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ディストラクション  壊 滅  作者: 赤と黒のピエロ
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第6章 首都東京落日

第一師団はM618への攻撃が通用する火器がまるで無くお手上げ状態を解消するため、参謀会議を開いて広く意見を聞きその改善を図ったがやはり何も出なかった。そこえ科警研の平の女性所員によってM618の破壊方法を聞かされるが、そのアンバランスに会場は唖然となった。しかし現実にはM618によって練馬駐屯地、朝霞の東部方面総監部、そして市ヶ谷の第一師団の壊滅が進められていた、練馬駐屯地の隊員の犠牲によってその計画が白日の下に明らかとなった。しかし自衛隊はM618に殲滅されてしまうのか?

第6章 首都東京の落日





  1 参謀会議 その1




  都内の多くの区を飲み込んだ真っ赤な液体M618を殲滅(せんめつ)するために決行された自衛隊の命運をかけた作戦があえなく打ち(やぶ)られた。未確認生命体の前進をくい止めるはずであった炎の防衛線も青白く光るM618の不思議な能力により、難なく超えられてしまった。しかも隊員達に多大な犠牲までも出してしまい、以来この赤い悪魔のようなM618に成す術もなく自衛隊は後退を余儀なくされていたのでした。

 第一師団長の山木五平衛の要望によりまして、この劣勢を回復せんがために各参謀及び広く一般の有識者、また省庁を超えた、幅広い有効な意見を(うかが)いたいとの切望(せつぼう)から、内閣官房のお膳立てにより、参謀会議(さんぼうかいぎ)が持たれることになったのでした。

 古木補佐は、所長室で上条所長と打ち合わせをしていた。

「ところで古木君、警察庁の華元長官に君から報告を受けたM618の破壊についての内容を大まかに説明をしておいたよ、そしたら大そう興味を持たれてね、詳しく話を聞きたいとの事だがどうだろうか」

 古木補佐は大きく深呼吸をすると考え込んだ。

「お話し、お受けいただいてもよろしいかと、しかし話で終ってしまうのでは意味がありませんので、何とか兵器として開発が出来るように説得したいと思います。少し時間をいただけないでしょうか、準備をしますので、宜しくお願いします。」

 上条所長は頷いた。「解りました。ではそのように伝えておきましょう。ところで吉岡君はその後どうですかね」

 古木は時期を見て説得をしに行こうと思っていた。「はい、もう少し休養させておきたいと思います。この先そんな余裕も無くなるでしょうから」

「彼のことは、君に任せましょう」上条所長は頷いていた。

 その頃、生物研究室で恵美子が塩基(エックス)の破壊のためのソフトの改良をしていた。

「清水くん、リアルタイムサイクルアナライザーで読み取ったスペクトル数値を、半導体レーザーに読み取らせて一連の動作で起動するようにソフトを組めないかしら」恵美子は清水を見た。

 清水はぶっきらぼうに「出来ますよ」

 さも簡単そうに聞こえたので、恵美子は肩透(かたす)かしを食った感じがした。「君、もうちょっと、やる気とか、意気込みを表現しなさいよ」

「ハア」またぶっきらぼうに返事をした。そしてパソコンのキーボードを打ち出した。カチャカチャカチャカチャまるで別人のように素早くソフトを組んでいった。恵美子は感心した。「天は二物を与えずか、君はそのままでいいは」

 清水は十分ほどで新しいソフトに組替えた。「出来ました。」と、低い声がした。

 恵美子が振り向いて「エ、もう出来たの、よしよし」と驚いた。そして清水の肩を(たた)くと「早速、実験開始よ、いいはね」とうながした。

 清水が低い声で「いつでもいいっす。」恵美子はどうも清水のリズムに調子が狂った。

 電子レンジの中に塩基Xをセットするとリアルタイムサイクルアナライザーと半導体レーザーの照準を合わせた「いいわね、スタート」恵美子が電子レンジのスイッチをオンにして掛け声をかけた。

 清水が無造作にキーボードの1番キーを(たた)いた。

 装置の赤いダイオードが点灯した。パソコン本体の青いダイオードが激しくフリッカーをしている、しかし電子レンジの中で青白く光っている塩基Xになかなか変化が起こらないでいた。

 恵美子はしびれを切らせてきた。「ちょっと、どうしたの」と言いかけたとき、いきなり半導体レーザーがいきなり青白く発光した。と同時に塩基Ⅹが急に振動を始めた、そしてこらえきれなくなったようにやっと火を()いて破壊が起きた。と同時にまたもやハオリングが起こりモニターが真っ白になってしまった。

 確かに成功したのでしたが、恵美子は不満だった。「どうしてこんなに破壊が遅いの、しびれをきらしちゃったわ」

 清水は当然の顔で「仕方ありませんよ、パソコンのCPUの容量が小さ過ぎますから、計算するのに時間がかかるんです、もっと容量を大きくしないと無理ですね」

 恵美子は絶句(ぜっく)して返事に()まった。「まーあいいわ、M618を理論的に破壊できることが解ったから、本格的に兵器として開発するときのデーターとして考慮に入れておきます。

 ププッププッププと内線のインターホーンが鳴り出した、古賀が出て「解りました、すぐ行きます。」と受話器を切った。

 古賀が恵美子の方を見て「ちょっと、失敬(しっけい)するよ」と右手を上げてラボラトリーを出て行った。恵美子は古賀を横目で見ながら右手を小さく上げて「おう」と言った。

「清水くん、破壊した塩基Xをデジタル電子顕微鏡にセットしてみて、どのようになったか見てみましょう。清水はモニターに映像を映し出した。それは無残としか言いようがないほど跡形も無く破壊されていた。

 恵美子もその映像を見て納得した。

「完璧に破壊することが出来たはね、塩基X自身の最大の防御システムであるバリアを、たかが青白い光という(たが)を外したただけで、防御システムの起動がかからないなんて信じられない、あまりに脆弱(ぜいじゃく)な機能をしているのね、塩基Xの強力な破壊力は逆にM618が機能障害を起こしたときには反動から自爆の破壊力は極めてすさまじいものがあることが分かったわね、けれどこんな簡単に破壊できるなんて納得がいかないは、生きたM618に実際に通用するのかどうかは疑問だはね」

 二人が実験を終わらせた所に古賀が戻って来た。

「すまない、大事なところで」

 清水が「古賀主任、此れ見てください、完全に破戒しています。」

 笑顔で古賀が(のぞ)き込んだ。「ウオー、完全に(こわ)れていますね、此れは大成功だ。M618破壊の方法をとうとう見つける事が出来ましたね、おめでとう」そして、恵美子の顔をみて「恵美子さん、所長が呼んでいましたよ」と付け加えた。

「はい、そうですか、ちょっと行って来ます。」恵美子は首をかしげて何だろうと思った。

 上条所長は、古木補佐から受けた報告内容を早速(さっそく)華元(はなもと)警察庁長官に電話を入れた。いつも長官からは、M618の進行を阻止(そし)する弱点はまだ見つからないのかと、さいそくされていた。

「長官、M618の細胞の中にあります染色体(せんしょくたい)の構成要素でもあり、中枢(ちゅうすう)物質(ぶしつ)でもあります、塩基(えんき)(エックス)と我々が名付けました物質ですが、破壊することに成功いたしました。」

「ほう、それを破壊すると、M618はどうなるのかね」華元長官には詳しいメカニズムはよく分からなかった。

「M618は死滅することになります。」上条所長は自信を持って答えた。

「それは(すご)いじゃないか」顔をほころばせることをついぞ忘れていた華元長官が久々に笑みを浮かべて喜んでくれた。「それでその武器の試作品は出来るのかね」

 上条所長は困った顔をして「それが、規模が大き過ぎまして科警研では試作は無理かと」

 華元長官は、期待をしていた答えと違ったためか、がっかりした。

「上条君、何とか成らんのかね」

 上条所長も困った顔をして「しかし長官、殺虫剤を作るのとは訳が違いますから、なにせ戦車一台作るようなものですので」

 華元長官は驚いて「なに、戦車をかね」

「はい、科警研で戦車を作るのは無理な話です。」と上条所長としても何とかしたいとは思いましたが、しかしながらこればっかりは無理だと思った。

「解った、政府に話してみよう、とにかく礼を言わせてもらおう、これで、敵を倒す目安がたった。」

 それからしばらくして、警察庁から連絡が入った。上条所長が電話に出ると次官からだった。

「参謀会議が開かれることになった。三日後、市ヶ谷の防衛省のA棟六階の会議室で、十三時半より開かれるとのことです、科警研としても必ず出席するようにしてくれと長官からの伝言です、その時に、例の実験結果について説明をしてもらうことになるが、よろしいかな」と、上条所長も了承した。

「解りました。次官」

 上条は古木補佐を自室に呼び、どう対処するか検討を始めた。

「古木君、華元長官からの申出だが、君の考えがあるなら聞かせてくれないか」

「そうですね、まあ、古賀主任に会議で実験結果を発表してもらうのが順当ではないでしょうか」

 上条は大きく頷いた。そして古木補佐を見ると「実は恵美子君を借りたいと思うが、どうだろう」と古木補佐の思いもよらない申し出でした。

 古木補佐の選択肢(せんたくし)にはさらさら無い申し出に一瞬とまどった。「え、恵美子ですか」会議での場面のイメージが浮かなかった。

「そうだが」と上条は飄々(ひょうひょう)として答えた。

 古木は考え込んでしまった。「しかし、恵美子はそういう場の経験がありませんから、科警研としても失敗は許される事ではありませんし、ここは数多くの報告会で経験豊富な古賀主任を当てるのが安全策と考えますが」

 上条はまた大きく頷いた。「古木君、科警研が近代社会のあらゆる犯罪に対して、科学的検証により、犯罪撲滅(はんざいぼくめつ)、予防が主たる目的であることは当然だが、私にはそれと合わせて人材を育てていく大事な作業も考えなくてはならないと思っているよ、君も知っての通り、副所長は警察庁からの出向のため、副所長の役職は警察庁の次長を兼務している、だから科警研一本と言う訳にも行くまい、できることなら私も次は生え抜きの君にと思っている、また恵美子君にしても同じだ、科警研の将来を考えればこそ、今回の会議を踏み台に大きく成長して欲しいと思っている、また必ず恵美子君なら見事にこなしてくれると信じていますよ、そこでだ君には科警研としても万全の体制をお願いしたい」

 古木は上条の思いを理解すると、気持ちよく快諾(かいだく)した。

「解りました。」

 上条も笑顔で「じゃあ頼みましたよ、この決断については他にも理由はありますがね、ハハハハ」と豪快(ごうかい)に笑った。

 古木はどういう事なのか計り知る事は出来ず首を(かし)げて「どういうことですか」と聞き返したが「まあ、そのうち」とあっさりと()わされてしまった。

 トントン、ドアをノックする音がした、上条が「どうぞ」と笑顔で答えた。

 このように大それた事になっているとは一切知らない恵美子は鼻歌交(はなうたま)じりに所長室にいつもの気軽さでドアを開け「入ります。」と元気良く入って来た。

 上条もにっこりと笑顔で「ご苦労さま、まあ座ってください」恵美子はいつもと違う雰囲気がして何だかおかしいと感じた。所長の目から視線を(はず)さずにソファーにゆっくりと腰を下ろした。

 上条も気を使って「そう硬くならなくても、いつもの恵美子くんと違うぞ、ハハ」

 恵美子は何かが違うこの空気の意味が何なのか気になった。

「二人して、何かたくらんでいるんでしょう」

 古木補佐は腕組をしていた。右手の親指と人差し指で鼻を押え、恵美子のしぐさが可笑(おか)しくて顔がゆがむのを(かく)した。

 上条は慌てて「いやいや、たくらんでいるなんて、何も無いですよ、何も、ハハ」

 恵美子が(うたぐ)る目で「それがおかしいのよ」と、所長を見据(みす)えた。

 古木補佐は見かねて「所長、もう、はっきり言ってあげてもよろしいのではないですか」とうながした。

 上条は頷いて、意を決したように「分かりました、実は三日後に市ヶ谷で参謀会議が行なわれることになりました、そこで科警研としましても、恵美子君が行なった。塩基X破壊の実験成果に付いて会議のなかで報告をする事に決まリました。そこでですが、恵美子君、君にこの役を是非(ぜひ)お願いしたいのです。」と明かしたのでした。

 何かあるとは思っていたが、まさかそんな大役を恵美子が言い渡されるとは、創造もしていなかった。さすがの恵美子もこれには体が震える思いがした。

 いくら何でも、参謀会議と言えば日本を左右する人達の会議のはず、そこで科警研を代表して報告を行なうなんて、頭を横に振った。「古賀主任に、お願いしてください」とキッパリ言い切った。

