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ディストラクション  壊 滅  作者: 赤と黒のピエロ
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第8章 白い箱が明かすM618の真実

 この章のお話ではM618が本当は何なのか、また白い箱が何んであるのかが明かされるのですがそれは亜兼が改造される羽目になることでもありました。

そして亜兼はM618を倒すため、白い箱の力を借りることになるのです。しかし亜兼の未熟な技がどこまで通じるのか、ともかく亜兼がここまでたどり着くためにも「1、赤い化け物の新たな武器」のお話を入れないとたどり着かないところがありまして、地味ではありますが、流す程度に目を通していただければ幸いです。

第8章 白い箱が明かす、M618の真実 





 

1  赤い化け物の新たな武器




 久しぶりに亜兼は本社に出社した。エレベーターで四階に向かった。

 ドキドキしていた。左手には詰め物をした黒の革手をしていた、エレベーターの扉が開いた。そわそわして大きくため息をついて、なかなか降りる事が出来ないでいた。

 エレベーターの中から編集局の先の報道部を見るといつもと変わらず、せわしく社員が働いていた。「行くか」亜兼はエレベーターを降りた、けれど誰一人気が付く気配も無く、亜兼はほっとした。

 青木キャップの所に行くと、いつものように青木キャップが「おう、大丈夫か」と声を掛けてくれた。

 亜兼も笑顔で「なんともないっす。」と笑って見せた。

 青木キャップも亜兼の笑顔を見て内心ほっとしていた。

「亜兼、見てみろ」それは他社の新聞だった、青木キャップはあまり他社の新聞は見ないはずなのに、亜兼は他社の新聞をこうもおおっぴっらに見る青木キャップを見て、どういうことなのか気になった。

 青木キャップはその新聞を亜兼に見せた。それは地方のローカル新聞であった。悲惨な写真が写っていた。しかも暴れまくるM618が地方で街を(おお)いつくす悲惨な写真であった。

「キャップ、今はどこもこの写真のように・・・」

「ああ、分かっている、地方の新聞を見ても、どれもこれもM618に覆われた悲惨な写真ばかりだ」

「キャップ・・・・」

「今や被害は全国的に広がってしまった。何処もかしこも、M618だらけだ、数週間前では考えられない状景だ。異常な早さだな」

 首相を最高顧問とする自衛隊の参謀会議が開かれて、全国に広がってしまったM618の状況の確認と、M618の排除と壊滅について見当されていた。今や東部方面隊だけでは対応しきれず東北、中部方面隊も出動要請が掛り、各方面に出動の準備が進められていた。

 亜兼が新聞をまじまじと見て「この先、どうなるんでしょうね」と青木キャップに尋ねた。

 青木キャップは亜兼の顔を見て「それよりお前、まだ退院したばかりじゃないのか」

「はい」

「はいって、今日はいいから身体を休めて、家に帰って静かにしていろ」

「キャップ、こんな時、家でじっとしていられませんよ、資料室借りてもいいですか」

「ああ、いいぞ」

 亜兼は三階の資料室に向かった。

 そこには何台もパソコンが置かれていて、何人もの社員がカチャカチャとキーボードを(たた)いていた。

 亜兼は空いている席に座り、パソコンの電源を入れた。

 インターネットで各市のホームページを開いて状況を見て確認をしていった。

 又、キーボードを叩き始めた、栃木の宇都宮、大田原、福島の郡山、福島、会津若松いずれの市でもホームページを開設していて防災関係のサイトを開くとM618の状況が写真付きで解説されていた。

 主要な駅のロータリーのマンホールから突然M618が吹き出して来て、あっという間に(あた)り一面が真赤になり、早朝の通勤時のためか、逃げ(まど)う人々で大パニックになった様子が、写真を見ても(うかが)えた。

「ひでえな」亜兼はM618が現われた日時を見て驚いた、いずれも七月二十七日早朝になっていた。

「なに、奴らの一斉攻撃がこの日に始まったと言うのか、しかも街が動き出す時間帯を狙っている、被害を大きくするのが(ねら)いか、きたねえ」と大きく深呼吸をした。またキーボードを叩いた。何か共通点があるのか探してみた。しかし、あるのはただ悲惨な状態だけだった。

 亜兼は急に日本中がM618に飲み込まれてしまいそうな危機感がしだいに大きくなっていき、いても立っても居られなくなって来た。頭をいきなり右手でぐしゃぐしゃっとかきむしり、大声を張り上げた「うわぁー」驚いて回りの社員が一斉に亜兼をにらんだ。

 亜兼はため息をつくと「ゴッホに行ってモカでも飲むか」と立ち上がって、資料室を出て行った。

 階段を降りて行き、地下の喫茶店ゴッホに入ると、オーナーのおばちゃんに「いつものやつ」と言うと。

「あいよ」と元気な返事が返ってきた。ラックに入った新聞を手にすると、適当な席に座り新聞を開いて記事を追っていった。

 二十七日以後、世の中は一変してしまった。悲惨な記事が多くなってきた。いきなり、一面に東北のある町がすっかりM618に飲み込まれた写真が載っていた。

 見出しに「赤い湖底に沈む我がふるさと」

 内容は七月二十七日の早朝、突然、駅のマンホールからM618の真っ赤な液体を吹き出して来て、そのまま五日間増殖を繰り返し、(すさ)まじい勢いで街を飲み込んでいった。多くの犠牲者を出すものの大半の住民は避難することが出来たとあった。

 コラムの住民の声に「突然だったので、逃げるのが精一杯だった。悔しいけど赤いやつに飲み込まれたおれらの町に二度と帰れねえよ」

 亜兼も同じように(くや)しい思いが込み上げて来た。

「お兄ちゃん、お待たせ、モカだったね」

「へー、覚えてくれていたの」

「当たりまえですよ、プロだからね、その黒い手袋どうしたの、今時の流行(はやり)かい、格好良いね」と言うと、おばちゃんは行ってしまった。

 亜兼はこれからどうするか考えを整理しなくてはと思っていた。

 新聞の二面を開くとまた人々が襲われている悲惨な写真が載っていた。

 見出しはこうだ「人類の敵、赤い悪魔、日本の未来までも覆い隠す。」とある、亜兼は思った。この写真を撮った記者はスクープのつもりだろうが、こう次々に悲惨な状況を見せられると、うんざりして来る。またビーム砲が二台並んで写っている写真もある、こっちの題は「日本を救うか、ビーム砲!」と書いてある、記事を読むと、すでに七台が配備されているらしく、北部方面隊と西部方面隊は別として、その他東北方面隊、東部方面隊、中部方面隊の三方面隊に付いては各二機づつ配備されたと書いてあった。

「自衛隊も頑張っているな」とモカを一口飲んで考えた。これから俺は何をやったらいいのか、事が大きくなりすぎて、亜兼は何から手を付けたらいいのか解らなくなっていた。

 とにかく現場に行って実感しなくては、早速青木キャップに自分の考えを伝えに行った。

「キャップ、二~三日地方へ行って来たいと思います、自分の目で地方の状況を確認したいと思います、今何が起きているのかを目で見て知りたいのです。」

 青木キャップは右手で(あご)のあたりをこすりながら考えた。亜兼に意欲が出て来た事は何にしても嬉しい事だ、ただ体は大丈夫か、とにかく本人に任せるか「よし、行って来い、ただしまだ無理をするなよ、連絡はこまめによこせいいな」

「はい、じゃー行ってきます。」階段に向って走って行った。

 青木キャップは椅子をクルッと回して窓の外を眺め、亜兼が車で出て行くのを確認した。

「あいつ、大丈夫かな片手で運転して、きようなやつだな、お前、がんばれよ新たな旅立ちだな」

 亜兼は車を運転しながらいくつかの候補の行き先を考えていた。

 被害の大きい所はやはり大都市だな、やはり宇都宮に行ってみよう、よし圏央道を抜けて東北道で行こうか、圏央道は入間から入って行った、かなり車は走っていた。東北道に入るとやはり地方に行く車はあまり走っていなかった。

 ラジオからニュースが流れていた「現在、東京はえたいの分らない赤い不気味な生物によって、全て覆われてしまって二三区はほとんど赤い海のように様変(さまが)わりをしてしまっています。」と東京の状況がラジオニュースで流れていた。

 ある学者の意見では、今まで地球上で存在を確認されたことが無い生命体のようであることは間違い無いという談話だ。亜兼は想像をした、あの赤い化け物がいたる所にうじゃうじゃいたらこれは気が変になっちまうな。ニュースを聞いていると「川崎もすでに飲み込まれ、調布、武蔵野まで、M618が勢力を延ばして、いたる所が真赤に染まっています。」と、亜兼はそれを聞いていて、やけに広がるスピードが速くなっていると思った。

「また戸田、川口、草加、市川方面についてもM618に飲み込まれるのは時間の問題のようです。」と伝えていた。亜兼は思った。そこまで時間の問題だとすると練馬駐屯地もそろそろ移動を考える時期かも、片岡一佐も知佐さんも大変だなと思った。途中、佐野サービスエリアで休憩を取ると、後は一気に宇都宮に向った。

 鹿沼のインターを降りたら、中心街まで8キロも無いだろう、車はインターを抜けて、一般道に出た、そして最初の交差点を左に折れた。鹿沼工業団地を通り2~3分のところにガソリンスタンドが現われた。そこで自衛隊の検問が敷かれていて、先へは行けそうに無かった。

 引き返して、さつきロードという標識の道を行くと、国道212とぶつかった。

 そこでも検問がまた行なわれていた。市内に入る事が出来ない、仕方なく国道を南に回り宇都宮線の踏切を越えると、左側に総合運動公園入口と書いてあった。そこに入ってみた。そこは、かなり大きな公園になっていて、公園の芝生が鮮やかな緑でとても綺麗(きれい)に整備されていた。

 ここに車を置いて徒歩で行くことにした。

 南に一キロも行かないうちに自衛隊の警備隊員がかなりの数に増えてきた。どうも駐屯地が在るのではないのか、亜兼は地図を出して見てみると北宇都宮駐屯地とあった。なるべく隊員を避けて、北へ市街に向って進む事にした。

 ロータリーが出て来てフランチャイズの薬局のところまで来たが、自衛隊の検問が厳しくて、もうこれ以上先へ行くのは無理のようだった。

 遠くで青白い光が発光しているようだ、大きなビルの壁にその光が反射していた。

 まてよ、このビルに登れないかと思った。 自衛隊の隊員に見つからないように、隠れながら近づいていった。テナントビルのようだ、うまく外部の非常階段を登ることが出来た。

 そのまま一気に屋上まで駆け上がっていった。そこからの(なが)めは宇都宮市内全域が一望できた。

 望遠鏡を取り出したが使うまでも無く、目の前1.5キロ程離れたところに宇都宮市役所があった。その向こう側に大きな栃木県庁がすでにM618の真赤な液体に全て飲み込まれていた。

 亜兼の目の前の視界はほとんど真赤になっていた。

 その様子をカメラのシャッターを切った。

 半径3キロ近くがその赤い海の中に沈み墓場のようにビルが立っていた。

 亜兼はぞっとして身の毛がよだつ思いがした。地方でもこんな状態になっているのか、周りには相当の数の赤い化け物の未確認生物が現われて、遠くに見える明保野(あけぼの)公園や桜通りあたりでかなり自衛隊と交戦が行なわれていた。

 亜兼は望遠鏡を(のぞ)き込み、化け物の状況を確認してみた。

「わー、凄い数だな、やつら本気で自衛隊をつぶしに来たのか、あそこは国道4号線の路上だろう」

 カメラを構えてシャッターを切った。いきなりドドドドーと周りの空気を震わせる低い波動音と共に青白いビームが空間を走り、空気をつんざく震動が伝わって来た。

 亜兼はいきなり耳を押え、叫んだ「わぁー」

 青白いビームの光がやはり青白く光ったバリアで覆われたM618の表面を走って行った。M618の表面をその後を追ってスパークが走って行き、今度は物凄い火花の帯びが続いて走った。「ドドドー」と大爆発が起きた。

 亜兼は夢中でシャッターを切った、白い水蒸気の立ち込める中から、色素が抜けた透明の液体が百メートルに渡って変化して、地面の地肌を()き出しにして赤いM618の海を真っ二つに分断した。

 亜兼はビーム砲の発射を何度も見ていたはずだが、こんな近くでまじまじと見るのは初めてであった。

「さすがに、すさまじい威力だな、あの透明の液体はやつらの死骸だろう」

 とシャッターを切ってパラペットの下を(のぞ)いた。すると西側を通る国道119号線上に配置されていたビーム砲が目に飛び込んで来た。

「ここに、一機配備されていたのか」

 ビーム砲で分断された帯状の溝がしだいにM618の赤い生命体の増殖で両端から埋められ始めた。見ている間にもかなりのスピードで埋め戻されていった。

 またビーム砲がうなりを上げ(とどろ)いた。ドドドドー赤い海をまた、分断した。溝がまた広がっていった。

 望遠鏡を(のぞ)いてみると桜通りの西側にある博物館に隣接する公園で赤い化け物と自衛隊が激しい交戦状態になっていた。榴弾砲(りゅうだんほう)、無反動砲、誘導弾まで出して、かなりの戦闘状態になっていた。亜兼は望遠鏡の倍率を上げて見た。

 すると「なんだこれは」赤い化け物が口から体液を飛ばして自衛隊員に吹き掛けている、吹き掛けられた隊員は(わめ)きもがいて地面にのたうち出した。

 化け物が口から吐き出すあの液体は俺の体を麻痺(まひ)させたあの液体なのか、だとすると早く手当てをしないと体全体が壊死(えし)してしまう、あんなものを化け物は使い出したのか、亜兼自身あの化け物の体液が体に付いたおかげで、数日間体がしびれて寝たきりになった。

 しかし、望遠鏡の向こうにいるやつらのそれはもっと毒性が強そうだ「奴等(やつら)、あの体液が俺たちに効く事をおぼえたのか、俺が原因なのかな、厄介な事になったな、何とかしてあのサンプルを取れないかな」気が付くとこのビルの下側までM618が広がって来ていた。

 あまり騒がしいので下を(のぞ)くと赤い化け物と自衛隊の交戦が始まっていた。

「これはまずい、直ぐにここを出ないと」こっちまでやられかねない状況になってきている、慌てて亜兼は非常階段を降りて二階まで来た。

 しかしすでに遅く、下から化け物が非常階段を上がってきていた。部屋のドアのノブを回したが鍵が掛かっていて開かなかった。上に逃げてもどうせ逃げ道が無くなる、化け物が亜兼に気が付いた。

 こっちを見て首をかしげた。亜兼をまじまじと見ているようであった。

 亜兼は叫んだ「お前ら、俺に何か関心があるのか、俺にはねえぞ」と持っていたカメラのフラッシュをバシャバシャ()きながら化け物がひるんでいる(すき)に赤い化け物を肩で突き飛ばして外部階段を駆け下りた。

 周りでは自衛隊の炸裂弾が飛び交っていた。慌ててその場から一目散で逃げだした。

 気がつくと田川という川の(ふち)を走っていた。しばらく行くと向こう岸に下水処理場が目に付いた。

 亜兼は直感した。もしあそこに赤い化け物がいたら、この街はすでに壊滅したも同然だと思った。それは東京の教訓から地下系が奴等の手に落ちていたら地表を一皮(ひとかわ)むけばM618で真赤になっているはずだ。亜兼は下水処理場を川の反対側の岸から望遠鏡で建物の中の様子をうかがって見た、いくら待ってもM618の気配は見受けられなかった。数時間そこで見張っていたがやはり取り越し苦労かと思った。

 その時、またビーム砲が発射された。空間を切り裂く(にぶ)い、ドドドドドーと言う響きが、体にそのすさまじさが伝わって来た。

 切りのいいところで次の場所に移動しようと思ったときだった。見ていた下水処理場の窓ガラスの向こう側が青白く光るのを亜兼は確かに見た。

「あれは」やっぱりと思った、下水道はやつらに汚染されていることを悟った。

「何日この街が持ちこたえる事ができるだろうか」と考えた。

 人工五十万人以上の都市がこのように壊滅状態だとするともっと小さな町はどうなのだろう、ことごとく飲み込まれているのか、東北ではどこまで奴らに飲み込まれているのだろうと思った。

 亜兼は、なんとしても化け物が口から()き出す体液のサンプルを手に入れようと思った。

 あれを分析しないと自衛隊も戦えないだろう、科警研で分析してもらわなければ、周りを見渡すと少し戻った所にコンビニが見えた、色々仕入れる事にした。

 行ってみると店は閉まっているようだった、亜兼はちょっと笑った、こんな時やっている店がある訳も無いだろうと、一応ドアを横に引いてみた、自動ドアは開いた、電源が落ちているが鍵が(こわ)されているようだった。

