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闖入者



「......さて、どうしたものかね」


 私は我々のアジトに突然現れた闖入者たちを、腕組みしながら見上げた。



 そもそも、協会からの連絡が遅すぎるのだ。

 彼ら——タイガ・アサノとクラリス=レイ——が我々の《グループ》、「スタディーズ」にやって来ると協会に告げられたのは、彼らがこちらに向かった三時間後だった。

 そもそも今回の任務の概要を知らされたのは一週間前だし、しばらく面倒を見ろと一方的にレイモンドが押しつけられたのは二日前。

 逢魔狩り、特に巣を潰すとなれば、準備と計画、それに互いのコミュニケーションが何より大事だということに協会側は未だに気づかない。


「あまり歓迎できないのを許してくれ。なにぶん急だったからね」


 とにかく二人にはそう声をかけ、紅茶を振る舞う。同時に自分もそれを飲み、気分を落ち着ける。

 二人の噂は知っていた。

 去年の「杖」に続き、勇者の剣の持ち主が現れた。しかも彼は大方の予想に反し、異能すら使えないただの農民だったというニュースは、通信系異能者の帯同を許された我々の元にも届いている。

 彼が“勇者の盾”クラリス=レイとともに、この短期間で二つの巣を潰すという華々しい戦果を挙げたことも。


 だがその一方で、彼の悪名もまた、我々の中では知れ渡っていた。

 二つの任務はいずれも成功したものの、どちらも従事したメンバーは二人を除き全員死亡。ガパスの惨劇は、その生き残りを通じて一般の民衆にさえ知れ渡っている。

 それが、我々を神経質にさせている理由だった。


「......ふぅ。とにかく、『スタディーズ』へようこそ。今はみんな苛々しているけど、本当は優しい人たちだから安心してほしい」


 私は二人を少しでも安心させようとそう言うが、二人はむしろわたしの対応が冷静で紳士的であることに驚いているらしい。

 レイモンドもそうだが、稀にここには《フリー》の連中が送り込まれてくる。彼らのほとんどは最初の任務で死んでしまうが、誰も彼もが傍若無人で礼節知らずな厄介者たちだった。

 そもそもここ以外の《グループ》も決してこのようにまとまってはいないらしいから、無理はないのかもしれない。「スタディーズ」しか知らない私には信じがたい話だ。



 何にせよ、彼らの力は上手く使えば我々の助けになることは確かだ。

 これは一から作戦を練り直しだな。

 皆の、そして自分自身の命を左右する神経質な作業を憂い、私はため息をついた。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「まずは『スタディーズ』のメンバーを紹介しないとな。......そうだな、一人目は彼だ。パトリス=ルベル」


 私がパトリスを見やると、彼は眼鏡をくいっと持ち上げる。笑顔が苦手な彼なりの歓迎のサインだが、二人には伝わるだろうか。


「彼は偉大なる『騎士』であると同時に、異能研究者でもある。まだまだ若いが才能は充分。......少々無愛想だが、気にしないでくれ」


 私が彼と出会ったのは、六年前だ。研究者としての夢を叶えるため、自分の力をどう使えばいいのか悩んでいる彼を放ってはおけなかった。騎士になることを勧めたのは、私がそうしなくてもいずれ協会からそんな命令が下るからだ。異能者を平然と使い捨てる協会に、才能と意欲がある彼を預ける訳にはいかなかった。


「次はエルサ=シュルリング。我が《グループ》の貴重な通信系異能者だ。......ずっと申請はしてきたんだが、『スタディーズ』を続けて十年目、流石に教会も折れて彼女を寄越してくれた」


 エルサは緊張気味に軽く会釈する。タイガのことを直接知っているだけに、警戒心は他の面々よりまだ強いらしい。

 彼女が入ってきた時は、本当に使い物にならなかった。協会は意地悪く、出来損ないを押し付けてきたのだ。そんな彼女を私とパトリスで丹念に育て上げ、今では協会から返してくれとひっきりなしに手紙が来る。


