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ディストラクション  壊 滅  作者: 赤と黒のピエロ
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第7章市ヶ谷陥落

とうとう東京では赤い敵M618が攻撃の準備が整ってしまったのか、全ての真っ赤な液体が地上に噴出してきた。首都東京は全てが真っ赤に染まり、市ヶ谷の防衛施設群も全て赤い海に飲み込みこまれ陥落してしまった。第一師団はそこにいた吉岡はそして恵美子はまた片岡知佐はどうなってしまったのか?

これで東京はM618から取り戻すことは不可能になってしまった。この状態が日本全国に広まって行ってしまうのか、絶望的な状況になりはじめた。

 第7章  市 ヶ 谷 陥 落 






 1    ビ ー ム 砲




  科学警察研究所の吉岡主任と古木恵美子主任は、市ヶ谷の防衛施設群の中にある、防衛省、技術研究本部へ招かれて(おもむ)いていた。科警研の執念にも似た。不眠の努力により、M618の青白く光るバリアの謎が一枚一枚ベールが(あば)かれていき、そのバリアを無力化して、M618を破壊(はかい)しうる秘密兵器を、ここ市ヶ谷で製作するため、吉岡と恵美子が科警研よりアドバイザーとして、試作に精力的に協力をしていた。

 作業員が(こま)った顔で現れた。「恵美子主任、レーザービームの照射角度を広げて、ビームを当てる面積を広げるためには、現在使っています硬質ガラスのレンズでは熱を持ってゆがんでしまいます。」と苦慮(くりょ)していた。

 恵美子はいらいらして「いまの照射面積ではまるで駄目よ、最低でもあと五倍は広げなくては、いい、できるだけ面積を広げて、より大きいダメージを敵に与える事が出来なければ、こっちがやられる事になるのよ、ねえちょっと解っているの」

 作業員も困った表情で、返事をした。「はい」

 恵美子は腰に手を当てて「それで、あなたは広角材料は何が適していると言うの」

「はい、高額で予算をオーバーしてしまいますが工業用のダイヤが一番適していると思います。」と作業員は言いにくそうに話した。

「じゃー、そのダイヤ持って来なさいよ、それであんた達の仲間の隊員の命が何千人も助かるのよ、安いものじゃーないの」

「はい、分かりました。」

 レーザービーム砲は米国のナサで、宇宙兵器として開発されていた代物で、科警研でM618のバリアを無力化するための実験に使用した半導体ビームのおよそ1千万倍の代物であったのでした。

 外務省によって、日本の危機を説明してアメリカより借り受けてもらったのでした。

 M618の中枢であります塩基Xを直接破壊する兵器としての電磁パルスビーム砲は、もちろんこれも日本にはこのような兵器はこれまで持っていなかった。

 しかしこれはE爆弾と同じ高出力マイクロ波を照射する兵器で、理論的には難しい物でもなかった。こちらは吉岡主任が担当していた。

「吉岡主任、電磁パルスのおよぼす範囲は、設計では縦横共に百メートルの範囲とされていますが、実際のところ八二メートルの範囲までしか効果が上がりませんが」と作業員のチーフが吉岡に状況の報告をした。

「うん、やはり、おそらく原因は、パラボラの角度か、出力容量の低下だろうか、設計を見直してみよう」

「はい」とチーフは図面に目を向けた。

「ところで、実物と設計図に実際のところ誤差の許容範囲で納まっているのだろうか、電磁パルスビーム砲を音波を使って調べてみよう、どこまでの破壊力が見込まれているかおそらくパラボラの放物曲面の原因ではなく放射角を決める焦点の微妙なズレによるものでしょう」と吉岡は設計上の効果を実際に確認したかった。

「そうですね、米国がE爆弾を使用した事を、ペンタゴンが発表していないのですから、判断資料が無いため、比較しかねますが、通常家庭で使用されている電気機器でしたら完璧に数万台の単位で破壊はできますよ。ただしその塩基Xのコアの表皮を進化させていなければですが」とチーフは電磁パルスビーム砲を過大評価をしていた。

「確かに、M618は適応能力がずば抜けているから、けれど奴らも意思疎通のために送受信を微弱電流を使用して行なっているみたいですし、要するに電波を通すようにできているはずですよ、だとするなら間違いなく破壊はできるでしょう」と吉岡もそこの所は自信があった。

 吉岡は午後の休憩時間に、恵美子の所へやって来てお茶に誘った。恵美子の担当するレーザービーム砲が思うように効果を発揮するほど広角に照射角を広げることに困難をして、焦っていた。

 レーザービーム砲は赤い敵のバリアを打ち消す重要な兵器だ。その角度で敵のバリアを打ち消す範囲の大きさと敵へ与えるダメージも決まってしまう、休憩室でテーブルに着いている恵美子に吉岡はコーヒーを運んで来た。

「どうぞ」

「ありがとう」恵美子は静かに頭を下げた。

「大丈夫ですか」吉岡は心配そうに恵美子の顔を見た。恵美子は思うように行かない成果に頭を悩ませていた。目頭を左手の親指と人差し指でぐうっとつまんで、疲れている様子を(うかが)わせていた。

吉岡はコーヒーを一口飲みながら「何か手伝う事は無いか、俺が()わろうか」

「ありがとう、でも私はやりきりたいの、一日も早く完成させてM618の恐怖に身を震わせて恐がっている人達に安心感を持たせてあげたいの、みんなの楽しい生活を踏みにじり、我がもの顔で荒らしまくっているM618の奴らを必ず蹴散(けち)らしてやるは」

 吉岡は、コーヒーをまた一口飲むと、カップをテーブルの上に置いて(うなず)いた。

「恵美子さんは、ずいぶん意思が強くなったな、うー、もっと()きっぽいと思っていたけど」と感心をした。

「何馬鹿なことを言っているの」恵美子は怖い顔をした。

 吉岡は微笑んだ。そして恵美子が何故そこまでM618を倒すことに執着するのか性格を考えると理解ができなくもなかった。気性が荒いように見えるが内心の優しさを思えば「私にも同じように熱い思いはありました、しかし一度挫折してしまいました。そこまで断固やりきろうとする恵美子さんの意志の強さには完敗だよ、こっちにも負け地魂が移ってきそうだな、所長の陰謀(いんぼう)だったのかな、考え過ぎか」、吉岡はフッと鼻を鳴らした。

「よし、俺も頑張るよ」

 恵美子は吉岡の顔を見て首をかしげた。「エ、何の事、まあ頑張る人には、背中を押してさしあげます。その甲斐があるといいけれど」

「言わせておけば」吉岡は頭をかいた。そして二人は笑顔になった。

 数日して、注文しておいた人工ダイヤが届いたのでした。「恵美子主任人工ダイヤが届きました。天然ではありませんがその強度と精度は間違いないと思います。」自身を持って作業員が言った。

「角度はOKなの、分光器に掛けてみて」恵美子は言葉は信じなかったそれは微妙なずれで使い物にならないと思っていたからだ。

 恵美子は作業員をからかった。「ふうんー、光り方はガラス玉と大差ないわね、大丈夫なの」とは言うものの、手にした瞬間この輝きならいけると思って、内心笑みを浮かべていた。

 作業員は慌てた。「そんな事はありません、大丈夫です。」

「じゃー、早く測定してください」と二人は歩き出した。分析室に入ると、早速作業員が人工ダイヤを分光器にかけた。

 恵美子が「うん、鮮やかな輝き具合ね、素晴らしいは、拡散反射率はどう、それと透過率もちょっと測ってみて」

「はい」作業員は言われるままに手際よくこなしていった「拡散反射率は、光源の位置と角度を変えたデーターを出しました。透過率は光源に対する損失率が非常に低いですね」

 恵美子は、満足そうにうなずいていた「では、波長精度と波長分解能の測定を行なって、あっそうそう空間分解能も測定しておいてね」と手渡されたデーターに目を通しながら「私はモバイルで拡散反射率を算出していますから、データーが出たら持って来て、至急よ」

「はい」作業員は頷いていた。

 吉岡のグループでは電磁パルスビーム砲の調整段階に入っていた。実際に電磁パルスを発射すると機材が全て壊れてしまうため、音波を使って調整を行なっていた。

 設計より、多少施工上で電磁波を発射するヘッドの位置が微妙にずれを生じていて、百メートルの距離で変調をきたしていた。

 微調整で済みそうなのでさほど問題でも無かった。

 それより車両が移動する時の震動の方が問題となっていた。震動吸収装置の開発が急がれた。

 恵美子の方では、人工ダイヤのデーターが(そろ)って、恵美子はそれに目を通していた。

「うー、データー上は完璧だは、これでもし不具合が出たとすると別の場所ね、思っていた以上の物ね、日本の技術は素晴らしいはね、ねーえ、同じもの、あと十個作っておいて」

「えー、十個もですか」作業員はあきれた顔をしていた。

「当たりまえでしょ、こんな装置一台作ったからと言って、あの巨大になりすぎた相手にダメージを与える程とも思えないは、そのうち何十台も作るようになるはよ」

 作業員はやはり上にそんなことを言える訳が無いと思った。「しかし、予算が」

「あんたの財布からお金出すんじゃ無いでしょう、さっさと注文してちょうだい、上を説得するなんて訳け無いは、話は私が付けます。」

「は、はい、わ、解りました。」作業員はすごいと思った。

 恵美子はパソコンに全てのデーターを入力して準備は完了した。残るは人工ダイヤのセッティングを残すだけとなった。

 作業員から大声で「完了しました。」と作業場に響いた。人工ダイヤの広角装置が取り付けられた。

 恵美子は、腰に両手を置き「もう一度、全てを確認して結果を私に報告して、いいはね」恵美子はパソコンの前に座り、各装置のデーターが正しくインストールされているか再度チェックを始めた。

 パソコンのキーを叩きながら、大声で号令をかけていた「最後のチェックだから、しっかり確実に行なってね」カチャカチャカチャ、キーボードがけたたましく音を立てているかと思うと、モニターを見ながらマウスをしきりとクリックを繰り返していた。

 モニターのページが次々とめくられて行った。

 作業員の軽快な声が聞こえて来ていた、次々とチェックOKの返事が報告されていった。

 最後のデーターに「完了」をクリックして恵美子は一言いった。「よし、これで全て終ったは」

 パソコンの前で一息ついた。

 そして作業員の方を向くと「全員集合してください」と恵美子は作業員に呼びかけるように叫んだ。

 何事かと、直ぐに作業員が全員集合してきた。

「何だろう?」

「どういうことなんだ?」

 恵美子は全員の前で号令を掛けた。

「ではこれよりレーザービーム砲をテストします、右隣にいた作業員に「すいません、天井を開放してもらえますか」

「解りました。」とスイッチの所まで作業員が走って行った。

 するとそれを聞いた作業員は複雑な思いでいた、本当にこのレーザービーム砲をテスト

 することができるのか、発射できるのかと疑問に思って信じられなかった。

「天井のスライド扉のスイッチ、押します。」と作業員によって赤くて丸い大きな押しボタンが無造作に押された。「ガシャン」マグネットスイッチが入る音が場内に響いて、低い動力モーターの回転する音が響きだすとガガガガガと、重い鈍い音がして、天井が両側に開き始めた、その隙間から天空が除々に見え始めた。空はすでに暗く星が綺麗(きれい)に輝いて見えるほど晴れていた。

 作業員たちはやっと本気で恵美子かテストをすることを信じると一切に歓声が上がった。

「やったー」

「絶対成功させるぞー」

「まったく、恵美子主任には驚かされるよ」

 恵美子は静かに話し出した。「天井開放完了、五分後にテストします、的は!」

 恵美子は天空を指差して「あのケンタウルスを目標とします、おそらく天空一杯にビームが放射されると思います、何が起きるか解りません、離れていたほうがいいと思いますよ」ガラガラガラと、砲身がケンタウルスに向けられた。

 そしてケンタウルスについて恵美子は話し出した。

「ケンタウルスは、ギリシャ神話に出てきます人馬一体の乱暴者で人々に嫌われていたらしいは、ヘルクレスにヒドラの毒矢で退治されたと云う言い伝えがあるそうね、このビーム砲がM618に対してヒドラの毒矢になれるのかしらね」

 恵美子は周りを見渡して「あと三分で発射します、いいわね」

 そしてカウントダウンが始まった。

「6.5.4.3.2.1.発射します。GO」パソコンのエンターキーをたたいた。

 ドドドーと、重低音が響く中、地震のようにあたりが小刻みに振動したかと思うと、空気の層をつんざくような轟音(ごうおん)と共に物凄(ものすご)い光りの(たば)が天空一杯に、赤いビームとなって放出されて行った。

 体を震わす轟音が続いていた、電波風が空気の(うず)を巻き起こし、まるで赤い敵とのこれから始まるすさまじい戦いを予言しているかの様でもあった。

 恵美子は思った、このビームが何処まで届くのか解らないが、ケンタウルスまで4.3光年、ビームが届くとしても四年以上先だは、その時日本いや世界は残っているのかしら?

 作業員が集まりだした。

 自然に万歳が何度も上がった。

「やった。」

「やった。」飛び跳ねていたり、夜空をじっと見つめていたり、とにかく皆、感動しているようであった。

 恵美子は張りのある大きな声で指示をした。「リアルタイムサイクルアナライザーを手動で波長の変換を行ないます、単位はオングストロームでいきまいす。」(オングストロームとはミリの下のミクロンその下のナノメートルそのまた下の単位に当たり原子一個の大きさに当たるとされています。)

「現在一万です、ここからスタートして、まず八千に落とします。」そして天空に延びていくビームを見ていると赤色が明るさを増して行った。

「次に六千に落とします。」赤がかなり黄ばんで来た。

「続いて五千五百です。」黄緑になって来た。

「次は五千です。」青緑に変り。

「そして四千五百」青色に変化して来た。

「四千」紺色となった。

「三千」暗い紺となり夜空とすでに同化してしまった。

「はい、ここまでです、テストは以上で終了、おしまいよ」恵美子の終了の声が掛かっても、夜空が赤から黄色に、そしてみどりに変っていった、その美しさは言葉に出来ないほど美しく、つい見とれて作業員達はまだたたずんでいた。

 すると静寂(せいじゃく)をぶち(こわ)すように恵美子がかん高い声を張り上げた。

「はーい、ショーは終りよ、もー天井閉めてちょうだい、あー、そこの君パソコンシャットダウンにしておいて」恵美子は周りの作業員を見渡すと「それと、電源落としておいてね、装置にカバーを掛けておいて、明日は電磁パルスビーム砲と連動試験を行ないます、それともう一つ、一時間後に打ち合わせを行ないます、全員第一会議室へ来てください、よろしいわね」

 恵美子は疲れていたため、自室で少し休ませてもらう事にした。

 ソファーに横になって、目を閉じた。疲れているくせに、頭の中は今日行なった事が目まぐるしく頭の中でリピートされていた。

 何か問題点はないかしら、子供の頃おもちゃ箱の中から目当てのおもちゃを探し出しているように、本当にこれでいいのか、早く現場で実際にビーム砲を使ってみたい、恵美子は体を横にひねった。やはり疑問が湧いてきた。

 もし敵に効果が無かったらどうしようかしら、不安がよぎった。「これじゃあ、休める訳ないわよね、とにかく明日、全装置を接続して、動作テストを行なわなければ」

 睡魔が襲ってきた。知らずに寝てしまった。

 現場ではまだ片付けを行なっていた。

 技術研究本部の名倉副本部長が今回のプロジェクトの総指揮者になっていた。

「恵美子主任は?」名倉はそばの作業員に尋ねると「自室だと思います。」と名倉に答えた。

「そうか、しかし恵美子主任の行動力と執念は男顔負けだな、ハハハ、たくましいよ」作業員が、頷いて「まさに言うとおりです、判断力の早さは我が本部にかなう人はい無いんじゃないですか」

 名倉副本部長は、吉岡を見つけると、そばに行き「ご苦労さん、そちらはどうですかね」

 吉岡は名倉副本部長を見た。「名倉副本部長、はい、あとは接続して、総合テストを行なえば使えるでしょう」

「ありがとう、しかしお宅のところには有能な人材がいますねー」名倉は頷いていた。

 吉岡は勘違(かんちが)いをした。「はー、何かご迷惑になる事でも」

「いや、とんでもない、君達二人が来てくれなかったら、こんなに短期間で立ち上げる事は難しかったと思っていますよ、特に彼女には、女でありながらここまで全員をまとめて、引っ張って来れるとは正直考えてもいませんでした、ハハハ」と名倉は微笑んだ。