「ぶっそうだな」と言いながら中に入って行った。先に入った者が居たのか結構荒らされていた。亜兼はサプリメントのドリンクを手にすると、蓋を開け一気に飲み干した、どうせこの店も数日でやつらに飲み込まれてしまうだろう、その容器を洗ってポケットにしまいこんだ。シンナーのビンをありったけとガーゼと割りばしを失敬(しっけい)すると、ショルダーバッグにしまい込んだ。

 店を出る時に商品ケースのガラスの戸を一枚(いただ)いていった。

 そして下水処理場への橋を渡ってやつらのいると思われる場所に近づいていった。

 やつらの動きが鈍る夕方を待つことにした。土手の草むらの中にうつ伏せになって望遠鏡で処理場を監視していた。

 日が西の山に傾きかけた。「よし、決行しよう」ショルダーバッグからシンナーのビンを取出すとキャップを外し、口にガーゼを詰めた。

 処理場にゆっくりと近づいて行った。十メートル程のところで止まり、持ち物をそこに置くと、より処理場に近づいて行き、手ごろな石を持ち上げると窓に向って投げ付けた。

「ガシャン」大きな音を立てて石は中に転がっていった。「やつら出てこないか」亜兼は大きな石を拾うと幾つもその扉に投げ付けた。「ガシャン」大きな音が響いた。

 物を置いた位置に戻って待った。しばらくすると処理場の扉の向こうが青白く光った。そして赤い化け物が何体も出てきた。

 亜兼は手に力が入り緊張が走った。シンナーのビンの口元のガーゼにライターで火を点けた。

 赤い化け物が亜兼を見つけた、すぐさまやつらが向ってきた。「まだだ」亜兼は待った。「まだだ」五メートル程に近づいた時だ「今だ」シンナーのビンを4本投げ付けた。

 化け物が向かって来る正面に炎の壁が出来た。炎の壁の向こうで化け物が(さわ)きだした。亜兼は尚も必要にそいつらに石を投げつけて挑発してやった。次々に化け物の身体に石がぶつかっていった。怒り出したのかそいつらが亜兼をにらめつけた、亜兼は「来るぞ」と身構えた。案の定、赤い化け物が口を開け体液を吐きかけて来た。

 亜兼はコンビニで外してきたガラスの戸を身体の前に構えて身を守った。

 そのガラスに化け物は体液を吐きかけてきた。

 亜兼はしめたと思うと、残りのシンナーのビンに火を点けて立て続けに化け物めがけて投げ付けた。命中して化け物が何体も炎に包まれた。

 亜兼はショルダーバッグを拾うと、その場を逃げだした。

 途中ガラスに付着した化け物の体液を、割りばしですくってサプリメントの空きビンに詰めてショルダーバッグにしまいこむと一目散で逃げ出した。

 亜兼は車に戻ると、この街はすでに手遅れだと感じた。そして車を発進させると高速道路に戻った。しかし他の街はどうなんだ、と気になった。帰る途中栃木市に寄る事にした。

 栃木のインターの手前で車を路肩に寄せ、車を降りるとガードレールの先を望遠鏡で栃木市の方向を眺めた。

 2~3キロの処だから、かなりはっきり見えるはずだ、亜兼は驚いた。

「何だこれは」すっぽりと赤い布を(おお)いかぶしたかのように、何もかもがM618に街全体が飲み込まれていた。

 住民は全員どうしたのだろう、無事に逃げ延びられたのか、自衛隊はすでに手も足も出る状態ではなくなっていたのだろうか、おそらく突然地下から湧き出すように、M618が出現したのだろう、そして赤い化け物の襲撃(しゅうげき)と物凄い勢いで増殖して広がっていったのだろう、ここまで無残にも街を飲み込むのにさほど時間も掛からなかったのかもしれないと思った。

 カメラのシャッターを切ると車に戻り仕方なく発車させた。

「くそー、やつらめ、許せねえ」

 古河市はどうなっているんだ、まさか奴らに、確認することにした。

 館林(たてばやし)のインターを降りて国道354を東に向った。途中、車を止めて地図を見ると街の北側に小高い丘があり神社がある、そこに行く事にした。

 大きな貯水池が見えてきた。上り斜面を上って行き、貯水池を過ぎて左に曲がり、少し行くと神社の鳥居が見えてきた。そこに車を止めて街が見える丘まで歩いて行くと、身震いするほど愕然(がくぜん)とした。その丘の向こうは、またもや視界の全てが、ただ真赤な液体に街全体が飲み込まれていた。

「くそー、やつらめ、ここもか、住民はどうなったんだ」それが気がかりだった。交戦が行なわれた様子が無い、誰に守られる事も無くきっと悲惨な状況がおきていたに違いない、赤い化け物に囲まれたときの恐ろしさは、経験したものでなければ解らないだろう、女も子供も容赦なく「なんてひどい事をしやがる、絶対ゆるさねえ、一つ一つ暴いて必ず倒してやる」

 感情を()き出しで、亜兼は叫んでいた。「待ってろよ、必ず焼き払ってやるからな。奴らめ」急いで車に戻ると発進させた。高速道路に入って行き、東京方面に急いだ。他の車はまるで走っていなかった。二十キロも走ると久喜市の上部を通る高速道路に差し掛かった。

「ドーン、ドーン」とものすごい爆発音が響いた「何だろう?」亜兼は車を路肩に止めた。ここは朝霞駐屯地が近いためか自衛隊がかなり入っているようだ。ここでもM618が猛威(もうい)()るっているのか、いたる処から銃声が聞こえて来ていた。

 ガードレールから久喜市の方向に望遠鏡を向けると、そこから1.5キロ程の所に久喜の駅をはさんで東と西の路上のマンホールから真赤な液状のM618を吹き上げていた。

 かなりの勢いで増殖して広がっていた。そこから赤い化け物が何十体も次々と現われて来ていた。とにかく北口は自衛隊との交戦が激しく行われていた。

 自衛隊も応戦して炸裂弾を浴びせ掛けて、かなり押していた。

 マンホールから吹き出している赤い液体めがけて、流弾砲を打ち込んだ、赤い液体が青白く光るとブスッと鈍い音をさせ榴弾砲が飲み込まれてしまい不発に終った。

 なにせ増殖のスピードが速く、いつの間にか自衛隊が後ずさりを始めていた。

 亜兼は望遠鏡で自衛隊の周囲を見まわした。

「まずい」

 亜兼は、すでに赤い化け物の手の打ちは知り尽くしていた。「そのままさがると後ろのマンホールから出て来た化け物にはさみ打ちになっちまうぞ、早く横へ()げろ」いくら叫んでも聞こえるはずが無かった。

 案の定、後ろのマンホールから赤い液体と共に赤い化け物が現われだした。

 自衛隊が気が付いたときにはすでに退路を化け物につぶされていた。

 亜兼は、はらはらして望遠鏡を覗いていた。自衛隊員は小銃を化け物めがけて打ちまくった。しかし、次々に現われる化け物に口から吐き出す体液に隊員が何人も倒された。

「くそー」亜兼は(くちびる)()んで(くや)しがった。

 一個小隊の隊員が完全に包囲され、もう駄目かと思ったとき、赤い化け物めがけてバズーカ砲が打ち込ま

 れて、赤い化け物がバラバラに吹き飛んだ。赤いやつらの包囲網に穴が開き、そこから自衛隊員は一気に抜け出すことが出来た。

 西の山に日が沈みかけた頃、潮が引くようにM618の戦闘は収まっていった。

亜兼はほっとしたが、しばらくそこにたたずんでいた。自衛隊は最後の手段としてM618に飲み込まれて 真赤に染まりだした街を焼き払う事に決定が下された。

 1900時一斉に火が放たれた。それから3日間燃え続けていたらしい。

 亜兼は吉岡に電話を入れた。「おう、兼ちゃん、体もう大丈夫なのか、まだ無理しない方がいいと思うよ」吉岡は亜兼の体を気づかった。

「ありがとう、宗ちゃん、それでちょっと分析して欲しい物があるので明日、科警研に行ってもいいかな」

 吉岡は亜兼の体を心配して「いいが大丈夫なの、俺がそっちに行ってもいいぞ」

「大丈夫だ。じゃー、明日」亜兼はスマートホンのスイッチを切った。

 街が燃えあがっている炎を眺めながら、これからアパートに帰っても一人だし、明日の朝ここの状況がどうなったのか確認しておきたいし、亜兼はここで一夜をあかす事にした。

 車のリクライニングシートを倒して横になった。

それにしても今日一日行く先々全ての街がM618に飲み込まれていた。つまりあらゆる街がもうすでにこの状態にあると考えられる、亜兼は人々を何とか助けたいと思っていたが、しかし相手は街全体を一気に飲み込み赤い液体で(おお)いつくしてしまう、実際のところこれでは亜兼はどうしたらいいのか無力感を感じるだけだった。人々を避難させることもできていない、俺はいったい何をしているんだ。奴らを倒したいと思う意思だけで、そんな意思だけで何ができる、おまけに左手まで無くしてしまい、みんなのお荷物にもなりかねない、そんな自分を情けなく感じていた。そして左手をまじまじと眺めた。

 左手を見ていると七月二十七日の市ヶ谷の出来事が鮮やかに脳裏に浮んできた。

 知佐さんの事が腕の痛みと共に思い出を心に深く刻み付けていた。確かに不便ではある、しかしそうであればあるほど、また頑張れるような気がして来るのも事実のようだ、それはそれで亜兼には心地よく感じられた。

 ひさしぶりに体を動かしたせいか、今日はかなり疲れていた。眠気(ねむけ)が襲ってきた。

 炎で真赤に染まる夜空を横目で見ながら眠りに入って行った。

 翌朝、日が昇ると共に、亜兼は目を覚まし車から降りた。街を(のぞ)いてみた。何かを探すように周りを見渡していた。それは街を(おお)っていた真赤な液体が一滴残らず姿を消していた。

 街は燃え続けているだけだった。

 亜兼はこれでもM618を撃退できたと思えば街は救えたと言えるだろうと思った。

 思い残すことも無く科警研に向けて出発をした。

 二十分程高速道路を走ると、岩槻(いわつき)のインターから一般道に出て国道16号を千葉方面に向った。

 岩槻市も自衛隊員がかなりの数、輸送車で向かって行った。きっと何かが起きているのだろう、しかし亜兼は科警研へ急いだ、早いところこれを分析してもらわなければ、ショルダーバッグを見た。

そして亜兼は科警研の駐車場に入って行った。

吉岡に電話を入れて科警研の下まで降りて来てもらった、サプリメントのビンを渡すと、説明をしたのでした。

「という訳だ、化け物の武器になっている体液だよ、このために自衛隊が苦戦している分析を頼むよ」

「解った。」吉岡は頷いた。

「じゃー、これで」亜兼は車に乗り込もうとした。

「兼ちゃん、それは無いだろう、恵美子主任も古木補佐も上にいるんだぜ、挨拶(あいさつ)ぐらいいいだろう」吉岡は色々話したいと思った。

「しかし」亜兼は今の自分の姿を見せたくはないと漠然(ばくぜん)と思った。

「いいから来いよ」吉岡は亜兼を引っ張って、建物の中に入って行った。




 


2 白い箱の真実





 吉岡と亜兼が生物研究室の前を通ったときだった、古賀主任が慌てて飛び出して来た。

「吉岡主任、光った。」

 吉岡は驚いて「え、何がですか」と言うと。

 古賀は慌ててうまく説明が出来ないでいた。「あの、あれだよ、あれ」

「えー」吉岡は首を(かし)げて聞き返した。

「だから、あの白い箱だよ」

 吉岡は目を見開いて「嘘だろう」吉岡は白い箱の分析を行ったが、何も見つけることができず挫折してしまった。以来白い箱はなんの変化も見せていなかったのに、それが突然今頃何故なんだ。と思った。

 吉岡はもう白い箱の事は忘れていたのに、その時の悪夢を思い起こしていた。

 吉岡達が生物研究室に入って行った。古賀が「ほら、光っているだろう」白い箱が消えることもなく青白く光っていた。

 そのうち恵美子も所員も古木補佐も集まって来た。

 古木補佐が難しい顔をして「どうしたんだ。」

 古賀も訳がわからず「今まで何の変化も見せなかったこの白い箱が、今急になんで光り出したんです。」

 恵美子は宝物でも見るように、青白い光に輝く箱を見て「わー、綺麗だわ」と感動していた。

 なかなか光が消えようとしない、こんなに光続けている事がどうしてなのか吉岡は不思議に思えてきた。

「何でこんなに光っているんだろう、今まではこんな事はなかったのに、何か異変でも起きるのかも知れないぞ、気お付けたほうがいいですね」と吉岡は身構えた。

 古木補佐が「異変だって、どういう事だ、何かの信号を発信しているのではないのか、おいデーター採っておけよ」

「はい」清水が返事をした。

 一番後ろにいた亜兼は何やら自分の身体の中で何かが起き始めたような気がしてきた。

 体が徐々に熱くなり、しだいに息苦しい感じがしてきた。「ううー」咳払(せきばら)いをした。

「まいったな、気持ちが悪いな、何か食べ物があたったかな」 亜兼の(ひたい)に汗がにじんできた。

 自分で自分の体をコントロールすることが難しい感じがしてきた、どうしたんだろう、亜兼は不快に感じ出した。何だこの感覚は、息苦しく体の自由が利かない、どうなっているんだ、徐々に眩暈(めまい)がしてきた、(そば)の壁に手を付いて、体を支えざる負えなかった。

 光続ける白い箱を皆は次第に不気味に感じ出した。

 古賀主任は引き気味に「古木補佐、これはおかしいです、今までこんなことは一度もありませんでした、何かとんでもないことが起きるのではないでしょうか」

 吉岡も同じように「これって爆発したりしないですよね」と冷や汗が出てきた。

 他の皆も何か良からぬことでも起きるのではないのかと思い出していた。

 一番後ろにいた亜兼はだんだん意識が薄れていくのを感じだした。「だめだ、体が言うことを利かない・・・」自分自身が何処か遠くに消えて行く思いに(おそ)われた。逆に遠くから見知らぬ女性の声が聞こえて来た、自分がその声に支配されていくのを感じた。それは穏やかで暖かく心の安らぎを感じさせる声であった。

 身体が自分の意思に関わらず自然にその声にしたがって動き出した。亜兼はその声を受け入れる訳でもなく、拒む事もままならない、要するに亜兼にはどうすることもできなかった。

「前に進みなさい、自身の心を開くのです、染浄(せんじょう)の時が来ました。()められし真実を力と変えなさい、全ての心体の機能を改善します、深く理解して心に刻みつけるのです。」

 その研究室にいた皆は、聞きなれない言葉に異様な感じを覚えた。

「何だよ、この言葉は」気が付くと、後ろにいる亜兼の口から発せられる低い声であった。

 それは、ゆっくりとした調子で、まるでお経のようなリズムで聞こえてきた。

「ランタン、セリウム、プラセオジム、 ネオジム、プロメチウム、サマリウム、ユウロピウム、ガドリニウム、テルビウム、 ・・・・・・」亜兼が、訳の解らない言葉を(しゃべ)りながら、ふらふらとぎこちなく前に歩き出していた。

 皆は振り返ると、あれ彼はどうしたのかと思いながら、亜兼の進む先を退いていった、その奇妙な行動を(いぶか)()に見守った。

 吉岡は心配になって声を掛けた。「兼ちゃんどうしたんだ、大丈夫か?」

 だが返答は無かった。

 亜兼は、まだ奇妙な言葉を(しゃべ)り続けていた。その目は焦点が合わず、まるで夢遊病者のようであった。

「 イッテルビウム、ルテチウム・・・・・バーリア、ルーゲリ、フェオアーレム、 ベーゾム、ビーガム、ウィザーム」亜兼は右手を高く上げると「ボールム、ムッサム」と言うと、高く上げた右手を、青白く光る白い箱の上に押し当てた。

 するといきなりまた別の機械的な女性の声が亜兼の頭の中に直接小さく聞こえてきた。

サブジェクト(たいしょうしゃ)サーチ(けんさ)ゴー(はじめる)」白い箱は色を変え紫色に光りだして亜兼の身体の隅々を調べだした。

 亜兼の頭の部分に青白い光の輪が現れるとその輪が頭から下に降りて行き、かかとまで行くと消えた。

「サーチは完了しました。」亜兼の頭の中で機械的な女性の声が流れていた。

 亜兼の切断された左手首が青白く光だした。

 また機械的な女性の声が頭の中に聞こえていた。

「左手首切断損傷部あり、ハーベーセルによる機能回復再生処置を開始します。」

 亜兼はまたもや意味の解らない、呪文のような言葉を唱え出した。周りの皆が言葉を失って、あっけにとられていた。何をどう対処していいのか解らない、ただ見守っているだけで、その光景に圧倒されて、呆然としていた。

