一石三鳥
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「……“呪文教書”?」
「はい。“鉄鎚”もそうですが、個人でSランクまで昇格した冒険者にはギルドから二つ名が与えられるんですよ。……とは言え、Sランクまで上がる頃には勝手に二つ名で呼ばれてますから、ギルドがそれを正式に認めるってだけなんですが」
そう言ってライラは冷めた紅茶を口に含む。
因みに冒険者ランクには“個人”と“チーム”での二分類が存在している。
冒険者個人には任せられないが、その冒険者が所属する“チーム”になら任せられると判断された場合、個人よりもチームのランクが高くなる場合があるのだ。
まぁ、一人よりは大勢の方が出来る事が増えるので、それも当然なのだが。
「……ザグレフは今から6年程前に突然フィウーメに現たんです。初めはさして注目されてなかったのですが、当時既にAランクだったバルドゥーグを降し、従えた事で一躍有名になりました。そして、そのまま約半年程でSランクへと上り詰めて、フィウーメのSランク到達の最短記録を打ち立てたんです」
「ほう?それは凄いな。私も効率的にランクを上げているつもりだが、このペースだと流石に半年でSランクは不可能だ」
「トカゲさんも十分に凄いですよ。それにランク上げにはかなり運も必要です。例えどれだけ実力があろうとも、その実力を振るえるだけの依頼が無ければランクは上がりませんからね。ザグレフも運良くユニークネームドの討伐依頼があったから、それだけの記録を残せたんですよ」
「……ッ!?」
「どうしたんですか?トカゲさん。凄い顔して……」
「い、いや、何でもない……」
私はそう言って慌てて表情を戻す。
……コンチクショー惜しかったじゃねぇかコンチクショー。私もどうせなら最短記録更新したかったのにコンチクショー……。
「……なら良いんですが……。まぁ、とにかくそうしてザグレフとバルドゥーグはギルド内でも一目置かれるコンビとなったんです。そして二人は黒豹戦士団にスカウトされる形で加入し、あっと言う間にその中枢を掌握しました。……しかしそれから一年程後、フィウーメから追放処分を受けたんです」
「……理由は?」
「……“虐殺”です」
随分と重い理由だな……。
「……バトゥミから見て北東に中継都市エリンケが在ります。そこから更に北の渓谷に蜥蜴人達の集落があったのですが、その近隣で野党団が出たんです。それで野党団とその集落との関係が疑われていて、依頼を受けた黒豹が調査に向かったんですが……」
「……まさか……」
「……はい。女子供……年寄りも病人も一人残らず……」
そう言ってライラは俯く。
……小規模の村落の若者が盗賊紛いの事をすると言うのは良くある話ではある。
そもそも冒険者ギルド発足の経緯も似たようなものだし、生前に住んでいた日本と言う国でも、文明レベルの低い時代は似たような事があったと聞いた事がある。
とは言え、流石に皆殺しは普通ではない。
事実として盗賊団と関係があったのなら、普通は体裁を整える為に証言出来る者を生かしておく筈だ。
それをしなかったのは、それが黒豹にとって都合が悪かったから。
「……結局、その野党団と集落との関係は確証が無いまま終わりました。裏を取ろうにも関係者全員が死んでいますから。……ですが事態を重く見た上層部は黒豹戦士団の追放処分を決めました。とは言え、特権を剥奪した上で追放するが、フィウーメとバトゥミ以外なら連邦内での活動自体は許容すると言う中途半端な内容での追放でしたが」
「……その状況でよくその程度の処分で済んだな。だが、黒豹はなんの為にそんな真似をしたんだ?住民を捉えて奴隷として売るならまだ理解出来るが、殺してしまっては手間ばかり増えてメリットが無いだろう」
