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ディストラクション  壊 滅  作者: 赤と黒のピエロ
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第9章 嘘 と 真実

 真実なのかカムフラージュのためなのか桜庭丈一には見抜けない、マヤ・ナンディーは一体何を考えているのか、それでもマリアにより真実が暴かれていった。

そして亜兼はとうとう真の敵と遭遇することになるが、しかし亜兼の能力はまるで通用しなかった。それどころか逆に瀕死の重症を負ってしまうのでした。

第9章  嘘 と 真実





 1  桜庭丈一記者魂





 亜兼は青木キャップのデスクの上に無造作に置かれた、書類の中に、以前ここに一度だけ来た事がある、フリーライターの桜庭丈一(さくらばじょういち)さんが置いていった調査状況報告書がはみ出しているのに気が付いた。

「ねーえ、キャップ、そういえば桜庭さん、その後連絡はありましたか?」

 青木キャップの顔が曇りだした。「あれから一ヶ月以上になるが、丸で音沙汰(おとさた)が無いな、桜庭に何かあったのか?気にはしていたが、スマホは通じないし連絡もつかない状態だ。」

 M618の発生に大きく係わったと思われている赤い箱を巡って、北海道の支笏湖の山の中で、遺跡と思われていた所から、表向き新興宗教の組織がこの赤い箱を掘り出したと思われていたが、実は裏で全てを実行に移していた組織の実態が見えてきたのでした。それが、日本調査エンターテイメント社と名乗る全国規模の調査会社であることを調べ上げた桜庭は確証を得るため日本調査エンターテイメント社と深い(つな)がりのある、その新興宗教にもぐりこんだのでした。

 桜庭は北海道の千歳署(ちとせしょ)に遺跡発掘調査の申請書を提出した、教団の代表でもあるマヤ・アソマなる人物に付いて追っていった。

 ある日、この教団が主催した。「ヨーガ健康セミナー」に桜庭は参加した。

 この教団は、このような健康セミナーを開いては、ヨーガを通して精神の奥底に流れるこの宗教の生命原理を()(くだ)いて話しては、人生のどん底から蘇生(そせい)した信徒の体験を披露することで感命を受けた理解者に、マハーバジルウエッタの教義を学んで実践することを(すす)め、共感をした者を勧誘(かんゆう)して信徒を増やして来た。こうして、この教団は大きくなってきた。

 桜庭はセミナー終了後、会場に居残り、幾つかのグループに分かれた一つに溶け込み、マハーバジルウエッタなる教義を聞いていた。その教義はインドのヒンズー教の宇宙観を中心とした生命論であって、何でもベーダーと言う教えが主体で、ヒンズー教でも初期の教義が根底をなしているようである。

 桜庭は表向き教義に同調したふりをして、何とか教団に(もぐ)り込むことができました。教団の正式名はマハーベーダンタ救世会と名乗っていた。

 桜庭はマハーベーダンタ救世会、世田谷支部研修道場の所属となった。

 月に何度かある法話(ほうわ)に参加して、教義を学び、また別の会合では信仰体験を聞き、サークルにも呼ばれるままに参加した。(ほとん)どの信者は純粋(じゅんすい)に信仰を行っている人達ばかりだった。

 桜庭は今だネタらしき物も(つか)んでおらず、青木キャップに連絡をとる機会を失っていた。

 ある日、会合終了後、教団の幹部に呼び止められた。

「君、名前は」

「はい。桜庭と言います。」

「見ていると、毎日、君は信仰に熱心のようだが、何か思うところがあるのですか」

「はい、書籍をだいぶ読みました。それで確信を持ちました。」桜庭ははきはきと言った。

「ほう、なるほど、君ならできそうだな、ところでグループ長をやってみないか」とその幹部に言われました。

 桜庭は願ってもないチャンスだと思った。教団内部についてもっと知ることが出来ると思った。

「しかし(つと)まりますでしょうか、何をしたら(よろ)しいのですか」と桜庭は前向きに答えた。

 その幹部がグループ長について説明をしてくれた。それによると、五~六人程の新入信者をまとめて、指導してほしい、それと月何回かの支部の会合に出席して、教団の活動を把握(はあく)して啓蒙(けいもう)活動に専念してもらえればそれでいいんです。

 桜庭が熱心に活動をしていく中、何人かの知り合いが出来た。

 聞くところによると、その内の何人かは日本調査エンターテイメント社の社員だといっていた。一人の社員は、井伊貴史(いいたかし)と言って三十代後半の独り者だ、そのうち飲みに行く程の仲になった。

 桜庭も教団のグループ長ともなると、彼もかなり信用して色々な事を話してくれた。  

 ある日、教団の会合終了後、二人は居酒屋に飲みに出かけた。そこで、桜庭はその男からとうとう聞きだ

 したのでした。北海道の支笏湖の山の中で遺跡発掘調査をやはり教団名を使ったのは表向きのカモフラージュで、日本調査エンターテイメント社が主導で行った事を。

 井伊はかなり酔っていて自慢げに話していた。彼は機材調達班に居合わせたらしく、空輸で機材を運び込むのが大変だったと、手振りもオーバーに話していた。

 桜庭は驚いた振りをして色々と聞いていた。

「その遺跡は、どんな遺跡なんですか」

「ああー、実はあれは遺跡じゃ無いよ」井伊は少し言葉がもつれていた。

「えー、遺跡じゃないのですか・・・じゃー、いったいそれは何なのですか」

「ああー、あれはさー」また、井伊はちょっと考え込み。

「あれは現代の代物じゃーねえよ」

 桜庭は目を丸くして「えー、それは凄いですね、何時(いつ)頃の過去のものですか」

「えー、馬鹿言え」と井伊は自分の大声に驚いて、急に周りを見渡した。そして小声で

「あれは、未来から送り込まれて来たらしいよ」

 桜庭はカモフラージュにあえて信用しない振りをした。

「ハハハハ、そんな馬鹿な、そんな物この世の中にある訳が無いですよ」   

 井伊は渋い顔になって「いや、間違いねえよ、話しによると二百年も未来から来たらしいぜ」

 桜庭はあえて、また笑って見せた。「ハハハハ、冗談はよして下さいよ、仮にそうだとして何故そんな事が解るんですか?それに何を探していたんですか」

 井伊は首を傾げて「そこまでは解んねえけどさ、ただ、ジョセフ監督に命じられるままにユンボのオペが掘り返していたっけ、出てきた物はそんなに大きな物でもなかったな、これくらいの赤い物だったか」と両手でその物の大きさを示した。

 桜庭は思い出した。確か、亜兼君がM618の発生に大きく係わっている赤い箱がその遺跡と思われていた所から掘り出されたと言っていたことを。井伊の言っている物がおそらく同一の物だろう、やはりその場所は遺跡ではなく、亜兼君の言うようにタイムカプセルなのか、井伊の言うように二百年もの未来から送られて来たとなると、それはタイムマシンと言う事になる、まさに桜庭にとって信じ難い話しであった。しらふでは呆れて聞いていられない話しだ。桜庭はコップのビールを一気に飲み干した。

 あの夜以来、井伊の姿を見ることはなかった。教団信徒の話では会社のミスで飛ばされたとの事だが、おそらくあの夜の一件で井伊がしゃべり過ぎたことで消されたと桜庭は確信していた。

  以来、桜庭は自分の周りに監視が付いている事を予感した。

 ある日、教団の総支部協議会なる会合が開かれた。桜庭もその会合に呼ばれて参加した。

 各支部幹部による活動状況の報告や本部責任者による今後の運営方針、またベーダー経典の解釈の説明、そして幹部の話が有り、最後に教団の代表であるマヤ・アソマ本部長が現れた。

 とうとうここまで来た、なるほどこの人が代表か!

 しかし、マヤ・アソマと言えば、日本調査エンターテイメント社の確か理事の職にあったと思ったが、桜庭の調査でそのように記憶していた。

 身長は百八〇センチ程有ろうか、頭はやや大きく逆に(あご)は普通よりやや小さかった。

 オールバックの髪の毛に皮膚は浅黒くインド系の顔立ちをしていた。黒っぽいスーツで演壇(えんだん)に立って、流暢(りゅうちょう)な日本語で話しが始まった。

「皆さん、ご苦労様です。各支部の活動状況にもありました様に、上半期の活発な活動で大きく前進することができました本当にご苦労様でした。お陰様で多くの迷える人々を救うことが出来ました。

 これで、皆様方と共に一歩、善の世界に近づく事が出来ました。有難うございます。

 あらゆる人々にマハーバジルウエッタの善の功徳がありますように、一家の繁栄と幸福があります様に祈っております・・・・・」

 多くの支部の幹部達がマヤ・アソマに対して手を合わせて、口の中で何かを(つぶや)いていた。よく聞くとお経の様にも聞こえた。

 会合終了後、支部長が桜庭を本部長のマヤ・アソマに合わせてくれると言うので付いていったのでした。

 別室にマヤ・アソマを(した)い多くの信者が来ていた。そこをかき分けて支部長が桜庭を本部長のマヤ・アソマに引き合わせてくれました。

「本部長。彼は、桜庭君と言います、世田谷支部で今一番頑張っています。」と支部長は笑顔で力説していた。

 マヤ・アソマは鋭い目付きで桜庭を見据(みす)えると直ぐに(やさ)しい目付きになり「そうですか、ご苦労様です、これからも宜しく頼みますね。一度、本部に来てください、色々と案内して差し上げましょう。では、桜庭さん失礼します。」とマヤ・アソマ本部長は会場を後にしていった。

 桜庭はいよいよ核心に近づいている事を身で感じはじめた。

 桜庭はアパートに帰り、マヤ・アソマの鋭い目付きを思い出していた。まるで、心を見透かされる思いがした。

 青木キャップに連絡を取りたいと思っていた。伝えたい事が山ほどあった。しかしどうも電話は盗聴されている節があり、また、監視されている向きを感じていた。

 桜庭は教団の信者に会合終了後、時折誘われては居酒屋に飲みに行った。

 そんな折に聞いた話に、日本調査エンターテイメント社の中に黒い背広の集団の組織があり、そこに目を付けられると、やばい事になると、幾つかの例を挙げて話しを聞いた。井伊もそういう事になったのかも、と桜庭は想像した。

 その組織の見分け方が有ると言う、それが胸のバッジだと言われた。

 その組織は、二重丸の中に卍の印の入った金バッチを付けているそうであった、この卍はヒンズー教で神の鳥とされるガルーダの胸に現れる吉兆(きっちょう)の印とされていた、それを表したものらしい。

 桜庭自信も危機感を感じ出していた。そんな奴らから目を付けられる前に身を(くら)まそうと考えていた。真実を暴く事も重要だが、命を狙われるのではたまったものではない。

 そんなある日、本部に招かれる事になってしまった。

 そうなるとおかしなもので、記者魂が騒ぎだし相手の(ふところ)に飛び込んでいって見たい、知りたい気持ちを(おさ)(がた)いほど、好奇心が涌いてきたのでした。

  三日後、支部長が迎えに来ることになった。マヤ・アソマ本部長が本部を案内してくれるとの事でありました、桜庭もこれを最後にこの教団から身を引こうと思った。

 その日が来た。世田谷の研修道場から支部長の運転で本部に向った。

「桜庭君、君は付いているな、本部に招待されるなんてめったにない事だよ、以前このように数人が招待されたが、いずれも今は大幹部になっていますよ」

 本部に着くと玄関に入り、ロビーの受付に支部長が到着した事を伝えた。

 暫くすると一人の人物が現れた。その姿が黒いスーツに例の金バッチが胸に光っていた。

 桜庭は緊張した。あのバッジは確か日本調査エンターテイメント社の何処かの部所のものと聞いていたものだ、この男も社の回し者か、その男に案内されて応接室に導かれた。

「こちらで暫くお待ちください」と低い声で言うと直ぐその男は姿を消した。そこは木製のかなり豪華なアンティーク調の応接セットが並んでいた。

 そこえ笑顔でマヤ・アソマ本部長が現れた「よく来てくれました。ご苦労様」

 お茶が運ばれてきて、くつろぐ私たちに本部長は教団の色々な話をしてくれた。

「ではそろそろ案内いたしましょう」と本部長が立ち上がると、支部長と桜庭も慌てて立ち上がった。

 支部長が「私はこれで」と言うと。出ていった。

 本部長は頷いて「ご苦労様でした。」と言うと桜庭に目配せして「じゃー案内をいたしましょう」と先を歩き出した。桜庭は脇に並んで歩いて行くと本部長が大会議室、小会議室、公会堂、礼拝堂、本堂と、だんだん重要な場所に移っていった。重宝展示室には一目で宝物と解る品が展示されていた。

 こんな所まで私なんかにあからさまに見せていいのかと言う所まで桜庭は案内された。

 本部長と桜庭はエレベーターに乗っていた。回数表示を見ると七階で止まりました。

「桜庭君、さあどうぞ」エレベーターを降りて案内された所はシンプルな応接室で大きな窓にはレースのカーテンが引かれていて、(あわい)い日の光が差し込んでいた。木製の大きなテーブルの前に長身の男性が立っていた。本部長が「ナンディー会長、お連れいたしました。」と言うと、その男性は本部長の名を呼び捨てにして「アソマ、ご苦労でした。」と威厳(いげん)のある声でこたえた。

 桜庭は少し驚いて、この男性はいったいどのような立場の人物なのか?と思った。

 しかしその疑問は直ぐに解消された。

「驚きのようだが、私はマハーベーダンタ救世会の会長をしております。」

 桜庭は顔の相が変るほど驚いた、それは多くの信者が雲の上の人のように(うやま)っていて、その姿は(ほとん)どの人が見たことがなかった。そのことより桜庭がこの救世会に入ってまだ(した)()のグループ長になったばかりだと言うのに、何故ここに招待されたのか?

「マヤ・ナンディー会長さまですか」桜庭は大きく頭を下げた。

「ハハハ、硬くなることもないです、まあー、掛けてください」と目の前のソファーを指差した。桜庭はおずおずとソファーに腰掛けた。

「確かに、何故入会したてのあなたがここに招待されたかですか、そう思うのも当然です」

 桜庭はまた驚いた、言葉に出していない心の思いを逐一(ちくいち)読み取られている。

「あなたの心は全て見えています、あなたの未来もです。一週間後、あなたは我々の秘密をマスコミに明かしてしまいます、東京青北新聞社に、それは我々も困ります。」

 桜庭はハッとした。そんな馬鹿な、誰にも何も話していないはず!

「やはり、ずぼしの様ですね。ハハハ」

 桜庭の額に汗がにじんで来た。全て見透(みす)かされているようだ。仕方がないと腹を決めた。「それで、どうすればよいのですか」桜庭は訪ねた。

「そう難しい事では有りません。ただ、私に忠誠を誓っていただければそれで結構です。」

 桜庭は少し拍子抜(ひょうしぬ)けした。もっと難しい話と思ったため。

「忠誠を誓えばいいんですね」

「桜庭君。あなた、ずいぶん調べましたね、しかし真実には程遠いようです。何か飲みますか」カウンターバーからカクテルを出すと桜庭に薦めた。

 マヤ・ナンディー会長は葉巻に火を点けた。暫く桜庭を見据(みす)えると「今、日本を覆い始めています。M618・・・あれは事故だった、初めは」

 桜庭は会長が突然何を言い出したのかと思った。しかし実際はこのことを調べていたため桜庭は真実を知りたかった。「事故と言いますと」

 マヤ・ナンディーは笑みを浮かべやはり君はと思うと、話を続けた。

「赤のインフィニティー221Eが暴走してしまったと言うことだ!」

「えー、赤のインフィニティー、何ですか」桜庭は首をかしげた。

「君たちは、赤い箱と呼んでいましたよね。北海道の山の中で調査中に壊れてしまった量子時空移動マシーンから回収してここに持ち帰る途中の事です、東京はあらゆる周波数帯の電波が飛び交う宝庫のようだね、しかも我々の時代よりもワット数がかなり高いようだ、アナログの電波が直接飛んでいることは我々の時代には無いことだ、その赤い箱が何かの電波に反応して起動のスイッチが入ってしまったようだ。」

「量子時空移動マシーン?それに会長がおっしゃる、その赤のインフィニティーとは何ですか」

「インフィニティー221Eですか要するに物質をデーターに変え保存しておく装置だ、全地球を覆っても余る程の君達がM618と呼んでいる、全能性幹細胞ハーベーセルをデーター化して赤のインフィニティー221Eに入ておいたのだよ、あれは魔法の箱です、あの箱の内部は地球そのもの情報をデーターとして変換すれば全て赤のインフィニティー221Eに入れる事が出来る、もちろん圧縮しての事だが、今で言うハードディスクのようなものかな?また、生命維持装置でもあり、殺人の為の武器にもなる万能の箱だ。

 桜庭は何故そんな物を存在させる必要が有るのか疑問に思った。

「ハハハハ、それは便利だからだよ」

 桜庭は驚いた「また、心を読みましたね」

「君が心で考えようが、言葉で(しゃべ)ろうがどっちにしても君の意志は私に通じてしまう、それより、その箱は二二〇年後の私の世界では当たり前のように一人一個は持っている代物ですよ、商社があれを発売したときはあまり便利なのでこぞって皆が手に入れたものだ。その時の名前は確か、『コスミックフリーボックス』、だったか、誰もが持っている代物です、珍しくもない物だ。要するに量子力学の応用で全ての物質をデーター化して取り込む為、物質をほぼ、無限に近いほど取り込むことが出来るハードマシーンです、データーを引き出すと、元の物質に変換することの出来る、変換装置でもありますよ。

