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雷鳴の魔女



「......っ」


不意に、横で走っているエルサが唇を噛んで前にいるマースを見上げた。嫌な予感がする。


「どうした?」


マースがこちらを振り返り、声をかける。


「......ダニエラと連絡が取れません。やはり誰か寄越した方が良かったのでは?」


「いや、これ以上の人員をあちらに割くのは危険だ。......それに、彼女は死ぬことはない」


「どういうことです?」


その言い方に引っ掛かり、横から口を挟む。この死と隣り合わせの世界で、そこまで言い切れるのには理由があるはずだ。


「うん......まぁ、彼女は強いから」


マースは少し含みを持たせた言い方をした。気にはなるが、触れない方が良いらしい。


「パトリス達はどうです?無事でしたか?」


エルサに話しかけるが、こちらも何やら反応が悪い。もしや不味い状況なのかとも思ったが、レイモンドはまだだがパトリスの無事は確認しているようだ。


《グループ》には《グループ》ならではの事情がある。深くは関わるまいと、その時点では俺は考えていた。


  ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「......ストップ。気をつけろ」


マースが手で俺たちを制止する。かなりの距離を走ってきて、初めて現れた扉だ。


巣の中に他と異質なものを見つけたら、そこには「名前のある逢魔」がいる。だが、この巣にはその影響は感じられない。


「むしろ普通の巣だったなら、タイガくんがいる分ちょっとは気が楽なんだけどね......」


念のため“献身”を俺に掛け、慎重に、闘う2頭のライオンが描かれた扉を開く。



ヒュンッ!



その瞬間、矢が俺に向かって飛んできた。


「うわっ!?」


矢は手前で“献身”に弾かれるものの、その殺気に思わず転んでしまう。



「.......妖しげな術を使う」


「よくも、我らの戦いを邪魔してくれたな」



目の前には、それぞれボウガンと弓を構える二体の逢魔がいた。


「.......お前らが、ここのボスか?」


俺はなんとか立ち上がり、聞く。

“献身”の庇護があるとはいえ、逢魔に話しかける余裕ができるとは。すぐにそんな自分の変化に気づき、少し心臓がチクチクした。


「いかにも。“私が”、この一帯を治めし者、キュリロスである」


「それは違うな。“我こそが”この巣を統べる男、メトディオスよ」


ボウガンの逢魔に弓の逢魔が声を被せ、互いにちらりと横目で火花を散らす。緊張感のないその様子に、俺たちは寸の間ぽかんとしていた。


「.......なるほどね。力の拮抗する逢魔が同時に二体現れて、決着がつかないままここに渡ってきたって訳だ」


それなら、巣に入ってすぐに道が二手に分かれていたことも、手下の逢魔の統率が取れていないのも頷ける。

だが二体の逢魔は、侵入者を排除するために一時的に同盟を組んだと考えるのが良さそうだ。


「敵が二体なら、俺は何も出来ない」


俺は“献身”を纏ったまま、大人しく下がる。自分のせいで人が死ぬ様は見たくないが、ここはマースに頼るしかない。


「城が崩せぬなら、外堀から攻めればいい話だ」


「同意見だな」


二体の逢魔は、クラリスとエルサに得物の狙いを定めた。

だがマースは、後ろに下がって身を屈めているだけ。


「マースさん......!」


「私を当てにするなよ」


「え?」



「ここは、ジニーに任せるよ」



マースは不敵な顔で呟く。

その刹那、どこからともなく雷鳴が鳴り響いた。


「なっ......」


「ぬおっ!?」


二体の身体が痙攣したまま、硬直する。

俺が慌てて振り返るとそこには、周りの空気に電流が迸る、魔女が立っていた。


「.......ここは抑えるから。斬りなさい」


優しげな、けれど温かみを感じない控えめな笑顔で彼女は言った。我に返ったように、クラリスが“献身”を解く。





俺は呆気に取られたまま、動けない逢魔たちの首を、その剣で切り落とした。


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