「……ザグレフ達が正当防衛を主張したんですよ。“野党団と繋がっていた住民達が襲って来た”と言って。確かに野党団も全員その場で殺されていましたし、住民達と野党団の関係を示唆する様な帳簿も見つかっています。まぁ、帳簿と言っても少し頭が使えたら誰でも用意出来る様な内容でしたし、証拠としてはかなり弱い物だったのですが一応の体裁は整えられていました。ただ……それが逆に疑わしかった。知っての通り、我々魔物が位階を上げるには戦闘経験を重ねるか、多くの命を奪う必要があります。そして、奪う命は位階が高ければ高い程効率が良い……」
「……ちょっと待て、まさか位階を上げる為に集落を一つ潰したと言うのか!?」
私がそう言うとライラは何も言わずに頷く。確証は無いが、それでも彼女が確信を持つ何かがあると言う事だろう。
確かに効率は良い。
戦闘経験で進化するには、自分よりも高い位階の相手でなければ効率が悪いし、そんな相手とやり合うなら当然死のリスクが伴う。
しかし、もし自分よりも少しだけ弱く、そしてそれなりの数が居る獲物を集められるなら、少ないリスクで位階を高める事も可能な筈だ。
だが──
「反吐ガ出ル」
それを口にしたのはずっと黙って聞いていたレイゼンだ。ラズベリルも頷きながら私に視線を送っている。
私も全く同じ気持ちだった。
思い出されるのはあの惨劇。
私に初めて“家族”と言うものを教えてくれた蜥蜴達を、薄汚い蜘蛛に皆殺しにされたあの時の事。
自分よりも弱い蜥蜴達を一方的に嬲り、そして喰らいもせずに放置したその様と、黒豹が行った虐殺が重なったのだ。
「……当時、調査ノ為ニ惨劇ガ行ワレタ渓谷ニ行ッタノハ、オレト“スケイルノイズ”ノメンバーダ。住民達ノ程ンドハ、背中カラ斬リ付ケラレテ生キ絶エテイタ。マルデナニカカラ逃ル様ニナ……」
レイゼンの言葉にライラも頷く。
「……父さんも言っていました。女性達は手酷い暴行を受けた後があり、そして子供達は一か所に纏められていたそうです。そして、それに縋り付いている死体も……。……もし仮に彼等が本当に盗賊達と繋がっていたのだとしても、その行いはとても魔物の行いとは思えません。それこそまるで“人間”の所業です。私は……いいえ、私も含めて大半のギルド員は今回の件に対してかなり危機感を抱いています。“黒豹”は間違いなくフィウーメに大きな災いをもたらす筈です」
「……そうか」
……これでライラが“フィウーメがヤバい”と言った理由が分かった。
話を聞く限り、黒豹は確かに規模も行動も十分に警戒に値する相手だろう。
しかし──
「……しかし、追放処分を受けたはずの“鉄鎚”が何故フィウーメに居た?それに特権は剥奪された筈だろ?」
そこが分からない。ライラの話通りならそもそも鉄槌はフィウーメに居ない筈だし、居たとしても特権が剥奪されているなら厳重注意などで終わる筈が無い。
ギルド員であるライラなら何か知っている筈だと思い、そう尋ねた私だったが返って来た答えは私と同じだった。
「それが……分からないんです」
「分からない?ギルド員のライラにもか?」
「はい。バルドゥーグを取り押さえた後、私達もギルドの方に行ったんです。しかしその場で黒豹戦士団の追放処分が解除された事と、それに付随して特権まで回復した事が伝えられて、そのままバルドゥーグは釈放されたんです。勿論、先程も言った通り私達も相当抗議したんですが、なしのつぶてで……」
「……そうか……」
随分とキナ臭い話だ。
話に聞く限り、黒豹を態々フィウーメに呼び入れるなんてのは普通じゃ考えられない。
考えられる理由は、外部から圧力を受けて黒豹を使わざるを得ない状況になってしまったか、もしくは黒豹でなければ対処出来ない様な事態が起きているかのどちらかと言ったところか。
……いや、待てよ?手に負えない……?