「次はダニエラ=フレッチャ。女性だが、異能抜きでも彼女に喧嘩で勝てる男はそうはいないだろう。それでいて非常に聡明だ。......惜しいのは容姿だけ、本当に残念だよ」


 軽い冗談を飛ばすが、二人は愛想程度の笑みを浮かべるだけだ。おまけにダニエラには睨まれて、私は肩をすくめた。

 私にはこういうところがよくある。世間にはサイコパスなのか、とも言われる。これだけ死と隣り合わせの場所にいながら、どうしてそんなに平然といられるのだ、と。

 そんな時に諌めてくれるのが、このダニエラだ。彼女は「スタディーズ」創設からの付き合いになる。


 だが、私にとって死はそれほど身近ではない。

 正しい戦略と優秀なメンバー、それに冷静な指令官と相互の信頼があれば、どんな困難な任務でも犠牲は最小限に抑えることができる。

 もちろん失敗は許されないし、する気もない。だから、死は怖くない。


「最後は......ジニー=トゥルニエ。能力はさることながら、立ち振る舞いや性格も素晴らしい女性だ」


 彼女を紹介した時だけ、二人が少し困惑の色を見せた。これはいけない、と私は苦笑いする。

 実は、私と彼女は恋仲にある。メンバーの皆はもちろん知っているが、こんなご時世だからあまり外に出したい話でもない。そんな事もあって、どうやら知らず知らずのうちに意識してしまっているようだ。


 私は最後に、わざと芝居掛かった様子で手を広げた。


「そして私が、マース=ヘンドリクス。歓迎しよう、ようこそ『スタディーズ』へ!」


 盛大な拍手が鳴り響く。この辺りの連携はお手のものだ。

 タイガはとはいうと、恐縮した様子で縮こまっている。聞いていた通り、普通の青年と変わらない。これは長生きするかもな、と私は思った。


 一方、私が「長生きしない」と予想した方......レイモンドは、一人ぶすっとした顔で壁にもたれかかっている。私は苦笑して、彼の方に目をやった。


「失礼、君を忘れていたね、レイモンド。彼は《フリー》の騎士だが、今回から『スタディーズ』に加わってもらうことになった。二つ名は“恐竜”、若いながら恐ろしく強いらしい。彼のことも覚えてやってくれ」


 彼は舌打ちし、扉を開けて自室に戻っていく。


 《グループ》は、《フリー》の騎士同士が自主的に集まって出来た集団だ。その集まりで戦果を挙げれば、協会側も同じメンバーに継続して任務を与えてくれる。そんな所から始まって、現在では届け出を出せば慣例的に認められるようになっている。

 だが、無条件で《グループ》単位の任務が来るわけではなく、任務によっては《グループ》に《フリー》の騎士が混ざることもある。今回のタイガとクラリス等がまさにそれだ。


 だがレイモンドが「スタディーズ」に来たのは、それとは少し違う事情だ。

 彼は前の任務前、味方の騎士と異能を使った喧嘩を起こし、なんと相手を死亡させた。前代未聞、というほどではないが、曲者揃いの異能者の中でもかなり危険な男だと協会に認定されたらしい。


 しかし彼の強さは本物で、どうにか使いたい。「スタディーズ」ならば、彼を上手く使えるに違いない。あそこには優秀なリーダーがいるから。

 そんな考えが協会内で働いたのだろう、レイモンドはここにやって来た。期間は無期限というから、要は死ぬまで「スタディーズ」に預けっぱなしということだ。


 これと同様のことは、前にも何度かあった。

 しかしその全てにおいて、最初の任務で彼らは死んでいる。

 当たり前の話だ。人の話を聞く気のない人間の前では、とんな優秀な指揮官も意味がない。




 それでも協会は、「スタディーズ」に記事を送り込み続けて来る。

 その度に私は、わかってないな、とため息をつくのだ。



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