勇者の再誕
「最強」という言葉をよく聞く。
最強の勇者、最強の能力、最強の敵。
だが、果たして「最強」とはいったい何なのだろうか。
例えば、ここイザヤ村の名産品であるイザヤカボチャ。
このカボチャは世界で一番悪天候に強く、ひとたび飢饉が起きた時にはとても重宝し、買い手が止まない代物だ。しかし、味は最悪に悪い。
よって滅多に飢饉など起こらない今の世では、「世界一不味いカボチャ」というキャッチフレーズで怖いもの見たさの客に好評である。
そんなイザヤカボチャはある面では確かに「最強」だが、果たして本当にそう呼んで良いのだろうか?
本当に強いものは、少なくとも誰かにとって喜ばれるはずではないだろうか?
奪還記念日の昼下がり。
最強からも祝日からも縁遠い、世界一不味いカボチャ農家である俺——タイガ・アサノがこんなことを考えているのは、この村が世界に知られるもう一つの理由、勇者の剣のせいだ。
この世界は二度、「逢魔」と呼ばれる生命体に奪われた。
一度目は500年前のことだ。人間の手が入らない地中深くで生まれた逢魔は、超人的な身体能力と物理法則を歪める力「異能」によって瞬く間に地上に進出。慌てふためく人類を焼き尽くしながら、全世界を手中に収めた。
人間が滅亡せずにいられたのは、利用価値があるからだ。逢魔の中で人間並みの知性があるのはごく一部で、残りは本能に従ってしか行動できない。
そこで、人類は生かされた。逢魔の手足となり働くために。
しかし、それは逢魔にとっては大きな失敗。そして、人類においては僅かな希望となる。
やがて、人類は逢魔と戦うための力を身につける。それは、奇しくも逢魔の武器でもある「異能」だった。
少しずつ異能を獲得していった彼らは、逢魔を根絶するための全面戦争を繰り広げる。個々の戦力では大きく劣る人類ではあったが、物量と文明の力により見事勝利を収め、逢魔を絶滅に追い込むことに成功した。それが150年前の今日、奪還記念日である。
その時に活躍したのが、四人の勇者だ。
彼らは逢魔を大きく上回る神がかった異能の力を武器に、数多の戦場をたった四人で制圧した。彼らの活躍なしにして、人類の勝利はなかっだと言えるだろう。
そして彼らは自身の死の間際に、今後降りかかるかもしれない脅威から人類を守るため、自身の力と意思を全て自身の武器に憑依させた。
それぞれの武器は眠りにつき、いつか自身を扱うに相応しい持ち主が現れるのを待っている。
そんな伝説は、子供の頃に学校で必ず教えられる。特に今の世の中なら、尚更だ。
今この世界は、再び現れた逢魔に支配されている。各地で異能保持者による防衛軍「異能騎士団」による抗戦が繰り広げられてはいるものの、戦況は芳しくない。
そんな世界で勇者の復活を待ち望む声が挙がるのは、仕方のないことだ。
現に1年前、勇者の杖に選ばれし者が現れた時は世界中が熱狂した。遠く離れたこの地にも、今も華々しい戦果の数々が聞こえてくるほどに。
そして、この村にはその内の一つ、勇者の剣がある。
祠に突き刺さったまま、未だ誰も抜くことのできない剣。この村には新たな英雄になることを夢見て、全国から我こそはという戦士が続々とやって来る。
彼らが金を落としてくれるので、この小さな村は何とか逢魔の襲撃から身を守っている。だが、それもいつ崩れるかわからない。
「お兄ちゃん、何サボってるの!」
振り返ると、たった一人の妹——ユキが頬を膨らませて仁王立ちしていた。両親が早くに死んで、俺たちは二人暮らしだ。
いくら世界の危機を嘆いても、一介のカボチャ農家である俺に出来ることは何もない。
俺はただ、妹と平和に暮らしていければそれでいい。
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「見ろ、キャスパー殿下だ!」
「噂の通りのハンサム!あれで剣の腕も良いって言うんだから、天は二物を与えずって嘘よね〜」
農作業に一区切りがついたので広場に行ってみると、人だかりができていた。
今日は西方から、才色兼備で有名なキャスパー侯が勇者の剣を抜くために来ると話題になっていた。個人的にはあまり好きな人物ではないが、村にとっては大変な上客だ。
だが、いくら剣術に秀でているといっても彼は異能保持者ではない。数多の異能保持者が剣に挑戦してきたというのに、彼が勇者に選ばれるとは思えない。
おそらく彼は本気で英雄になるつもりなどなく、ちょっとした物見遊山のつもりなのだろう。その証拠に、彼の横には大勢の従者と護衛とみられる二人の「騎士」がいる。勇者に選ばれる者が護衛を必要とするだろうか。
いっそ剣があっさり抜けたらどうするんだろうな、と俺は笑う。あの男に本気で戦場に行く気があるとは思えない。
「さぁ、勇者は僕を選んでくれるかな?」
150年の時を経ても輝きを失わない装飾を纏った剣に、キャスパー侯が近づく。
