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ThunderBird  作者: 椿屋 ひろみ
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落ちこぼれの憧憬

 奇妙な同居生活が始まった小柳家では朝からおいしそうな匂いが漂っていた。

いつもは寝覚めが悪い敦はこのいい匂いに目が覚め、顔を洗ってからすぐに台所に向かった。

「おはよう、敦」

エプロンを着た雪子はオムレツと海老サラダを振る舞った。

湯気だけでご飯が食べれそうなくらいおいしい香りが敦の鼻腔をくすぐった。

「初めてお料理をつくったけど、お口に合うか不安だわ」

「こんなにいい匂いだから旨いに決まってるだろ!いただきます」

目を輝かせた敦はためらいなくオムレツにスプーンを差し込み口に放り込んだ。

ふんわりとした卵の中に肉汁を湛えた豚肉ミンチの餡が口の中でいっぱいに広がった。

「旨いっ叔母さんのより旨いじゃないか」

「よりってなによ」

彼の反応に焼きもちを焼いた渚は試しにオムレツを一口食べた。すると表情が変わった。

「これって、いやおかしい・・こんなことありえない」

彼女の異変に気づき敦は食べる手を止めた。

「どうしたんだよ」

我に返った渚は苦笑いをした。

「いや・・なんでもない。おいしいね」

「そうだ、プロトの皮膚ってどこで作ってもらえるんだろう。このままじゃいろいろ不自由だろうし」

プロトは物置にあった一斗缶の機械油を飲み干し応えた。

「ボクね、盛山さんに会いたい。ママの一番親しかった後輩なんだ。彼なら人工生体皮膚を造れるからボクを人間にできるはずだよ」

「盛山さんかぁ・・姉ちゃんの数少ない友達だったな。何かと家に遊びに来てたし」

「母さんの・・友達?」

「ああ、いっておいで。彼なら信用できる」

渚に研究所までの道を登録してもらい、三人はバイクで盛山のもとに行った。



 辿り着いたのはバベル社がある筑波市より西側の小山市にある、山奥にぽつんと建っている全面ガラス張りの温室のような施設だった。

三人が中に入ると、極彩色の鳥がルビーのような花の蜜を吸うため、あちこち飛び回っていた。

「まるで極楽みたいだ・・」

敦はしばらくこの穏やかで美しい光景に見とれていた。

頭に止まって休む鳥を見てプロトは首を傾げた。

「おかしいね。この鳥みんな脈拍が聴こえないよ。まるで生きていないみたいだ」

初めて見る鳥を優しく撫でながら雪子は言った。

「とりあえず奥まで行ってみましょう」

そこらに生い茂るシダを掻き分けると、鸚鵡を肩に載せ山のように肥えた男が床に座り込み、呑気に鼻歌を唄いながら紙やすりで基盤を研いでいた。

彼は敦たちの気配に気づきぬっと振り返った。

「盛山なら僕だよ」

敦は男の顔を一目見るなり指差し、ひどく驚いた。

「あなたはもしかして、モリゾウさん!?」

「こら、人に指差しちゃ失礼よ」

指差す敦を諌める雪子の前で、盛山は豪快に笑った。

地響きするような笑い声に三人は硬直した。

「違うよ、モリゾウは僕の双子の弟。君のことはこの鸚鵡から聴かせてもらった、君が小柳先輩の息子の敦君だね。そして隣にいるのは敦君の彼女の雪子ちゃんに噂のプロト君。会えてよかったよ」