 そして「明日は、楽しみにしていますよ」と吉岡に頷ずいた。

「はい」吉岡は一礼をした。


 第一会議室ではもうとっくに全員集まっていた。ざわざわ雑談が始まっていた。

「おい、遅いな主任」

「ああ、もう十分過ぎだぜ」

「誰か、行ってこいよ」

「やだよ、どなられるから」

「馬鹿言うんじゃねえよ、お前より年下だぜ」

「だって、恐いから」

「お前はだらしない奴だな」

「じゃー、お前行ってこいよ」

「馬鹿言え、俺だって・・・・」その時ドアが開き、恵美子が左手に資料を持って入ってきた。右手で髪をかき揚げ「ごめんなさい、ちょっと遅れて申し訳ありません」

 会場は静まり返った、どんな話が出るのか恵美子の次の言葉を待っていた。

 恵美子は一言「ありがとうございました。とりあえずレーザービーム砲が使える様になりましたのは皆さんの努力のおかげです、これでM618のバリアは確実に破れるはずです、感謝しています。しかしまだ敵を倒した訳ではありません、明日全てを(つな)ぎ込んでから試射を行ないます、これからまだまだやる事が沢山あります、もう一息(ひといき)頑張ってもらいます。いいですはね」

 全員声を揃えて「はい」と言う返事が戻ってきた。

 恵美子は笑顔で「ありがとう」と頭を下げた。

 すると作業員の一人から「主任、止めてください、似合いませんよ、私たちは主任の手駒です全員一致団結して一日も早く敵を倒すんです、二十四時間ぶっ通しでもやりますよ」

「そうだよ」

「早く敵を倒そうぜ」あちこちから声がした。

 恵美子は笑顔で「分かりました、でもあなたたちは私の手駒ではありませんよ、私はこの試作が終わったら科警研に戻ります、でもあなたたちはその後も何機も作ることになるでしょう、あなたたちこそ主役です。」

 すると作業員の数人が首をひねり「俺達がしゅやく?」

 別の作業員が「おまえ、しゅやくの意味わかってんのか、中心だぞ」

 恵美子は微笑んで「そういうことです。だから一日も早くビーム砲が完成するように皆さんで頑張りましょう。」

 すると作業員から「はい」と返事が戻ってきた。

 恵美子は資料を各自に配布すると、いつもの厳しい恵美子の顔つきに戻り「それでは明日の手順に付いて説明します。」

 その内容は八班に分かれていた。機材運搬班、組み立て班、ケーブル接続班、絶縁測定班、操作部接続班、全体作業確認班、データー入力係、テスト操作係、そして作業時間をフォーマットに従って、与えられた時間が制限されていた。最終テストが午後1700時、完了となっていた。

(よろ)しいですか、この手準で明日は進めて頂きます、テストが約一時間、片付けを入れても二十時には皆さんを解放してさしあげます。」

「細かいや」作業員がこうつぶやいた。

「俺、手遅いから」

 恵美子は、厳しく「あなた一人が遅くなると全員が遅くなります。そうは言っても、あなたの分は皆でカバーします、時間もかなり余裕を見ていますから、落ち着いて間違(まちが)はずに頑張ってください、他に質問は」

 恵美子は一人一人の顔を確認するように眺めた。

 そして恵美子は最後に頷くと「いいのかしら、無ければ解散いたします、明日は早いので、早く休んでください」

 恵美子は全員が退出する姿を見送った。







 2 ビ ー ム 砲 の(あやま)





 翌朝、八時には作業員は全員遅れることなく集合していた。名倉総指揮者を中心に朝礼が始まった。そしていよいよ作業が開始されました。

 昨夜の打ち合わせ通り、今まで個々に組み立てられていたレーザービーム砲、リアルタイムサイクルアナライザー、電磁パルスビーム砲のドッキング作業が始まった。それらを乗せる大型のトレーラーが入ってきた、別の部署で同時に作られていたものだ。荷台は鋼材でフラットに作られていた、そこに次々にクレーンで積み込みが始まった。

 全員が自分の作業を理解している為、作業はスムーズに運んで行った。

 レーザー兵器をボルトで鋼材に止めるエアーインパクトレンチの音が響いていた。

 手順をお互いに打ち合わせをしながら、機材の運搬が始まると同時に組み立ても進んでいった。

 ケーブル接続班は組み立てを手伝いながら、配線を行い接続を順次終えていった。

 配線が正しく行なわれているかをチェックをしながら、絶縁測定班が測定して回った。

 いよいよ操作部を接続して、組み立て作業は大まか終了となった。

 まだ午前中であった。

 恵美子が目を見張る思いで「早いわね、これなら午後にでもテストが出来そうだは、全体作業の進み具合はどう」とそばにいた作業責任者に尋ねた。

「はい、もう少しです。」

「焦らないで下さいね、確実に確認してください、データー入力作業の方はどう」恵美子がデーター入力係を見た。

「はい、もう準備はOKです、いつでもGOサインを出してください、GOがかかればインストールを始めます。」

 恵美子の心が一番焦っていた。しかし気持ちを押えて自分に言い聞かせていた。

「落ち着いて、ゆっくりで良いから、確実にね」

 大声が飛んできた。全体作業確認班からでした。「作業確認終了、異常無し」

 恵美子も負け地と大きな声で「了解、ではデーター入力してください」

「はい、データー入力します。」

 恵美子は入力状態を見ていた。キーパンチが早い事「やっぱり専門の人は違いますね、拒否されないし、エラーも出さないはね」

 ほとんどの作業が終ったため、作業員がだんだん集まりだしていた。

 恵美子は周りを見て「あなた達の作業は終了したの、ならば丁度いいは工程を変更します、作業しながら聞いてください、午後テストを行ないます。」

 すると「わーあ」と歓声が上がった。笑顔で万歳をする者がほとんどであった。恵美子が続けた。「このテストが成功しましたら、いよいよ赤い敵を吹き飛ばしに行きます。」

 また一斉に歓声が上がった。待ちに待った、その日が来ると思うと、つい体が自然に万歳をしていた。

 吉岡はポケットに手を入れながら、後ろの方で聞いていた。

 作業員が小声で、思いを息巻いていた。「明日は、おもいっきりこれを見舞てやるぜ」吉岡は笑顔で思った。まるで幼稚園の遠足気分だなと、わいわいやっているうちにデーター入力が終了したらしい「入力完了しました。」と報告があった。

 恵美子は腕時計を見た。「ご苦労様、もう十二時を回っちゃったわね」そして、ポンと手をたたくと「それではお昼にいたしましょう、これより一時間、1330時集合と致します、そしていよいよテストよ、はい、解散します。」


 皆、一斉に食堂に向った。それぞれに好みのメニューを注文してトレーにのせるなり、テーブルに着くのでも無く、そのまま何処かにいなくなってしまい、次々に誰もが食堂に残らず、やはり何処かに行ってしまった。恵美子はテーブルに着くなり周りを見渡して、首を(かし)げていた。

 昼食を早めに済ませると気になり、作業場へ足を運んだ、すると皆なは電磁パルスビーム砲やレーザービーム砲の周りで好き勝手に昼食を取っていた。恵美子は(あき)れた、その場に立ち止まって「皆、何やっているの、こんな所で、吉岡さんまで」

「まだテストも終っていないし、心配でさ」一人の作業員が言った。

 別の作業員が「ええそうです、皆同じですよ」

 恵美子はうで組をして意地悪く「いつまで食事しているの、あと十五分でテストはじめちゃうわよ」と微笑んだ。

 すると作業員が驚いて「ええ、まだ十三時にもなっていませんよ」

 恵美子は大笑いをした。

 作業員はほっとした顔で「なんだ、冗談ですか」

「冗談じゃないは、本気よ」とまた微笑んで言った。

 作業員が慌てて「おい、じゃー早くかき込まないと」皆口をもぐもぐさせて、無言で食事を急いで食べ終えると「早くテスト始めましょう」と口の中にまだめしが残っていてもぐもぐしていた。

 恵美子はおかしくて噴出してしまった。「冗談です、まだ休んでいてください」

 別の作業員が「大丈夫です、テスト始めましょう!」

 他の作業員も「テストの準備はOKです!」

 恵美子が負けたと言わんばかりに「本当にいいんですか、まあ、分かりました、それでは誰か、名倉総指揮者を呼んで来てもらえるかしら」

「よし、俺行って来る」と一人の作業員が走った。

「じゃー俺も」ともう一人も走って行った。

 恵美子は周りの作業員を見渡して「あー、あなた、正面の扉をあとで開けます。電源を入れておいてもらえますか」

「はい、解りました。」と一人の作業員が操作盤まで行くと、スイッチボタンを押した。ドーンと言う音がしてマグネットスイッチが入り、鈍くて低いブーと言う動力に通電された音がした。いやが上にもやる気が引き出されていく雰囲気が除々に盛り上がっていった。

 昼食もそこそこで、名倉総指揮者が作業員に引っ張られてやってきた。

「何事が起きたんですか?」

 恵美子は名倉に頭を下げて「皆の要望で少し早めにテストを開始したいと思いまして、どうでしょう」

 名倉は厳しい顔をして「しかし、予定ではその時間に次官も立ち会うことになっているし、これからテストをやるにしても本部へ申請書を出し直さないと」

 作業員のほとんどがテストをさせて欲しいと名倉に訴え出した。

 名倉も承諾せざる負えなくなり「解った、解った、本部を説得して、OKを出してもらうから、君達にはかなわないな」

 作業員が「よし、やったー」と笑顔で喜んだ。

 恵美子は、名倉総指揮者を高台に案内して、テスト開始の号令を求めた。名倉も其の気になってきて、高台に上った。「えー、今日までよく頑張ってくれました。皆の不眠の努力により、いよいよ最終テストまでこぎ着けることが出来ました。念願である赤い敵を倒すため、絶対に成功させてくれたまえ、以上だ」一斉に拍手が起こった。

 名倉総指揮者は一礼すると、気持ちよく戻って行った。恵美子は作業員の方を向くと、前面の扉を開放するように指示をした。

 この作業場は、元はヘリコプターを格納するための格納庫であった。

 今回のプロジェクトの為に明渡されたもので、扉と言っても馬鹿でかい代物で、解放すると離着陸用ヘリポートが前面丸見え状態であった。空は今にも夕立が来そうな真っ黒い色をしていた。

 そして、扉が解放されると正面に異様な物体が置かれていた。

「ウワー」突然作業員の驚きの声が上がった。

何時(いつ)()に、こんな物を作ったんだ」その疑問はほぼ全員の思いだった。

 そこにあるしろ物は、長さ三十メートル、高さ七メートル程のフレーンパイプで組まれたトライアングル構造の物体であった。その前面に、青みがかった無数のランプが付いていた。

「一体これ、どうすんだよ」作業員も理解できなかった。

 恵美子は(ほほ)に笑みを浮かべて「皆さん、驚いたと思いますが、これは研究本部の第二課で制作していただきました。ビーム砲テスト用の施設です。

 この、巨大なテストパネルを起動させると無数のランプが青白く発光します、そしてリアルタイムサイクルアナライザーがその発光サイクル数値を読み取ります、次に読み取られた数値はレーザービーム砲に伝達され、同じサイクル数値のレーザービームが広角に放射されます、その時にテストパネルのランプが何パーセント干渉を受けたかを確認して、先ず、このレーザービーム砲の精度をチェックします、そして次に、電磁パルスビーム砲を照射して、実際にランプの破壊程度のパーセントを調査した上でビーム砲の威力を見たいと思います。

 理論的には百パーセントの破壊力が想定できますが、結果はいかに出るか?

 九〇パーセント以上なら成功と判断できると思われた。「いいですか」恵美子は全員を見た。

 すると作業員から手が上がった。

「君、何に」恵美子はその作業員を指差した。

「ハイ、破壊パーセントが九〇パーセントに成らなかったらどうなりますか」

 恵美子は迷いも無く言い切った。「その場合は、又、一からやり直しね」

 落胆する作業員のため息が漏れた。「えー」

 恵美子はその作業員に笑顔を向け「でも安心して、自信はあるは、成功することを願ってくださいね」作業員は真剣な顔で頷いた。

 恵美子の号令が掛かった。「では、テストを開始します。」

 作業員が配置につこうとしたときでした、いきなりサイレンがけたたましく響きだした。

「ウー、ウー、ウー、ウー」

「何だ?」

「どうしたんだ?」と全員に緊張が走った。

 スピーカーから流れてくる次の言葉に神経が集中した。

 するとあわてた様子で男性の声がスピーカーから流れてきた。

「出動命令,普通科連隊、第七班、八班、九班は直ちに城崎連隊長の指揮下に入り1330時出動せよ、現況についてはM618神田方面から東京メトリ千代田線上の第一次防衛線が突破された、尚、白山通り第二次防衛線及び皇居の内堀通りに迫りつつある、ここでM618の進行を阻止する、皇居への敵進行だけは必ず阻止する以上」

 ここ第七格納庫の作業場にいる恵美子や作業員達はここまでM618との交戦が緊迫しているとは初めて知った。

 恵美子はとにかく早くビーム砲を使えるようにしなくてはと思った。

 そして作業員に向かって叫んだ。「さー、早くこのビーム砲を使えるようにテストを行いましょう」と言い終わるとその時でした。名倉総指揮者が走ってやってきた、そして息を切らせて叫んだ。

「皆聞いてくれ、いいかビーム砲はこれから出動する、皆も放送を聞いたと思うが、ことは緊迫しています。こいつのテストは現地で対M618によって実戦をもって行う、いいですか」

 当然、恵美子は納得はしなかった。「それは無謀です。まだ使える状態ではありません」

 すると名倉総指揮者はなぜだと思った。「しかしテストはできるのだろう」

 すると作業員も前にでると「いえ、まだです。まだ完成していませんので、操作もキーボーを(たた)いてでは実戦には向きません、アナライザーとビーム砲がばらばらに動いていたのでは照準も合わせることも難しいでしょう、もたもたしていたら敵に先にやられます、その辺の対抗処置も考える必要があります。」

 名倉総指揮者は頷くと同時に両手を前に出しぶらぶらさせ「分かった、分かった。一時間やるその辺の改良は終わらせることはできるのか」

 恵美子はそこまでやるには二日か三日はかかると思った。そして無理です、と言おうとすると作業員達は頷いて「分かりました。」と返事をしていた。

 恵美子は作業員達を見て「あなた達・・・」とつぶやいた。

 すると作業員達は笑顔を見せて「恵美子主任ここまで導いてくれれば私達総出で何とかします、このビーム砲は私達の仲間の命がかかっていますから、なー」とその作業員がほかの作業員を見ると皆が「おうー」と返事をした。

 そして誰かが「よし始めるぞ」と叫んだ。

 するとその言葉で全員がそれぞれに行動を始めた。

 恵美子はそれを見て「皆・・・・」と何かを言おうとしたが、それ以上何も言えなかった。

 恵美子は立ち尽くしてしまい名倉総指揮者を見ると「総指揮者、私は出撃に際しまして人員配置について検討したいと思いますので一旦自室に戻りたいと思います。

 名倉も許可した。「分かりました。お願いします。」

「失礼します。」恵美子は一礼すると自室に向かった。

 突然最前線でM618と対座してビーム砲を実戦に使うと言われ本当は困惑していた。

 それは今までも心の中で、もしかするとこのビーム砲はM618に対して効き目が無いのではないのかという疑問をいだいていたのでした。しかし突然実戦に向かうことが決まり、その思いは恵美子の胸に大きく広がった。

 恵美子は自室に戻ってきた。

 椅子に座り頭を項垂れてしまった。

 何故ならばそれはM618が我々の攻撃をかわすため青白い光りを放ち、バリアを張り攻撃を仕掛けて来た自衛隊の兵器を一瞬にして分子構造まで変えてしまい、物体その物を消し去ってしまうほどの能力がM618の塩基Xにはある、私達はこの青白い発光を消し去ることと、バリアの能力を消し去ることを、実験からイコールと想定してこのプロジェクトを進めて来ました。

 実際に科警研で実験を行なったときは青白い光りを打ち消す事でM618のバリアもその能力を消す事が出来たのでした。

 結果、M618の塩基Xを破壊する事が可能となりましたが、しかしその時に使用した被験体のサンプルに問題があると思っていたのです。つまり正常なM618は危険すぎて使用できず、その時、使用しましたサンプルは一度火をくぐりM618の生命体を破壊されたその塩基Xの機能だけを取り出した物を使用した事でありました。

 つまりこのサンプルを破壊した理論が実際に生きたM618にも通用すると判断したことは化け学に携わる人間としては軽率過ぎる判断としか言いようが無かったのです。

 もし結果が一体ではなく青白い光りは消えたがバリアは破壊することが出来なかったとしたら、あれだけ頑張って製作してきたビーム砲が無用の長物と知ることになる、皆どんなに落胆し、悲しむだろうか、そう思うと恵美子はどのように振舞っていいのか解らなかった。

 その事はM618の分析を共に行なっていた科警研の生物担当の古賀主任も気付いていたにちがいなかった、しかし他にM618の進行を阻止する武器は思い当たらなかった。

 実際に東京がM618に飲み込まれていても対抗しうる武器が何一つ無い状態でただ手をこまねいて侵略されていく様を見ているしか無かったのか?