 そのうち、亜兼の顔が苦痛の表情になり(ゆが)みだした。唱える呪文も苦しそうに(うな)り声になってきた。

 白い箱は紫色にフリッカーする間隔が次第に早くなって行った。

 苦しそうに亜兼は床に(ひざ)を付いてしまうと、体が震え出してきた。もだえるように、頭を左右に振り出して顔からは大粒の汗が(したた)り落ちていた。それでもかすれる声で呪文を唱え続けていたのでした。

 吉岡は心配になってきた。

 吉岡だけではなく、皆、心配になってきた。

「大丈夫なのかしら」女性の声もしていた。

 どう見ても大丈夫には見えなかった。しかし、()れようにも、近寄れる状況では無かった。亜兼はとうとう床に転げ落ちてしまった。それでも尚、白い箱はしっかりと右手に(かか)えられていた。苦しいのか、床を転がり、(もだ)えながら呪文は唱えていた。「アクニチウム、トリウム、プロトアクニチウム、 ウラン、ネプツニウム、プルトニウム、アメニシウム、キュリウム・・・・・・サヘリウム、シンシカン」

 だんだん声は苦しさのあまり、(しぼ)り出すような力のこもった声になっていった。

 白い箱の紫色のフリッカーは目まぐるしい速さで光っていた。

 古木補佐は妙な顔をして、亜兼の左手にくぎ付けになっていた。

 はめていた黒の革手の中から、液体が流れ出していた。

「吉岡、左手を処置してやらないと、傷口が破れたんじゃないのか」

「そんな事言っても、分かりました。」そして吉岡が(そば)にいた所員に頼んだ。「君悪いが包帯をもって来てくれないか」

「はい」所員が駆け出した。

 そのうち革手が外れ、中からどっと液体があふれ出した。

 そのあとに、上着の袖に隠れてかすかに、新たな指のようなものが現われ出した。

 それを目を()らして(のぞ)き込んでしまった恵美子が、悲鳴を上げた。「きゃー」

 皆、信じられない顔をして、その様子を凝視(ぎょう)していた。

 亜兼の左手がしだいに成長して大きくなっている、亜兼は必死になって苦痛を耐えていた。

 それでも周りにいる人たちには手の出しようがなく見守るしかなかった。

 見ている女性は目を見開いて口元に手を当て身動きもできなかった。

 白い箱は亜兼の体をなをもサーチして損傷した部分を認識すると、その部分をも再生していったのでした。

 恵美子も信じられない顔で、目を見開いて両手で口を押えていた。

 古賀は興味津々(きょうみしんしん)で何が起きているのか、こんなことが現実に起こるものなのか、夢でも見ている感じでいた。

 古木補佐も信じられない顔で「なんだ、どうなっているんだ」目の前で起きている現象の理論的解答を一瞬のうちに頭の中で探していた。

 どう見てもあの白い箱だ、あの箱が彼の体に何だかの力が働いている、あの箱は何のための物なのか、本格的な分析の必要性を感じた。

 吉岡はまだ気が付いていなかった、亜兼の左手が再生されていることを「兼ちゃん、兼ちゃん直ぐ処置するから頑張って」

 亜兼の左手は完全に生え替わってしまった。震えも止まり落ち着いてきた。荒い息遣いの中また機械的な女性の声が亜兼の頭の中に聞こえてきた。

[サブジェクト損傷部左足間接外傷、胸部打撲、左手首切断損傷部、他修復再生完了」

 亜兼は生え変わった左手で吉岡の右肩を(つか)み「宗ちゃん」と言うと気を失ってしまった。吉岡は亜兼を抱きかかえ、名前を何度も呼んでいた。いつしか白い箱も光が消えていった。そして吉岡が肩を握り締めている亜兼の左手にやっと気が付いた、吉岡は幽霊でも見たかのように、気絶するほど驚いた。「えー、兼ちゃんひひ左手・・・?」

 吉岡は恐る恐るその左手に触ってみた。

 古木補佐も亜兼の腕を取って脈を当たった。

「保健室からすまんが、タンカーを持って来てくれないか」とそばの所員にうながした。

 所員が返事をすると、素早く取りに走った。

 古木補佐は動かしていいものか迷ったが「とにかく保健室に運ぼう」と指示をした。

 タンカーが直ぐに運ばれて来て、亜兼を乗せて運んでいった。

「吉岡、桃香先生に見てもらえ」

「しかし、桃香先生は法医学が専門ですが」

「今は彼女しかいないぞ、それに人の体には変らないだろう」

「はい」

「ところで亜兼君は、今日はどんな用件で来たんだ」と吉岡に尋ねた。

「あ、はいこれです、このビンの中身の分析を・・」

「それは?」なんだろうと、古木補佐はそのビンを見た。

「はい、近頃、赤い化け物が口から吐き出す、やつらの武器の体液だとかで、これによって自衛隊員がはき掛けられてかなり倒されているそうです。」

「そうか、すぐ分析にまわしてくれ」

「はい、科学第三研究室の担当ですので私が責任を持って行ないます。」

「そうか、そうだな」

 吉岡は古木補佐の歯切れの悪い返事に疑問を感じた。

「古木補佐、何か他に?」

「いやそうじゃないが、君にはあの白い箱を、もう一度、見てもらいたいと思ったので」

「えー」あの白い箱のために挫折を味わった苦い経験が吉岡の脳裏に(よみがえ)って来た。

「あの白い箱は分析の対象としては防備が完璧ですし難しいと思います。ただ兼ちゃんの現象を通してなら推測は可能だと思いますが。その方向でレポートをまとめるのでしたら、提出はできると思います。」

 古木補佐は頷いて「ああ、それでもいいか、まとめてみてくれ」

「解りました。」

 恵美子は亜兼に付き添って保健室で介護にあたっていた。桃香女医が来るなり亜兼の様子を見た。亜兼の左手が熱を持っていたので、恵美子はぬれタオルで冷やしてやり、顔のあせをぬぐってやっていた。

 桃香は一通り検査を行なった。血圧測定、問診、心電図、いずれについても「特に異常は無さそうですね、血液検査の結果以外は」

 恵美子は桃香の方に顔を向け「いつ解りますか」

「うー、明日までには出しておくは」桃香は器具を片付けながら「しかし、不思議よね、いくら目の前でそんな事が起きても、信じ難い事ですよね、トカゲやクラゲとは違いますから」

 恵美子はちょっとむくれて「トカゲやクラゲと一緒にしないで下さい、彼が無くした左手は、私たちの身代わりだったのですから」

「えー」と驚いて首を(かし)げながら桃香は恵美子を見た。しかし、直に冷静になると「そういうつもりではないは、知らなくてごめんなさい、えー、特に異常なところは無さそうなので、このまま休んでいれば良くなると思います。」と言うと席を外して保健室を出て行った。入れ替わりに、吉岡が遅れて入って来た。「どうですか」

 恵美子は気難しい顔で答えた。

「特には異常は、無さそうね」

「そうですか良かった。今分析が入っちゃたから、後でまた来るからさ」と言うと、吉岡は亜兼の顔を覗き込んだ。

「ええ、解ったは」恵美子は亜兼を見つめながら、さっき亜兼が呪文のように唱えていた言葉を思い出していた。何度か思い起こしているうちにどうも元素記号であることに気がついた。

 三時間程して、また吉岡が保健室に現われた「あれ、兼ちゃん、まだ寝ているの」

「ええ、分析は終ったの」

「うん、まだ、遠心分離機に掛けているところだよ、後は所員に任せたよ」吉岡は亜兼を覗き込み「こんなに寝ているなんておかしいな、脳波取ったほうがいいかな、転がった時、頭打たなかったかな」

 恵美子は亜兼の頭をさぐってみた「こぶは、出来ていないは」そして恵美子は亜兼のさっきの言葉について吉岡に聞いてみた。

「ねえ吉岡主任、さっきの亜兼さんの言葉なんですけれど、あれって元素記号よねしかも最初の言葉はランタノイドでしょう」

「えー、そうだった。ランタンと言えば原子番号だと57から71の希土類元素として()めくくられた十五の元素だよね、そんなこと兼ちゃん言っていたっけまさか、そんなの知らないはずだよ、中学の時だって科学はぜんぜんだめだったし」吉岡は笑った。

 でも恵美子は笑わなかった。「それに私も知らない元素の名前まで言っていたは、バーリアとかルーゲリとかこれなんなのかしら、それだけじゃなかったでしょう」

「それだけじゃないって?」吉岡には分からなかった。

 恵美子はため息をつくと「後半よ、あの言葉はアクチノイドだったは」

 吉岡は信じられなかった。「嘘だよ、アクチノイドはその全て放射性元素だよな自然界には無い人工的に作られた十五の元素のことだろう、そんなもの俺だって全てを空で言えないよ」

「ですよね」当然のように恵美子は言った。「しかも同じように十五以上のアクチノイドの元素名を言っていたはサヘリウム、シンシカンとか、これってなんなの」

 吉岡に分かるわけが無かった。「とにかく兼ちゃんが目を覚ましたら聞いてみるよ、それでいい」

 恵美子は頷いた。「うん、そうね」

 吉岡は恵美子に気使って「今夜は、俺がいるから、恵美子さんは帰った方がいいよ」

「だけど・・・解ったは、じゃー」と恵美子は部屋を出て行った。

 入れ替わりに古木補佐が入って来た「どうだ。」

「はい、寝たきりです。」

 古木は椅子に座りながら「本当は、病院に連れて行ったほうがいいのだろうが、状態が状態だからな、ここのほうが安全だろう」

「はい、古木補佐、今夜は私が付いていますから、大丈夫です。」

「そうか、じゃー、頼んだぞ」と古木も保健室を出て行った。

 そして少しすると、今度は所長が入って来た。「今日は大変でしたね、亜兼君、大丈夫ですか」

「はい」

 所長は亜兼の左手をまじまじと見て「世の中には不思議な事もあるもんだね、仕事がら私も色々な事を目にしましたが・・、私はこれから出かける処があるから、吉岡君頼んだよ」

「はい」吉岡は退屈な時間を持て余して側の椅子に座り込み、小説を読み始めた。

 夜、九時過ぎに、また恵美子が戻って来た。「夜食持ってきたわよ」とテーブルに並べた。吉岡は嬉しそうに今にもよだれが落ちそうに「ありがとう、帰ったんじゃなかったの」

「おなか減らしていると思ったから」と吉岡の読んでいた本のタイトルを目にすると、恵美子は「『世界の中心で愛を見つめる』、へーェ、意外とロマンチストなんだ」と感心した、しかし吉岡の意識はすでに食べ物の方へいっていた。

「もしかして、恵美子さんの手づくりですか」

「そうよ」

「感激だな、いただきます。」すでに吉岡はサンドイッチを口にほうばっていた。

「飲み物、用意するわね」

「うん」吉岡は食べ物を喉に詰まらせながら、返事をした。

「恵美子さん料理上手ですね、兼ちゃん寝てるなんて、もったいないな」

「おせいじはいいのよ」と恵美子は鼻で笑った。

 吉岡は食べるのに夢中だった。

 恵美子は亜兼を見て「あんな光景を見て、眠れないわよ、一人で部屋にいると、あの光景が何度も現われて、居たたまれなくなっちゃうわ」

 吉岡は食べる方に夢中で、そっけ無く「あーそう」と返事をした。

 恵美子はまた亜兼を覗き込み「亜兼さんの中で何かが起きているのと違うかしら、寝ているように見えるけど」

「そうかも」吉岡は食べるほうが、忙しそうだった。

「ありがとう、おいしかったよ」吉岡は恵美子を見て「兼ちゃんのことは俺が見ているからさ、もう遅いし帰っていいよ」

「解った、今度こそ本当に帰るは」恵美子は手を振って、出て行った。

 吉岡も腹が(ふく)れたら眠くなってきた。

 亜兼も身動き一つせず、ただ静かに眠っていた。しかし頭脳、感性に身体の内部で物凄いスピードで変化が繰り返されていた。

 頭の中に、次々浮んでくる言葉に、亜兼の新たな心の扉が開かれていった。

 今も心に問い掛ける声が聞こえていた。

「・・・・言語ツール選択・日本語・・・私はマリア、マリア・アンドレアス・ハーベーです、あなたを全てサーチさせてもらいました。あなたのボディー、あなたの知識そしてあなたの思考、今の日本で何が起きているのか、あなたのビジョンから状況を把握いたしました。

 あなたが私の言葉を聞いているということはインフィニティー221Eのセキュリティーにあなたがレジストリーされたということです。

 あなたの思考を分析すると、この時代に赤いインフィニティー221Eより全能性幹細胞であるハーベセルつまりコードネーム レッド・ジャムが東京の浜松町に意図的に開放されたようですね、この状況は日本全土が十日以内に壊滅する状況に置かれてしまったと想定できます。

 十日以内に日本が壊滅?亜兼はマリアの言うレッド・ジャムがM618のことなのか推測したが、しかしM618に十日以内に日本を壊滅する、そこまでの能力とも思えなかった。だとするとマリアの言うレッド・ジャムがM618のことの意味なのか疑問に感じた。

 マリアは亜兼の疑問を理解した。「確かにそうね、レッド・ジャムが発生してすでに一ヶ月半、つまりナンディーはまだ本気ではないということなのか、それとも別に・・・」

 亜兼には理解できなかった。「ところでインフィニティー221Eとはなんですか?」

「あなた達が白い箱と呼んでいるものです。」

「そのハーベセル とかコードネーム レッド・ジャムとは何ですか?」亜兼は確認するように質問した。

「ハーベセルはあなた達がM618と呼んでいる赤い生命体のことです。」とその女性の声はつづいていた。

「マリア、あなたは誰ですか?」亜兼はその女性のことが気になった。

 マリアは全てを話すには時間が無いと、要点だけを話すことにした。あとはその都度話すことにした。

 「今から二百二十年後の世界から量子時空移動マシーンにより、ある人物を追って、3000年近い昔の日本にやってきました。

 私はインフィニティー221Eの中で今は人工知能として存在しています。元は人間です、何千年も生きられないので、自分の意識、思考をAIに移したのです。あなた達の言うM618、全能性幹細胞であるハーベセルを開発したフランクリン・アンドレアス・ハーベーの娘です。

 父は再生医療に(たずさ)わり難病治療の研究をしていました。そしてハーベセルを開発したのです、このハーベセルはあなたの時代のIPS細胞を遥かに超える全能性幹細胞であります。

 DNAを人工的に改造して作り出された全能細胞です。その特徴は従来の幹細胞の分裂のスピードの300倍と、あまりに早いため細胞にダメージを与えてしまうことを防ぐため、例えば活性酸素によるDNAの破壊また、分裂の速度が速いため脆弱(ぜいじゃく)な細胞をウィールスによる攻撃や気温、乾燥、そして細胞の内外的な損傷に対して防御を行うため、この細胞壁の周りにバリアを張ることで全ての害敵から完全に保護されるようにしたものです。もともとこのバリアは軍事用に開発されていたものでこのスキルを活用したものです。けれどもこのばあいのバリアは極めて弱くウイルスを殺す程度のものでした。現在東京を飲み込んでいるあの生物のバリアは最大に増幅させたものでしょう、もともと軍事用ですので最大にした状態なら、あの能力はありうることです。

 この細胞分裂があまりに早いため、テロメアが外されてアポトーシスを押さえて永続的に増殖を繰り返すようにしたものです。

 この治療を受けた人間は全ての細胞がこの細胞に置き換わったとき、ケガや病気では再生能力により、歳も取らず死ぬ事も無くなり、栄養補給さえすればまさに永遠の命を手に入れてしまうことになるのです、理論的にはそうなるのですが実際に臨床テストは行われてはいませんのでそうなるのかは分かってはいません、とにかく全ての病気に対する治療が可能となるような全能細胞を父は作り出したのです。

 父はこの研究を国際生命科学研究オペレーションにその論文を発表しました。

 しかし国際生命科学研究オペレーションは人工爆発の状況にある地球にとって人が死ぬことが無くなることは、飢餓(きが)を増長してしまう事であり、この医学論文は人工爆発に拍車を掛ける内容であることから発表を差し押さえてきたのでした。

 父も納得をして廃棄を考えました。今の地球の状況では人間の生死は自然にまかせるべきなのだろうと、けれど共同開発者のマヤ・ナンディーはすでにこの細胞を欲しがるバイヤーと取引をしていたのでした、莫大な収益を見込んでいた。この細胞の破棄を不服に思い、父の研究を奪うため、父とスタッフが国立医療研究センターでハーベセル廃棄のためラボで準備をしているところを十数人の小銃を持った暴漢に襲撃させたのです。父のスタッフが何人も殺されました。

