表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ThunderBird  作者: 椿屋 ひろみ
17/17

雷の鳥

 レーザー銃で無残にも全身を撃ち抜かれたプロトは無抵抗のまま両手を広げ、脳内に閉じ込められた雪子にもう一度訴えかけた。


「雪子ちゃん、もう一度目を覚ましてよ。みんなキミを待っているよ」


プロトは潰れていない目から光を放ちフレイヤの意識に無理矢理飛び込もうと試みた。

「そうはさせるか!」

影島はフレイヤの眼を腕で塞ぎ必死に抵抗をしたが、雪子の意思が微かに働き、フレイヤは身動きができなくなった。


フレイヤの意識に飛び込んだプロトは暴走する影島のどす黒いタール状の針山を掻き分けた。

「ボクは負けないぞ!」

無差別に攻撃してくる針に刺されながら深層部に潜っていった。


さらに進むと脳内の奥底で雪子は鎖で繋がれていた。

「雪子ちゃん、ボクだよ助けに来たよ」

さっきの攻撃で崩れた体も気にせず、ばらばらと部品をまき散らしながらプロトは雪子の元に潜水していった。


ふと目を覚ました雪子は悲壮な顔で応えた。

「やめて、壊れてるじゃないの」

「そんなの帰ったら敦君が直してくれるよ。今はキミをみんなのところに帰さなきゃ」

プロトは雪子の手を握り、最期の力を振り絞り引っ張った。



すると雪子の鎖が千切れ、フレイヤは雪子の人格を取り戻す苦しみに叫び声をあげ、激しく首を振った。

「やめろ!・・ガラクタの分際で!」


その様子をモニター越しで見ていた三人はもがくフレイヤを眺めた。

「何が起こったんだ・・フレイヤの様子が変わったぞ」

フレイヤの脳波を解析していた昌彦は突然現れた今までの波を飲みこもうとする新たな波に気づいた。

「プロトがやってくれたんだ・・フレイヤが雪子に戻ろうとしている」

敦はぽつりと呟いた。


ついにフレイヤは雪子の人格を取り戻した。

雪子は荒れ果てた世界を前に泣きじゃくっていた。


「・・よかった」


最後の眼が砕け、機械油が滴るプロトはぎこちなく微笑んだ。

心臓が動いている間にも軋みながらあらゆる部品が折れた。

そしてノイズだらけの声でこう言った。


「おかえり・・ゆきこちゃん」



フレイヤは動きを止めた。それと同時にプロトはガラガラと音をたてて粉々に崩れた。


その様子を見ていた三人は思わず目を伏せた。


「プロト・・!!」


雪子は顔を青ざめながらプロトの残骸まで駆け寄り、叫び声をあげた。

叫びは全世界のスピーカーを通して響いた。


「うそ・・プロトが・・死んじゃった・・ごめんなさい」


雪子は震えながら、動かなくなったプロトの心臓を抱きかかえ何度も謝った。

その様子を見た敦たちも涙を流した。




その頃、病室で呼吸器に繋がれ昏睡を続ける新沼はプロトの内臓部を完成させたときの夢を見ていた。

プロトの前で自分が作ったボディーの設計図を広げ、美雪と一緒に嬉しそうに眺めてこう言った。


「この子には世界中の人間に愛される美少女の体を与えよう」


新沼はプロトを撫でようと手を伸ばした。




それと同時にプロトの心臓が光に包まれた。


あまりの眩さに雪子が思わず手を放すとプロトは完成するはずの可愛らしい幼い少女になった。




病室に来てから一睡もせずベッドで祈っていた大智はふと気配を感じたので父の方を見遣ると驚いた。


新沼が満面の喜びを湛えた表情で天に向けて手を伸ばしていたのだ。

「父上が意識を取り戻した!!」

大智は驚きと嬉しさのあまり震えが止まらなかった。彼はすぐさま椅子を蹴倒したことも気にせず、担当医を呼びに病室を飛び出した。




「人間の体だ・・ボクやっと人間になったよ」

「よかった!プロト愛してるわ」

雪子は喜んでプロトを抱きしめた。



その様子を三人も大喜びで万歳をした。


敦は雪子のスピーカーに繋がるマイクを通して話しかけた。

「雪子、プロト帰ってこい!また一緒にいられるよな」


すると雪子の表情が曇り首を横に振った。

「ごめんなさい・・私たち呼ばれてるの」

「どういうことだ?」


彼女の目線の先には眩い光が蠢いていた。

「これは一体なんだ・・空間が呼吸しているみたいだ」

昇はこの光の美しさに息を呑んだ。

「もしかしたら、まだ人類には証明できない世界かも。死後の世界みたいな曖昧なやつだろうね」



雪子は敦に言った。

「お願い、私たちがこの光の向こうに消えたら消滅のパスワードを打って。人類にメンテロイドは早すぎたわ。だから私たちをなかったことにして欲しいの」


画面にはパスワードを要求するウィンドウが開かれていた。

「いやだ・・そんなことをしたらプロトも雪子も消えてしまう」

雪子はにっこりと寂しそうに笑った。

「世界から消えてもあなたの想い出の中にはいるはずよ」




「やめてくれ、そこには行きたくない。今すぐ引き返してくれ」

フレイヤの人格を雪子に占領され、すっかり脳の中に閉じ込められた影島は雪子の目の中で叫んだ。


影島の声を聴こえない振りした雪子はプロトに手を差し出した。

「行こう、プロト。次の世界はもう始まっているわ」

「ボクね、キミを救いに敦君たちといっぱい冒険したんだ。危なかったけどすっごく楽しかったよ。次も楽しいことが待ってるかな?」

「きっとそうに違いないわ。だってあの世界の向こうでたくさんの人たちが私たちを呼んでいるもの」




