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1.神ってヤツは理不尽でムカつく

初の小説です。

 


 今日は上手くいったな。

 自分でも表情が緩んでいるのが分かる。比較的大きな契約がまとまり、別件で新規の取引先に食い込む取っ掛かりもできた。月初でこの感じならば今月も楽勝だろう、と皮算用する。今月に成約可能な案件を考えながら、指を折っていく。気付けば部下の稲本がしきりに俺の方をチラ見していた。

「神野さん」

 どうやら退社後に予定があるようだ。手早く日報入力を済ませ、明日の準備をしなければ、と考える。

「21時までにはあがれるか」

「マジっすか?」

 稲本は大袈裟に落胆している。友達か、彼女か。なんにせよ、今日の殊勲は彼だ。

「おまえは自分の日報入力だけでいいよ、ただし明日は7時に出社な」

「感謝っす!」

 稲本の表情はパアッと明るくなり、支社に走り出し、すぐに見えなくなった。

 俺は支社の入るビルの入り口前で立止まり、スマホで時刻を確認する。18時を過ぎたところだった。


 ドンッ!と音がした。


 視界が大きくブレた。衝撃を右から受けたと思ったら、眼前に地面があった。どこかボーっとしていた。まるで他人事の様に約2年間愛用していた茶革のビジネスバッグが支社の入り口前に敷き詰められたグレーのタイルの上を滑るのを眺めていた。

 唐突に怒りがこみ上げる。


『ふざけんな!何だよ、バッグに傷が…』


 バッグへ右腕を伸ばそうとして、俺は動けないことに気付いた。

 左側頭部が激しく痛む。同時に全身を激しい痛みが襲い、俺は呼吸の度に飛びそうになる意識にしがみつく。


『タスケッ』


 叫ぼうとしても声が出ない。四肢も動かない。音も聞こえない。ただただ全身が痛くて、重い。頭が割れそうだ。

 だが右視野だけは次第にハッキリとしていく。


 携帯片手にバタバタと走り回る薄いグリーンのスラックス姿はいつもの警備員のおじさんだ。呆然と立ち尽くす青い作業服姿の2人組の内、一人は泣笑いのような顔つきで、もう一人は奇妙に無表情だ。自動ドアの前で蹲み込んで泣いてるOLは他社の社員なのか、見覚えが無かった。稲本がいた。何か叫んでるがよくわからない。スマホを俺に向けている若者はどういう神経なのだろう?

 グレーの石畳風タイルの上に黒い染みが広がって行く。


『俺のだろうな…』


 痛みは無くなったが、寒い。とにかく寒い。


『死にたくない』


 視界いっぱいに黒い女物の革靴が現れた。見覚えがある、というより、良く知っているデザインだ。先月、娘にプレゼントしたものと全く同じものだ。


『麻奈!』


 娘の名を強く念じる。文字通り死力を尽くす。

 身体がビクッと震えた。視界が暗転する。

 静謐が俺を包む。そして


「やっと死んだ」


 麻奈の声が聞こえた。






 ソコは不思議な空間だった。完全な暗黒、とでも言えば良いのか、やたらと濃い闇の中だ。だが自分の姿はハッキリと視認できる。地面の感覚はあやふやだが、直立は可能だ。たぶん座ることもできるし、寝そべることもできると思う。そんな空間でソイツはグラビアアイドルのように胸を強調するポーズで浮かび上がっていた。さらにさまざまなポーズを試しているのか、一々芝居掛かったソイツの動きに俺はイラッとするのを噛み殺し、眺め続け、言葉を待つ。何気なく腰に手を当て、俺は全身が動くのに気付いた。最早、先程の激痛どころか、最近悩み続けていた左腰も痛く無い。もっと言えば快調だ。ここ10年、否20年ではあり得ないほど身体の調子が良い。顔を触ってみれば肌の質感も若いように感じる。その間もクネクネとポージングは続いている。