 その(すき)にナンディーは父のハーベセルのベーススペックを書き換えてバリアを最大強度まで増幅し、すでに通常の増殖スピードの三千倍もの速さにハーベセルを早め、ブラックスフェリカルユニットの起動エネルギーの純粋水素核融合を不安定化にしてしまいハーベセルのストレスが増すことで増殖を爆発的に起こるようにセットしてしまい増殖装置を暴走させたのでした。

 ブラックスフェリカルユニットとはあなた達の言う塩基Xのことです。

 もともとはips細胞の増殖時の奇形種の制御や遺伝子の癌化(がんか)や白血病の発症を抑えるためにブラックスフェリカルユニットは開発されたものです。

 そしてその暴走をとめようとした父は銃で撃たれてしまいました。そして誰も暴走したレッド・ジャムの増殖を止めることはできなくなってしまいました。

 それから一ヶ月後、増殖したレッド・ジャムは全てを真っ赤に染め国立医療研究センターを含め欧州の大部分を飲み込んでいた。

 マヤ・ナンディーはこの改造OSのレッド・ジャムを赤いインフィニティー221Eに取り込むとそれを持って国立医療研究センターにあった量子時空移動マシーンで過去に飛び去ってしまった。

 私がラボについたときには父もスタッフも皆血だらけで床にたおれていました。

 父は私にナンディーを追うように、そしてハーベセルを取り返すよう言われました。

 私は父から渡されたこのインフィニティー221Eを持ってナンディーを追いました。

 中央制御センターの航行記録監視機能でナンディーが日本に向かったことは直ぐに知りました。」

 マリアは量子時空移動マシーン2号機の扉の手の形をしたくぼみに手を当てた。

 するとマシーンから「マリア・アンドレアス・ハーベーを認識しました。目的地を登録してください」と話しかけてきた。

「ナンディーの1号機を追って」と言うとマリアは機体に乗り込んだ。中央制御センターからマヤ・ナンディーがクローンソルジャーを百体持ち出していることを伝えてきました。マリアは一人で立ち向かっても勝目が無いことを悟るとこちらも百体借り受けることにした。

 機械的な女性の声がした。「ではバイオ生命体クローンソルジャー百体をそちらに転送します。」

 マシーンが「一号機の目的地を認識しました、では発進します。」と言うと金属音を響かせて次元の中に消えていった。何故マヤ・ナンディーが三千年もの昔の日本に向かったのか私は考えた。

おそらくタイムポリスの捜索範囲が三千年までと言う規制があるからだろうと考えた、しかし何故日本なのかは分からなかった。

 マリアは一気に話した。けれど亜兼が消化不良を起こしているようなので話を打ち切ることにした。続きについては亜兼の状況を見ていつか話すことにした。

 亜兼は質問もせずに聞いていて、「うー?」何の話だろうと何となく経緯をおぼろげながら話しの流れのようなものは理解したが、しかし、まるでSFのような話で自分との係わりをまるで感じなかった。

 マリアは亜兼の理解力はここまでだと認識した。

 そして亜兼があまりに敵の力を過少に考えていると感じた。「あなたは敵の大きさを分かっていません、日本を壊滅するレッド・ジャムを統率し組織立てて攻撃を仕掛けてくる力の大きさを、あなたの国の自衛隊もレッドジャムの敵ではないのです、難なくねじ伏されるだけです。」

 亜兼は敵とはM618のことでありつまりレッド・ジャムはやはりM618のことだろうと想像した。

 つまり亜兼の理解度はその程度でした。

 マリアは亜兼がこのままではインフィニティー221Eを使いこなすことは無理だと理解した。「レッド・ジャムを壊滅するにはインフィニティー221Eを使うしか方法はありません、あなたの思考の改善を行い、IQを高める必要があります。」亜兼にはそのことがどういうことかも分からなかった。

 インフィニティー221Eと同調しているのは亜兼であり彼以外起動をさせることはできない、そうであるのなら直ちに亜兼の思考能力の改善とIQを高めるトレーニングをしなければレッド・ジャムの広がった状況を考えると間に合わなくなるとマリアは判断した。、直ちにトレーニングは強制的に始まった。

 めまぐるしいほどの0と1の数字の羅列が意識の中に次々と現れては消えまた現れては消えて流れていった。それが延々と続いて行ったのでした。その数字を亜兼は理解も認識もできなかった、しかしいつしかその数字が文字や映像として意識の中で認識できるようになっていた。

 けれど認識でき始めたものも次の場面に代わると前の場面は忘れていた、その瞬間の場面のみの映像を認識するのが精一杯でした。そんな流れが永遠に続いていくのではないのかと思われるくらい次々に数字や映像が現れた。それが色々な変わったスポーツ競技で体を動かしていたり、亜兼は何かの照準をのぞいていた、そして(まと)と思われるものに合わせると引き金を引いていた、そして的が倒れた、まるでテレビゲームのようでもあり、亜兼は得意な気がした。それを何度もやっていた、しだいに難しくなり次に色々な問題の推理を亜兼が当ていた、推理問題も楽しく感じた。そして今度は絵画が次々現れた、それは心が洗われる思いがするほど感動して亜兼にも志向が高まるのを感じた、そんなトレーニングが途切れることなく続けられた。亜兼は何故か気分がよく時間の流れも忘れていた。そして気分ものめりこみ、まるで疲れも感じなかった。

 しかし亜兼に取てこれらが何に役に立つのかと一瞬思った瞬間、気を抜いてしまった訳でもなかったが、すでに映像ではなくなってしまい、また0と1の数字に戻ってしまっていた。

 まずい、亜兼はまた真剣に映像を追った。

 テレビゲームのような映像がまた出てきた。しかし亜兼にはさほど難しくは感じなかった、次々にクリアーしていった。

 それでもしだいに内容はだんだん難しくなっていった。しかし亜兼は次々にクリアーしていった。

 亜兼としてはまるでゲームのような感覚でこれが訓練なら得意だと気分がよかった。

 けれどマリアから見るとまるで今の亜兼のままでは役立たずだと感じた、敵の力に対してまるで勝負にならない、インフィニティー221Eの武器を使いこなしなさい、それでもあなたの力では勝てるかは分かりません、あなたが敵を倒し日本を救いたい意思があるのでしたら次にインフィニティー221Eを扱うトレーニングに進むことです。かなり難しいですがどうしますか、敵を倒す意思があるのですか、亜兼は叫んだ。「もちろんだ、敵を倒す意思はある」マリアの声がした。「ならば先へ進みます。」

 何をするのか亜兼は戸惑った。IQ改造は亜兼の意識など関係なく、また再開された。

 俺は日本を壊滅しようとしているM618は絶対に許さない、その意思は明らかだと思った。すでに亜兼の意識の中に0と1の数字が次々に頭の中を流れていった。

 また映像が見えはじめてきた。

 すでに朝になっていた。




 


3 白い箱は武器だったのか




 恵美子が朝食を持って保健室に入って来た。

「亜兼さん、起きた。」と恵美子が尋ねた。

 吉岡は寝ぼけた顔で「おはよう、もう朝か、寝た気がしないよ」

「はい、朝食持って来たはよ」と恵美子はレジ袋を吉岡に渡した。

「わるいな、夜食も朝食も気を使わせてしまって」吉岡はありがたいと思った。

「まあー、がらにも無いこと言うのね、ところで亜兼さん、まだ寝ているの」

「そうらしいよ、ちょっと脈当たってみようか、生きているよね」と吉岡は亜兼の腕を取った。

「バカじゃないの、当たりまえでしょう」と恵美子は(あき)れた。

 亜兼の意識の中では今だにIQ改造が進められていた。色々な映像がめまぐるしく次々と現れては消え、現れては消え亜兼にはこれが自分の何かに影響するのかはまるで分からなかったがしだいに映像のつながりをかすかに感じられてきた、とにかくどのような方法かは知らないがM618をやっつけることができるのなら白い箱の力を()とくしたい、使いこなせるようにしなければとそう強く思った。

 吉岡は恵美子に聞いた「ねえー、恵美子主任そろそろ昼だよね」

「何にも出ないわよ」と恵美子は笑みを浮かべた。

「いやいやそこまでは思っていないよ、ところで連絡した方がいいかな」

「そうね家族へ」恵美子は頷いた。

「いや、家族はいないんだ。」

「え、亜兼さん、家族いないの」どういうことなのかと思い恵美子は吉岡を見た。

「そうじゃなくて、日本にはいないんだよ、海外に行っているから」

「あー、そうなの」恵美子は納得をした。

 吉岡はため息をつくと「だから東京青北新聞の上司の青木さんにだよ」と言った。

「あー、そうね、電話してあげなさいよ」

「解った。」吉岡は青木キャップに電話をして、一応一通りの状況を話した。直ぐにこちらに来るとの事だった。

 青木は車を飛ばしながら、まったく世話のやけるやつだ、病院に入院したり、寝たきりで起きなくなっちまうし、一体あいつは何をやっているんだ。

 国道16号を飛ばし、利根川を越える処まで来た。

 たいして混んでいなかったため、さほど時間もかからなかった。

「立川の本社もそろそろ移転を考えないと危なくなってきたな、社長もそのくらいの事は頭にあるだろう、どこに移転すればいいんだろうな」

 やっと科警研に着いたのでした。一階の受付に行くと、所長室に案内された。

 所長も気さくに迎えてくれたのでした。「あー、ご苦労さまです、始めまして所長の上条です。」

「亜兼が大変お世話になっています、東京青北新聞の青木です、ご迷惑をおかけしています。」

「こちらは構いませんよ、いつも協力していただいていますので」

「さっそくですが、連れて帰りたいと思います。」

「はい、解りました、こちらです。」

 所長と青木キャップは保健室に向った。亜兼は依然として寝ているように見えた。

 亜兼の意識の中ではIQ改造は今だ続いていた。すでに白い箱のインフィニティー221Eについての理解に入っていた、

 だがこれがあまりに膨大な情報量が詰まっていて、亜兼が各項目ごとに理解をするとなると何十年あるいは一生かかるかも分からない程の量であった、索引がながれていたが、その索引一つに何百、何千ともいう項目が入っているのでした。ただ大まかにこのインフィニティー221Eが亜兼の左手首を再生したように医療にも、中でも生命維持や三億もの人間に情報の伝達が瞬時にでき、テレポーテーションもできるようだ、また武器にもなりうるようだがその破壊力も半端ではないようだ、はたしてこんなものを操作できるのか、けれどもこれだけの機能の装置をもってしてもM618を殲滅(せんめつ)するには相打ちを覚悟しなければならないほど戦いは熾烈(せんれつ)を極めることになると、そこまでM618は強大な敵のようだ。インフィニティー221Eの概要のなんたるかがおおまか理解できたのでした。しかしだからといって亜兼には今だこの白い箱が何なのかはほとんど分からなかった。

 夜が明け、日が昇りとりあえずタイムリミットとなってしまった。

「え」どうしたの、まるで突然電源がダウンしたようになってしまった、インフィニティー221Eの起動が停止してしまった。そして亜兼も目を覚ます時がきた。

 ドアが開き、上条所長と青木キャップが入って来た。亜兼はゆっくりと目を開けた。

 目を開けてもいまだに数字が目の前に流れている感じがしていた。これは現実の世界なのか?

 さっきまでの体験は何だろう、自分の何かが変った気はまるで感じられなかった、ただ頭の中に余計なものを詰め込まれた気分がしていた。

 吉岡が気が付き「兼ちゃん気が付いた。気分はどう、どこもなんともない」と聞くと

 恵美子も側に寄って来て「大丈夫ですか、亜兼さん」と覗き込んだ。

 青木キャップは亜兼に近づくと「大丈夫か、頭打ったそうじゃないか」と心配をした。

 吉岡が亜兼の背中を抱えて起してやった。

 青木キャップは亜兼の目を覗き込んで異常があるのか判断しようと顔を近付けた。

 青木キャップが亜兼の目を覗き込んだ時だった、驚きのあまり言葉を失った。

 この目は、今までの亜兼の目と違う、鋭さと深さと言うか、青木キャップは自分の心が一瞬読み取られる気さえ感じた。青木キャップは顔色を変えた、今度は本気で「お前、本当に大丈夫なのか」と心配をした。

 亜兼は目を大きく見開くと青木キャップを見て「キャップ、このままでは日本も地球も滅びてしまいます。」

 青木キャップの眉間にしわが寄った。「亜兼、突然何を言い出すんだ?」

 亜兼は慌てた様子で「レッド・ジャムは、あーいえ、M618の赤いやつはすでに一度地球を滅ぼしています。」

 青木キャップはおかしいと思った。自分の記者人生の中でそんな記憶は一切無かったからだ。「バカな、いったい何時の話だ。」

その会話を聞いていた上条所長も周りの皆も亜兼が何を話すのか注目した。

「いえ、だから、220年後の未来の地球でです。」

 一瞬皆の表情が理解しにくい表情におちいった。

 すると青木キャップが笑い出した。「ははは、何を言っているんだ、おまえな220年後って言うがそれは未来の話しだろう何を言っているのか分かっているのか、やっぱりおまえ頭を打ったのか」

「はい、いや」亜兼は頷いた。

「しかもお前の話しは、何故220年後の出来事がお前には過去形になるんだ」

 亜兼は当然のように言った。「それはマリア・アンドレアス・ハーベーが言っていたからです。」

 亜兼の迷わず答えるその自信に皆はつい信じるところだった。そこで吉岡が聞いてみた。「ねえ、そのマリアって、兼ちゃん誰なの?」

「え、マリア、ああつまり、フランクリン・アンドレアス・ハーベーの娘だよ、えーと」

 亜兼の頭の中で色々な情報がごちゃごちゃになっていた。

 吉岡も他の者もそのフランクリンとやらは誰なのかと思った。

「兼ちゃん、フランクリンと言う人は誰なのか教えてよ」吉岡が聞いた。

「えーと」亜兼は分かってはいるのだがどう話していいのか、また話しても理解されるのかどうなのか分からないと思った。

「つまり、フランクリン・アンドレアス・ハーベーは全能性細胞であるハーベーセルを開発した人です、ハーベセルはコードネームをレッド・ジャムと言うそうです、つまりM618のことです。」

 一斉に周りから驚きの声が上がった。特に古賀主任はあの塩基Xの開発者の人物が特定できたことに驚いた。 

 そして古賀主任は前に乗り出すと亜兼に聞いた。「そのフランクは何処にいるんですか?」

「え」亜兼は困った。説明のしようが無いからでした。今の世の中には存在しないからでした。

「そのー、よわったなー」

 すると青木キャップが怒鳴った。「おまえ、言ってみろ、220年後の未来に居たとか言うんじゃねえのか」

「はい、その時代に居ました、再生医療の研究者です。」と亜兼が言うと青木キャップは不満だった。「居ましただと、亜兼、おまえどうして未来のことをお前は過去形で言うんだ?」

「だってキャップ、未来のことであってももうすでに起きてしまったことだからです。」

「なんだと」そんなこと信じられるかと言わんばかりの顔で青木キャップは亜兼を見た。

 亜兼は仕方ないと思った。「だからあの謎の赤い生命体に日本は飲み込まれて壊滅状態になっているんです。つまり220年先の未来と今の日本が繋がっているんです。」

「そんな」そこにいる全員が信じられない顔をしていた。

 古木補佐が亜兼に聞いた。「それでその220年後の未来はM618によってどうなったんだ。」

 亜兼は頭をうな垂れて「地球ごと半年後に全て飲み込まれました。」

 古木補佐も言葉が無かった。

 所長が聞いてきた。「亜兼君、そのハーベーセルと言うかM618が日本に現れた原因はどうなっているんだね」

「はい、それは赤いインフィニティー221Eと呼ばれる、あの白い箱と同じ形ちをしていますが赤い色をした箱が原因のようです、北海道の遺跡と思われていたところから何者かに掘り起こされたこの赤い箱が東京に運ばれて、何だかの理由でM618が解放されたようです、それは今も尚M618を噴出し続けているようです。」

 所長は厳しい顔で頷いた。「本来ならその何者かを捜索して見つけ出すところだが、このような状況では本庁も分散してしまい、それどころではなくなっているので捜索も無理でしょう」

 古木補佐も怖い顔をして「それでその赤い箱は今何処にあるんだ、分かるのか」

 亜兼は難しい表情で小声で話した。「それは今も第一京浜の下の地下調整池にあります。」

 吉岡が叫ぶように言った。「あの調整池にか、しかしあそこはM618で満杯になっているよな、あそこに沈んでいるのじゃあ、どうしようもないな、しかもあんなに広い赤い海の中から探すのは無理じゃないのかな」と首を横に振った。

 亜兼は落ち着いて「それは何処にあるのか見えています。この左手が赤い箱を感じています。」

「えー、見えているって何処に、信じられないな」と吉岡は驚いて聞き返した。

 青木キャップが息を荒げて吉岡の言葉をさえぎるように「だったらその箱を探し出して破壊する事で、M618を消滅させることができるのか、何とかならないのか」

 古木補佐は左手で顎を(さわ)りながら「しかし、どうやってそこに行くんだ。それにM618の赤い海の中に入っていけるのか」

 恵美子は否定的に「近づくことすら危険です、今までもどれだけの人が飲み込まれてきたことか」

 古木補佐は、むずかしい顔をした。「調整池の深さは四十メートルくらいあるんだろう、確かに、その場所に行くだけでも我々の力では、装備も運搬用の機材も無いし、どう考えても危険すぎる、それに万が一、その赤い箱を壊す事でM618を消滅できるとしてだが、その赤い箱は本当に壊す事ができるのか?その赤い箱もあの白い箱と同じように分析してみて解るように再生能力があるんじゃないのか、だとしたらその赤い箱も壊す事は無理だろう、亜兼君、君はどうやって壊すつもりだ。」

「はい、そこのところはまだ詳しくはマリアからは聞いていないです。でも間違いなく壊す方法はあるはずです。」

「分かった。」古木補佐は念のためにもう一度聞いてみた。「それで亜兼君もう一度聞くがその赤い箱を破壊すれば本当にM618の広がりは止められるのか」

「はい、そうマリアから聞きました。」亜兼は頷いた。

「マリアからか」古木はマリアは本当に存在するのかと思った。

 古木の言葉を受けて皆はお互いに顔を見合わせた。マリアは誰なの?