 所長も困った顔をして「古賀君にもすでに話しは聞いています、塩基Xの破壊に付いて実際に結果を出したのは恵美子君ですと、古賀君もこの役は君が適任だと言っていましたし、彼が言うのだから他に適任者はい無いと言う事になってしまいます。」

 話を聞いていて古木補佐は、ここで恵美子の背中を押してあげることが必要だと思った。

「恵美子、君は何故(なぜ)M618の壊滅方法を解明したいと思う気持ちが起こったのか、もう一度思い出して欲しい、容赦なく人々を飲み込んでいくその残忍差が許せなかったのではないのか、このまま拡大していくのを許していたら日本全体が飲み込まれてしまう、そんな危機感からではないのか、日本の壊滅が現実に広がりつつある状態に危惧したからだろう、それがいま一歩前進した。しかし参謀会議で我々の(うった)えが受け入れられないことこには、M618を壊滅するための兵器を作ることは不可能になる、だから何としても納得させる必要がある、残念ながら古賀主任はこちらの分野は畑違いだ、もはや恵美子、お前しかいない、おまえに頑張ってもらう以外にないのだよ」

 恵美子はふてくされるも観念して「解たわよ、やればいいんでしょう」と大きくため息をついて、研究室に戻っていった。

 恵美子は古賀を見るなり「裏切り者」ときつい言葉を()びせたのでした。

「私は、M618の破壊兵器を作るため、やつらを根絶する為に、カボチャの前で力説するわよ」とプリプリして言い切った。

「参謀会議の出席者はカボチャですか、すごいな」古賀はともかく恵美子が受けてくれた事にほっとした。

 そして笑顔で「協力するよ」と言うが恵美子はまだ腹立たしかった。「当たりまえよ、協力してもらうわよ」

 古賀は恵美子に分厚いレポート用紙を渡した、恵美子はまたもやプリプリして「何よ、これ」とパラパラっとめくると顔の表情が変った。真剣に読み始めた。それは古賀が近いうちに必ずこのような日が来ることを想定して、自分で発表するつもりで徹夜で作ったものでした、分析結果の内容がまとめてあった。古賀は一言「私の分まで頑張って欲しい」と言うと複雑な表情で研究室を出て行った。

 古賀が科警研を背負って自分で発表するつもりでいたことを恵美子は知ると弱腰で見苦しい態度を取っていた自分の顔が赤くなるほど恥ずかしく思った。そしてハッとして廊下に飛び出した。

 そこにいた所員に「古賀主任、どっちに行きました。」

「確か、階段を上に行ったと思います。」

「ありがとう」恵美子は急いで階段を昇って行った。

「何処に行ったのかしら?」そのまま屋上まで上っていった。息を切らしてドアを開けると、太陽の光が目に飛び込んで来た。右手で日差しをさえ切ると、隅の日陰のベンチで古賀は煙草を吸っていた。

 静かに恵美子が近寄ると、古賀は驚いたように、振り向いて「おー、びっくりした、(おど)かすなよ、せっかく気持ちよく煙草を吸っていたのに、落としちまったぜ」恵美子は手を合わせて「ごめんなさい」古賀は恵美子を見て「どうしたんですか、こんな所までお小言(こごと)だったら勘弁してくれよ」

 恵美子はすねて「意地悪なんだから、せっかく誤りに来たのに、ごめんなさい」

 古賀は大声で笑った。「全然似合(にあ)わないよ、しおらしいのはだめだは、ぷりぷりしているほうが合っているよ、恵美子さんは」とまた大笑いをしていた、恵美子は、ふくれっ面で「失礼ですわよ」

「そうそう、それそれ」おかしくて古賀の目に涙が涌いてきた。

 恵美子は(あき)れて「まあ、いいは、とにかくお礼は言ったわよ」と研究室に戻って行った。


 参謀会議の当日がやって来た、上条所長と恵美子は清水を連れて市ヶ谷の防衛省に向った。

 恵美子はドキドキもので車の後部座席に座っていた。何処をどう走ったのかまるで覚えていなかった、所長が声を掛けてきた。「そんなに固くなる事はありませんよ、落ち着いてください、相手は科学についてはど素人ですから、君の方が科学についても赤い敵M618についても数段知識は上です、小学校で生徒に教える教師のつもりで発表して下さい、なりは大人でも相手の知識は小学生ですから」

「はい、小学生ですか、解りました。」恵美子は落ち着いたようだった。定刻より四十分近くも早く会場に到着した。肩の階級章が桜に三本線の一等陸曹らしい自衛官に案内されてA棟六階の会議室に入って行った。上条所長は片岡一等陸佐を見つけるなり、挨拶(あいさつ)に行った。

「片岡一佐、先日はお世話になりました。」

「おー、上条君、今日は科警研から発表があるそうですね、頑張ってください」

「ありがとうございます。」

 片岡は、今日も(めい)の知佐を連れていた。「此れは姪の知佐です、私もそろそろなので、身の回りの事を手伝ってもらっているのだよ」

 上条は恵美子に目をやると「彼女が、今日発表いたします、古木恵美子君です。」と片岡に紹介した。

 恵美子は会釈をした。片岡は感心して「ほー、お若いのに感心しますね、頑張ってください、応援しています。」と恵美子を見つめた。

 また恵美子は会釈をして「ありがとうございます。」と頭を下げた。

 恵美子は心強く感じ、そして落ち着く気がした。

 片岡と知佐は微笑んで頷いていた。恵美子はこの会議場の中で唯一、温かみを感じる一瞬であった。

 上条達は自衛官に導かれ、華元警察庁長官の後ろの席に案内された。

 上条は華元長官に挨拶をして席に着いた。

 華元長官が気になって、後ろを振り向き「上条君、今日の発表はどうだね」

「大丈夫です、長官、安心して見ていて下さい」長官は何度か頷いて安心したようすでした。

 開会十分前には、ほぼ全員が席に着いていた。そこえ防衛大臣が副大臣、政務官、事務官、参次官らを(したが)えて、ぞろぞろと現われた。最後に泉田(いずみだ)首相が官房長官と共に現われました。

 泉田首相を招いての会議が、東郷総合(とうごうそうごう)幕僚(ばくりょう)会議議長より、開会の挨拶と参謀会議の開催の趣旨(しゅし)が会場に響き渡った。ざわついていた会場が、一瞬緊張が走り全員次の言葉を待った。

 議長より山木第一師団長が指名されて、現在のM618の状況説明を求められた。

 山木が立ち上がり、説明を始めた。「今や日本全土に広がってしまったM618の進行状況でありますが、突然全国に現れ確実に各地域の重要な都市を飲み込んでいき確実に前進を繰り返しております、我が方の攻撃も死力を()くして、火器を投入するが何せ敵のバリアに(はば)まれまして、ほぼ無力に等しく、前進を食い止めることに困難を(きわ)めております。現在、東京港区白金あたり、また外苑西(がいえんにし)通りをすでに越えられてしまっております。M618はその後も勢力を増す方向で、その厚みを増しております。」

 やはり、手も足も出ずじまいの様子がうかがわれた。

 内容の中で気になりますのは、敵も進化をしていると言うことでした、バリアについて、西烏山(にしからすやま)でのM618へのナパーム弾、火炎放射機等による火器を長時間投入した攻撃によりM618を壊滅して勝利したがすでに今ではM618のバリアの防衛時間がすこぶる伸び攻略することが困難になっていると言う事でした。敵も相当進化していると言うことです。

 その後の会議でも攻略することが困難になっている現状を露呈(ろてい)していた。

 攻略法の検討会議に入っても此れといって決定的な対処法が出てきた訳でもなく、先行きどのようになって行くのか不安感が(ただよ)いだしたのでした。会場には悲壮感(ひそうかん)にも似た重い空気が(よど)みだしていた。

 数人の作戦参謀より打開策が幾つか提案されたものの、これと言って有効な方策は見受けられなかった。このままでは国が奴らに乗っ取られてしまうのではないのかと感じる幹部も少なくない様子になっていた。

 そして、いよいよ科警研の発表の順番が回ってきたのでした。

 議長より紹介された。

「ここで、警察庁科学警察研究所よりM618対策班の研究所見の発表を行う、所員古木恵美子君」

 ささやきや、ため息が聞こえて来た。

「科警研も、似たようなものしかつかんで(いな)さそうだな、それで平の女の子が来たのだろう」

 それを耳にした恵美子の闘争心に火が着いた。そして上条所長に言い切った。

「所長、やってやりますよ、いいでしょう、小学生がなに寝言(ねごと)を言ってくれてるの」

「恵美子君、思う存分やって来なさい」上条所長もたきつけるように言った。

 議長の紹介はまだ続いていた。「M618の弱点および・・・」その言葉が流れた時、場内がざわめいた、またささやき声が聞こえてきた。

「赤い敵に弱点なんかあるのか」

「そんなものがあったら厚労省や防衛医大で見つけているはずだ、ある訳が無いだろう」

「おじょうちゃんの寝言に付き合っているほど暇じゃあないぞ」

 議長は紹介をまた続けた。

「そしてM618の壊滅方法についての分析報告をしていただく」と言うと、またざわついた。

「何だと、壊滅方法だ、ふざけた。」

「ばかばかしい、壊滅方法があるんならこんなに苦労はしていないぞ」

 それら科警研のM618の弱点及び壊滅方法の紹介を誰一人信じられる者はいなかった。






   2  参謀会議 その2





 知佐が片岡一佐に小声で(つぶや)いた。「皆さんひどいは、恵美子さん大丈夫かしら」と心配げに知佐は両手を合わせて恵美子を見守った。

 上条は恵美子の耳元で「小学生に一泡吹(ひとあわふ)かせてやりなさい」恵美子は大きく深呼吸をすると「もちろんです。」と頷いて立ち上がった。清水は裏を回ってプロジェクターに向った。恵美子は清水がプロジェクターに着くのを確認すると、演台に向った。華元長官も不安感がよぎっていた。

 恵美子は演台に立つと、会場を一通り見渡した。やんちゃそうな小学生ばかりね、と思った。マイクを持つと自己紹介を簡単に済ませた。

 そして、一気に話し出した。「先ずM618の細胞と人の細胞を比較してみますと、人は六十兆個の細胞で出来ていますが、その細胞の核の中に遺伝情報を含んだ染色体があります、その染色体は、アデニン、チミン、グアニン、シトシンの四種類の塩基配列がDNA分子の文字配列を構成して、遺伝情報が書き込まれています、人の遺伝情報は23対の染色体の中にある四種類のDNA分子の30億文字から成り立っています。」

 会場にいる参加者は、その程度のことは百も承知している、時間の無駄だ、と言った顔をしていた。

 恵美子は続けた「ここまでは、人とM618はまるで一緒です。」

 会場がざわめいた、ささやき声がした「俺達とM618が一緒だと、馬鹿な!」

  「何を鑑定しているんだ。そんなことありえないだろう」

 恵美子は無視をして続けた。「しかし、人とM618の決定的な違いは四種類のそれぞれの塩基(えんぎ)に黒い粒が存在しています、この粒については防衛医大や厚生労働省でも確認されていると認識しております。この黒い粒を我々は塩基X(えんぎエックス)と名付けました。」

 泉田首相は腕組(うでぐみ)をして目をつぶってその話を聞いていた。

 恵美子は会場内の小学生の反応をみながらコップの水で(のど)湿(しめ)らせた。

 どう見ても場内の誰もがまともに恵美子の話を聞こうとする様子(ようす)は見受けられなかった。

 恵美子は無視をして続けたのでした。「この塩基Xを、より細かく分析をしていきますと、さらに細かい粒が六個でワンユニットを作っており、塩基Xはこのユニットが、五百組三千の粒の集合体で、一個の塩基Ⅹを構成していることを突き止めました。

 しかしワンユニットが全ての機能を備えているのか、それともユニットごとに機能を分割して受け持っているのかは、限られた時間のなかで解析できておりません、いずれにしましても超ナノテクノロジーによって、人工的に作り出された物質であることは間違いありません」

 会場内にいた全員の表情が変わった、人工的に作り出されたということが信じられず、だとすると同じ人間に作り出された悪魔に自分たちが滅ぼされようとしていることに納得がいかない表情だった。批判めいた言葉を発していた防衛省幹部も言葉を失った。泉田首相は腕組を()いて目を見開いた。

 恵美子の話はまだ続いていた「問題は、動力源です人の体にも流れている微弱電流を利用しているのか、太陽光エネルギーを蓄電しているのか、自分で発電しているのか、それもまだ解りません、しかしバリアを張った時の塩基Xの出力は数万ボルトに匹敵するエネルギーを有しています。」 また会場はざわめき出した。