「いい加減にしろ」

 ソイツは自分の右のこめかみに右人差し指を当てて、悩んだようなポーズで身体をくねらせた後、唐突に直立し、満面の笑みで俺を指差した。

「あなたは死にました。というより、妾が殺した?」

「なぜ疑問系かっ! 」

 俺の罵声にソイツは驚きの表情を見せる。

「だって、あなた、死ぬ準備してたじゃない? だから殺してもいいかな、って…ちょうど良い感じの…あっ、win-winの関係、っていうの? 妾は…」

「待てッ! いやオカシイ! そもそも俺は死にたいなんて思ってないし、準備もしてない!」

 俺は一気に捲し立てた後、大きく息を吐いた。そして「落ち着け俺」と自分に言い聞かせて、何よりの疑問を口にした。

「何故、オマエは麻奈の姿なんだ?」

「…えーっと…サービス? かな、なー? アハハッ」

「ザケンナッ!!!」

 最愛の娘と同じ姿で同じ声。しかも何故かギャル風のメイクにファッションだ。イラつくことこの上無い。麻奈はそんな格好はしない。俺の顔は鬼のようだろう、と思う。

 ソイツはあからさまにたじろいでいた。

 俺は一歩前に出る。拳を固める。ソイツは一歩下がる。

「あの…落ち着いて、ねっ?」

「ナメてんのか?」

 ソイツは更に下がりながら、

「あの…妾…こう見えても…一応、その神様なんで…敬意なりを払った方が良いかなー…なんて、アハハ」

「…ナンカ言ったか?」

 神って、コイツはアホか?

 俺の拳は力の入れ過ぎで、既に白い。

「ボウリョク…ヨクナイヨ」

「暴力? コレは教育ダガ」

「イヤ、グーだし…」

 俺は立ち止まり、わざとニヤッと笑う。

「ホウ、グー以外なら受け入れるのか?」

「無理デス」

 ソイツは大きく首を左右に振った。

「なら、生き返らせろ…オマエ、神なんだろ?」

 ソイツは更に大きく、飛び退く。

「…ソレも無理…妾の言い分も」

 既に表情は必死と言ってもいい。だが俺はコイツに一発食らわすことを決めている。言う通りにコイツが神だろうが関係ない。そして俺が強く踏み出した瞬間、


神威(カムイ)!」


 ムカつくことに麻奈の声で周囲の濃密な闇は明転した。再び俺は動けなくなった。





 果てしなく広がる真っ白な空間で俺は直立している。かなりの時間が経過した。興奮状態だったので判然としないが、体感では少なくとも1時間以上は経っている。

「落ち着いた、かな?」

 ギャル風麻奈の顔で俺を覗き込むソイツはコノハと名乗った。コノハ曰く、日本の女神らしい。

 俺を殺した理由は二つ。

 ひとつ目はコノハの目的に合う魂の中から条件に合うものを探していたら『たまたま俺が合致した』らしい。その条件とは命の代価が明確に設定してあること。俺の場合は『麻奈が将来、経済的に不自由しないこと』だった。俺の加入している生命保険の受取人は、別れた妻から麻奈に変更したばかりだった。

「その上、勤務中で交通事故だから、かなりお得デスヨ、お客さん」

 コノハは誇らしげに胸を張る。

「えーっと、お友達のマミヤさんがちゃんとしてくれますヨ。弁護士とか言うの?」

 学生時代から腐れ縁の小肥り弁護士の顔を思い出す。間宮なら間違いないだろう。おっとりした外見に似合わず、非常に有能だ。そして義理堅い。

 ふたつ目は「前回よりマシであること」らしいが、正直意味不明だ。

「細かいことはヨイではないか」

『なんか急に偉そうだな、オイ』

 動けないし、喋れないので、心中で呆れを呟く。

「やっと落ち着いた? 話を進めてイイ?」

 自称「神」は俺の心中が読めるようだ。

「ダッテ、妾、神ダシ」

 照れたように頰を両手で抑え、クネクネする麻奈のギャル姿の神を見て、俺はいろいろ諦めた。






 コノハは絶望的に説明が下手だっが、ソコは自称「神」だけあり、言葉で伝わらない部分もイメージを直接俺の脳(?)内に送ってくる。説明開始時点こそ、送ってくるイメージが膨大過ぎて、理解が追いつかなかったかが…

「ハァ…異世界ねぇ」

「そう、異世界で妾の使徒になって欲しい」

 コノハの話(イメージ?情報?)を要約すれば、

①俺は死にました。少なくとも麻奈の心配は無い。経済的にはむしろ裕福。この死に方勝ち組!

