説明回その1
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「いや、なんでそんな話になるんだ。流石に話が飛び過ぎだろう」
私はそう言ってライラをジト目で見る。
確かにアッシュ達への暴行は大事と言えば大事だが、流石に都市国家単位の問題では無い。フィウーメがヤバいなんて大袈裟にも程があるだろう。
しかしライラは私の視線を気にした様子も見せずに続けた。
「そうですね、確かに突拍子も無い話に聞こえるかも知れません。ですので順を追って説明させて頂きます。先ずバルドゥーグの処遇に関してなのですが、実は法的な根拠はあるんです」
「……と、言うと?」
「それにはバルドゥーグが所属している冒険者チームが起因しています。彼が所属しているのはSランク冒険者チーム“黒豹”。……いえ、正式な名前は“黒豹戦士団”と言い、総勢で102人にもなる連邦最大人数の冒険者チームです」
多過ぎだろ。ウチの初期メンより多いじゃないか。
「……102人も居るのか……。それに加えて“戦士団”なんて付いてるなら、冒険者と言うよりも傭兵団と言った方が良いんじゃないのか?」
「正解です」
「何?」
「……“黒豹戦士団”は冒険者チームとして登録されていますが、その依頼内容のほぼ全てが、小規模ではあるものの戦争に関する内容なんです。……トカゲさんは連邦の冒険者ギルドが元は傭兵達の斡旋組織だった事はご存知ですか?」
「……ああ」
私はそう言って頷く。
フィウーメ・バトゥミ自由都市国家連邦には、大小様々な都市国家が所属している。
元々、前身となった国家は王族や貴族が支配する典型的な封建国家だったらしいのだが、商工業を基盤とし、強い自治権を与えられていたフィウーメ領とバトゥミ領が独立を宣言し、それに付随して周辺の都市国家も独立した形だ。
当然ながら前身となった国家……名をスロヴェーン王国と言うが、スロヴェーン王国は猛反発し、大規模な軍隊を差し向けて来た。
それに対してフィウーメ・バトゥミの両都市国家は、周辺の都市国家を巻き込んで互いに協力関係を築き、そしてその豊富な資金力で周辺各国から戦力を買い集めて対抗する事となった。
そして、その仲介役を勤めていたのが、現冒険者ギルドの前身となった組織なのだ。
「ご存知の通り、スロヴェーン王国との独立戦争は私達連邦の圧勝に終わったのですが、その直後は都市国家間の利害の調整が中々上手くいかず、小競り合いが頻繁に起こりました。しかし国力を削り過ぎる様な戦争を繰り返しては周辺国家に併呑される恐れもあり、“調整された戦力での戦争”が必要だったんです。だからこそ、各都市国家と傭兵団との太いパイプを持つギルドは発展し、現在の勢力の基礎を築いたんです。……そして、各都市国家との調整が終わり、治安が安定して来ると、新たな問題が起こりました。それが“不要になった戦力の暴走”です。相応に長く続いた闘争の日々が終わり、仕事を無くした傭兵団は、そのまま野盗へと姿を変えて行きました。まぁ、元々そういった気性の荒い輩が傭兵になる場合が多いので、当然と言えば当然かも知れませんが。そして、そういった野盗団への対抗手段として選ばれたのが──」
「当時、同じくして職を無くしていた傭兵団、という事か……」
私の言葉にライラが頷く。
まぁ、それも当然と言えば当然である。各都市国家としても、潜在的な犯罪者擬きである傭兵団の数はある程度減らしたいに決まってる。
盗賊団と、潜在的に彼等と大して変わらない傭兵団が互いに殺し合いをしてくれるなら、これ以上に無いほど効率的な運用方法と言えるだろう。
「……しかし、それも長くは続きませんでした。当然ながら討伐され続けた盗賊団はやがて也を潜め、そして討伐に当たっていた傭兵団も、これ以上の国力の低下を憂いた連邦に国軍として正式に採用されていった為です。そして、国軍としての雇用を避けた荒くれ者達には、別個に仕事を斡旋する様になりました。まぁ、ここからはもう“冒険者ギルド”の話になりますね」
ライラはここまで言うと私が淹れたお茶を一口飲んだ。
成る程。概要くらいしか知らなかったが、改めて聞いてみると中々面白い話である。しかし──
「……冒険者ギルド発足の経緯は分かったが、しかしそれがどう最初の話に繋がるんだ?」