 無謀とは分かってはいたが、このサンプルで得た結果に掛けてみようと決断を下したことは、切羽詰まった判断からだった。

 警察庁も防衛省も、それでもGOを掛けた。ある意味気持ちは恵美子と同じところにあり、結果がどう出ようが納得したGOサインでもあったはずだったが、しかし恵美子自身にのしかかった重みに耐え切れなくなっていた。

 作業する一人一人の生き生きとした笑顔を見るたびに、その気持ちは増していったのでした。

 恵美子は両手で顔を押えていた。長い時間が過ぎていった。

「はー」ため息が何度も出た。

 時間が過ぎていき、出撃の時刻が迫って来た。

 意を決したように「いいは、私が全ての非難を受ける事にすれば、それでいいは」と心に言い聞かせた。もう悩むことは()めましょう、全て私が受け止める事で良しとすればいいんだわ、そのように納得すると(くちびる)をかみ締めると自室を飛び出していった。

 冷たいコンクリートのローカに靴音を響かせて、強い意志を持って作業場へ戻って来た。

 作業場では作業員達がそれぞれの配置について大急ぎで作業をしていた。







 3 ビ ー ム 砲 炸 裂




 レーザービーム砲と電磁パルスビーム砲の連動照準装置を輸送車に取り付ける作業をやっていた。ワン操作で全ての装置が連動して作動するように配線替えも行なった。

「もっと改造出来ないか」作業員達が話し合っていた。

「遠くの敵はビーム砲で倒せばいいが近くに現われた敵はどうする?」

「そりゃー、何か武器を取り付けなければだめじゃねえか」

「単発じゃーしょうがないよな、ヘリに附いているやつにしようか」

「バルカン砲か!」

「ああ、ちょっと外して来るからよ」

「じゃあ、取り付け台は溶接しておくからさ、それと夜間も使えるようにサーチライト4台附けるか、電源はバッテリーに接続してとスイッチはとりあえずテールライトかなにかに入れておくか」そうこうしているうちにバルカン砲を台車に乗せて持ってきた。

「わおー、すげえな、これ取り付ければ無敵だぜ」

「これで心配無用だな」

「まだアイデアーがあるんだよな」

 すでに時間になってしまった。名倉総指揮者から一言実戦に対して話が始まった。

 小声で「長々と独演会になりそうだな」とささやきが聞こえた。

「と言う事で、いよいよこれより実戦によるテストを行います。全て皆さんの努力の玉物でありまして、なんとしても結果を出してほしい、今日の予定については古木主任より発表してもらいます。」

 続いて、恵美子は名倉と入れ替わり台に上がった。

「えー、まだ連動試験も試射による補正もしていませんこのままでは使い物になるのかも分かりません、それで装置のメインコンピュータに人工知能が搭載されています。それでシミュレーションで試射を行い補正を行います。ではその班を発表します、A班、B班、C班で連動試験と試射による補正を行っていただきます、時間は十五分差し上げます。それと今日の搬送はD班がやります、E班はもう一度固定状況をチェックしてください、特にサスペンションを,振動により調整が狂わないように、吉岡主任は操作に回って下さい」

「あのー、お願いがあるんですけど」と作業員の一人が発言をした。

「君、何」

「まだ、取り付けたい物があるんですけど」とその周りの者も頷いていた。

「えー、取り付けたい物、ちょっと待って」恵美子が叫んだ。

「そこに居る人達」シートをかぶったビーム砲の側にいた作業員に向って「そのシート、()いでみて」

 ビーム砲のシートが剥がされると中から小型クレーや発電機、サーチライト、バルカン砲まで附いていた。

 恵美子は大笑いをしてしまった。「なにこれ凄いはね、こんな物、勝手に持ってきちゃって大丈夫なの、これ以上何を付けるの」

「はい、あとCCDカメラ、それと距離測定器、ビーム砲の操作を操縦席以外にも、このリモコンでも操作が出来るようにします、リモコンのモニターに敵との距離が測定され表示されます、又CCDカメラの映像も映ります、映像は司令部にも送られます。このモニターの照準マークを敵に合わせて、このボタンを押すと自動的にアナライザーもビーム砲も一体でその方向をむきます。」

「凄いは、あなた達天才だわ」恵美子は感心をした。

 そして恵美子は名倉総指揮者に向くと頭を下げた。「是非、総指揮者、作業員の願いです。これだけは取り付けさせてください、お願いします。」

 名倉は時計を見た。そして渋い顔をして頷かなかった。

 すると作業員全員が名倉にすりより「お願いします。」と頭を下げた。

 名倉は困り果ててそこまで言うのなら仕方が無いと思った。

「分かりました。ただし至急取り組んでください」

 恵美子は笑顔になって皆を見た。

「それでは補正を行っている間に急いでやってください」

「はい」全員から返事が戻ってきた。

「あー、ちょっと待って、お礼を言わせて、ありがとう」恵美子はまた頭を下げた。

 全員ビーム砲の方に走って行った。開始からすでに、三〇分が過ぎてしまった。

 その間再三、作戦本部から出動の要請が来ていた、その度に名倉総指揮者が謝り、時間を引き延ばしていた。

 作業はあらかた終わり、ボルトの増締めや回路チェックも終わった。

 コンピューターによる補正チェックも終わって、シミュレーションでは確実に赤い敵を破壊していた。

 例の作業員達はリモコンのテストをしていた。

「どうだい照準マークとビーム砲の方向はあっているか」

「まずまずだな、バルカン砲もテストするか」

「ばか、あぶねえよ、何を的にするんだよ」

「おめえだよ」

「あほか」

 作業はほとんど終了しました。

 恵美子は確認のため、見て回った。そしてここまでよく皆頑張ってくれたと思った。

「ねー皆な、こいつに名前を付けたはよ、「ホープワンですどお、これは皆の希望という意味よ」

 そうあって欲しいという願いでもあった。全員が手を上げて歓声が上がった。

 恵美子は腹を決めた事ですっきりしていた。

「さあ、出発の時が来たわよ、これより実戦テストに向かいます。その場で聞いてください」

 恵美子は吉岡を見つけると寄って行き小声で話し掛けた。

「吉岡主任、今日の実戦テストはあなたが行ってテストの指揮をしてもらいますから」

「え、しかし君は行かないのか、皆も君と共に結果を出して喜び合いたいと思っているはずだぞ」吉岡は何故なんだと疑問に思った。

「いえ、あの、ほら、こっちでも色々やる事があるから、私は行けないは頼みましたよ」と言うと恵美子は走り去った。

 吉岡も困った顔をして、何考えているんだと思った。

 恵美子は台の上に上がって、実戦テストの手順の説明を始めた。

「いいですか、残す作業はシートをかぶせたらじきに出発していただきます、実戦テストの場所は、後で総指揮者から発表があります、私の方からは人員配置に付いて発表します。A班、搬送運転、B班、砲撃操作、C班、電源供給、D班、緊急対応、そして実戦テスト指揮は名倉総指揮者のもと吉岡主任が行ないます。各班の名簿は打ち合わせ終了後渡します、以上。見当を祈ります。」

 作業員にざわめきが起きた。

 そして一人が質問をした「あのー、古木主任は同行されないのでしょうか」

 恵美子は作り笑いをして「私は、ほら、やらなければいけないことがこちらで沢山あるから、提出書類も作らなければ、だから皆でしっかり結果を出してください」

 一礼すると悲しげな顔をして、口元を右手で押えて、自室に走り出した。走りながら目から涙がこぼれて止まらなかった。

 作業員が「そんな事、駄目だよ、古木主任無しで実戦テストは出来ないよ」

「そうだよ、古木主任と我々は苦しい時も嬉しい時も一緒だった。」

「おい、誰か行ってこいよ」

「よし、俺が行ってくる」

 吉岡は、その話を聞いていて頷いてはいたが止めさせた。「皆、ちょっと待ってくれ、恵美子主任の結論は彼女なりに悩んだ末の結論だろう、これ以上君達が動揺したらもっと彼女を悩ます事になるだろう、私は恵美子主任を良く知っている、今日まで張り詰めてやってきたことを、おそらく彼女の限界を超えていたかも知れない、そんな彼女が出した結論だ。皆も理解してやって欲しい、とにかく恵美子主任にいい結果が報告できるように頑張ろう」

 全員しぶしぶ納得して班ごとに分かれて作業を始めた。運搬車にシートを被せ終わると名倉総指揮者から輸送経路と実戦テストの目的地が発表された。

「経路は駐屯地を出発して、外堀通りを水道橋方面に向い、目的地である一ツ橋交差点に一旦集結する、そこより前進して赤い敵と対面をする、そこでM618と実際に対戦することになる、私も正直緊張する、しかし必ず結果を出したい、失った多くの同士のためにも、以上だ、準備完了しだい出発する」

 自衛隊四個小隊ジープ八車両に護衛をされながら次々と技術研究棟を出発していった。

 いよいよシートに覆われたビーム砲が大型の改造車に搭載され、作業員の見守る中をゆっくりと動き出した。

 残る作業員は祈るように「必ず赤い敵を破壊して来いよ」と思わず心の叫びが言葉になってしまった。

 恵美子は二階の自室の窓から、その姿を、両手を握り締め(くちびる)()んで見送っていた。

 市ヶ谷の防衛施設を出発して外堀通りを北上して、新見附橋(にいみつけばし)を通り過ぎ神楽坂下(かぐらさかした)を過ぎた。自衛官がいたる所で警護をしている、飯田橋(いいだばし)を過ぎると左手方向に東京ドームが現われてきた。ペナントレースが行なわれている時は物凄い人でにぎわっていた所だが、今は人影も無く丸いドーム型の天井が今はへこんで無残に見えた。

 すでに水道橋の信号まで来ていた。この信号を右に曲がって行くと自衛官の姿がずいぶん増えてきた。

 赤い敵が近い事をうかがわせた。テストに選ばれた作業員達はかなりの緊張の色が見え始めた。

 神楽坂の信号を通り過ぎるあたりから、建物と建物の隙間から見え始めた赤い山のように盛り上がった赤い敵が表面を海の波のように()らしていた、あれが津波のように襲ってきたら逃げ場はないな、ここで警備をする自衛隊員も命がけであった。こちらにその緊張感がひしひしと伝わって来た。

 ゆっくりと一ツ橋の信号に近づいていった。目の前三百メートル先にM618の赤い山がそびえ立って延々と連なっていた。

 その今まで目にした事の無い異様な風景を目の当たりにして作業員はさらに緊張が高まって行った。すでに周りの家は壊されて視界を(さえぎ)る物が何も無かった。

 名倉がジープから降りると、腰に手を置きその異様な景色を眺めていた。

 突然「よし目標、前方の赤い敵、準備急げ」と名倉は号令をかけた。

 吉岡が恵美子に代わって指揮をとった。

「ビーム砲運搬車を道路のど真ん中に固定」誘導員が四人程ジープから降りてきて誘導を始めた。配置に付くとビーム砲運搬車の側面からアウトリガーが自動的に出てきて固定された。

 シートを剥がし砲撃操作班がビーム砲に乗り込み操作が開始された。

 リアルタイムサイクルアナライザーもレーザービーム砲も電磁パルスビーム砲もワンコントロールで同時に同じ方向へ向きだした。

 ガガガガガと鈍い音を上げながら砲身が回転していった。前方のM618の赤い大きな山に砲身が向けられ照準を合わせた「砲撃準備よし」エンジン全快、電圧よし、操作班はスイッチのボタンを押すだけであった。

 名倉総指揮者は、無線器を右手に構えて大きく深呼吸をした。

「準備はいいか、データー班しっかりデーター取っておけよ、いよいよ攻撃を開始するぞ、先ず電磁パルスビーム砲を単独で打ち込むぞ、必ずデーターを全てとれよいいな」

 操作班から返事が戻って来た。

「了解しました。」

「電磁パルスビーム砲一発でM618の保護プログラムを発動する塩基Xが破壊できればテストはその時点で終了だ、しかし敵がバリアを張ったらリアルタイムサイクルアナライザーとレーザービーム砲を連動させバリアを破壊する、無防備にして、もう一度電磁パルスビーム砲を打ち込み、今度こそ塩基Xを確実に破壊する、手順はいいか」

「了解しました。」

「よし行くぞ」名倉でも緊張を隠せなかった、本当にこのビーム砲が通用するのか、本心は半信半疑であった。

 攻撃後何が起きるのかもまるで皆無であった。マイクを口元に持って行き、発射の号令を掛けた。「電磁パルスビーム砲、発射!」

「電磁パルスビーム砲発射します。」操作班が力強く発射ボタンを押した。キューンと機械的な始動音が響きだし、電磁パルスビーム砲のパラボラの前面の空気が乱れ出し、小さなスパークの粒が現われ出し、その波動が広がりだした。一気にM618の赤い山をめがけて電磁パルスのビームが放たれた、超マイクロ高周波の束が空間の空気を(ゆが)めて突き進んで行った。

 M618の赤い山が突然今まで見たことの無い真っ青なバリアを全面に張り巡らせた。電磁パルスビームがM618の表面でバチバチバチバチと火花が飛び散って、M618の塩基X保護プログラムによるバリアで完全に防御されてしまった。

「くそ、そうあっさりとは(かた)を付けさせてはくれないと言うわけか」名倉が操作班に無線器で「リアルタイムサイクルアナライザー作動準備せよ!」と指示をした。

「準備は完了しています。」

「リアルタイムサイクルアナライザー発射!」名倉が号令した。

「リアルタイムサイクルアナライザー発射します。」ボタンが押された、M618の真っ青なバリアのスペクトル数値が読み取られて行った。しかしなかなかレーザービーム砲に信号が伝わってこない、リモコンのモニターに読み取られたスペクトル数値が表示されているが細かく変動していた。

 名倉が(あせ)りだした「どうしたレーザービーム砲は」

「はい、スペクトル数値が変動していてロックが掛かりません」

「なに、敵もすんなりとは決めさせてはくれないか、くそ解った。おとりに攻撃ヘリでミサイルを打ち込んでみるか」名倉は司令部に連絡を入れ、待機中の攻撃ヘリAH‐1Sのミサイル攻撃の要請をした。すぐさまビーム砲の後方からヘリが現われて赤い山に向って五機のヘリが飛来して行った、ミサイルポットから次々と空対地ミサイルが打ち込んでいった、しかしM618が何もしていない訳が無かった。いきなり赤い塊を飛ばしてきて攻撃ヘリ一機をいとも簡単に破壊した。また一機もあわや上昇してかわしたが二発目の赤い塊に破壊された。それを映像で見ていた司令部はすぐに撤収させた。だが打ち込んだミサイルはM618に確実に打ち込まれていった。

 けれどもブスブスブスとM618の表面で鈍い音を()てて吸い込まれて行くだけであった。

 名倉は「駄目か」と諦めかけた。

 すると操作班が慌てて「総指揮、安定しだしました。」

 ロックが掛かりいきなりスペクトル信号がレーザービーム砲に伝達された、間髪入れずに砲身から真っ青な光りがあたり一面に広がり視界が全て真っ青になった。かと思と突然M618の表面を(おお)っていた真っ青な発光が幅百メートルに渡って干渉が起こりM618の青白く光るバリアが打ち消されてしまった。

 名倉にはレーザービーム砲の効果なのか、自分で発光を消したのか理解できていなかった。

「赤い敵のバリアはどうした、消えているのか?とにかく電磁パルスビーム砲を打ち込め、発射だ発射。」

「電磁パルスビーム砲発射。」またパラボラの全面に細かいスパークの粒が現われて光の粒の束が広がって赤い山に高出力マイクロ波が走って行った。

 こんどはM618の表面に青白い発光が起こらなかった。「レーザービームの効果が出ているようだ」電磁パルスビームを浴びたM618の表面でバチバチバチバチと物凄いスパークが起こり始めた。そしていきなりとてつもない光りを放って、爆発が起った。

 その爆風で、周りの車が転がり出し自衛隊員も吹き飛ばされた。

 壊れた建物の残材が紙くずのように宙に舞い、飛び散った。

 名倉もあわや吹き飛ばされるところをジープにしがみ付き、吹き飛ばされるのを免れた。蒸気が立ち込め、視界がまるで一寸先も見えなくなってしまった。操作員がビーム砲から降り出して正面の蒸気の中を覗き込んだ。

「どうなっているんだ。」

「えー、いったいどうなっているんだ。」蒸気の中のその光景を見ているものにも何が起きたのか分からなかった。

 しだいに蒸気が消えていき、視界が晴れて来た。除々に実態が見えてきた。

「あーっ」名倉も作業員もそして、そこにいた自衛隊員も全員が身震(みぶる)いするほど驚いた。その光景は今まで目の前にあった。M618の赤い山が横幅百数十メートルに渡って、