 亜兼はその状況を見てどういう意味なのかと思った。

 しかし皆に深い意味などありませんでした。ただマリアの言葉を素直に信じられるものなのかと思っていた、それにしても今の状況で打つ手の無さは感じていた。

 皆はため息をつくと、亜兼も目をつぶって下を向いてしまった。そして沈黙の時が流れた。そこへ次長が慌てて保健室に入って来た。「所長、千葉県警から連絡がありまして、千葉市内でM618がおお暴れしているそうです、増殖が早くなっているとかで、ここの科警研も数日以内には飲み込まれる可能性があるそうです。」

「それは大変だ!」と所長は慌ててドアを出て行った。

 恵美子は不思議そうに「亜兼さん、どうして赤い箱のある場所が解るの?」と疑問に思った。

「白い箱が心に話し掛けてきたんです。確かに信じ難いことですけど、でもそれは本当です。」

 考え込んでいた吉岡が「兼ちゃん、何か他にM618を徹底的に壊滅する方法は教えてもらっていないのかよ、たとえば、天敵の吸血ヒルとかさ」

 亜兼は「フン」と鼻を鳴らすと下を向いて首を横に振ってしまった。「もう一度、白い箱に聞いてみるよ」と立ち上がり、生物第四研究室に向かった。

 皆、後から付いていった。ドアを開け、中に入ると白い箱は、テーブルの上に置かれていた。亜兼が近づくとその箱はしだいに青白く光はじめた。亜兼はじっと見つめてためらっていた。それはこの箱の力によって何が起きるのか解らないし、何も起こらないかも解らない、想像もつかないからだった。

 吉岡が「兼ちゃん、呪文は唱えなくていいのか」と言うと、亜兼は何のことかと思った。「え、呪文って?」

「ほら昨日、この箱に触れた時、元素記号の言葉を(しゃべ)っていただろう」

 白い箱を見つめながら「そうだったの、記憶に無いな」

 亜兼は意を決して、目をつぶり白い箱に右手を置いた。

 意識が吸い込まれていくと言うか、読み込まれていくような感じがした。そして気が付くと無限の広がりの世界の中に吸い込まれていった、目まぐるしく意識の中に映像とも文字ともわからない景色が過ぎていった、次の瞬間、膨大な情報の中に存在する自分を見つけた。

 亜兼の意識の中に語りかける声がした。「何も怖がることはありません、すでにこの中の情報は全てあなたと(つな)がっています。あなたの思考が求めるものは具現化できるようにセッティングされています。インフィニティー221Eはあなたを防御します。あなたは思考の中でこのインフィニティー221Eを感じることが大事です。」

 亜兼はストレートに白い箱に質問をした「レッド・ジャムの進行を阻止して消滅させる事ができるのか?」

「思考の(おもむ)くまま」これが答えらしかった。

 しかし、亜兼はどのような行動をしたらいいのかまだ解らなかった。「いったい、どうしたらいいんだ」

 亜兼の思考に反応してきた。

「左手を前に出しなさい、あなたの左手はフランク博士の全能性細胞ハーベーセルによって再生されました、インフィニティー221Eとはすでに連動しています。敵を倒す感情的な意思は必要ありません、武器の選択と起動させる思考のみで、瞬時に武器を起動させることができます。」

 インフィニティー221Eの指示のまま亜兼は左手を前に突き出した。どのような武器が出てくるのかと思っていた。

 またインフィニティー221Eから声が聞こえてきた。「レッド・ジャムを倒しているイメージを思い起こしてください、そのイメージに合った最適な武器を選択いたします。」

 亜兼はM618を瞬時に大量に破壊するイメージを志向に思い浮かべた。

 インフィニティー221Eから即答してきた。「それでしたらサンダーフラッシャーです。それでよろしいですか」

 亜兼はその武器がどんなものか当然分からないまま一応頷いた。

 インフィニティー221Eからサンダーフラッシャーの取り扱いの説明が行われた。

「この武器は瞬時に大量破壊を行うもので取り扱いには十分注意が必要です。手をかざした前方にはくれぐれも人のいないことを確認する必要があります。この武器の起動はとてもシンプルです。目標を定めその方向に今回の場合左手をかざします。そしてサンダーフラッシャー起動を念じます。以上です。」説明はそれだけでした。

 亜兼の前にいた所員や吉岡が、何やら殺気を感じ、亜兼の後ろにまわっていった。

 亜兼は目を瞑ったまま左手を前に突き出して、人形(にんぎょう)のように操られているかのようであった。そして意識した。帝都売読の報道記者だった源さんが電波搭で、赤い化け物に襲われた光景を意識の中に浮かべていた。そして怒りが込み上げて来た。

「化け物め許さない皆殺しにしてやるー」とつぶやいたそのときだった、身体全体に言い知れぬパワーが込み上げて来るのを感じた。何だこの感覚は自然と精神が集中して行った。

 突然、左手をかざした先の空間が(ゆが)みだした。空間に光の粒が現われたかと思うと、その光りがスパークを始めた。室内の空気に変化が起こり出した。空気の渦が起きだして、次第に強くなって行き、そこに居合わせた人達はその異変を感じ取り身構えだした。次元の(ゆが)みのような、上下の方向感覚さえ麻痺(まひ)しだしてきた、全員が言い知れぬ恐ろしさを感じてきた。恵美子が薄気味悪そうに顔を(そむ)けた。吉岡も気持ちが悪くなってきた。

 目の前の景色が歪んで見えていた、その時だ、いきなり「ドドドド」と爆発音と共に白光が炸裂(さくれつ)した。そして、まるで花火の尺玉が目の前で爆発でもしたかのように、その爆発音は耳をつんざいた。あたり一面に(まばゆ)い光が飛び散った。全員目を(つむ)って顔を覆った。

 亜兼はその反動に耐え切れず、後ろに吹き飛ばされた。「うわー」部屋中、白い煙と資料の紙切れが一面に飛び散って舞っていた。

 一瞬何がどのように起きたのか全員志向(しこう)がパニックになっていた。そして倒れこんだまま自分の状態もどうなっているのかも理解できなかった。

 亜兼はゆっくり立ち上がると、目の前の光景に青ざめて驚愕(きょうがく)してしまった、何と言う事をしてしまったのか、本当に俺がやったのか、いったいこの力は何なんだ、「うわー」体が震えだした。

 他の人達は皆フロアーに倒れこんでいた、「ごほん」「ごほん」周りで咳き込んでいた、あっちこっちで(むせ)ぶ声がしていた。皆腰を押えながら除々に起きだしてきた。「何が起きたんだ、ごほん、ごほん」

「いてててて」皆、身体中を打ったらしい、見ると研究室の正面の壁がごっそり無くなっていて、外の景色が見えていた。皆口をあんぐり開けて、無言でただ見とれていた。

 古木補佐は心配そうに「皆、大丈夫か」と周りを見渡した。けれど、けが人はいなさそうだった。

「いったい何がおきたんだ、まるで爆撃を受けたようだな」と古木補佐は正面の壁に開いた大きな穴を見つめていた。

 吉岡が起きだして「兼ちゃんの手から閃光(せんこう)が飛び出したぞ」

 恵美子も「私も見たわ、亜兼さんの左手をかざした先の空間が(ゆが)んでいくのを」

 青木キャップは、亜兼を振りかえりざまに「お前、いつその左手生えてきたんだ。」

 青木キャップにとってはそのことの方が驚きだった。

 亜兼自身もまさかこんな大事(おおごと)になるなんて、想像もしていなかった。

 ただ白い箱の言葉に従っただけだった。「すいません、ごめんなさい」平謝(ひらあやま)りをするしかなかった。

 吉岡は呆れて「いったい、お前何を言われたんだよ」

「ただ赤い化け物が憎いと思い、殺してやると思ったら、そしたら・・・」

 古木補佐は破壊された壁を見て、一体どういう力が働くとこの壁を破壊できるのか、亜兼を見て彼の何がこんな力をもたらしたのか、やはり白い箱の力のせいか、彼の体を媒体(ばいたい)として、あの箱の力を具現化したのだろうか、つい亜兼を観察していた。

 古賀は亜兼の左手に非常に興味が向いた。亜兼に近寄るとその左手を取ってまじまじと見ていた。

 亜兼は気まずそうに、申し訳ない気持ちでいっぱいであった。

 古賀が突然「亜兼くん、ちょっと皮膚片(ひふへん)(いただ)くよ」と傍にあった耳掻(みみか)きのような器具で皮膚の一部を削り取った。

 慌てて所長が飛んできた。「何があったんですか、赤い敵の攻撃でもありましたか、それとも科学物質でも爆発しましたか?」

 古木補佐が「まあ、後者の方ですか」と(あご)に手をあて、考え込んでしまった。

 所長が大声で「皆、大丈夫ですか」と心配した。

「全員、無事です。」と返事が戻ってきた。

 亜兼は申し訳無さそうに「すいません、申し訳ありません」ただ、あやまるしかなかった。

 所長が壁に開いた大きな穴を見て「皆が無事であればそれでいいです、どうせこの研究所は一両日中には移動しなければならないのですから、それにしてもずいぶん風通しをよくしてくれましたね」破壊された壁から、外を見た。「あれ、外にあった、イチョウの大木も2・3本無くなってしまったようですね、ずいぶん派手にやってくれましたね、ハハハハ」

 亜兼は頭を下げ、目は所長へ向け「すいませんでした。」と平謝りでいた。

 亜兼は困った顔をして、それにしてもいきなり破壊光線かよ、それは無いよ、自動小銃とかバズーカ砲とかがとりあえず出てくると思っていたのに、信じられないよ、まったく。

 吉岡がまだ(あき)れながら「それで、今の武器でM618を壊滅する事ができるのか」

「いや、壊滅は無理だ、効果がある程度のようだよ」亜兼はまだ低姿勢でいた。

 吉岡は残念そうに「じゃあやっぱりM618が満杯になった地下の調整池にもぐってその赤い箱を探しに行かなければだめだということか、分かった。何とか手立てを考えます。古木補佐、私が調整池にもぐる方法を考えます。その時は私が見つけてきます。」

 またしてもこんな時にすべての責任をしょい込もうとする吉岡の性格が現れた。

 古木補佐は微笑み頷いた。

「だがな、吉岡その手立てが見つかったとしてもそれをやるのは我々の役目ではないぞ」古木補佐は(さと)すように言った。

「それをやるのはそのような特殊訓練を受けた対処能力に()けた自衛隊なりの隊員のやることだよ、吉岡のアイディアーは検討しておこう」古木補佐は頷いた。

 そこえ所員が慌てて報告に来た。「大変です、所長からです、M618が数キロの処まで(せま)っているそうです、至急科警研を移動するとの事です。」

 古木補佐は「ひとまず移動の準備をしよう」と皆に指示をした。

 青木キャップは携帯電話で、立川の本社に電話をして状況を聞いた。

 編集部の前川から「立川はまだ大丈夫です、通常業務を行なっています、1~2週間の内には移動を考えなければ」とのことであった。

 三郷ジャンクションを越えて、押し寄せてくるM618に科警研はわずか3キロ程の位置に在った。

 所長が手配したトラックや引っ越し業者が下に集まって来ていた。手分けをして移動の準備が進められていた。

 所長から今後についての説明があるとの事で、全員会議室に集められた。所長の話が始まった。

「時間もないことなので、手短に話しますが、取りあえずつくばに全て移設します、大学には警察庁から連絡を入れてあります、あそこは市内から少し離れているため、被害も出ていないようですし、距離もここからはそこそこのところなので移動も難しくは無いでしょう」

 そして、科学警察研究所はつくば学園に全員で移動の準備が始められた





 

4 亜兼の執念の一撃




 吉岡は所長に願い出た。「所長、これだけM618の被害が広範囲に広がってしまうと、自衛隊も対処しきれないと思います、つくばに行く前に被害状況を確認して今後の対策を考えたいと思いますが、いいでしょうか」

 所長は渋い顔をして「危険すぎるな、あまり深入りすると赤い敵がそこらじゅうにいると思いますよ、一人で行くなんて許可はできませんね」

「一人でなければよろしいのですよね」と恵美子がすかさず「では私が行きます、吉岡主任は反応が鈍いから危険です、だから私も行きます。」

 所長がまた困った顔をした。「君は言い出したら止められそうにないからな、古木君どうするかね」

「はい、確かに止められそうにないと思いますがしかし、だからと言ってそんな危険なことは許可するわけにはいきません所長」

「ですよね」所長は頷いた。

 亜兼は吉岡と恵美子を見ると確かに二人では危険すぎると思った。「でしたらキャップ、私も記者として行きます。」

 青木キャップは「お前は行くのは当たりまえだ。報道記者として、命をはって、特ダネをとって来いよ」

 すると吉岡が「兼ちゃんも行ってくれるのなら大丈夫です、所長いいでしょう」

 所長は古木補佐を見た。亜兼君はこのような場面に慣れているようだし深入りも自制できるだろうと判断した。古木は仕方ないといった感じで頷いた。

 所長は吉岡達を見ると「決して無理はしないでください、深入りも危険ですのでだめですよ、いいですね」

「はい」吉岡も恵美子も頷いた。

 三人は亜兼の乗り回していた。吉岡の車で行く事になった。

 吉岡は変り果てた自分の車を見て「ずいぶん汚してくれているな」とがっくりきていた。恵美子も「脱臭スプレー無いの」と鼻をつまんだ。

 亜兼は低姿勢で「命に影響無いから、それより早く出発しようよ」と苦笑いをした。

 国道6号線を松戸の方向へ2~3キロ行くと、南柏あたりの旧日光街道と交わるあたりに、すでに赤い化け物が出没し始めているということで、そこに向う事にした。

「あいつら新しい武器として、口から体液を吐き掛けてくるぞ」と亜兼が注意をすると、吉岡が得意げに「あの分析をしたやつか、あれはフグの毒に良く似ているが酸が混じっているようだ、かなり強いぞ、浴びせ掛けられると体がしびれて麻痺してしまうぞ、あげくの果てに壊死(えし)を引き起こす。相当危険だぞ」

 町はまるで人影も無く静まり返っていた。

 亜兼が周りの様子をうかがいながら「気を付けろよ、赤い化け物が必ずいるぞ」

「ぎゃー」

 すると悲鳴が上がった。足を止めてその方向を見ると、三十代くらいの男性が赤い化け物に取り囲まれていた。

 三人は近寄って行くものの武器も無く何も手出しが出来る訳も無かった。

 吉岡は反抗的に落ちていた石を拾って投げる真似をした。

 三十代くらいの男性はリュックを背負っていた。

 亜兼は、あの男空き巣を働いていたのかと思った。それでも襲おうとしている赤い化け物は許せなかった。亜兼は首からさげていたカメラのフラッシュを()くと、赤い化け物は後ずさりしてひるむ構えを見せた。その(すき)に「逃げろ」と叫んだ、三十代の男が一目散で逃げ出した。

 しかしその男は赤い化け物に飛び着かれてしまい、押し倒されていきなり額を噛み砕かれた。

 吉岡は持っていた石を投げ付けた。赤い化け物の顔にぶち当たったが何の反応も示さず三十代の男は、寄ってたかって、化け物に噛み砕かれてしまった。

 恵美子は「むごい事をするは」と顔を背けた。

 赤い化け物が一斉にこちらお向いた。そして目を光らせて視線を三人に定めると除々にこちらに向ってきた。

 吉岡はまずいと思い「車に戻ろうぜ、かなりやばいよ」と二人に逃げるように(うなが)した。

「ああ」と亜兼は頷いた、三人とも振り向いて一気に走った。そのとき赤い化け物も走り出して追いかけて来た。恵美子が遅れてしまい、慌てた瞬間、地面の突起につまずいて転んでしまった。