プロトは小さな手で雪子の手を握った。


「愛満ちる世界に幸あれ」


心を持つ二人のメンテロイドは人類にはまだ証明できない空間の向こう側へと歩み始めた。




敦は心を決め、この世で三人しか知らないパスワードを入力した。


「さよなら、母さん」


大画面で映し出される、光の中に消えてゆく二人の様子を見届けながら呟く敦の頬に一筋の涙が伝った。

そしてエンターキーを押した途端、光が広がり全世界のネットワークが爆発音とともにノイズに包まれた。

爆発は丁度、雷を身に纏い天高く羽ばたくサンダーバードが横断するように次々と停電が起こり、ついに世界は静寂と暗闇に包まれた。




しばらくして三人はテレビ局を出た。

「どうしたんだろう・・外が異様に寒いぞ」

鼻に冷たいものが当たり、空を見上げた昌彦は驚いた。


「あれは何だ!」


月明かりだけになってしまった空から綿のような雪が降ってきた。今まで地球を覆っていたマイクロ波が消滅し八月に冬型の気圧配置になるという異常気象をもたらしたのだ。

深々と降り注ぐ雪に当たりながら二人は天上を眺めた。


「雪子ちゃんが残していったのかな。きれいだね」


白い息を漏らしながら敦は天に向かって思いっきり叫んだ。


「ありがとう、雪子」




あれから3か月がたった。


全世界を巻き込んだ歴史的なネットワーク障害はまだ続いていた。


雪子とプロトのおかげで洗脳された人々はすぐに正気に戻り、被害が最小限に留まった。

それに引き換え、仮想物質がただの粉になってしまった今、車も街の電光看板もただの鉄くずになり、都会は異様な静けさに包まれていた。

正気に戻った渡良瀬は報道機関が麻痺したことを良いことに一連の事件をすべて影島のせいにしてすぐさまクレスカス共和国に行方を眩ませた。




渚から貰った改造バイクの、ラジオから気の利いた音楽が流れる中、敦はコーヒー缶で手を温め、父の見舞いを終えて家まで連れて帰ってもらっている大智と一緒に夜明けを待った。

「大智の父さん、意識が戻ってよかったな」

手に白い息を吐き俯きながら大智は嬉しそうに微笑んだ。

「まだ脚の打撲が治ってないからもう少し入院は必要だけど、脳波が安定しているからなんとかなるってお医者様から言われました。また明日の夜にでも見舞いに行きます」

「そうか、早くよくなるといいな」



一方、新沼社長は病室の窓を眺めていた。彼の側で新沼の妻が編み物をしながら椅子に座っていた。

「なぁ、幾恵」

幾恵は今まで寡黙だった彼が自分から喋りかけてきたことに驚いた。

「どうしたのですか?まだ痛むのですか」

新沼は窓を眺めながら話し続けた。

「いや、そういうことじゃない。いつの間にか大智は大きくなっていたなって」

ほっとした幾恵は再び編み物を続けた。

「だって十四歳ですもの。この時期の成長は早いですよ」

「仕事ばかりで碌に家に帰らない私を恨んだりしてはないか?」

「恨んでいるなら貴方を助けたりしないじゃありませんか。こうみえてもあの子は貴方のことを尊敬してますよ」

「そうか、そうだな」

また喋らなくなったが、しかめっ面だった彼の顔は微かに弛んでいた。


机には親子の写真が立てかけてあった。



敦と大智のところまで昇が手を振りながら駆けてきた。二人の前で息を切らしながら言った。

「みんな、グッドニュースだよ。あのスス一〇八の運転しているところを見た人からたくさん要望があったらしくて、近々鉄道を復活させるって」

「よかったな、昇。夢が叶ったじゃないか」

「昇君、君の嬉しいニュースはそれだけじゃないでしょ」

大智は昇に向かって微笑んだ。昇は気づき、敦に嬉しそうに話しかけた。

「あとね、さっき速報を見たんだけど、」


すると三人のいる近くの道路で無音のパトカーが止まり、昌彦がふらふらと現れた。

「昌彦、大丈夫か?」


敦は心配して昌彦のところまで駆け寄った。昌彦は顔をあげるとにっこり笑いピースサインをした。

「証拠不十分で無罪だってさ。おいらも運がいいぜ」


嬉し紛れに敦は昌彦に拳骨をした。

「この野郎!調子にのりやがって。二人とも知ってたのか」

「今言おうとしたところだよ」

昌彦は殴られたところをさすった。

「まさか出所した途端、敦に殴られるとは」

みんな可笑しくて笑いあった。


「ゴーグルも壊れちまったし、これでテクノ小僧はやめだ!」

昌彦はニット帽を脱ぎ、河原に投げ捨てた。清々しい表情で金髪の短い前髪を掻き分けた。



そして、あどけなさを僅かに残した4人の青年が東に向かって進んでいった。


かつて地中に埋もれていた幻の鉄道の線路が晒されて次第に光を放ち昇る朝日まで果てしなく続くこの道を。

今まで小説ThunderBirdを応援していただきありがとうございます。

この話にて最終回とさせていただきます。


アトリエ輪廻転生のスタッフ総出で立ち上げたこのプロジェクトが、十年間の構想期間を経てやっと皆様の元に届けられたこと、温かい応援の言葉をもらったこと真に感謝しております。


今回は三部作のうちの一作目。

次の掲載はまだ未定ですが、引き続きお付き合いよろしくお願いします。


また会えますように・・

ホント、アリガトね


アトリエ輪廻転生

花影 秘子

椿屋 ひろみ

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