1話 あの日
〜バルハーデン王都郊外〜
「兄ちゃんも一緒に外に出てみようよ」
そう言ってジークは窓を開けた。
「ほら、本当にいい天気だ」
自分へと向けられた弟の笑顔は窓から差し込む光によって照らされていた。
「今日はいいや、めんどくせーし」
そんな僕の対応にジークは気に食わないというように頬を膨らませる。
「じゃあ別にいいもん。シスター!ちょっと散歩に行ってきます!」
言うなりジークは外へ飛び出していった。
「ジークはホントに元気ね」
ゆったりとした口調で声をかけたのはこの孤児院のシスターだ。
そう、ここは親なき子達が集まる孤児院なのだ。
この孤児院は王都から少し離れた山の麓に位置し、僕と弟のジークとシスター、そして他の孤児達数人と一緒に暮らしている。
僕たちの父親はバルハーデンの兵士だった。そんな父、母、ジークとの4人で幸せな家庭を築いていたはずだった。だが、ある時父は戦場に赴き、帰らぬ人となった。
母も2人の子を養おうと奮闘したが、こういう時ほど不幸は重なるものである。
母が今でも治療法が分かっていない不治の病いに侵されてしまったのだ。
母はその命が尽きる前に僕たちをこの孤児院に預けた。その時に僕に残されたものは『ルシウス・アーガイル』とい名と、最後の家族である弟と、弟とのお揃いの十字架のペンダントだけだった。だが、それは弟も同様で『ジーク・アーガイル』という名と、1人の兄とペンダントだけだった。
そうだ、孤児院に預けられたあの日もこんな天気の良い日だった。僕が10才で弟が8才、今から2年前のことだ。
「ちゃんと弟を大切にしてあげるのよ」
それほど言い残してシスターは他の孤児達の相手をしにその場を後にした。
「そんなこと分かってますよ」
ーあいつがいなくなったら僕は本当に独りになるってことぐらい
ジークだけは失うわけにはいかないんだ。
「こんなことジークの前じゃ絶対言えないけど」
ポツリと呟いた。
ふと気がつくと日は傾き始めていた。どうやら寝てしまっていたようだ。
ージークは帰ってきたのかな
たまたまそばを通りかかったシスターに尋ねるとシスターは少し不安そうな顔をした。
「それがまだなの。ジークはしっかり者だから大丈夫だと思うけど」
と、そこまで言って最後に一言付け足した。
「最近は吸血鬼も出るってきくし、ちょっと心配ね」
吸血鬼、その言葉を聞いてルシウスは背筋に何か冷たいものが馳しった気がした。
急に不安がこみ上げる。
「ちょっと見に行ってきます」
それほど言い残して外へ出た。
ーきっと大丈夫だ。あいつは天気がいいと少し浮かれてしまう癖があるから、どうせ遠くまで行ってるだけなんだ。
そう思いながら見上げた空は日が沈み出すのと同時に雲が出始めていた。その様子がまたルシウスの不安を増幅させた。
「ジーク!どこにいるんだよ!」
ルシウスの問いに答える声はどこにも無かった。