 赤い化け物が4~5匹飛び掛ってきた恵美子はもう駄目かと思った。顔をそむけて両手で押える格好をした。亜兼は腰のポシェットにしまっておいた。白い箱を取り出すと地面に置いた。

 路面に片ひざをつき右手を白い箱に置いて左手を恵美子に飛び掛ってきた赤い化け物に向けた。

 左手の正面の空間が歪みはじめた。スパークした白い発光体の粒が現われだし、瞬間、大きく(ふく)らみ光の束となって、物凄い勢いで空気の層を引き裂いて、バリバリ音を立てて砂埃(すなぼこり)を巻き上げながら、赤い化け物めがけて白い光が突き進んでいっだ、化け物は白い光の中で熔けて消えていった。

 砂埃で視界がまるで見えなくなっていた。

 吉岡が心配そうに叫んだ「恵美子さん、大丈夫か」

 しだいに視界が見えてきた。恵美子が()き込んで口を押えながら、何が起きたのかキョトンとして周りを見渡していた。赤い化け物が消えているだけではなく十メートル程の幅で目の前にあった建物や何もかもがかなり先まで全てが消えていた。

 吉岡は立ちすくんで、その威力に驚嘆(きょうがく)するだけだった。驚くと言うより恐怖さえ感じていた。亜兼は路上に片ひざをついて左手を前にかざし右手を白い箱の上に置いている状態のまま身動きしなかった。

 亜兼の思考にマリアの声が聞こえてきた。「あなたの左手はすでにインフィニティー221Eと連動しています。起動を掛けるときインフィニティー221Eに触れる必要はありません、半径百メートル以内にインフィニティー221Eが存在していさいすれば自在に起動をさせることができます。ただしそれ以上離れると電波、磁場、重力その他の干渉を受け誤動作の元になります。

 亜兼はそれを聞いて「なるほどそう使うのか」と思った。

 吉岡は恵美子を起してやり、二人は亜兼の側に寄って来た。

 亜兼も立ち上がり、三人は改めてこのエネルギーの破壊力の凄さを確認するように破壊された跡を眺めていた。吉岡が亜兼を見て「兼ちゃんの左手どうなっているんだ、かなり先まで、破壊されているようだな」とため息を付いた。

 恵美子は転んだときに打った(ひざ)を押えながら、腰をかがめた状態で(あき)れていた。

「この高エネルギー、きっと白い箱が起因していると思うわ、亜兼さんの左手が媒介手段になっているようね」

 亜兼も「このエネルギーは、どうコントロールしていいのか俺にもまだよく分かんないけど」

 恵美子は亜兼の顔を見て「とにかくありがとう、本当にもう駄目かと思たは、凄く恐かった」

 亜兼は厳しい顔で「この辺、かなり危険だから、三人固まっていた方が安全のようだな」

 吉岡も周りを見渡しながら「ああ、そうだな」

 三人は固まって見て回っていたが、亜兼はこれでは、敵に狙ってくださいと言っているようなものだと言うより釣りの(えさ)状態にあるといった感じがした。

 何処か高い所を探して状況を把握するほうが、現状を確認するのに一番早いと思った。

 しかし高い所にあがっているうちに下を封じられたら、逃げ場が無くなってしまう、要するに敵に近づきすぎたと言う事か少し戻ったほうがいいと思った。

「宗ちゃん、恵美子さん車に戻ろう、確認し易い場所を、探しに行こう」

「突然、何言うの」まだ、来たばかりでしょう、と言わんばかりに、恵美子が亜兼の意に反して、このまま進もうとした。

「いいから車に戻ろう」亜兼はこの辺りの危険な感じがひしひしと感じられた。吉岡も恵美子も分からないのだろうがここの建物の中はきっとあの化け物がかなり存在すると思った。だからあえて強引にでも車に戻って、移動するつもりであった。

 しかしこんなところまで赤い化け物が現れるとは、早すぎると思った。

「はいよ、解った。」吉岡は素直に頷いた。そして、三人は車に戻り、亜兼は安全な高い所を探した。

 1キロ程戻った奥まった処に気象大学があり、すでに誰もいない様子であった、その敷地内に観測用の鉄塔が建っていた。そこに昇る事にした。

 亜兼は恵美子に「上に昇るのは危ないから、下で待っていた方がいいと思うけど」と女性だからと、気遣(きづか)う気持ちからそう言うと、恵美子は「失礼な、吉岡さんの方がよっぽど危ないと思うわよ」と腕組みをして吉岡を見た。

「確かに」亜兼は頷いた。吉岡はなんでこっちに話が飛び火するんだよ、と言わんばかりに「何で俺が危ないんだよ、とにかく三人で昇れば文句無いだろう」

 亜兼が、じゃー俺が先に、と言おうとしたら、すでに恵美子がはしごを昇っていた。

 かなり早い、吉岡も亜兼も付いて行くのがやっとだ、一段目の踊り場に着いた。

 恵美子が「まだ、この上があるわよ」と二段目のはしごに手を掛け昇り始めた。

 吉岡と亜兼は顔を見合わせ後に付いて昇って行った。二段目の踊り場に上がると、かなり見晴らしが良くて、数キロ先まで肉眼でも確認することが出来た。亜兼は望遠鏡を出して(のぞ)きだした、3キロ程先に鉄道が通っていた。「あの鉄道は?」

 恵美子が「ちょっと貸して、ありがとう」望遠鏡を覗き込み「あれは武蔵野線だわ、あそこまでM618が来ているのね」と赤く()まった分岐点を望遠鏡で追っていった。

 吉岡が望遠鏡を受け取って(のぞ)いて見るなり「わー、あの先、真赤だ、赤い海じゃねえかよ、すげえな」

 恵美子は呆れて「何、感心してんのよ」貸しなさいよ、と取り上げてしまった。

 亜兼は推測をしてみた。「おそらく、あそこから1キロは赤い化け物がかなりいることになるな、この辺りはどうなんだろうと周りを見た。

 恵美子が、反対側の柏の方を見ると、科警研が見えた。

 吉岡のスマートホンが鳴った。「あー、古木だがどうだ。」

「はい、武蔵野線から向こうは真赤です、あのスピードだと一日か二日の内にはやはり科警研も飲み込まれそうです。」

「そうか、こっちは準備が出来たから出発するぞ、そろそろ戻って来い」

「はい、解りました。」

 亜兼は周りを見下ろして、この敷地にいくつかある校舎を見つめていた。以前都内の校舎がやつらの巣になっていたことを思い出した。しかしこれだけM618から離れていてどうなのだろうと思った。一応降りたほうがいいと思った。「もしかしたらあの校舎、やつらの巣になっているかもしれないな、降りたほうがよさそうだな」と言うと、恵美子が「大丈夫よ、もう少し観察させて!」

 吉岡も「そうだよ、大丈夫だよ」と亜兼に微笑んだ。

 亜兼はため息をついて「分かった。」とまた校舎の方を見回した。

 その後も恵美子は望遠鏡で状況を観察していた。

 亜兼は校舎の昇降口の扉のガラスの奥が気になった。何かが動いたような気がした。

「何だろう」しかし様子の変化は無さそうだ、気のせいかと思った。

 けれど、どうも気になった。

 亜兼は強く言った。「様子がおかしい、危険すぎる、降りよう」

「まあ、強引ね」と恵美子が振り返った。

 亜兼はタラップをすでに降り始めていた。二人は渋々付いてきた。一段目の踊り場に着いた。亜兼は周りを見た、様子は変わっていなかった、また下に向って降りていった。

 下から三メートル程のところに来たときだった、やっぱり校舎の中から例の赤い化け物が続々と出てきた。亜兼は地面に飛び降りた。二人はなかなか降りて来なかった。      

「化け物が現れた、早くしないと囲まれるぞ、早く」

 まだ降りて来ない、亜兼はじれったくなって、叫んだ、「早く」

 除々に周りを囲まれ始めた。「もう駄目だ、囲まれちまったぜ」

 亜兼はがっくり来て、「くそ」カメラを取り出してフラッシュを炊いた、赤い化け物を威嚇(いかく)した。

 赤い化け物は、足が止まり後ずさりしたが、しかし直ぐに効果が切れた。

 二人がやっと降りて来た。亜兼は周りを見回して状況を判断した。もうすでに、四方を囲まれて退路は無くなっていた。

「くそ、逃げ道が無くなっちまったぜ、仕方がない、あれ使うか、まだうまく使いこなせないし、何が起きるか解らないから、できれば使いたくはなかったのに」

 恵美子が腰を(かが)め身構えて「気持ち良く全部吹き飛ばしちゃいなさいよ、亜兼さん」と強気に周りを見渡した。

 吉岡が「おー、過激なお言葉、あんたほんとうに女かよ」と同じように身構えていた。

「うるさいわね、亜兼さん早く」

「よし、二人共しゃがんでいてよ」腰のサイドポシェットの白い箱を確認した、じりじりと迫り来る赤い化け物に左手を向けかざした。亜兼は念じた手の平の前方に白い光の粒がスパークをはじめ光の粒が現われだした。

 亜兼の形相が変り、怒りを感じていた。空間が異常に(ゆが)みだした。赤い化け物が相当の数で亜兼達を囲んでしまい、今にも飛び掛りそうになった。

 亜兼は叫んだ。「さあこい化け物これを受け止められるか」

 亜兼は左手を押し出した、赤い化け物めがけて光の帯びが波動を帯びて、亜兼の左手から一直線に眩いばかりの白い光の帯が何処までも伸びていった。正に重力に異変が起きているかのように空気が渦を巻き起こし、暴風に変っていき、砂塵(すなぼこり)が吹き荒れる中、赤い化け物が次々に蒸発して何十、何百と(ちり)となって消えていった。バリバリバリ左手を横に振って行った。砂塵が吹き荒れて視界は何も見えなくなっていた。

 亜兼の身体がエネルギー消耗の耐えうる限界に来ていた。息が上がり体力がもう持たない感じがした。しかしその間、おそらく数十秒と短い時間であったろう、(ひざ)ががくがくになり、立っていられない程力尽きた。

 土埃(つちぼこり)がしだいに(おさ)まりだして、周りの景色が除々に見え出してきた。見渡す限り何も存在していない、吹き飛んだと言うよりきれいに蒸発したという感じで、ほんとうに何もなくなっていた。在るものと言えばさっきよじ登った、彼らの後ろに立っている鉄塔ぐらいだった。吉岡はこの白い光を何処かで見た記憶があった。

 思い出せない「何処だったかな」

 恵美子が「えー、なにが」

「いや、この白い光、何処かで見たことがあるんだけど」吉岡は首を傾げた。

「気のせいじゃない、それより車、車は大丈夫かしら」と恵美子が慌てだした。

 亜兼が衣服の誇りを払いながら「そこは意識して残したよ」

「良かった。」恵美子がやっと我に帰ると「なんて言う威力(いりょく)なの、いくら何でもこれはやり過ぎよ、何にも残っていないわ」

「だから使いたくなかったんだよ、自分でもこんなとんでもない威力があるなんて解っていないんだから、それにしてもこれってかなり疲れるな」

 吉岡が亜兼の体を気遣って「そうとう疲れるようだな、身体大丈夫かよ、それ使い過ぎると、寿命がちじまるんじゃないのか、やばいよ」

 亜兼は「フン」と鼻を鳴らして笑った。「解んないけど、何もしなければやつらの餌食(えじき)になるだけだからな、気にはならないさ」

 恵美子が周りを見渡して「早く車に戻りましょう」

 亜兼は歩くのがやっとだった。「宗ちゃん運転してもらえるかな」

「ああいいよ、それで、千葉市に行ってみようか」吉岡は車を発進させた。

「じゃあ、柏まで戻り16号で行きましょう」と恵美子が後ろの席からいろいろ指示をした。

「分った。」吉岡は車のステアリングを切った。

 十分程で柏まで戻り16号で千葉市方面に向って走った。

 しばらく行くと自衛隊の検問が敷かれていて、八千代市の手前までしか行けなかった。

 自衛官の話では、ここから1キロも行かない処まで、M618が真っ赤な海のように迫っているらしい、この検問の向こうでは自衛隊が赤い化け物と交戦が行なわれていて、危険だと言う事だった。

 亜兼は思った。この2人はM618の行動が見えていない、これ以上動きまわるのは危険だと感じた。

「そろそろ、つくば大学に向ったほうがよさそうだな、つくばに行って赤い箱をさがす算段をしよう」

 恵美子も賛成して「これではしょうがないわ、そうだわね、つくばに行きましょう」

「解った。じゃー常磐道に向うよ」と吉岡は車をユーターンさせた。

 亜兼は恵美子に聞いた「恵美子さんのジープはどうしたんですか」

「あのボロジープは科警研に置いてきたは」恵美子はあのジープは捨てたつもりでいた。

「ちょっとジープ貸してくれませんか」亜兼は一人で行きたい所があった。

「えー、あのボロのジープでよければ」

「わるい、宗ちゃん科警研に寄ってくれないか」

「ああいいよ、最後に科警研に寄って行くか、レッツゴー」来た道を引き返して二十分程で誰もいない化学警察研究所に戻ってきた。

「亜兼さん、これキィーです、どうぞ」恵美子も吉岡もしげしげと思い出にひたりながら、科警研の建物を眺めていた。

 亜兼が「じゃー、用事を済ませたら後を追うから、気を付けて」

 吉岡も同じように「兼ちゃんこそ、気を付けろよ、早くこいよ」と手を振った。

「ああ、恵美子さん、車借りるよ、じゃー」亜兼はジープを発進させて行った。

 二人は走って行くジープを見送った「よし、俺たちも行こう」吉岡と恵美子は二度とこの姿を見ることも無いだろうと思いながら科警研を後にした。

 亜兼は車を飛ばしながら思っていた。

 今日まで守らなければならない人達を守る事が出来なかった。確かに、あまりに自分の力は小さ過ぎる、しかしやつらは思いもよらないスピードでより強大になりつつある、だから少なくとも今のうちに、あいつらにダメージを与えてやるさ、練馬駐屯地も今はもう赤いやつらに飲み込まれてしまったと云う、今となっては自衛隊の第一師団の司令部が何処に移ったかも解らない、知佐さんもどうしたのか、しかし解っている事が一つある、それはこれからやつらに一発食らわしてやるって事さ、そうでもしなければ・・・・どうせ日本は無くなっちまうんだろうから、柏インターから東北道に乗り、三郷ジャンクションに向った。

 もう高速道路の下はM618の真赤な海になっていた。

 まるで赤い海の上に高速道路が浮いているような状態になっていた。

 亜兼は路上に車を止めて高速道路の手摺り越しに望遠鏡で探した。浜崎橋ジャンクションを、しかしそこまで見えるはずも無かった。

 赤い箱はきっとあの辺に在るんだろう、亜兼は白い箱を手摺りの上に置いた、そして、大きく深呼吸をすると右手を白い箱の上に置いた。触れていた方が威力がありそうな気がしたからだ。左手を浜崎橋ジャンクションの方向へ向けてかざした。

 そして亜兼は意識を集中させた。「てめえ達の思い通り、そうやすやすとこの国を滅ぼさせてたまるか、赤い箱もろとも、吹き飛ばしてやるさ、()らいやがれ」と身体全体で怒りを発すると、亜兼は何かを感じ出した。「何だ、この感覚は?」その時、亜兼の思考に何かが入り込んできた。言葉のようだ、亜兼はその言葉に耳を傾けた。「お前は我らと同胞、お前の左手は我らの一部だ、やがてお前の体は全て吾らと同一になるだろう、何故怒りを向ける」亜兼はバットで頭を殴られた程の衝撃を覚えた。「何だと・・・?」こいつ等、俺の思考に入り込んできやがって、いい加減な事を言うな、証拠を見せてみろ、俺の意思を反映するとでも言うのか?

