マジでヤバいかも知れない。
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「……アッシュ君は大丈夫ですか?」
「……ええ。怪我の治療は受けてましたし、アイツは回復力も強いですから……」
私はそう答え、ライラ達にお茶を出す。
アッシュは部屋のベッドに寝かしている。本当ならポーションを使えば簡単に回復出来るのだが、本人がそれを嫌がったのでそのまま寝かして来たのだ。
金の稲穂亭の主人に頼んでいた人払いも済んだ様だし、私は改めてライラに尋ねる事にした。
「……それでアッシュに何があったんですか?」
「はい。結論だけ先に言えば、Sランクの冒険者と喧嘩になってボコられました」
「……………………そうですか」
……身も蓋も無いやんけ。
まぁ、遠回しに言われるよりも最初に結論を出して貰える方が話は早く済む。後は経緯を聞くだけなのだから。
ライラは続ける。
「私達が飲んでいる酒場に、そのSランクの冒険者が入って来たんです。彼はカップルで来ていた蜥蜴人の女性を強引に連れ去ろうとして、それを見兼ねたアッシュ君が彼を止めたんです」
「……成る程……アイツらしい……。それで喧嘩になって負けたんですか……。しかしアッシュをあそこまで痛めつけられるなんて、そのSランクの冒険者は相当な強者なんですね」
アッシュはまだまだ未熟だが、それでも黒竜の森のユニークネームドだ。正面から小細工無しでやり合えば、フル装備のバドーだろうと倒す事が出来る。そんなアッシュを降したと言うのだから、やはり同じ冒険者でもSランクともなれば別格なのだろう。
しかしそれを聞いたライラは少しだけ難しい表情を浮かべた。
「……確かに彼……Sランク冒険者である“鉄槌のバルドゥーグ”は凄腕です。ですがアッシュ君をあそこまで痛めつけたのは単純な実力差のせいだけじゃ無いです」
「と、言うと?」
「バルドゥーグはアッシュ君との戦闘の時、先程言った強引に連れ去ろうとしていた蜥蜴人の女性でアッシュ君を叩き潰したんです。アッシュ君は彼女を庇う為にクッションになってかなりのダメージを受けてしまい、そのまま馬乗りになったバルドゥーグに何度も殴られたんです」
「…………そうですか……」
……納得がいった。
アッシュの事だ。きっとその蜥蜴人のダメージを少しでも減らす為に一切防御をしなかったのだろう。
ステータスでの補正を利かせればアッシュのダメージは減るが、それをすれば蜥蜴人が受けるダメージはより大きくなってしまう。
ステータスで補強された状態のアッシュは、それこそ石像に等しい強度を持つからだ。
アッシュはそれを嫌い、生身で受け止めたに違いない。
そしてアッシュが自分の口からこの話をしなかった理由もわかった。
アッシュがそんな状況下で私に連絡しないなんて事は考えられない。緊急時の連絡は徹底させており、アッシュはそれが出来ない程間抜けでは無い。
アッシュは間違いなく遠距離会話で連絡を入れた筈だ。
──そして、私がアッシュの連絡を取り零したのだ。
あの少女の後を追って、路地裏の奥まで進んだ事で。
「……私を責めたく無かったのか。馬鹿弟子め……」
「?すいません、聞き取れなかったんですが、何と仰ったんですか?」
「いえ、ただの独り言です。それでその女性はどうなったのですか?」
「はい。アッシュ君が彼を引き止めてくれている間にギルドに応援を呼びに行く事が出来たので助ける事が出来ました。結構な怪我でしたけど、命に別状はありません」
「そうですか……」
──良かった。
正直言うとその蜥蜴人にはさして興味無いが、アッシュの行為が無駄にならなかったのは本当に良かった。
「……それで、そのSランク冒険者……鉄槌のバルドゥーグでしたか。バルドゥーグはどういった処罰を受けるのですか?」
冒険者ギルドの規約とフィウーメの国内法では冒険者同士のいざこざはある程度許容されるとあるが、今回の件に関しては一般の魔物にも被害者が居り、法に照らし合わせて考えれば相応の処罰が降る筈だ。
ここが黒竜の森なら私自身の手で縊り殺してやる所だが、フィウーメが法治国家である以上、表立って犯罪を行う訳にもいかない。
多少納得行かなくても、バルドゥーグの処遇はフィウーメサイドに任せるべきだろう。
しかしそう考えていた私は、ライラの次の言葉に強い怒りを抱く事になった。
「……すいません。厳重注意で終わりました」
「──は?」
「……厳重注意、です。……実質的な罰則は有りません」
「……」
ライラの言葉が徐々に私の中に入って来る。
……何を言っているんだ?
命に別状は無いとは言え、バルドゥーグが行った暴行は蜥蜴人の女性を心身共に深く傷付けた筈だ。
アッシュの怪我だってかなり酷い。背中全体に無数の切り傷があり、複数箇所の骨折も有る。顔だって滅茶滅茶にされている。
……それなのに、“厳重注意”だと……!?