 桜庭は凄いと思った。人間もデーター化できるのだろうか?と思った。

「それも常識的な事だ。移動手段として人間も物もデーター化して目的地に送り、元の姿に復元するテレポーテーションは人間が呼吸するのと同じくらい当たり前に我々の時代では行われています。空間を移動することは差ほど難しい原理ではないが。

 しかし次元を超える技術となるとはやはり、かなり複雑で私の時代でもタイムマシンは高額で、手に入れる人も限られていましたね。」

 桜庭は既に現実の話しとして理解できない内容になっていた。

「会長、あなたはいったい・・・人間なのですか?」

「ハハハハ、人間であることは間違いないですが、ただ死ぬことができませんがね、既に三千年は生きながらえているだろうか」会長はため息を付いていた。

 桜庭は呆れて言葉も出なかった。

 マヤ・ナンディー会長は無理も無い事だとまた笑って見せた。

「ハハハハ、私の身体はハーベーセルつまりM618の全能性の幹細胞と同じ物で全ての細胞が置き代わってしまっている、この細胞は確かにゲノム解析すると、人間の細胞に瓜二(うりふた)つだが実際にはまるで違う物です。先ず、構成要素が人工原子から成り、全てがナノテクノロジーによる人工細胞だよ、だから何千年も細胞分裂を繰り返して新陳代謝が起こり老化現象が起こらなくなっている、それでも染色体には(ひず)みは出ないはずであった。・・・私の身体はね君たちが赤い敵と呼んでいるM618と細胞間に同調はしてはいないがね、それは細胞内のハーベーセルのブラックスフェリカルユニットつまり君らの政府が名付けた塩基Ⅹへのインストールした内容が異なるからですよ」

「どうなっているんですか、理解し難い話しです。」桜庭は信じがたい話しを、理解するよう勤めた。しかしやはり頭がこんがらかってきた。

「フン」会長は鼻を鳴らしてため息を一つ()くと話しを続けた「もともとM618と言われている、ハーベーセルは医療用に作り出された全能性幹細胞で、兵器ではない、あの時我々は国立医療研究センターで難病治療の研究を行っていた。

 フランクが開発したこのハーベーセルを私は血液がんにどのように効果があるのか実験を重ねていた。何度も行っているうちに自分がこの病気に犯される事になってしまった。

 要するに、急性白血病だ、この時代でもなかなか私に合う骨髄のドナーが見つからず私も瀕死(ひんし)の状態になってしまった。

 ほとんど絶望的な私を助けたいが一心から、フランクはハーベーセルを私の骨髄に移植をしました。ハーベーセルはバイオテクノロジーと言うよりメカニックに近いものだ、同僚のフランクリン・アンドレアス・ハーベー博士が人工原子からなるDNAを改造して染色体に連なる四塩基の各々に保護プログラムを保持した人口塩基、ブラックスフェリカルユニットつまり、科警研で言うところの塩基Xの事だが、これを組み込み細胞単位でその増殖スピードをコントロールして、通常の三百倍のスピードで増殖を行うことに成功したが、従来の再生医療で一番の問題は細胞の培養に時間がかかりすぎることだった、使える大きさにするには我々の時代でも五ヶ月前後が普通必要だ、これでは迅速(じんそく)な治療は無理だよ、そのために増殖スピードを上げる必要があった、しかしその早さゆえの障害から細胞を守る必要性があり、バリアで細胞ごとに保護をする事にした。あまりの速さで増殖を繰り返す為染色体の分裂回数を(つかさど)るテロメアを外す必要に迫られた。そのため私の体に移植したこのハーベーセルが元の細胞と全てが置き()わったとき、細胞が無限に分裂を始め、私は死ぬことが出来なくなってしまった。

 この細胞で治療をした結果、どんな瀕死(ひんし)の状態の患者でもあまりの早さで回復して次々に普通の生活に戻っていく事実を知った環境監視機構の職員が特定医療開発監視オペレーションセンターに通報したため人口抑制政策計画に逆行する研究として人口抑制計画監視機構から全ての資料の抹消(まっしょう)を命じられた。しかしフランクは従わなかった。

 ある日、フランクと私は危険を感じ何処かに身を隠す為、事務所で研究書類を整理していると、突然、暴徒が五~六人押し入ってきて、我々の名前を怒鳴りまくると、いきなり銃を乱射してきた。フランクはその弾に当り即死した。私も乱射をまともに受けたが体の中のブラックスフェリカルユニット、つまり塩基Ⅹが起動して青白く発光して、体をバリアが包んだ。そのため、いくら弾が当たっても何ともなかった。これは素晴らしい体験でした。

 あの暴徒は人口抑制計画監視機構が送り込んだ裏組織の奴らだろう、私はテレポーテイション装置で医療開発センターに移動して、保管してあったハーベーセル、ラベルのコードネームはRED‐JAMと書かれてあった。それを取り出すと増殖能力を三千倍に引き上げ永遠に増殖を繰り返すプログラムをインストールして全能性幹細胞を開放してやった。

 その増殖のスピードは想像を超えていたよ、アッという間に街を飲み込んでいった。

 脱出する際、ハーベーセルのデーターを赤のインフィニティー221Eに取り込み、医療開発センターに有った量子時空移動マシーンに慌てて乗せて先に送り出した。しかし送り出した所がなんと、日本の縄文時代にセットされていた事を後で気が付きました。うかつでした、職員が何かの調査のためにその時代にセットされていたのだろう、なんと言う事か、ハハハハお粗末な話しです。」明らかにナンディーは嘘の話を桜庭にしていた。

「それが北海道の支笏湖の山の中で見つけ出した。赤い箱ですか」桜庭は推測した。

「そういうことですね」ナンディーも認めた。

「そしてあなたは、どうされたのですか」

「私はもちろん別の量子時空移動マシーンで真っ赤に染まった地球を確認すると脱出しました。」

 それらの話しを聞いても桜庭には本当か嘘なのか判断のしようもなかった。また何故それらの話しを自分に話すのか理解できなかった。

 桜庭は北海道の現場を見ていた。「私はその現場をこの目で見ました。あの(あと)を見ますとかなりな大きさの代物でした、あれが次元を超えるなんて信じられないです。」

 マヤ・ナンディーは笑った。「君は有人宇宙船がどんなものか知らないのでやはり信じられないだろうが、タイムマシーンよりはるかに大きい船体を何度もワープさせて火星に行き来している、それから比べれば問題でもないだろう、要は容積ではなく質量の問題だよ、ハハハ」

 桜庭はそういうものなのかと思ったが、それであれはと疑問に思った。「そう言えは、そのマシーンの近くにも同じようなタイムマシーンの残骸がありましたね、そこで見つかったという白い箱には何を入れてあの山の中に送り込んだのですか?」

「白い箱だと?」マヤ・ナンディーは、その箱については知らないようであった。

「他にもインフィニティー221Eが存在すると・・・。白い箱が有るのか?何処にだ?」ナンディーは桜庭に聞いてきた。

「あなたは知らなかったのですか、確か、科警研で分析を・・・。あなた方が掘り起したタイムマシーンの直ぐ近くで発見されたようです。」

 マヤ・ナンディーは慌てた様子を隠すように「ほー、そうでしたか、さて、今日はこれまでにいたしましょう、悪いが今日はこれで帰っていただきましょうか」

 桜庭は頭を下げると振り返り歩き出した。マヤ・ナンディーは桜庭の背中に「ああ、桜庭君、この事は君の胸の内に・・・くれぐれも忠誠を忘れないことですね、あなたの忠誠心を信ずればこそ私も真実を話しました。」

「分かっております。」桜庭は一礼をすると部屋を出て行った。

 マヤ。ナンディーは卓上のインターホンに向って誰彼と召集を掛けていた。

「アソマ、白い箱と言われている、インフィニティー221Eがやはりこの時代に来ていたようだ」

「誰が送って来たのですか?」アソマは首を傾げた。

「おそらく、フランクの娘だろう、科警研で分析をしているらしい、見つけ次第取り戻して欲しい、至急頼むぞ、私の体もそろそろ再生が必要になってきているので、至急頼んだぞ」

「解りました。」

 帰り際、桜庭は思い出していた。マヤ・ナンディーと言えば、確か日本調査エンターテイメント社の代表取締役のはずだと、それが教団の会長の職にあるという事がどのように繋がっているのか疑問に思った。

 桜庭はアパートに戻りマヤ・ナンディー会長の話を思い起こしていた。しかしあまりの夢物語のような話しで思考が消化不良を起こしていた。

 ただマヤ・ナンディーの言葉に気になる点があった。M618が街に出現して増殖を繰り返して次々に街を飲み込んでいった事を事故だといっていた。そして後になって初めはと付け加えた、何故なんだ。桜庭は色々な理由を考えてみた。

「初めは・・・・」

 初めはそうだった、つまりはじめは何だかの事故でM618が赤い箱から放出されてしまった、しかし後から別の理由のためにそれを利用することにした。

 要するにそう言うことになる、別の理由とは何だ?

 おそらくマヤ・ナンディーの考えに満足がいく何かだったのだろうと思った。

 桜庭は毎日、救世会の研修道場に通うもののしっくり行かなかった。日が立つうちに、自分の持っている情報を青木キャップに伝えなければいけないと思う感情が(つの)って行き、どうにも我慢が出来なくなっていった。

 M618が日本を壊滅することがマヤ・ナンディーの何かのたくらみであることを知っていながら何もしないわけにはいかないと思い始めた。

 それはマヤ・ナンディー会長に桜庭が会ってから丁度一週間後のことでした、意を決して東京青北新聞社に向った。

 井の頭線で吉祥寺駅に行き、中央線で立川に向かう為、吉祥寺の下りホームで快速電車を待っていた。

 右手に快速電車が入って来るのを視界の(すみ)で捕らえていた。桜庭は突然、驚いて固まってしまった。「アソマ様」マヤ・アソマが向えのホームから桜庭を見ていた。桜庭の視界は一点マヤ・アソマだけで満たされて行った。

 周りの雑踏が消え、景色は色を失い、暗闇に引きずり込まれていった。いつの間にかマヤ・アソマが目の前に立っていた。闇の中で二人だけ向き合っていた。「桜庭君、忠誠の誓いを破りましたね」桜庭は金縛(かなしば)りに会ったようにまるで身動きが出来ず、ただ、額に冷や汗がにじむだけであった。

 アソマは悲しい表情で極めて冷静に「ナンディー様の予言通りになってしまいましたね、言い訳はありますか、聞きましょう」

 しかし桜庭は突然の出来事に何も思い浮かばなかった。「あのー、そのー」桜庭は言葉にならず、ただ冷や汗が流れ出るだけであった。

「特に無いようですね、私は君に期待をしていましたが、残念です、一つ教えましょう、我々はヒンズー教を信じている訳ではありません、それ以前のバラモン教を師事しています、だからバラモン教の経典でもある、ベーダー聖典を教義としているのですよ、バラモンの教えの中に妖法を扱う教えがあります、その技をお見せしましょう」アソマは何やら呪文を唱え始めた。

 桜庭は金縛りに合って身動きが取れないまま身体が硬直してしまった。呪文を唱えるアソマの右手が桜庭の左胸の中に入って来た。

 桜庭の顔は青くなり目を見開いて小さく低い声で「アッ」と搾り出すように言うと、その場に崩れて行った。

「ゴー」とけたたましい音を上げて、下りホームに快速電車が滑るようにホームに入ってきた。

 駅員が桜庭の耳元で「どうしました。大丈夫ですか」と問いかけるが反応がないため、脈を取ってみると脈が止まっていた。

 桜庭は救急車で近くの救急病院に運ばれました。しかし既に桜庭は息を引き取っていた。

 死亡原因が不明のため、法医学による解剖が行われた、その結果、外傷も無いのになぜか心臓が握りつぶされていた。

 警視庁の捜査一課としても殺人なのか事故なのか判断しかねた。

 そして、その日の定例記者会見の中で、この件は一応事故として発表された。

 青木キャップは東京青北新聞社の自分のデスクで自社の新聞に目を通していた。

 三面記事の下段に訃報(ふほう)記事が掲載(けいさい)されていた。〝昨日午前十時四〇分頃、吉祥寺駅下りホームにおいて四十歳前後の身元不明の男性、心筋梗塞のため亡くなられた。駅員の話によると、駅構内に()いて、この男性が突然倒れ込んだ為、救急車にて病院に運び込んだとの事、この男性の心当たりのある方は警視庁までご連絡下さい。

 と載っていた。

 しかし青木キャップの目に留まる事は無かった。






 2 亜兼の左手の秘密





 亜兼は久しぶりに東京青北新聞本社に戻って来ていた。

 明日、陸上自衛隊立川駐屯地に片岡一佐から招かれて出向く事になっていたのです。

 青木キャップもその事については陸自の高橋三尉より説明を聞いていて、亜兼が駐屯地に招かれた事を承諾していた。

 明日は朝早いしこれからアパートに帰ってもしょうがないと思って、亜兼は社に泊まる事にした。「キャップ、当直室借りてもいいですか」

「ああいいぞ」

「それと、明日は自衛隊の立川の宿営地に行ってきます。」

「尋問受ける羽目になるなよ」

「はい」

「あ、そうだ、亜兼、お前いつも下手な写真ばっかり取ってきて、読者を楽しませてくれるから、今日は感謝状があるぞ」と青木キャップは引き出しの中をまさぐりだした。

 亜兼は怪訝(けげん)そうに「それはいつも大したもんは撮って来ませんがね、下手な写真はないでしょう」とささやかな抗議をすると。

 青木キャップはそんなことは意に介さず、一枚の写真を引っ張り出した。「おー、あったぞ。ほら、持って行け」と無造作に亜兼に渡した。

「何ですか」と亜兼がその写真を見ると、いきなり目を丸くして驚いた。

「知佐さんだ」背景を見ると何処かの病室らしくベットの一部が写っていた。

「キャップ、この写真どうしたんですか?」

「あー、知佐ちゃんか、可愛い子じゃないか、俺は何でも知っているんだよ、特にお前の事はな、ハハハ」と高笑いをした。

 亜兼は嬉しそうに「つまんない事は、知らなくていいですよ」と両手で大切に写真を持っていると、青木キャップが意地悪そうに「じゃーお前、それ返せ」と言った。

 亜兼は引き気味に「いやです。」とその写真を胸元に大事そうに持っている格好を見て、青木キャップは頭を横に振って、情けない奴だと思った。「アホカお前、早く行け」と追い飛ばした。

 亜兼は嬉しそうに宿直室に向った。

 明日、もしかすると、知佐さんに合えると思うと、つい笑顔になり知佐の笑顔を思い出していた。

 反面、藪爪にいびられるのかと思うと、なんとも複雑な思いがした。

「うん、恋を取るか、対決を取るか二つに一つか、もちろん恋を取るに決まっているよな」俺の場合はと、頷いていた。

 翌朝、時間を気にしながら亜兼は歩いて立川基地へ向った。基地の入り口で呼び止められたが、名前を言うと直ぐに通してくれた。それでも二十分程で宿営地に着いていた。

 芝生が朝日に映えていた。宿営地の大テントの中の昨日と同じ部屋をノックして中に入ると、まだ誰も来ていなかった。時計を見ると定刻より二十分程早く着いていた。昨日と同じソファーの位置に座って待っていた。

 すると高橋三尉が入って来た。

「おはようございます、今日は来ていただきまして有難うございます。」と高橋三尉は敬礼ではなく普通に挨拶(あいさつ)をしていた。

「おはようございます、まさか今日は守っていただけるんでしょうね」と釘を刺すように亜兼は言った。

「解りました。」高橋三尉は低姿勢に返事をした。

 ドアが開く音がして、ふてぶてしく藪爪三佐が入って来た。

 意外な顔をして小声で「こりねえ野郎だぜ、今日も追い出してやるか」と少し離れた所に座った。そして、いきなり近寄り亜兼の頭の後ろから藪爪が顔を寄せてきて「こら、インチキ野郎、早く白状しろよ、嘘でしたごめんなさい、とな、ハハハ」と大笑いをして見せた。