やけに芝居がかった身振りでうやうやしく一礼した後、彼は剣の柄に手をかけると、一気に力をかけた。
やがて、キャスパー候はにやりと不敵な笑みを浮かべる。
「ふふ、どうやら.......僕は剣の持ち主には相応しくないらしい」
彼は剣から手を離した。残念そうに肩をすくめては見るものの、その顔にそれほどのショックはない。やはり、金持ちの道楽に過ぎなかったか。
この後は村を挙げての宴会らしいが、正直俺にとってはどうでもいいことだ。
キャスパー侯が不味いカボチャに興味を示すとも思えないしな。
「.......楽しそうなところ、申し訳ない」
広場の入り口から誰かが放ったその一言で、一瞬にして空気は凍りついた。
何故なら——聞こえてきたその言葉は、どう考えても人間の発するものではなかったから。
俺を含む皆が、恐る恐る振り返る。
そこに居たのは、黒い馬に乗り、帽子を被った笑顔の逢魔だった。
逢魔の見た目は様々だ。
動物のような姿だったり、人型に近かったり。だが唯一共通するのは、身体が光が抜けてしまったかのような漆黒であること。
学校で聞いた時には、その恐ろしさが分からなかった。日常が、突然闇に侵食される恐怖が。
「いや、なに、別に君たちをどうこうしようっていう訳じゃない。ただ当方のボスが、人間の女が欲しいと仰ったもので」
この村で一番の女を差し出して欲しい、と彼は告げる。
冗談じゃない。
だが俺には、何もすることができない。
誰かが呟いた。
「この村で一番って言ったら.......ユキちゃんじゃないか?」
それは本当に小さな、つい溢れてしまったというような声だったが、瞬く間に村中の大合唱になる。
「そうだよ、ユキちゃんしかいない」
「可哀想だけど、仕方がないね」
「彼女には両親もいないし。.......お兄さんは、残念だけど」
ふざけるな。
「ほう.......では、そのユキという方を連れてきて頂けますかな?」
やめろ。
「おい、誰か!無理矢理にでも連れて来い!」
やめてくれ。
「お兄ちゃん!」
反射的に振り返ると、大勢の村人に取り押さえられながら目に恐怖を浮かべる妹の姿があった。
「ユキ!」
とっさに駆け寄ろうとするが、別の村人に止められる。
「俺たち全員の命が助かるためには、これしかないんだ!大人しくしてろ!」
何だ、お前は。
あんなにカボチャを分けてやったじゃないか。
「そうだ!どうせお前らなんか、不味いカボチャしか作らないんだ!いてもいなくても一緒だろ!」
その不味いカボチャが、どれだけ村に貢献してると思ってる。
そんなことを訴えても、誰も聞いてくれないことは分かっている。
皆、自分とその家族が生き延びるのに必死なのだ。なりふり構ってはいられない。
俺だって、立場が違えば、同じことをしたかもしれない。
それでも、こんな事があってたまるか。
「.......騎士の二人!何とか、何とかなりませんか!?」
キャスパー候の護衛をしている、騎士たちに必死の思いで叫ぶ。
あの逢魔は人間の言葉を話した。つまり、知能がある。
知能がある逢魔は、強い。騎士が二人程度で、勝てる相手ではない。
それでも、戦えば、わからない。妹だけでも、逃げ出せる隙くらいは作れるかも——。
そんな期待は、いとも簡単に崩れ去った。
「馬鹿か、お前は!この二人は僕の護衛だ!勝手に指図するな!」
腰を抜かしたのか地面に座り込んでいるキャスパー候が、唾を飛ばしてわめいた。
馬鹿げている。馬鹿げているが、騎士たちはその一言で、動けなくなる。
馬に乗った逢魔が、ユキに近づいていく。
村人たちは怯えながらユキを逢魔へと手渡した。
「.......やめろ」
震えるような声は、逢魔に届くにはあまりにも小さい。
俺はしょせん、ただのカボチャ農家だ。
「汚い手で、妹に触るんじゃねぇ!」
けれど、俺はあいつの兄貴だ。
俺は村人たちを振り切ると、広場をまっすぐ突っ切っていった。逢魔は薄笑いを浮かべている。
——俺なんか、意にも介さずってか。
彼は間違っていない。俺は何の異能も持たない、ただの人間だ。
だが、人間には逢魔にはない力がある。
「本当にどうしようもなくなった時には、天に縋るって力がなぁ!」
神様。これまで信じたこともなかったが、今からでも間に合うだろうか。
妹を助けられたら、後はどうなってもいいから。
どうか、俺に力を——
俺は勇者の剣を手に取ると、そのまま力いっぱい引き抜いた。
剣は、拍子抜けするほど簡単に抜けた。
「俺の日常を、返せ!」
鞘から剣を抜き、敵に向かって駆ける。いつの間にか逢魔の顔から笑みが消えていた。
敵の首筋に向けて剣を振るが、敵はそれをしっかりと見ている。
避けられる、と思ったその時、剣の軌道がぐにゃりと変わった。
赤い血が噴き出る。
我に帰った時、俺はそれを自分の血だと思って身体を確認していた。
だが、違った。
周りの村人たちは、先ほどまでの態度が嘘のように笑顔を浮かべている。拍手が鳴り止まない。
人間は、勝手だ。