「そんな高電圧、自分で感電しないのか?」としかし恵美子の説明では細胞の周りに磁界を張り(めぐ)らせて高電圧を等電位線によって磁界の外に誘導してしまうため、細胞は保護されてまるで影響は受けていず、しかもその放出された高電圧を利用して自衛隊の様々な攻撃をかわす、バリアやその他のテクノロジーに使っている模様です、という説明も聞いている幹部の一人として理解出来る者はいなかった。

 恵美子がざわめきを(おお)いかぶすように、声を荒げて「ここで映像を見ていただきます。」

 清水に合図を送った。清水は室内の明かりを落として、プロジェクターのスイッチを入れた。暗い闇の中を光の束が銀幕に向って走って行った。

 そこに映し出された映像は、にぎりの部分をテープで絶縁した鉄の極細の針で塩基Xにストレスを掛け、バリアを発生させ、鉄の針の先端の変化を確認するものでした、針の先端が、電子顕微鏡によって拡大されて行き、銀幕いっぱいに分子レベルの映像が映し出された。

 針の先端の鉄の分子が分解され、鉄の分子が変形する事もなくある形に移動していた。

 綺麗(きれい)に分子構造が並んでいる形が映しだされていた。

 見ている全員が何が何だかまるで理解していなかった。

 恵美子は無視して説明を続けた。

「これは、鉄の針をM618に当てたとき先端の分子が青白い光によって分解されてしまいました。自衛隊がロケット砲をいくら打ち込んでも、効果が無かったのは、このためでロケット砲自体が一瞬にして分子レベルで分解されてしまったからでしょう。

 音波を当てると、音波を発して音波同士干渉して打ち消してしまう事を計算して来ます、光なら光波で干渉を起こします、全てこのように対応してきます。」ここで会場の明かりが一斉に点灯され、元の明るさに戻った。

 場内は呆気にとられ、にわかに信じがたいといった状態が続いていた。

 恵美子は立ち尽くしたまま、場内を見渡した。

 そのとき防衛大臣から質問をされた「確かに信じがたいが、その超ナノテクノロジーによって、作りだされた塩基Xとやらは、一体、誰が作り出したかだ。そういう情報は受けていないが、本当に人工的な物なのかね?」

 恵美子は落ち着いて「間違いありません、現在帝都大医学部所属のヒトゲノム解析センターに、分析の依頼をしております、田所センター長に確認をお願いします。と防衛大臣の質問を恵美子はあっさりとかわしたのでした。

「では、今日の私のメインテーマでもあります、M618の破壊について話したいと思います。先ずは映像を」

 会場内はまたしても信じがたいといった反応でざわついていた。科警研でもただの平の所員の女の子の口からM618の破壊についての説明を受けるとは、あまりのアンバランスに非現実的に思えてならなかった。そんな反応は無視して恵美子は清水に合図を送った。

 もう一度照明が消え銀幕に映像が映し出された。M618の塩基Xが培養液に入れられたアップの映像から入って行った。

 会場内がざわついていた。ここにいる誰もが塩基Xを見たことが無かったため、一体これは何なのかとざわついていたのでした。

 そして司会のほうからこの塩基Xについてもう一度詳しく説明をしてほしいと求める場面があった。

 恵美子もうかつだったと思った。そこからですかとよくまあこれまでそんなことも知らずにM618に立ち向かっていたとは、あまりにも敵を知らずに戦う無謀差(むぼうさ)にあきれた。

「ではわかりました。塩基Xについて、もう一度説明させていただきます。つまりM618のバリアにしろ自衛隊の武器を無防備にしてしまう能力も赤い化け物を作り出す生物的指令も全てこの黒い粒の塩基Xによって引き起こされる現象です。なのでこの塩基Xを破壊することでM618を無力化することになるのです。」うー、これで理解できたのかしら、と恵美子は場内を見渡した。

 そしてスクリーンの映像は電子レンジにセットされた塩基Xがモニターに拡大されて映し出された。そして電子レンジのスイッチを入れるところに差し掛かっていた。

 恵美子の説明によって何となく塩基XがM618の中枢であることが理解できた、会場にいるほぼ全員が塩基Ⅹがどうなるのか固唾(かたず)()んで見守っていた。この塩基Ⅹを破壊をすることでM618を殺すことができるのか?

 電子レンジのスイッチが入れられた、同時に塩基Xが青白く光出した。塩基Ⅹのバリアでレンジの高エネルギーマイクロ波を完全に遮断して、ブルーサファイアのような光が肉眼でも確認ができるほどでした。

 リアルタイムサイクルアナライザーと半導体レーザーが塩基Xに向けられた。

 会場は静まり返って、そこにいる全員が次の瞬間を息を殺して食い入るように銀幕の映像を見つめていた。「いったい何が起きるのだろう?」

 白い皿の上に置かれていた青白く発光した塩基Xめがけて、リアルタイムサイクルアナライザーのスイッチが入れられた。赤いダイオードが点滅を始め塩基Ⅹの青白い光の周波数を計測しだした、赤いダイオードが威勢良くフリッカーをしている、モニターにデジタル表示で数値が示されていた。数値が安定をすると、その数値は半導体レーザーに読み込まれ、瞬間半導体レーザーから青白いレーザー光線が発射された。

 半導体レーザーの青白い光が塩基Xに向かって突き進んで行った。

「何が起きるんだ」会場の全員が創造も付かなかった。そして固唾(かたず)を呑んで見守った。

 突き進んで行った青白い光が塩基Xの発光している防御用の青白い光に衝突した。会場から「あーっ」と言う声が(もれ)れた。青白い光の周波数どうしが干渉しあってあっけなく塩基Xの青白い光が打ち消されてしまった。塩基Xは無防備にも光のバリアもそれと(ともな)い消えてしまった。

 すると次の瞬間塩基Xは爆発を起こした。そして(まばゆ)い光がモニターにあふれて映像を真っ白にした。会場から驚きの声が上がった。

「ウワー何が起きたんだ?」そして銀幕からハオリングが消えると、ざわめきのなか、ガイガーカウンターで測定している映像に変っていた。レベルが映しだされて残留物質が存在しない事を証明していた。そして破壊された塩基Xの電子顕微鏡によるアップの映像が映しだされると、会場内が興奮したように「わー」と言う声と共に拍手が巻き起こった。

 照明のスイチが入ると、会場が一斉に明るくなった。目の前にいる人々の顔の表情が明らかに変わっていた。全員が恵美子の次の言葉に集中した。

 恵美子は思う事をありのままに所見として話した。

「皆様の中にも感じた方がいると思いますが、M618の核でもある塩基Xが、超ナノテクノロジーで作りだされ、防御が完璧に思われていましたが、その割りにはいとも簡単にバリアを破る事が出来たことを、信じがたい事でありました、又、塩基Xを破壊した後も残留物質が存在しないことを考えても、M618は兵器としてはあまりにクリーン過ぎます、この不自然差、又決定的なものは防御は完璧ですが攻撃のための武器と思われるものが確認できないことなど、これらを総合的に考えましても、塩基X、いやM618は兵器として開発されたものでは無く別の目的のために作り出された節を感じます。」

 一人の参謀が無表情に恵美子を見て「現実に目を向けてくれたまえ」と(くぎ)を刺すように言った。

 恵美子は眉間(みけん)にシワを寄せてその参謀を見つめた、当然そのように言う人が出てくることは想定していた、けれど自分のこのM618に感じた所見は言うべきだと思った。

「もちろんです。」

 防衛大臣がおもむろに尋ねた。「それでM618に対抗できる兵器は作れるのですか」

 恵美子は防衛大臣をまじまじと見つめると答えた。「機材です、広拡リアルタイムサイクルアナライザー、周波数変換装置、それに、何処で開発しているのか解りませんが、レーザービーム砲が試作中のものがあると聞いています。

 特に広拡に使用できるように改良する必要があると思います、これでM618の防衛用のバリアはスイッチを切ることが出来ます、そして超ナノテクの塩基Xを破壊するにはその状態で高出力マイクロ波をぶつけるのです。電磁パルスビーム砲が効果的だと思います。出来ましたら自衛隊の技術研究本部で試作していただければと思います。私の方からは以上です。」恵美子は大役を終え堂々と席に戻っていった。

 すると場内は一斉にざわつきだした。そんな中、防衛大臣が副大臣に耳元で尋ねた「でどうなんだ、あのお譲ちゃんの話が本当なら早速(さっそく)試作(しさく)に取り掛かりたいが、準備はできるのか」

「はい電磁パルスビーム砲以外は直ぐに調達できると思います。」

「電磁パルスビーム砲かー、日本にあるのか、事務次官に確認してもらってくれ」と、防衛大臣は指示をした。

「解りました。」

 防衛大臣は泉田首相の席に行き、相談した。「科警研の分析が真実であるとしましたら、早速機材入手の手を打ちたいと思いますが。それとチームの編成、またできるだけ早くM618壊滅兵器の作成に取り組みたいと思います。できるだけ時間を無駄には出来ません。」

 泉田首相は頷いて「解った。」と言うと、議長に小声で「どうだろう議長、防衛大臣も早々に行動に移したがっている事だし、残りの議案については次回と言う事で、うまくまとめてくれないか」

「ではそのように」

 議長は声を発した「静粛(せいしゅく)に、案件はあと二件提出されておりますが、時間の関係上、次回に回す事にいたします、よって会議を終了とする」

 すると「議長」と言う声がした。残り二件の提案者だったが、議長がにらめつける事で、手を引っ込めて、あっさりと了承してしまった。此れで会議は終了した。

 色々な高官達が恵美子の所に寄って来ては「もっと詳しく教えていただけないか」

「このことは、どうなっているのですか」

「塩基Xは本当に誰が作り出したか解らないのですか」と質問攻めにあっていた。

 恵美子は困り果てて、渋い顔をして、上条所長を見た。上条は機嫌よく華元警察長長官と話をしていた。人が少なくなりかけた頃、片岡知佐が恵美子の所へ来て、笑顔で「素晴らしかったは、ご苦労さまでした。」

 恵美子が快活にお礼を言った。「ありがとうございます。」

「ところで、吉岡さんはお元気ですか」と知佐が尋ねた。

 恵美子は驚いた。「吉岡をご存知だったのですか」

「はい一度、亜兼さんとここに来られました。」

「亜兼さんもご存知だったのですか」恵美子はすこし驚いた。

「面白い方達でした。」と知佐は微笑んだ。

「吉岡の馬鹿は、今放心状態で使い物になりません」恵美子が言うと

 知佐は驚いて「えー、どうかされたのですか」

「あの馬鹿は自分に負けたのです。」

 そして知佐は同情するように「そうでしたか、早く立ち直っていただきたいと思います。」

「ええ、あの馬鹿に知佐さんから激励されたとぶん(なぐ)ってやりますよ」

「まあ、こわい」と知佐は驚いていた。

 上条の声がした「恵美子君」

「はい」

「所に帰るぞ」

 恵美子は知佐に「じゃ、失礼します。」と会釈をすると微笑んだ、知佐も微笑んで会釈を反した。

 車の中で上条は恵美子に感想を聞いた。「どうだった。」

「はい所長のアドバイスで何とか、落ち着いて発表をする事が出来ました。ありがとうございます。」

 上条は頷いて「君の実力だよ、今後はその力をもっと発揮してもらいますよ」

「はい」

「M618もまだ進化してくるだろう、この攻防で日本が残るか消えるか、これからが勝負です。皆に頑張ってもらわないとな、清水くんもだぞ」上条は微笑んだ。

 清水が低い声で「はい、解りました。」それを聞いて恵美子は吹き出した。そして皆、車の中で大笑いをしていた。

 所に戻ると古賀は待ってましたとばかりに、恵美子に色々聞いてきた。

「どうだった、上手(うま)く発表できましたか」

「はい、古賀さんの言う通りに行ないました。発表を聞いて会場は騒然となりました。それは見せたかったですよ」

「ちくしょう、俺がやりたかったな」恵美子は眉間(みけん)にシワをよせ「どういうことですか」と古賀を見た。

 古賀は口を滑らせたと思った。「いやなんでもないよ、なんでもない、それより防衛省は武器をどうするって」

「はい、早速(さっそく)、手配をしていたようでした。しかし、やはり電磁パルスビーム砲は調べた通り、日本にはありませんでしたね」恵美子は会場で高官に聞いたことを古賀に話した。