私の脳裏にある事が浮かぶが、ライラは当然それに気付く事無く話を進める。
「……正直言って、上層部が何を考えているのかは分かりません。ですが、このまま黒豹を放置するなんて絶対に出来ません。……トカゲさん。私達は何とかして上層部の思惑を探ってみようと思います。トカゲさんにはその間、街のみんなを黒豹から守って欲しいんです。勿論父さん達にも頼みますけど、万が一黒豹が実力行使に出た場合、正面から対抗出来るだけの実力を持った冒険者は付近にはトカゲさん達“黒鉄”しか居ないんです。どうにかお願い出来ませんか?」
そう言ってライラは真っ直ぐに私の目を見る。この様子から察するに、バドーから私がユニークネームドを倒した事も聞いているのだろう。
まぁ、酔っ払って暴れたレイゼンを叩きのめしたのも見られてるし、今更と言えば今更だが……。
確かに黒豹には借りが有るし、私個人としてはこのお願いを聞いてやりたいとは思う。しかし問題も多い。
「……他ならぬライラの頼みだし聞いてやりたいところだが……正直言って厳しい。黒豹の追放を解いたのは間違いなく連邦の上層部の者だろうし、単純な実力だけでどうにか出来る話でも無いからな」
もし仮に私が黒豹を潰したとしても、フィウーメの上層部がそれを良しとするとは思えない。
なんのつもりかは分からないが、連中にも相応の思惑があって黒豹を呼び込んだ筈だ。
そんな黒豹の行動を私が阻害するなら、彼等が法的な対処を仕掛けて来る可能性もある。それこそ、国軍の介入すらも考慮する必要があるのだ。
話を聞く前ならアッシュを痛め付けられた怒りで安請け合いしていただろうが、冷静になった今だと二の足を踏んでしまう。
私が黒豹を潰すのは、フィウーメを支配してからでも遅くは無いのだ。
しかしライラは自信有り気な、しかし若干嫌そうな様子で答えた。
「大丈夫です!そこはどうにかなると思います!正直言うとちょっと……いえ、かなり嫌なんですけど、連邦の上層部に伝があるんです!」
「な!?ライラ、貴女まさか!?」
「アイツカッ!?」
ライラの言葉に慌てた様子を見せるレイゼンとラズベリル。
しかしライラはそのまま続けた。
「……トカゲさんにはフラれちゃいましたけど、私って実は凄くモテるんです。それで、ずっと私に言い寄っている男の一人に連邦の評議員の息子が居るんですよ。彼に頼んでトカゲさん達“黒鉄”に護衛依頼を出して貰えばかなり自由に動ける様になる筈です。幸いな事に彼はフィウーメではなくバトゥミの副都市長の息子で、今回の件に絡んでる可能性は先ず無いですし、バトゥミの副都市長は評議員の中でもかなり発言力のある方ですから、そんな方の息子の護衛を粗雑に扱う事はフィウーメの上層部にも出来ません」
「駄目よライラ!!貴女、“あんな豚蜥蜴の嫁になるくらいなら死んだ方がマシ”って散々言ってたじゃない!!それなのにそんな弱味を見せたら何を要求されるか分かったものじゃないわ!!」
「バドーモ許サンゾ!?アイツガドレダケ必死ニアノ豚蜥蜴ヲ遠ザケタノカハオ前モ知ッテイルダロウ!?」
二人は必死にライラを説得するが、ライラは首を振る。
「二人共ありがとう……。でも、私が一度言い出したら聞かないのは知ってるでしょ?それにトカゲさんにだけ危険な事をさせて、私一人だけ安全な場所で見てるなんて出来ないわ。……勿論、トカゲさんがこのお願いを受けてくれるならだけど……」
「「……!」」
ライラの言葉に二人は押し黙る。
私も二人程長い付き合いではないが、ライラの気質は知っている。彼女の言う通り、どう言ったところで彼女は自分の意思を曲げないだろう。
……バドーが自慢するのも良く分かる。確かに彼女は良い女だ。無論、妹達程ではないが。
「……わかった。そこまで言うなら引き受けよう」
私がそう言うと、ライラは表情を緩める。
「ありがとうございます!トカゲさん!それでその、御礼の方なんですが……」
「……必要無い。と言うか、“黒豹の相手をする”なんて厄介な仕事に見合った報酬をライラには払えないだろう?」
「“体”って手もありますよ?」
マジ勘弁。
「……お、思っても無い事を言うな。それに私が飛び付く程度の男なら、端から私に惚れたりしなかっただろう?私は婚約者を裏切ったりしない」
「ふふ!ですよね。トカゲさんならそう言ってくれると思いました」
ライラはそう言って笑う。他の二人も少しだけ表情が緩んだ。
私はそのままライラの肩に手を置き、優しく諭す様に話し掛ける。
「……大丈夫だ、ライラ。お前の願いは叶えてやるが、お前を絶対に“豚蜥蜴”とやらの嫁にはさせない。私に考えがある。安心してその“豚蜥蜴”に頼んでくれ」
「……本当ニ大丈夫ナノカ……?」
私の言葉に訝しげな表情でそう尋ねるレイゼン。しかし私は自信たっぷりにこう応えた。
「任せろ。絶対にそんな事はさせない」
……ククク、随分と面白くなって来た。
私は三人から隠す様にそっと口角を上げた。
ーーーーーー
「──と、言う訳だ。数日の内に私達はバトゥミの副都市長の御曹司様の護衛依頼を受ける事になる。それまではゆっくり休んで傷を治せ」
「……了解。どうりで師匠の機嫌が良い訳だ……」
ライラ達を帰した後、部屋に戻るとアッシュが起きていた。
私は早めに休めと言ったのだが、アッシュは何かが気になったのか頻りに話を聞きたがり、結局全ての経緯を話す事になったのだ。
しかし──
「“どうりで”、とはどういう意味だ?」
「ああ。師匠が入って来た時、やたら機嫌が良かったからな。なんか良い事でもあったのかと思ったんだけど、話を聞いて納得したんだよ」
「……と、言うと?」
「惚けんなよ。流石に俺でも分かる。その御曹司を“支配”するつもりだろ」
「!!」
私は即座にアッシュをビンタする。
「……正解だ……良くわかったな?」
「なんでビンタしたの?」
……そう、アッシュにネタバレされてしまったが、私はライラの言う豚蜥蜴に“支配”を打ち込むつもりなのだ。
元々はフィウーメの都市長であるドン・アバゴーラを支配してから有力者を集めさせ、そこで順次支配する予定だったのだが、こうして都合良く有力者との接触の機会が出来た以上、それを利用しない手は無い。
寧ろ、これを足掛かりにすれば想定よりもかなり早くドン・アバゴーラと接触する事も可能となるだろう。
そして更に私を苛立たせた“黒豹”を正面からブチのめす事も出来るし、ライラやその他のギルド員達にも恩を売れる。
何というご都合展開!