 亜兼は高橋三尉の顔を見た。高橋も困った顔をして、意を決した。

「藪爪三佐、口を慎んでいただきます、今日は、片岡一佐に招かれて、来ていただいたのですから」と高橋三尉は強気に言った。

 藪爪は高橋をにらみつけた。「ふざけるな三尉のくせして」と立ち上がると、そこに片岡一佐が入って来た。

「どうしたんだ、騒がしいぞ、師団長もお見えだと言うのに」

 高橋三尉は直立で敬礼をした。

 藪爪は「失礼しました。」とふてくされるようにボソッと言って、敬礼をした。

 片岡は、亜兼を見るなり笑顔になって「亜兼君、その節はお世話になったね」

 亜兼は片岡一佐の目をしっかりと見て頷いて「ご無沙汰をしておりました、ご健康の様子をうかがって、安心致しました。」

 片岡も頷いて紹介した。「師団こちらは、私の命の恩人の亜兼義直君です。」

 師団長が「命の恩人とは大げさだな」と亜兼の目を見ながら「私は山木です、今日は良く来てくれましたね」

 亜兼は恐縮して「こちらこそ、お招きいただきまして」と一礼をした。

 藪爪は面白く無く、何が命の恩人だと、大げさな事言いやがって、今に化けの皮を()がしてやるからな、ペテン師やろう、と思っていた。

 片岡は山木師団長に「では行きましょうか、高橋君準備は大丈夫だね」

「はい」

 片岡は目配(めくば)せをして「亜兼君も来てくれたまえ」とうながした。

 ドアの外に各連隊長、大隊長、他数人が来ていた。待たせていた数台のジープに乗り込

 み出発した。

 亜兼は何処に行くのか少し不安を感じた。数分で基地の滑走路の東側に着いた。ジープが止まり皆車から降り始めた。

 片岡一佐は山木師団長に(うなが)した。「説明をするより、実際に見て頂いた方が話は早いでしょう、ことは急いでおりますから」

 師団長は「うん、解った、見せていただく」両手で腹をさすって頷いた。

 片岡は、亜兼の側に行き、肩を抱き、少し歩くと指差して「そこにあるヘリ、五機ともスクラップにする物だが」片岡は亜兼の耳元で「全部吹き飛ばしてくれたまえ」

 亜兼は驚いた。「えー、ここで、ですか」

「大丈夫だ、この先には一軒も民家は無いから、あれは何キロ先まで破壊するのか解らないのだろう」

「片岡一佐、知っていたのですか」亜兼はどうして知っているのかと思った。

「ちょっと調べさせてもらったよ、吉岡君に聞かされてもまだ半信半疑だがね」

「解りました。」亜兼は頷き、片岡は後ろに下がって行った。

 幹部自衛官達は何が始まるのか関心を払ってはいるが、リラックスした様子で眺めていた。

 亜兼は皆に知られないように、腰のポシェットの中の白い箱を右手で確認した。

 そして各ヘリが一直線になる位置まで亜兼は移動した。後ろに立っている全員の位置も確認をすると、その時、藪爪の目が亜兼の目と合った。亜兼は(くちびる)をかみ()めた。藪爪はまだ薄笑いを浮かべていた。

 亜兼は顔をヘリの方向に向けると、左手を静かにヘリに向けてかざした。目を(つむ)り心でヘリを感じ、白光撃破を放つ意思を心の中で念じた。意識を集中させていった。

 左手の前の空間が(ゆが)み出し、白い粒の発光体が現われだした、それがスパークをしだしたのでした、そしてそのスパークがだんだん大きくなって行き、亜兼の左手の前面に集まりだし、光の(たば)となった。亜兼が左手を少し前に押し出すと同時に白い光の束がヘリに向って鈍い音を立てて走っていった。バリバリバリと空気の層に割り込んで進んでいく中を、その空気が渦を巻き起こしはじめた。それが大風と変って行った。幹部自衛官達は吹き荒れる風を避ける為、目を細めて手で顔を(おお)った。亜兼の左手から放たれた光の束が空間を走って行き、ヘリコプターと交錯した。ヘリが一瞬にして白光に包まれたかと思うと、突然、大爆発を起こして粉々に炎を伴い吹き飛んで空中に飛び散った。

 それを見ていた幹部自衛官達は、顔の前に覆っていた手の指の隙間からその光景を見ていて、ヘリが爆発した瞬間、さっと顔の血の気が引き、明らかに驚愕(きょうがく)の表情を浮かべた。空高く飛び散ったヘリの残骸がバラバラ滑走路に上空から落ちて来た。幹部自衛官達はその場に足が(すく)み身動きが出来なくなっていた。どうやって、あの大型ヘリを破壊したのか、あの白い光りはどうやったのだ、半ばあっけに取られて、食い入るように見つめた。

 何キロか先で、大きな炎が上がり爆発音が聞こえて来た。

 亜兼は「しまった、やっちまったか」と小声で叫んでいた。

 すると後ろで叫び声が聞こえた。「この、化け物野郎、お前、赤い敵の手先か、こっちに来るんじゃーねえぞ」

 亜兼は振り返ると、何を言っているのか理解できず、片岡一佐の方へ進んだ、すると藪爪が9ミリ拳銃をホルスターから抜き、物凄い形相で「それ以上、来るんじゃーねえぞ」

 高橋三尉が叫んだ「三佐、落ち着いてください」

「うるせえ、お前は口出すな」

 片岡は師団長をガードした。

 藪爪は、亜兼をにらみ付け「化けもん、近寄ってくんじゃねえぞ、お前、俺もやろうって言うのか」

 亜兼は身構えて、つい制する意味で右手を前に出してしまった。

 藪爪は自分が消滅させられると勘違いして「俺を消すつもりか、そうはさせねえ」と叫ぶと銃を両手で正面に構えた。

 片岡が「落ち着け、馬鹿な真似はよせ」と叫ぶと同時に藪爪が「やられてたまるか」と叫ぶと同時に引き金を引いてしまった。

 バキーン、9ミリ拳銃の銃口が爆発音と共に火を()き、弾が亜兼に向って発射されてしまった。

 亜兼はその瞬間、体を硬直させ屈状態(くつじょうたい)に曲がっていた。「くそ、やられた」と思った。確かに弾は亜兼に当たったはずであった。しかし、当たる寸前に亜兼の体が薄い青白い発光に覆われて、バリアが張られたらしい、亜兼は、両手で体のあちこちをさわってみたが、何処も異常が無いことが解ると体の力が抜け、ほっとした、そして路面にひざをついていた。

「亜兼君大丈夫か」片岡一佐の声がした。

「はい、大丈夫です。」

 片岡はほっとした。

 白い箱からマリアの声がした。あなたのからだはインフィニティー221Eによって常に全てから防御されています。安心してください。

 山木師団長は「藪爪を逮捕しろ、拘留しておけ」と厳しい口調で指示をした。

 連隊長や大隊長が藪爪を押さえ込んだ。「俺は悪くない、あいつは化け物だ、やられるぞ」と興奮して、藪爪がわめき散らしていた。

 片岡一佐が「連れて行け」と指示をすると、ため息をついて、師団長に顔を向け、師団長にけがが無いことを確認すると頷いた。

 山木師団長は亜兼のその力をじかに目撃しても尚、信じることは出来ず、片岡に質問をした。

「これはどういう事なんだ、何か装置を使ったのか、それとも、彼の力は超能力という事なのか」

 片岡もその辺は理解しておらず「特殊な機材は使ってはいません、あの白光は彼の能力に因るもののようです。詳しい事は私にも、まだよく解りません」

 山木師団長でさえ驚きを隠しきれず、大型ヘリが爆発した時には、思わず声を上げてしまった。当然、何故なのか原因を調べる必要を感じ、山木師団長は片岡一佐に提案をした。「彼に、精密検査を受けてもらってはどうだろう」

 片岡もどう判断していいものか、あいまいな返事をした。「はー、はい」

「それでは、駐屯地の向かい側の国立病院を手配してあげなさい」師団長はすぐに手配をするように言った。

 師団長は「今日のことはくれぐれも口外しないように」と居並ぶ自衛官に申し付けた。

 亜兼は渋々身体検査に承諾をした。

 片岡一佐は高橋三尉に亜兼の検査の手配をするように指示をした。

 何故(なぜ)だか、亜兼が拳銃で撃たれた話がどこから()れたのか、そしてその話が次第に大げさになり、事実から逸脱(いつだつ)していき、亜兼が藪爪三佐に撃たれて病院に(かつ)ぎ込まれたことになってしまった。

 その話がどういう経路からか、上一尉の耳に入てきた。上は驚いて、亜兼の状態を心配した。確かに藪爪三佐が独房に拘留されたと聞いた。理由も拳銃を発砲したからと言う事らしいが、それが何故相手が亜兼なのか、訳が分からなかった。

 何か知っているのかと思い、知佐に連絡を取って真意を確かめようと思った。

 知佐も驚いて「亜兼さんがこの宿営地に来ているのですか?」と逆に聞き返した。

 上一尉も知っていることを話した。「ええ、そうらしいです、それで藪爪三佐に銃で撃たれて病院に入院したらしいです。」

「そんな、あんまりだわ」知佐はどういうことが起きたのか心配をしていた。

 上は病院に行くことにした。「とにかく行ってみましょう、病院と言えば向いにある国立病院に決まっているから」

「はい、解りました。」二人は慌てて国立病院に向った。

 山木師団長は「ともかく検査を済ませてから、直接、事情を聞く事にしよう、赤い敵はすでに我々の力ではもう阻止できる範疇(はんちゅう)を超えている、あの衛星写真が真実、彼と関係が有るものならば、彼に何か阻止できる手立てが見い出せるかも知れない、日本の生存の鍵になりうるのかもしれん?今日のような事のないように、しっかり護衛を付けておいたほうがいいだろう」

 片岡一佐も頷いて「解りました。」

 高橋三尉の他に曹長五名をつける事にした。

 亜兼は国立病院の更衣室で診察用の衣服に着替えていた。「まずいな、3日程、風呂に入ってなかったな」診察室に入ると、先ず担当医が血圧を測り「うん、127の69ですか、正常だね、次は問診しますよ」と首にかけていた聴診器を耳にあて、亜兼の胸、背中と丹念に調べて行った。

 次に看護師さんが心電図を取りました。そして採血をして、看護師さんに紙コップを手渡されました。「少量でいいですので、取って来てください」と言われた。トイレに行き、どうもイメージが悪かった。午前中はレントゲンを取って終了となりました。

 高橋三尉が「あとはMRIを撮って今日はこれで終りですね」と一息つくとそこへ、上一尉と知佐が血相を変えてやってきたのでした。

「亜兼君、大丈夫なのかい」診察室に飛び込むなり上一尉は亜兼を見た。

 亜兼の顔がほころび、嬉しさに変って行った。

「上一尉も知佐さんも来てくれたんですか」

「亜兼君、キズはどうなんだ」そして上一尉は亜兼の体のあちこちを見回した。

「えー、何かあったんですか」亜兼には話の意味が飲み込めなかった。

「何かあったかって?大隊長達が藪爪三佐に君が銃で撃たれたと言っていたが、それで入院したと言うから、急いで来たんだが、何でも無いのか」

 亜兼は困った顔で「確かに撃たれたんですが、高橋三尉が守ってくれなかったおかげで」

「申し訳無い」高橋は頭を下げた。

 上一尉も知佐も緊張した顔で「弾がそれたのかい」

「いえ、当たった事は、確かなんだけど」亜兼は気まずそうに、首をかしげた。

 それを聞いて上は本当に心配した。「怪我の具合はどうなんだ。」

「怪我はしていないです。」と亜兼は両手で体を触って「ほら、この通り」

 それを見て上一尉も知佐もとんでもなく驚いた。

 二人同時に「亜兼さん左手!」二人は亜兼の左手をまじまじと見て、どうして切断された左手が直っているのか、さっぱり理解できなかった。

 上一尉が不思議そうに「左手は確か切除されたはずだと思ったが、君、それは義手なのですか?」

「あっ、いや義手ではありません」亜兼は笑顔で、そう言うのが精一杯だった。

 いくら何でも生え変わったとは言えないし、説明にこまった。

 知佐が「義手ではないのでしたら?」と亜兼の左手をのぞきこんで首をかしげた。

「これは私の体の一部で本物です。」と亜兼が言うと、知佐が亜兼の左手に触ってみた「ほんと、温かいは」と理由はともかくホッとしたというか、あの日病院で医者が言っていた「残念ながら左手は切除しなければなりません」と言う言葉が常に耳に残っていて亜兼に申し訳ないという気持ちが常にありました、知佐は亜兼の左手を触りながら何故か涙がこぼれてきて、嬉しかった。

 亜兼は恥ずかしくて顔が赤くなった。

 上はきっと理解出来ない事があったのだろう、とにかく無事で安心した。と二人はほっとしていた。

 高橋三尉が「亜兼さん、自衛隊に知り合いが多いのですね」何故なのかと感じた。

「そんな事はありませんよ」と照れくさそうに、亜兼ははにかむと、上一尉が「ああ、そうとも、彼に恩を感じる隊員は何千人もいるぞ、ハハハ」

「何千人ですか、凄いですね」高橋はどういうことなのだろうとその理由を考え込んでいた。

 上が「お前、信じていないな」と言うと、知佐が援護して「本当よ」と微笑んだ。

 高橋三尉は恐縮して「はあ」と言うものの、何故なのかやはり理解できていなかった。

 この日の検査結果は、次の日担当医から片岡一佐に渡された、国立病院の一室で担当医は片岡一佐に説明をしていた。「特に体は普通の健康体の男性です、ただ一点、左手首から先がMRIが反応しませんので、なんとも言い様がありませんが」

 片岡は知佐から亜兼が左手を、私達のために切断したと言っていた事を思い出した。

「どういう事か見当も付きませんか」と片岡は医師に尋ねた。

 医師も考え込み「そうですね、しいて言えば検査されると困る事があって、どうやってか解りませんがシールドが張られているようですね」

「シールドですか?」片岡は意味が理解できなかった。シールドとはどういうことなんだ。

 確か藪爪に撃たれた時、確実に弾が当たったと思った。だが彼は無傷であった。弾がそれたとしか思えないが、あの時かすかに一瞬、薄くではあるが青白く光ったような気もした。

 あれはM618のバリアのような何かが彼を守ったものだとすると、彼に何が起きたのか?

 その原因が何かは解らないが、左手と関係があるのかも知れない、それに彼が、白光撃破、と呼んでいる、例の現象も彼の左手から放たれる白い光だ。MRIに映らない左手の中に何か原因があるのか、だがその事を理解するには私の持っている知識では遠くおよぶものではなさそうだ、理解の(わく)を越えているに違いないのだろう、担当医の所見を一通り説明を受けると、片岡は真っ直ぐそのまま山木師団長の下へ(おもむ)いた。

 師団長の自室のドアをノックすると「どうぞ」と声がした。

 ドアを開け「失礼します。」と中に入ると、片岡は師団長に診断書を渡した。

「ご苦労でした。で、診断結果はどうでした。」片岡は担当医の説明を一通り話すと、やはり師団長も亜兼の左手首のMRIに映らない謎の部分に感心を持ったようであった。

 しかし説明ができるだけの資料も無いことから推測はやめる事にした。

 いつか彼の口から話してもらおうという事になった。

 それはそれとして山木は片岡に「では次の作戦を考えたいが、彼を交えて対策を検討してみたいと思うが、彼の能力を見る限り、未確認生物を倒す秘策を彼は何か知っているのかも分からない、聞いてみたいと思うがどうだろう」

 片岡は師団長の顔を見ると「分かりました、では、さっそくそのように手を打ちたいと思います、失礼します。」

 山木は頷いて、日本の行く末を見守るように厳しい顔をしていた。

 片岡は幹部会を招集すべく手を打った。各連隊の指揮に支障の無いように副将に限ることとした。将官二名、佐官、尉官合わせて十五名、明朝、0800時、仮官舎の会議室で行なう事になった。

 高橋三尉から亜兼もこの幹部会議に参加して、M618について話して欲しいと聞かされた時、亜兼の心に緊張が走った。自分の体験を話すだけでは又、藪爪三佐の二の舞になることを感じたからでした。その時点で会議が茶番になってしまうことを恐れた。

 団結をして一眼となって作戦を遂行できる方向に持っていくためには、どうしたらいいのか、深く思索をした。

 片岡一佐に連絡を取り「自分は何をしたらいいのでしょうか」と訪ねた。

 片岡一佐は「君には我々の知らない、赤い敵についての事を知っていると、上一尉から聞いているが、今の現状を打開する作があるのなら話して欲しい」と求められた。

 亜兼は白い箱から教えられた赤い敵を倒す方法を、荒っぽいが、これしか伝えるやり方は無いだろうと、内心では腹が決まった。

 翌朝早く、会議が開かれる前に、仮官舎の周りを丹念に、亜兼は見て回った。

 すると片岡一佐も来ていた。

 この会議に()ける思いが、その片岡の姿に緊張感を見た。

「おはようございます。」

「おう、亜兼君、会議まではかなり時間があるぞ」

「片岡一佐、今日、何があっても私を信じてください」

 片岡は笑顔で「ハハハ、私は君を信ずればこそ今日の会議を君に託したんだ、何でもいい、思い切ってやってくれて結構だ、私だけは、いや姪も、上一尉も君の事は信じているよ、今日は頼むよ」

「はい」

 亜兼は通り過ぎていく片岡を礼をしながら見送った。

 そして一通り確認を済ませると、芝生の上で構想を組み立てていた。

 朝が早かった為か眠くなってきた。時計を見ると四十分以上も早かったので、そのまま一休みする事にした。

 そのうち参加するメンバーが集まりだしてきた。芝生の上で寝ている亜兼を見て、どう見ても一般市民である、何故こんな所で寝転んでいるのだろうと言った目で通り過ぎて行った。中には「ねえ君、ここは一般の人が来るところではないから、すぐ帰った方がいいぞ」

 亜兼も素直に「はい」と言っていた。

 そのうち片岡一佐が数人の自衛官と共に現われた「亜兼君、そろそろ始まるから、中に入ろう」

「はい」と一緒に議場に入って行った。

 そして亜兼は片岡一佐に案内されて会議場の最前列の席に付いた。

 議場に連なる自衛隊の幹部達は、先ほど芝生の上で寝そべっていた青年が何故、最前列の席に付くのか一瞬小さくざわめいた。

 山木師団長が上一尉と共に入って来た。上一尉が小さく亜兼に合図をした。

 亜兼も笑顔を返した。

「でわ、師団長もこられましたので、会議を始めたいと思う」と片岡一佐が師団長の意を受けて、議長を務めて進めて行った。

「今日は突然君たちを召集したが、各方面混成連隊の連隊長より許可をもらって君ら中隊及び副将の幹部に集まってもらったのは、他でもない今の状況を打破するため君たちの若い意見を聞きたい、奇抜なアイデアーがあれば発表してくれ、今後の方針を検討する意味もある、始めに、第一師団の各状況の報告をしてもらう、先ずは千葉方面防衛網、混成連隊からいこう、作戦遂行状況について、方山方面副隊長」

