機械の体
バベル社本社の応接間に影島と昌彦がいた。
観葉樹以外無機質なしんとした空間に革のチェアーはあったが立っていた。
影島の腕には露出の多い服を着た本多が嬉しそうに纏わりついていた。
「ところで君はあの子たちを殺し損ねたようだな。濡れた布を振って殺したなんて騒いで我々を欺いたね。こんな幼稚な手段で小生を騙すなんて」
昌彦は鼻で嗤った。
「悔しいだろ?そんな幼稚な手段に易々と引っかかっておいらも笑っちまった」
影島も一緒に笑っていたが急に銃を昌彦の心臓あたりに突き付けた。
怒り心頭のはずなのに異様な笑みを浮かべていた。
「よくも逆らったな。君に用はない、消えてもらおう」
目を見開いた昌彦が息をする前にレーザー銃が貫通した。
彼の胸から大量の血が吹き出し、ばたりと倒れた。
その様子を含み笑いをしながら見ていた本多は彼の呼気を確認して影島に言った。
「あーあ、死んじゃったね。やっと生意気なガキのお世話をしなくて済むわ。よかった」
「さあ行こう。明日の打ち合わせのことで新沼氏に連絡する」
二人は灰色の絨毯に広がる血の海で横たわる昌彦を残して去った。
敦ら三人は雪子に会わせてやると影島に約束された競技場に着いた。
夜の競技場は一段とひんやりとしていた。
トラックの真ん中に雪子が無表情で立っていた。
「雪子、無事だったか?」
さっそく見つけた敦が雪子の元に駆け寄った。
するとどこからか微かに弾を入れる音がしたので昇が叫んだ。
「敦君止まって!」
敦が後ろを振り向いた途端レーザー銃が発射された。
「誰だ!出てこい卑怯者!」
間一髪のところで命中を逃れた彼は掠り傷の血を拭い、辺りを見回した。
すると雪子の後ろで聞き覚えのある男の笑い声がした。
「命が惜しくて逃げるだろうと思ったらまさか本当に来るとは。愚か者め」
急に雪子のところに目が眩むほどの照明が当たり影島も映し出された。
「お前の言った通り来てやった。雪子を返せ!」
「雪子って、なんのことだ」
影島が手にしているリモコンのボタンを押した途端、雪子が消えた。
敦は騙されたことに気づき全身の血が煮えたぎる怒りがこみ上げてきた。
「騙したな!本物の雪子はどこにやった!」
影島は彼等の戸惑う様子に大声で嘲笑った。
「大人の言うことをまともに信じるとは愚かなガキ共だ。安心しろ、彼女はバベル社の研究室で眠っている」
背広の内ポケットに手を突っ込み、同じところを行ったり来たり歩きながら話し続けた。
「そういえば、今までどんなことでも喜んで従ってきたフレイヤが顔を合わせるたびに罵倒するようになったな」
「これが本当のフレイヤだからだ。あの子はもうふざけたプログラムから解放されて一人の女の子になったんだ」
「女の子・・笑わせてくれる。たかが機械だぞ」
「何度も言うぞあの子はお前の人形じゃない!!」
するとまたどこからか銃弾が敦の頬を掠めた。
「今、暗くて見えないだろうが私の頼もしい見方が君たちを包囲している。下手に動くとどうなるかわかっているだろうな」
「クレスカス共和国のやつらか?」
影島は一瞬驚いた様子を見せたが、すぐに落ち着きを取り戻しぼそりと呟いた。
「隠れていないで姿を見せたらどうだ、テクノ小僧」
睨み付けた先に雀斑だらけの赤いニット帽をかぶった小柄な少年が観客席の一番高いところで立っていた。
「ばれてたか。おいらも混ぜろよ」
「昌彦君!無事だったんだね」
昌彦は昇に向かって乱食い歯をみせてにやりと笑った。コートの裏の仮想防弾チョッキがトマトジュースで濡れていた。
「こんなことで死ぬわけないじゃん、おいら天下のテクノ小僧だぜ?」
「しぶとい奴だ・・今度こそ殺してやる!」
「それはこっちのセリフだ。よくもおいらを殺そうとしたな」
すると昌彦はポケットから小さなチップを取り出した。
「これはなんだ?」
余裕の表情でいる彼に影島は驚いた。
「いつの間に!小生の脳内チップじゃないか」
「おじさん、これがないと困るんだろ?可哀想にハッカーのおいらに盗まれちゃってどうしようかな?」
そう言いながらチップをゴーグルに挿した。
影島は昌彦を見てにやりと笑い、大声で叫んだ。
「ヴェド・ナブチェ(静止せよ)」
