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余裕

ーーーーーー




「で、どうだゴリ。トカゲが持ち帰って来た食料で群れはどのくらい持ちそうだ?」


「はい!かなり持ちます!狩場を拡大出来たのもありますが、コボルドの村からの技術提供と、買い付けが可能になったのも大きいです!この分なら無理せず半年。無理したら一年は行けます!」


「そうか。スカー、狩場拡大後の“不動”の動きはどうだ?」


「多少の睨み合いがあるだけで、特に大きな動きは無いですね。新たに広げた狩場は確かに連中の縄張りに近い緩衝地帯でしたが、それ程重要な場所でもありませんでしたし。我々との直接対決は現状、向こうも避けたいのでしょう」


「分かった。顎髭、“賢猿”の方はどうだ?」


「……変わりない」


「そうか、じゃあ一先ずは」


「一先ずは安定して来た、と言う事ね」


「……」


 ステラは黙って彼等の会話を聞いていた。


 この場に居るのはジャスティス、ゴリ、ヤスデの三人に、ステラとスカーフェイス、それに顎髭のオークを加えた六人。彼等はフィウーメからトカゲが持ち帰って来た食料等を踏まえ、群れの現状を再確認する為に集まっていたのだ。


 ゴリの観察オブザベイションでの確認結果は、おおよその見込み通り良好。

 贅沢は出来ないが、少なくとも無理無く半年は暮らせるという試算が出た。


 隣接する蜥蜴人リザードマン達にも、森を席巻する賢猿達にも大きな動きは無く、現状、群れは安定して来たと言えるだろう。


 初めてトカゲからフィウーメ行きの()()()()()を聞かされた時、ステラは半信半疑だった。

 いかに“支配ドミネイト”を持っているとは言え、一介の魔物に過ぎないトカゲが一国の王に相当する魔物を支配する等、眉唾まゆつばに思えたのだ。

 それに戦士達や地働き、そして各氏族間の軋轢を放置してトカゲが森を離れるのは群れ全体の分裂に繋がりかねず、当然ながらステラは強く反対した。

 しかし、トカゲは切迫する状況を理由にそういった諸々の反対意見をねじ伏せ、結局フィウーメへと向かって行ったのだ。


 そして当初はステラの予想通り相応の混乱があった。

 トカゲは“支配ドミネイト”を持っている事を秘匿としていた為、表向きは食料の買い付けを理由にフィウーメへと向かったのだが、その時にオーク達がダンジョンから獲得した金や宝石類、そして金銭等を持ち出していた。

 これ等は黒竜の森で暮らすオーク達には不用な物だったが、トカゲが不在なのを良い事に、一部のオーク達がこれを持ち逃げしたと騒いだのだ。

 しかし若干の不安を抱きつつも、待遇の改善されていた地働きや弱小氏族出のオーク達はトカゲの命令に忠実に従い、そしてジャスティス達もトカゲの不在を思わせない働きぶりで扇動するオーク達を黙らせた。


 そして今、オーク達の間で燻り続けていたその下らない噂話は払拭され、こうしてトカゲの行為が正しかったと証明されたのだ。


 これは本来喜ぶべき事なのだろう。未だフィウーメを支配するには至らないとは言え、これで当面は群れが飢える事は無いし、こうして結果を示した以上、トカゲを中心に更に群れの結束は強固なものになる筈だ。


 ──しかし、その事実こそがステラの表情に影を落としていたのだった。


「……しかし素晴らしいですね。陛下の働きぶりは」


 そう言ったのは顔に大きな傷がある貴族ノーブル級のオーク。

 トカゲ達からスカーと呼ばれているオークだ。


 本来なら黒竜の森に暮らす魔物達は名前を付けられる事を嫌う。

 明確な根拠がある訳では無いが、“名前を付けられた魔物には、神が名前を与える気が失せる”というジンクスがある為だ。


 その為、森では名前を付けたりせず階級や役職等で呼ぶ事が殆どなのだが、このスカーはトカゲに不意にそう呼ばれた時、少しだけ逡巡すると、何事も無かった様にそれに応えたのだ。