「やはり日本には無かったのか、もっともそんなもの日本には必要ないからな」古賀は頷いていた。






 3  首 都 落 日 





 上条所長は参謀会議終了後所に戻るとその日の夕方、吉岡のアパートに足を向けた。

「ピンポン、ピンポン」何回かチャイムを鳴らしてやっと吉岡が出てきた。

 あの綺麗好きの吉岡が別人のように頭はぼさぼさ、無精ひげは生えっぱなし、上条はその事には触れず「いいか」と一言いうと中に入った。そして部屋のソファーに座ると声を掛けた。

「どうだ、整理はついたのか」

「はい、辞表を出そうと思います。」

「そうか、今日は市ヶ谷の防衛省の施設で参謀会議が開かれてね、恵美子君と参加をして来たところだよ」と言って吉岡の反応を見た。

 吉岡の目が反応した。上条は見逃さなかった。

 何故、参謀会議に恵美子さんが行ったのか、吉岡は色々と理由を探した。

 上条は、参謀会議で恵美子が発表した状況を話してやった。

「恵美子君と古賀主任が、M618のDNAの中にある塩基Xを超ナノテクノロジーにより人工的に作り出されたことを突き止めてね、あの小さな粒は六個が基本ユニットで三千もの集合体のようだ、それでその破壊に成功したんだよ、これでM618を壊滅させる道筋が出来たよ」

 とうとう見つけ出したのか、一体どんな方法で破壊したのか、吉岡は考えこんだ。

 塩基Xが人工的といっても、あんなもの一体誰が、世界の何処を探してもあれを作れるような科学者などいないと思うが、分からない、それに人工的となる動力源は微弱電流ではないのか、何しろ人の体でさえ神経の伝達には微弱電流が使われているのだから、だとすると高周波を増幅して当てればおそらく破壊はできるかもしれない、しかしバリアはどうやって外したのか、それ無くして破壊は不可能であるはずだ、どうやってバリアを外したのか。吉岡は頭の中で分析を始めていた。

 上条はそれだけ言うと、立ち上がり、床でひざを抱えてしゃがんでいる吉岡に向って、一言いった。「辞める事は考えるな、明日、出て来い、やる事が山程ある」と言い残すと帰っていった。

 吉岡はそのままの恰好(かっこう)で考え込んでいた。確かにM618の細胞のなかに黒い粒が存在する事は吉岡も確認していた。塩基Xは自分が名付けたのだから、それがまさか、六個の粒がユニット状になっていて、三千もの粒の集合体とは驚きだった。確かに人工的と聞かされても吉岡はうすうす感じていたことだ、しかし三千もの粒の集まりとは、実態を無性に自分の目で確認したくなった。そして焦りだした。

 皆がどんどん先の方に行ってしまう、取り残されていく自分は本当に全てを捨ててそれでいいのか、後悔は無いのか、そう思う片隅で、どうやってバリアを外したのかと言う疑問が頭から離れず、ぐるぐるとメビウスの輪のようにまわっていた。とにかく辞めるか、残るか、今日中に結論を出して明日所に行く事にしよう、結局その晩は一睡も出来なかった。

 翌朝、上条所長が科学研究室に顔を出した。所員が「あれ、所長何か?」

「あ、いや、別に」

 恵美子も古賀もローカで所長とすれ違い、挨拶(あいさつ)をした、古賀が「珍しいな、所長が朝っぱらからこんな所をうろついているなんて」と首を(かし)げた。

 所長がブツブツ(ひと)(ごと)を言っていた。「今日は来てないか」と、そして所長室に入って行った。

 するとエレベーターのドアが開いた。古賀と恵美子は振り向いて驚いた。そこに吉岡がビシッと決めて立っていた。

 古賀が「吉岡、おまえ」恵美子も「えー」と言うだけだった。

 吉岡は二人をみて会釈をすると、所長室に入って行った。

 古賀が言った。「あいつ、辞表を提出に来たんじゃないだろうな」

 恵美子はなんて情けない奴だと思った。そして「あいつ、ぶっ飛ばしてやるは」と所長室をノックするなり威勢良く入って行った。声が聞こえた「そうか、良かった。」

 恵美子は吉岡を見ると、鬼のような顔で右手を振り上げた。

 その時、所長が笑顔で「今日より、また吉岡君には頑張ってもらいますから」と恵美子を見て話した。

 恵美子は右手を上げたまま「えっ」と思いながらも吉岡に向かって「ばか」と一言いった。

 (あわ)てて古賀が所長室に入ってきた。

「あー、丁度いいです、古賀君も聞いていただきましょう、今日からまた吉岡君にはもう一度一緒に頑張ってもらうことになりました。」と所長が笑顔で紹介をすると。

「あー、そうですか、たすかります。」と頷き古賀は吉岡に向って「おまえ、辞表を持ってきたのかと思ったぞ」と言うものの内心ほっとしていた。

 吉岡は頭を下げて「本当に申し訳ありませんでした。この通り謝ります、また一緒に手伝わせてください」皆が頑張っている中にもう一度飛び込んでいけるなら、また自分もその支えになりたいと思った。

 所長もそのことは理解していた。「あー、丁度いい、ここでもう一つ発表しておきます、じつは、恵美子君には今後、主任として頑張ってもらう事になりましたので(よろ)しくたのみますよ、それと早速ですが、吉岡主任と恵美子主任には防衛省の技術研究本部へ行ってもらいたいと思ています、古賀主任にはこちらでバックアップをお願いしたいと思っています。」

 古賀はちょっと何が始まるのか理解できなかったがとにかく納得して「解りました。」と言った。

 心の準備の無い恵美子は驚いた、自分がまさか主任に昇格したことに、今までも役職など自分が研究活動をする上でじゃまなだけだと思っていた。それが今何故(なぜ)なのと思った。それに何しに防衛省の技術研究本部へ行くのか疑問に思った。

 吉岡も同じように思ったが、今の自分に内容を聞いて(ことわ)れる立場では無いと思いあえて全てを受け入れることにした。

 恵美子は難しい顔をして「何故私が主任になんかなるんですか?」

 所長は笑顔で頷くと「防衛省でいよいよM618を破壊する武器を開発することになったのだよ、それで防衛省より警察庁へ依頼があったのです、科警研より二人アドバイザーとして貸して欲しいと、特に恵美子君は御指名でね、君は必要ないと思うだろうが向こうは省だしこっちは庁だ、それでなくとも下に見られがちなのでね、まして無役では、私は君に思う存分自分の正しいと思うことを(つらぬ)いてもらいたいと思っています。恵美子君はじゃまだと思かも知れませんが、主任の肩書きを受けてもらえないだろうか」

 恵美子は頷いて「分かりました。」としぶしぶ納得した。

 吉岡は所長の話を聞いて今の自分で役に立つのなら何とか今度こそやりきりたいと思った。しかし意識はそうでも知識の方が理解できていないことが多すぎると思った。

「所長、行く前にデーターを吸収しておきたいと思います、特に塩基Xの破壊方法について」

 所長は頷いて「いいですよ、古賀主任、しっかり叩き込んでください」

 古賀も頷いて返事をした。「はい、わかりました。」」

 三人は生物研究室に戻って行った。静かになった自室で上条は安心した顔で、ソファーに身お任せ、煙草に火を点けた。

 古賀は、電子顕微鏡の映像を、モニターに映し出した。拡大された塩基Xを吉岡に見せた、吉岡は衝撃を受けた「これが塩基Xの拡大したものですか、物凄い数の粒からなる集合体ですね、ここまで拡大すると確かに生命体では無く、やはりどう見てもメカですね、要するに血管にあたるのも神経系統も見当たりませんね」

 古賀が提案をした。「吉岡主任、君このままでは使い物になりそうも無いな、特訓をしなければ駄目ですね」

 恵美子が古賀の言葉を(さえぎ)るように、吉岡に威圧的(いあつてき)に言った。「吉岡主任、一言いっておくはよ、二度と無様な醜態(しゅうたい)を見せたら、容赦(ようしゃ)はしないはよ、(なぐ)()ばすは、覚えておいて」

 吉岡は真面目(まじめ)な顔で頷いて「そのときは思い切ってやってくれ、俺も真剣に受け止めさせてもらうよ、二人には心配を掛けて本当に申し訳ありませんでした。」と頭を下げた。

 古賀が「もおいいよ」と言うと。

 恵美子も気持ちを切り替えて「ほら特訓はじめるはよ」と吉岡をせかせた。

 吉岡も笑顔で「(よろ)しくお願いします。」と素直に頭をさげたのでした。

 数日後、上条所長から、市ヶ谷の技術研究本部に(おもむ)く日にちが、来週からと決まったことを伝えてきた。そして、その日がやって来た。

 恵美子の赤いジープに吉岡も同乗して、市ヶ谷の防衛施設の中にある、技術研究本部第二研究室、第三部と言う、防衛省の直轄(ちょっかつ)の部署に向った。

 恵美子が思い出した。「あーそうそう、片岡知佐と言う子が参謀会議の日、吉岡さんに早く立ち直って欲しいと伝言されていたんだは」

「ああ、知佐さんが」吉岡は笑顔になって言った。

「とぼけて、そういう事は頑張るんだ」恵美子はあきれるように言った。

 吉岡はあわてて打ち消した。

「いや、そうじゃないよ、彼女は兼ちゃんが一目ぼれと言うか」

「亜兼さんが、亜兼さんああいうタイプなの」恵美子は意外に感じた。

 吉岡が「彼女はいいよね」と言い終わらないうちに恵美子が、ジープラングレーのアクセルを踏み込んでスピードを上げた。そのエンジン音で吉岡の声がかき消された。

 恵美子が笑顔で「そんなことより、しっかり捕まっていないと振り落とされるわよ」

「わー、このジープまるで恵美子さんのようだ」

「何ですって」

 吉岡と恵美子はこうして新たに次の戦いに出発したのです。

 そして亜兼はと言うと埼玉県の川口市にいた。青木キャップの言いつけでM618の出没しそうなところを調べていた。

 首都高6号線の下の一般道を川口方面に向かって走っていた。

「奴らM618は必ず首都高川口線を使ってここに来るはずだ。」

 安行(あんぎょう)本蓮(ほんはす)かまたは入谷(いりや)あたりか加賀(かが)は片側に川が流れているために避けてくるだろう、そうこうしているうちに、道路標識に中央市場前と言う文字が目についた。何だろうと思い調べてみることにした。

 そうとう大きな配送センターのようだ。いろいろなメーカーの倉庫が二〇棟以上ありそうだ、M618がここに隠れていて荷物と一緒に全国に配送されて行ったらどうなるんだ、日本の国はガンが人の体の中にはびこるようにM618に日本のいたるところに(おお)われてしまうぞ、実際はどうなんだ、調べなければまずいだろう、亜兼はとりあえず中央市場と道路をはさんだ向かいの駐車場にくるまを入れて観察をすることにした。

 望遠鏡を出して倉庫全体を観察していた「うむ、倉庫の向こう側にあるのは公園か、これも大きそうだな、夏草が生い茂っているな、待てよあそこM618が隠れるのに最適だな、外からではM618がいるのかどうなのか分からないな、夜になったら潜り込んで調べてみるか、そして車の座席を倒して横になっていると、スマートホンが鳴り出した。

「はい、亜兼です。あ、キャップ」

「おまえ、いま何処だ。」

「はい、キャップの言われた通り川口にいます。」

「いつまでもそんなところにいなくていい、すぐ戻ってこい」

「えー、しかしキャッ・・・」

 電話は切れてしまった。

 亜兼は青木キャップに一方的に社に戻るように言われて仕方なく東京青北新聞本社に戻ってきた。

「ふー、社に着いたと」エレベーターに乗って四階のフロアーに向った。

 ドアが開くと、相変わらず社員がごちゃごちゃ忙しそうに走り回っていた。

 亜兼はその間を()き分けて、青木キャップのデスクまでたどりついた。

「キャップ」

「おー、来たな、すねっかじり」

「えー、すねっかじりですか」

「だってそうだろう、おまえ何日も何していた。」

「東京での攻防は、帝都にスッパ抜かれましたね」何を思ったか亜兼はキャップの触れてはいけない部分を逆なでしてしまった。

「そうだ、おまえ達がグズグズしているからな、だから帝都にスッパ抜かれたんだ、他の場所には出そうも無いのに」

 亜兼は身を乗り出して「それがですね」

 青木キャップは無視して「それでだな、おまえは当分東京に貼り着いていろ」

「だから、キャップ」亜兼は早くれいの流通センターのことを話したかった。

「亜兼、先ずは状況を報告しろよ」

「キャップ」亜兼は取り付く島が無かった。

「いちいちうるさいな、文句があるのか」青木キャップは原稿をチェックしながら(わずら)わしく思っていた。

「そうじゃないですけど、聞いてくださいよ」亜兼は伝えておかなくてはと思っていた。

「何だ、言ってみろ」青木キャップもめんどくさそうに言った。

「実は」と一言いうと、周りを見渡して、小声で亜兼は話し出した。

「とんでもない所を見付けました。」

 青木キャップはとんでもない話は聞き()きたと思った。「とんでもない所だと、お前が言うと、耳かきがしゃもじにでも見えるような話じゃねえのか、またいかがわしい所にでも行ったんだろう」と原稿をめくった。