 方山は席を立った。「はい、千葉方面防衛網、混成連隊副隊長の方山一尉であります。状況報告します、現在、袖ヶ浦(そでがうら)東金(とうがね)八街(やちまた)、成田、印西(いんざい)我孫子(あびこ)、このラインまで赤い敵の侵略が進んでおります、そのスピードは日に一ないし2キロと言ったかなりの速さです、その前線から三キロの範囲を防衛ラインと設定しております、これまで口にはしませんでしたが今日は本音を言わせていただきます。武器は榴弾砲、高射砲、ロケット砲、地対地誘導弾等、ほとんど効果無くダメージを与えるに至っていない、二機のビーム砲のみ相手の進行を阻止しているが、範囲が広すぎるため、二機では対処しきれていないのが現状であります、また未確認生物が最前線より一キロないし、二キロ先まで現われはじめております、よって防衛網を考え直し第二次防衛網を考慮する必要が出ております、ただ混成部隊千三百人規模では、範囲の広さから考えますと隊員の欠如は(いな)めません、実際のところ赤い敵の進行を阻止する事は極めて困難であり、侵略される状況に、なんら好転の(きざ)しを見ることは考えられない現状であります。

 長い説明の後、片岡一佐は解りきってはいた内容だが、改めて無力感を禁じえなかった。「解かった。今日は本音を聞こう自由に話せ、次は埼玉宮本一慰」

「分かりました、埼玉方面防衛網、混成連隊副隊長宮本です、状況報告します、こちら吉川(よしかわ)、越ヶ谷、大宮、所沢、埼玉方面ではこのラインまで赤い敵が進行しております装備については千葉方面隊と同様であります、また状況も同じく極めて厳しい現状は打開しきれておりません、こちらはビーム砲が一機のみのため、やはり範囲が広すぎて対処しきれておりません、同じくこちらも、敵の進行に対し、ほとんど防衛効果無く敵の侵略の早さには目を見張るものを感じます。しかし、本心は悔しいです、不眠の作戦追行も食い止めるまでに至っておりません、どのようにしたらいいのか、一佐・・・。

 そのことは片岡一佐も思慮を重ねてきた、だが打つ手は尽きていた、この会議はそのためのはずでもあった。「解った。まずは東京方面隊の状況を聞こう、上一尉どうだ。」

「はい、東京方面防衛網、混成連隊副隊長の上です。我が方につきましては東村山、小平、府中、稲城(いなぎ)と距離的には他の隊よりも狭い為、防衛実態は作戦の効果が有効に出ております、ビーム砲二機フル稼働で赤い敵は十分に阻止は出来ておりますが圧倒的な人工密集地

 のため下水道の普及が高いことから分析班も苦慮(くりょ)しております、地下系がどのようになっているのかは今調査中であります、ここ立川駐屯地から約十八キロの辺りまでは赤い敵は潜行して来ていると思われます、油断はできないでしょう」。

「分かった、調査は進めてくれ、次に神奈川佐伯(さえき)一慰、報告してもらおう」 

「はい、神奈川方面防衛網、混成連隊副隊長佐伯です。状況は、大和(やまと)綾瀬(あやせ)、藤沢のラインが赤い敵の侵略状況であります、装備、効果共に他と同様で、やはりビーム砲による効果を頼らざるおえない状況であります、赤い敵の進行阻止については、防戦一方で可能性は低く思われます。いつまで最前線が持ち応えられるか、時間の問題に感じられる現状であります。」

「解った、栃木、静岡、山梨についても同様のことと思われる、埼玉方面については数日中に、もう一機、ビーム砲を配備する予定だ、このように何処(どこ)も戦況は(かんば)しくない事は事実だ、しかしこのままの戦況では、第一師団のみならず東部方面全体が危機的状況に追い込まれかねない、そこで全員に意見を聞きたい、新たな敵攻略法についての作戦を、現場の声でもいい思い当たることがあるのなら聞かせてほしい、どうだ」・・・しーんと、しずまりかえってしまった。

 ある幹部の手が上がった。片岡一佐が指差した。「海藤一尉」

「はい、えーと、その、要するに我々が赤い敵と呼んでいる実態なのですが、あれはいったい何ですか、いつでしたか参謀会議で、この調査結果が公表されたとうかがいましたが、実際には一般にも我々にも発表される事無く、今日まで戦ってきましたが、公表できない訳があっての事でしょうか、しかしもう我々にも教えていただいても宜しいのでは」

 片岡一佐は山木師団長の顔を見た。山木師団長は咳払いをして低い声で話した。

「参謀会議が開かれた時と今は状況も変わってきている、話してもいいだろう、片岡一佐」

「解りました。」






  3 マリア・アンドレアス・ハーベー





 自衛隊の劣勢を回復すべく意見を聞くために開いた。師団の幹部会で海藤一尉より質問が出された。「今まで公表されなかった赤い敵の実態ですが、何故公表されなかったのか」

 しかし片岡は何処(どこ)から話していいものか迷っていた。「赤い敵は、科警研の分析によると、M618は人工的に作り出された物らしい」

 議場にいる(ほと)んどの幹部が驚きの声を上げた。「じゃあ、我々は人間の作り出した生物によって滅ぼされようとしていると言うのですか」海藤一尉が尋ねた。

「そう言うことだ」片岡は頷いて言った。

「そんな!」議場からも声が上がった。

 片岡一佐は立ち上がって、難しい顔で続けた「つまりそう言うことだ、人の手で作り出されたものに我々は滅ぼされようとしている、こんな事、公表出来るか」

 別の幹部が意気道理を感じて「被害を受けた市民が聞いたら、暴動に発展しかねませんよ」

 また別の幹部が憤慨(ふんがい)して「一体、誰が何んのために、そんな物を作り出したのですか、それは新型の兵器なのですか?」

 片岡は頷いて「皆の気持ちはよく解る、一般市民も同じだろう、だから公表することは出来なかった。やつらを制御しているのは超ナノテクで作り出されたメカだ、だから高出力マイクロ波で(こわ)す事が出来る、それがビーム砲の原理だ、やつらが青白く光るのはバリアのスイッチになっている、だからリアルタイムサイクルアナライザーでそのスイッチをOFFにして、やつらのバリアを干渉効果を使って、消す事が出来るのだ。我々も解っていることはその程度だ、誰が何のために作り出したのかも含めて分かっていない、ところで一枚の衛星写真を見てもらおう、A3に引き伸ばされた写真を隊員が(かか)げた。議場がざわついた、要するにその写真によく似たものが、今朝のローカル紙、東京青北新聞に載っていたというのである、亜兼はまずいと思った。

 国家機密をローカル紙がスッパ抜くなんて、亜兼は気まずい表情をしていた。だから紙面に載せるのを反対したんだよ。それをキャップは本当に載せちまいやがって、しかし誰もその意味は解らなかったようだ。

 片岡一佐は気まずそうな表情を浮かべた。「そうか、記者が撮影していたのか、とにかくこの写真のここの部分、東京を侵略している赤い敵が扇状に全体の五分の一程が消えて地肌が出ている」

 小声が飛び交った。確かにその原因までは新聞にも載っていなかったし議場の誰にも推測もつかなかった。

「こんな武器が在れば苦労はしなくてすむが」そのような声も聞こえてきた。

「原因は何だろう、まさかこんな武器があるわけがないよな、自然現象か?」

 片岡一佐はそう言う雑談を耳にしながら「実は関係した人物を呼んでいるので、ここで紹介する」

 片岡は亜兼の方を見て「亜兼義直君だ。」

 亜兼は立ち上がると無言で礼をした。そして演壇の隣に立った。

 議場は騒然となった。さっきまで芝生の上で寝ていた青年じゃーないか、この青年が一体、何が出来ると言うのか、皆不思議に思った。

 そう感じている事は亜兼も察していた。ここで白い箱から伝えられた話をしたところで、だれが信じるか、気が違った若者としか映らないだろう、そうであるなら仕方がない、荒っぽいがやるしかないと思った。

 片岡一佐が説明をした「信じがたいが、この写真は彼が行なった。」議場はまたしても騒然として明らかに信じることは無理といった雰囲気に包まれていた。

 片岡もそうなる事は百も承知(しょうち)であった。

「亜兼君、見せてやりたまえ」

「はい」そして亜兼は、上一尉を見た。

 今日の上一尉は山木師団長の護衛も兼ねていたため、9ミリ拳銃を腰に携帯していた。

「上一尉、手伝ってもらえますか」

 上は師団長を一瞥(いちべつ)すると師団長は頷いた、それを見て「解りました。」と立ち上がり、上一尉は亜兼との間を2メートルの所に立った。

 亜兼は冷静に「その9ミリ拳銃で私を撃ってください」

 突然の亜兼の申し出に、議場がざわめいた。

「何を言うんだ。出来る訳無いだろう」上はあまりの突然の申し出にあり得ないことだと慌ててしまった。

「上一尉、私を信じてください」

「え、しかし」上一尉は片岡一佐を見た。

 片岡は頷いた、そして上一尉は山木師団長を見た、山木師団長も頷いていた。

 上一尉は思った。片岡一佐も山木師団長も何か知らないが亜兼を信じているらしい、撃つしかないのか、上一尉は9ミリ拳銃をホルスターから引き抜くと、弾倉(だんそう)の中を確認するとゆっくり安全装置を外した、そして拳銃を右手で持った、水平に亜兼の胸に銃口を向けた。その間隔はわずか1メートル、どう見ても外す訳がない。

 亜兼は「いつでもいいです。」と冷静に言ったが、しかし、上に引き金が引ける訳がなかった。上一尉は額に汗がにじんできた。議場の全員もシーンとしてまさか本気ではないだろうと固唾(かたず)を飲んで緊張が走った。大丈夫なのか、議場にいる幹部達誰もがこの距離で拳銃を発射したら確実に彼は射殺される可能性が極めて高いことを認識した。

 上は何度も引き金を引こうとして引く事が出来ない。

 亜兼は上を見つめて「私は大丈夫です、頼みます。」

「分かった。」上一尉は意を決して、引き金を引いた。議場の中に発射音が響いた、「バキーン」銃口は火を噴いた。議場の全員が驚きの声が漏れた。

 亜兼は猫のように背中を丸くして弾丸を受け止めた。

 上の撃った弾丸は確実に亜兼を貫いた感触を上は感じた。「しまった。」上一尉は拳銃を床に落とすと、慌てて亜兼に駆け寄った。

「亜兼君、大丈夫か」

 亜兼は右手で静止した。

 片岡は確かに、上一尉が銃を撃った瞬間、亜兼が薄く青白く発光したのを見逃さなかった。

 亜兼は胸を押えていた左手を外して直立した。

 なんともなっていない、どよめきが議場に起きた。

「何故銃弾を避けられたのだ、上が外したとは思えない」

 亜兼の後ろの壁を見ても弾の(あと)は何処にも無い、亜兼に当たっていないとなると、弾は何処に消えたというのか、まさかそんなことが、と幹部達は思っていた。いったい何が起きたのか。

 亜兼は幹部達に向って「これは、マジックではありません」と腰のポシェットから白い箱を取り出した。

 それが一体、何だろうと片岡も師団長も上も全員が身を乗り出して注目した。

 身体検査の結果を知っている片岡も師団長もパワーの源が何であるのか疑問ではあった。

 いったい何故このへんてつも無い箱に原因があるとは、やはり理解出来なかった。

 亜兼は白い箱を演台の上に置いて、右手をその上に置いた。左手を誰もいない壁にむけた。壁の向こうには何も無いことは今朝、調べて知っていた。

 片岡も壁ぐらい壊してもいいと思っていた。

 左手の周辺の空間が(ゆがみ)出した。今まで動きの無かった部屋の空気が回転しだした。そして起きるはずの無い風が吹き始め、左手の前面に白い光の(つぶ)が突然現われだした、そしてしだいにそれがスパークを始めた。

「うをー」と議場に驚きの声が上がった。景色がしだいによじれだした部屋の空間の(ゆが)む中で上下の感覚さえ麻痺(まひ)しだした、誰もが宙に浮いているような感覚に(おちい)って行った。

「目が回りそうだ。」

「気持ち悪くなってきた。」

「この空間はいったい何次元なんだ。」

 色々な声が聞こえてきた。

 亜兼はそこで止めようと思った。だがうまくいかない、目を(つむ)ってやめようと努力した。しかし裏腹に一瞬光の束が亜兼の左手から発射されてしまった。

「バーン」爆発音と共に瞬間、部屋の中が白い光が(あふ)れて全員、目を覆った。「うわー」議場にわめく声が上がった。壁の一部に1メートル程の穴が開て光の帯はそこから何処までも飛んで行ってしまった。

「しまった。」亜兼は唇をかみ締めた。歪んだ空間が元に戻って来た。

 すぐさま警報が鳴り響き、放送がスピーカーから流れてきた。

「ただいま滑走路西側、待機場所において、輸送ヘリCH‐47Jが何者かに攻撃を受け爆発炎上中、攻撃方向、基地内仮官舎会議場あたり、各部署警戒態勢に入れ、十二中隊、十三中隊、現場に直行せよ負傷者は0以上」

「なに」と、立ち上がる幹部もいた。他の幹部達が小声でCH-47Jと言えば、全長20メートル以上あるぞ、乗員数は百名は乗れる大型ヘリだぞ、それが一撃でか、バズーカ砲でも一撃では無理だろう、驚きだな、亜兼は申し訳無い顔をして片岡一佐を見た。

 片岡は頷いて「負傷者がいないのなら気にするな」と師団長を見た。師団長も頷いていた。

 亜兼は咳払いをして「これもマジックではありません、それに私の能力でもありません、この白い箱のパワーです、今のパワーはほんの1パーセントにも満たない力であります、その写真の現象もこの、白い箱によります。」

「CH-47Jを破壊した力が1パーセントに満たない力だと?」

 やはり議場からは信じがたい反応が戻って来た。それでも亜兼は続けた。

「自衛隊の方達が赤い敵と呼んでいる発生の源は、これと同じ赤い箱゛によるものです。」又、一斉に「ええー」と信じられないと言った声が上がった。

 議場の誰かが「その小さな箱から漏れ出した生命体が二ヶ月足らずで日本が壊滅状態になったと言うのかね信じられないが」と首を横に振っていた。

 確かに、他の者も同じように思った。今までこれだけ苦しめられて来て、日本が壊滅寸前まで追い込まれて来ていると言うのに、その原因が単にこれと同じ小さな赤い箱と聞かされても、それは片岡一佐も山木師団長でも信じる程柔軟ではなかった。

 だが目の前であれだけの事を見せ付けられると多少は信じない理由も無かった。

 幹部達はいつの間にか亜兼の次の言葉に興味をもち始ていた。

 上一尉が尋ねた「その事が、何故(なぜ)解ったのか」

「はい、この白い箱にその質問を明らかにするデーターが記録されています。」

 片岡一佐もその記録を確めてみたいと思った。

「その記録は我々も確認することができるのか、出来れば聞かせてもらいたいが」   

 亜兼はどうなのだろうと思った。そんなことができるのだろうか、マリアに聞いてみることにした。

 亜兼はマリアを呼び出した。「マリア、えーと、ハーベーセルについてここで話すことはできるのか?」

 議場にいる全員がいったい亜兼が誰と話しているのだろうと不思議に思った。

 そして次に議場が突然幹部達の声が上がりざわついた。

 それは突然議場に澄んだ女性の声が響いたからでした。

「分かりました。ハーベーセルについて説明いたします。」とマリアの声がした。

 すると議場の数人から同じ質問の声が挙がった。「それは誰の声なんですか?」

「方山一尉、海藤一尉、前園一尉の質問に回答します。」とマリアが答えた。

 この三名は驚いた。何故自分の名前を知っているんだ。議場がざわめいた。

 片岡一佐は雑談を制止させた。「全員落ち着け静かにするんだ。」

 するとマリアが「片岡一佐ありがとうございます。」と言うと、片岡も一瞬「えっ」と言ってしまった。

 マリアが話し出した。「私はあなた達の思考を読ませていただきました。私の名前はマリア・アンドレアス・ハーベーです、今は人工知能としてインフィニティー221Eの中に存在しています。」

 議場の中で「インフィニティー221Eとは何だ?」と言う声が上がった。

 亜兼は小声で説明をした。「この白い箱のことです。」

 マリアは話を続けた。「もともと私は遺伝子情報と遺伝子工学の病理研究員でした。そして父は再生医療に(たずさ)わり難病治療の研究をしていました。名前をフランクリン・アンドレアス・ハーベー、そして難病を完治できるハーベーセルを開発しました、このことは今から二百二十後の未来のことです。」

 議場から「えー」と言う声と共に・・・

「なに、二百二十年後だって」

「二百二十年も未来の話だと」

「嘘だろう?」と言う声も聞こえてきた。

 議場からは当然ながら信じられないと言う声が何人も上がった。

 亜兼は下を向いて首を横に振った。もっともだ、自分だって初めはこの話を聞いたときは同じように信じられなかった。

 亜兼は頷きこの話を打ち切ろうと思った。「分かりました。この話を信じるのは確かに無理なことです。だが赤い敵が何であるのかを知るためにはそれでも話を聞かなければなりません、でもこれ以上理解できないというのでしたら話はやめましょう、マリアありがとう」亜兼は話を打ち切ってしまった。けれど議場の全員が信じないという訳でもないようだった。

 一人の幹部が立ち上がった。「佐伯(さえき)です、皆に悪いがその話続きを聞かせてくれないか、私は赤い敵が何であるか知りたい、君とマリアの話を聞いた上で真実かどうかは判断させてもらう、それでどうだろう」