「お前の望みはなんだ」と亜兼の心に話しかけてきた。

 亜兼は無性にはらだたしかった。「ふざけろ、ならば、俺の意思を伝える、お前たち、その赤い色を消して見せろできるのか」亜兼は半信半疑で有り得ない意思を伝えた。すると、どうだろう目の前のM618の赤い海の一部が赤い色素を消して澄み切った透明の湖のように底に沈んだ家々が見えてきた。

「まさか?」亜兼は驚愕(きょうがく)した。信じられなかった。逆に亜兼は焦りだした。「違う。俺はお前らとは違う、同じでは無い、俺はお前らとは違うぞ」亜兼の焦りはしだいに、怒りの感情に変っていった。そして怒りが頂点に達した。しかしその怒りは何に向けられていたのか、亜兼は否定したかった。それは亜兼の意思をM618が反応したことへであった。

「俺はお前らの仲間なんかじゃ無い・・・俺はお前たちを許さねえ、その証がこれだ」

 亜兼はその左手を広げると赤い海に向けた。そして心の怒りを左手に込めて念じた。

「必ずお前達を壊滅してやる」

 次第に左手の前方の空間が(ゆが)みだした、そして空全体が渦を巻きだした。

 そして白い光の粒が花火のようにスパークして夜空に点在する星のように、光りだして亜兼の手の平の前で銀河のように渦を巻きだした。

 白い箱が青白く光りだした。放出されたエネルギーのパワーは亜兼の身体を伝わりその左手に無限の威力をみなぎらせて行った。

 そのスパークした光の粒が亜兼の左手に集まりだして、巨大な光の束となっていった。亜兼の左手から物凄い勢いでその光の巨大な束が放たれたのでした。「バリバリバリバリ」と空間をつんざくような音を上げていた。

 M618の膨大な赤い海に向って亜兼の放った白い光の巨大な束が走って行った。

 空気をつんざく轟音(ごうおん)はまるで地響きの様でもあった、それは空気の層にも影響して電波風となって渦を巻き、暴風をおこし吹き荒れだした、M618の表面が青白く発光したかと思うと一瞬にして黄金色に変化した。亜兼の左手から放たれた巨大な白光はまさに太陽の日差しが明るさを失う程、(まぶ)しい光となりその束がさらに増大しエネルギーを周囲に(はじ)き出して、青白くバリアで防御したM618に突き進んで行った。M618に衝突(しょうとつ)すると巨大なスパークが起こり、M618のバリアの防御を軽々と打ち破り火花の帯がM618の表面をどこまでも走って行った。

 巨大な爆発が真っ赤な海の表面で次々に起きて行き果てが無かった、真赤な海は、真っ二つに分断されて行った。光の束が通ったあとには、数百メートルの幅で赤い海が沸騰(ふっとう)したようにとてつもない蒸気を上げて蒸発しだした。その後に透明のきれいに()き通った液体に変り流れ出していた。その跡が溝となって帯びのように延々とどこまでも続いていった。亜兼は力の限り波動と共に白い光を放ちつづけた。

 そのまま方向を左側に転換して行った。とてつもない衝撃が左手はおろか身体全体に加わって来た。すでに耐え切れない程に、左手に物凄(ものすごい)い振動が伝わってきていた。この状態に身体が耐えられるのだろうか、そんな不安を無視して亜兼は念じ続けた。

 黒い雲に(おお)われた天空には竜巻が幾つも現れた。稲光も何本も走っていた。亜兼は意識が除々に遠のいていくのを感じた。薄れる意識の中、M618に対する怒りは倍増して行った。すでに無意識で光の波動を亜兼は打ち続けていた。

 とうとう亜兼は意識を失いその場に倒れ込んでしまった。

 手摺りの向こう側は赤い海が幅、何キロメートルにも渡ってM618の一部を蒸発させていた。その先端は何処まで伸びているのかまるで見当も付かない程、(はる)か先まで伸びていた。

 蒸気が暴風のように渦巻いていた。その中でM618の赤い海が沸騰(ふっとう)して透明な液体に変化したM618の無残な姿が漂っていた。

 吹きすさぶ路上に亜兼はあお向けに倒れていた。途切れる意識の中で「キャップ、一撃を食らわしてやりました。でももう駄目です・・・・・」

 亜兼の身体の力が尽き、完全に意識は失なはれた。

 (しばら)くすると、分断された赤い海の大きな溝が、しだいに両端から埋まり始めた。

 時が流れ、静寂(せいじゃく)の中、一台の車が止まり、倒れる亜兼の側に歩み寄る者がいた。手摺りの向こう側の光景を見て、とんでもない状況にただ驚いて、目を(うたぐ)った。真赤になった東京の五分の一が扇状に地面を剝き出しにして、遥か東京湾まで続いていた。

 恵美子の赤いジープラングレーの座席に置き去りにされた亜兼のカメラを目にすると、その光景をシャッターに納めた。

「吉岡さん、早く亜兼さんを車に運びましょう」と恵美子が近寄ってきた。

「恵美子さん、あれ見てよ」

 恵美子が近づいてその光景を見た「わー、何これ、」とその光景に目を奪われた。

「凄いわね、これこそM618にとっては、ヒドラの毒矢に当たるはね」

 吉岡は亜兼を車に運び込むと「その、毒矢とやらは何の事なの?」と尋ねた。

 恵美子はそのとてつもない光景を見ながら「ギリシャ神話よ、上半身が人で、下半身が馬の野蛮で凶暴なケンタウルスをヘルクレスが退治するときに使った武器のことです。」

「ふーん」と吉岡は頷いた。恵美子は振り返り車に向った。吉岡はハンドルを切って、その場を立ち去った。

「案の定、兼ちゃんはやっぱりだったね」

「えー、科警研の車のGPSは全て連動しているから、あのジープが何処へいっても行き先はすぐに判明するは」

「気になって来てみてよかったよ」吉岡は車のステアリングを切って発進させた。

 しかし亜兼がM618に執念の一撃の攻撃をした状景は、宇宙航空研究開発機構の光学センサー搭載の画像偵察衛星により、しっかりと捕らえられていた。

 茨城県にある「北浦、監視衛星情報センター」に衛星から送られてきたデーターはすぐさま内閣衛星情報センターで解析された。

 その情報が送られてきた防衛省は信じ難い映像のため情報本部に回された。

 情報本部もやはり、東京を壊滅させたM618が一瞬にして五分の一が消滅してしまったその事実が理解できず、偵察ヘリを飛ばす事になった。





 5  白光撃破




 立川基地の第一飛行隊より偵察ヘリ3機が直ちに飛び立って行った。十数分後、現場に到達した。操縦士は真赤な血の海の上を飛んでいるようで気持ちが悪かった。しかしその中に高速道路の外環道と常磐道の交差する三郷ジャンクションから、東京方面に向って、そのジャンクションを基点に幅が十数キロメートルに渡って扇状に広がっている、M618の赤い液体が蒸発したような、地面が()き出しで(えぐ)れているようにも見える部分が東京湾まで続いていた。東京湾の海上にも遥か先まで海上が沸騰(ふっとう)して帯状(おびじょう)に一直線に何処までも続いていた。その様子を司令部に報告を入れた。

 すると司令部から「おそらく、偵察衛星が()らえたものはそれに間違い無いだろう」

 その現象の原因を究明するよう指示が戻って来た。

「了解」しかし操縦士はこの現象が何を意味しているのか、まるで理解出来なかった。とにかく端から端まで細かいところも見落とさないようにチェックをして行く事にした。

「何も無いな」

「ああ、ただ地面が剥き出しになっているだけだな」

「まてよ、あれは」

「何処だ」

「三郷ジャンクションの高速道路上だ。」

「うむー、ジープだろう」

 ヘリどうし交信をしていた。

「司令部に一応報告しよう」ジープに向ってヘリが飛んで行った。

 司令部の指示は当然そのジープを調べるよう伝えてきた。

 一機が道路上に着陸した。後続の二機は上空で援護(えんご)のために上空で待機をしていた。

 着陸したヘリの操縦士が路上に降りると、腰のホルスターから9ミリ拳銃を引き抜いた。そしてジープにゆっくりと近づいて行った。

 周りを一回りして、民間人の普通のジープに思えた。

 ジープのナンバーを司令部に照会をした。

 副操縦士は三郷(みさと)の高速道路の手摺りから東京方面を眺めていた。

「三尉、見てください」

「どうした。」

 三尉が近づいてその光景を見た。「曹長、間違い無いな、ここから何かを行なった形跡がある、映像に取っておこう」

「はい」

 三尉の無線に司令部から先ほどの照会の結果が戻って来た。

「赤のジープラングラーの持ち主は古木恵美子、千葉県柏市在住、年齢二六才、職業国家公務員、現在科学警察研究所、法科第二部、物理研究室主任です。以上」

「科警研の主任ですか、なるほど、曹長ヘリに戻るぞ」

 三尉が司令部に状況報告をするとしばらくして司令部より「そのまま、つくばに向え、科警研はつくばに移動した。目的は車両の所有者、古木恵美子を確保せよ」


 吉岡達は何も知らずに気を失った亜兼と、自衛隊の手配がかかった恵美子を乗せて、一路つくばに向っていた。

 自衛隊のヘリは常磐道に沿って飛行していた。つくばJCTを北上して行き、学園西大通りが見えてくると、春日地区のキャンパスのグラウンドに三機共ヘリを着陸させた。

 その校舎群の一区画に大学院の医科学研究科があり、その二階のフロアーに科学警察研究所は移って来ていた。

 自衛隊員はそこへ一直線に向かって行った。

 その校舎の入口に三名が配備に付き三名が校舎に入って行った。

 階段を駆け上がり二階の廊下を進みドアをノックするなり、所長室へ入って行った。

 上条所長はいきなり、どういう事なのかと思った。訳がわからなかった。

 自衛隊員が簡単に自己紹介をすませ用件に入った。

「自衛隊、第一飛行隊三等陸尉の高橋といいます、三郷JCTの路上に置き去りにされた。このジープの持主は、古木恵美子主任のものですね」

 とジープのインスタント写真を見せた。

 上条所長はすぐさまインターホンで古木補佐に連絡を入れた。

「古木君、ちょっと来てくれたまえ」

「はい」古木補佐は所長の声に異変を感じた。

 高橋三尉は「あまり人を呼ばない方が良いと思いますが」と言うと。

「いや、彼は恵美子主任の叔父に当たります。」と所長が説明をした。

「そうですか」高橋三尉は頷いた。

 ノックがあり、古木補佐が入って来た。

「所長」

「古木君、聞いてくれたまえ彼等の話を、ええーと、高橋三尉で良かったかな」

「結構です、実は我が国の偵察衛星が、理解し難い現象を()えました。ヘリでその現象を調査しに向ったところ、そこで東京全土を(おお)っているM618のほぼ五分の一が消滅していました。何か科学的な現象で消滅したものと思われまして、心当たりはありませんか」上条と古木は顔を見合わせて、上条が「特に、心当たりは無いが」

「そうですか、その扇状の現象をたどって行った先に、お宅の職員の車両があった訳であります、それで事情を聞かせて頂きたく、こちらにうかがった訳であります。」

 古木は所長の顔を見て「しかし、ここにはいませんが、まだ戻って来ていませんので」

「そうですか、待たせていただいて宜しいでしょうか」

 所長も事情が飲み込めてきた。「まあ、かまいませんが、いつ戻るか解りませんよ」

「結構です。」高橋三尉は頷いた。

 所長はため息をついて「まー、ご自由に」

 それから、すでに一時間が経過していた。

 やっと吉岡達が到着した。亜兼はどうにか正気に戻っていた。駐車場に車を入れて建物に向って歩いていった。吉岡が亜兼の肩を抱きかかえ何とか歩いていた。

 恵美子も気使って入口に入って行った。

 三人は何故(なぜ)入り口に自衛隊員がいるのか怪訝(けげん)に思った。

 高橋三尉のイヤーホーンに無線が入った。「いま、27~8の男性2名、女性1名、中に入りました。間もなくそちらに到着すると思われます。」

 高橋は無言であった。三人が二階に到着するのお見計らって「今、戻って来たようですね、出来ましたら、こちらに呼んでいただけますか」

 古木と所長は顔を見合わせて、緊張が走った。仕方が無い、と言った感じで何度か頷いて「解りました。」

 テーブルの上の、インターホンのスイッチを押した。

「恵美子主任ご苦労さま、疲れていると思いますが、ちょっと所長室の方へ来てもらえないか」と館内放送が流れた。

 恵美子はそれを聞いて「なんだろう、私行ってくるはね、応接室で休んでいて」と言って所長室へ急いだ。

 ノックをして中に入ると異様な雰囲気がした。

「所長、取り込み中ですか」

「いや、いいんだ」

「何でしょうか」恵美子はどういうことなのかと思った。

「実は、こちらの自衛官の方が君に話を聞きたい事があるらしいが」所長が説明をした。

 一瞬、何か聞かれるような事をした覚えがあるのか、頭の中で色々振り返えってみたが、特に見当らなかった。「はい、何でしょう」

 恵美子は自衛官に対して自己紹介をした「古木恵美子です、御用の向きは」

「私は陸上自衛隊、高橋三尉です、実は」

 高橋は、今日起きた不可解な現象について、そして、その現象が恵美子の車の位置から何かの力が働いたことなどを話した。

 恵美子に何か知っている事があるのなら聞かせて欲しいと質問をしてきた。しかし恵美子は本当のことを話していいのか迷った。

 恵美子は亜兼達と相談したいと思った。「申し訳ありませんが、今戻ったばかりで疲れています、十五分程休ませてもらえませんか」

 高橋は(あせ)る気持ちを押えて「こちらこそ、申し訳ありませんでした、解りました、待ちましょう」

 恵美子は所長室を出て吉岡達が休んでいる応接室に向った。

 恵美子が応接室に着くなり早口で「今自衛隊員が来ていて、三郷ジャンクションの事を聞かれたは、どうしようかしら」

 吉岡は驚いた。「なんで知っているの早すぎだろう、とにかく、今日は帰ってもらおうよ」

 恵美子も、どう対処していいのか解らなかった。

 亜兼はこれ以上、皆に迷惑を掛けられないと、意を決した。「どうせ直ぐに解ってしまう事だ。俺が行って全てを話すよ」

 吉岡は「だけど、この先どうなるか解らないし、見当もつかないから」

 恵美子は亜兼と同じ事を感じた。「偵察衛星の画像を解析中らしいはよ、どっちみち直ぐばれると思うは」

 亜兼はドアを開けて出て行った。

 所長室をノックするなり中に入って行った。

 恵美子は慌てて後を追って来た。

 所長が「亜兼君どうしました。君は心配しなくても大丈夫です。」

「しかし所長、これ以上、皆に迷惑をかけるわけにも行きません」

 古木補佐も「亜兼君、君まだ身体が回復していないようだがふらふらしているぞ大丈夫なのか」

「いや、もう大丈夫です。」

 高橋はうすうす気づいた。原因がこの若者である事を、しかしこの若者に何が出来ると言うのか、けれど皆で彼をかばっている、何かあるとみた。

 恵美子はここから亜兼を引っ張りだそうとした「亜兼さん、いいから行こう」

「しかし」亜兼は皆に迷惑を掛けられないと思った。

「いいから」恵美子は亜兼を強引に引き()り出した。

 高橋は間違い無いと思った。司令部からは古木恵美子を確保するように指示を受けたが、彼女は直接は関係無さそうだ、だが、あの若者を確保するように指示は受けていない、それに科警研ぐるみで何かをかばっているようだ、聞き出すことは難しいだろう、だがあの若者は何かを我々に伝えたいように思えたが、意思を確めてみようと思った。

「上条所長、解りました、今日はこれで失礼します。」高橋三尉は二人の隊員に目配せをした。

 所長も古木補佐も驚いて「まだ、何も話が・・・」

 高橋は「いや、話はよく解りました。とにかく失礼しました。」と言うと二人の自衛官に高橋三尉が「行くぞ」と言うと、所長室を出て行った。

 玄関に出ると、他の自衛官が「宜しいのですか」とたずねた。

「ああ、掛けてみるのさ」そして、操縦士に偵察ヘリの帰路を指示した。

「はあ?」

 ヘリのメインローターが回転しブレードが起こす風が地面を(たた)き付ける中を高橋はヘリに乗り込んだ。

 その時、亜兼は吉岡と恵美子に「いい機会だ、自衛隊の力を借りて赤い箱を壊す事にする」吉岡は真剣な顔で「止めろよ、危険すぎるよ、白い箱も取り上げられるかもしれないぞ」

