テクノ小僧のゴーグル
「テクノ小僧、なんでここにいる。まさか影島の手先なのか?」
時速30キロの風を受けながらテクノ小僧は電車の連結部を掴んでいる。
「そうだ。まさか足が滑ってこんなになるとは思わなかったが」
敦は手を伸ばした。
「助けてやるから手を貸せ。昇、速度を下げれないのか」
運転席にいる昇は何度もブレーキを確かめて叫んだ。
「発車と停車しか知らないから無理だよ。ここで停車なんかしたら車輪に巻き込まれちゃうし危ないよ」
テクノ小僧は彼らに向かって叫んだ。
「お前らの助けなぞいるものか!」
敦は強がる彼を鼻で嗤った。
「そうか、じゃあ明日の夕方までそのままでいるんだな」
彼の言葉にドキッとしたテクノ小僧は目を逸らし、「助けて」と呟いた。
三人がかりで彼の腕を引っ張りやっとのことで助けた。
するとテクノ小僧は彼等の隙を見てベルトに掛けていたレーザー銃を向けた。
「敵を助けるなんて間抜けだな。影島さんの命令で死んでもらう」
彼の恩知らずに昇は怒った。
「酷いじゃないか!なんでこんなことをするんだ」
「お前らには関係ないだろ。影島さんから殺せって言われたんだ」
銃を持っている手が震えているのを見て、敦はプロトに目くばせしてテクノ小僧に話しかけた。
「テクノ小僧、お前は影島に利用されているんだ。早く目を覚ませ」
「目を覚ます?おいらはこのミッションに失敗したら刑務所に返されて殺されるんだ。国家機密を触った罪で死刑だってよ」
自棄になって嗤う彼に昇は涙ぐんだ。
「なんで奥田君が殺されなきゃいけないの?」
彼の一言で少し怯み思わず銃を落とした。その隙に天井に張り付いて待っていたプロトが彼の頭上から落ちてきた。
こうしてテクノ小僧はあっけなく取り押さえた。依然として強がる彼は言った。
「この電車の周りには俺の味方のヘリや車が包囲している。下手に動けば容赦なくお前ら全員蜂の巣だぞ!」
言葉通りヘリコプターの羽音がいくつか聴こえた。
「盛山さんのところに変な奴を送りこんだり、バイクを乗っ取ったのはお前なのか」
「そうさ、おいらは賢いからお前たちの居場所を割り出すことも機械を乗っ取ることもできたのさ。お前らはどこにも逃げられない」
「あいつはお前を利用しているだけだ。下手すりゃ俺たちを殺してお前も殺すかもしれないのだぞ」
「どうせ国家機密に触れた罪で死刑になるはずだったから、どうでもいいんだよ。まぁ、お前らには関係ないがな」
「国家機密?だからさっきから言っている国家機密ってなんだよ」
「どうでもいいだろ!みんなみんな大嫌いなんだよ。ほら、おいらを殺せよ」
敦は自暴自棄になったテクノ小僧を無言で力いっぱい殴り飛ばした。
テクノ小僧のゴーグルが飛び、左目に直撃し青痣ができた。
「何するんだよ、痛いじゃないか」
「おい、殺すはずの敵に殴られるなんて悔しいだろ。悔しかったらお前の腹の底にたまっている怒りを全部込めて俺を殴ってみろよ」
昌彦は構えたまま動かなくなった。目には涙がたまっていた。
「どうした、あまのじゃく野郎。怖くなったのか」
敦に煽られ昌彦は奇声をあげて殴りかかった。
隙を見た敦はうまく交わし、昌彦の背中に肘鉄砲を打った。
その衝撃で彼はそのまま倒れ気絶した。
「やりすぎだよ」
泡を吐いている昌彦に昇はあたふたした。
「ちょっと気絶させただけだ。殴りかたは渚叔母さんから教えてもらったから間違いはない。そのうち目を覚ますだろう」
大雨の中、昌彦は涙か雨粒かわからぬまま歩き続けた。
空腹に耐えかねてゴミ捨て場に向かった。
生ごみから未開封のポテトチップスを拾った。
封を開け、彼はしばらく躊躇ったが家に帰ってもこの空腹を癒すものはないと思いひとつづつゆっくり噛みしめた。
だんだん手が早くなり手では追いつかなくなりそのまま口に押し込めた。
「まだないかなぁ」
奥の方まで掘り下げると銀色の光るものを見つけた。数世代前の型のゴーグル端末だ。
それを掬い、こびりついた泥や煤を手で拭った。
この雨で微かに電極が流れ、起動した。
「まだ動くじゃないか」
そのまま装着した。
「今日からお前はおいらの相棒だ。お前以外信じるものか」
意識が戻ると昇が傍にいた。
「あ、気がついた」