結局のところそうなる。今のところ無関係に思えるのだが。
私の言葉を聞いたライラは、カップを置き少しだけ申し訳無さそうに口を開いた。
「……すいません、もう少し続きます。そうして正規の軍隊になったり、あぶれた者達は冒険者になったりとで、連邦の勢力下では傭兵組織は力を弱めて行きました。確かに傭兵団単位で支払われる給金は大きなものでしたが、一人一人に回る金銭は冒険者の方が上でしたし、安定性なら国軍には勝てませんしね。……しかし当然ながらこの流れに反発する傭兵達も居ました。そして、その傭兵達の急先鋒が“黒豹戦士団”だったんです」
「やっと名前が出て来たか……」
私の言葉に頷くと、ライラはそのまま続ける。
「はい。無論、黒豹戦士団以外にも多くの傭兵団が反発していましたが、連邦が重要視したのは黒豹戦士団だけでした。黒豹戦士団と他の傭兵団との相違点は、単純に黒豹戦士団が当時の傭兵団の中でも“最強”と呼ばれる存在だった事にあります。当時の黒豹戦士団は1000人を超える規模であり、そして今で言うSランク相当の戦士も多数所属していましたから。連邦はその戦力をどうにか正規兵として雇用しようとしましたが、当時の団長はこれを拒否し、一時はスロヴェーン王国側につこうとすらしました。しかしそれをされれば、安定し始めた連邦の経済に大きな不安要素を生んでしまう事になります。それを何とか防ぐ為に当時の連邦は傭兵達に許されていた特権の延長を限定的に決めたんです」
「特権?」
「はい。掠奪行為の許容と、一定の基準が設けられた不逮捕特権です。そして連邦が出した条件を黒豹は飲み、黒豹戦士団は傭兵団から冒険者チームへと変わったのです」
「……それでか……」
私の言葉にライラは黙って頷く。
つまり、今回の件に関してはその特権の範疇に収まっており、法的に拘束出来なかったのだ。超法規的とは言え、法は守られていたという事になるのだろう。しかし気になるのは──
「……しかし、それは少なくとも200年近くは昔の話だろう?何故そんなにも長く特権が残っている。それにそもそもそんな長期間一つの冒険者チームが存続出来るのか?」
そう、冒険者ギルド発足から約200年というのは私も把握している。それだけ長い時間があれば、普通ならば傭兵団の戦力を削ぐなり、解体するなりの措置をして、いつまでもそんな特権は残さない様にする筈だ。にも関わらず“黒豹”は未だに前時代的な特権を有し、そして存続している。
「……連邦は黒豹戦士団との契約の際に、“現戦士長が存命に限り特権を維持する”という条件を出していました。しかし、当時の黒豹の戦士長は、その契約を結ぶ直前に書類上の戦士長を長命種である樹人へと差し替えていたんです……」
「……騙されたのか……」
「騙されたんです……」
「そうか……」
……まぁ、そこは連邦側の落ち度だな。どんな契約であれ、書類にしっかり目を通すのは基本なのだから。
“長命種”とは文字通り寿命の長い種族を指す言葉で、その平均寿命が100年を超えるものがそれに該当する。
100年と言えば比較的短い様にも聞こえるかも知れないが、そもそも死にまくり殺しまくりの魔大陸で平均寿命が100年を超える時点でどれだけ一部の年寄り達が平均寿命を引き上げているかは押して測るべきだろう。
そして、当時の黒豹戦士団の戦士長はそれを権勢の維持に利用したのだ。
「……ただまぁ、冷静に考えてみれば“不逮捕特権を持つ冒険者”と言うのは、相応に利用価値はあるな……」
「仰る通りです。表沙汰に出来ない、したくない様な依頼でも、都合良く処理する事が出来てしまいますからね。例えば、“連邦に不利益を生む商人が偶然黒豹戦士団の喧嘩に巻き込まれる”とか。まぁ、真偽の程は分かりませんが、ともかくそうして黒豹戦士団は数を減らしながらも相応の権勢を保ちながら今日まで存続して来たんです。……しかし、とある二人組が新たに黒豹戦士団に加入した事で少し状況が変わりました」
「……とある二人組?」
「……はい。その内の一人がアッシュ君を倒した“鉄槌のバルドゥーグ”。そしてもう一人こそが現在の黒豹の実質的な支配者。“呪文教書のザグレフ”なんです」
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