 色素が抜けた透明な液体に変化して流れだしていた。赤い山が延々と姿を消していて、全員あまりの凄さに声も出なかった。

 名倉は前方に歩き出し「これは、とてつもない威力だ。」と生唾を飲み込んだ。

「よし、この調子だ次の攻撃に移るぞ」操作員が慌ててビーム砲に乗り込んだ、名倉は号令を掛けた「砲身、八度左側へ修正」

 操作班が「砲身を八度左へ修正します。」

 名倉が右手を上に上げ「発射準備!」

「エンジン全快、電圧よし発射準備完了しました。」

「よし、発射!」

 また発射ボタンが力任せに押された。電磁パルスビーム砲と同時にリアルタイムサイクルアナライザーも発射された。M618の山がすぐさま青白い光を放ったと同時にリアルタイムサイクルアナライザーが数値を瞬時に読み取りロックを掛けるとレーザービーム砲が連動してすぐさま青白い光が発射されM618の青白く光るバリアがその光を失うとバリアも消えM618は無防備になってしまった。容赦なく電磁パルスビーム砲が襲い掛かっていった。また、とてつも無い光りの炸裂と爆風が巻き起こった。

 その時、操作室のレッドランプが点滅してブザーが鳴り出してしまった。

 操作班から無線で「総指揮者、オーバーロードです、これ以上の使用は充電部に損傷が起きかねません」

 名倉が残念がった。「仕方が無いな、今回のテストは以上で終了としよう、データーは採れたか、よし戻っていくつか改良するようだな。しかしこいつの威力は想像を絶していた。驚きだよ、とにかく成功だ。」

「了解しました。」

 その映像が送られて来てモニターを見ていた司令部もまさか成功するとは半信半疑であったため、ビーム砲のあまりのすさまじい威力に言葉も無かった。一瞬、司令部の機能が停止するほどの驚きと、その結果に判断を下す能力さえも失うほどであった。慌てて司令部から無線が届いた。「今回のテストは大成功だ。よくやった。おめでとう」その声は、興奮して、震えていた様であったらしい。

 ビーム砲試射の現場で威力の状況を確認していた、吉岡の足元に透明の液体が流れてきた。その液体をサンプルケースに採取すると胸のうちポケットにしまいこんだ。

 ビーム砲試射の映像は極秘事項になっていたため開発者の恵美子でも見ることはできなかった。当然司令部のど肝を抜く破壊力であったことも知らなかった。恵美子は作業場で結果がどのようになったのかドキドキしながら落ち着かず、腕組をしてうろうろと動き回って、皆の帰りを待っていた。

 解放された大きな扉の正面の広いヘリポートあたりを何度も眺めては、大きく深呼吸をして皆が戻ってきたら、どのように振舞えばいいのか頭の中をぐるぐる回っていた。

 果たして笑顔で迎えられるのかどうか自信が無かった。

 するとジープが一台戻って来た。

 恵美子は直ぐに運転手の表情を確認した、見るとその顔は無表情でしかもブスッとしていた。

 嫌な予感がよぎった。やっぱり失敗したのかしら、心臓が飛び出るほどドキドキして、どうしていいのか頭の中が真っ白になってしまった。ジープが何台も戻って来た。

 こちらは万歳をしながら大騒ぎをしていた。

 恵美子は目をぱちくりさせて「いったいどうなっているのかしら」さっき入って来たジープをよく見ると自衛隊の護衛の隊員が乗っていた。

 恵美子の顔が見る見るうちに笑顔になって行き、作業員の乗ったジープに向って走り出した。ジープに乗った作業員も恵美子を見つけると真っ直ぐに向って来た。

 ジープから作業員が降りてきて恵美子の周りに集まってきた。

 皆、笑顔で黙っていた。

 恵美子が皆にしおらしく「テストは成功したんでしょ、どうなの、ねえ黙ってないで」

 恵美子はちょっとむくれて、腰に手を置き「ねえ、あんたたち黙っていないで、ちゃんと報告しなさい、いいこと、さもないと解っているんでしょうね」

 一人の作業員が「やりました。」と言うと、恵美子が信じられない顔をして「えー」と聞き返した。すると別の作業員が「もう言っちゃって、ばか」

「だって、黙っていられなくて」作業員が恵美子を囲んで万歳が何度も起きた。

 恵美子の顔が崩れていき、涙がボロボロ流れ出した。

「ありがとう、ありがとう」嬉しいのに涙が溢れてたまらなかった。それを見て作業員も嬉し涙が溢れて万歳をしながらぬぐっていた。

 名倉総指揮者が恵美子の所に来て、肩を何度か叩き「ご苦労様でした。よく頑張ってくれたね、テストは大成功だったよ、ビーム砲のすさまじさは君にも見せてあげたかった、とにかくありがとう」

 名倉はそう言うと、笑顔を残して本部に向った。

 恵美子達はビーム砲に歩みより「ねえ、赤い敵を倒した様子を聞かせて」

 一人の作業員が我一番と話し出した。

 恵美子は嬉しそうにみんなの話しを頷いて聞いていた。皆の話を聞いているだけでビーム砲の威力の凄さが伝わって来た。一通り全員の話しが出尽くすと、恵美子が厳しい顔になり「一言いっておくは、このおもちゃ一台ぐらい在っても敵に与えるダメージはたかが知れているは、今、日本全土に現われた敵に立ち向かうためには、もっと強力なビーム砲を何十台も作らなければ、また敵の変化にも対応して、こちらも対抗していかないと、そうでなければ日本は滅亡してしまうは、あなた方で決まるんですから」

 恵美子が力説しても皆は笑顔だった。

「あなた達、解っているの」恵美子が皆の笑顔をまじまじと見直したら、つい吹き出してしまい、大笑いをしてしまった。

 私って本当に何を言っているのかしらと思った。皆もビーム砲を組み立てているときも本当にM618を破壊できるとは信じられなかったかも知れ無かった、それが現実に成功してやっと責任を果たせたと、きっと肩の荷が下りてほっとしている事でした、恵美子は皆を称えるべきであったと思い直した。

 そして「ごめんなさい、今日は素直に喜びます。」そしてほんとうに心からほっとできる笑顔ができた。

「皆、よく頑張ってくれて、ありがとう」と深々と頭を下げた。その日は遅くまで大騒ぎが続いたようであった。

 その夜、吉岡が恵美子の部屋を訪ねて来た。

「恵美子主任、俺は一旦科警研に戻るよ、所長に報告してくるから、何日かして戻ってきます、それと恵美子主任が何かに悩んでいる事は気が付いていたが、今日出発前にその悩みの深さを知った気がしたよ、しかし俺は君に何もしてやれなくて申し訳なかったと思う、謝るよ」吉岡は頭を下げた。

「いいんです、自分でしか答えが出せないことでしたから、心配掛けてごめんなさい」恵美子はうつむいた。

「いや、でも乗り越えたようですね、安心したよ、じゃー、おやすみ」吉岡は頷いた。

 恵美子も静かにうなずいて顔を上げ「おやすみなさい」と言った。







 4  市 ヶ 谷 陥 落 前 夜





 亜兼は青木キャップに呼び戻されて東京青北新聞本社に戻って来た。エレベーターが四階の編集局に着くなり扉が開いた。雑踏にも似たフロアーの状況の中を社員の合間をかき分けて青木キャップの報道部に向って行った。

「おはようございます、キャプどうしました。」

「おう、来たな」

 青木キャップは不満そうに、じっと亜兼の顔を見た。「おまえ、いつ見ても(きた)ねえな、洗濯してんのか」

「えー、たまにはね」と自分の身なりを見回した。

「こういう仕事はだな、人と接する事も多い、だからもうちょっと身綺麗(みきれい)にする必要があるぞ、解るか」

 何だよ、服装にけち付けるために呼び戻したのかよと亜兼はむくれた。

「これは若者のファッションって言うやつですよ」

「ファッションなら汚くていいって言う事にはならねんだよ、それにその頭、年に一度くらいクシを入れろや鳥の巣じゃねえーんだからよ」

「二十年もしたらキャップみたいにオールバックにしますよ」

「髪の毛が残っていたらな」と青木キャップはフンと鼻を鳴らした。

「まったく、そんなことより何かあったんですか」亜兼はふくれっ面で尋ねた。

「おう、そうそうお前の事はどうでもいい、この記事見ろ」

 差し出された新聞に目を通した、亜兼は声を出して読んで行った。

「M618の赤い山が自衛隊の新兵器により完全撃破!」と見出しが乗っていた。

「いつの間にこんな新兵器を開発していたんだ」よく見るとその写真の新兵器の横に吉岡らしき人物が写っていた。

「まさか、科警研がからんでいるのか、そうだとしたらなんで俺に知らせてくれないんだよ」亜兼の顔が気の抜けたようになった。

 青木キャップが「どうしたお前、顔色へんだぞ、この間休みやったよな、過労じゃないよな、変な物食べたんじゃないのか、賞味期限の切れたサンドイッチとか、そういうのお前へいきだからな」

「キャップ」

 青木キャップが新聞を指差して「その記事読むと新兵器のテストらしい、うちの記者も限りがあるからな、一ツ橋に貼り付けておく芸当はどっちにしても無理な事だったろう、ところでお前が考えた避難地図のアイデアーだがな」

 亜兼は思い出した。「はい、あれですか」

 青木キャップは編集員の前川を呼んで例のアイデアーを持ってこさせた。

「キャップ、これです。」と前川が差し出した。

「はーい、ありがとう」

 前川が広げて見せた。

「わー、よく出来ましたね、これが自分のアイデアーから出来たとは、信じられませんね」と亜兼は驚いた。

「まったくだな、お前が書いているところを見ていても、まさかと思うよな、なあ前川ハハハ」と青木キャップは大笑いをした。

 亜兼は呆れて「そこで、そんなに馬鹿笑いしなくても」

 青木キャップが表情を真面目な顔に戻した。

「これはアイデアーとしては素晴らしい、ただな、我社は九〇万部の中堅新聞社だ、関東一円がいいところだ、それが全国避難地図を載せてどうなる、関東避難地図なら解るけどな」

 がっかりして亜兼が「ぼつですか」と言うと、青木キャップは「まあ、そうがっかりするな、そこでだ、この避難地図お前にやるから何処にでも好きな所へ持って行け」

「そう言われても、そんな所ありませんよ」亜兼は首をかしげた。

「だから例えば、帝都売読の五十嵐の所とか」気の回らないやつだと青木は思った。

「え、でもキャップ嫌いなんでしょ、五十嵐さん」

「嫌いとは言っていないだろう、好かないとは言ったが」

「同じですよ」亜兼は呆れた。

「いやならボツだぞ、どうする」青木はじれったそうに言った。

 亜兼は、自社から発行できない(くや)しさを胸に「じゃー、持って行っていいんですね」

 青木キャップは返事をせずに首や頭を()いているだけだった。悔しい思いは青木キャップも同じであった。しかしアイデアーは素晴らしい、生かすにはこれしかないと判断したのだ。

「あれ、亜兼、もういいぞ、報道記者の命は特ダネを追いかける事だ、早く行け」

「はい、行って来ます。」力なく亜兼は返事をした。

 亜兼は社を出て車をとばし、甲州街道を走って行った。帝都売読新聞社の五十嵐に電話を入れて、話しを聞いていただきたい旨を伝えると「亜兼さんのお話しなら、いつでも聞かせてもらいますよ、いらしてください」と言うことで、アポを取った。

 西新宿三丁目の帝都売読新聞本社の地下駐車場に車を止めるとエレベーターで一階の受付に向かった。前回と同じように広報担当の人が対応してくれた、今日も十一階の応接室に案内された。

 そこでしばらく待っていると、五十嵐次長が現われた。

「やあ、お待たせしました。」

 亜兼は頭を下げて「無理をいって申し訳ありません」

 そこえお茶が運ばれてきたのでした。二人は一口すすると五十嵐が「それでお話しと申しますと、どのような事ですか」

「はい、私は源さんと同じように」

 亜兼は自衛隊が呼んでいる呼び名で続けた「赤い敵を追って来ました。そして赤い敵が各地に転移するのに電車か輸送機関を利用している事に気が付きました。そこで、どのように増殖していくかも調べたところ、特にマンホールや下水道を利用して増えていることは間違い在りません」

「なるほど、確かに源さんも同じような事を言っていたな」と五十嵐は思い出した。

「はい、もうすでに赤い敵は全国に散っている事は間違いないと思います、いつ地上に現われてもおかしくないと思います。」

 五十嵐は頷いた。「なるほど、それで」

 亜兼はちょっと気恥ずかしそうにもじもじしながら、社から持って来た避難地図を出して五十嵐に見せた。

 五十嵐も最初は笑顔でいたがよく見ると危ない場所と避難場所が明確に画かれていた。隅々まで丹念に見た。

「よく出来ているね、うちにはいないなこういうのを()くやつは」五十嵐は頷いていた。

 亜兼は五十嵐の顔を見て「これ、お宅の社で出してもらえませんか」

 五十嵐は少し驚いた。「いいのですか」

「はい、これは私のアイデアーです、特ダネではありませんし、多くの人がこれを使って助かればそれでいいんです、我社は九〇万部、わずか関東一円です、それでは意味がありません、全国紙の帝都売読さんに載せていただければ意味が出てきます。」

「いいんですか、同業者に渡して、これは立派な特ダネだよ、我社が評価される事になりますよ」五十嵐は避難地図から目を亜兼に向けた。

「キャップも了承しています、先ほども言いましたが、それで多くの人の命が助かるならそのことのほうが意味があります。」

「解りました。見当させていただきます。」五十嵐はまじまじと避難地図を見ていた。

 亜兼は頭をさげて「ありがとうございます。」と礼を言った。

 五十嵐は話を替えて「ところで、あなたのキャップのお名前は」

「はい、青木です、青木祐介といいます。」

「青木さんですか」

「ご存知ですか」

「ええ知っておりますよ、青木さんも素晴らしい部下をお持ちだ、うらやましいです。」

「いえ、そんな事はありません、いつも怒鳴られております。」

「そうですか」

 五十嵐は亜兼に好感を持って頷いた。

 亜兼は「これで失礼します。」と帝都売読新聞本社ビルを後にした。

 その日の夜、亜兼は吉岡に電話をしていた。

「今日、新聞見たよ、宗ちゃん写っていたぞ、凄い武器だな、やったじゃないか」

 吉岡は照れくさそうに「そうじゃないよ、みんな恵美子さんがやったのさ、俺なんか情けないくらいだよ」

「それにしても水臭いな、一言も教えてくれないで」

「そんなの無理だよ、一日中監視されていたし、第一極秘プロジェクトだぜ」

「解ったよ、しかし記事の通りのすさまじ差だったのかよ」亜兼には想像もつかなかった。

「ああ、最初のビーム砲の一撃は驚きだった。皆声を失ったよ」その凄さを吉岡はどう表現していいのか分からないくらいだった。

「畜生、見物だったろうな、俺としては、見なかった事は自分史の中で最大のミスだな」亜兼は悔しがった。

「大げさな奴だな、今回は本当に恵美子さんがあそこまで頑張るとは驚きだったよ、ほとほと頭が下がったぜ」吉岡は自分の力の無さを認めざる終えなかった。

「彼女がか、じゃー今度会ってもじゃじゃ馬なんて言えないな」亜兼も彼女の責任感や頑張りやであることは感じていたが吉岡がそこまでほめるとはよほど頑張っていたのだろうと思った。その結果がビーム砲だとするなら自分も負けてはいられないと思った。

「じゃじゃ馬は当たっているけどね、でもすでに俺は越えていかれたよ」吉岡は自分の力無さを「フン」と鼻で笑った。

「ほー以外だな、恵美子さんの事じゃなくて、宗ちゃんの弱気差の方がさ」

「おい、その場に兼ちゃんがいたらきっと、一緒だと思うよ、それほど彼女の真剣さに負けたという事だよ」

「そういえば宗ちゃん、ずうっと市ヶ谷にいたんだろう」

「そうだよ」

「じゃー、知佐さん元気だった。どお」

「どお、と言われても部署も違うから一度も合っていないよ」

「もったいない事を、一億円を目の前に積まれて、一枚ももらってこないのと一緒だぜ」

「まあ、兼ちゃんにとってはそうかも知れないが、それどころじゃーなかったよ」

「宗ちゃん何があったか知らないが、元気出せよ、また科警研に寄るからさ」

「あー、待っているから、来てよ、じゃー」

 それから数日して、異変が起き始めた。先ず岩手県の盛岡市で下水の流れが悪いと市民より通報があり、市の職員と業者が調べに向ったところ、マンホールの蓋を開けて中を確認すると、びっしりとM618が増殖していて、職員達は腰を抜かすほど驚いたと言う事件があった。けれどこのようなことがいまやいたるところで起きていた。