「へー、そんな事じゃありませんよ、実は」と、また周りを気にして、見渡した。そしてキャップの耳元に口を近付けたのでした。

 青木キャップは気まずい顔をして「気持ち悪りいな、もっと離れろ、誰も聞いちゃいねえよ」

「はい、キャップの言うとおり、川口に行きました。首都高川口線の加賀インターで降りてわずか五百メートル程の処に、どでかい流通センターがありました。

 ほとんどの大手メーカーの、倉庫が建ち並んでいます、調べたところ日本全国に配送されているようです、おまけに倉庫の裏がどでかい公園になっていまして、そこに夏草が生茂っていて、M618が(ひそ)むには恰好(かっこう)の場所でした。」

 青木キャップは前に身を乗り出して「それで、調べたのか」

「いやそんな中に入ったら、一発でやられちゃいますよ」

 青木キャップは少し(あき)れて「はー、だれが」

 亜兼は少し引き気味に「いやその、自分です。」

「いいじゃねえか、どうせすねっかじりなんだから」と青木キャップは冗談めいて言った。

 亜兼は目を丸くして「冗談じゃないっすよ、もしM618がそこの輸送車を使っていたら、すでに全国に散らばっていますよ」

 キャップが頷いて「なるほど、しかしなお前、刑事じゃないんだから、調べるのはいいが、記事書けよ、写真撮って来いよ、解ったな、いいからおまえ東京へ行け」

「いや、しかし」やはり亜兼は取り付く島は無かった。

 青木キャップは、(にわとり)を追い飛ばすように「早く行って来い、写真撮って来いよ」

 亜兼は不満げに返事をして、出かけていった。

 キャップは椅子をクルッと窓側に回して、亜兼が車に乗って出て行くのを見送ると、デスクの引き出しから地図を取り出して調べだした。

「なるほど、全国流通センターか、此れはかなりまずいな、しかし証拠も無しに警察ざたにするには無理があるだろう、まあそうと決まった訳でもないだろうし、様子を見るか」

 亜兼は例によって、甲州街道を東京方面に向かって車を飛ばしていた。

 新宿を過ぎた所で、明治通りを渋谷方面に向った。表参道も渋谷通りも自衛隊の検問だらけになっていた。一般車両はまるで走っていなかった。

 渋谷駅までは何とか来る事が出来たが、そこから先は車では進む事はできない状態になっていた。すでに住民は強制的に移動させられていて見当(みあ)たらなかった。そして、閑散とした無人の街になっていた駅構内に車を止めた、いまさら駐車違反もないだろう、徒歩で麻布方面に進んでいった。

 その先に首都高3号線の高樹町(たかぎちょう)のインターがあるはずだ。

 近づいて行くと、百五十メートル程先のインターの入口は、M618の赤い海の中に沈みかけていた。

「うわー、ここまで赤いやつらは街を飲み込んでいたのか」M618の侵食(しんしょく)の早さに驚いた。そしてショルダーバッグからカメラを取り出すとその光景をシャッターを切った。

 亜兼は思った。この辺りはもう以前の面影はまるでなくなってしまっている。

「まるで赤い悪魔にでも飲み込まれた気持ちの悪い別の世界のようだ。」と感じた。

 自衛隊が幾重(いくえ)にも防衛線を張って、M618の出方を監視していた。

 亜兼は防衛線の手薄なところを狙って広尾の方向に向って歩いていった。

「何だよ、あの赤く盛り上がった海は」その先も延々と赤い海は続いていた。

 某大学の塀に沿って進んで行くと、先の方の正門の所にテントが張ってあり、ジープが出入りしていた。どうも自衛隊が敵の監視用に大学校内を使っているるようであった。

 そこから八十メートル程先は、すでにM618の赤い液体が増殖して山のように盛り上がっていた、その山がじりじりと迫ってきていた。

 亜兼はその盛り上がったM618を見て首を傾げた。「なんでこいつらこんなに盛り上がっているんだ、表面張力でか、まさかここまで盛り上がるか、やっぱり塩基Xによるなんか特殊な結合の力が働いているんじゃないのかな」

 まじまじと見ているうちに思った。もしあの結合が()けたら一気にあの赤い海が襲ってくるのではないのか、そしたら自衛隊の防衛線はひとたまりもないだろう、どこまで赤い海が侵入してくるのか想像もつかないと思った。このまま進んで大丈夫なのかと先へ進むことを迷った。

 すでに東京の中心は真っ赤な海の中に沈んでしまったと感じた、いまさら元のように取り戻すことは不可能だろうと、この先どうなるんだろうと立ち()くしてふと思った。この赤いやつは誰も止めることはできないのか、どこまで飲み込む気なんだ。

 とにかく現状がどうなってしまったのか見ておくことにした。そして自衛隊の監視の裏側を迂回(うかい)して進んでいくことにした。また大学が見えてきた。青春女子短大と信号に書いてあった。しかし、すでに校舎は半分真っ赤に染まり、飲み込まれていた。

 この光景もまるでホラー映画の不気味な世界に迷い込んだような気持ち悪いはきそうな気分だった。

 亜兼は先ほどから、つけて来る奴がいるような気がした。先に進むものの、どうも後ろが気になった。すると左前方の三~四0メートル先に他社の記者らしき姿が見えた。

 相手も気が着いたらしく手を上げてきた。亜兼も笑顔で手をふった。するとその記者がいきなり何者かに取り囲まれた。

 亜兼は一瞬自衛隊かと思った。近づいて見るとぞっとして身を引いてしまった。

 記者の顔は血の気がひいて、青ざめて逃げ(まど)っていたが、しかし、取り囲む輪がじりじりと(せば)まっていった。

 そいつ等をよく見ると、二本足や四つんばいやら、なんとも(みにく)い血管や青い筋などが露わになった身体から血が噴出した真っ赤な化け物がその記者に今にも襲いかかろうと(すき)をうかがってにじり寄っていた。

 明らかにM618が山のように盛り上がった赤い壁の中から現れたやつらだ。

 記者は必死に怒鳴(どな)ったり、悲鳴をあげたりして威嚇(いかく)をするが化け物は確実にしとめようと記者の気を引くもの後ろから襲いかかろうとするものなにやら役割があるように亜兼は感じた。

 亜兼は助けようにも自分がやられそうで手も足も出なかった。

「うわー」

 その記者はとうとう赤い化け物に後ろから飛びかかられ、捕まってしまい、M618の真っ赤な壁の中に引きずり込まれそうになっていた。そこえ自衛隊が駆けつけて来て小銃を赤い化け物に向って構えた。

 小隊長らしい隊員が「撃て」一斉に銃が発射された。

 ブス、ブス、ブス、化け物の身体に弾が当たっている、しかし鈍い音が響いているだけであった。ブスブスブスブス、青白い光が線香花火のように弾の当たった箇所が光っていた。

 亜兼はさっき付けられていた気がしたそれが、あいつらだと思ったら人ごとではなくぞっとした。

 亜兼は同業の記者の悲惨な状態を目の当たりにしてカメラを構えたもののシャッターを切ることが出来なかった。

 記者のこんな悲惨な映像を残していいのか、体に力が入ってシャッターを切ろうとする指を別の意思が押えてしまってシャッターが切れない、それよりあの記者を助けなければと慌てたが、記者はすでに真っ赤な海の中に引きずり込んで行かれてしまった。

 小隊長が小銃のカートリッジを炸裂弾に替えていなかったことを()やんで、歯噛(はがみ)みをした。

「チェッ、補給班の奴等(やつら)、炸裂弾を(しぶ)りやがって、行くぞ」一人の隊員が亜兼のところにやって来た。「見受けるところ記者のようだが、同じ目に合わんとも限らないぞ、ここは立ち入り禁止区域です、至急立ち退()いてもらいたい」

「分かりました。」

 亜兼は返事をしたものの先に進んでいった。恵比寿(えびす)の方に来てみると、結構他社の記者も入っていた。皆かなり危険な事を解っているのかと思った。近くでまた悲鳴が上がった。亜兼は走った。住宅の路地を抜けて現場に出た。何人かのカメラマンが来ていた。カメラを構えてその瞬間を待っているようだった。

 その時、化け物の餌食(えじき)になったカメラマンの悲鳴が聞こえて来た。

 亜兼が駆けつけるとまだ若そうだった、彼は泣きそうな顔で「やめろー、そばにくんじゃねー」とカメラを振り回していた。

 そこへ自衛隊がやって来た。「お前ら、此処は立ち入り禁止区域だ出て行け」と怒鳴(どな)ると、いきなり何体かの化け物にバズーカ砲を打ち込んだ。

 赤い肉片が飛び散り退路を確保する事ができ、記者を助け出せそうだった。

 記者はほっとして、できた逃げ道に向って走った。けれど突然、化け物に飛びつかれた記者が慌ててもがいた瞬間、カメラのシャッターの音が「カシャ、カシャ、カシャ」と、あちこちで音がした。

 亜兼は(いか)りを感じた。「こいつ等、仲間じゃねえのかよ、きたねえやつらだ」

 M618の赤い山が三メートル程の高さがあるだろうか、その壁の中からまた何体もの化け物が現れた。

 いつの間にか、亜兼も夢中でカメラのシャッターを切りまくっていた。

 自衛隊が炸裂弾を撃ちまくって、化け物を吹き飛ばしていくが、赤い山の中から、うじゃうじゃ現われ出て来た。

 自衛隊も手に負えなくなり「戻れ、お前達逃げろ、犠牲になってもいいのか」皆一斉に後退した。

 バズーカ砲や炸裂弾を打ち込んで吹き飛ばしても、吹き飛ばしても、後から後からどんどん赤い山のように盛り上がった中から赤い化け物がつぎつぎ現われて来た。

 また記者が数体の赤い化け物に飛びつかれて犠牲になってしまった。

 ここまで化け物が増えると自衛隊にもどうしようもなかった。

 亜兼達は逃げるので精一杯だった。

 明治通りまで七百メートル程逃げた所で、振り返ってみると深追いしたといった感じで赤い化け物が止まってこっちの様子をうかがっていた。

 その姿はなんとも人間に近い恰好(かっこう)をしていて、手足や頭があるが指は3本、4本、5本、目や口も在ったり無かったり細かいところは適当で、また四つんばいで走る犬とも何とも言えない、奇妙な恰好おしている未確認生物もいた。皮膚が無く表面は真っ赤で、血管がそのままむき出しで青い筋も現わになっていた。そして血液が()れているのか身体は血だらけになっている、そんな気持ち悪いまさに化け物が何百体も、勢ぞろいしてこっちを見ていた。亜兼がカメラの シャッターを切った。

 なんだこの光景はここは東京だぞ、この変貌ぶりはどうなっちゃったんだ、赤い海、赤い化け物、気が変になりそうだ。亜兼は周りを見渡した。

 自衛隊がうじゃうじゃいる赤い化け物に向かってバズーカ砲を何発も打ち込んだ、小銃の通常弾は利かないが、さすがにバズーカ砲だと赤い化け物はばらばらに吹き飛んだ。

 まるでパレスチナのどこかの市街戦が日本のど真ん中で繰り広げられているかのように、粉々になった肉片が雨のように降って来た。

 亜兼はそこから一キロ程戻って、南青山あたりの状況をうかがっていた。

 こちらはかなり自衛隊だらけだった。ジープがひっきり無しに走っている、何処かに指揮通信車両があるようだ。

「なるほど、表参道と青山通りの交差点に一台あった、八七式指揮通信車だ。ここから百メートル程の処だ。

 ついこの間まで向こう側の霊園の芝生の中に、戦闘ヘリや輸送ヘリがかなりの数、着陸していたが、今はM618の赤い流動体に(おお)われて、すっかり様変(さまが)わりしていた。

