最後の闘い
影島に人格を乗っ取られたフレイヤは六華テレビの最上階にある管制室にいた。
巨大なテレビモニターに映る混沌と狂気に包まれた下界を眺め、ほくそ笑んでいた。
「美雪の右脳に小生の左脳・・もうすぐフレイヤは神になるのだ!」
六華テレビに着いた四人は非常階段を駆け上がった。
敦の胸中は今まで犯した影島の業に怒涛の怒りを廻らせていた。
「影島・・これで最後だ・・もうあんたを許さない!」
管制室の前でプロトは息を呑んだ。
「ここに間違いない。影島はここにいる」
「よし、奴が逃げる前に入るぞ!」
敦はドアを思いっきり開けた。
「雪子!」
敦は薄暗い部屋でただ一人いる雪子の背中に向かって叫んだが、反応がない。
その代り不気味な笑い声が漏れた。
「・・まさか」
聞き覚えのある笑い声に全員の背筋が凍りついた。
「今、雪子が影島に乗っ取られたと察しただろう?半分は合っている。だが、まさか小生の脳がフレイヤの中に移植されたとは思うまいな」
絶望色の瞳のフレイヤに影島の姿が重なった。
「ば・・馬鹿野郎!」
敦は目を見開き、全力の拳で頬を殴った。
殴られたフレイヤは突っ立ったまま影島の冷血な目で呟いた。
「神に手をあげるとは感心せんな」
もはや誰も涙を零しながら殴り続ける敦を止めることができなかった。
「何が神だ!雪子を返せ・・かあさんを」
フレイヤはふと顔色を変えた。
「かあさん・・?」
「やっぱりそうか、会った時から予感はしていた。本当は俺の親父だっただろ?影島」
影島はケラケラ笑った。
「それなら話が早いな。お前は確かに俺が美雪に乱暴して生まれた子だ。下せば互いに楽だったのにお前の母親はわざわざ俺から逃げて産みやがった・・」
敦の眼は涙で溢れていた。
「じゃあ・・なんで母さんは俺を産んだ」
「そんなの、知るか!お前のことなぞ最初から邪魔だったのだ。本当はこっちから殺しに行くつもりだったがもうその必要はない」
醜悪な顔をしてフレイヤはスチール缶に入った仮想物質を頭から被り、姿を消した。
「まずい!ネット空間に入った」
昌彦が指差すとモニターに悪意に満ちた顔をしたフレイヤが映った。
「愚民どもよ混沌の世に無様に這いつくばり、私に畏敬の念を抱き神と崇めよ!」
タワーの外では原型のない人間が影と混じってうねりをあげていた。もはや現代芸術気取りが造った粘土細工のオブジェのような物体がビルの隙間を踊り狂っていた。
放送室から街の様子を見ていた渡良瀬の顔中に脂汗が流れた。
「こんなはずでは、ああ、きもちがわるい。まるで私があの装置に操られているようだ」
するとドアを破ってあの不気味な民衆がやってきた。
「おい、やめてくれぇ?」
遂に渡良瀬も目をひん剥き発狂を始めて彼等の中に混じって溶けた。その拍子に装置が炎をあげて壊れた。
ネット空間に身を移し、もはや敵なしになった影島は手当たり次第にあらゆる人間の精神を破壊しまわった。
数分も経たないうちに世界は完全に正気を失った。
昇は頭を抱えた。
「もうだめだ、僕たちも世界もおしまいだ」
暫く呆然としていた敦は呟いた。
「まだだ・・俺たちにできることがまだあるはずだ」
プロトはモニターのコードを引っ張りながら言った。
「そうだよ!ボクがネット空間に入って影島をやっつけてやるよ」
敦はプロトの手伝いをした。
「俺もついて行く。奴は何をするかわからない。それに対抗するハッカーも必要だろ」
それを聴いた昌彦は激しく引き留めた。
「だめだよ、過去何百人もの人が試して失敗したことを知ってるだろ。人間がネット空間に入るなんて下手したら意識が向こうにいったきりになって一生植物人間だよ」
「大丈夫。だって俺はトレジャーハンターだぜ。どんなところからでも帰って来るさ。信じてるぞ、テクノ小僧。うまく動かしてくれよ」
「そこまで言うなら、絶対に帰ってこいよ・・友達を失うのは嫌だからさ」
彼はゴーグルを外して敦に手渡した。
「ありがとな、昌彦」
照れくさくなった昌彦はニット帽を深く被り、プロトの背中のコードをモニターの端子に繋げた。
「それじゃあいくよ。三…二…一…」
昌彦の掛け声でプロトと敦の意識はネット空間に吸い込まれた。
原子単位で粉々になり吸引されネット空間で形状化された。
ゴーグル端末を起動させた敦はさっそくアングラネットにあるサイトにアクセスし、フレイヤのいるサイトを探すことにした。
二人は順調に進んでいったがプロトは不安そうだった。
「これでお別れにならないよね」
「何言ってんだ。雪子を連れて帰るぞ」
プロトは一瞬真顔になった彼に嫌な予感がした。
「・・そうだよね」
ゴーグル端末に映し出された幻影のキーボードを叩きフレイヤがいるサイトに近づいていった。
そしてついに目的のサイトの扉を見つけた。
何故か端末からカウントダウンをする声が聴こえた。
「19・・18・・」
「なんのカウントだろう?」
首を傾げるプロトに敦は急に笑い始めた。
「そうか、そうだった。プロト、俺はこれ以上進むことができないから帰る。後は頼むぞ」
何が起こったかわからないままプロトは敦からネックレスを受け取った。
「うん、ボクがんばる。絶対に雪子ちゃんをこの世界を守るよ」
プロトはすべての期待を背負い扉の向こうへと進んでいった。
敦の体からドットの粉が舞っていることに気付かずに。
扉の向こうにはフレイヤが銃を構えて待っていた。
「時間切れだ、敦」
プロトが振り向いた途端、敦の体が光の粉になり破壊された。
彼の異変にいち早く気付いたのは昌彦だった。脳波が緩慢になっているので焦ってプログラムを組み返した。
「まずいよ、敦の意識が消えかけてる」
何度入力してもエラーが起こり、ついに波形は消えた。
昌彦はキーボードを両手で叩き、大声で泣いた。
昇は煙が上がっているゴーグル端末を敦の目から外し、何度も体を揺すった。
「ねぇ起きてよ・・敦君・・」