②コノハに俺を生き返らせる力はない。だから諦めが肝心。

③俺は異世界に転生する(確定事項)。拒否は不可。

④異世界は剣と魔法のファンタジーで夢イッパイ。

⑤異世界で俺はコイツの使徒として大活躍(の予定)。

⑥今なら特典盛り沢山ですぜ、ダンナ。

という事らしい。

「なぁ、帰っていいか?」

「却下します。というか、もう死んでるし」

 コノハはヤレヤレという表現を全身でしやがった。一々オーバーアクションがムカつくな、コイツ。

「仮に生き返っても体はぐちゃぐちゃだし、リアルゾンビパニックだし…この先の人生、 あなたの面倒を見続けるなんて…麻奈ちゃんに嫌われたいのかなぁ。せっかく経済的には裕福になるの決まっていたのにぃ。保険金や賠償金だけでなく、麻奈ちゃんの将来の時間まで奪うことになると、妾は思うの」

 コノハのドヤ顔の解説に、俺は言葉を詰まらせた。確かに俺の近親者は麻奈だけだった。両親も既に他界し、付き合いのある親戚も無い。元妻は冷笑するだけで、俺の世話などするはずが無い。一理ある、と思った時点で負けだ。

「ココは潔く転生した方がみんなハッピーかなって、妾は思うの」

 クソムカつくが言い返せない。

「だいたいこんな良い条件の転生なんて、滅多にないんですけド。大概は手違いだったとか、強引とか、能力チートは一つとか、制限時間有りとか、フォロー無しのぶん投げとか、説明無しとか…」

 コノハは頰を膨らませ、指を折りながら、今回の異世界転生がいかに恵まれている点かを説明しているようだが、俺には全くと言っていいほど理解できない。

「…サッパリわからん。だいたい死後の世界すら今初めて知ったんだ。そもそも異世界転生なんてそんなに有るものなのか?」

「えっ?」

 正に「ナニ言ってんだ、コイツ」って顔だ。俺も実物を見るのは初めてだか。

「流行ってんですけど…本当に知らない?」

「ハァ?」

「ラノベ、読まない?」

「読まないし、興味もないが…まぁ、やたらとタイトルの長い小説が本屋でワンコーナー以上有るのは知ってる…流行っているんだろうなぁ…社の若いのがスマホで読んでいたのは聞いたことがあるか。でも、俺、おっさんだし」

 コノハは一瞬ポカーンとした後、即復活し、

「イヤイヤイヤ…ナイから…神々が流行らせたモノを知らないとか、ナイわぁ…マジ、ナイわぁ」

 まるでダメな子を見る目つき、ってヤツだ。向けられたのは人生初かも知れない。その顔で見るな。ヘコむ。

「仮に流行っていても、実際のところは人の身に分かるわけないだろ。死後の話だし」

「…確かに……なら説明してあげる」

 膨大なイメージが流れ込んできた。






 近年、日本古来の神々には日本人の信仰心不足が深刻化しているらしい。各地に祀られている大神や神話の初源から名があるような神はまだしも、小さな神々は信仰に困窮している。なんせ日本の神々の数は多いし、現代日本人に深い信仰心を持つものは少ない。「クリスマスからの初詣」っていう年末年始恒例の流れに疑問を持つヤツは異端視され、変なヤツのレッテルを貼られるのがオチだ。神前で結婚式を挙げるカップルは知り合いにもそこそこいたが、神式の葬儀に参列した経験はない。知識として、有るのは知っている程度。俺もそうだ。現代において神に縋り、日々感謝する日本人は圧倒的に少数派だ。そして圧倒的少数派も全てが日本古来の神々を信仰しているわけではない。

 やがて国民性や時代の流れを鑑みた日本の神々は異世界に活路を求めた。異世界の民から信仰を得られるかを実験し、もし可能ならば神として進出しようという目論見だ。といっても神が直接異世界に乗り込んでしまえば異界の神々と対峙は必至。乗っ取れるとなったらそれも吝かではないらしいが、数多の異世界に手を出す計画なので目立つのは拙い。この世界よりもレベルが低い異世界のみを狙ってはいるが、世界のレベルが低い=神の能力が劣る訳ではない。故に異界の神々と直接対峙しない為に潜り込ませるコマが使徒と呼ばれる存在だ。

 神々はゲーム、小説、ネット界隈で異世界転生ものを流行らせ、実験の土台を作った。日本の神だけに流行りに流される国民性は熟知している。空想の俺tueeeに憧れてる若者を増やし、死亡時に異世界転生させる際の抵抗感を減らした。現在、異世界で使徒化した元日本人の数は4桁に届く勢いだ。