 各市役所や警察署に次々に通報が入ってきて、その対応が大騒ぎになるほどでした。

 結局、各県でも議会が開かれて、各市で下水道の調査を大々的に行う事に決まった。

 調査の結果、各市の特に駅のマンホールの中のいたる所にM618が増殖をしていたことが判明をした。この事に各県としても驚愕(きょうがく)の出来事であった。

 国の通常国会でも質問がだされた。野党の地方議員から「我が県の多くの市でM618が現われてその汚染が広がっているが、市や県にはこれに対して対抗する組織も手立てもある訳も無く、国に頼るしか在りませんが、国民の生命の安全確保について、またこの件に付いてどのように対処されるおつもりか、お聞かせ願いたい、総理」

 総理が手を挙げた・・・・

 別の国会議員からも質問がなされた。「今、いたる所の県や市でM618が出現したと云う情報を耳にする事が頻繁(ひんぱん)になったが例えば・・・」と広がりの状況を幾つかの事例を挙げて説明をした。

 そして「その他にもM618が出現した報告を受けているのか答えてください、官房長官」と言うと、議長が名を呼んだ。「福辺官房長官」そして官房長官が「議長」と右手を上げた。

 そして演台に向った。

「えー、主要都市では岩手県の盛岡市、花巻市、一関市、秋田県の秋田市それと大仙市(だいせんし)、その他に東北方面だけでも百数十ヶ所がM618を確認されたと聞いている」

 先ほどの議員が右手に資料を握り締め、再度マイクの前に立った。「他県について調査の実施の予定は在るのですか、お聞かせください、官房長官」

 官房長官が飄々(ひょうひょう)と答えた「まあ、各県についてはね、地方自治体が主体的に行なうことのようですが、政府としましても厚生労働省と打ち合わせをしてですね、積極的にこれ、やって行かなければいけない事だと思ていますよ」

 テレビで政府答弁を聞いていた青木キャップは少し呆れて「もっと早く、調査すべきなんだよ、だいたい百ヶ所ぐらいですむ訳が無いだろう共同通信によるとその五倍は報告を聞いていると言うのに、実際はもっとあるはずだ」と政府の手の打ち方に不満をもらした。

 また、亜兼もカーラジオでその話を聞いていて少なくとも岩手県までの東北本線上の各市は全てM618が転移している事が創造はついた。現実にM618が現われてみると、日本が確実に侵略されている事を実感せざるをえなかった。

 話によるとその全てのマンホールの中が飽和状態になったら一斉に蓋を破って吹き出して来くるのだと言ううわさが流れていた、亜兼も同じようにおそらく至る所でその時が間近にせまっているのではないのかと予感していた。

 亜兼のその時とは、日本全土がある時に同時に侵略が起きる時と考えていた。

 明日の朝にでも出社して、次に何を追うかキャップと打ち合わせをしたいと思った。

 そして翌日、亜兼は社に来て見ると、青木キャップが他社の新聞を見ていた。側で見てみると、帝都売読新聞だった。

「キャップ、おはようございます。」

 新聞の向こうから「おう、出社してきたな」

「どうしたんですか、その新聞、帝都の新聞じゃないですか、他社のは見なかったんじゃーなかったんですか」亜兼はめずらしいと思った。

「バカめ、他社であっても、我社の名前が乗っていれば見るわ」

「どういう事ですか」亜兼は(のぞ)き込んだ。

「見てみろ」と新聞を広げると二面、三面見開きで「M618、赤い敵出没予想、と避難場所」と題して日本地図が載っていた。

 亜兼は「やったー」と大喜びをした。

「お前も単純な奴だな」と青木キャップが「右下、見てみろ」と(うなが)した。

「えー」と亜兼は言われるままに新聞の右下に目をやった。そこに「提供、東京青北新聞社、亜兼」と載っていた。

 亜兼はキャップの顔を見て「どういう事ですかね」と聞くと。

 あいつ、してやりやがってと思いながら、青木キャップが「誰にでも面子(めんつ)があるからな、他社から持ち込まれて、自社の(つら)して載せられないと言う訳だろう」

 亜兼には五十嵐さんが敬意を表しての行為と思った。そして通じるものを感じて嬉しかった。「キャップ、これで多くの人が何処へ避難すればいいのか解りますよね、良かった。」

 亜兼は新聞を(なが)めてそう思った。

 青木キャップは別のところに目を付けていた。それはM618が実際に出没した都市が帝都売読新聞に乗っている、『赤い敵出没予想図』と一致した所に出てきている事だった。

 昨日、あれから宮城県で古川市、仙台市、山形県で新庄市、山形市、米沢市でも、マンホールの中で増殖していたM618を新たに確認されていた。

 亜兼の推理が当たっていた。だとするとこの新聞の出没予想どうり、M618が配置されて行っているという事にもなる、もし配置が全て完了されたとすると、その時が一斉攻撃の時になるかも知れないと青木は直感した。頭の後ろに両手を回し、窓の外を眺めていた。一体、その日はいつなんだ、ふと青木キャップは後ろに人の気配を感じた。振り向くと亜兼がそこに突っ立っていた。「おう、おまえ、渋い面でそんな所に突っ立っていたら背後霊と間違えるじゃねえかよ」と言っても反応が無い亜兼を見て「どうした、お前」

「キャップ、今までと同じ行動をしていていいのかまよっています、他にやる事がある気がして、自分が何をしたらいいのか解りません、今日はそれをキャップに聞きたくて、社に来ました。」

 青木キャップは腕組をして、少し間を置くと「お前、報道をどう考えている」

「はい、真実を、私的感情を交えず正確に伝える、世の中を先導してはならない、あくまで事実のみを記事にすること、判断は読者に任せるべき」

 青木キャップは頷いた。そして亜兼にまた質問をした「お前は悪に対する怒りの感情は無いのか、人が地獄に向っているのが解っていて、見殺しに出来るのか」

 亜兼は真剣な顔をして答えた「私は悪に対する怒りもあります、人を見殺しにも出来ません」

 青木キャップは亜兼の目を見て「人がどうあれ、お前はそう生きろ、例えそれが報道の道に反しても、そうすればやらなければならない事が見えてくる、M618に対抗できるのは、今は新聞に載っていたあのビーム砲だけだろう、しかしいかんせ多勢に無勢だ、M618が攻めて来たら住人は避難させるため、誘導してやるしか無いだろう、又人々の側に立つと、一番不安を感じるのは今何が起きているのか解らない事だ、正しい情報が一番求められる、それをする事だ」

「はい、解りました。」亜兼は心の霧が晴れた気がした。

「キャップ、行ってきます。」

「ちょっとお前、で何処へだ」

「東京え行きます。奴らが初めて現れた原点をもう一度見直してみます。」

「分かった、連絡入れろよ」

「はい」亜兼は振り返り報道部の通路を突っ切って、階段を飛び降りるようにして走って行った。車に乗るなり甲州街道に向った。道すがら亜兼は帝都売読新聞社の五十嵐次長にスマートホンで連絡を入れた。

「今朝の新聞に早速(さっそく)載せていただきましてありがとうございます。」

 五十嵐の話はこうであった。「あなたのおかげで売上を伸ばす事が出来ました。こちらこそお礼を言いたい」

 亜兼は思った。「そおだよな、ただ載せる訳が無いよな、相手も商売だということさ」

 亜兼は割り切って、次の行動の目標を定めた。先日新聞に載っていたビーム砲を打ち込んだという場所に行ってみることにした。

 どうなっているのか確認しておきたいと思った。

 車のラジオから国会中継が流れていた。ある議員が質問をしていた「今日の新聞にも、東北地方で新な県に、マンホールの中に(あふ)れんばかりにM618が増殖していた記事が載っていたが、対抗手段として総理はどのようにお考えか、(うかが)いたい」

 議長が一本調子で首相の名前を呼んだ。

「内閣総理大臣、泉田弘君」首相が手を上げ「議長」と発すると演壇に向った。

「対抗処置としては、ビーム砲という武器を当面五機まで製作中と聞いております、現在二機目が完成して市ヶ谷にあると報告を受けている」

 又、同じ議員が質問をした。「日本全国をたった五機でカバーしきれるのですか、総理」

 亜兼は中継を聞いていて、政治部担当ではないので、国会でのやり取りが理解しにくく苦手であった。しかしビーム砲が二機、今市ヶ谷にある事は聞き逃さなかった。

 そうこうしているうちに新宿まで来てしまった。又この間と同じ様に山手通りに出て、国道254を抜けて行こうと思った。

 しかし自衛隊の誘導に導かれるままに目白まで追いやられてしまった。

 徐行しながら右手に入る道を探してもいたる所で自衛隊の検問が行なわれていた。

 やっと熊野町と言う信号を右に曲がり国道254に入った。上空を首都高速5号線が走っている、少し行くと右手にサンシャイニング60が天空に突き出ていた。路肩に車を止めて望遠鏡で前方を確認すると、信号六個程先の看板に「大塚5」と書いてある、その下で自衛隊が検問をやっていた。「この先へは行く事は難しいな」と丁字路を右に曲がり、サンシャイニング60の地下駐車場に車を入れた。

 駐車場には車はまるで無く、ビル事態廃墟のように人の気配もまるで無かった。

 エレベーターも止められていた。

 非常階段で上階に向かう事にした。扉を開け中に入ると常夜灯が点灯していて階段は昇り安かった。

 階段はかなり単調でいくら登っても同じ光景で自分が何処にいるのか認識しにくい感覚になって来る、肩にかけているショルダーバッグがやけに重く感じられた。何が入っているのかを思い出していた。懐中電灯、ペットボトルに水が入っている、望遠鏡、カメラ、それと何だっけな、チョコレート、タオル、それと、しかし疲れた。

 扉を見ると18と書いてある、もう10階昇ったら休もうと思った。ひたすら目の前の階段だけを見ながら昇って行った。30階に着くと階段の踏面に腰を下ろした。

 かなり息が上がっていた。

 階段室の中に亜兼の荒い呼吸の音だけが響いていた。ショルダーバッグからペットボトルを出して、水を口に含むと急に体の疲れがいえていく思いがした。

 しばらく休んでまた一気に昇って行った。あれから何分掛かったのか、もう汗だくになっていた。ようやく60階の展望室に到達した。

 ぐったりと床に(ひざ)から崩れ落ちた。しばらくそのままでいた、そして落ち着くと、先ずは360度展望室から景色を眺めてみた。

 さすがに素晴らしかった。小学校の頃、一度だけ父親に下の水族館とこの展望室には.連れて来てもらった事を思い出した。

 しかしこの景色は記憶に残っていなかった。今こうして改めて見ると、こんなにも街に建物が多かった事に驚かされた。どこまでも家だらけだ、遠くに東京タワーが赤い海の中に突き出ていた。左側に市ヶ谷の防衛施設が建ち並んでいる様子が直ぐそこに見えていた。

「あそこに知佐さんが居るのか、手が届きそうだな」実際こうして見ると、市ヶ谷とM618の赤い海との距離はかなり近くに感じた。

 先日、自衛隊の技術研究本部で開発したビーム砲のテストを行なった所は、確か一ツ橋の信号の所と新聞に載っていた。だとすると、あそこに東京ドームが見えるから、それよりちょっと左側になるな、望遠鏡をそっちに向けると、実戦テストを行なったとされる、その場所はすでに赤い海に変わっていた。かろうじて信号の標識が赤い海より顔をだしていた。

 その標識に一ツ橋と書いてあった。

 M618が何故か表面が騒がしく荒れているように感じた。

「ビーム砲で刺激されたせいなのかな、まてよ」もう一度、市ヶ谷の防衛施設群の向こう側のM618の表面を確認してみた。

「やっぱり、かなり荒れているな」いつも見慣れている感じとかなり違う気がした。

 亜兼はやな胸騒ぎを覚えた「何か起きるのだろうか?」

 M618の最先端では、かなり多くの赤い化け物が湧き出て来て、何ヶ所かで自衛隊と交戦状態になっていた。

「他はどうなんだ」望遠鏡を振ってみた、やはり何ヶ所かで赤い化け物と自衛隊が交戦状態になっていた「やー、赤い化け物が凄い数だ、自衛隊が押されている」赤い化け物は三匹、四匹が組んで、前方に注意を引き、後ろから襲い掛かっては、確実に相手を倒していた。亜兼はむかついてきた、そしていきなり感情的になった。「くそー、化け物め、きたねえ、ほら後ろからくるぞ」市ヶ谷から一ツ橋まで約8キロ、このままの勢いで押し(まく)られたら、一気に市ヶ谷が危ない雰囲気になりかねない「まずいな」望遠鏡を市ヶ谷に向けて見ると、さほど人の出入りも激しくないし、車の移動もそれ程慌ただしく感じられない、のん気にしか見えなかった。

「何やってんだよ、ソロソロ避難始めないと」そんなのん気に行動していたら手遅れになっちまうぜ」とはらはらしていた、そうかと思うと、いきなり街全体のM618が静かになった。

 亜兼は望遠鏡であっちこっちを見渡したが、赤い化け物も何処かに消えてしまい、M618の表面もまるで嘘のように静まり返っていた。

「どうなっているんだ」亜兼は腕時計を見た、針は5時半過ぎを指していた。

 まだまだ明るいし、日が沈むには後一時間以上はあるのに、何がどうなっているのか、亜兼は理解できなかった。

「今日の活動は、終了したとでもいうのか」それならそれで一安心なのだが、まだまだ油断はできないと、監視をする事にした。その後は何事も無く日が沈み始めた。

 西の何と言う名前の山なのか解らないが、空を真っ赤に染めて、その山に太陽が隠れ始めた。

 亜兼は地上240メートルの展望室で、夕日を一人締(ひとりじ)めにして眺めていた。

「夕日を眺めていても、腹は膨れないし」フロアーを歩き回ってみると、レストランがあった。ちょっと失敬して厨房に入ると戸棚の中に缶詰が色々と置いてあった。

 三つほど頂くと五百円を棚に置いて「つりはいらねえよ」と缶切りと割りばしも拝借した。外の景色を眺めながら夕食を取った。東の東京方面は建物の明かりが一切消えていて真っ暗な状態が広がっていた。

 その中に街灯がまばらに、人が居なくても点灯していた。

「電柱にはまだ電気が流れているのか」と思った。自衛隊の行き来する、ジープのライトと防衛線を引いている所が線状に長く明かりが続いていた。どの道も市ヶ谷に続いている光景がよく解る、東京タワーもベイブリッジも、いつもならライトアップされているが、今となっては何処にあるのかも闇の中で見分ける事も出来ない、亜兼はソファーをベット替わりに横になりながら、展望室のガラス越しに東京の空に流れる天の川を眺めながら、眠気に襲われていった。

 この時、亜兼はまさか明日という日が、自分にとって、また東京にとっても運命の一日になる事を知らなかった。






 5 市 ヶ 谷 陥 落




 翌朝、東の空に日が昇り始めた。


 亜兼はすでに起きていた、ガラス越しに市ヶ谷の防衛施設群を望遠鏡で眺めていた。

「うん、今の所は特に赤いやつらの動きは無しと」

 そして、一ツ橋付近から青山、恵比寿あたりの防衛線上を追っていった。

 自衛隊の動きも、この時間はまだ活発ではなかった。

「問題無しか」

 また、レストランの厨房に行き五百円を置き缶詰を失敬した。窓越しに朝食を取りながら時折、望遠鏡を覗き込み、気になるのだろうか、小さい変化も見逃すまいと気を張っていた。

「あっ、何だ?」望遠鏡を少し戻すと、建物の向こう側に何かが吹き上がったような気がした。細かいちりが舞っている「あれは、首都高4号線の向こう側の赤坂辺りかな」

 その辺りを細かく望遠鏡で追って行くと、神宮外苑から信濃町あたりの外苑東通りに沿って、マンホールの蓋が吹き飛んだ。

 亜兼の目が見開いた。一体何が起きるんだろうと思っていると、今度は麹町辺りの国道20号に沿って幾つかのマンホールの蓋がまた吹き飛んだ。

「あそこは第一次防衛線の裏に当たる辺りだ。」望遠鏡を右に振ってみた。

 東京ドーム側は水道橋から外堀通りのマンホールの蓋が吹き飛んでいる、望遠鏡を色々振ってみてもまだ自衛隊は気付ていない感じだ。

 朝が早いせいで動きが見えないのか、この状態を見ると東京のマンホールの中や地下鉄の中はびっしりM618に埋め尽くされているかも知れないな、地上ではあまり動きが見えなかった分、M618はマンホールや地下鉄網の中に勢力をずっと広げ続けていたんだ。