 亜兼は議場にいる皆の顔を見た。頷いている幹部も多かった。そして片岡一佐を見た。

 片岡も頷いて「亜兼君、話を聞かせてもらえないか」と片岡も続きを聞きたかった。

 片岡一佐は師団長を見ると、師団長も頷いていた。

「分かりました。マリア続けてくれないか」

 マリアは話の続きを始めた。「ハーベーセルは今日本を壊滅しようとしています、M618のことであります。医療上の呼び名はコードネームレッド・ジャムと呼ばれていました。このハーベーセルはあなた達の時代のIPS細胞を遥かに超える全能性幹細胞であります。IPS細胞で細胞シートの培養には十数ヶ月を要するものです、しかしハーベーセルだと丸一日とかからないで細胞シートを培養することができます、それはDNAを人工的に改造して作り出した全能性幹細胞ですから、その特徴は従来の幹細胞の分裂のスピードを300倍の速さに上げました、あまりに早いため細胞に与えるダメージを防ぐため、ブラックスフェリカルユニットを開発したのです、それは活性酸素のDNAの破壊、増殖時の奇形種(きけいしゅ)の細胞の制御、遺伝子の癌化(がんか)や白血病の発症の抑制やウィールスによる細胞への攻撃などを抑制、制御をするためのものです。

 細胞壁の周りをバリアを張ることで保護されるようにしたものでした。もともとこの父の考案したブラックスフェリカルユニットはもともと軍事用に開発されたもので兵士を銃弾から守るものでしたがそれを父は細胞の免疫力を増大し、ウイルスを除去する程度の極めて弱いバリアに抑えていたものです。また、細胞分裂があまりに早いため、テロメアがじゃまになり外されてアポトーシスを押さえて永続的に増殖を繰り返すようにしたものでした。

 この治療を受けた人間は体の全ての細胞がこの細胞に置き換わったとき、新陳代謝は永続的となり常に若々しく、死の概念(がいねん)を克服する可能性を秘めています、まさに永遠の命を手に入れてしまうことも考えられた、そして全ての病気に対する治療がこれで可能となった全能性幹細胞が作り出されたのです。そしてこの研究を国際生命科学研究オペレーションに論文を発表しました。

 しかし国際生命科学研究オペレーションは実際、人工爆発の状況にある地球にとって飢餓を増長してしまうこの医学論文はその人工爆発に拍車を掛ける内容であることから発表を差し押さえてきました。

 父も納得をして廃棄を考えました。

 けれど共同開発者のマヤ・ナンディーはそれを不服に思いました、それはすでにこの治療のことを聞きつけたセレブたちが金は言い値で治療を望んできたからです、そのほかにも多くの裏企業や中東の大金持ちや中国の成金達がこの細胞のことを聞きつけて金に糸目はつけないと、ナンディーは取引を望んだ。しかし父は拒んだのです、それは一度世の中にこのハーベーセルが出回ったら管理できなくなり悪用される恐れを感じたからです。

 そこでナンディーは父のこの研究を(うばう)うため、国立医療研究センターでハーベーセルを廃棄のためラボで準備をしていた父のところに十数人の小銃を持った暴漢に襲撃させたのです。父のスタッフも何人も殺されました。

 その隙にナンディーはレッド・ジャムのベーススペックを書き換えてしまったのです、三百倍の増殖スピードを三千倍もの速さまで上げレッド・ジャムのブラックスフェリカルユニットのバリアの内容も書き換えて兵器級としてしまいました。もともと父の全能性幹細胞のバリアはウイルスなどから細胞壁を守る程度の微弱なバリアのはずでしたが、それをもとの軍事用までスペックを上げてしまいさらに相手の攻撃を無力化できるほどにスペックを変えてしっまいますた。そしてナンディーは増殖能力をマックスにセットしてスイッチを押してしまい増殖爆発をさせたのでした。その増殖の勢いはまるで水素爆発を起こしたかのように、一気にその施設を赤い液体で埋め尽くしてしまい、そのまま街までも飲み込んでいきました。

 ブラックスフェリカルユニットとはM618の塩基Xのことです。

 レッド・ジャムの暴走をとめようとした父は銃で撃たれてしまい、誰も暴走したレッド・ジャムの増殖を止めることはできなくなってしまいました。

 マヤ・ナンディーは改造したレッド・ジャムを赤いインフィニティー221Eに取り込むと国立医療研究センターにあった量子時空移動マシーンで飛び去ってしまった。

 私がラボについたとき父もスタッフも皆血だらけで床にたおれていました。

 父は私にナンディーを追うように言われました、そしてハーベーセルを取り返すようにと、私は父から渡されたこのインフィニティー221Eを持ってナンディーを追いました。

 中央制御センターの航行記録監視機能でナンディーが日本に向かったことは直ぐに分かりました。

 やはり私も国立医療研究センターの量子時空移動マシーンでナンディーを追いました、そして到着したところが三千年前の縄文時代の日本でした。

 なぜナンディーはここを選んだのか、後で理由が分かりました。マシーンから外に出てナンディーのマシーンを探すのは過酷な条件でした火山が噴火して火山灰が降り噴石も飛んでいました。船外活動は不可能なことはすぐに分かりました。

 その時すでに、私の街も国もレッド・ジャムにすでに壊滅されてしまい、もはや地球そのものも壊滅してしまったはずです、戻る場所を失い、三千年前のこの地で私がもはや生存することは直ぐに諦めました。そして私はインフィニティー221Eの中に自身のデジタルクローンを作り私の知識、思考を移しました。そして時が来ることを待つことにしました。

 ナンディーがこの時代のこの場所を選んだ理由はおそらくタイムポリスのお(たず)ね者になった事をくらますためだったのでしょう。タイムポリスの監視範囲はBC,ACともに三千年だったからです。ナンディーは以前に白血病にかかったとき瀕死(ひんし)の状態になり彼を救うため父はハーベーセルでナンディーを治療をしました。ナンディーの体の細胞が全てハーベーセルに置き換わっているとしたら不死身になっているはずです、それを見越してあの時代に逃げ込んだのでしょう、おそらく三千年経った今でも生きながらえているはずです。それはこの時代に赤のインフィニティー221Eを掘り出したことが何よりの証拠です。ただ彼が表に出てこないということがなぜなのか、レッド・ジャムが赤のインフィニティー221Eから放出されてしまったことは何だかの輸送中の事故であったふしがあります。なぜなら私のインフィニティー221Eもこの東京の上空に飛び交う電波があまりに強すぎることです、ましてアナログの電波がそのまま飛び交うことは私の時代ではありえ無いことです、インフィニティー221Eが誤作動を起こしても不思議ではありません、しかしその後も何もナンディーが行動をしてこないところを見ると別の目的なのか、それともレッド・ジャムを制御できずに野放しになってしまっているのか、想像はできません、また、ナンディーの真意も分かりません」

 議場の幹部たちは呆気に取られて聞いていた。

 ここで埼玉方面の宮本一慰が質問をした。「レッド・ジャムと言われている意味が赤い敵のことだと思われますが、ところで亜兼君、やつらの進行の阻止はできるのですか、マリアに聞いて欲しい」

「分かりました。」亜兼はマリアに尋ねた。

「マリア、レッド・ジャムを止めることはできるのか?」

 マリアの答えが議場に流れた。「もちろんです、そのために私は今まで存在しているのです、ただ今のレッド・ジャムは動きに統制(とうせい)が取れています、色々な街を同時に攻撃をしているのもその一つです。それらはレッド・ジャムがコントロールされていると言うことです、つまり赤のインフィニティー221Eによってレッド・ジャムは生命維持までコントロールされていると見るべきでしょう、ただバックにそれを操る頭脳を感じます。

 その頭脳はマヤ・ナンディーではありません、実態を消す(すべ)を知っている者です、私のデーターには存在しない頭脳パターンです。

 赤のインフィニティー221Eも私のインフィニティー221Eも、データーもボディーも再生能力があるためただ破壊することは不可能です。だから父は赤のインフィニティー221Eに対して私のインフィニティー221Eを反物質で構成したのでした。赤のインフィニティー221Eを破壊するためにはこの二つのインフィニティー221Eを合わせることで、反物質同し打ち消しあって破壊することができます。そのために父は私にナンディーを追わせたのです。しかし今の私は知能のみで実態がありません、だからこの白いインフィニティー221Eを使って赤のインフィニティー221Eを破壊することをあなた達に託したいと思います。」

 佐伯一慰もタイムマシーンは知っている、映画やテレビでもいろいろな話を見てきた、しかしそれは物語であって空想の話だ、マリアの話を聞いていてまるで自分がSFの空想の話の世界にいるような錯覚さえ感じていた。佐伯一慰だけではない、ほかの皆も同じであった。

 片岡一佐は山木師団長を見た、この場をどう整理したらいいのか分からなくなった。

 マリアの話は整合性がある、だが人間が三千年も生きられるのか、普通ではありえないだろう、だがタイムマシーンはまんざら嘘とは言い切れないと思っていた、片岡一佐は思い出した。

 それは、防衛省の技術研究本部の第一研究所で研究をしているもののことだろう、確か量子コンピューターといっていた。

 現代のコンピューターが十兆年かかる計算をわずか十数分で計算してしまう代物だそうだ。それは量子力学の重ね合わせ演算理論を素子と呼び、三二個の素子の量子コンピューターであれば四〇億のデーターを同時に演算できるとの事であった。すでにカナダのバンクーバーにある会社が製品化に成功したと聞いたが、またアメリカのカルホルニア州にある世界的インターネットの検索エンジンの会社で有名なグーグループでもこの量子コンピューターの開発に成功したと聞くが、また防衛省の第一研究所で量子コンピューターの説明を聞いたとき、興味ある話も聞かされた。

 それは、アメリカのロスアラモス国立研究所で量子テレポーテイションのデモを研究していたと言う、それが今年の春にすでに微粒子をテレポートに成功した記事が、テクニカル・インサイツに乗っていたと言うのである、テレポーテイションは瞬間移動のことであり、将来はスタートレックのようなことも実現化するだろうと、その記事に載っていたそうである。

 また別の話で日本アイ・ビー・エイム(株)のアルマンディー研究所がマサチューセッツ工科大学のアイザック・カミング博士との共同研究テーマの一つで、量子テレポーテーションの時間移動原理の研究があるそうであった、まさにタイムマシンの理論研究であるようだ。

 その時は半信半疑であったが、マリアの話を聞いて、二百年以上も未来の話なら量子時空移動マシーンなる物が存在しても不思議では無い気がしてきた。

 片岡はこの話をこの会場の皆にしてやった。まさにマリアの話がまんざら空想の話でもないことを皆も理解したようだ。と同時に自分達が戦っている相手が二百二十年もの先の未来で作り出されたとんでもない増殖能力を持つ全脳性幹細胞でバリアによって自衛隊の武器がほとんど通用しないことも認識したようであった。

 赤い箱を探すと言っても現実的に考えれば不可能な話だとほぼ全員が感じた。

 片岡はこれではまずいと思った。

「何だ、お前達どうしたんだ」片岡は笑顔を見せた。「その程度でもう降参か、自分の郷土を、自分の国を守りきろうという気概(きがい)喪失(そうしつ)してしまったか、これでは日本の国は赤い敵に明け渡すか、全ての土地も街も全ての国民も赤いやつらに飲み込まれてしまうのだぞ、それでいいのか」

 すると埼玉方面の副隊長の宮本一慰が突然「うわー」と声を上げると身体を震わせて立ち上がった。

「俺はそんなことはさせない、この国をやつらの好きにはさせない、やつらを俺は倒して国は死守する、同士も国民も俺は守る」

「そうだ、俺もやる死んでも守り抜く」次々に宮本一慰に同調する意見が上がった。

 片岡一佐は(くちびる)()んでうなずいた。「そうだ、我々は国を守るための集団だ、何があってもひるむことは無い、どんな敵が現れようが国を守るために戦うんだ。」

 山木師団長もその言葉を聴いていて頷いていた。

 片岡一佐は話を続けた。「ならば敵を倒すぞ、要は赤い箱を破壊するのみだ、それで赤い敵を壊滅することができるとマリアが言っていた。私は信じる」

 千葉方面の片山一慰が立ち上がった。「分かりました。マリアの話が全て理解できたわけではないが、信じない理由にはならない、むしろ理解できないのは自分の能力なのだろう、赤い敵を倒すにはその方法しかないのであるのなら私もやります。」

 上一慰は立ち上がり「ならば我方でその赤い箱を捜索します。」

 すると亜兼は上一尉を見た。「上一尉、赤い箱については何処にあるのかは分かっています。」

「何だと、何処なんだ?」上一尉も亜兼を見た。

「それは有楽町の第一京浜の下の地下調整池に沈んでいます。」

「そんなところにか、しかし地下の調整池と言っても広いぞ」

「大丈夫です、赤い箱が何処に沈んでいるのかも見えていますから」

 上一慰は驚いた。「何だと、赤い箱のある場所が見えているのか」

「はい」亜兼は頷いた。

 議場の幹部達は「えー」と言う驚きの声が上がった。

 上一尉が片岡一佐に「しかし、赤い箱がある位置が特定できたとして、どうやって、誰がM618の赤い海の中に入って行くのかですが?」

 亜兼が一歩前に出て「私が行きます、この白い箱を、(あつか)えるのは私しかいません」

 上一尉が「しかし、君は民間人だ、我々としては危険なことをさせるわけにはいかない、私が行きます。」上は片岡一佐に近づくとその役割を志願した。

 亜兼は上を見て「この箱の扱いは無理です。」

「やってみないと解らないだろう」と言って、上は演台の上の白い箱に右手を乗せた「ウム」特に何も起こらなかった。

 亜兼はだから言った事じゃないと言う顔で「誰がやっても同じことです、私以外には唯の箱です、それ以上のものではありませんよ、だから私の他に適任者はいないことになります」片岡一佐は山木師団長に相談した。

 山木も彼しかいないと判断するが違和感は感じていた。

 片岡は結論を出した。「この役は、亜兼君にお願いしたい、ただし護衛に付いては万全を期すよう見当して欲しいが」

 山木師団長は全員が納得をした空気を感じていなかった。これではいかん・・・

「どうなんだ全員納得しているのか、この作戦は我が師団にとっても、最後の切り札になるやも知れない、作戦に乱れがあっては一切ならない、()てた作戦を信じろ、団結以外敵を倒す鍵は無いぞ、そうでないのであるならば、別の方策を考えざるをえない、どうなんだ」沈黙の時が流れた。

 一人の幹部が席を立って意見を述べた。栃木方面寿木(ことぶき)中隊長であった「確かに亜兼さんの話は理解し難い、しかし作戦立案に協力することとは別問題であります、現実に栃木方面へ侵略を加えている赤い敵の脅威は日増しに拡大しています、しかし武器は殆んど通用せず、その侵略振りには手の(ほどこ)し様がありません、一ヶ月、いや何週間後か、県全体があの赤い海に(おお)()くされるでしょう、今それを阻止する事ができると言うのなら、当然、賛成します、彼の話しは私の理解力を超えた話ですが、それは私の問題として納得します。

 別の幹部が立ち上がった。「やはり、理解を求めるならそれなりの証拠か証明できる文献があってしかるべきだ、だがこの際、私も信じることにしましょう赤い箱の存在を、また、破壊する為、戦います、しかし民間人を起用することには疑問が残ります。」

 また別の幹部の手が上がった。「先ほどの亜兼さんの不思議な技がマジックでなく、その白い箱の力であるとするなら、信じる余地はあると考えます、また証拠の一つになると思うし、ひいては赤い箱が存在する証拠ととらえても自然ではないかと思います、私も是非参加させていただきたい、しかし、この件に関して同じく自衛隊で処理すべき問題だと思っております。」

 まずいな、と亜兼は下を向き、どうしたらいいのかと思っていた。

 何の気なしに右手を白い箱の上に乗せていた。

 片岡一佐が「解った。そう判断するのは妥当(だとう)だろうしかし」

 亜兼が目を見開いていきなり顔を上げた。

「片岡一佐、お話の途中申し訳ありません」

 片岡は亜兼の様子を見て「どうかしたか」

「失礼ですが、上一尉、ここから十数キロのところで敵を食い止めて何日になりますか」

 上は即答した。「確か、六日になるが」

 亜兼は白い箱に手を置いたまま敵の動きを感じていた。

「早く、後方に退避させた方がいいです、敵に後方に回られたら退路を()たれる可能性があります。敵はすでに地下を進んでこの基地まで入り込んでいます。」

「何だと」片岡一佐の思考が混乱をした。

 上一尉の顔の表情が変り、慌てて無線で連隊に連絡を取った。

「こちら東京方面防衛網指揮車です。」東京方面隊の指揮車通信係りが出た。

「上だ状況は」

「特に変化はありませんが」隊員の落ち着いた声がした。

 上が慌てて指示をした。「直ちに二十キロ後退しろ」

「はっ」通信車の隊員はすぐには理解できなかった。

 上は焦っていた。「後退だ、直ちに後退だ、赤い敵に包囲されたようだ」

「え、直ちに」隊員はあせって大隊長に報告をした。

 亜兼が片岡一佐に尋ねた。「輸送ヘリでビーム砲を運搬できるのですか」

「できるだろう」

 その言葉を受けて、上一尉は片岡一佐に「輸送ヘリを要請します。」

「解った。」片岡はすぐに司令部に指示をした。

 その時、緊急放送が流れてきた。

「立川駅北口ロータリー内において、赤い敵がマンホールより突然出現、今現在、至る所のマンホールより、M618赤い敵が空高く吹き上げており、駅の利用客にかなりの被害が出ている模様(もよう)、尚かなりの速度で広範囲に広がりつつあります、M618が当基地を急襲するも、時間の問題と思われる」議場の全員が一斉に立ち上がった。