 だが所詮は実験、全てが上手くいく訳ではない。勇者や聖者、賢帝などと呼ばれる者が出現する一方、想定外の暴走する者は当然いるし、引きこもって何もしない者も多数存在する。辺境で農業者や狩人、街で飲食業や商人ならまだしも、快楽殺人鬼や不可解な殺戮者に成り果てる者も珍しくない。最近では奴隷を買い漁りハーレムを作るなんて輩が増えている。魔王に至っては実験開始当初から一定の割合で必ず現出し、中には大魔王とか名乗る猛者もいるようだ。コイツの担当外の異世界では、どうしても異世界に馴染めず、ホームシックになり、他者には理解不能なロジックを捻り出した上、日本に帰る為に異世界自体を滅ぼそうとした厄災そのもののような奴もいるらしい。

 まあ神が人格まで変えられるなら、直接国民性を変えればいいだけだしな。

「妾の担当する世界も同じナンデスヨ…」

 コノハは大袈裟に溜息を吐き、俯いた後、一転ドヤ顔で、

「…なので原因と対策を考えました!」

 いいかげんウザいな、コイツ。麻奈と同じ容姿なのになかなか慣れない。質問大募集って顔だよな、アレは。

「で?」

「聴きたい?」

 だいたい予想はつく。なので特に欲しい情報ではないが、話が進まない。なによりコイツは話したいのだろうなぁ…ココは大人になっとくか。

「スゴクキキタイナー」

 いかん、棒読みになっちまった。が、そんな俺の様子は無視して、コノハは満面の笑みで説明を始めた。ツヨイ。

相変わらず言葉での説明は壊滅的に下手だか、イメージの補足でよく分かる。と言うより、言葉はいらない気が…。

 内容をまとめると、

《原因》転生者の元々の人生経験値が壊滅的に低い。若死するような健康管理と危機管理能力で、異世界転生に躊躇なく飛びつくレベルだと、かなりの確率でヤバいのが混ざっているらしい。使徒に付与する特典や能力も自制心を無くす原因ではないかと思うが、ソコに言及は無かった。ちなみに自死は候補から外すようだ。人格が変わる訳ではないので異世界でも自死する可能性が高いとか。

《対策》候補者の条件付けを改める。異世界や俺tueee的なものにあまり関心が無いこと。社会的であること。身寄りが少ないこと。そこそこの道徳心と人生経験を有していること。精神的に健康であること。異世界転生を取引(命の代価)として考えられること。異世界転生の目的を説明して、神々の意図を理解できること。そして本来禁忌であるが人材獲得の為、直接(間接的にではあるが)殺すこと。






「で、俺なのか?」

 俺は疲労を感じていた。死んでも疲れからは解放されないようだ。

「まさに妾が考えた通りの人材。その上、死後の整理まで考えていたなんて、タイミングもカンペキなんですけど」

「いろいろオカシイが…」

 確かに久方ぶりの酒席で間宮にもしもの時の相談はした。なかば泣く勢いで後見を頼み、苦笑いで間宮も引き受けてくれた。後日、感化された俺はすっかり手続きを忘れていた生命保険の受取人も変更した。だがそれだけだ。単に安心したいだけだった。少なくとも死んで良いなんて考えてもいない。麻奈と会えないし、成長を見守ってもやれない。再度行き場の無い怒りが湧き上がってくる。そして新たな疑問も。

「俺を(直接)殺したヤツはどうなる?」

 たぶん青い作業着姿の2人組のどちらかだろう。

「サァ? 人を裁く法は知らないけど、捕まってないだけで元々犯罪者みたいなヤツだからね」

 相当な言われようだな、運転していたヤツ。

「何をした」

「えーと、トリップ?」

 運転中にいきなりヤク中みたいな状態にしたのか。よく俺だけで済んだな。

「その上で手足を固定。被害は最小限」

 んっ、ナニカ違和感がある。

「それトリップさせる必要あったか? あと最小限って何だ。俺だけじゃないのか?」

「最小限は最小限…大の男が済んだことで、ぐちぐち言わない!」

 なんで慌てた。なんで左斜め上を見る。なんで口笛。

「神トハ理不尽ナノデスヨ」

「ソレ、オマエが言うか?」


 スパーンッと音が響いた。


 俺は有史以来初の神を引っ叩いた人間になった。いくら涙目の麻奈で睨まれても後悔は無い……


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