銃を構えていた兵士が一斉に直立不動になった。
昌彦はゴーグル端末で操作をしたがエラーが起こった。
「まさか、おいらのコマンドを受け付けない」
急いで一面に広がるコードを眺めると目を大きくした。
「くそっどんなプログラミングをしているんだ。こんな言語みたことない・・空白だらけなんだよ。こんなの普通なら動くはずないんだ・・まさか、サイボーグ」
全身の血の気が引ける思いがした。
「やっとわかったか。俺はフレイヤと共に生きるため心臓を改造して永遠の命を手に入れた。そのフレイヤは小生に忠実だった。なのにお前達のせいで・・!」
「この野郎!まだ言うか」
敦は拳を握りしめ、風を切って殴りかかった。
「だめだ・・敦!敵いっこないよ」
昌彦が叫ぶが否や影島は敦の鳩尾を殴った。
人並み外れた拳の衝撃に吐いた。
「勢いだけの青二才が大人に舐めた口を叩くな!」
影島は笑いながら、横たわり咳込む敦の頭を何度も踏みつけた。
すると遠くからエンジン音と共に勇ましい曲が聞こえた。
「なんだ・・近づいてきているぞ」
「ヴェド・ドゥヌ(攻撃、準備!)」
突然軍歌が爆音で流れている、派手に装飾したバイクの集団が入り口から突っ込んできた。
クレスカス軍は一斉に銃を構えたがあまりの威勢に気後れした。
奇抜な特攻服を身に纏った渚は竹刀を片手に鬼の形相で影島に怒鳴りつけた。
「あたしの可愛い甥っ子になにしてくれる!この子たちに指一本でも触れたらただじゃおかないよ」
追い詰められた影島は見回した。ロビンウッドだけでなく都内の暴走族全員を敵味方関係なくこの戦いのために集まったのだ。
「世間のゴミめ、何人集まろうと同じことだ」
「あんたみたいに賢くないけど、ゴミみたいな根性したあんたにゴミだと言われるくらい落ちぶれちゃいねぇよ」
渚の言葉を聴いたエライザが豪快に笑った。
「ありがとな、シオン。こんな楽しそうな集会に呼んでくれてうれしいぜ。久しぶりに派手な喧嘩をしたくなった」
「やるぞ、傾奇者は永遠に不滅だ!」
エライザの威勢のいい一言で一気呵成、軍隊目がけて拳と竹刀で殴りかかった。
敵がミッドウェー銃を撃つも怖いもの知らずの彼らには無意味で武器の演習しかしなかった軍隊は銃を取り上げられどんどん倒れて行った。
「なんて野蛮な奴らなんだ・・ここはひとまず退散しなければ」
不利な状況になった軍隊に慌てふためく影島を見つけ暴走族三人が彼を取り押さえた。
「こいつ、逃げようとしたぞ!」
「やっちまえ!」
その頃、競技場の門前で渚は四人を見送った。
「早くバイクに乗って雪子のところにいきな。影島はなんとかするから」
「ありがとう、渚叔母さん」
「みんな、生きて帰れよ」
敦は改造バイクの後ろにプロトを乗せ、あとの二人はそれぞれ渚の仲間のバイクに乗った。
そして風を切り軌道を越えて自由に走る改造バイクを走らせた。
渚はグラウンドに戻り、取り押さえられた影島を前に指をクラッキングさせた。
「あんたの仲間はみんなやっつけたよ。観念しな」
影島はにやりと笑った。
「俺がそんな状況でここに来ると思ったか、低脳ども」
「まさか・・!」
彼女が予感した通り、影島は大声で嘲笑して消えた。
筑波に向かう高速道路でバイクを走らせ外はすっかり朝になっていた。
昌彦はふと思い出したように隣のバイクにいる敦に話した。
「影島が敦に映像を送ったから競技場まで行ったけど、変なんだ」
うとうとしていた敦は目が覚め、応えた。
「なにが変なんだ?」
「おいらを銃で撃ったとき影島が新沼氏の明日の打ち合わせがどうとか言ってた・・そんなときにこんなこと、しないよな」
プロトは思わず大声になった。
「もしや、あれは偽物だったのか?それじゃあ新沼社長が危ないぞ!」
「バベル社の本社って新宿だから反対方向だよ」
カーナビを見ると常総市の境界線を越えたところだった。
「まずいよ、これじゃ間に合わない」
プロトは焦る敦に訊いた。
「ねぇ、このタービンってVES型かい?」
「そ・・そうだけど」
するとプロトは自分でお腹から基盤を出しバイクの部品を組み込みだした。
「おい、こんな時に何してるんだ」
「ボク、自分で改造ができるんだよ」