死神と道化
「......それで、ここが君の部屋だ。クラリスは向かい」
背が高く筋肉質なダニエラに圧倒されながら、俺たちはアジトを案内される。
「スタディーズ」は、“死神に嫌われた男”、マース=ヘンドリクスが束ねる、死亡者数が世界で最も少ない《グループ》。ティノに“死神”と呼ばれた俺は、それを聞いて少しだけ複雑な気持ちになった。
「スタディーズ」はもう三十年以上も同じ場所——農業都市、サザンラントで活動している古参だ。にも関わらず、急に俺たちやレイモンドが現れても十分すぎるくらいの部屋の数がある。
つまりそれは、それだけの人間が命を落としたということ。今でこそ世界で一番人の死なない《グループ》だが、そうなるまでには数々の経験と犠牲があったはずだ。
それでも、マースは笑っていた。そんな様を何十年も見ていながら、まるで普通の人間のように。
そんな俺の考えを見透かしてか、ダニエラは微笑を浮かべている。
「あいつは.......マースは、悪い奴じゃないよ。私は騎士になってから、あいつに命を預けてきたんだ。それは間違いない」
そう言う彼女の眼は、俺ではないどこか遠くを見ているようで、少しだけ気味が悪かった。
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私は自室にこもり、頭を抱えていた。
「勇者は死んではならない」という制約が、間違いなく作戦の立案を妨げている。クラリス=レイをアジトに置いたままタイガだけ連れて行けばいい、とも思ったが、どうやら彼女の能力は対象者からあまり離れすぎると発揮できないようだ。
「.......大丈夫?」
顔を上げると、赤いセーターを着たジニーが立っていた。
「君はどう思うんだい?彼のこと」
彼、とは、レイモンドのことだ。今回限りのタイガたちとは違い、彼は一応この「スタディーズ」のメンバーとなる。私は見込みはないと思うが、彼を活用する良いアイデアがあれば、もしかしたら長い付き合いになるかもしれない。
「貴方が分からないこと、私に分かるわけないでしょ?......ねぇ、息抜きに夜食でも食べない?」
「.......僕の苦労も知らないで。いいよ、何か作ろう」
私は立ち上がると、ドアノブに手をかけた。錆びているのか、扉がギイっと音を立てる。
このアジトを建てたのも、もうずいぶん昔になる。そこかしこにガタが来ているが、未だに直せずにいる。
建物だけじゃない。「スタディーズ」も、最近はひずみがそこかしこに見られるようになった。今回のことだって、厄介者が連続して送り込まれるなんて、数奇な運命にもほどがある。
(“死神に嫌われた”.......か)
自嘲気味に笑う。死神が本当に私を嫌っているのなら、こんなにちょっかいをかけたりするものか。
インスタント麺をつくって、二人で分け合う。側から見たら会話の少ない恋人だろうが、もう二人とも年だというのに、仕事以外で話すこともない。
だが、彼女といると心が安らぐ。それだけで、私は充分なんだ。
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「.......というわけで、作戦を発表する」
私は軽く咳払いをすると、いつものようにおどけた様子で話し出す。
「まず、今回の任務は、サザンラント近隣にできた逢魔の巣の破壊だ。タイガ君がこれまで壊してきたものに比べると、幾らか規模は小さい。.......だが、気になることもある。見張りの逢魔同士の統率が、まるで取れていないらしい」
「統率が取れてないんなら、それで良いんじゃねーの」
レイモンドがつまらなそうに言った。任務前のミーティングの時間というのは、自分の命がかかるだけに普通ならば多少なりとも緊張するはずだが、彼にはそれがない。
自信があるのだろうな、と私は推測する。この程度の巣なら、自分一人でも落とせると。
「通常、逢魔の巣が出来上がる時、そこには必ずリーダー格の『名前がある逢魔』がいる。配下に知能を持った逢魔がいないとしたって、リーダーがいれば多少はまとまるものだよ。......それがないとなると、あらゆる可能性を想定しなければならなくなる。面倒な任務になるよ」
その上で、と私は前置きする。
「クラリス=レイくん。君の能力は今までタイガくんにだ使ってきたそうだが、この《グループ》ではそうはいかない。能力は私の指示通りに使ってくれ」
突然名が呼ばれビクッと怯えた表情を見せたクラリスだが、やがて不安な表情になる。
肝心のタイガに至っては、黙ってはいるものの殺気立った目でこちらを見つめている。彼は死を覚悟してこの世界に入ったわけではないから。生への執着が強いのだろう。
「.......安心してほしい。クラリスの能力は作戦成功のために使うが、タイガくんは絶対に死なせない。......タイガくんだけじゃない。パトリスはこの世界の未来を担う学者だし、ダニエラは今時珍しい矜持のある女性。エルサは数少ない通信系異能者で、レイモンドは協会絶賛のホープ、何よりジニーは私の恋人だ。『スタディーズ』が人が死なない《グループ》なのは知っているだろう?その理由は、誰一人死ぬには惜しい面々だからだ」
だから、私を信じろ。我ながら虫のいい話だが、彼なら納得してくれるだろう、という計算があった。協会に同じ台詞を言ったら、翌日から地味で面倒な任務を大量に押し付けて来るに違いない。
現に彼は不承不承といった様子で頷く。ぽつりと罪悪感を覚えながら、私は話を先に進める。
「レイモンド。君にはクラリスくんとエルサ、二人の護衛を頼みたい。もちろん周りの逢魔を倒しながらだが......可能か?」
ふん、と鼻を鳴らすレイモンド。彼は暴力的だが、馬鹿ではない。私の言葉にこうして煽れば乗ってくるだろう、という打算が現れていることくらい、彼にもわかるだろう。
それでも、彼は「できない」とは言えない。信頼を犠牲にする捨て身のアイデアだが、何とか上手くいったようで、彼は座り込んだ。
「基本的にはそれぞれ雑魚を倒しながら散開、敵情を確認しながら進む。私とレイモンド、エルサ、クラリスくん、そしてタイガくんは我々と行動。分かってると思うけど、知能がある逢魔とは決して一人では戦わず、必ずエリサ経由で通信を入れ、多人数で撃破すること。オーケイ?」
種々の不安要素をどのように扱うか悩んだものの、結局いつもの作戦にタイガたちを組み込んだものとなった。作戦の立案は毎回神経を使うし、本当にこれで良いのか不安になる。周りにはわからない、私だけの苦労だ。
ちらっとジニーを見やる。彼女はいつも通り、時折頷きながら優しく微笑んでいる。それは、大丈夫、というサインだ。
いつだったか、彼女が一度だけ私の作戦に反対したことがあった。........その時は、私と彼女だけが生き残り、他のメンバーは全滅したのだったか。
「スタディーズ」成立当初の、苦い記憶だ。忘れたいのに忘れられない、忘れてはならない、そんな記憶。
「........さぁ、行こうか」
それを振り払うように、私は手を叩いた。
今回もすべて上手くいく。そう信じずに、こんな仕事なんてやっていられない。