嬉しそうに三人に固い握手した後、そこらに転がっていたペットボトルのお茶をごくごく飲んだ。

「あいつは昔っから目立ちたがりでね。あの通り動画の配信屋してたけど、ある日ひとりの女性に一目ぼれしてすべて投げ出して逃げちゃったんだ。弟には随分振り回されたよ」

「すみません、何も知らずに・・」

さらに大笑いして敦の背中を叩いた。

「いいよ気にしてないよ。そういえばもうお昼ご飯の時間だ。大したものはないけど君達も食べるかい?」

彼の大きな腹時計が鳴り、三人に仮想カップ麺を振る舞った。

プロトは盛山に聞いた。

「この鳥たちはとっくの昔に絶滅したはずなのに、もしやあなたが作ったのですか?」

彼は仮想カップ麺を流し込むように平らげ、肩に乗っている鳥にポケットに入っていたエサをやった。

「そうだよ、ここは鳥類の再生工場。体の欠片さえあれば絶滅した種でも復活させることができるんだ」

盛山は箸を持ったまま顎に手をやった。

「そういえばフレイヤを開発するために、僕が人工生体脳をバベル社に寄贈したことになっていて・・おかしいんだよ。あの会社とは辞めてから一切関わりがなかったのに」

「どういうことですか?」

躍起となって問い詰める敦を見て盛山はまずいことを言ったと思い、口を濁した。


「それにしても君も苦労したね。僕も君のお母さんが反対派に殺されたって思ってないよ。だから、あのあとすぐにバベル社を辞めたよ」

盛山は三人をパイプ椅子に座らせ、缶コーヒーを渡した。

「僕、小柳先輩に憧れていたんだ。おかげで僕は研究者として絶滅した生物を生き返らせる研究をしている。君のお母さんには感謝しているよ」


 バベル社に入ってすぐのことだった。

美雪がいる研究室に配属されたばかりの盛山は基盤がショートして火花が散っているロボットの前で頭を抱えていた。

「なんで僕はできそこないなんだ。いつも先輩の足を引っ張って」

悔しさのあまりドライバーを床に投げつけた。

その様子を部屋の外から見ていた美雪はドライバーを拾い、彼に渡した。

「でも、あなたの不器用さ、好きよ」

彼は半泣きになって美雪に言った。

「なぜ先輩は落第寸前の僕を推薦したのですか。あの入社試験のとき僕よりもっと優秀な後輩がたくさんいたのに」

「優秀?・・立派なプレゼンができてレポートが書けてそれが優秀なのかしら」

美雪はロボットに消火器をかけ、話を続けた。

「勿論、それは世間で言う優秀かもしれない。でもね、面接のときの君の熱心な話しぶりに、なんだかこの会社に入った時の私の姿と重なっちゃってね」

「先輩と・・?」

美雪はにっこり笑った。


 それは美雪が大学を辞めてすぐのことだった。

彼女は社員を募集していないバベル社に無理矢理乗り込み、当時の社長に直談判した。

初代新沼社長は彼女が造った機動心臓を手に感心していた。

「これ、すべて君が造ったのかい?このスペックの心臓を造るに三年はくだらないはずなのに」

美雪は目を輝かせ応えた。

「はい。生憎持ち合わせがなかったので父の形見の腕時計を部品にしました・・私はメンテロイドを造る夢の手伝いをしたいのです!ここで働かせてください!」

社長は彼女の勢いに目を丸くし、豪快に笑ってから節くれだった手で彼女の両手を握った。

「君は才能があり活気があって、それに志がある。ここは思う以上に大変なところだけど、君なら乗り越えられると信じるよ・・一緒に頑張ろう!」

「ありがとうございます!」



美雪は窓辺に向かいカーテンを開け、排気ガスが消え失せて透き通った夜空に浮かんだ月を見上げた。

「今までロボットは人間の道具でしかなかった。だけどこれからは彼等も自分の意思を持ち、人間と共に文明を築く時代が来てもいいと思うわ。今はあらゆる学会から不可能だと言われてるけど、いつか本当にこのメンテロイドを完成させてやるんだ」

「先輩、僕も夢の手伝いをできるようにもっともっと頑張ります。絶対に完成させて学会の人たちを見返してやりましょうよ」

熱くなって思わず手を握りしめた盛山に美雪はくすっと笑った。

「ありがとう、盛山君。やっぱり私に似ている」

盛山の顔が赤くなった。


盛山はあの日の憧憬に目を輝かせていた。

「そのときもあの人は燃える眼をしていた。火の粉が飛ぶように、こう・・キラキラしているんだ。やっぱり親子なんだね。君の眼と一緒だ」

「俺と・・いっしょ・・」

敦は何とも言えない感情に駆られた。

すると、警報サイレンが鳴った。ヘリコプターから数十人もの銃を持った小柄な男が温室の窓を叩き割り侵入しようとしていた。

見覚えのある服装に敦は身を構えた。

「しまった、居場所を突き止められたか」

プロトは不安がる雪子を庇った。

盛山は険しい顔で非常口を開けるレバーを引いた。

「大丈夫。警護システムがあるからここには簡単に入れないよ」

非常口の外は何もなく、見下ろすと森林が広がっていた。そう、この研究所は崖の上に建っているのだ。

「雪子ちゃん、早くボクに掴まって」

雪子はすぐさまプロトに抱き着いた。

「あくまで僕の推測だけど、あの会社には新沼社長に隠れているやつがいる。そいつが一番危険だから気を付けて」

そう言って間伐入れる間もなく、盛山はクリームパンのような丸い手で敦と雪子を抱いたプロトを押した。

「君達の健闘を祈るよ」

三人は後ろ向きで崖から堕ちてゆき、巨大エアバックで跳ね返った。

「盛山さんったら人使いが荒いな、一体ここはどこだ」

敦は強く打った尻をさすり見覚えのあるバイクを見つけた。

どうやらここは研究所の駐車場らしい。


 敦たちを追い出して一人になった盛山は不審者どもを睨み付けた。

「さぁて、厄介者の片付けでもするか」

盛山がボタンを押すと彼らの前に盛山型の風船が天井から落ちてきて急に空気が入った。男は逆上し銃を撃つと派手に破裂し、風圧で男たちは窓から吹き飛んだ。


 三人はバイクに乗り、銃を撃ってくる謎の黒塗りの高級車から全速力で逃げた。

にわか雨のように襲ってくる銃弾を器用にかわし、市街地に着いた。

こっちに向かって叫んでくる謎の男たちを敦は睨み付けた。

「バベル社の奴らか。雪子を取り返すだけでなんて物騒な」

「あの人たちはバベル社の人じゃないわ」

「だったらなんだよ。なんで俺たちを襲ってくるんだ」

すると銃弾がタイヤに当たりバイクが横転した。

「まずい、バイクは諦めて逃げるよ」

彼等はすぐに飛び降りて全速力で走った。エンジンがかかったままのバイクは電柱にぶつかりそのまま爆発した。


三人は商店街でやっている青空市場の間を無理矢理通り、それでも追いかけて銃を乱射する軍団に一般人は逃げ惑った。

辺りが混乱している中、昼間から一升瓶を開けて呑気に酒を呑んでいる老人を見つけ敦は話しかけた。

「すみません、銃を持った奴らに追われているんです。どこか安全な場所はないのですか?」

鼻の頭を真っ赤にした酔っぱらいが涎を拭ってシャッターが閉まった店の方を指差した。

「銃持った奴に狙われるなんざこいつはおもしれぇ。おい坊、この中に隠れな。強ェ奴がいるからよ」

敦は礼を言って三人はシャッターの中に潜り込んだ。

元は自転車屋だったらしく、がらくた以外何もない部屋一面に油臭さが漂っていた。

「おい、誰だ」

肩から指先まで刺青だらけの大男が裏口の扉から現れた。男は海賊のような眼帯をしてそこから火傷のような傷が見え隠れした。

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