赤の街の曲者達
ものすごく乱暴な奴が、ものすごく乱暴なノックをするとは限らない。
あたかも新聞配達人のように、コンコン、と軽く戸を叩くこともある。
「......何の用だ」
俺は来訪者の服装を見ると、すぐさまドアを閉めようとした。だが、彼らはドアの隙間に手を入れてそれを許さない。
仕方なく俺が生まれてから最も無愛想な声で言い放ったのが、先ほどの言葉だ。
「タイガ・アサノ。貴様に世界騎士協会から連絡だ」
「あいにく、俺はそんなもんに加盟してないんだけど」
「貴様は次回から、〈フリー》の騎士たちと共に各地を巡ってもらう。まずは二日後、ガリア公国のコロニアだ」
俺の不平は一切聞くことなく、二人の騎士は無感情にそう告げる。俺が共和国騎士団を壊滅に追い込んだがために、彼らはまだその域に達していないにもかかわらず命懸けの戦場に駆り出され、彼らの家族だって明日生きているか分からないのだから当然といえば当然だ。
だったら、俺も俺の意思でこの村に引きこもっても問題ないはずだ。こちらは協会に無条件で従うのが当たり前で、そちらはぞんざいな態度というのは道理が通らない。
あれから何週間か経ち、俺はそんな思考ができるくらいには平静を取り戻していた。
「......嫌だって言ったら?」
俺は皮肉めいた口調でそう言って、笑う。
そんな風に振舞えば、彼らの次に発する言葉がどんなものであるかはだいたい予想がつくから。
「協会に従わなければ、この村の安全は未来永劫担保されない。今現在この村周辺に逢魔の巣は無くなったが、そのうちまた沸いてくる。そうなれば、貴様の妹は.......」
「俺の妹が、何だって?」
俺はその単語が出てくるのを待って、俺は騎士の首元に剣を突きつけた。鞘など付けていない。
底意地の悪いやり方だが、ひとまず追い返すのには役立つだろう。ヘボ勇者が出来る、協会へのせめてもの抵抗だ。
「その先を言ったら、命はないと思え」
ありきたりな台詞だが、騎士を狼狽させるには充分だったようだ。この程度の騎士たちなら、相手が二人でも問題なく殺せるだろう。俺が手に入れたのは、そういう力だ。
よく気迫や殺気がなんだと言う奴がいるが、そんなものは受け手の思い込みに過ぎない。一般市民の強がりも、力を持てば脅しになる。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「......で、あんたは結局ここにいると」
「翌朝には来訪者が二十人くらいに増えてたよ」
ガリア公国の中央にある街、コロニア。
「奇術と技術の街」との呼び声が高いこの街の強みの一つは、街のどこからでも見えるコロニア火山に埋まる希少金属「コロニウム」とその加工技術だ。強度はないが劣化しにくく、世界中の日用品などに幅広く使用されている。
俺たちはそんな街の一角に座り込み、互いの自己紹介をしていた。
今回のメンバーは《フリー》、つまり個人で活動する騎士たちの寄せ集めだ。騎士は強くなれば国立騎士団に所属することになるが、そこでも力を示し、さらに団体行動に向かない者が任命される肩書き。
名前のようにフリーランス、というわけではなく、しょせん協会の雇われであることは変わらず、協会の指示を受けて各地を転戦する、ただそれだけの違いだ。
だが《フリー》なら、たとえ全滅したところでガパス共和国のような悲劇は起こらない。
その差は俺にとっても、協会にとっても大きい。
「あんたもなかなか難儀な人生送ってんな。ま、仲良くやろうぜ」
この街に着いて早々俺に話しかけてきたこの男の名はエーフライムという。西方の国で結果を残して《フリー》となり、今回で三回目の招集らしい。
《フリー》に課される任務はそれ相応に難度の高いものになるから、そこで二度生き残ってきたなら向こうではかなり名を知られているのだろう。
この世界は通信網が発達していない。かつては電波なる仕組みでどれだけ離れていても一瞬で情報が伝わっていたらしいが、現在では逢魔の支配の影響でそんなものは造れず、情報を伝えてくるのは専ら新聞だ。
通信系の異能者もいるにはいるが、協会が独占しているため一般市民はその恩恵にあずかることはできない。
そのため距離が遠ければ遠いほど、情報はかなり遅れて届くこととなる。ガパスとこのガリア公国の距離だと、数週間遅れはザラで、場合によっては数ヶ月遅れなんてこともあり得る。
だからこのメンバーの誰も、まだ俺のことは知らない。俺がここに来る前に何をしたのか伏せていられるのは、今の俺にはありがたかった。
「......おや、君の顔には見覚えがありますね」
突然、スキンヘッドの小太りな男に顔を覗き込まれた。
思わず飛び上がりそうになるが、よく見ればよく知っている顔だ。といっても知り合いではなく、新聞で顔を見たことがある程度だが。
「俺もあんたの顔はよく知ってるよ。ウイルイ教の“鉄血聖人”」
「おや、光栄ですね」
ウイルイ教などの宗教は、先ほどの情報網に関する常識に当てはまらない。彼らは信者の子が異能者であっても協会に申告しないことが多く、通信系の異能も隠し持っている。
特に新興宗教ながら世界中に信者を増やしているウイルイ教は反協会の傾向が強く、信者が各地でテロを起こす事件が頻発している。