 不意に発してしまった自分の言葉の意味に気付いたトカゲが、スカーに訂正が必要かと尋ねたのだが、スカーはそれを辞してそのまま受け入れ、そのままスカーと名乗る様になった。それ以後トカゲは、オーク達の中でも特にスカーを重用する様になっていた。


 それは“ユニークネームド”へと至る道から遠ざけた事に対する心苦しさと、そして名前を受け入れた事への報いなのだろう。


 しかし、ステラにはスカーが寧ろトカゲから名前を貰った事を喜んでいる様に見えていた。


「……まだ陛下がフィウーメへと赴かれてから2ヶ月と経っていません。にも関わらず当面の食料と農業のノウハウの入手。それに間接的とは言えフィウーメとの商取引きまで可能になりました。今はまだ森が不安定な状況ですが、これを乗り越えれば我々の群れは更に大きな発展を遂げる事でしょう。……いえ、最早我々の国と呼ぶべきなのかも知れません……!」


 そう言ってスカーは鼻息を荒くする。


 トカゲが支配者となって以降、大きく変わった点は幾つもある。氏族による待遇差の撤廃や戦士優遇の改善等もそうだが、ステラにとっても想定外だったのが、文官達への厚遇だ。


 確かに群れの規模が大きくなれば、資材や食料の管理は自ずと必要となってくる。

 しかし、それは体がひ弱な者や、地働きがすれば良い様な命の危険の無い仕事であり、流石のステラもそれを重要だとは考えていなかったのだ。


 にも関わらずトカゲはそういった文官達を厚遇し、その中でもトカゲが優秀だと判断した者には一度だけだが交尾権すらも与えた。

 トカゲ統治下では“個体数の調整”が掲げられており、交尾権はこれまで以上の価値を持つ。それを文官に与えた事で、トカゲがどれ程文官達を重く見ているのかは十分に理解出来た。


 そして、その文官達を纏める役割を果たしていたのが、他ならぬスカーだったのだ。


 ──正直言って、ステラはスカーの事が気に入らなかった。


 確かにトカゲの統治下になってスカーの待遇は飛躍的に向上しただろう。それに対して恩義を感じるのも分かる。

 だが、それでもトカゲから与えられた名を受け入れ、彼に追従する様なスカーの立ち振る舞いは、ステラの尊敬する黒南風を軽視している様に写ったのだ。


 いや、事実軽視しているのだろう。何故ならスカーは──

 

「……随分と舌が回るな。余程()()が御隠れになられた事が嬉しいと見える」


 そう口にしたのは顎髭のオークだ。

 彼は不満をぶつける様にスカーを睨みつけながらそう言い放ったのだ。


 しかしスカーはそれをいなす様に答えた。


「一体なんのお話ですか?閣下。私はこれからの展望を口にしたまでですよ。それに“陛下が御隠れになられた”とはどう言う意味ですか?()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」