「一体、何処まで広がっているんだ。」

 新宿か、渋谷か、中野まで広がっているのか、それ以上かも知れない。

 今となってはそんな事を調べている場合でもあるまい。俺が今居るこの下も奴等の巣窟(そうくつ)になっているに違いない。

 この東京全体、一皮()いたらその下は全て奴等に(おお)われていると言うのか、その上に市ヶ谷の防衛施設群が存在している事になるのか、亜兼の額に冷や汗がにじんできた。

 もじどおり市ヶ谷はM618のたなごころに存在していることになるぞ、奴らはいつでも(つぶ)せると言うことか「おいおい、まいった、どうすりゃーいいんだ。」

 亜兼の呼吸が速くなり望遠鏡を握る手に汗がにじんできた。

 マンホールの蓋が吹き飛ぶくらいだからもうその中は飽和状態になっているんだろう、M618が何時(いつ)、地上に吹き出てきてもおかしくない状態にきっとなっているんだろう「くそ、この景色が全て真っ赤に()まっちまうのかよ」

 どうすればいいんだ、市ヶ谷はすでに孤立している、今脱出しなかったら第一師団の(ほと)んどの連隊は全滅してしまうかもしれない「どうすりゃーいいんだ。」

 まさか、宗ちゃん市ヶ谷に戻っていないだろうな、恵美子さんも居るんじゃないのか、知佐さんは間違いなくあそこにいるはずだ。「あーだめだ、どうすればいいんだ」

 こうしている間にもマンホールの蓋が吹き飛んでいる「これじゃー手遅れになってしまう」左手の(そで)で、にじり出る額の汗をぬぐった。

 (あせ)るだけでいくら考えても亜兼の力ではどうする事も出来なかった。

 その時、思いついた。

 スマートホンを取り出すと慌てて電話を掛けた。そこは練馬駐屯地の上一尉であった。

 直接上のスマートホンに電話をした。

「もしもし、上です。」

「上一尉ですか、亜兼です。」

「おう、こないだはありがとう、またこんなに早くどうしました。」上はいつもの亜兼の様子と違う感じがした。

「今、大丈夫ですか」亜兼はできるだけ整理して話をしようと務めた。

「ええ、これから会議だが、君からの電話は特別だ、ちょっと待って廊下に出るから・・・お待たせした。」上は廊下を歩きながら亜兼の話を聞いていた。

 亜兼は確認するように話した。

「練馬駐屯地は第一師団の師団司令部でしたよね」

 上にも亜兼の危機に迫った感じが伝わって来た。

「そうだが」上は立ち止った。

「上一尉、市ヶ谷の全ての連隊を、今すぐ脱出させないと退路を失い、全滅してしまいます。」

 上に緊張が走った。「どういう事だ。」

 亜兼は窓越しに、下でマンホールの蓋が飛び跳ねるのを目にしながら「私は今サンシャイニング60の展望室で東京全体を見ています、至る所のマンホールの蓋が、一斉に吹き飛んでいます、すでに下水道、地下鉄、地下系は全て赤い敵で飽和状態になっているはずです、いよいよ地上が赤い敵で埋め尽くされる時がもう始まった証拠です。」

「それは本当なのか」時間が止まったかのように数秒間のあいだ上は信じられることなのか判断に迷ってしまった。

 しかしそのことをすぐに打ち消した、それがもし本当なら数秒の時間も無駄にはできない、そして上は思考が目まぐるしく働いた。彼がいう事が真実かどうか、確めている余裕は無い、こうしている間にも敵の包囲(ほうい)が進んでいるとしたら、手遅れになる、亜兼君の言葉を信じよう、もしそうでなかったとしても亜兼君を攻めることはあるまい、私が処分されればそれで済むことだ、上はためらうことをやめた結論は決まった。しかしその数秒間が亜兼にはとても長く感じた。

 上は尋ねた。「君ならどうする」亜兼は窓越しに状況を確認しながら「退路は2つです、1つは国道20号です此処から見る限りおそらく敵に落ちたと思います。もう1つはやはり国道254、しかし此処に出るには明治通りを確保する必要があります、国道と違いマンホールは細いと思います、敵の動きは鈍いはず、蓋を全て溶接させ市ヶ谷に在るビーム砲で安全を確保させます。」

「解った、直ぐ手を打つ、君も早くそこを脱出した方がいい」上はすぐに行動に移ろうとした。

「はい、しかしまだやる事が残っています、それでお願いがあります。」亜兼に考えがあった。

「何か、私に出来る事なら」上は亜兼の要望は全て受け止めようと思った。

「名前をお借りしたいのです。」

「私の名前を・・・市ヶ谷にでも入り込むのか」上はそのことで後でおこる不利な状況も想定できたがそれも全て引き受ける覚悟は無論できていた。

「私の友人を助け出しに・・」亜兼の頭に吉岡や恵美子そして知佐の顔が浮かんでいた。

「解った、使ってくれたまえ、死ぬなよ」

「ありがとうございます。」電話は切れた。

 亜兼の眼下の状況は、すでにマンホールから真っ赤な液状のM618が吹き出していた。地下だけでなく、首都高速5号はすでに護国寺の入口まで真赤になっていた。しかも(あふ)れて下にぼたぼた()れ始めていた。

 市ヶ谷の防衛施設の動きが急に(あわ)ただしくなってきた。

「上一尉が手を打ってくれたのか」

 国道20号の四谷辺りのマンホールの蓋が一斉に吹き飛んで、真っ赤なしぶきが吹き出してきた。

 亜兼は吉岡に電話をした。

「もしもし、吉岡です、あー、兼ちゃん」

「宗ちゃん、今市ヶ谷にいるのか」

「ああ」吉岡はまだ何も知らなかった。

「宗ちゃんよく聞いてくれ、市ヶ谷はすでに赤いやつ等に囲まれた、奴ら四方からやってくるぞ」

「えっ、なんだって」

「そこから見えるだろう、首都高5号から滝の様に落ちる赤い奴が」

 吉岡がその方向を見ると、赤い滝が目に飛び込んで来た。

「うわ、兼ちゃんは今何処に」

「まあいいさ、南をはしる国道20号の四谷あたりの路上はすでに真赤になっている、後は自衛隊に任せて逃げた方がいい」

「兼ちゃん、どうすりゃいいんだ」

「宗ちゃん、落ち着いて聞いてくれ退路は明治通りから国道254に逃げるしかない、恵美子さんを連れて早く出たほうがいいぞ、急いでだ」

 吉岡が話しかけたがすでに電話は切れていた。

 吉岡は恵美子の部屋に走った「四谷と言ったら此処から1キロしかないな、急がないと」亜兼はショルダーバッグを背負うと非常階段を急いで降りていった。

 亜兼は60階を一気に降りて行った、かなりつらかった。

 いくら降りて行っても切りが無い、早くしないと間に合わないぞ、何分掛かったか、やっと地階の駐車場に降りてきた。

 亜兼は車のトランクから上一尉からもらった上着と帽子を取り出して身に着けた。

 車を急発進させて地上に飛び出した。「ちきしょう、赤い奴がそこまで来ているじゃねえか」

 明治通りを目指して突っ走った。さすがに自衛隊だらけだ、マンホールの蓋を溶接している、すぐに検問に引っかかった。自衛官に呼び止められ質問を受けるのかと思った。

 自衛官が覗き込み「練馬駐屯地の上一尉ですね、連絡が入っています失礼しました。」

「はあ」亜兼は呆気に取られた。

「おい、練馬の上一尉だ通してやれ」亜兼は唖然として、あまりすんなりなので驚いた。

 上一尉が手を打ってくれたのか、検問を通過して市ヶ谷に向った。

 ビーム砲が明治道りに配備されていた。これは凄いや、市ヶ谷に近づくに連れて赤い敵が建物の影に見え隠れしていた。

 自衛隊が移動を始めたようだ、行き交う車が多くなってきた。

 市ヶ谷の防衛省の建物が見えてきた。

 南側に赤い化け物が何十体か現われた。早くしないと、また検問だ、こんな時に、亜兼は叫んだ「練馬駐屯地の上一尉だ、通してもらうぞ」

「解りました。」東側から現われた赤い化け物にジープが爆破された。広い庭内に入ると、もう一台のビーム砲を運び出そうとしていた。

 亜兼は近づき「上一尉だ、そのビーム砲を庭内中央にセットしろ」

「しかし運び出すようにと・・・」

「いいから、東と南から赤い化け物が襲ってくるぞ、撃破してくれ、それと隊員が全員撤退できるようここで援護して欲しい」

「了解しました。」

 亜兼は車を建物の脇につけると飛び降りた。

 後ろでビーム砲のうなるような音が聞えて来た。

 振り返ると大気の渦と共に電磁パルスビーム砲が轟音を上げて高出力マイクロ波を打ち込んでいた。

「これはすごいや」百数十メートルに渡って赤い敵が一気に吹き飛んだ。

 亜兼は目を丸くして言葉がでなかった。

 建物内もそろそろ下水道をつたわって内部に化け物が現われる頃だ。早くしないと、亜兼は建物の外側から窓の中を覗き込み内部を一部屋(ひとへや)ごとに確認をしていった。

 此処にもいないな、何処かな、そして叫んだ「知佐さん、知佐さんはどこだ」

 建物の中から火が出た「くそー、内部に化け物が現われたか」

 どこだ知佐さんは、建物の内部はだいぶ騒がしくなってきた。悲鳴や小銃を発射する音までも聞こえてきた。炎が激しくなってきた。

 外も赤い化け物がずいぶん増えてきて、自衛隊が手榴弾を投げ数体が粉々に吹き飛んだ。炸裂弾が発射された。

 亜兼は走った「知佐さん」この部屋にもいない、次に移ろうとした時、バターンと音がした。戻って見る

と片岡一等陸佐と知佐がドアを押えていた。

 亜兼は窓をたたいて叫んだ「知佐さん、知佐さん」知佐は泣きそうな顔で亜兼の名を呼んで窓を開けた。その瞬間にドアが蹴破(けやぶ)られ、赤い化け物が入りこんで来た。

 片岡一佐もたじろいで後ずさりした。亜兼は火の着いた棒切れを拾って中に飛び込んでいった。知佐は泣きべそをかいて亜兼に飛びついてきた。

 亜兼は片岡一佐に「片岡一佐、知佐さんを外へ」と言うと化け物を火の着いた棒切れで威嚇(いかく)した。

 片岡一佐は知佐を窓際へ導いた。

 亜兼は身構えて火の着いた棒切れを振り回した。

 片岡一佐が知佐を外に出すと亜兼に振り向いた。その時、一匹の赤い化け物が片岡一佐に飛びつき肩に()みついた。片岡一佐は化け物を肩で押し倒したが、床に(くず)れ落ちた。

 亜兼が棒切れを振り回して叫んだ「片岡一佐」そして、片手で片岡を抱きかかえた。

 火のついた棒切れを振り回した。

「私は大丈夫だ」と片岡はどうにか立ち上がり、亜兼は片岡一佐を窓から外に押し出した。すぐに亜兼が振り向くと赤い化け物が飛び掛ってきた。亜兼は力任せに火のついた棒切れでその化け物を叩きのめした。そのときに棒切れの火が消えてしまった。

「しまった。」

 知佐が泣きそうな顔で片岡一佐を介抱していた。「おじさま大丈夫ですか」

「だいじない」片岡一佐は芝生の上に倒れこんでしまった。

 次々に赤い化け物が部屋に入ってきた。

 亜兼は火の消えた棒切れで次々におそってくる化け物の頭を叩き割った。しかしその棒切れもついに折れてしまった。

 亜兼は化け物を足で蹴り飛ばし、逃げ回り外に出ようと机の上に飛び乗った。すると一匹の化け物が飛びかかってきた。それを折れた棒切れを突き刺すと、棒切れごと化け物は倒れこんで行った。

 亜兼はふりむき外に飛び出ようとしたときだった、二匹の化け物が同時に飛び掛ってきた。

 瞬間、亜兼は条件反射的に左手が一匹の頭を捕まえてそのまま右に振り回して、もう一匹の頭にぶち当てて二匹ともはたき落とした。けれど左手で(つか)んだときに化け物の肉片の一部が手にべっとりとこびりついて払っても取れなかった。

 そのまま外に窓から飛び出した。

「いてーえ」亜兼は着地したときに左足をひねったらしかった。

 知佐が叫んだ。「亜兼さん大丈夫ですか」

「ああ、大丈夫、大丈夫、早く行、きましょう」

 亜兼は片岡一佐の肩を右手で抱き、急いで立ち去ろうとしたが、化け物がまた襲ってきた。知佐に片岡一佐を任せ亜兼は左手で何匹か化け物を殴り飛ばした。

 左手がしびれてきた。途中、ジープが横転して燃え盛っていた、亜兼は左手を消毒しようとその炎の中に左手を突っ込んだ。

 手の周りが青白く発光して、まるで熱くない、化け物の肉片が発光してバリアで自己防衛をしているつもりなのか、なかなか発光が消えない、いつまでも耐えているようだ。

 しかし急に青白い光は消え、化け物の肉片は火にさらされ透明の液状になった。

「よし、早く行きましょう」

しかし亜兼の左手は焼けどまで負ってしまった。

 知佐が走りよって「まー、大変」と自分の袖を引きちぎって亜兼の左手に巻いてあげた。

「ありがとう、さあ車に急ぎましょう」三人は車に走った。

 隊員がまだビーム砲を撃ちまくっていた。

 亜兼達は車に飛び乗るなり発進させた。ビーム砲の側で、亜兼が大声で「撤収」と叫んだ、後ろで「了解」と隊員の声が聞こえた。アウトリガーを格納してビーム砲搭載車を発進させた。

 その後を赤い化け物が追いかけてきた。ビーム砲の後部に付いているバルカン砲が火を吹き化け物を吹き飛ばしながら、激走して市ヶ谷を脱出した。

 それから一時間足らずで、市ヶ谷の防衛施設群はM618に全て飲み込まれてしまった。真っ赤な海と化していった。

 明治通りでもM618から次々に飛び出してくる赤い化け物をビーム砲が撃ちまくっていた。上官らしき隊員がジープから叫んでいた。「撤収、撤収、撤収」返事が戻って来た。

「了解」遠くからも「了解」と声が響いてきた。

 新宿の高層ビルが次々に遠ざかって行った。国道254にぶつかり左に曲がり、まっしぐらで練馬駐屯地に向った。

 数時間前まで亜兼がいたサンシャイニング60が右手にそびえ立っていた。

 首都高速5号を伝わって流れ落ちて来たM618で地下駐車場は沈んでしまっていた。国道254を自衛隊の車両が数珠つなぎになって、猛スピードで走り抜けていった。

練馬駐屯地の隊員は国道254のマンホールの蓋を溶接したり側道の周りの家や学校を焼き払い赤い化け物の根城を(つぶ)していった。道路の両側の家も戦車で破壊されていて見通しがよくなっていた。地下鉄駅も入口が戦車で爆破されて瓦礫で埋もれていた。

 亜兼の左手はだんだんしびれると言うより、時々激痛が走っていた。必死になって運転をしていた。

 片岡一佐は後ろの席でぐったりとしていた。知佐は心配して見守っていた。

 亜兼は吉岡や恵美子の安否がどうなったのか気がかりだった。時折、知佐が亜兼を覗き込んでは「大丈夫ですか」とつらそうな顔をしていた。亜兼も心配をかけまいとして「大丈夫、大丈夫こんなのへっちゃらです。」と嘘ぶいて運転をしていた。

 知佐が話し掛けた。「あの時、もう死ぬかと思いました。突然、亜兼さんが現われるのですもの、驚きました。私達の命の恩人です、心からお礼を言わせて頂きます。」

 亜兼は照れて「そんな、お礼だなんて、助かってよかった。ほっとしました、それだけで嬉しいです。」それは本当の気持ちだった。左手の耐えがたい激痛も耐えられるほど嬉しかった。

 先頭の車両は、練馬駐屯地に到達したようだ、車が徐行となり検問を通過しているようであった。亜兼の左手の激痛は次第にその感覚が短くなり、体が震え出した。なかなか検問までたどりつかなかった。しだいに顔も青ざめて行き冷や汗が出てきた。

「亜兼さん、大丈夫ですか」知佐の声が遠くに聞こえる、検問がやっと亜兼達の番になった。

「亜兼と言います、片岡一佐をお連れしました。」

「亜兼さんですか、こちらへ」と別行動となり、案内の隊員が誘導してくれた。その先に、上一尉がいた。

 亜兼は車を降りて上一尉に笑顔で近ずくが、足が上がらずそのまま倒れ込んでしまった。その亜兼を上一尉は抱きかかえて名前を呼んでいた。

「亜兼君、亜兼君」

 亜兼はかろうじて目を開け「車に、片岡一佐が負傷(ふしょう)しています。」と言うと気を失ってしまった。「亜兼君、亜兼君」上一尉の呼ぶ声がだんだん聞こえなくなっていった。