 亜兼はいやな予感を感じた。周りを見渡した。さっき付けられていたあの感じに似ていた。 

 カメラを握り絞め、体に緊張が走った。身構えて、周囲に神経をとがらせて見渡した。ここはヤバイと思い表通りを進んでいった。

 表参道から五百メートル程離れた青山五丁目の交差点まで進むと、自衛隊の隊員がこちらを指差して数人が向って走って来た。

「まずいな」と隠れる所を探して周りを見渡すと、表参道の交差点の指揮通信車両を狙っている赤い化け物の集団を見つけた。

「このままじゃあの車両がやられちまうぜ」と亜兼は走り出して叫んだ。

「そこの車両、危ない、逃げろ、逃げろ」

 しかし騒音が激しくて亜兼の声などかき消されていた。

 自衛隊の隊員も指揮通信車両に向って走った。赤い化け物が何処からともなく、どんどん集まって来て、指揮通信車両が囲まれてしまった。走って来た隊員が炸裂弾を打ち込んで、数体を倒した。多勢の化け物には効果は低かった。

 亜兼はどうしようもなく立ちすくんでいると、後ろの頭上からヘリの爆音が聞こえてきた。あっと言う間に亜兼の頭の上を越えて行き、いきなり物凄い爆発音をさせて、AH64アパッチ攻撃ヘリの30ミリ

 チェーンガンが火を吹いた。バリバリバリバと、亜兼は驚いてしゃがみ込んだ。近くに雷が落ちたかのようだった。まさに市街戦そのものだった。

「うわー」

 そして、その車両の方に目をやると、赤い化け物がゴミのように飛び散って、残った化け物はくもの巣を突付(つつ)いたように、逃げまくってしまった。まるで何も無かったかのように、静かに指揮通信車両が移動をはじめた。

 亜兼はカメラを握り締めて路上に立ち尽くして思った。やつら何故、こんな所まで出てきて、しかも指揮通信車両を襲ったのか、明らかに士気の動揺と、かく乱をする事を(ねら)ったものだと思うが、他にも理由があるのか、それにしても目的を持っての行動で偶発的なものでは無いことは確かだと亜兼は思った、もし計画的だとすると、一体やつらしては何を計画しているんだ。

 直ぐに自衛官が亜兼の所にやってきた。

 そして注意された「そこの民間人、ここは立入禁止だ、  早く出て行け、命が惜しくないのか」とにらめ付けた。

 亜兼は「はい」と言うと、腕時計を見た、空は明るかったが既に夕方の六時を回っていた。一旦社に戻る事にした。

 国道246を渋谷方面に向って走った。ほとんど人影は無く、駅もまるで閑散(かんさん)としてゴーストタウンのように感じた。それは人並みで(あふ)れていた頃の広場が夢のように思い出された。

 明治通りを抜け、甲州街道を走り、愛車のビートルは社に着くと、亜兼はまっすぐに一階の現像センターに向った。「報道部、亜兼です、これ頼みます。」

「9時前には出来上がります、はいレシートです。」

「すいません」そして地下一階の、喫茶ゴッホに入って行った。

 自社の新聞を手に席に着くと、おばちゃんがやって来た。

「おばちゃん、いつものやつ」

「はいよ、いつもの、あんみつだね」おばちゃんが笑っていた。

 亜兼は、口に含んだ、お冷を噴出して「あんみつじゃーねえよ、モカだよモカコーヒー」

「お兄ちゃん、あんみつのほうが体に良いよ」とおばちゃんはまだ笑っていた。

「身体じゃ無くて、精神的に良いんだよモカは」と亜兼も笑い出した。

 新聞に目を通した。「ウムー、大した記事がねえな、さて今日の内容をまとめるか」

 新聞をテーブルの上に投げ捨てると、ショルダーバッグからレポート用紙を取り出すと、今日の出来事や情景をデッサンしたり記事を書き出した。

 私情をはさまず、ありのままの出来事を、具体的に論理的に書くことで、読者がどう思うか、できるだけ誘導しないように事実を浮き彫りにして、出来事が解り易くなるようにと、キャップの言葉を思い出して記事を書くことに(つと)めた。

 ため息をつくと「よし、此れで良いか」モカを一口飲むとレジに向った。

 一階でプリントを受け取るとエレベーターで四階に向かった。ドアが開き、ざわつくフロアーの中を青木キャップのデスクに向かった。

「キャップ、今日の記事と写真です。」

 キャップが時計を見て笑顔で「おー戻ったな、しかし時間切れだ、ご苦労さん、どうだった。」例によってどうせたいしたことも無いだろうと思った。

「それが危なかったです、もう少しでやられるところでした。」

「お前を襲う物好きと言うか、ゲテモノがこの世にいることのほうが記事になりそうだな」

 ちょっと怪訝(けげん)そうに、亜兼は写真を広げた。

「この写真を見てください」

「ほーう、これはゲテモノだ、此れならお前も一丁前に襲われるのも納得だな」とふざけているが、キャップの目は鋭くなった。

「キャップこの奇妙な生物ですが、この写真のM618の赤い山のように盛り上がったこの辺から突然現われてきました。この生き物ですが細かいところは大ざっぱに出来ていますが、見た通り、人間の格好をしています。また動物のような奴もいました。こいつらが集団で襲って来るんです。それがひきつける奴、背後から襲って来る奴と、統制が取れています。だけどなんでM618はあんなに盛り上がっているのかな、実際(そば)で見ると水のようにさらさらしているんですよ」亜兼は首を傾げた。

「何故盛り上がっているかは分からないが、統制が取れていると言うのも、気のせいじゃないのか」青木キャップは化け物を何処かで(あやつ)るやつがいるとは信じにくいと思った。何故なら赤い液体は偶発的な産物なのではと思っていたからだ。

「いえ、何ヶ所かで遭遇(そうぐう)しましたが、一律に同じような攻撃をしてきていました。まるで戦場のようです、都心はもう無残なものです。」

「そうか」青木キャップは少し考え込むとため息をついて、思いたくはないが首都東京はすでに赤い敵に落ちたと感じた。

「亜兼、もう遅いから帰っていいぞ」

「はい、今日の内容は記事に書いておきましたので、宜しくお願いします。」

「解った、明日も頼むぞ、ご苦労さん、あーそうだ、亜兼、勇気は買うが無謀な事はやめておけよ」

 亜兼は、ぺコッと頭を下げると「はい」と言って、報道部を出て行った。

 亜兼も今日のことで感じた。日本が壊滅に向かって進んでいる、すでに東京は手遅れに感じた、人間の住めない別の世界になってしまっていると、この状態の中で俺はこのまま同じことをしていていいのか?

 迷い始めた。






 4  迷 い





 家への帰り道、車を運転しながら、明日の予定を考えていた。そう言えば知佐さんはどうしているだろうと思った。市ヶ谷の防衛省の方はどうなっているのか行ってみることにした、それに墨田区、江東区の方はどうなっているのか、調べてみる事にした。

「まだ知佐さんはあそこに居るのかな、でもそろそろあそこも危ないと思うけど、まさか、そんな危ない所にいつまでも置いておくとも思えないし、また合えるかな」

 夜露にぬれた南北道路を亜兼の車が走り抜けていった。

 翌朝早く、亜兼は新宿にいた、新宿通りは自衛隊の検問で例によって通れない、靖国通りは入る事は出来たが、やはり検問でここもそれ以上は駄目だった。仕方なく明治通りを北に向かってゆっくり走りながら右に入る道を探した。

 しかしあまりの検問の厳しさのため、市ヶ谷の防衛施設にはまるで近づく事は当然出来なかった。これなら知佐さんも守られているかと変に安心した。

 秋葉原から浅草橋に入っていくと、検問が手薄になっている所が目に付いた。日本橋の方に行こうと思ったが、隅田川に()かっていた橋という橋が全て(こわ)されていて対岸に渡る事が出来なくなっていた。

 川岸(かわぎし)から反対側を見ると、M618が真っ赤に全てを埋め尽くされて、山のように盛り上がっていた。左側は隅田川であり、右側には皇居のお堀がある、もちろん大手門も坂下門も桜田門も橋は全て壊されていた。

 時々(ふく)れすぎたM618がボロボロと川に落ちていた。何処に流されていくのだろう。亜兼は意気込んで朝早く出てきたが「此れじゃあ、取材にならねえや」と、とにかく対岸(たいがん)の赤い山を何枚か写真に収めた。

 上を見ると総武線の線路が走っていた。車を降りて走っていくと秋葉原の駅が見えてきた。駅の中に入って行った、乗客も駅員も誰もいなかった。改札を抜けてホームに出て神田方面をのぞいたが電車はすでに走っていなかった。線路に降りて山手線の線路を東京方面に歩いて行った。山手線は八メートル程高台を走っている、この辺りは線路の下はM618で真っ赤に染まっていた、まるで赤い海の様であった。

「うわー、すげえや、気持ち悪りい」

 ドドンーと、かなりの衝撃音が聞こえて来た。望遠鏡を出して靖国通りの方を見ると、火柱が上がりそれに遅れてドドンと爆発音がまた響いて来た。

 望遠鏡の倍率を上げていくと、例の赤い化け物がかなりの数うごめいているのが見えていた。M618の赤い液状の帯が靖国通り沿いから一つ橋の首都高の入口に向かって広がっていた。

 赤い化け物は、西神田あたりまではいかいしているようであった。それを自衛隊が迎え撃ち交戦状態になっていた。

 望遠鏡の中でバズーカ砲で吹き飛ぶ化け物の肉片が粉々になって、飛び散るのが見えていた。

 カメラにズームレンズを取り付けると、西神田の交戦をかなりの枚数をカメラに収めた。

 周りをよく見ると亜兼の前方の神田駅近くに、他社の記者が数人カメラを構えてシャッターを切っていた。

 亜兼は「先を越されたか、同じアングルじゃしょうがないな」とあきらめ気味になっていた。

 他の記者が、下の赤い海を撮るため、反射光を避けて、フラッシュを炊いた、M618の真っ赤な表面がかなり波打ってざわついた。

 亜兼はそれを見て「赤いやつら、フラッシュに反応しているな、何故だろう発光する光に反応するのかな」そう思った。

 また、他の記者が2枚目のシャッターを切った。フラッシュが(まぶ)しい光を放って発光した。その瞬間、M618の真っ赤な表面が、急に盛り上がり棒状に延びて来た、フラッシュめがけて下から突き上がって来た。

 記者の持っていたカメラがはじかれた、その記者も赤い棒状の先端で(たた)き飛ばされて、真っ赤な渦の中へ悲鳴と共に落ちていった。

 亜兼は思わず叫んだ「ウワー」

 ほかの記者は、慌てて鉄骨の支柱にしがみ付いて青ざめていた。

 亜兼はしっかりはじき飛ばされた記者を連写していた。何故、フラッシュの発光にここまでM618が反応するのだろう、亜兼は考えていた。発光と言えば奴等(やつら)がバリアを張るときに青白く発光するのと何か(かか)わりが()るのか、それとも仲間との交信に関係があるのか。しかし仲間を(はじ)き飛ばすとは思えないし、だとしたら同じ発光を持つライバルとしてか、要するに赤いやつらが何らかの脅威を与える原因がフラッシュの発光に在るのだろうか?