「……ッ!」


 顎髭のオークは怒りに表情を歪める。


 顎髭のオークは表面上はトカゲに従っているが、その理由はトカゲに対する忠誠等では無く、ステラから伝えられた黒南風の最期の言葉を守っているからだ。

 当然、顎髭のオークが口にした先程の“陛下”が誰を指した言葉なのかはこの場に居る全員が理解していた。


 しかしスカーはその上でこう言ったのだ。


 “自分の王はトカゲなのだ”と──


「……勤めがある故、これで失礼する」


 そう言って顎髭のオークはその場を後にする。

 その様子からは隠し切れない程の怒りを感じるが、暴れたりする事は無い。

 内心がどうであれ、この場でのスカーの発言が正しいのは彼も理解していたからだ。


 ステラはその二人の様子を見ると、ジャスティスに視線を向け、軽く前髪に触れた。

 これは二人が内密の話がある時にする合図で、二人がトカゲの側近の様な役割になった直後から取り決めたものだった。


 ジャスティスはそれを見ると周囲に視線を動かして口を開いた。


「……まぁ、話はここまでで良いだろう。取り敢えず今日は解散だ。あぁ、ステラは残ってくれ。少しだけ調整しときたい話がある」




ーーーーーー




「……で、なんの話しだ?」


「言われなくても分かっている筈だ。ジャスティス殿ならな」


「……」


 ステラの言葉にジャスティスは黙り込む。

 ステラはそのままキツい視線を送りながら続けた。


「……各氏族の格差は無くなり、戦士への無為な優遇も無くなった。()()()殿()が持ち帰られた食料で、当面は群れが餓える心配もない。もう、群れの誰もがトカゲ殿の事を認めている事だろう。……だが、戦士達はそれ故に追い詰められている」


 オーク達は賢猿との戦いに敗れ、多くのダンジョンと共に生活の基盤を失っていた。

 そして黒南風はそれをどうにか挽回すべく行動し、そこでトカゲに敗れたのだ。


 本来ならオーク達の未来はそこで閉ざされていた筈だった。


 近縁種でも無いトカゲが、敵であったオーク達をまともに扱うとは思えない。

 もし仮に残るオーク達でトカゲを倒せていたとしても、ここまで弱体化したオーク達の群れは他の二つ名持ち(ダブルネームド)ユニーク達から見れば格好の獲物だ。待ち受ける運命は、良くて隷属か悪くて餌しかなかった。

 そんな絶望的な状況下でトカゲの支配下に置かれたオーク達は、強く屈強な同族の戦士達に縋り心の平穏を保っていたのだ。

 “いざとなれば、彼等が立ち上がってくれる筈だ”と、そう思い込む事で。


 そうしてオーク達は“最悪”を覚悟してトカゲの支配下に入った。


 ──しかし、トカゲはオーク達を虐げなかった。


 それどころかオーク達を対等に遇し、不条理を無くそうと苦心したのだ。

 初めは半信半疑だったオーク達だが、日を追う毎に状況は改善され、今では黒南風の統治下であった頃よりも良くなったとさえ言える。


 だが、


「……だが、それに比例して戦士達への不満も高まっている。トカゲ殿が敵かも知れないと言う不安が払拭される程に、トカゲ殿に敵対的な戦士達は疎まれていく。無理も無い。私の目から見ても一部の戦士達の横暴は目に余る事があるのだから。……しかしトカゲ殿はそれを利用して自らの支持基盤を盤石なものへと作り変えようとしている!!爺を……誇り高き黒南風の戦士を犠牲にしてッッ!!」


 オークは誇り高き戦士の一族だ。しかし、トカゲの公平な統治はその戦士を軽視している様に写り、そして真の戦士であった黒南風を降したトカゲに強い憎悪を抱く者も多い。


 無論、全ての戦士達がそうだとは言わないが、それでもトカゲを殺したいと願う者は少なくないのだ。


 そして、そうした戦士達にとって旗頭と成り得るのが、最大派閥であるリャンスー氏族の現族長である顎髭のオークなのだ。


「……爺も馬鹿では無い!トカゲ殿が敷かれた統治の意味も分かっている!戦士達を束ねた所で勝ち目が無い事も分かっている!!それでも……それでもッ!!」


「“それでも黒南風の戦士は止まれない”、だろう?」


「……ッ!!」


 ステラは思わず口籠る。


 ジャスティスの言葉は、正にステラが発しようとした言葉だったのだ。


「……知ってるか?トカゲは戦士達に狩りや護衛、偵察なんかの仕事を与えている。だが、トカゲの命令だからってやる気が無くてサボる様な連中だっていたんだ。まぁ、当たり前と言えば当たり前だな。……でも、そんな連中を真っ先に怒鳴りつけるのは決まってあの顎髭か、その直下の連中だった。トカゲもそれが分かっているから、重要な仕事ばかりアイツに回して来た。……まぁ、流石に()()の群れに直接危険が及ぶ可能性がある仕事は避けてたがな……」


