Mother
昌彦は涙と鼻水を垂れ流しながら、フレイヤの攻撃を防いでいた。
昇は意識が戻らない敦を抱えたままスクリーンを見た。
「もしかして、敦君はプロト君をフレイヤのところまで連れて自分は死のうとしてたのじゃ・・」
弱気になる昇に怒鳴りつけた。
「やめろよ!おいらはそんなくだらない推測、認めないからな」
プロトはミッドウェー銃を片手に暴走するフレイヤから逃げ纏っていた。
「くたばれ不良品め!」
無様に逃げ続ける彼をフレイヤは嘲笑った。
「どうした、攻撃する術もないくせによくここに来たな」
避けきれずレーザーが当たりチューブが千切れ、機械油が飛び出した。
昌彦はマイクに向かって叫んだ。
「早くフレイヤの電源を消して!でないと君が動けなくなると誰も止められないぞ」
プロトは耳から出ているマイクで応えた。
「だめだよ・・フレイヤの中には雪子ちゃんがいるんだ。壊す訳にいかない」
フレイヤは話し相手がいることに気づきプロトのマイクを破壊した。
「次は頭だ」
「雪子ちゃん、起きてよ!君を傷つけたくないんだ」
大声で呼びかけたプロトに雪子が目を覚ましたのか、フレイヤは混乱し頭を抱えた。
「黙れぇ・・!」
一方、ネット空間の塵と化した敦は夢と現を彷徨っていた。
朝も夜もない闇の中で消えては浮かぶ光の粉が揺らぎ、不定形の形を保ちながら漂い続けた。
すると闇の中から巨大な手が現れそれを両手でひとつ残らず握りしめた。
ここは昼下がりの穏やかな陽の当たるベランダ。
大きなイチョウの木の下の揺り籠に揺られてきゃっきゃ喜ぶ赤ん坊の頃の敦がいた。
風に靡く真っ白なシーツからエプロン姿の美雪が現れ、頼れる腕で赤ん坊を抱きかかえた。
敦のまだ生え揃っていない柔らかな髪についたイチョウの葉を取って風に流して美雪は彼に向かってこう言った。
「あなたはいつかこの幸せを忘れてしまうかもしれない・・でも忘れないでほしい。私は消えたとしても世界があなたをずっと愛してくれるわ」
その言葉でみるみるうちに赤ん坊から十四歳の姿に戻った敦は母の手を握っていた。
「・・母さん」
今までの想いが雪崩のように溢れ何も言えなくなった敦の手をゆっくり握り返し、美雪は成長した彼を安心した目で見つめ、たった一言呟いた。
「生まれてきてくれてありがとう。敦」
母の眼差しのまま美雪は彼の手を放し闇の中へ消えていった。
急に日が翳り、彼は再び闇の中に落ちた。
体中に残る母の咽返るほどの体温に胸が苦しくなった。
「母さん、母さん・・」
この温もりが消えてゆくことに身を切り裂かれそうなほどの寂しさを感じた彼は時のない空間でずっと蹲っていた。
すると遠くから自分の名前を呼ぶ声が聴こえた。
だんだんとそれは鮮明に聞こえてきた。
「雪子・・!」
「むかえにきたよ。みんなまってるわ」
雪子はにっこり微笑み、敦の手を引いた。
すると急に視界が広がった。
無事にネット空間から帰って来れたのだ。
まだ朧げな視界の中で昇が涙を流していた。
「・・よかった、帰ってきた」
「俺、母さんに会ってきた。ネット空間だったのか、夢だったのかわからないけど、あたたかい笑顔の人だった」
スピーカーから爆音がしたので画面を見た昌彦は指さし、諤々と震えた。
「おい、あれを見ろよ」
昇は塞ぎ込んだ。
「どうしよう、助からないよ。この世界も終わりだ」
それは今にも崩れそうなプロトの姿だった。