私は思わず語気を強めてライラを問いただした。
「……どういう事だ。ギルド規約とフィウーメの法に照らし合わせても、最低でもライセンスの取り消しと懲役刑が妥当な内容だ。それが厳重注意だと?それで納得出来るとでも思うのか?」
「……いえ。お怒りはごもっともだと思います。しかしギルドとフィウーメの上層部の決定で、私達の様な末端ではどうにも出来ませんでした。こうしてここに来たのも、アッシュ君を送り届ける為と謝罪のご相談の為です」
「謝罪は必要無い。処遇の不服申し立てをさせろ」
「……書類上は出来ます。ですがそれが反映される事は無いと思います。力不足で──」
「……話にならん。もういい」
私はそう言って頭を下げたライラを無視し、出入り口へと向かう。
しかしその時私達の様子を黙って見ていたレイゼンが行く手を遮った。
「……何処ニ行クツモリダ、トカゲ」
「決まっているだろう。バルドゥーグを殺しに行く」
「ソレヲ黙ッテ見過ゴセル訳ガ無イダロウ。我々ギルド職員ハ法ト冒険者ヲ守ル義務ガ有ル」
「ほう?アッシュは守れなかったが、加害者は守る訳か。随分と分かりやすい忖度だな。もう貴様等を当てにはしない。法が法として機能しないなら、私は私のやり方でケリを付ける。そこを退けろレイゼン。“元Aランク”だか知らないが、私に勝てるとでも思うのか?」
「……耳ニ痛イナ。確カニオ前ハ強イ。実力ダケナラ間違イ無クSランク上位ニ比肩スルダロウ。ダガ、勝テルトハ思ワナイガ、時間稼ギハ出来ル筈ダ。オレ達ガヤリアッテモ、ソノ間ニ此処ハ包囲サレルダロウ。……ソレト、随分ト苛立ッテイル様ダガ、守レナカッタノハ我々ダケカ?」
「貴様……!」
私がレイゼンへと手を伸ばしたその時、今まで黙って見ていたエルフの受付嬢が声を張り上げた。
「やめて下さい!あの時バルドゥーグに馬乗りにされたアッシュ君を助けたのはライラなんですよ!?他の方々にバルドゥーグの憎悪が向かない様に矢面に立って、場を納めたんです!それにレイゼンさんだってアッシュ君を治療をしてここまで運んで来たんです!バルドゥーグの処遇に納得してないのが自分だけだと思っているんですか!?」
「……ッ!」
ラズベリルの言葉に、頭が冷えて来る。
……彼女の言う通りだ。
処遇を決定したのは上層部であり、ライラ達がそれを是とした訳では無い。
それどころか、彼女達は十分過ぎる程に誠意を見せてくれていた。
それなのに私は彼女達に当たり散らし、有ろう事か手すら出そうとしてしまった。
……私は馬鹿か……。
私は一度深く深呼吸するとレイゼンに向き直った。
「……すまない。頭に血が登っていた。許してくれ」
「構ワナイ。若者ガ血気盛ンナノハ良イ事ダ。ソレニ、オレノ若イ頃ヨリ余程マシダ。……シカシ、オ前デモ激情ニ駆ラレル事ガ有ルノダナ。オ前ハ冷静沈着ナ男ダト思ッテイタ」
「……私も最初はそうだと思っていたよ。だが、どうも違うらしい。ラズベリル、ライラ。二人もすまなかった。許してくれ」
「い、いえ!私なんて二人と違って何もしてないですし!え、偉そうな事言ってすいませんでした!」
「私は最初から気にしてませんよ。それに、初めて敬語を止めてくれましたしね?トカゲさん、お父さんにもタメ口なのに、私には何度言っても敬語で話すんですもん。寧ろ得しちゃった感じです」
「ウ……」
……しまった。ライラの気持ちに気付いて以降、なるべく距離を保つ為に敬語を徹底していたのに、思わず流れでタメ口になってしまっていた……!
私が困った表情を浮かべていると、ライラは軽く笑って続けた。
「ふふふ。大丈夫ですよ、トカゲさん。トカゲさんが私を傷付けない様に距離を取ろうとしていたのは分かってますから。ここで気不味くなるのも嫌ですし、私もスッパリと諦めます。だからもう敬語は止めて下さいね?」
そう言ってライラは笑顔を浮かべる。思うところは有るのだろうが、一度正式に断ってもいるし、彼女の中で踏ん切りがついたのかも知れない。
「……分かった。これからはそうさせて貰う。……さて、私のせいで話が色々脱線してしまったが、もう大丈夫だ。冷静に話を聞ける。だから本題に入ってもらっても構わないか?」
「……本題……ですか?」
「ああ。“何故バルドゥーグが厳重注意で済んだか”、だ。さっきも言ったが規約と国内法で考えればこの処遇はおかしい。そこまで長い期間この国に居た訳じゃ無いが、この国は間違い無く法治国家で人治国家では無い。言い方は悪いかも知れないが、何らかの忖度が有ったのは間違い無い筈だ。お前達もその事を話しに来たんだろう?じゃないと“謝罪のご相談”なんて言い回しはしないだろう」
私がそう言うと、ライラ達は顔を見合わせ、神妙な表情を浮かべた。
「……流石です、トカゲさん。仰るとおり、その事に関係して少しお話しがあるんです。と、言っても根拠の有る話では無く、まだ噂と言うか、流言飛語の類に過ぎないのですが、それでも聞いて頂けますか?」
「“噂話は冒険者の飯のタネ”だったか?これはバドーの言葉だが、中々言い得て妙だと思っている。遠慮せずに話してくれ」
それを聞いたライラはクスリと笑うと、真剣な表情で私にこう告げた。
「……フィウーメがマジでヤバいかも知れません」
いや、なんで?
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