 ジャスティスの言う通り、トカゲが顎髭に言い付ける仕事は重要なものばかりだった。

 黒南風が言付けていた子供達の警護に加え、森を席巻する賢猿の監視と牽制。

 その他にも群れ全体を左右する様な重要な仕事を、トカゲは顎髭のオークに任せていた。


「……なんつったら良いかイマイチ分からねえが、トカゲは顎髭の事を“信頼してないが、信頼している”んだ。顎髭はオーク達を守る為の仕事なら、それがトカゲの命令だろうと忠実にこなす。……口にはしねぇが、トカゲは顎髭の事が嫌いじゃないと思うぜ。少なくとも簡単に尻尾を振る様な連中よりは、な」


「だったらッッ!?」


()()()()()()。そう決めたんだよ、アイツは」


「……ッ!」


「……別にアイツだって顎髭を殺したい訳じゃない。必要ならいくらでも殺すが、殺さなくて良いなら殺したくないと思ってる筈だ。根っこがクソ甘なのがあのトカゲってオスだからな。……だが、これから先デカい戦が控えてる時に、群れの背中を斬り付ける様な連中は残していられねぇんだよ。“殺したくて殺す”んじゃねぇ。“余裕が無いから殺す”んだ。追い詰められてるのは連中だけじゃなくて、トカゲの野郎も同じなんだよ。ステラ……お前、トカゲの立場で今の状況を考えた事があるか?」


「……!!」


 ──ジャスティスの言う通りだった。


 突然数千の配下を与えられ、その全員を食わせていかなければならなくなる。

 その上、その配下達は自分に対して恐怖と憎悪を抱いているのだ。


 もし自分がトカゲの立場だったら、ああも上手く立ち回る事が出来ただろうか──


「……アイツはかなり優秀だ。まぁ、結構間の抜けた所もあるが、それでも大して親しく無い連中から見りゃあ余裕がある様に見えるだろうよ。だが、そりゃあ演技だ。今のアイツはかなり切羽詰まってる。じゃなきゃ大切な妹達を置いて街に行ったりしねぇ。……そして、そこまでするのは他でも無いお前達オークの為だ。俺様達だけの事を考えるなら他にもっと良い手がある。アイツが今やってる事は、お前達オークを見捨てない為の努力なんだよ」


 そして──


「……ここから先はお前の考えてる通りだ。群れが安定すりゃ安定する程に、追い詰められた連中はあの顎髭の下に集まる。そして焦りが募れば募る程、顎髭にも抑えられなくなっていく。そう遠くない内に顎髭は戦士達を従えて武器を持つ事になるだろうな。例え本人が望んでなくても、間違いなくそうなる筈だ。……だが、武器を取った連中は何も出来ずに死ぬ事になる。戦士としてでは無く、ただの反逆者として」


 それだけ言うと、ジャスティスはステラから視線を逸らして歩き出した。

 その様子は、ステラを直視出来ないと言うだけで無く、自分が口にした事実から目を背けようとしてる様にも見えた。


 ステラはジャスティスの背中に向かってそっと話し掛ける。


「……ジャスティス殿、あの戦いの時私に“ブタ面”と言った事を覚えているか?」


 それはオークの雌にとっての最大の褒め言葉。

 ステラがジャスティスから贈られた、想い出の言葉だった。


 しかし──


「……その言葉は取り消す。お前はブタ面なんかじゃねぇよ」


 ジャスティスはそう言ってその場を後にした。


 ステラはジャスティスが出て行った天幕の出口を、いつまでも見つめていた──




ーーーーーー

プライベートで色々あり、更新ペースが下がっています。

申し訳ありませんが、暫くはペースダウンします。



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― 新着の感想 ―
[一言] オークの戦士って、戦えない弱者を虐げてて全然誇り高くないんだが…。 ちなみに、「信頼してないが、信頼している」ここのセリフ、「信頼してないが、信用している」の方が意味的に近い気がしますがどう…
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