守られていた存在
泣き崩れる大智は集中治療室で眠ったままの父を眺め、窓ガラスを何度も叩いた。
「父上・・・・父上・・」
その様子を見た敦は彼の肩に手を乗せた。
「新沼もぼろぼろじゃないか。早く休めよ」
敦はいつもの自信に満ちた態度でない彼を前に少し戸惑っていた。
大智は涙を拭い首を横に振った。
「父上とはもう数年も会っていなかったのです・・あのとき寄り道なんかせずに早く会社に着いていれば・・」
かける言葉が見つからないまま黙った。
大智はぽつりと話し始めた。
「ひとつ、小柳君に言わなきゃいけないことがあります」
「・・なんだ?」
さらに彼の目から涙が零れた。
「父上は小柳君のお母さんを死なせてしまったことをずっと後悔しています・・だからせめて影島に見つからないように君のお母さんのデータをこの世から消し去って君の居場所も隠し通していたのです」
「そんな・・俺、新沼の父さんに守られていたってのか?・・でもなんで・・」
ふと悟った敦は自分の頬に涙が伝ったのを感じ、背を向けた。
二人はしばらく背中合わせで涙を零した。
すると昇がこっちに駆けて来た。
「敦君ここにいたのか!プロト君の充電が終わったからもうすぐ出発するよ」
大智は敦に言った。
「一緒について行っていいですか?私も父上の敵をとりたい」
「新沼はここで父さんの帰りを待ってな。敵は俺らが討ってくるから」
彼は安堵の笑みを浮かべた。
「ありがとう、小柳君」
「意識が戻ったら、君の父さんにありがとうと伝えておいてくれ」
「約束します」
敦と大智は固く手を握った。
そして大智を残し四人は病院を後にした。
その頃、六華テレビの本社でフレイヤが帰ってきたことへの記者会見が開かれた。
控室でメイク係の女がフレイヤに話しかけた。
「あら、今日は付き人がいないわね」
メイクを終えた彼女は黙ったままその場を去った。
街中の画面に黒いワンピースを身に纏ったフレイヤの姿が映し出された。
会場では十数個のフラッシュがフレイヤに向けて代わる代わる焚かれた。
席に着くとフレイヤは俯きながら喋り始めた。
「今まで行方不明になってごめんなさい」
すると人格が変わったかのように瞳孔を見開き、引き攣り笑いを始めた。
「・・そして貴方たちは狂っているのです」
その言葉が引き金になり、その場にいた人が急に笑い始めた。
「計画を始めるぞ、新しい世界の始まりだ」
渡良瀬は手薄になったテレビ局の機械室で思考支配装置の操作を始めた。
ボタンを押すたびに世界の平衡は乗数のように狂い始め、たちまち混沌に堕ちて行った。
兵士が大声で笑いながら銃を逆さまに持ちながら撃ち合いをし、今まで渡良瀬の下にいたヤクザは恵比須顔で大根で腹を切り、女子高生は意味もなく踊り狂った。
しばらくすると街中に民衆によるキノコバエの幼虫のような物体が出来上がっていた。
「いいぞ、これぞ日本が生み出した最強の兵器。太閤平安なれ、天晴天晴」
渡良瀬の望む世界が着々と出来上がっていった。
「なんだ、みんな狂ってる」
この異常な光景に昌彦は唇を震わせた。
「渡良瀬の仕業だ。あいつが思考支配装置を使いだしたんだ」
敦は眉をひそめた。
絶望的な空気を感じ、プロトは三人の背中を叩いた。
「みんな気をしっかり持って。あの狂気は油断するとどんどん浸食するよ」
敦はプロトの肩を揺すった。
「渡良瀬はどこにいる。早く止めないと」
プロトはめでたき阿波踊りの行進の流れを眺め考えた。
「あの装置には電波を送信する環境が必要だから・・」
昇はビルの隙間から見える大きなアンテナに指差した。
「テレビ局だ!ここからだと六華テレビが近いよ」
「そうか!ありがと昇君」
敦たちはすぐさま六華テレビ局に向かった。