 師団長がすぐさま指示をした「各幹部は部署に戻り指揮を取るように、解散。」

 幹部達は一斉に散って行った。






 4 決  断





 亜兼は直ぐにスマートホンで青木キャップに連絡をした。

「キャップ、直ぐビルから避難してください」

「えー、何言ってるんだ、亜兼」青木は何を言っているんだと思った。

「キャップ、駅周辺に現れたんです、すでに赤い奴が本社ビルにも入り込んでいるに違いありません、下から現れたら逃げ場がなくなります、直ぐに全員をビルから避難させてください」

 仮官舎に、緊急放送が流れてきた。「基地南側に赤い敵出現ん、全員直ちに戦闘体勢に入れ」

 無線で師団長に司令部から指示を求めて来た、師団長は間髪を入れずに指示をした。

「住民のため基地を開放し、住民の避難に輸送ヘリをフル稼働させろ、非難誘導のため、各中隊を出動させ、その任にあたるように、ビーム砲が到着しだい東側出入り口にセットしてメイン道路を確保させろ、あとは戦闘体勢を維持しながら撤退の準備を急げ、完了後随時撤退だ、以上」

 亜兼は知佐の居場所を片岡一佐に尋ねた。「知佐さんは何処に居ます。」

「確か、仮官舎の事務所だと思う」片岡は無線機で指示を与えていた、そのため任務で手が離せなくなってしまった。

「私が行きます。」亜兼は急いだ。

「たのんだぞ、あー待て、これを持って行け、何処にでも入れる」とストラップ付きの認証カードを投げてよこした。亜兼はそれを首に掛けると飛び出して行った。

 今回、立川に出現した。M618は前回、市ヶ谷に出現したものと違い、とてつもなく早いスピードで増殖していた。街にいた人々もあまりの早さに逃げ場を失い、多くの人たちが犠牲になって行った。ジープや輸送トラックに、隊員達が乗り込んで、基地の正門からぞくぞくと街に出て行った。だがM618は下水道、マンホール、全ての地下施設に進入して、そこから地面の中にまで広がって行った。

 立川のかなり広い範囲にわたって、まるでカビの繁殖を思わせるようにはびこって行った。そして一(いっせい)に地上に吹き出してきたのでした。そのため地面が地震のように()れ動き、地上の建物は次々と倒壊(とうかい)して行きました。中にいた人々は逃げる間も無く建物の下敷きとなり、命を落す人が後を断たなかった。

 倒壊した建物の中を自衛隊員が救助活動を行なっていると、つぶれた建物の中で身動きしている者を確認した。隊員が声を掛けた。「大丈夫か。今助けるぞ」

 一生懸命残材を取り除き何とか掘り起こすと、中から急に赤い化け物が飛び出して来た。いきなり隊員に飛び掛り喉首(のどくび)に噛み付いてきた。血しぶきが飛び散り隊員はホルスター

 から拳銃を引き抜き化け物に向けたがその腕を折られ息絶(いきた)えた。

 その後赤い化け物が次々と現われ、隊員達に襲い掛かって行った。

 隊員達も小銃で応戦するが通常弾では歯が立たず、逃げ惑う隊員達は化け物の餌食(えじき)になって行った。

 司令部にその状況の報告が除々に入ってきた。

 そのうち甚大な被害となって報告されだした。弾丸の種類まで、司令部が把握し切れていなかったためだ、司令部次官が「何故、炸裂弾を携帯していないんだ」

「現場では指示が無かったとか」

「馬鹿か、自分の命は自分で守れ、直ぐ炸裂弾を携帯させろ、待て、待て、撤退の指示が先だ、撤退させろ」

 立川基地の中に住民が殺到してきていた。輸送ヘリは避難場所に随時搬送していた。

 東京青北新聞本社では間一髪、亜兼の連絡で難を逃れる事が出来たのでした。

 キャップをはじめ全員、新青梅街道を西に向って走っていた。

 半日もしない内に立川駅の北側はM618によって真赤な海に変って行った。

 亜兼は仮官舎の事務所で知佐をやっと探し出したのでした。「知佐さん無事ですか、良かった。」

 知佐は半べそをかいて、どうしていいか解らなかった。

 亜兼を見つけると駆け寄って行った。

「どうしていいか解らなくて、恐かったは」

「片岡一佐の所へ行きましょう、待っています。」と亜兼は片岡の所に案内した。

「おー、戻ったか、亜兼君有難う、知佐大丈夫だったか」

「はい、大丈夫です。」

「よし、隊員はすでに避難をしている、じきに非難は完了となるだろう、最後の輸送ヘリが一機残っている、急ごう」

 ジープに乗り込み、ヘリに向った。すでに師団長と護衛隊、それに司令部の隊員は乗り込んでいた。ジープが着くなり片岡達もヘリに乗り込んだ。

 上一尉はヘリで自分の隊に戻って行った。

 輸送ヘリのメインローターのクラッチスイッチが入った。メインローターが動き出し回転羽が空気を切る音がし出した。

 エンジンの回転計を見ると五十パーセントに満たなかった。安定するのに時間が掛かかり、すぐには飛び立つことができなかった。窓の外を見ると赤い津波のようなM618がこちらに(せま)ってきていた。

 師団長が「まだ、離陸はできないのか」とさけんだ。

 操縦士が「まだ無理です、回転数六十五パーセント、暖機運転にもなっていません」

「速くしないと、あれに飲み込まれてしまうぞ」

 赤い津波の前を例の化け物の大群がこちらに向って走ってきていた。

 すでに二百メートルの所まで来た。

 亜兼が真剣な顔で片岡一佐の所に歩み寄り「私が一掃します。」と窓の外を見た。

 片岡一佐に亜兼は後ろの輸送口を開けてもらうよう頼んだ。片岡は操縦士に開けるよう指示をした。「ゴー」という騒音(そうおん)と共に後ろの輸送口が開きだした。

 ヘリの輸送口の向こうの景色が各々の眼に飛び込んできた。あたり一面が真っ赤に染まりだしていた。それお見た全員が恐怖を感じ、(あせ)りだした。「早くしないと、あれに飲み込まれてしまうぞ」神に祈る気持ちであった。

 亜兼はそこに向って歩き出した。輸送口が完全に開くと外に下りていった。

 ローターの羽が空気を切る音と風の轟音(ごうおん)と共に吹き荒れていた。

 亜兼は向ってくるM618の赤い津波に対して左手を向けた。無数の赤い化け物が物凄い勢いで迫って来る前方を(とら)えた。

 ヘリの操縦士が伝えてきた。「回転数八十パーセント、暖機運転に入ります。」

 知佐は輸送口の外に立つ亜兼を見守っていた。「早く乗ってください」

 亜兼の左手の前方の空間が(ゆが)みだしたのでした。曇った空が渦を巻きだし、風が起こり始めた。

 白い光の粒が現われ出し、その光がスパークを始め、亜兼の左手に集まりだしてきた、除々に、光の束に成り出した。

 赤い津波はあわやヘリを飲み込む寸前にまで迫ってきた。

 亜兼は気合を入れて叫んだ。「白光撃破を食らわしてやるぜ受けてみろ」と左手を力任せに押し出した。と同時に景色が白い光の中に消えていった。

 気が付くと光の帯びが地響きと共に赤い化け物に向って突き進んで行った。

 バリバリバリバリ赤い化け物が次々と、ばらばらに吹き飛んでいき、白い光の中に消えていった。そして赤い津波に光の帯びが到達するとバチバチバチバチバチと全体がスパークを始め、一気に爆発して渦を巻く砂ぼこりのなかに消滅して行った。

 ローターのブレードによる風で砂塵が吹き飛ばされて砂ぼこりが消えた後に現れたその光景はまさに衛星写真で見たそのものであった。

 それを見た山木師団長、片岡一佐、乗り合わせた幹部自衛官達も目を丸くして声を失った。

「これは!」衛星写真のあれは彼がやったのかと分るととんでもない威力に恐怖を感じるほどであった。

 皆は興奮して息が荒くなっていた。

 亜兼は輸送口から中にはいって来た。

 あまりの凄さに圧倒されて、疲れ果てた顔をして通り過ぎていく亜兼に皆、声を掛けることも出来なかった。

 亜兼は席に付くと、知佐が寄って来て「体、大丈夫ですか、何か恐ろしいような力ですね」

 疲れた顔をして亜兼は「私の力ではありません、大丈夫です。」と息を切らして言った。

「回転数百パーセント。ローターは安定しましたので離陸します。」と操縦士の声がスピーカーから流れてきた。フワッと機体が浮いた気がした、そのまま上空に除々に上がり始め、西の空に飛んで行った。

 前の席で今後の作戦会議が始まった。

 亜兼は体を休める事に専念をしていた。しばらくすると亜兼もその会議に呼ばれたのでした。

 片岡一佐が「これから霞ヶ浦の関東補給処に向うが、君はそれでよいか」とたずねてきた。

「はい」亜兼は頷いた。

 霞ヶ浦ならつくばも近いしと思った。「結構です、けれど、私は決めました。あなた方自衛隊とは別に私は私で赤い箱を破壊します。」

「亜兼君、そんな無茶を言っても」片岡一佐は思いとどまるように言った。

 亜兼は師団長に向って「どんな手を打っても、やつらには今さら何も通用しないでしょう、このままでは時を与えるだけです、結果、今以上に拡大して勢力を広げられてしまう事になります、それがやつらの力を増大する事であり、いっそう手がつけられなくなるでしょう、そうなったら我々は逃げ延びる事で精一杯になるだけです、壊滅して行く日本をただ眺めていく事になりますよ」

「君、師団長に対して失礼ではないか」と護衛の隊員が口をはさんできた。

「君、やめたまえ」師団長が隊員を制止した。

「確かに亜兼君の言う通りだろう」師団長も懸念していることでもあった。

「師団長、私を赤い箱のある浜崎橋ジャンクションの上空に運んで下さい」亜兼は真剣な目つきで師団長を見つめた。

 師団長は真剣な亜兼の目を受けとめて決断した。

「解った。しかしそのままの姿ではM618の赤い海の中に入って行くんだぞ、無理だろう、せめて宇宙開発センターに要請して宇宙服を至急取り寄せるから、それまで待てんか」

「分かりました、待ちます。」亜兼は唇をかみ()めて納得をした。

 片岡一佐が心配して「師団長、いいんですか」

「彼の言う通りだろう、何かあったら私が全ての責任は取る、それと一佐、頼みがある、UH―60JAヘリを5機用意してくれないか、増加タンクを取り付けて」

「解りました。」

 司令部付きの通信隊員が「各隊への指令はどう致しましょうか」と指示を待っていた。

 片岡が会議内容を伝えた。「先ず、関東補給処と朝日それと古河支処それに土浦の武器学校へ分散させて駐屯するよう手配してくれ」

「はい、解りました。」通信隊員は各機に指示を伝えた。

 師団長が亜兼に話し掛けてきた。「何故、君はそこまで出来るんだ、恐くは無いのか」

「それは恐いです、しかし将来がどうなるか解っています。」亜兼は厳しい表情で言った。

「どうなるんだね」師団長も自分の考えを確認するように聞いてきた。

「日本も世界も滅びます、どっちにしても早かれ遅かれ地球自体が飲み込まれてしまいます皆死にます、だからです、早く決着を付けたいだけです、日本が全て侵略される姿を師団長は見ていられますか」

「いや、私も君と同じ事を考えるだろう」とうなずいて見せた。

 亜兼は元の席に戻って体を休めた。しばらくすると霞ヶ浦の関東補給処に到着した。

 もともとここは航空学校があったため滑走路が整備されていたのでした。

 到着した翌日は亜兼は一日、部屋で疲れを取っていた。夕方応接室に行き、テレビを点けるとローカルニュースをやっていた。

 やはり、昨日一日でかなりの都市がM618に飲み込まれたらしい、テレビに向って「くそ、今に見てろ、いつまでも自由に侵略し続けられると思うなよ」と亜兼が興奮していると。

「ずいぶん怒っているね」と片岡一佐が寄って来た。

「知らせがある、例の宇宙服は、明後日には来るが」と言って片岡は亜兼を見た。

何時頃(なんじころ)ですか」

「昼前後だろう」

「では、明後日、午後にでも実行したいと思います。」亜兼は決行の日時を決断した。

「そうか、じゃー師団長に報告しておくがいいか」

「はい、お願いします、早々に決着付をけますよ、それで片岡一佐、お願いがあります、明日出かけて来たいのですが、出来ましたらジープをお借りできませんか」

「そうか、いいが、で何処にいくのかな」片岡も張り詰めた亜兼の気持ちを思うとドライブぐらいいいだろうと思った。

「はい、科警研に」本当は亜兼は決着後戻れるのかも分からないと思っていた、その前に科警研で皆に会いたいと思った。

「あー、そうか、ここからだと三十分ぐらいかな、申請しておいて上げよう」

「有難うございます。」

 次の日は朝からジープを借りて、亜兼は出かけて行った。街を走ってみると駐屯地が以外と街の中にあったのに気が付いた。つくばまで二十キロ弱だった。

 朝九時には着くことが出来た。学園通りを走り抜け、大学院が見えてきた。

 近代的な造りの校舎に入ると、医科学研究科と書いてあった。

 二階に上がって行くと、入り口のドアの横に科学警察研究所と書かれた表札が掛けられていた。

 その前に立つと、もう二度と来る事も無いかも知れないと思いながらドアをノックした。ドアが開いて事務の人が出てきた。

 その人は亜兼を見覚えのある人だと思った。「確か、新聞記者の方でしたね」

「亜兼と言います。」

「しばらくお待ちください」中に入ると古木補佐が笑顔でやってきた。

「おー、亜兼君、よく来たな、その後どうだった。」

「はい、大変でした。今霞ヶ浦の駐屯地にいます。」

「ほーう、近いところにいるんだね、ちょっと待って」と古木補佐は吉岡と恵美子を呼んだ。

 吉岡がすっ飛んで来た。恵美子もまさかといった笑顔でやって来た。

  吉岡は亜兼の顔を見ると笑顔で迎えた。「古木補佐ちょっと時間とっていいですか」

「ああ、たっぷりとっていいぞ」古木は笑顔を見せた。

「すいません、兼ちゃん行こう」吉岡は亜兼を案内した。

 二人は外に出た。「ほら、兼ちゃんが吹き飛ばしたイチョウの木だ、四五本も吹き飛んでいたぞ、すげえな」吉岡は亜兼の突然の訪問が嬉しかった。 

「ところで宗ちゃん、今何か開発しているの」

「兼ちゃんじゃー秘密にしてもしょうがねえか、ビーム砲を小型にしているよ、じきに出来るよ」

 吉岡は吹き飛んだイチョウの木をあごでしゃくって「それより、兼ちゃんこそあれからどうしていた」

「うん、今霞ヶ浦の駐屯地にいるんだ。」

「じゃあ、いつでも合えるな」と吉岡は喜んだ。

「あー、おととい立川がM618に飲み込まれたよ」亜兼は厳しい表情をしていた。

「え、そう」それには吉岡も驚いた。

「青梅の実家も時間の問題になってきたな、だけど俺は阻止してやるけどね」何としても阻止してやると亜兼は思った。

「お前、どうやって、又無茶やらかすんじゃないだろうな」吉岡は亜兼が何をやらかすのか気になった。

 亜兼は鼻で笑った。「無茶か、まーあ、それなりに危険はあるさ」

 そこえ恵美子が冷たいジュースを持ってやって来た。「どうぞ、冷えてるから早く飲んで」

「わー、ありがたい」亜兼は今の雰囲気がとても嬉しかった。

 吉岡が笑って「珍しいな、今日の天候大丈夫かな」とふざけた。

「まーあ、失礼ね、どう亜兼さん体もう大丈夫なの」と恵美子は亜兼を見た。

「うん、おかげですっかりいいよ、しかし恵美子さんにはいつも驚かされていたな、ほら、一番最初に恵美子さんに会ったのは北海道でしたね、支笏湖の遺跡で、あの時スカイダイブであの気流の中空から降りて来るなんて、驚きでしたよ」亜兼は嬉しそうに話した。

「あー、そんな事あったわね、あら亜兼さんこそ神出鬼没ね、何処にでも現れて、七月二十七日市ヶ谷が落ちた日何故(なぜ)あそこに現れたのか今だに謎だは、どうやって防衛施設に入り込めたのかしら」恵美子は首を傾げた。

「あー、あれか」亜兼はニヤニヤするだけでそのことは話そうとはしなかった。

「そうそう、宗ちゃん、車長い事借りちゃって助かったよ、有難う」亜兼の今日の目的の一つは吉岡にお礼を言っておくことだった。もしも二度と会えなくなって、お礼を言えなくなったら心残りに思っただろう。

