと壊れるし、今後の事を考えれば悪手極まりない。
やはり平和的に解決すべきだ。
「……ま、待ってくれ。ここは平和的に話し合おう」
私は努めて紳士的にそう言う。
私程の紳士はそうは居ない。彼女もこれで安心して話し合いに応じてくれる筈だ。
「会話途中に私の胴体をブチ抜いたのは誰だったかしら?」
トカゲ分かんない。誰だろうね?酷い奴も居るんだね。
そんな私達のやり取りを見ていたアッシュが私に向かって話し掛けて来た。
「……師匠。もうお遊びは止めろよ。流石にクド過ぎて笑えねぇぜ?さっさと振りほどけよ」
「……それが出来るならとっくにしている。私は言わなかったか?“私に手傷を負わせる相手が格上として扱っていた”と」
「……は?……いや、じゃあ……」
「この状況はギャグでもネタでも無い。私の生殺与奪の権利は彼女に握られている」
「……!!」
私の言葉にアッシュは武器を手にする事で応える。
その様子を見ていた少女が再び口を開いた。
「……ようやく状況が掴めたみたいね。ただ、武器は下げて貰って良いかしら?」
「……ざけんなよ薄汚い人間が。その生皮剥いで人皮紙にしてやろうか?」
凄い怖い脅し文句だな。
とは言え、騒がれるのは困るしここは素直に言う事を聞くべきだろう。
「……アッシュ。彼女の言う通りにしろ」
「でもよッ!」
「……静かにしろ。どの道お前の手に負える相手じゃない。やり合った所で死体が一つから二つに増えるだけだ。武器を置け」
「……クソッ!」
アッシュは悪態を吐くと武器を置いた。
「あら、さっきとは打って変わって随分と素直なのね?頭でも打ったの?」
「まぁ、多少は打ったな。だがどちらかと言えば腕の方が痛い。出来れば解いて欲しいのだが」
「良いわよ?でも、それは貴方達次第って事は理解しているわよね?」
そう言って少女は薄く笑う。自分の絶対的な優位を確信して。
……しかし想定外だった。
“強い”という事は念頭にあったのだが、こんな年端もいかない少女に良い様にされる程差があるとは思いもしなかった。
しかも彼女は疲労困憊の状態であり、これが完全な状態だったならと思うと恐ろしくすらある。
──だが、都合が良い。
私の生殺与奪の権利を握った事で、彼女には路地裏で会った時には無かった余裕と油断が生まれている。
あの時は私の話を聞きもしなかったが、自分が優位に立てた事で、彼女に付け入る隙が生まれたのだ。
それを考えると、こうして取り押さえられたのが私だったのもラッキーだった。アッシュが取り押さえられていたら今頃大騒動になっていた所だ。
後はこの機会を活かすだけ。
「……それで、君の目的は?」
「シンプルよ。金と食料。それと後はお使いを頼もうかしら。女の子には色々必要だから」
「……ッ!!」
アッシュが今にも飛び掛かりそうな顔で少女を睨むが、私はそれを嗜める。
「……アッシュ、落ち着け。取り敢えず食料だ。店主を起して料理を作って貰え。部屋で食べると言ってな。ああ、勿論相応の金は包めよ?ここは気に入ってるし、関係も悪くしたくない」
「ちょっと、勝手な事しないでくれる?立場をわきまえて」
「わきまえているからこうしているつもりなんだがな。……この宿の料理は中々味が良いんだが、その中でも煮込み料理は特に美味い。今日は運良く“アプロス”と言う草食の魔物の肉のシチューだった。様々な部位の肉をふんだんに使って、ほぐれるまで煮込んだあのシチューはかなりのものだったぞ?ここは夕食と朝食は必ず同じ料理を出すから、まだ残っている筈だ。必要なら毒味もするし、取り敢えず食べてみないか?」
「……」
少女は私を睨みながら固まる。
食欲と状況の板挟みなのだろうが、かなり揺らいでいるのが分かる。
まぁ、魔物しか居ない大陸で人間がまともな食事を食べられる訳が無いし、かなり強力な誘惑の筈だ。
とは言え、それが表情に出てしまう辺りはやはり子供という事だろう。
「……それに、食料と言った君の要求には応えているだろう?私はただ君の言う通りに行動しているだけだ。違うか?」
「……そ、そうね。分かったわ。でも余計な小細工は一切しないで。もししたらその首を切り裂くわ」
……チョロいな。
「聞いた通りだ。アッシュ。余計な小細工はせずに料理を持って来い」
「……分かった。言われなくても小細工なんざしねぇよ」
アッシュはそう言うと、部屋から出て店主の部屋へと向かった。
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なんと!8件目のレビューを頂きました!
まだまだ未熟な拙作ですが、こうしてレビューや感想を頂けるのは本当に嬉しいです。
るかさん。メッセージでも言わせて頂きましたが、レビュー本当にありがとうございます!