昇はいつもの人懐っこい笑顔で喋った。
「僕、奥田君と一緒のクラスだった寺門だよ。覚えてるかな?」
冷めた目で応えた。
「学校なんてほとんどいってないから顔すら覚えてないよ」
今は深夜の一時過ぎでプロトと敦はいびきをかいて寝ていた。
「お前、ずっとおいらが目覚めるのを待っていたのか」
「そうだよ。敦君は失神させただけって言ってたけどやっぱり心配でね」
昇はリュックからペットボトルのトマトジュースを取出し昌彦に渡した。
「僕、野菜は苦手だけどこれだけは外せなくってね。持ち合わせはこれしかないけど君にもあげるよ」
昌彦がジュースの蓋を開ける姿を昇は嬉しそうに見つめ、言った。
「これね、僕のお母さんも好きでねだから僕のうちでは昔っから飲んでいるんだ」
すると昌彦は急に機嫌を損ね、蓋を閉めて隣に置いた。
「おいらはこんなもの嫌いだ」
「あのね僕、奥田君や敦君みたいに頭は賢くないし、プログラミングなんてひとつもできないから二人が羨ましいな」
昌彦は目を逸らしたまま呟いた。
「そんなの普通だよ。それに引き替え誰にでも心を明け渡せるキミに比べればおいらはポンコツだ」
ちらと昇の方を見てズボンのポケットから小さなカードを取り出し彼の掌に押し込めた。
「これ、持ってなよ。悪いものは入ってないから」
昇は見たことのないカードをまじまじと見た。
その様子に呆れた顔で応えた。
「本当にパソコン弄ったことがないんだな。お前の友達にきけばいい。あと、この首に巻いている赤いバンダナをおいらにくれないか?」
昇は首に巻いているスカーフを快く解き、彼に渡した。
「いいよ。何に使うの?」
「まぁ、お前らには関係ない。とりあえず寝るか」
「そうだね。おやすみ、奥田君。君とお友達になれて嬉しいよ」
そう言ってすぐに横になった昇に目を大きくした。
「まさか、おいらが友達だなんて・・認めてないぞ!」
昇はすぐに眠りにつき、昌彦は寝静まってしまった辺りを見回し呟いた。
「ともだちかぁ・・」
目が覚めるとテクノ小僧はどこかに消えていた。
プロトと敦は忽然と消えたテクノ小僧に憤った。
「あいつ、影島のところにいったな。次に現れたらただじゃおかないからな」
「テクノ小僧、いや奥田君はそんな子じゃない気がする」
握った掌には昨日の夜貰ったカードがくっついていた。
「ねぇ、これ何かな?昨日テクノ小僧から貰ったんだ。悪いものは入ってないって」
敦はカードを手に取ってまじまじと見た。
「これ、ショートフロッピーじゃん。なんでアイツがこんなことを」
すぐさまプロトにカードを差し込み動画を再生した。
すると影島と立派なちょび髭が生えた男が社長室らしき立派な部屋で黒い革製の椅子にふんぞり返っていた。
男は象牙のパイプで煙をぷかぷか浮かせながら喋った。
「さすが、仮想物質を日本に持ち帰った人の息子だ。その上習得が困難なことで有名なクレスカス語も話せるなんてこんな有能なブレーンがいて百人力だよ」
影島は嬉しそうに両手を擦った。
「いやぁ、この前の電話では大統領がこんな友好的な首相はないって褒めておりましたよ」
「おかげで最強の軍事力を持つクレスカス共和国と話ができてやっと兵器を輸出する約束ができた」
「ところで、兵器って何のことですか?」
「君にお願いしている例の装置だよ。あれは最強にして最悪の兵器になる。あれをあの国に手渡せば我々は一生食うに困らないお金が手に入る」
「あぁ、あの装置ですね。今のところあれの実験台が思い通りに動いてくれているから、このまますぐにでも使えるでしょう」
渡良瀬はコーヒーを口にした。
「実験台ってまさかあの子のことかい?」
「そうですよ。他に何があるっていうのですか?」
渡良瀬は粘着質な笑顔を作った。
「君も随分残酷なことをするのだな」
そこで映像は終わった。
三人は憤った。
「てことは奴らは雪子を利用して何かしらの武器を造ろうとしているのか。一体クレスカス共和国ってなんだ。聴いたことがない」
「三年前にロシアから独立した共産主義国だよ。この前社会で習ったじゃないか。まさかきいてなかった?」
敦は目を逸らし頭を掻いた。
電車の上でプロトが遠くを眺めながら二人に言った。
「やっとビルが見えてきたぞ。東京だ」