 救急車で亜兼と片岡一佐は大学病院に搬送されていった。

 知佐と上一尉は付き()いとして付いていった。

 十五分程で着いた。練馬中央大附属病院へ、亜兼と片岡は救急車からストレッチャーに移され急いで院内へ運ばれた。看護師が救急です、と叫んで検査室に直行した。

 知佐と上一尉は検査室の外で待たされていた。担当医が検査室から出てきて説明が始まりました。「片岡一佐については背中(せなか)の傷口より混入した毒により中毒症状が起きているようです、毒の分析を行なっていますが一命に付いては大丈夫だと思います、しかし亜兼さんに関しては左手の指先から手の平にかけて壊死(えし)を起しています、毒性がとても強いもののようです、このままにしておきますと、毒が体全体に回ってしまい命にもかかわるかと思います、残念ながら左手は切除(せつじょ)することになると思います。」

 それを聞いて、信じられない顔で、知佐は崩れ落ちて泣き出した。

 上一尉もハンマーで頭を(なぐ)られたほどの衝撃を感じた。

「先生、何とかなりませんか、あの、なんだったら私の左手を移植してもらっても結構です。」

 担当医は言葉を失い「いや、その、とにかくできるだけの手を尽くします。」と手術室に入って行った。

 上一尉は両手で顔を(おお)って、長椅子に腰掛けた、そのまま時が流れていった。

 知佐も長椅子にじっとして待っていた。

 担当医が手術室から出てきて、一言「亜兼さんは命には別状ありません」

 上一尉が何か聞こうとしたが直ぐ後に亜兼が移動ベッドに乗せられて出てきた。

 上一尉は亜兼の包帯に巻かれた左手を見て眼を見開いた。

 手首から先はやはり切除されていた。それを見て頭をうな垂れて両手のこぶしを力任せに握り締めて震えていた。

 亜兼の顔は(おだ)やかな顔をして寝ていた。その顔に向って上一尉は心から申しわけ無いと思っていた。


 練馬駐屯地では師団会議が開かれていた。それは東京でM618によって、あわや市ヶ谷が壊滅状態になりかねなかった。大敗北においこまれた要因と、今後の対策についてであった。

 大敗因として地上と地下に要点が向けられた。地上では敵の動きの鈍さが目立ち、(ほと)んど攻撃する様子も、勢いよく前進してくる様子も見せていなかった、あれが事実なのだろうと敵の姿にかく乱されていた。また時折M618の中から現れてくる未確認生物による小競(こぜ)り合いも、地上に目を向けさせるためのカモフラージュに過ぎなかった事が、今になってみるとそう考えざるおえない、それに反して地下では東京全土に張り(めぐ)らされた下水道、地下鉄網を利用して、東京全土の侵略を地下系で確実に進めていた。

 この点が我々にとって盲点であった。いかに上辺(うわべ)の攻撃に目をうばわれて、敵の真の攻撃を見抜くことが出来なかった。そこが敗因の大きな要因であった事を、分析の甘さを痛感した。

 連隊長は怒りを帯びた口調で「赤い敵が地下系において、全てに勢力が配備され終るなり、一気に攻撃をかけてきた。この件に付いて、分析班は分析できなかったのか」

 分析班の班長が立ち上がった。その班長の言うことには、地下系の調査結果については、すでに司令部に上申してあるとの事であった。

 会議場はざわめいた、分析班の調査結果はどうなっているのか、司令部に鉾先(ほこさき)が向いた。

 司令部の部局は報告を受けて5日です、内容を解析途中の出来事で、なんとも対応しかねる状況であった、との回答であった。

 連隊長は感情的になった。「多くの隊員の命と、また一般市民の生命にも関わる問題を何故もっと真剣に取り組めなかったのか、一日、一時間も無駄に出来ない、命を賭けた戦闘状態であることが前線から離れているためか、行動にずさんさが見受けられる、今回も君達の判断の甘さから一師団がまかり間違えれば全滅をしていたかも知れない、責任は重大だ、そこの所は深く反省してもらいたい」

 山木五平衛師団長が低い声で連隊長の言葉を割って入った。

「うん、確かに、上一尉の判断が無かったら、我々は全連隊と共に全滅をしていたに違いないだろう、前線にいても気がつかなかった敵の攻撃状況の判断を、この遠隔地で手に取るように見通して、実に的確に指示を与えている、国道20号の使用が不可能になった事、明治通りを退路として使うために与えたマンホールの蓋の溶接、地下鉄入り口の爆破、作業内容の指示も然りだ、ビーム砲の位置、敵が現われる方向と、実に的確な判断だ、しかし隊員の勘違いかも知れないが市ヶ谷の防衛省より搬送しようとしていたビーム砲2号機を、庭内中央に設置させ、敵の攻めてくる方向まで指示をしている、隊員が全員撤退するまで援護するよう命令を受けたと、隊員によると君から直接指示を受けたとか?」

 師団長は上一尉の顔をうかがった。また話を続けた「この判断も後になって見ると、あの位置にビーム砲が無かったなら、我々は逃げる前に市ヶ谷は敵に包囲されていたはずだろうその時点で壊滅していたにちがいない、君は市ヶ谷に来ていたのか」

 おもむろに立ち上がった上一尉は返答に困った。

「その、えーと」下を向き立ち尽くして返答に困っている上一尉の次の言葉を全員聞き()らすまいと静まり返って、上一尉に注目が注がれていた。

 上はこぶしを握り締めて師団長の質問に答えあぐねていた。

 山木師団長は、何か事情を察したのか「うん、確かにあれだけの目まぐるしい判断と行動の後では君も精神的に疲れている事だろう、どこから話していいのかまとまらないのも無理は無い、私の質問は忘れてくれ、自室に戻って休むといい、今日はご苦労でした、退出を許可します。」

 上一尉は頭を深々と下げ「申し訳ありません」と肩を落として、会議室の扉を押し開け退出した。廊下に出ると立ち止まり一息つくとまた廊下を歩きだして考えていた。

 もしあの場で亜兼君の名を出したら一民間人の彼にどういう事になるか解らない、まして私の名を語り市ヶ谷に入り込み、隊員に指示まで与えている、確かに彼の判断のおかげで無事に第一師団は壊滅するところを免れる事が出来たが、それと行なった違法行為とは別であると判断されるだろう、何があっても彼の名を出す訳には行かない、師団会議は明朝0800時に光が丘のM618の赤い山をビーム砲でせん滅するという事に決まった。

 今後については、すでに東京また関東といった限定地域の問題から、もはや日本全土に現われた敵に対しての問題であり、一師団の問題から総合幕僚会議に上申する事で結論をまとめたのでした。

 上一尉の自室の扉をノックする音がした、上は振り向き「どうぞ」と言うと、ドアが開き連隊長が入って来た。

 上は「連隊長どうされました。」とちょっと意外に思った。

「上一尉、今回の師団救出ではご苦労様でした、礼を言ってなかったな、俺は感謝している、上の判断が無かったら間違いなく師団は壊滅していたはずだ、それにしてもまるで電光石火のごとき判断だったな、他の者にはまねは出来なかったろう」

「いえ」上は首を横に振った。

「ところで師団長の質問だが、どうなんだ」連隊長は立場上確認をしておかなければと感じた事だった。

 上はまた黙りこくってしまったと言うより、話す事が出来なかった。

 連隊長は推測していた。「申し訳ない、立場上知っておく必要からだ、ところでお前、前に言っていたよな、亜兼とか言う記者の事を」

 上は無言であった。

「今回もそうなのかな」連隊長はうすうす感じていた。

 上はそれでもだまっていた。

「安心しろ俺も黙っているから、もし彼の名が出れば、どうなるか解らんからな、しかしいつか話さなければならない時が来るかも知れんぞ」

 上は下を向いて無言で頷いた。

「じゃましたな、あーそうだ、明朝8時に光が丘の赤い山だが、ビーム砲で攻撃するそうだ」

「ありがとうございます。」上は頭を下げた。

 ドアが閉まる音がした。






  6 命 の 代 償




 正に、M618による日本の国の本格的侵略の火蓋がきられてしまった。

 東京都内の地下系のマンホールや地下鉄網を全て手中に収めた赤い敵が、マンホールの蓋を吹き飛ばして一気に地上に吹き上げてきた。

 あっと言う間に東京はM618に飲み込まれ、真っ赤な海となってしまった。

 そして、あわや第一師団は壊滅状態に(おちい)る所を亜兼からの通報で上一尉の素早い判断で回避することができた。

 しかしながら、市ヶ谷の防衛省をはじめその施設群全てがとうとう赤い海の中に飲み込まれて行き、陥落してしまった。

 吉岡と恵美子は自衛隊のジープで千葉県、柏市の科学警察研究所に何とか戻ることが出来たのでした。

「無事、何とか戻ることができました。」と吉岡が喉をからして、青ざめた表情で上条所長に報告をした。

 上条所長をはじめ古木補佐、古賀主任、清水や所員までもが科警研の外の駐車場まで出迎えに出ていた。

 所長は「無事戻れて、良かった良かった。」と何度も何度も頷いていた。古木補佐は厳しい表情で恵美子に近寄り「お前、大丈夫だったか」と心配げに見つめた。

 恵美子は笑顔で「はい、なんとか」

 吉岡は自衛隊員にお礼を言うと、隊員は「これで失礼します。」と敬礼をして車を発進させた。

 吉岡は所長の顔を見て深々と頭を下げた。所長も吉岡の肩を(たた)いて頷いた。

「まあー、本当に無事でよかった。さあー、中に入ろう」

 所員も皆も、各部所に戻って行った。所長が恵美子の肩を叩き「恵美子主任も頑張ってくれましたね、長官も鼻が高いと言っておられた。ご苦労様でした。」

 古賀は三階に戻ると恵美子に尋ねた。

「ビーム砲の威力はどうだった。」

 恵美子も身振り手振りで説明するものの、本当の(すご)さはあまり伝わっていないようだった。古賀が一番知りたかったことは、M618の塩基Xの青白い光とバリアの関係であった。

 しかしビーム砲はM618を確実に撃破しているし、青白い光を消す程度でバリアを破れるなんてあまりにも単純過ぎることに納得がいかなかった。

 恵美子もそこのところのメカニズムに付いては疑問を抱いて防衛省の技術研究本部でビーム砲の開発に取り組んでいたが光を消すだけであれだけのメカニズムが高出力マイクロ波で簡単に破壊できたことは今でも納得がいかなかった。

「そうは言っても青白い光を放つことがバリアーを起動させるためのスイッチになっていた事は事実であった、防御だけで攻撃のためのまともな武器と言える物も何もないし、身を守るバリアも単純に破壊できたことが恵美子はM618がどうしても人間を襲うために作り出されたとは今でも考えにくかった、M618の死んだ細胞から取り出した塩基Xの実験から組み立てたM618の破壊理論がまさか本当にあれだけの塩基Xのメカにビーム砲が通用するとは、ほっとすると同時に尚更(なおさら)M618が破壊兵器として開発されたものではないことを強く思った。

 だが古賀主任はそこまでは感じてはいなかった。

 古賀主任は微笑むと「なるほどバリアを発生させる為のスイッチが青白く光ることだったのか、つまり、一体であると言うことなのか、私もこの事が解明されずに、恵美子主任を技術研究本部へ派遣(はけん)させてしまった事は、気がかりでもあったが。しかしビーム砲のテストが成功したと聞き実際のところ、ほっとしたよ」

 恵美子は古賀の言葉を聞いて、悩んでいたのは私だけではなく、古賀主任もやはりそうだったのかと思う事で、共感を感じた。その事で一人苦しんでいた事がすでに済んだ事とは言え何か背中に背負っていた荷をやっと降ろせた気がした。

 けれど現実を考えると日本の国がM618に破壊されていくことは許せなかった。そして恵美子も腹を決めた。「古賀主任、これから、もっと大量に敵を倒す武器を考案しなくてはならないはね」

 古賀もポンと両手を叩いて椅子から立ち上がり「よーし、やるぞ」と言った。

 吉岡は所長室にいた。東京の現状を報告するために、そこには副所長と古木補佐も同席していた。

 所長は吉岡の報告を聞いていて「そこまで敵が広まってしまいましたか」と深刻な顔で状況を受け止めた。

 吉岡は推測で「おそらくは中野の辺りまで飲み込まれていると思われます、東京一帯が真赤になっているのでしょう」

 所長は思索の前に先ず現状確認が必要だと判断した。

「今後の科警研として方向を決める上でも、ヘリで状況を確認しておく必要がありますね」

 古木も、どの程度かを確認する必要を感じたが「かなり危険が伴いますね、上空のヘリが何機もM618に落とされていますから」

 所長はかなり慎重(しんちょう)に「経路を充分検討して明日確認に行ってもらえますか、古木君」

「解りました。」

 吉岡は所長に向って「私も行かせて下さい」

「吉岡君、君は戻ったばかりじゃないか」所長は迷った。

「疲れてはいません、是非」吉岡は身を乗り出して言った。

「古木君どうする」所長は古木を見た。

「まーあ、本人の意思に任せますか」

 吉岡は笑顔になって「やったー」と言った。所長が煙草に火を点けて「古木補佐どうだろう、今日はもう、吉岡主任も恵美子主任も早退させては、市ヶ谷から戻ったばかりで疲れている事だろうから」

「解りました、吉岡、そういう事だ、今日はもう帰っていいぞ」

「はい」

「明日は八時には出発するからな」

「解りました用事を済ませたら帰ります。」古木と吉岡は所長室を退出した。

 確かに恵美子も疲れていた、その日は素直に早退する事にした。

 この時はまだ吉岡も恵美子も古木補佐も亜兼が負傷して左手首を無くして、まさか入院しているとは誰一人知らなかった。

 東京青北新聞本社で青木キャップは忙しそうに原稿をチェックしながら「とんでもない事が起きたな、あわや市ヶ谷が全滅か」こんなどでかい事件が起きたと言うのに、亜兼のアホはまたどこかで昼ねでもしていやがるんだろう「フン」と鼻を鳴らした。その時電話が鳴った。

 事務の女の子が「青木キャップ電話です。」と回線を青木に回した。

「おう、誰だ。」

「練馬駐屯地からだそうです。」

 練馬駐屯地だと、亜兼のやつだ、またとっ(つか)まって尋問を受けているんだろう、今度(こんど)戻ったらとっちめなきゃ気がすまねえと、電話に出た。「はい、報道部の青木です。」

「私は自衛隊練馬駐屯地の上一尉と申します、実は亜兼君の事ですが」

「はァ、あいつ何かまたばかな事をやらかしましたか」

「そういう事ではありません、実は亜兼君が大怪我を致しまして入院しております。」上は言いにくそうに話した。

 キャップは信じられない顔になり「えっ、どういう事ですか」

 キャップは色々想像するが亜兼にかぎって、やっぱりあいつ何かやりやがったな「それで何処の病院に入院を」

「はい、練馬中央大学附属病院です、それで怪我の状態ですが」

 上は一瞬ためらったが続けた。「じつは、左手首を切断するほどの大怪我を」

 キャップは目を見開いて驚いた。「えー、嘘だろう、あいつが手首を切断だって・・・嘘だろう」

 上は恐縮して「私も嘘であってくれればと思いましたが、残念です。」

「解りました、直ぐ行きます。」

「じゃー失礼します。」キャップは信じられない思いで、上着を着た。

「前川、ちょっと出かけてくる、後を頼むよ」と、一言いうと急いで病院に向った。

 練馬までの道は大丈夫だろうな、道すがら色々な事が頭をよぎっていた。

 一体、亜兼は何をやっていたんだ、どうして手首を切断する必要があるんだ、確かに報道記者は危険がつきものだ、しかしあいつはまだ二十八才だぞ、これからだと言うのに、くそ、馬鹿やろう、青木キャップはより車のスピードを上げた。

 関越自動車道を降りて目白通りに入ると直ぐに左手に見えてきた「あそこだ」

 車を駐車場に入れて、建物に入って行くと、受付に向かった。

 受付で「すいません、亜兼義直は何号室ですか」看護婦は無表情で事務的に「はい、二階の203号室です。」

 青木キャップは急いで二階に上がり203号室を探した。入口の表札を見ると203亜兼義直と書いてある病室を見つけた。

「あーここだ」ノックをして入って行った。すると、美しい女性が一人看護をしていた。

「失礼します、亜兼義直の病室はこちらで・・・」

「はい」知佐は尋ねた。「ご家族の方ですか」

「いえ、職場の上司で青木といいます。」

「あ、失礼しました。私しは片岡知佐と申します、亜兼さんには大変お世話になりました。」

「そうでしたか亜兼に、それで様態はどうですか」青木は様子を知りたかった。

「はい、今日は寝たきりです、担当医の話ですとまだ毒が抜けきれていないそうです。」

「毒が、抜けきれていませんか」何の事か青木キャップには理解できていなかった。

 なんでこんな美人の子が、亜兼なんかに世話になるんだ。それも理解出来なかった。

 確かに、亜兼は人にやさしく親切なところがあるからな、と青木キャップは思った。

 知佐はそろそろ叔父の片岡一佐の病室に行く頃になった。

「私の叔父も、実はこの病院に入院しております、そろそろ叔父の病室に行く頃ですのでよろしくお願いします。」

「あー、そうですか、おじさんもこの病院に入院されているのですか、大変ですね」

「はい、叔父も亜兼さんには大変お世話になりました。ありがとうございます。」

「いえ、どういたしまして」

「失礼します。」

「ご苦労さまです。」と言ったものの、青木キャップは首を傾げて、おじさんまでもこいつに世話になったって、一体どういう世話をしたんだ。青木キャップは寝ている亜兼に声をかけた。