 恵美子も「何故、そんなに死に急ぐの」

 亜兼は頭を横に振って「そうじゃない、このままだと、どっちみち一週間先には日本はM618に飲み込まれて無くなっている、皆死んじまうんだよ、時間が無いんだ」

 亜兼は走って外に出た。ヘリはすでに離陸して東に向かい飛びはじめていた。

 亜兼は西学園通りにそって生えていた、イチョウ並木に向って左手をかざした。憎しみがある訳では無いが、光を放つ意思を心に念じた。瞬時に亜兼の左手の前に白光が現れた。

 高橋三尉が西学園通りの脇を走る、白い光の帯びに気付いた。

 見ると一瞬にして何キロもの距離のイチョウの木々が次々と吹き飛んでいった。

「これだ、直ぐ戻れ、全機降下」ヘリが亜兼の側の路上に着陸した。

 高橋三尉が亜兼の側に寄ってきた。高橋が亜兼の目を見て「共に赤い敵を倒そう」と亜兼の肩を(たた)くと「行こうか」とヘリに招いた。

 亜兼は頷いて、ヘリに乗り込み、飛び立って行った。

 古木補佐も上条所長もその光景を二階の窓越しに見ていた。

 ヘリが飛び立って行くと、二人はソファーに座り、左手で額をこすり所長が「何か出来る事を見つけなければ、彼一人に全てを押し付ける訳にもいかんよな、古木君」

「はい、私達もやる事がたくさんありますよ、頑張ります。」

 高橋三尉はヘリの中で亜兼を気遣って「ヘリは恐いですか、緊張されなくても大丈夫です」そして三郷ジャンクションでの詳しい説明をあえて避けた。

「これから立川基地に向います、そちらでは色々うかがうことになると思いますが、思うままに話してもらって結構です。」

 亜兼は、頷いた。緊張が除々にほぐれてきた。そのせいか外の景色がなんとなく目に入って来た。

 今までの事が頭の中に思い出されていた。今日まで張り詰めた心で、一人で何とかできるだけ自分の力の限りやれることはやってきたつもりであった。

 M618が日本全土に広がり膨大な被害をもたらしている現実を目の当たりに見せ付けられ、自分の力がやつらの広がって行く上に、何の障害にもなっていない無力感を感じていた。これからは一人ではない、皆で力を合わせるんだ。と思った時、今までに増して赤い敵に対して対抗意識が涌いて来た。上空からの町並みは、さすがに車の台数は少ないながらも、何事も無かったかのように亜兼の目には映っていた。除々に高度がさがって行き、立川基地に着陸した。すでに練馬駐屯地も朝霞駐屯地もM618に飲み込まれてしまっていた。

 立川基地に隣接する昭和記念公園に数十張りもの大テントが張られ宿営地となっていた。また数分のところに立川東駐屯地もあり、かなりの宿舎が存在していた。

 しかも十五分程車で走った処に横田基地も存在していて、アメリカ空軍が駐留していた。現在はアメリカ空軍総司令部として日本の中の駐留基地の中枢にもなっていた。

 ジャンボ機も降りられる滑走路があり、何処に飛ぶにも横田基地は都合が良い場所に有していた。この非常時にアメリカ空軍だけではなく自衛隊や羽田空港がM618に飲み込まれてしまった今は日本政府もこの基地を共有していた。現在は実質的にこの辺一帯が第一師団司令部の機能を果たしていて、東部方面総監部もここに置かれていた。

 亜兼は目と鼻の先に東京青北新聞本社があるんだと思っていた。

 キャップも自分がここにいると知ったら、又びっくりするだろうなと思った。

 そして亜兼はヘリから滑走路に降りた。数百メートルも続く滑走路の両端に、また百メートルほどの、芝が敷き詰められて鮮やかな緑が映えていて、照り返された滑走路の反射光が目にまぶしかった。遠くに管制塔があり、ならびに大きな格納庫が建ち並んでいた。

 亜兼達は待っていたジープに乗り込み滑走路を走り出した。しばらく走ると滑走路の外れの、芝生の中に大テントが見えてきた。ここにも何張りもの大テントが施設されていて、多くの隊員が色々と作業を行なっていた。

 ジープが国防色に彩られた大テントの前に横着けになり、高橋三尉に案内されて中に入っていった。

 幾つかの部屋にしきられているその一室に亜兼は案内された。「ここでしばらくお待ちください」と言うと高橋三尉は部屋を出て行った。

 亜兼は部屋を見渡した。閑散としていてソファーとテーブル、そして角にも机と椅子があり、その上に観葉植物が置かれていた。

 しばらくすると高橋三尉と共にもう二人の、男性自衛官が入って来た。

 一人は肩に星一つと横棒三本の階級章がついている上官らしき自衛官と、もう一人は角の机の方に付いた、書記官らしかった。

 高橋三尉が亜兼の事を、その上官らしき男に紹介を始めた。「こちら亜兼さんです。」

 亜兼は挨拶(あいさつ)をした。そして高橋三尉はその男を紹介してくれた。「こちら藪爪(やぶずめ)三佐です。」

 藪爪は持っていたファイルをテーブルの上に投げ捨て、鼻息も荒く、そのままソファーにドサッとふんぞり返り、左手を背もたれの後ろに回し、足を組んで、(あご)でしゃくり「君、この写真とどう関係があるんだ」

 亜兼がファイルを開き写真に目をやると解像度はちょっと落ちるが衛星写真のようだ、一目で三郷ジャンクションからM618にめがけて亜兼の放った凄まじい白光のエネルギィーによって扇状に消滅させた時のものである事は解った。

 ほー、監視衛星はこんなふうに、色々な現象を監視しているのか、と思った。

 藪爪三佐は高飛車(たかびしゃ)に「一体どういう事だ、何を使うとこういう事が出来るんだ、えー」亜兼は写真を見ながら相手の反応を観察していた。要するにこの男は俺の事を信じられないと、確かにそう思うのも当たりまえの事かも知れない、いまだに自分でも信じ難い事だからと思った。

「お前、本当は俺たちをだましているんじゃないだろうな」

 高橋三尉が割り込んで「藪爪三佐、私は見ました。イチョウの大木が何本も一瞬にして消滅したのを」

「三尉、どのようにやったんだ」

「それは、その、そこの所はその」高橋三尉は白光によるイチョウの木の破壊は見たがそれを亜兼が行ったところは見ていなかった。

「お前も見ていないのだろう、科警研にだってビーム砲ぐらいはあるんじゃあねえのか、それか別の武器が、それを発射したんだろう」

 亜兼は思った。この男にどう説明しても信用するとは思えない、ここでこうしていても時間の無駄だ、こうしている間もM618は日本中に勢力を広げているというのに、自分が甘すぎた。いくらなんでも空想物語にも似たような話を信じる程自衛隊も軽い組織ではない事ぐらい、少し考えれば解る事だった。

 やはり、一人でやって行くしかないのか、藪爪三佐はまだはき捨てるように言葉を続けていた。「これは雷か何かが落ちたんだろう、おそらくそうに決まっている、ただの人間にこんな現象が起せる訳がねえんだよ」

 亜兼はすーと立ち上がり、高橋三尉に向いて「申し訳ないが、特に協力できる雰囲気でもなさそうですね、失礼します。」

 とドアに向った。

 藪爪三佐は渋い笑みを浮かべて「おい、まだ終わっちゃーいねえんだよ」と威圧的に亜兼の背中に浴びせ掛けた。

 亜兼はドアの前で立ち止まり唇をかんだが、そのままドアを開けて出て行った。

 高橋三尉が「亜兼さん」と言って後を追った。

 藪爪三佐はその背中に「あんなインチキ野郎、追うんじゃーねえ」と立ち上がって出て行った。

 高橋三尉は亜兼に追いついた。外はすでに日が落ちて暗くなっていた。

「すいません亜兼さん、わざわざ来ていただいたのに、私がここに招いたせいで、あんな失礼な事になってしまい」

「高橋三尉、いいんです、確かに私の体験したことは、まともに聞いたら信じ難い事だらけです、普通に考えたら藪爪三佐の言う事ももっともです、何も気にはしていません、ただ時間がもうありません、無駄に時を過ごす事は出来ないのです、高橋三尉には失礼をしましたが、私はやる事がありますから」

「そうですか、それでこれからどちらに」

 亜兼は笑顔で「この南北道路の向こう側にある、東京青北新聞社は私の会社です、今日はそこにいます。」

「そうですか、解りました。」

 高橋三尉は亜兼の後ろ姿を見送った。亜兼は振り向いて手を振って立川駐屯地の正門の外に消えて行った。

 久しぶりに東京青北新聞の本社に戻って来た。エレベーターから亜兼が四階の編集局

 に現われた。しかしだれも気にも止めず忙しそうにフロアーは混雑していた。

 キャップの所に行くと、キャップが何かに目を通していた。

 亜兼が頭を下げて「色々とご迷惑をおかけしました。」と言うとキャップが下から亜兼をのぞき込んでニヤッと笑った。

「よー、来たなこのトカゲ男、その後左手はまだ生えているのか、それにお前には似合はねえよ、人並みの挨拶は、まあ年寄りに近づいたという事かな、あーそうだ、科警研、つくばに移ったそうだな」

「はい」 

「これ、科警研から宅配で来てたぞ、たぶんお前のカメラだ、現像に回して来い」

「はい」

 亜兼はすぐさま一階の現像センターにメモリーカードを出しに行った。現像が上がるまで、喫茶店ゴッホでくつろぐ事にした。

 店のオーナーのおばちゃんが笑顔でやって来た。「この間は夏だというのに手袋していたね、今日はしていないのかい」

「えー、よく覚えているんだね」亜兼は少し驚いた。

「当たりまえよ、商売だからね」おばちゃんが自慢げに言うと

「凄いな」亜兼は感心して見せた。

「いや、実はね、あまり不自然だったからさ、覚えているのさ」と、おばちゃんが本音を言った。

「なーんだ。」と亜兼は鼻で笑った。

「ところでモカだね」注文をとるとおばちゃんはカウンターに戻って行った。

「うん、ありがとう」

 亜兼は落ち着ける場所に戻ってこれて嬉しかった。各社の新聞を見てみると、本州の主要な都市はほとんど壊滅状態になっていた。

 M618に飲み込まれている写真が載っていた。これからは地方の山間部も襲われて行く事だろう「くそ、ひどいもんだ。」


 その頃、立川基地の宿営地では、藪爪三佐は基地内の食堂で夕食を仲間と取っていた。

「最近の若いやつらは嘘つきが多くなったものだ。今日も来ていたっけ」

 そこへ知佐が現われた。藪爪が彼女を見つけると直ぐに側に行き「知佐さん、たまには一緒の席で食べませんか、あっそうだ、今度こんな所じゃなくて、外のレストランにでも一緒に行きましょうよ」としつこく言い寄って来ていた。

 知佐もこまって「今、叔父が来ますので、あちらでお食事いたします。」

 知佐と片岡一佐は練馬駐屯地が危険になった時、師団ごと立川に移動して以来、藪爪は知佐にしつこく言い寄ってきた。

 藪爪は諦めてまた仲間と話し出していた、「今日、高橋のやつが連れて来た。アカネとか言うやつだったかな」

 片岡一佐が丁度、トレーを持ってその傍を通り掛かった時、話が聞こえて来た。

 アカネだと、まさか彼の事だろうか、藪爪は片岡に気づかず話を続けていた「例の衛星写真、やつが何かをしたとか嘘ばっかりのくせに、今日はあのガキ、追い出してやったぜ、ハハハハ」

 片岡一佐は知佐のいるテーブルに着くなり、いつもと変らず「今日のスープはいつになく粉っぽいな」と首を横に振った。

 知佐が笑って「まあー、失礼なことを」

 二人は夕食を早めに済ませると、食堂を出て行った。

 片岡は自室に高橋三尉を呼び、今日の内容を事細かに説明を受けた。

「なるほど、解った。わるいが明朝十時に、亜兼君をもう一度呼んでもらえないか、あー、その時、藪爪三佐も呼んでおいてくれ、頼んだぞ」

「解りました。」と高橋は敬礼をして部屋を出て行った。

 高橋三尉は困った。果たして彼は来てくれるのだろうか、とにかく当たってみようと、東京青北新聞社に出向いて受付を訪ねた。

「亜兼義直さん、おりますか」

「しばらくお待ちください」

 と受付の女の子は報道部に連絡を入れると、青木キャップが出た。

「亜兼か、今は現像センターに行っているぞー、まてよ喫茶ゴッホかな?やつがどうかしたのか」

「はい、自衛隊の方が御用があるそうですが」

 青木キャップは高橋三尉から話を聞いた。「あいつまた騒ぎを起したんですか」

「いや、そういう訳ではありませんが、彼に色々お世話になった片岡一佐が立川基地に来ておりまして彼に何かとお礼かたがた、お伺いしたいとの事でありまして、そういう訳で明日彼をお借りしたいと思いまして」

「解りました、あいつならいつでもお貸ししますよ」

「ありがとうございます。」高橋はお礼を言うと喫茶店ゴッホに向かった。

「喫茶店ゴッホは、地下一階にあります。」と受付の女の子に案内された通り高橋は地下一階に降りて行った。

 確かに「喫茶店ゴッホ」と書いてあった。

 中に入ると大きなシダ類の観葉植物があり、その奥に一人新聞を見ている亜兼を見付けたのでした。静かに寄って行き「座っても宜しいですか」と突然声をかけた。

 亜兼は誰だろうと、新聞の間から覗くと、ニターと笑っている、高橋三尉がいた。

「うわあー」亜兼は目を丸くして驚いた。

「驚かしてすいません、実はちょっとお話が」と椅子に座ると、亜兼は引き気味に「はあ」と気の抜けた返事をした。

 高橋もそれを察して、弱腰で「あのー、もう一度、明朝、宿営地に出向いてもらえませんでしょうか」

「えー、いやだよ、いじめられに行くようなもんじゃないの」と右手を横に振った。

「そう言わずに、私が何とかしますから」

「無理でしょう、今日だって、からっきしだったじゃないの」

「申し訳無い」高橋三尉は頭を下げた。

 亜兼はうんざり、と言う感じで首を横に振った。

 高橋は困り果てた感じで、ぽつりと言った。「困りましたな、片岡一佐と約束をしてしまったしな」

 おもむろに新聞を置くと、亜兼は「今なんて言ったんですか」と、高橋三尉の顔を見た。

 高橋三尉は「えー」と言った感じで「困りました、ですか」

「いや、その後だよ」

「その後ですか、約束したから、ですか」

「いや、だから誰と」亜兼はじれったそうに言った。

「ああ、片岡一佐ですか」

 亜兼は驚いた。「片岡一佐が立川の宿営地にいるんですか」

「はい」高橋三尉はまさか亜兼が片岡一佐を知っているとは思ってもいなかった。

「体はすっかり回復されたのですか」亜兼は片岡一佐の身体を案じた。

「はーあ、特に悪いところは無さそうですが、しいて言えばお年ですのであっちこっち」

「そうですか、それで知佐さんも一緒なんですか」

「はーあ、いつも一緒であります。」

 亜兼は嬉しそうに突然「明日、行くは、何時ですか」と笑顔で答えた。

「はい、十時です。」

「今日の場所でいいんですね」と亜兼は確認をした。

「そうです。」高橋はきつねにつままれたように、本当なのかなと信じられなかった。

 亜兼は時計を見て「あ、時間だ、じゃー明日」と言って、現像センターに行くため、そそくさと店を出て行ってしまった。

 すでに現像は出来上がっていた。写真のできも見ず四階にエレベーターで上がって行った。

「キャップ、出来ました。」

「おー、出来たか、見せてみろ」青木キャップは手を伸ばした。

 亜兼は袋ごと渡したのでした。青木キャップは写真を出して、一枚ずつめくって行った。

「うん、これはありふれているな、これは赤い化け物のアップかだめだな、これ場所は?」

「はい、千葉の柏の近くです。」

「これも、めずらしくないな」青木キャップは次々にプリントをめくっていった。

 青木キャップは、一枚の画像に目が止まった。「何だこれは、どうしてここだけ、赤いやつの一部が扇状に消えちゃって、地肌があらわになっているんだ。」

 亜兼が覗き込むと「あー」と言ったきり、言葉を避けた。この写真は自分では撮った覚えが無かった。

「おい、亜兼これ何か題名付かないのか。何かこう、擦り切れた赤いじゅうたん、とか」

「キャップそれいいじゃないですか」亜兼も調子を合わせた。

「そうか、明日朝刊に載せるか」青木は気に入っていた。

「いや、そんなのより、こっちの方が良いと思いますよ」亜兼はそれはさすがにまずいと思った。

「そんなの駄目だ、ありふれているじゃねえか」青木キャップは手を横に振った。

 亜兼はとぼけて「だけど、どうしてそうなったか解らないし」

「そんな事はどうでもいいんだよ、結果として、赤い奴らがダメージを食らっていれば、それだけで、やったーと、いう気になるんだよ、それが大事だ。よしこれ入れよう」青木キャップは頷いてにんまりしていた。

 亜兼はカメラマンとして名前が載るといちいち説明するのに、まずい事が起きそうで、いやな予感がした。

 しかし、そうは言うものの、この写真を改めて見てみると、M618に与えたダメージの大きさは思っていた以上のものがあった。ざまー見ろと、亜兼もにんまりとして気分は悪くなかった。

 亜兼はこの驚異的な力に名前を付けた〝白光撃破(はっこうげきは)〝と。



 完結まで残すところあと2章となりましたが、読者の方たちに満足していただける内容になればと努力しています。

とにかく、次回は「衝撃」をキーワードとしてまとめてみました。

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