 その時「こんな所、危なくて居られねえや」と捨てセリフを残して、他社の記者が全員亜兼の横をすり抜けて逃げていった。

 他社の記者が逃げてきた方向を見ると、神田駅が在りその先に東京駅が見えていた。望遠鏡で(のぞ)き込むと名物の赤レンガの壁が真っ赤なM618の海の中にどっぷりと飲み込まれていた。亜兼はこの光景を目にして悲しみが沸き上がった。東京駅は東京の象徴であり日本の中心のような駅でもある、それがやつらの赤い海の中に沈んでいる、まるで日本の行く末を暗示したイメージとオーバーラップして、ここでこんな事をしていていいのか、東京駅を基点に北は上越、東北本線、南は東海道、山陽、山陰本線と、これらの車両を使ってすでに日本全国にM618が散らばってしまった事は間違いないだろう、下水道の発達した地方の大都市で、こうしている間も増殖を続けて確実に日本の主要都市が敵の手中に落ちている、M618はこの東京で小競り合いを起こしているだけで、世論の意識を集め、自衛隊をここに集中させる事でほかの所で思うがままに侵略を進めているという事だろう、そう思うと自分は此処でこうして記事を追いかけているだけでいいのか、奴等の戦略の上で俺は踊らされているのではないのか、自分が踊らされていると思うと亜兼はあせってきた。

「こんな事をしてはいられない、もっとやるべき事があるはずだ」望遠カメラで神田の駅のその先の赤い海の中に浮んでいる東京駅の写真を一枚撮ると急いで車に戻った。

 そう思うと早く社に戻ってやるべきことをやらなければと思った。でもこんなに早く社に戻ったらキャップにどやされるだろうな、しかし今の亜兼の気持ちを何としても解ってもらいたい、どうしても理解してもらわなければと強く思っていた。M618の手のひらの上で、赤いやつらの思うがままに踊らされて記事を書かされているんだ、そのことが解ってきた、世間にやつらの脅威を知らしめるプロパガンダに俺が仕立てられている、自分の記事が敵の思うつぼに利用されてたまるか、そのことが分かった以上、このまま同じように利用されてたまるか、小さくても仕方ない鉄槌(てっつい)を食らわしてやらなくては自分の気持ちが(おさ)まらない、俺がやることは奴らの裏をかいて奴らの先を読んでやつらが現れるところを先読みしてやるぜ、けれどそれが自分のやることなのか迷いはあった。

 車は墨田川を渡って両国インターに向った。

 どうやってキャップを理解させるか、考えあぐねていた。堀切ジャンクションを過ぎて、川口方面に走っていた。

 キャップに解ってもらうための表現方法を何通りもシミュレーションを繰り返していた。車は東京外環道から関越道に入っていった。

 キャップに泣き落としは効かないだろうから、かと言っておどせば逆にこっちがおどかされちゃうし、どっちかと言うと同情を(さそ)う方が()くだろうな、所沢インターを出ると埼玉県は所沢の西部球場の横を過ぎた、狭山と言う所を抜けて会社に近づくにつれてドキドキしてきた。

 大きく深呼吸をしては自分に気合を入れ直していた。

 とうとう社に戻って来てしまった。また、ため息をつくと、「ヨシッ」と腹を決めて、取り合えず一階の現像センターに向った。ICカードを預けると、そのまま地下の喫茶店ゴッホに入っていった。「おばちゃん来たよ」

「お兄ちゃん待ってな、おいしいコーヒー入れてあげるよ」亜兼が席に着くとしばらくして、おばちゃんがモカコーヒーを持って来た。

「ありがとう」

「お待たせ、今日は早いね」

「うん、日本を救う作戦を立てているんだ」

「ほーう、うちの店が日本を救う中心になった訳だね、すごいね」とおばちゃんが大笑いした。

 そうだな、きっとキャップにも大笑いされるだろうな、でも訴えるだけ訴えよう「ええと、こんなでいいかな二面ぶっ通しで全国地図を入れよう、そうだ、こうしたほうがいいかな、レポート用紙を数枚にまとめると、コーヒーカップに指を掛け顔をカップに近付けて、一気に飲み干した。

「キャップもコーヒーみたいに飲み干せりゃー苦労しないんだけど」レポートを立ててポンポンとテーブルを(たた)くと「行くか」と立ち上がった。

 それを見ておばちゃんが「頑張れ」と笑顔で頷いていた。

 亜兼も唇をかみ()めて頷いた。現像センターでプリントを受け取ると、エレベーターに乗った。

 エレベーターが四階で止まり、扉が開いた。(はる)か前方の窓際に青木キャップが座っている、亜兼は大きく深呼吸をした、そして気合を入れて、エレベーターを降りるとせわしく行き交う社員を()うように「ご苦労さん、お疲れ様」と声を掛けながら、一歩づつ青木キャップに近づいていった。心臓の鼓動が大きく高鳴って行くのを感じていた。頭の中では、先ず、これから話そうと決めていた。言葉を繰り返し暗唱していた。とうとう青木キャップが目の前に座っている、自分がかなり硬くなっているのを亜兼自身感じていた、そして亜兼はぶつかって砕けてもいい、とにかく自分の思いを訴えて判断はキャップに任せる事にした。「ゴホン」咳払(せきばら)いをした。原稿に目を通していた青木キャップがゆっくりと上を向いて亜兼を見た。

「おい、お前、顔色悪いぞ、熱があるんじゃねえのか、薬飲んだか」

「いえ、あのう」

「あーそうか、病院に行きたくて早退したいんだな、結構お前も実らない努力をしているからな、確かに疲れるのも解るは、いいぞ帰って、大事にしろよ」

「キャップ、そうじゃないです。」亜兼は体に力が入っていると感じ、ここではっきり言はなくてはと思った。

 その姿を見て青木キャップはすぐに亜兼を理解した。「体じゃなくて、精神的にやられたのか?」

 亜兼はふてくされて、写真を取り出した。「これ見てください」

「ほー、ずいぶん撮ってきたな、無駄に枚数を撮ればいいっていうもんでもないぞ」青木キャップはその写真を一枚一枚、目を通していった。その目が(するど)くなった。

「このM618の真っ赤な海は、迫力あるな」他社の記者がM618の中に落ちて行く瞬間の記者の表情が恐怖におののき叫んでいる姿をはっきりと捕らえていた。

 青木キャップは、悲しさを感じるほど心が動かされた。しかし言葉には出さなかった。

「ほーお、これは駿河台の信号の所だな、赤い化け物と自衛隊の交戦の様子か」

 バズーカ砲で赤い化け物が吹き飛んでいる瞬間を捕らえていた。自衛隊も必死に戦っている表情もリアルだ。

「亜兼、この記事あるのか」

「いえ」

「どういうことだ。」亜兼は一枚の写真を青木キャップに見せた。それは真っ赤なM618の海のなかに浮ぶ、赤いレンガの建物の写真であった。

 青木キャップが手に取って「これは東京駅じゃあないのか」

「そうです神田駅の近くから望遠で撮りました。」

 青木キャップはいつものおっちょこちょいの亜兼と違い、切羽詰(せっぱつ)まった様子を感じた。

「お前、何を考えているんだ、話を聞こうか」

 亜兼は青木キャップのあまりの素直差に拍子抜(ひょうしぬ)けした。とにかく話を聞いてくれると言ってくれて肩の力が抜けた。

「M618の海に浮ぶ東京駅を見て、気付きました、すでに奴等は全国に散らばっていて日本壊滅の急所の都市を手中に収め、増殖をしながら攻撃の時を待っているのです、いままでの状況を総合すると下水道を利用して増殖しています、つまり下水道の発達した大都市が一番危険だという事です、しかしそこが一番人工も集中しています、今もその下水道で奴等は増殖をして時を待っているのでしょう」

 青木キャップは腕組(うでぐみ)をして、目をつぶり、亜兼の意見を聞いていた。亜兼は結論を言った。

「時が来たら、日本列島は奴等(やつら)のために壊滅状態になります。」

 少しの時が流れた。青木キャップは頭の中で整理した。確かに亜兼に言われるまでも無くその危険については考えていた。ただ、忙しさのあまり意識の外に追いやっていた事は確かであった。ここらで正面から取り組む時期に来た事を予感した。

「亜兼それで新聞なり映像なり、とにかく報道を通して奴等の出没する予想図とか避難場所を知らせたいと言う事だな」

 亜兼は驚いた、青木キャップがそこまで読むとは「はい、そうです。」

 青木キャップは目を開けて「解った、お前やっぱり疲れているは、今日はもう帰れ」

「はい」

「お前、その手に持っているレポートは何だ、それは置いていけ」

「はい」亜兼には青木キャップが理解してくれたかどうか解らなかったが、話す事は話した。おれに出来ることはこれくらいだ。自分なりに納得した。

「すいません、帰ります。」

「あー、いけいけ、早く寝ろよ」亜兼は頭を下げてその場を後にした、青木キャップは窓の下で亜兼が車に乗って出るのを確認すると、編集委員の前川と本多を呼んで、今の話を事細かに説明した。

「これを18,19ページを見開きで乗せられるか構成してみてくれないか、編集局の方は俺が話すから」と、広げていた亜兼のレポートを渡して「これをべースに考えてくれ」と二人に任せた。

 そしていよいよ、M618は布陣が整いつつあった。潮が満ち、時が来るのを刻一刻と待っているかのようであった。

 しかし、その時が訪れたとき、日本の国はどうなるのか?

 もはや一刻の猶予(ゆうよ)も無かった。焦る亜兼は自分の行動を見失いかけていた。

 M618の(かぎ)を握る白い箱の難解な謎に押しつぶされた吉岡は、結局解明をすることはできなかった、そして恵美子達がやっとの思いで解明した塩基Xの破壊理論はどこまでM618に通用するのだろうか、果して壊滅に向っている日本を救う事は出来るのか?

 首都東京を救うべく自衛隊の熾烈(せんれつ)な攻防は尚も続いていた。しかし、M618の凄惨(せいさん)な破壊力の前に自衛隊も成すすべも無く後退を余儀なくされていた。

 変貌してしまった首都東京での自衛隊の厳しい姿は、そのまま日本全土の壊滅を示唆(しさ)し未来への絶望(ぜつぼう)おも暗示しているかの様でもあった。







 5 敵 の 交 信





 真っ赤な海がどこまでも続いていた、未確認生命体M618は、首都東京のほぼ中心に現われ、今や多くの市や街を飲み込んで行き、尚も増殖を繰り返しその勢力を広げていた。

 すでに、東京だけでなく、日本全国いたる所の主要都市にも広がりつつあり、もはやこれらをくい止める手立ては無かった。

 自衛隊のあらゆる武器も通用せず、今や日本の壊滅を待つのみなのか?

 亜兼は、甲州街道を車で東に向かって走っていた。M618は田町、白金、目黒と飲み込んでいき五反田まで伸びて来ていた。車は初台で右に曲がり山手通りに入った。そのまま真っ直ぐに、品川方面へ向った。

 途中、大鳥神社の交差点まで来た、あたりはすでに人が居住(きょじゅう)している様子も無く、ほとんどの家族は何処(どこ)かに被災(ひさい)を避けて移ってしまっているようだった。

 この様子だと目黒駅あたりはすでに飲み込まれてしまったろう、やはり自衛隊の検問が敷かれていた。やむなく右に曲がり、目黒通りに入り、二キロ程ゆっくり走っていくと、いきなり四〇メートル幅の広い通りの交差点が現れた、標識を見ると平塚方面、と書かれていた。

 そこからまた一キロ程行ったところに、学校が出てきた。第七小学校と書かれていた、校庭の中に入って行ったが使われていないようだ。此処に車を止めて徒歩で進む事にした。

 都道の中原街道を横断すると、NTTの基地局があった、電波搭か、「うー」当然、上るしかないだろう、そう思って近づくと扉は壊されていた、亜兼はついていると思い、フェンスの中に入っていった、すると鉄のはしごも下にさがっていた。(うえ)の様子をうかがいながら亜兼ははしごをよじ登っていった。民家の屋根の上に頭を出すと視界が開けて遠くが見えてきた。

 ようやく一段目の踊り場に上った。見晴らしが良かった。

 けれど、はしごはまだ上に伸びていたのでした、亜兼はまた上を目指して昇って行った。

 二段目の踊り場に顔を(のぞ)かせると、人の気配が感じられた。いきなり声がした。

「気お付けろよ」と注意されたのでした。

「えー」亜兼は驚いて声のする方を見た。すると、他社の記者らしい人物がズームレンズ装着のカメラを(のぞ)いていた。

 歳は五十代半ばのようだ。亜兼は会釈をして「おじゃまします。」と言って二段目の踊り場に上がって行った。さすがに一段目よりはるかに見晴らしが良かった。

「様子はどうですか」亜兼は挨拶代(あいさつか)わりに声をかけた。

 その彼はカメラを(のぞ)いたまま「そうだな、首都高2号線に沿って赤い奴に飲み込まれているみたいだ。東は環七通りに沿って広がっているようだな、あんたも記者かい」

「はい、東京青北です。」

「ほおー」と感心なさそうに返事が戻ってきた。

 亜兼は望遠鏡で五反田(ごたんだ)方面からなめるように右に()って見ていった。

「なるほど、これはひどい状態だ。」かなり広い範囲で赤い奴に飲み込まれている、自衛隊が何重にも陣営を重ねて防衛線を敷いていた。

 この広い東京で目に入るものは赤い海と迷彩色の服を着た隊員の姿しか見当たらなかった、それもまた異様な光景に感じられた。

 光の反射の関係か目の前の街を覆っているM618の表面の色が金色に光っている、亜兼は望遠鏡を降ろして肉眼で見た。確かに金色に変色していた。隣にいる記者に話しかけた。「あいつ、金色に色が変わりましたね」と言うとその記者はファインダーを(のぞ)き込んでシャッターを切っていた。

 亜兼は時計を見て時間を確認した。そして金色のM618を何枚かカメラに収めた。しばらくすると元の赤い色に戻った。時間にしてわずか一分弱か「失礼ですがあなたはいつから此処で取材をされているんですか」