その中でも“鉄血聖人”のあだ名を持つ彼——ティノ=チッテリオは過激な言動で有名で、テロ事件を裏で首謀しているという噂も囁かれている危険人物。
警察が捜査できないのは、不思議なことに彼が優秀な《フリー》の騎士でもあるからで、反協会を掲げながら協会に所属するという行動の不可解さも相まって、新聞ではウイルイ教のシンボルのように書かれることが多い。
「風の噂で聞いていますよ。ガパス共和国で逢魔の巣を潰す戦果を挙げたのにも関わらず、“死神”扱いされて《フリー》に飛ばされたとか」
「味方の傷口を的確に抉ってくれるねぇ。そのやり方も教祖様に教えてもらったとか?」
もともと互いのイメージが悪いうえに、俺はせっかく伏せていた自分の境遇を暴露されて苛ついていた。一対一なら負けることはないという思いもあって、ティノの鋭い眼光を真っ向から睨み返す。
「二人とも、やめてください!」
そんな俺たちの間に割って入ったのは、クラリスだった。
「タイガさんは喧嘩するためにここに来たんですか?違いますよね?」
諌められて、俺は肩をすくめる。
彼女は俺を使った作戦に必須だということで、協会は俺とセットでクラリスにも各地を回らせるつもりのようだ。
今回作戦に参加するメンバーは、俺とクラリス、エーフライム、ティノ、それに冒頭にヴァレと名乗ったきり隅で黙っている、身体中に刺青を入れた威圧感漂う男の五人だ。
リーダーも不在でまとまらない面子ではあるが、それぞれは幾度となく逢魔をなぎ倒してきた歴戦の猛者たち。実際、《フリー》の連中が挙げる戦果は国立騎士団よりも格段に上だ。
ギスギスした雰囲気はあるものの、そんなこんなで俺たちは表面上は作戦を共にする仲間になった。
「皆さん、この度は遠いところからわざわざ」
そこに特産品であるという地酒を持って現れたのは、コロニアを治める市長だ。
俺は飲まなかったが、エーフライムは大喜びでグラスになみなみと注ぐ。彼は酒を、他の面々は水を飲みながら、市長の案内で街を見て回ることになった。
「随分と......なんかその、真っ赤っかだな」
俺は思わず呟く。
街中の建物が、道が、看板が、赤いペンキ一色で塗られているのだ。明日俺たちがやろうとしている任務のこともあり、血の色に見えて気分が悪くなる。
「一応、『赤い街』というコンセプトでやっています。面白いでしょ?」
市長は自慢げに言うが、はっきり言って悪趣味だ。しかもそれに街全体が付き合わされているとなると、彼もなかなかの曲者らしい。
そんな彼が市長をやっていてもこの街が賑わっている理由が、この街のもう一つの特徴、今俺たちが向かおうとしているところだった。
「ほら、着きましたよ。マジシャン・ライナーの曲芸ショー!」
街の中心には派手に装飾された大きなステージがあり、そこで今曲芸をしているのがこの街の“守護神”、マジシャン・ライナー。
彼の曲芸はタネも仕掛けもない、つまり異能を使ったものだ。それだけなら多少珍しい程度だが、彼の本領はそれ自体ではない。
ステージ上では覆面をしたライナーがナイフを投げている。ナイフが空中で時折静止したり、縦横無尽に動き回ったりするたびに客からは歓声が上がる。
異能者の人口が増えてきているとはいえ、異能はまだまだ人々にとって身近な存在ではない。本当に摩訶不思議な力を見せつけられて興奮するのはわかる。
もはやその力を身につけてしまった俺からすれば、さして大したものには見えないが。
ライナーは続いて、鍵のかかった箱から草原な音楽とともに華麗に脱出して見せた。さらにすぐさま、手から次々と鳩を産み出す。
そしてフィナーレには、ステージ中に薔薇の花をたくさん降らせてみせた。
「......これ、そんなに凄いか?」
眉をひそめるエーフライムに、ティノが呆れながら説明する。
「確かに個々の曲芸自体は、異能者であればさほど難しいものではありません。ですがその全てを一人でこなすとなると、話は別です。.......貴方の異能は、あんなに幅広いことができますか?」
「そういや.......俺は、異能の形としては一つのことしかできないぜ。使い方によってバリエーションはあるけど」
「異能とは本来そういうものです。異能者は訓練によって、自分の異能がどのようなものになるかある程度コントロールはできます。しかし、別種の複数の異能を習得できる人は殆どいないんですよ。
彼は自身の曲芸でいくつもの異なる異能を披露し、さらに戦闘用に特化した使い方もできると豪語している。それが彼の、唯一無二の強み」
ティノは興味津々でライナーのショーを眺める。
クラリスも派手で陽気な雰囲気に多少呑まれてはいるようだが、それでもチラチラと気にしてはいるようだ。
この時、俺たちはバラバラだった。
でも、それぞれの幸せを確かに感じていた。これから命懸けの戦いに向かうことを知っているのに。
それが傍若無人な《フリー》だと言われてしまえばそれまでだが、彼らだって人間だ。死にたくはないし、守りたいものだってあるだろう。
何としてでも生きて帰らなければならない俺には、彼らのそんな様子が不思議でたまらなかった。
そうして、夜は更けていく。




