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ThunderBird  作者: 椿屋 ひろみ
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背広の悪魔

「怖い人、追手かしら」

雪子は目の前にずんと立ってこっちを見下ろす極悪そうな出で立ちの大男に怯えて敦の影に隠れた。

「お前こそ・・誰だ」

男は敦のネックレスを見るなり急に顔色を変えた。

「おいお前、シオンの甥っ子だろ。こないだまでこんなチビ助だったのに大きくなったな」

敦は思いの外親しくする彼に動揺をした。

「シオン?・・誰だよ」

「おいおい、忘れちまったのか?俺はロビンフットのリーダー、エライザだぞ。シオンはお前の叔母さんの二つ名。よくおばさんってからかったな。それにしても随分可愛い嬢ちゃんを連れて来たな」

背後に隠れたままの雪子をまじまじと見た。

「今、変な奴に追われているんだ。助けてほしい」

「そうか、それでやけに外が騒がしいんだな。ここもじきに見つかっちまう」

エライザは瓶のウォッカを一気に飲み干し、部屋の隅で物置になっている派手なバイクに指を指した。

「乗ってけよ。なん百人ものサツから逃げきった世界一の改造バイクだ。あの連中もこのバイクの速さには敵いっこないぜ」

さっそく助手席にプロトを乗せて、立派な低音を放つエンジンをかけ敦は思う以上に性能のいいこのバイクに関心した。

「すごい、今まで乗ったやつよりずっと馬力が出るぞ」

エライザは重いシャッターを片手で開けた。

「そりゃよかった。シオンによろしくな」

「ありがとう、叔母さんにエライザさんのこと伝えておくよ」

「グッドラック」


敦は爆音とともにバイクを突風のように走らせた。

次々と現れる追手はとうとうついてゆけず、曲がり角を曲がりそこない派手に衝突した。

「ははっざまぁみろ」

安心した雪子は敦の背中に頭を埋めた。

「このままお家に帰れるのね」

「そうだ。帰ったらまた旨い料理作ってくれるかい?」

「もちろんよ」


するとカーナビが急に砂嵐になった。

「しまった!なんでこんなときに」

敦は何度も画面を叩いたが、言うことをきかずついに急停車した。

「みんな逃げるぞ」

三人は走って逃げようとしたが間に合わず、目の前に爆風と共にヘリコプターが降り立った。

扉が開き背広姿の長身の男が現れた。

彼を見るなり雪子は酷く怯えた。

「この人よ・・ああ、いやだ」

敦は塞ぎ込む雪子を庇い、男の方を睨み付けた。

「誰だか知らんが今すぐ帰れ」

「やはりお前だったか。知らんとは・・笑わせる。小生はこの十四年間、貴様をずっと探していたからな」

見覚えのない男にそう言われ、敦は動揺の色を見せた。

「・・何のことだ。お前に全く身に覚えがない」

彼は依然として虚勢を張る敦を鼻で嗤った。

「小生はバベル社の顧問弁護士の影島だということは言っておく。あれだけ事が起こったのに覚えていないとは幸せなものだ」

影島は背広から小型銃を取出し、銃口を彼らに向けた。

銃を見てプロトは恐れ戦いた。

「まずいよ。この人、本物の銃を持ってる。電子戦争のときに使われていたレーザー銃だよ」

「これを知っているとは感心だ。そうだ、これはアメリカもののミッドウェー銃だ。フレイヤを返してくれるなら貴様等の命だけは保証してやる」

雪子は急に敦を突き放した。

「やっぱり帰らなきゃ。敦たちをこれ以上困らせたくない」

言っている唇は青く、諤々震えていた。

敦は影島の方に向かう雪子の手首を掴んだ。

「雪子、やめろ。君は自由になりたいのだろう?」

雪子は黙って彼の手を振りほどき、また影島の元まで歩き、振り返った。

「大切な人を傷つける自由なら、私はいらない。・・ごめんね」

目には大粒の涙が溜まっていた。

「我が娘よ!よくぞ帰ってきた」

影島は涙で目を赤くした雪子の首を絞めはじめた。

「悪魔め、何をする!」

人差し指を雪子の口に突っ込んだと同時に彼女の細い腕が人形のようにぶらんと垂れた。

「・・この野郎!」

怒り狂った敦は殴りかかろうとしたがプロトが羽交い絞めをした。

「なんで止めるんだよ!」

「あのレーザー銃は鉄骨も簡単に溶かすんだ。だから今喧嘩を売ると一発で殺されちゃうよ!」

二人のいざこざを眺めていた影島は操縦士に合図した。

「今までご苦労だった。だが、今後一切我々の前に現れるな。そのときは命はないものと思え」

動かなくなった雪子を抱きかかえ、レーザー銃を一発敦の足元に撃ちそのまま飛び去った。


風はコンクリートを貫通した銃跡の煙を燻らせ、二人はあっけにとられ呆然としていた。

暫くして敦の握り拳が震えた。

「畜生・・守ってやれなかった」

天からにわか雨が降り、敦は慟哭した。

プロトは蝙蝠のような翅を背中から出し、黙って傘代わりに彼の頭上で広げた。


雨が上がってすぐに家に帰り、落ち込む敦を慰めながらプロトは玄関の戸を開けた。

渚はいつも通り、寝転がってテレビを観ていた。

「おかえり・・あれ、雪子ちゃんは?」

「影島って男が雪子を連れ去った」

急に渚は顔色を変え、浮かない顔の敦の肩を掴んだ。

「影島!・・あんたたち何もされなかった?」

何も言えなくなった敦の代わりにプロトは応えた。

「ボクたちは大丈夫だけど」

「そうか・・」

そう言ったきり、魂が抜けたようにふらふらと奥の部屋に戻った。


 その夜、プロトがトイレに行った帰りに廊下から渚の独り言が聴こえた。

「・・最悪だよ。なんでまたあいつが」

「どうしたの?」

プロトが襖を開けると渚は涙で腫らした目を隠し布団を被り横になった。

「なんでもないよ。あんたも早く寝な」

「泣いてたの?ボクでよかったらお話聴くよ」

彼は心配そうに背中を撫でた。

渚はまた泣き出しそうになるのをぐっと堪えた。

「あのな・・影島って今日会っただろ、奴は十四年前、姉ちゃんをめちゃくちゃにしたんだ・・それで生まれたのが・・」

プロトは酷く驚いた。

「ということは・・あの影島は敦君のパパなの?」

「そうだ。あの通りあいつは冷酷な奴だから姉ちゃんはあいつから逃げてここで敦を生んだ。でも、いつここがバレてあの子を殺しに来るかと思うと・・怖かった」

プロトは濡れた枕を目にして彼女が今まで気丈に振る舞い隠していた重い苦しみに、胸が潰れる思いがした。

「敦には内緒にしてくれ。こんなこと、知らない方が幸せだから・・」

「・・わかったよ」

渚はそのまま眠った。

プロトは何とも言えない気持ちで彼女の小さな背中を撫で続けた。

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