正に一石三鳥!!
こんなご都合展開はオルカルードと自警団長達がやり合ってた時以来だ。私のテンションが上がるのも無理はあるまい。
そんな私の様子を見たアッシュは、軽く首を振って続けた。
「……まぁ、黒豹とやり合うのは俺も賛成だし、別に文句はねぇけど……。でも、フィウーメの上の連中は何を考えてんだ?」
「ああ、ライラ達には言わなかったが、それに関しても思い当たる節がある。と言っても、勘みたいなものだがな」
「勘ってどういう意味──」
アッシュが喋り終わるよりも先に、私は異次元胃袋に収めていた彼女を吐き出した。
「んなっ!?コレッ──」
大声で叫ぼうとしたアッシュの口を抑え込み、静かにする様に促す。
夜も遅いし、変に騒いだら見に来るヤツも出るかも知れない。そうなれば多少手間が増える。
しばらくして漸く落ち着きを取り戻したのか、アッシュが小声で話し掛けて来た。
「……なんで人間がこんな所に居るんだよ!?」
「路地裏で拾った」
「猫かよ!?」
違うよ?
「……コイツは今日、路地裏で魔物に襲われててな。そこを私が助けた」
「はぁ……なんで人間なんか助けてんだよ。ほっときゃ良かったじゃねぇか……」
そう言うとアッシュは頭を押さえる。
予想してた事だが、やはりアッシュも人間の事は嫌いらしい。まぁ、否定する気は欠片ほども無いが。
「……そう言うな。それでコイツを襲っていた魔物なんだが、コボルドの暗殺者で中々の腕だった。覚醒解放を使い、多少とは言え私に手傷を負わせる程度にはな」
「……そりゃ凄えな。でも、フィウーメに人間が入り込んだんなら、そんな奴も出張るかも知れないだろ?心当たりって言うには少し弱いんじゃねぇか?」
「ああ。だが、私が引っ掛かったのはそこじゃない。私とやり合う前に、そのコボルドはこの人間に言ったんだ。“神託者相手に一人で勝つなど不可能だ”とな……。私に手傷を負わせる相手が、格上として扱う人間。黒豹戦士団クラスじゃ無ければ手に負えないとは思わないか?」
「……ッ!!」
アッシュの顔が驚愕に染まる。
そう、私が心当たりと言ったのは、彼等が直前にしていたこの会話なのだ。
フィウーメに来て確認出来たが、私は大陸国家の基準で見ても決して弱くは無い。
無論、天使の口ぶりから察するにまだまだ格上は居そうだが、それでも軽視されるレベルでは無い。
そんな私に手傷を負わせられる相手が格上として扱い、そして本来なら大陸に居る筈の無い人間であるこの少女。
偶然と考えるより、必然と考えるのが自然な流れだ。
「……言いたい事は分かった。だけど、この後どうすんだよ。どう動くにしても人間なんて連れて歩いたら目立つ事この上無いぜ?」
「それに関しても考えがある。取り敢えずこの人間が起きるのを待って──」
「必要無いわ」
「「!?」」
その声が聞こえた直後、私は腕を捻り上げられ、床に叩きつけられた。
即応してそのか細い腕を振り払おうとしたが、私の膂力でもそれは叶わず、そして首元に冷たい感触が走る。
「師匠ッ!?」
「騒がないでくれる?まぁ、貴方の師匠の首を飛ばしたいなら別だけど」
「……ッ!!」
私はどうにか首を動かし、声のした方を見る。
そこには予想通り、路地裏の少女が居た──
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