「礼を言うなんてお前らしくないな、どうしたんだよ。それにしてもずいぶん汚してくれたから元に戻すのに大変だったよ」吉岡は笑っていた。

 亜兼は少し(さみ)しい表情になって「もう、時間だそろそろ行かないと」

「もう行かなきゃいけないのか」と吉岡が残念そうに言った。

 恵美子も「そうよ、来たばかりじゃないの」

 亜兼はわざと明るく振舞って「わるいわるい、二人とも有難う、これですっきりしたよ」

 吉岡は気になった、亜兼のその表情が「兼ちゃん、自衛隊で何してるのか知らないが、もう直ぐお前の役に立ちそうだ、待っていろよ無茶するんじゃねえぞ」

 亜兼は笑顔でうなずくだけだった。「じゃ、また」ジープに乗って手を振ると厳しい顔で車を走らせて行った。

 恵美子は何か気になった。「何か変ね、今日の亜兼さんぴりぴりしていなかった。無理に取り(つくろ)っているように感じたけど、気のせいかしら」

「いや、そうだな」吉岡も同じように感じた。

 亜兼は赤い箱の捜索を明日決行すると決めたものの、内心恐いと思っていた。でも、今日二人に合う事で心が落ち着いた。

 あの二人も守らなければと思う気持ちが強くなった。帰りの道で腹が決まった。

 必ずやってやると。

 夕方、亜兼が自室にいると知佐が訪ねて来た。ドアをノックする音がして「亜兼さん、いますか」

「はい」ドアを開けるとそこに心配そうな顔をした知佐が立っていた。

「どうしたのですか」亜兼はちょっと驚いた。

「あのー」知佐は思い詰めていた。亜兼はそれお悟ってやさしく笑顔で声を掛けた。

「散歩しませんか」と亜兼が言うと、知佐は頷いた。

 外に出て五分程歩くと元航空学校の滑走路に来た。夕暮れの中に赤と青のライトが点灯していて、綺麗だった。

 亜兼がそれを見て「飛行機が下りて来るのかな、ライトが()いていますね」

「ええ」今の知佐はその事よりも気になることがあった。

「ところで、どうしました。」亜兼は知佐が何を気にしているのかたずねた。

「あのー、叔父から聞きました、明日、M618の赤い海の中に入って行くんですか、私恐いんです。」知佐には耐え難いほど怖かった。

「知佐さん、大丈夫です、きっとやり遂げて戻ってきます。」亜兼は知佐に心配を掛けまいとわざと自信ありげに話した。

「そう信じているは、でも恐いんです、どうしても行かなくてはならないのですか」知佐は何とか亜兼に思いとどまってほしいと思った。

「それは・・・大丈夫です、そんなに深刻にならなくても、きっとあっさりやってのけるから、ハハハハ」と亜兼は笑ってごまかした。

「それより、ほら見てご覧、星が綺麗です、あれカシオペアじゃない」亜兼が空を指差した。

「どれですか、あっ流れ星」知佐は急にお祈りをはじめた。

 亜兼はその姿を見て「ハハハ、迷信ですよー」と笑った。

 知佐はむくれて「そんな事はありません、叶えてもらわないと、困ります。」

「困るって、何を祈ったんですか」と亜兼は笑った。

 知佐は恥ずかしそうに「亜兼さんが無事に戻ってこれますように」

 亜兼は知佐を見つめた。「ありがとう、知佐さん、夕食一緒に食べましょう、駐屯地の食堂ですけど、お礼に、おもりますよ」

「あら、あそこ、ただですわよ」二人は笑った。

「夜露に濡れるといけないから、そろそろ帰りましょう」と歩き出すと、一機の飛行機が降りて来た。

 翌朝、亜兼は片岡一佐に呼ばれ事務室に行ってみると、そこに上一尉がいた。

「上一尉、いつこちらに来たのですか」亜兼は嬉しかった。

 上は血相をかいて「亜兼君、今日、赤い敵の中に入ると片岡一佐から聞いて、昨日の夜こちらに着いた」

「昨夜の飛行機は上一尉が乗っていたのですか」亜兼はあのときの飛行機がそうだったのかと思った。

「はぐらかさないでくれ」上はそんな大事なことを言わずに水臭いと思っていた。

 亜兼は厳しい顔になり「はい、今日決行します。」

「どうしてもか」上は亜兼に回避(かいひ)してほしいと願った。

 亜兼は頷くだけだった。

「じゃー、私も行きます、片岡一佐、構わんでしょう」上の意思も硬く亜兼を一人では行かせない、自分が補佐をすると決めていた。

「君も頑固だから、駄目だと言っても行くんだろう」片岡は上が言い出したら止められないと思った。

「じゃー、決まりですね」上はこれで許可を取り付けたと決め付けた。

 片岡は仕方がないとうなずいた。そして大きなダンボール箱に近づいて「亜兼君、宇宙服が昨日の飛行機で一緒に届いたぞ」

「そうですか、ちょっと着てもいいですか」これで決着をつけてやる、これを着て動きを確かめたかった、亜兼はダンボール箱に近づいた。

「いいとも」片岡は数人の隊員を呼んで亜兼に宇宙服を着せた。

 上一尉も手伝ってやったのでした。そして「亜兼君、この服に発信機を付けさせてもらうぞ」

「はい、どうぞ、これで予定通り午後実行に移せそうです。」本当のところ腹は決まったとはいえやはり内心はかなり怖かった。

 いよいよ、出動の時刻となった。すでに三機のUH―60JAヘリが飛行場に待機していた。スタブウイングに増加タンクが取り付けられていた。

 通常航続距離は五八〇キロメートルだ、増加タンクを取り付けることで千三百キロメートルに伸びる事になる、それに対戦車ミサイル、二十ミリ砲ポッド、ロケット弾ポッドを搭載していた。亜兼は宇宙服を着て乗り込んでいった。

 上一尉は別の機に乗り込んで行った、搭乗員は上が持っているものが何なのか聞いた。「それはなんですか?」

「これか、これは水中で使う携帯のロケット砲だよ」

 搭乗員は不思議に思った。「何故そんなものを?」

「ああ、オマジナイのようなものだハハハ」上ははぐらかすように笑った。

 そして上一尉は亜兼の宇宙服に取り付けた発信機の動作確認を行なってみた。

「亜兼君聞こえるか、感度はどおだ?」と呼びかけながら、スマートホンを見ながら亜兼の位置を確認していた。

「OKです。」

 これから現地に出発だ、障害なく赤い海の中に入っていけるのか、そんな保証は何もない、まずありえないだろう、何とか対処するさ、赤い箱のある場所は見えているとは言え、すんなりと手にすることはありえないはず、また何が起きるのかも分からない、創造もできるわけもなかった、それでも亜兼の頭の中では色々なことが次々浮かんでは消えていったのでした。

 師団長は発進の合図を送った。そしてゆっくりとヘリは浮上して行った。その姿を見ていて師団長はこれでいいのか、見送ってからも迷っていた。出来れば今でも止めたいと感じていた。しかし亜兼との約束だ、師団長に止めることはできない、だから彼えのサポートのできることはなんでもしてやりたかったが、彼が無事に戻ってくる保証は何も無い、そうで或る以上師団長の迷いは払拭(ふっしょく)できなかった。そんな状況で出発の際の威勢のよい言葉などかけられる雰囲気ではなかった。

 赤い海に(もぐ)り目的を達して戻って来られるのか、そもそもあの赤い海に潜ることだけでも無理だと誰しも考えることだった、それでも送り出さざる負えないその重苦しい雰囲気の中、隊員も片岡一佐も仕方なく見送った、直ぐに司令室に入り状況を逐一(ちくいち)チェックしていた。

 知佐は建物の中から窓越しに、必ず戻りますように、と祈りながら見送っていた。






 5 衝撃の真実 





 霞ヶ浦の関東補給処を飛び立ったUH―60JAの三番機のヘリにカメラは搭載してあった、映像は全て司令室に送られてきていた。

 離陸したヘリは等間隔で東の空に向って飛んでいった。

 三機のヘリは常磐道に沿って流れるように飛んでいた。科警研のあった柏も通り過ぎて、八潮市あたりは、もじ通り血の海のようになっていた。

 高層ビルや高速道路、鉄塔が赤い海の中から飛び出していた。

 十五分程して亜兼は赤い箱の存在をはっきりと感じ取っていた。

 浜崎橋ジャンクション付近まで来た時でした、赤い箱を強く感じていた。

 亜兼はより強く感じる位置にヘリを誘導していった。

 そこは第一京浜の上空のはずだがヘリの下は何処もかしこもただ真っ赤な色で埋め尽くされていた。

 操縦士が尋ねた。「このあたりですか」

 亜兼は真っ赤な海を(のぞ)き込みながら「はい、そうです。」と答えた。

 操縦士が他のヘリに「目標上空に到達したもよう、このまま空中停止により定位置を確保します。」と伝えた。それは司令部も確認していた。

「了解」と上一尉から無線が入った。

「亜兼君、赤い箱は下にあるのか」上一尉が確認をした。

「はい、間違いありません」亜兼のイメージの中に赤い箱が見えていた。

「それで、どんな様子だ。」上一尉は下の赤い海を覗き込んだ。この中に入れるのか疑問に思った。

「これなら手際よく決められそうです。」しかし亜兼は普通の海にでも入るつもりのような返答だった。

 上一尉は疑問に思った。「亜兼君調整池は第一京浜の下だろう、路盤(ろばん)でふさがれているのだろう、どうやって中に入るのだ」

「はい、地下の調整池からM618が大量に地上に出るためだったのでしょう路盤が壊されてなくなっています。」

「何だって、そこまで見通せるのか、しかし油断はするなよ、くれぐれも慎重に行けよ」

「はい、解りました。」亜兼はいよいよM618の赤い海の中に降りて行く準備を始めた。

「すいません、ワイヤー取り付けてもらえますか」隊員は背中のフックにワイヤーを取り付けた。

 隊員が「ワイヤー装着OK。」と指差(ゆびさ)呼称(こしょう)した。

「ワイヤー装着確認」隊員は一つ一つ確認をして、坦々と事が進められて行った。

 亜兼は力強く言葉を発した。「行って来ます。」

 ヘリのドアを開け下を見るとさすがに赤い海は不気味であった。

 意を決して、前のめりになりワイヤーが伸びて行った。

 除々に体が降下して行った。M618の例の赤い腕が伸びてきても不思議ではないし何が起きるか解らない、亜兼は緊張の極限であった。宇宙服の中でしっかりと白い箱を押え付けて、いつでもバリアを張れる体勢を取っていた。

 上一尉から無線が入った「亜兼君、大丈夫か」

「はい、大丈夫です、あと数メートルで着水というか、着敵となります。今のところ障害となる事は起きておりません」何故なのかこうもすんなり事が運ぶとは亜兼にも分からなかった。ただ何があっても白い箱の防御システムを信じるだけであった。

「油断はするな、何かあったら直ぐに引き上げるぞ」上も何が起きるのか緊張の極限にいた。

「はい」上一尉が見守っていると思ったら亜兼は心強かった。

 突然、亜兼が上に「問題があります。」と伝えてきた。

 上に緊張が走った。全ての問題を頭の中で瞬時に想定して対処の答えも探し出した。

「どうしたんだ。」

「はい、俺、泳げませんでした。」

 上はほっとして冷や汗をぬぐった。こんな時にと思ったが、亜兼の冷静さを感じ、上自身の緊張がほぐれた。

「中に入って行きます。」とスピーカーから亜兼の声が流れてきた。それは司令部でも聞いていた、そして緊張感が漂っていた。

 ワイヤーが伸びて行き頭がすっぽり赤い海に入ってしまった。

 何事も無く、よく無事にM618が受け入れたと思った。もし、何かあっても亜兼は強引にこの中には入るつもりではいた。

 M618としてはおそらく、飛んで火にいる夏の虫といったところだろう、何時でもお前を握りつぶせると思っているのだろう。

「亜兼君、どうだ。」上は内部の状況を知りたかった。 

「はい、まるで血の海です。何も見えません」

 上は緊張して「大丈夫なのか、そんな状態で赤い箱は探せるのか」と心配をした。

「はい、ちょっと待ってください」亜兼はM618が自分の意思と同調することを不本意ながら三郷ジャンクションで体験していた。

 亜兼は目をつむりM618に意識を集中した。

 亜兼の心にM618の意思が伝わってきた。「上空から降りてきた同胞を受け入れよう、一体となることだ。」

 なんだと、初めから俺を認識していたのか、そのために何事もなくここまで来れたのか、とにかく亜兼は意思を伝えることにした。一体となる準備はある、先ずこちらの意思を伝える、この色素を消してもらおうか、同胞として受け入れるかどうかはそれからだ。亜兼の意思は受け入れられたようだ。

 突然、視界が開け調整池の内部の景色がはっきりと見えてきた。M618の赤い色素が一瞬にして消えて、ほぼ透明に近い状態になっていった。

 上空で待機していた、上一尉や隊員達も驚いた。眼下のM618のかなり広い範囲で赤い色素が消え透明度の高い湖のようになり、その底の景色がはっきりと確認できるようになった。

「亜兼君、どうしたんだ。」上は興奮していた。

「はい、取引をしました。中は意外とかなり透明度があります、まるで空気に多少色が着いている感じです、景色が殆んどみえています、調整池の大きな柱が遠くまでも意外とはっきりと見えます、少し驚きです。」

 おそらくヘモグロビンの色素が消えて、結晶状態になっているのだろう、そう思った。

 上は状況を聞いて有利差を感じたがまだ何が起きるか解らないと思った。

「赤い箱はどうなんだ」上は早いとこ決めてくれと祈る思いであった。

 亜兼は近くまで来ている事を感じとっていた。

「確か、この方向にあるはずです。」亜兼はもうすぐ見えるはずだと思った。

「早くけりを着けて上がって来いよ」上が祈るように言った。

 亜兼は不思議な感覚を覚えていた。

「上一尉、」亜兼はその感覚を伝えたかった。

「どうした。」上は次は何かと一瞬に色々創造した。

「この中はまるで母の胎内を思はせるような落ち着きを感じます、不思議です。」

 上には張り詰めた意識の中で理解できなかった。

 亜兼は目票に向って進んで行った。

 太い大きな丸い柱が何本も立っていて景色は何処もかしこも同じように感じられた。

 亜兼は赤い箱を感じていた。

「上一尉、赤い箱を感じます、そこに向います。」

「亜兼君、気を付けろよ、罠かも知れんぞ」

「はい」

 亜兼は、そこに向かって急いだ、上は緊張して様子を見守っていた。

「上一尉、やはり間違いありません、底部の台の上に落ちています。」

 上は興奮した「本当にあったのか、見つけたな、気を付けろ、何があるか解らないぞ、早いとこけりを着けて上がって来い」

 すぐさま司令部に報告された。「亜兼君が、赤い箱を発見しました。」

 司令部でも「やったー」と声が上がった。

 亜兼は急いで赤い箱に向かった。もう数歩のところで笑顔がこぼれた。何だ、気にするほどでもなかったと思った、しかしよく見ると台の上に何かが敷かれていてその上に置いてあった。

 亜兼はおかしいと思った。どう見ても明らかに誰かがここにわざと置いたのではないのかと思わせる様子で自然にここに落ちてきたとは考えられない状態をしていた。

「どういうことなんだ」といやな予感がよぎった。           

 とにかく早いところ決めて戻るんだと思った。

 そして、赤い箱に手を伸ばした。もう数センチで赤い箱をつかもうとした。

 その瞬間、何処からか黄色い光が飛んできた。

 ヘリと亜兼をつなぐワイヤーがブツンと切られた。その方向に亜兼が振り向くと遠くの丸い柱の脇から人影のような者が見えた。

「まさか、こんな所に人が」

 上空で一号機のヘリの副操縦士が叫んだ。「ワイヤーが切れました。」

 司令部にも二号機の上にも聞こえた。

 上が叫んだ「なぜだ、なぜワイヤーが切れたんだ、亜兼君どうした。」

「誰かいます。」亜兼は光が飛んできた方向を凝視した。

「誰かとは、赤い化け物か?」上は下で何が起きているのか気が気ではなかった。

 人影がだんだん近づいて来て、声が聞こえて来た。

「何だ、その格好は無様(ぶざま)だな」その人影が亜兼に話しかけてきた。

 亜兼は驚いた、人間だ、人間がこんな所に、どうして生きていられるんだ、しかも声が何故聞こえるんだ信じられなかった。「貴様、何者だ。」亜兼が叫んだ。

「あー、俺か、ただのホームレスさ」とニヒルに笑みを浮かべていた。

 亜兼は無線で上に伝えてきた。「上一尉、ホームレスです。人影はホームレスです。」

 上は信じられなかった。「えー、なんでそんな処に、そいつ生きているのか?」

「何故か、そうらしいです。」亜兼も不思議に思った。

 ホームレスが泳ぐようにしてかなり近づいて来て認識することが出来た。

 確かにぼろの服を着ている、そいつが薄笑いのまま「その箱、持って行かれると困るんでね」

 亜兼が怒鳴りとばした。「ふざけるなー」と、そして赤い箱に飛びつこうとした、するとそのホームレスがいきなりサンダーフラッシャーを使ってきた。蒸発する泡と水蒸気が立ち込めた。

 それもかなり早い技だ、亜兼はまともに食らったがかなり距離があり、瞬間バリアが守ってくれた。

 ホームレスの目が光った。「ほー、バリアを使うのか、おもしれえな、じゃーあ、これはよけられるかな」とさっきより激しいサンダーフラッシャーを撃ってきた。

 サンダーフラッシャーは亜兼が名づけた白光撃破と同じものでした。しかし光の色は黄色でした。

 亜兼もすかさず打ち返した。白光撃破とサンダーフラッシャーどうしが激突して激しくエネルギーの炸裂(さくれつ)が起きた。M618の赤い海の表面に爆発のしぶきが盛り上がった。それを見て、上達は驚いた。