「おい、亜兼、大丈夫か、おい、どうしたんだ。」

 やっぱり返答が無い、静かに穏やかな顔で寝ていた。左手は布団の中に入っているため、どうなっているのか、しかし青木キャップに布団を()いで左手首の確認をどうしてもすることが出来なかった。

 本当に、上一尉の言うように手首から先を無くなっていたらどうすりゃいいんだ、どう(なぐさ)めたらいいのか解らなかった。

 よう、亜兼、気にするな、不便だろうが、片腕ででも大成した奴はいくらでもいるぞ、例えば左甚五郎(ひだりじんごろう)だ、お前も右源五郎(みぎげんごろう)はどうだ、そんな事、言える訳ないよな、そうだ一応家族に連絡を入れておくか、電話帳を取り出してローカの公衆電話から連絡を入れた。

 しかし留守電になっていた、病室に戻りしばらくすると、ドアをノックする音がして、自衛官が入って来た。青木キャップを見るなり「失礼ですが、亜兼君の上司の、青木さんでいらっしゃいますか」と尋ねてきた。

「そうですけど」青木は何故亜兼は自衛官と関係があるのかと思った。

「私は、今朝、電話を差し上げた、練馬駐屯地の上と申します。」と一礼した。

「あ、その節はありがとうございました。」青木キャップはお礼を言うと「詳しい事情について、ご存知でしたら話していただけますか」

「解りました、ちょっと外に出ませんか」上はここでは人が来ると思い、邪魔されるのを避けたかった。

「あ、そうですね」二人は廊下に出て談話室に向った、そしてソファーに腰掛けると話を始めた。上一尉は難しい顔をして「実は七月二七日のことです。」

 キャップは話を(さえぎ)って「昨日(きのう)ですね、市ヶ谷の第一師団が危うく全滅するところだった。」

「はい、その全滅を逃れることが出来たのは亜兼君のおかげです。」

「え、どういう事ですか」青木は驚いた。

「その日、彼はサンシャイニング60の展望台にいたそうです、上空から逐一(ちくいち)見ていたのでしょう、市ヶ谷ではまるで気が付かなかった、敵の動きを彼は把握していたようです、私に電話がありました。今すぐ市ヶ谷を放棄して全連隊を撤退させないと全滅すると」

「あいつそんなことを、それで」青木キャップは続きを聞いた。

「私はそれを聞いて、もちろん、ちゅうちょしました。亜兼君が何処にいるのか聞きました。先ほども言いましたが、彼はサンシャイニング60の展望台と返答してきました。あの位置からなら、全てが見渡せます、亜兼君の判断を信じました。練馬は第一師団の司令部になっていますから命令一過それに従います、それで第一師団は危うく難を逃れることが出来たのです。」

「それでどうしてあいつは手首を落とすことに」青木は理由が知りたかった。

「それは市ヶ谷に知人がいまして、その人を助けに行ったようです。」

「助けに行くといっても検問はあるし、どうやって」青木はいくらなんでもそれは無理だろうと思った。

「それは申し上げられません」いくら彼の上司でも、上にはそれだけは言えなかった。

「そうですか、少なくともその知人とやらは?」青木は市ヶ谷にどんな知人がいると言うのか、疑問だった。

「解りました。片岡一佐とその姪の知佐という子です。」

「知佐と言うと、さっきいた、あの子」青木はさっきいた子を思い出した。

「お会いになれましたか」

 青木キャップは驚いた、何故、何時、何処で、どうやって知り合いになったんだ、それもそうだが亜兼が何故そこまでやるんだ、青木キャップは亜兼の別の顔を見た思いがした。

 今までの亜兼の言動、行動を思い起していた。

 上が「そろそろ病室へ・・」青木キャップは我に返って「あ、そうですね」

 病室に戻り、改めて亜兼の顔を見ると、上一尉から青木の知らない別の面を聞かされた為か、亜兼の顔が今までのイメージと違って見えてきた。

 お前は報道記者であって英雄じゃねえんだよ、それはお前、全滅する事が解っていて何にもするなとは言わんが、お前のやっている事は度が過ぎているぞ、青木キャップは呆れる思いと、よくやったと()める思いと、複雑な心境であった。

 上一尉は青木キャップに、持っていた紙袋を手渡した。

「青木さん、これは亜兼君が持っていましたカメラです。」

 青木キャップはそのカメラを受け取ると、まじまじと見た。

 これは亜兼が報道記者になったとき、青木キャップがプレゼントした物で、その時の亜兼が喜んでいた顔を思い出した。これからも、このカメラのシャッターが切れるのか、不安なものを感じた。

 そこえ知佐が戻って来た。そして「まあ、上一尉、来ておられましたか」と微笑んだ。

「はい、亜兼君の上司の青木さんが()えると、(うかが)いましたので」

 青木キャップは紙袋からカメラを取り出してフィルムを見るとまだ残っていた。

「知佐さん、一枚よろしいか」と言ってカメラを構えた。

 知佐も突然のことでしたが「はい、分かりました。」と一瞬ポーズを取って笑顔を作った。

 上一尉が「もう時間ですので、私は失礼致します。」と、一礼した。

 青木キャップも「大変お世話になりました。ありがとうございます。」と礼をした。

「いえ、私こそ、彼には教えられる事ばかりで、何もして上げられず申し訳なく思っております、また今日の話は内内という事で、色々問題も(ふく)んでおりますので、ではこれで」

 上一尉はまた一礼をすると退出していった。

 知佐は窓際の花瓶に花をいけていた。

 青木キャップは側にある椅子に座りながら「知佐さん、一つ(うかが)ってもいいですか」

「何でしょう」知佐は花をいけながら答えた。

「亜兼と何処でお会いしました。」

「亜兼さんですか、それがおかしな話ですの、何時(いつ)でしたか、科警研の吉岡さんが市ヶ谷で調べたい事があるとかで来ていた時です、何処からか飛行隊のヘリが連れて来たのです、何でも立入禁止の場所にいて危険だからと言っていました。吉岡さんは(おさな)なじみらしく、身がら引受人となりました。その時の取調に叔父の片岡一佐が担当を致しました。それで私も叔父の付き添いでお会いしております、そのとき一度だけ、お会いしました。」

 青木キャップは吹き出しそうになるのをこらえた。

「たった、一度ですか」亜兼らしくて青木キャップはほっとした。

「ところでその幼なじみの吉岡さんに、連絡は付きませんか」と知佐に尋ねると。

「はい、確か叔父と科警研の上条所長とは面識がありますので、住所禄を見てみましょう、叔父の病室においてあります、見てきます。」

「申し訳ないです。」と青木は頷いた。

 知佐が病室を出るのを見送ると、青木キャップはもう一度、亜兼の家族に連絡を入れた。何度かけても留守番電話になっていた。「留守か」電話を切って病室に戻ると、知佐も戻って来た。

「はいこれです。」青木キャップはメモを受け取った。

「ありがとう、ちょっと電話をしてきます。」と青木キャップはまた、ローカに出て公衆電話のプッシュダイヤルを押すと、科警研の受付が出た。

「東京青北新聞の青木と言います、吉岡主任おりますか」

「しばらくお待ちください」少しの間が()き、吉岡が出た。

「はい吉岡です。」

「始めまして亜兼の上司の青木と言います。」

「ああ、兼ちゃんから聞いています、上司の青木キャップですか始めまして、いつも兼ちゃんにはお世話になっています。」

「いいえ、こちらこそ、それより実は亜兼が事故に合いまして今入院を・・・」

「えーそんな・・で、何処の病院でしょうか」

「練馬中央大附属病院です。」

「解りました。直ぐ行きます、ありがとうございます。」プツー電話は切れた。

 吉岡は恵美子に連絡を取り一緒に行く事にした。

 恵美子は古木補佐に病院に行く事を伝えた。そして恵美子のジープラングレーで吉岡を乗せて常磐道から東京外環道をまっしぐらに走り、練馬インターを降りた。直ぐ左手に病院が見えてきた。

 吉岡達は病院に着くなり受付で亜兼の病室番号を聞くと、203号室に急いだ。

 青木キャップはあまり早いので驚いた「ずいぶん早かったですね」

 恵美子は息を切らせて「ええ、高速道路がガラガラでしたので」

 吉岡は青木キャップを見るなり「上司の青木さんでしょうか、お電話を頂いた吉岡です、こちらは恵美子主任です。」

「青木です。」

 恵美子が知佐に気が付くと「知佐さんも来ていたのですか」

 知佐は小さく頭を下げて会釈をした。「叔父もこの病院に入院しているものですから」

 吉岡がまた驚いて「片岡一佐も入院されているのですか」

 恵美子は青木キャップに容体を尋ねた「どうなんでしょうか亜兼さん」

「ええ、それが、左手を切断するほどの事故だったようです。」

 吉岡も恵美子も声を失った。「嘘だろう」吉岡は信じられなかった。

「信じられないは」と恵美子は息を飲んだ。

 青木キャップが鎮痛な面持ちで「今は何かの毒素が体に残っているため、その影響か、寝たきりです。」

 知佐はその原因が自分達にあると思うと居たたまれなくなり「ごめんなさい、私がいけないのです。」と両手で顔を覆い泣き出してしまった。

 恵美子は何のことか解らずに、知佐を抱きかかえて「いいのよ、知佐さんのせいでは無いわよ、とにかく落ち着いて」

 皆は、知佐が落ち着くのを待つことにした。

 恵美子は椅子に座らせてあげて「何か飲みますか」と聞くと、知佐も落ち着いて「大丈夫です、私の叔父は明年三月には退役(たいえき)となります、色々身の回りの事が大変なので、私がその間だけ叔父のお手伝いをするため市ヶ谷におりました。二七日の朝もいつものように一日の予定を確認したりしていました。外が騒がしくなり窓を(のぞ)いてみますと、赤い気持ちの悪い生き物が、自衛隊員と交戦をしていました。その生き物の数が増えてきて叔父が、此処にいては危険だ外に出よう、とローカに出ました。すると何処から入ってきたのか気持ち悪い赤い生き物が何体もこちらに向って来ました。ローカを走って逃げましたが、別の所からも現われてきて捕まりそうになりました。それで近くの小部屋に逃げ込んで扉を押えていましたが気持ち悪い生き物についに蹴破られ、私はもう駄目かと思いました。そこえ突然、亜兼さんがあらわれて、私達を助けてくれたのです、その時叔父は一匹の気持ち悪い生き物に肩を()まれたのです、二匹が飛び掛ってきたとき亜兼さんが左手で捕まえて投げ飛ばしたのです、でも左手にその生き物の身体の一部がついていました。それで外に出たとき燃え盛る車の炎の中に左手を入れてこびりついた生き物の一部を焼き尽くしたのです、私も直ぐに手当てをして差し上げれば良かったのですが気が動転していましたので、そのまま練馬の駐屯地まで車を運転してくれました。こんな事になるなんて、私のせいです、ごめんなさい」知佐はまた泣き出してしまった。

 恵美子は納得して「知佐さん、あなたのせいでは無いは、だれのせいでも無いのよ」と知佐の体を抱きしめた。

 吉岡も目をつぶって頷いていた「仕方が無かったか」

 青木キャップも腹の中では納得した。しかしお前は一体何を望んでいるんだ、人に心配掛けさせやがって、馬鹿もんが、と思っていた。それは青木キャップに連絡をしてこなかったことの腹立たしさもあった。また上司としての部下への責任ある思いやりでもあった。

 青木キャップは知佐に言葉を掛けた「知佐さん亜兼は強い奴です、こんな手首一本無くしたからと言って、へこたれる奴じゃあないよ、亜兼に涙ではなく、笑顔を見せてやって欲しい」

 少し間があいて知佐は力強く、「解りました。」と深々と頷きました。

 青木キャップは笑顔で「頼みます、これで亜兼は元気になれるな、良かった。」と知佐をやさしく見た。そして「私は、今日はこれで帰るから後は頼みます。」と吉岡の顔を見た。

 吉岡も「解りました。」と頷いていた。キャップはその言葉を聞いて、吉岡の肩を叩いて病室を出て行った。

 しばらくして担当医が看護師と共に入って来た。

「解毒剤を投薬しましょう」

 吉岡が尋ねた「毒と言いますと」

「ええ、分析の結果フグの毒に成分は似ていますがでもかなり強力ですね、危うい所でしたよ、でもこの薬で解毒されるでしょう」

 看護師は手際よく血圧、体温の測定をしていた。担当医は瞳孔(どうこう)をライトで確認をすると「よし、注射頼みます。」と看護師に指示をした。

 看護師は素早く亜兼の腕をとると器用に手当てを行なった。

「これで、熱はじき下がるでしょう、お大事に」と担当医は病室を出て行った。

 恵美子は寝ている亜兼を見て「早く元気になって欲しいわね」

 知佐が「もう、昨日(きのう)から、寝たきりです。」

 吉岡は椅子に座りながら考え込んでいた。「あの日突然、スマホが鳴り、出ると兼ちゃんからだった。いきなりビーム砲を駐屯地から出すな、庭内にセットしておかなければ駄目だと言っていた。俺たちは明治通りに行ってしまったが、ねえ、知佐さん、兼ちゃんどうやって、何重もの検問をかいくぐって市ヶ谷に入り込めたのか言っていませんでしたか」

「いいえ、ただ服装が上一尉と同じ階級称の服と帽子をかぶっていましたけど」

 吉岡の顔が解ったように頷いて「まさか」

 恵美子が「まさかって、どういう意味?」と、首をかしげた。

 そうこうしているうちに亜兼が目を覚ました。まだもうろうとして焦点が合っていない様子だった。

 知佐が気がついた。「目が覚めましたか、亜兼さんお水飲みますか」と聞くと亜兼は嬉しそうに「知佐さん、大丈夫だったんですか、よかった。」

 吉岡が「お前のおかげで皆助かったよ、兼ちゃん」

「宗ちゃん、来てくれたのか」亜兼は声で吉岡と分かった。

「当たりまえだ、恵美子さんも来ているぞ」

「えー、ありがとう」亜兼は吉岡と恵美子が気になっていたが無事であったことがうれしかった。

 知佐がコップに水を入れて持ってきた。亜兼は吉岡に起こしてもらい、両手でコップを持とうとして、左手が無いことに気が付いた。亜兼の顔が一瞬ゆがんだ、そして落しそうになったコップを右手でしっかりと握り締めて、ぽつりと言った。

「知佐さんの命と俺の左手と交換か、安くついたな」と「フ」と鼻を鳴らして満足したように笑みを浮べた。皆無言のまま、亜兼の反応を見つめていた。

 亜兼はペコッと頭を下げて「申し訳ない心配かけて、俺は大丈夫だ。むしろ嬉しいよ、皆が生きていてくれて」

 亜兼の目は涙でうるんだ「よかった、ほんとうによかった。」

 吉岡ももらい涙が目に(うる)んできた。「馬鹿野郎。一人いい格好しやがって」

 恵美子もそう言われてみると、ひょっとしたら私はあそこで死んでいたのかも知れないと思ったらぞーっとした。皆それぞれ涙をぬぐっていた。

 亜兼は笑顔になってもう一度「俺のことは大丈夫だ、二本ある内の一本が無くなっただけの話しだ、何ていう事は無いよ、生きている事のほうが大事だよ、ほれこの通りだ。」と両手を上げて右手を力強く握って見せた。

 知佐が心配して「あー、無理をしないで下さい」と笑顔を作った。

 亜兼は知佐の笑顔を見て、やっとホットする思いがした。

 それから一週間ほどしてまもなく、知佐と片岡一佐は共に練馬駐屯地に戻って行った。亜兼もそれから二週間ほどして希望で退院していった。











このお話も10章までですので残すところも少なくなりました、次回はいよいよ白い箱が何だったのかまた、赤い液体M618の正体が明かされていくことになります。しかし日本全土がこの赤い液体に飲み込まれてしまうのでしょうか、どうなのでしょうね。

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