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計算と誤算



「おはようございます、皆さん」


 出発の時刻となり、ティノが皆に声をかける。

 昨夜の間に何となく今回は彼が仕切るような雰囲気ができているのは、流石カルト教団の幹部といったところか。


「んで、どうすんの?逢魔の巣を潰すのなんて初めてなんだけど」


 エーフライムの問いに、ティノはよくぞ聞いてくれました、と肩をすくめる。


「私はガパスの悲劇を、皆さんよりは多少なり知っています。タイガ君は確かに英雄かもしれませんが、それを守るせいで我々が全滅、というのは御免こうむりたい」


「それを言うなら、俺も死ぬのはごめんだ」


 死にたくない俺は悪態をついてみるが、ティノはこちらを一瞥しただけで話を続けた。


「かと言って、彼を放置したり任務から外したりというのは不味い。私の意見はどうあれ、協会は彼を気に入っているようですからね。......そこでどうでしょう、彼には今回の任務は、安全地帯から傍観してもらうということで」


 ティノはクラリスの方に目を向ける。

 つまり、俺はクラリスの作る安全地帯の中でじっとしていろ、ということらしい。


「それは構わないけど、それじゃ結局はクラリスを守らなきゃならないんじゃないのか?」


「その心配は無用です。クラリスさんの身体なら、私の異能でしっかりお守りできますよ。......ただ、私の異能には体重制限がありましてね」


 ティノはそう言ってにやりと笑う。俺への当てつけのつもりならばお門違いだが、彼もこの場面で嘘をつくほど馬鹿でもないだろう。


「そういうことなら、俺にとってもありがたい話だ。俺はあんたらみたいな戦士じゃないんでね」


 これで作戦は決まった。

 俺としては、まずは生きて帰ること。そして、もうこれ以上俺のために死人を出さないことだ。


 昨夜、ようやく少しはましになってきた吐き気が、ティノのせいでまたぶり返してきた。

 夢の中でも、レギーナ達の顔が、死体が、暗闇の中に次々と浮かんでくる。



 あんな思いは、もううんざりなんだよ。




 コロニア火山の麓に、その巣はあった。

 巣といっても、見た目はいわゆる洞窟と変わらない。ぱっと見では、とても異質なものが入り込んでいるようには見えないくらい、噴火口は赤々としている。


「皆さん、ここの逢魔は、他のものとは少し違うと思ってください。彼らは採掘ルートのひとつを完全に乗っ取り、武器や防具にコロニウムを用いています。我々ほどの加工技術はないものの、彼らの元々の身体能力を考えれば充分脅威です」


 ティノはどこから仕入れてきたのか、ここの逢魔についてやけに詳しくなっている。

 だがエーフライムは彼の話など全く聞く気がなさそうだし、ヴァレにいたっては何を考えているのか全く読めない。


 俺は、ティノがなぜ《フリー》として活動しているのかわからなかった。

 ティノの知識と統率力は、自身の指揮で動くウイルイ教の信者たちと共にあって初めて彼の生存確率を上げるはずだ。敢えて単身でこのようなグループに入り込むなど危険極まりなく、非合理的に思えた。

 現に俺など、ティノに少なからず反感を持っていて、例えば彼が死の危機に瀕したとしても、盲目的に自分もそこに飛び込むような気分になれない。


「それでは、我らに神のご加護があらんことを。.......行きますよ」


 ティノの合図で、俺たちは洞窟内に潜り込んだ。

 中は壁が紅く熱を帯びるほど温度が高く、重装備の俺たちから瞬く間に体力を奪う。クラリスの安全地帯は、異能を介在しない熱には対応してくれない。


「クラリスさん、私の“鎧”の中に」


 ティノがクラリスを呼び止め、ウイルイの神話をモチーフにした刺繍があしらわれた鎧の首元をぐいっと引っ張る。

 硬いはずの鎧はいとも簡単に伸縮し、彼の前には人ひとりが入れるくらいの空間ができた。しかもその空間は、どうやら異空間になっているらしい。


「便利な能力だな」


 俺は思わず呟く。ティノはわざとらしくこちらに会釈してきた。


 クラリスが中に入ってしまうと、彼は何事もなかったかのように鎧を元に戻した。鎧は先ほどと同じく、ティノの身体に密着しているように見える。


「“加護の聖鎧(サン・アーマー)”。戦闘向きではないのが玉にキズですが」


「.......おい」


 ヴァレがゆっくりと口を開く。いつの間にか、前方は壁に埋まったコロニウムを採掘している小さな逢魔たちで溢れていた。

 その中の何匹かはこちらに気づき、キイキイと甲高い声で騒ぎ出している。


「よーし、俺が一掃してやるぜぇ」


 エーフライムが腕をぐるぐる回す。

 彼の異能は、小さな逢魔をまとめて倒すことに特化したものだ。つまり彼の一番の見せ場はここだろう。


「.......“溶ける熱風(メルトウィンド)”!」


 彼の前方から、逢魔たちに向かって強い突風が吹く。

 彼らがそれに気づいた時には、もうすっかり脳まで熱が回ってしまっている。つまり、手遅れだ。


「お見事ですね、エーフライムさん」


「へへっ、ありがとよ」


 感情のこもっていないティノの世辞にも笑顔で答え、エーフライムは一歩先へと足を踏み出す。



 その瞬間、彼の足元にぽっかりと穴が開いた。


「なっ.......」


 彼は思わずバランスを崩し、底の見えない落とし穴の中に吸い込まれていく。



「.......罠です!」



 何事もなかったかのように穴が閉まるのを呆然と見ていた俺たちだったが、ティノがハッと気がついたように叫ぶ。


「何故です!?逢魔どもが罠を張るなど、聞いたことがない!」


「そりゃ本来逢魔といえば馬鹿ばかりだからな、味方を巻き込まないためだろ!?.......気づかれてたんだよ、俺たちがここに来ることが!」


 俺はティノに怒鳴る。とにかくエーフライムの身を案じるばかりだが、穴はもはや閉まった。

 下に剣山があるかもしれない穴めがけてダイブする命知らずがいない以上、彼を助けるためには他の入り口を探すしかない。


 だが、それでは前回と同じだ。

 俺は、もう一つたりとも死体は見たくない。


「.......俺が、あいつを助けに行く。文句はないな?」


「待て、勝手な行動は.......」


 ティノの制止を振り切って、俺はエーフライムが数十秒前まで立っていた場所に足をかける。

 次の瞬間、視界が真っ暗になった。




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