 ホームレスが笑いながら「貴様、サンダーフラシャーも使えるのか、赤い箱が白い箱の存在を教えてくれたが、それをきさまが見つけたのか、しかも初歩的な使い方だな、それだけのろいと絵に描いた鳥も逃げ出しそうだな」とホームレスはこれは面白いと、薄笑いを浮かべた。

 上空で上は亜兼がどうなっているのか、気がきではなかった。

「亜兼君、何が起きているんだ」

「上一尉、このホームレス、赤い箱の力を使います、もしかすると赤い敵を操っているのはこいつかも知れません」

「そんな、何故、人間がこんなひどい事を」と、上は怒りを感じた。

 亜兼はその疑問をホームレスにそのままぶつけた。

「赤い液体を日本中に()()らしやがってお前の仕業かー」

 ホームレスは笑みを浮かべて鼻で笑った。「フンそれがどうした。」

 亜兼は怒りが込み上げて来た。そして大声で怒鳴った「何故、こんな事をする、多くの人の命をうばって何が楽しい」

「俺はホームレスだぜ、どれだけ、てめえらにゴミ扱いされたか、おまけにとことんいじめ抜かれたぜ、仲間はくず同然に寄ってたかってなぶり殺しやがって、それでも殺したやつらは無罪放免かよ、何が法治国家だ。これはてめえらへの復讐だぜ、F博士の意思なんだよ、復讐は残虐性で決まる、人が泣き、叫び、恐怖の中に死んで行く光景はすっきりして、気分がいいぜ」

「許せない、貴様人間じゃーねえ、F博士もそんなためにレッド・ジャムを造ったのではない」亜兼は怒りの頂点の中、白光撃破をその左手から()り出した。白い光の帯がホームレスめがけて瞬間に放たれホームレスを撃破した。

「やったー」と思った。

 しかしそれは幻だった、瞬間移動を使ったホームレスの残像に亜兼は(とら)われていた。

「何、やつは何処だ」と周りを探した。

「ここだよ」ホームレスが亜兼の目の前に現れた。

 ホームレスは姿を現した瞬間、亜兼に接射でサンダーフラッシャーを打ち込んできた。

 亜兼は目を見開いた。「しまった。」ホームレスのサンダーフラッシャーがまともに亜兼を吹き飛ばした、亜兼は身体がバラバラに吹き飛んだと思った。

 バリアで防いではいたが、あまりの衝撃に気を失ってしまった。意識の遠のく中、遠くのほうで機械的な女性の声が聞こえていた。「サンダーフラッシャー近接激射を受けました、バリアによるボディー防御率52パーセント、ボディーダメージ48パーセント脳震盪(のうしんとう)により攻撃能力停止これより修復機能開始します。」とうとう亜兼の意識が無くなった。

 宇宙服もいたるところが破れM618の液体が服の中に流れ込んできた。しかし何故か息苦しくなかった。またM618の意思が遠くに聞こえてきた。「これで一体になるがいい、受け入れよ」

 上はスマートホンを見ながら亜兼の発信機の信号を追ってヘリを誘導して行った。

 元の位置よりかなり西にずれていた。

 何かあったな「亜兼君、亜兼君」無線で呼んでも反応が無い、司令部から連絡が来た「上一尉、何かあったのか」

「亜兼君から反応がありません」

「原因は解るか」片岡は心配になった。

「これから、調べます。」

 上一尉は宇宙服を着だしたのでした。

 副操縦士が「どうなさるのですか」まさかと思った。

 上はその思いをさっした。「そうだよ救助に行く」

 司令部にも聞こえていた。「上一尉、止めろ、片岡だ、やめておけ、上、お前は亜兼くんとは違い白い箱の力がある訳ではないぞ、止めろ、命令だ」

 上は命令を無視した。「亜兼君がここで死んだら日本は終わりです、止めないでください、私が来たのはこういう時のためです。」上は背中のフックにワイヤを搭乗員の一人にかけさせた、そしておまじないをよこすようにいうと、搭乗員はロケット砲を手渡した、上は副操縦士に下に降ろすよう命じた。

 副操縦士は仕方なく上の命令に従って、上を下に降ろして行った。

 ホームレスは亜兼を探していた。「たわいないやつだ、何処まで飛ばされやがった。とどめを刺すか」

 上一尉は亜兼の直ぐ(そば)に降りた。そこは大きな柱の影になっていた。

 上一尉は亜兼を呼んだが、気を失っていて身動きしなかった。上一尉は自分のフックからワイヤーを外すと亜兼のフックに掛け替えた。ホームレスが気が付いたらしく、こっちに向かってやってきた。

 上一尉は副操縦士に「全速で引き上げろ」と指示をした、亜兼がザーッと上方に引き上げられていった、それをホームレスが見つけた、そして亜兼に向かって手をかざした。

「まずい」上一尉は9ミリ拳銃をホームレスめがけて引き金を引いた。ホームレスは青白く光って弾を体に吸収してしまった「貴様、余計な事しやがって」

 ホームレスは今度は上一尉に向かってサンダーフラッシャーを放って来た。

 上は一瞬、紙一重(かみひとえ)で横に飛び、かわしざまにロケット砲の安全ピンをはずすとホームレスめがけてロケット砲を打ち込んだ3秒で直ぐに爆発を起こし波動が全ての物を吹き飛ばした。赤い海が盛り上がり。赤い血柱が赤い海の表面に突き上がった。

 上一尉も一緒に吹き飛ばされてホームレスもどうなったのか?

 亜兼はすでにヘリに回収されていた。

 大爆発の後、ヘリは何度も旋回をして上の消息を探したが、上一尉がどうなったのかまるで解らなくなってしまった。

 暗くなるまで捜索は続けられていた、だが上一尉を見つける事は出来無かった。

 司令部から「暗くなっては危険だ、戻って来い、(あきら)めた訳では無いが、ひとまず引返して来い」

 亜兼はダメージが大き過ぎて、ぐったりとして意識が無かった、ヘリは夕闇の中、霞ヶ浦に戻って来た.。

 すぐさま亜兼を医務室に運び込んで診察が始まった。

 すると右の鎖骨(さこつ)が折れていた、右腕にもひびが入り胸の肋骨(ろっこつ)は三本折れていた。

 知佐は慌ただしく付き添っていた。上一尉が現れないことを変に思い尋ねると、行方が解らなくなっている事を聞かされた、知佐は目の前が真っ暗になり、体の力が抜けて行くのを感じたのでした。

 私が今出来る事は亜兼さんを一日も早く元気にして差し上げることに専念するしかありません、知佐は自分がここで弱音を()いてどうするの亜兼さんは私が介抱(かいほう)して助けなければと強く思っていた。

 亜兼はそのまま三日間意識が無かった。

 知佐は三日間付きっきりで介抱していた。以前亜兼の左手が白い箱によって元に戻った事を聞いていたので、何でもない左手に白い箱を包帯でぐるぐる巻きに巻きつけて離れないようにしてあげた。

 亜兼はずうっとうなされていた。

 あのホームレスに接射で打ち込まれたサンダーフラッシャーの恐怖が何度も繰り返して夢に現れた。

 瞬間移動で亜兼の目の前に現れたホームレスが打ち込んできた、あのサンダーフラッシャーの威力は無防備で稲妻にもろに打たれた状態であった。

 防ぐに防ぎようがなくまともにホームレスのサンダーフラッシャーを受けてしまった。

 夢の中で防ごうとするが、何十回もサンダーフラッシャーを打ち込まれたが全て防ぐ事が出来なくて、汗でびっしょりになっていた。

 そのたびに、知佐はタオルで汗を何度もふいてあげて介抱していた。

 三日目に亜兼は目を覚ました。しかし放心状態であった。目は開いているが(まばた)きをするだけで焦点が合っていないようであった。

 (のど)(かわ)くのか、しょっちゅうつばを飲み込んでいた。

 時折、目を大きく見開いておびえたように震えだし、呼吸が速くなった。

 それが頂点に達するとそのまま汗びっしょりで固まったように停止して、息を大きく吐き出すと落ち着いたようにうな垂れていた。

 目が覚めても、尚、あの衝撃の状況にうなされていた。何度か繰り返しては、また眠りに付いて行った。

 また汗だくで必死に耐えていた。そのうち穏やかな顔になって行った。

 知佐も疲れ果てて亜兼の上に重なるように寝てしまった。

 次の朝、亜兼は目を覚ました、やっと本心に戻ることが出来た。

「生きていたのか、確かワイヤーは切れてしまったはず。どうやって戻ったんだ」亜兼はぼーっとした頭で思い返していた。自力で浮上したのか?まるで覚えていない。

 知佐が自分のおなかのあたりで顔を伏せて寝ていた。

 彼女が自分の介抱をしてくれていたのか、心配かけて申し訳無いと思った。

 そのまま天井を見て考え込んでいた。

 知佐も目をさました。「やだ、私、ねてしまって」

 亜兼の顔を見たら起きていたので知佐はびっくりして飛び起きたのでした。

「大丈夫ですか、ずい分うなされていましたよ」

「知佐さん、ありがとう、心配かけてごめん」

 知佐は何故か涙が出てきた。

 亜兼の一言で緊張していた心がほっとして、一気に気がほぐれたからかも知れなかった。片岡一佐がそこえ現れた。

「どうだ、気が付いたか、良かった。」

「ご心配かけました。」亜兼はゆっくりと頭を下げた。

「まあとにかく、回復してくれて良かった。ゆっくり休養して体を直してくれたまえ」片岡は頷いた。

「はい」

「じゃー」と言うと片岡一佐は出て行った。

 亜兼は静かに目を閉じた。しかし、変だ、体にダメージが感じられない、どこも痛くない」目を開けて体を見ると左手に白い箱が包帯でぐるぐる巻きにされていた。

 体がおかげで元に戻っているように感じた。

 知佐がタオルを洗濯して戻って来た。

「知佐さん白い箱、持たせてくれていたんですね」

「はい、早く良くなる気がしましたので」

「おかげですっかり体調は戻りました。着替えたいと思いますが、私の服はどこにありますか?」

 知佐は確認するように「大丈夫ですか、ちょっと待ってくださいね」と担当医を呼んで来たのでした。

 担当医が問診をしてみると、折れていたはずの鎖骨も肋骨もつながっているようであった。

「亜兼君、押してみるよ、ちょっと痛いかも知れないよ」と何箇所か体を担当医は指で押してみた「どおです。」

 亜兼は別段なんとも無かった「痛くはありません」

 担当医は驚いたように「信じられない、レントゲンを撮ってみないと詳しい事は解らないが、何故か、全て直っているようだ、特に悪いところは見つからないな、こんな驚異的な回復に驚きだ。」

 知佐は亜兼の服を運んで来てくれた。

「すいません、わざわざ」亜兼は知佐に礼を言うと、服を着替えると腰のポシェットに白い箱をしまい込むと、知佐に尋ねた。

「知佐さん師団長は何処におりますか」

「はい、確か、会議室だと思います。」

「ありがとう、おかげで元気になれました。」と笑顔を見せた。知佐もほっとしていた。亜兼は上一尉が自分の回復を見たらきっと安心してくれると思った。

 亜兼は師団長の所に向かった。会議室のドアをノックした。

「だれだ」中から隊員の声がした。

「亜兼です。」

「入りたまえ」と師団長の声がした。

「失礼します。」中では師団長が数人の幹部と打ち合わせをしていた。

 亜兼は恐縮して「宜しいのですか」と尋ねた。

「あー、かまわんよ、それより体の方は大丈夫なのか」師団長は亜兼の身体を案じた。

 亜兼は笑顔で「はい、今、高木先生に見ていただきました、すっかり良くなっていると言われました。」と頭を下げた。

 師団長は驚いて「凄い回復力だな、確か鎖骨も肋骨も折れていたのでは、・・・それで、なにか要件があるのではないのか」

「はい、科警研で今、小型のビーム砲を開発しています、それでUH―60JAヘリに搭載ができないものかと思いまして」

 師団長は亜兼の目を見据(みす)えた。そして隣にいた幹部に技術担当の責任者を呼ぶように指示をした。   

 その幹部は承知して責任者を呼びに行った。    

 亜兼はもう一つ頼み込んだ。「それと、自衛隊から要請出来ませんか、科警研に」

 すると、居合わせた幹部自衛官が「よさんか君、これ以上師団長に何を頼もうと言うんだ」

 師団長はその言葉を制止させた。「亜兼君、いいから要望を言いたまえ」

「はい、科警研の吉岡と古木恵美子両主任を・・」

「解った。」二人を要請することを師団長は了承した。

 亜兼は上一尉がこの席にいないことに気が付き「上一尉はもう帰られたのですか」と尋ねてしまった。

 すると別の幹部自衛官が憤慨(ふんがい)した様子で「君は、知らんのか、君を助けるため、赤い敵の中に入って行ったきり、そのまま行方が解らなくなったことを」

 師団長が制止させた「やめろ」

 亜兼は目を見開いて頭をバットで殴られたほどの衝撃だった。志向が停止してパニック状態になり目の前が真っ暗になってしまった。「まっ、まさか」

 力なく一言いうのが精一杯だった。あの時、俺のワイヤーは切れていたはず、そういえば、確かに名前を呼ばれていたような気がした、あの時の声は上一尉だったのか、頭の中にあの時のことを思い出していたが、思い出せない、ひょっとしたら、いや間違い無い、上一尉は自分のワイヤーを外して俺のフックに掛けたんだ、だとすると上一尉はまだあの中にいるということになる、亜兼は震えだした。「生きていてくれ」亜兼の体の力が抜けていき、かろうじてテーブルに両手を付いて体を支えた。

 床を見つめながら直ぐにでも行かなければとの思いが充満して来た。

「師団長、直ぐに行かなければ、私を運んで下さい探しに行きます、お願いします。」

 泣きそうな顔で師団長に頼み込んだ、体が崩れ落ちるように、床に両手を付き土下座をして、額を床にこすり付け「お願いです、私を運んで下さい、お願いします。」亜兼は(しぼ)り出すような声で師団長に頼み込んだ。

 さっき亜兼にきつく当たった幹部が、亜兼の肩を抱き「師団長、私からもお願いします。」と頭を下げてくれたのでした。

 師団長は頷くように「解った、しかし今のままでは同じ結果になりかねない、亜兼君、ビーム砲のバックアップで勝つ自信があるんじゃないのか」

 亜兼は床に涙を落しながら頷いた。

 師団長は亜兼を見ると「じゃあ、準備が先だ、出来しだい出発するぞ」

 幹部達は慌ただしく手配を始めた。

 師団長は床に(ひざ)をつき、亜兼を抱きかかえると、立ち上がった。両手で亜兼の肩を支えると(さと)すように語りかけた。

「君の気持ちはよく解る、上一尉は君のことを肉親以上に大切に思っていたようだからな、君の事をかばって、一切口を(つむ)って話さなかったが、市ヶ谷の危機を通報してくれたのは君なのだろう、また片岡君や知佐を救ってくれたのも君だと、私は思っている、遅くなったが礼を言わせてもらおう、しかし命を無駄に捨てる事は上も悲しむぞ」

「はい」亜兼はうなだれて返事をした。

 そのまま亜兼は肩を落して力なく会議室を出て行った。そして外に行き滑走路に向かったのでした。

 亜兼の心は怒りに変っていた。あのホームレスの技に付いて行けなかった自分に対してだった、やつが瞬間移動の技を使ったとき、まごついて対応できなかった自分に、接近されやつにサンダーフラッシャーを使われ、気絶してしまい、上一尉を自分のために引っ張り出してしまった事に対して、全て自分の未熟さから来ていることが原因だったことに、余計腹立たしかった。

 滑走路で一人、あの時のホームレスの動きを思い出して、自分の動きの弱点を何度も何度もチェックしていた。そしてあのホームレスが瞬間移動をどうやったのか考えていた。

 一日中、訓練をしていた、どうやったらあんなに一瞬でサンダーフラッシャーを撃ち出せるのか、誰にも会わず暗くなるまで訓練をやっていた。

 滑走路に幾つもの空き缶を並べて素早く、白光撃破を打ち出して空き缶を吹き飛ばして行く訓練をしていた、まるで西部劇の拳銃の練習のようにカキーン、ガガン、バキューン、音だけが闇の中に響いていた、そこに懐中電灯を持って知佐がやって来たのでした。

「亜兼さん、夕食も取らずに駄目ですよ、体はまだ完全ではないのですから、亜兼さん何処にいるのですか」。

 空は曇って月は隠れていた、真っ暗闇になっていた。

「あっ、ここにいたんですか」

 亜兼は変に思った。自分には全てがはっきりと見えていたのでした。しかし知佐には目がなれていないせいか、周りが見えていないようであった。

 亜兼はハッとした。自分に見えているものが目の前の物だけではなく、後ろにある物まではっきりと感じ取っていた。というより360度上下全て認識出来ていた。

 亜兼は知佐に笑顔を見せた。

「つい、無我夢中で知佐さんにまで心配を掛けてしまって、ごめん」と亜兼は頭をさげた。そして笑顔で「さあ、帰りましょう、暗いから気おつけてくださいね」と知佐を気遣った。

 帰り道、知佐がくぼみに足を取られ、よろけると亜兼は両手で知佐の手を取って支えてあげた。

「ありがとうございます。」知佐は亜兼を見て微笑んだ。

「大丈夫ですか気をつけてくださいね」亜兼はそのまま知佐の手を引いてあげた。

 知佐は亜兼の回復した姿を見てただ嬉しかった。

 笑い声が闇の中に聞こえていた。



いよいよ次の章で最後となりますが、この状態で、いや本当に完結できるのですかね、どのようにまとめましょうかしら、まだ決めかねています。明日の日曜日にじっくり考えたいと思います。

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