「うん、三日程かな」

「さっきのように、色が変わった事はあるのですか」

「昨日、昼前に一瞬、午後三時頃三十秒くらいか、今回で三回目か」その記者は望遠付きカメラを覗き込みながら話していた。そして何かを見つけたようだった。

「あー、始まった。赤い化け物が出てきたな、あれはどこかの学校の校庭だな」

「何処ですか」亜兼はあわてて望遠鏡を振った。

「五反田の方向だな」

 亜兼は慌てて焦点を合わせた。確かに中学校だろうか、校舎の裏手から何十体もの赤い化け物が出てきていた。

 望遠鏡の中で自衛隊が火炎放射器で応戦が始まった。赤い化け物が青白く光って、向かってきた自衛隊は火炎放射を浴びせながら後退している、一旦、火炎放射が途切れた。

 赤い化け物も発光が消えた。そして一斉に隊員達に飛び掛ってきた。そこを別の隊員がバズーカ砲で吹き飛ばしている。

 もしかすると、赤い化け物は、あの校舎を根城にしているのか・・・。

 そこを自衛隊が発見して、焼き払いに来たのだろう。

 そういうことか、だとすると空家を利用して赤い化け物はあちこちに居る可能性があるんじゃないのか、亜兼は今いる電波塔の下を見た。下は静まり返っていた。それを見てほっとした。しかし周りを見渡すと中学校、小学校が五百メートルと離れていないところにあった。

 亜兼はやな予感がした。「まずいです、孤立する恐れがあるかも」

 他社の記者に「降りたほうがよさそうですね」と(うなが)すと、「まさか、此処までは来ないだろう」と。その記者は楽観的であった。

 念のため、亜兼は下に降りていった。下の一段目に着いた。大丈夫かと思って又下のはしごの周りを見渡した。「大丈夫か」一気に降りていった、降りきらないうちに「まずい」と思った。やっぱり、周りの民家から化け物が現れてきた。奇妙な歩き方で寄って来た。仕方なく亜兼は鉄のはしごを飛び降りて、逃げようとしたがすでに周りを赤い化け物に囲まれてしまった。じりじりと寄って来た。すでに逃げ場はふさがれてしまった。

「ちきしょう、これで俺もおしまいかよ」身の毛が逆立って、冷や汗が出てきた。

「こいつら(うし)ろから襲って来るぞ」気をつけないと、と思った。

 電波搭にいる記者が一段目に下りて来て亜兼にアングルを合わせていた。

 亜兼が襲われた瞬間をねらってシャッターを切るつもりだろう。

「そうはさせるか」と亜兼は後ろに気をつけて後ずさりをしていった。

「アッ」何かにつまずいてよろけた。するととたんに後ろの化け物が飛び掛ろうとした。その時、電波搭の記者がシャッターを切った。と同時にフラッシュがボワッと(まぶ)しく発光した。赤い化け物がひるんだ。記者は立て続けにフラッシュを()いた。

 亜兼はその(すき)に自分のカメラのフラッシュをバシャバシャ()いて逃げ出した。夢中で後ろを振り向かずに走った。

 その時、悲鳴が聞こえた「くそ、やられたか」

 電波搭の記者のものである事は直ぐに解った。亜兼の体に怒りが走った。

 あの記者、電波搭で何もしないでじっとしていたら、助かったものを、俺をカメラに撮るのにフラッシュなんか()く必要は無かったはずだ、しかも何回も、彼もM618がフラッシュを嫌っていることを知っていたのか、それで俺は逃げることが出来たのか、もしあの時あの人がフラッシュを焚かなかったらと思ったら、体が震えてきた。

「うわー」いきなり亜兼は倒された。四ッ足の化け物は足が速かった。ほかの赤い化け物も追いついてきた。そして飛び掛ってきた。

 亜兼は振り向いてどうしていいか解らなかった。

「あー」両手を前で交差させ思わず叫んだ。

 すると、バリバリバリ上空で化け物がばらばらに飛び散った。立ち上がると、自衛隊が二個小隊程、小銃を構えて立っていた。化け物はすでに姿を消していた。

 亜兼は、ハァッと思った、すぐに電波搭に向って走った。しかし電波搭には記者の姿は無かった、亜兼は周りを見回したが、やはり記者の姿はどこにも無かった。ただ彼のカメラが落ちていた。

「連れ去られたのか」亜兼は歯噛(はが)みをして、うな垂れてその場に立ち尽くしていた。

 数人の自衛隊員が追いついて来た。「君、命を落とすところだったぞ、記者か、仕事柄解らんでもないが、俺たちまで危険にさらされる事になる、自粛(じしゅく)して欲しいな、とにかく此処は立ち入り禁止区域だ、直に立ち去ってもらおう」

 亜兼は頭を下げて「申し訳ありませんでした。」と謝った。

 そして車に戻った。

 亜兼は彼のカメラを見つめて、その記者のことを思った。一息つくと社に戻ることにした。

 亜兼は社に戻って来た。

 青木キャップに一部始終を話すと電波塔で拾った彼のカメラをテーブルの上に置いたのでした。

「このカメラがそうです。」

「貸してみろ」キャップがそのカメラを手にすると、小さな文字を見つけた。

「帝都売読新聞のか」

 少し()を置いて「亜兼、これ帝都に持っていってやれ、どんなスクープが撮れているかも分からない、その記者も、命掛けだったのだろう、もしスクープなら自分の名前で出させてやりたいからな」

 亜兼は頷いて「解りました、今から行ってきます。」

 甲州街道を新宿に向った。西新宿の高層ビル群の一角にさすが、最大手の新聞社だけある、二十階以上の高層ビルを亜兼は見上げていた。中に入るとこれがまたロビーが広いと来ている、また遠くのほうに受け付けが小さく見えていた、そこに行って訳を話すと、しばらくして女性の広報担当の方が案内して、十一階の綺麗な応接室に通された。

「しばらくお待ちください」と一言いうと行ってしまった。

 高級なイタリア製のソファー、そして窓際に大きな葉をしたゴムの木が置かれていた。しばらくして接愚係の方がお茶を運んできてくれた。笑顔で「もうしばらくお待ちください」

 亜兼は大事そうに持っていたカメラをテーブルの上に置いて、一口お茶を(いただ)いた。するとわりと背の高い、四十五前後の男性が現われた、高級仕立ての背広を着ていた。

「お待たせしました。私は編集局次長の五十嵐です。」

 名刺を差し出した。

 受け取りながら、亜兼も自己紹介をすると、テーブルの上のカメラを両手で持ち上げて「このカメラです。」そのまま五十嵐に、手渡した。

 五十嵐は手に取って「これは、源さんのカメラだ。」とまじまじと見ていた。

 亜兼は、その源さんとの出会いから一部始終を話したのでした、青木キャップの言葉を付け加えて、五十嵐次長は、源さんの行方不明を聞くと動揺を隠し切れなかった。しばらくカメラを見つめて茫然(ぼうぜん)としていた。

「そういうことでしたか、わざわざお持ちいただいてありがとうございます。」

 そして亜兼の方に顔を向けて「あなたも源さんに似た気骨(きこつ)のある記者の(かた)とお見受けしますが、くれぐれも命は大事にしてください、お礼に私に出来ることがありましたら協力させていただきます。」

「ありがとうございます。」亜兼は頭を下げてお礼を言うと、帝都売読新聞社を後にした。

 源さんと電波塔で見た山のように盛り上がっていたM618が表面の色を変化させていた事が気になり、ある事を確かめるため練馬の光が丘に居座(いすわ)っているM618の赤い山を確認したいと思った。

 亜兼はスマートホンで練馬駐屯地に電話を入れた。

「私は亜兼と言います、上一等陸尉につないで頂けますか」

「どのような、ご用件でしょうか」

「一度お会いしておりますが、赤い敵に付いて、お話がございます。」亜兼はM618と言わず、練馬駐屯地で、赤い敵と呼んでいたことを思い出して、そう呼んだ。

「しばらくお待ちください」機械的な応答が戻って来た。その後直(あとす)(かみ)が電話に出た。

「もしもし、上ですが」

「亜兼です、東京青北新聞の亜兼です。」

「あー、しばらくです、ご活躍のようですね」

「えっ、いえ」

「ところで赤い敵についてと聞きましたが」上はどういう事かと思った。

「はい、私の取材した限りではM618にかなりの変化が出ているようです、例の、光が丘の赤い敵ですがその後どのような様子か(うかが)いたいと思いまして」

「赤い敵がですか、特に変ってはいないと思うが」上はどのように変化しているのか気になった。

「ほかではどのように変化しているのですか?」と上は亜兼に(たず)ねると、「よろしかったら写真がありますので、お見せいたしましょうか」と亜兼は今まで撮った写真を見せようと思った。

「できればそうしてもらえると、今後の作戦にも影響がありますから見ておきたいですね」

「解りました、でしたら明日そちらに(うかが)ってもよろしいでしょうか」

「是非、それでは各検問所と受付に通行許可を出しておきますので、宜しくお願いします。」

 亜兼は会社に戻って来た。「さて、明日の準備をするか」自分のデスクに戻ると引き出しから写真の束を引っ張り出して、フォトブックに整理しだした。

 そこえ青木キャップが腰に手を当ててやって来た。

「お前、デスクを整理してどうするんだ、飛ぶ鳥、(あと)(にご)さずか、まあこの(あたり)もやばくなって来たからな、そろそろ一人で逃げる準備を始めないと間に合わないよな」

「違いますよ、仕事ですよ」

「ところで帝都はどうだった。」青木は帝都がどのような対応をしたのか知りたかった。

「あっ、報告遅れましてすいません、喜ばれました。五十嵐と言う人に会いました。」

「あの、きざな奴な」と言うと、青木キャップはフンと鼻をならした。

「知っているんですか」と亜兼は顔を上げ青木キャップを見た。

「もちろんだ、真夏でも背広を取らないところがきざなんだよ」

「何かあったら、言ってくれれば協力してくれるといっていました。」と言うと亜兼はまた写真の整理を始めた。

「あーそう、デスク綺麗にしておけと言っても、何も入っていなかったな」ぶっきらぼうに言うと青木キャップは亜兼のデスクの引き出しの中をのぞき込んだ。

 亜兼はどきっとして「何で知っているんですか、見たんでしょ」

「ちがうぞ、ちがう、点検だ。」と言って、青木キャップは両手を横に振った。

「今度、鍵を掛けておきますよ」亜兼はふくれっつらで言った。

「鍵なんか掛けても無駄だ、何も入っていないんだからな、ハハハ」と言って、行ってしまった。

「まったく、やんなちゃうよ、キャップはプライバシーもあったもんじゃ無いよ」亜兼は首を横に振った。

 フォトアルバムにやっと写真を整理し終えると、次にコメントを整理しておくために地下の喫茶ゴッホに行ってやることにした、立ち上がって亜兼は大声で「キャップ、明日は練馬駐屯地に取材に行ってきます。」と叫んだのでした。

「おー、行って来い」と感心なさそうにキャップから返事が戻って来た。

 亜兼は地下の、喫茶店ゴッホに入って行った。

「おばちゃん」

「お兄ちゃん、おいしいあんみつ入っているよ」

「ああー、モカコーヒーでいいよ、持て来て!」テーブルにつくとアルバムを開いて写真を見ながらコメントを考えた。

「はい、モカですよ」とオーナーのおばちゃんがカップを置くと笑顔を見せた。

「ありがとう」亜兼はちょこっと頭を下げた。

「日本は救えたかい」とおばちゃんがニコニコして言うと、

「まだだよ」と写真のコメントを考え始めた。

「その前に自分を救ってもらうほうが先だよねお兄ちゃん、いい牧師さんを知っているよ」

 亜兼は(あき)れておばちゃんの顔を見て咳払(せきばら)いをした。「うふん」

「あっそーだ。」余計なこと言ったかなとおばちゃんはカウンターに戻って行った。

 亜兼はコメントを考えながら思った。もし光が丘の赤い山と電波塔で見た赤い海とが同じ時間に色を変えていたとしたら、やつら何かを交信しているのではないのかと思った。そしていやな予感がした、何が起きているんだ?何が始まろうとしているんだろう。

「確かめなくては」

 亜兼は一通りコメントを付けて整理が終ると、コーヒーを一気に飲み干した。







 6  再  会





 翌日、亜兼はちょっと遅く、八時過ぎに家を出た。いつもの通りなれた道を走っていた。関越道を大泉で左に寄り東京外環道に入り、一つ目の和光インターを降りて川越街道を板橋方面に向かった。

 じきに自衛隊の検問が見えてきた。

 隊員が、亜兼の車を止めて「ここから先へは、民間の方は行く事は出来ませんが、身分証明になるものはお持ちですか」

「はい」と会社の身分証明書を差し出した。

「東京青北新聞社の亜兼義直さん、あー、上一尉より(うかが)っています、失礼しましたどうぞ」と自衛官は検問を開けた。どうなることかと思った亜兼は冷や汗が出ていた。

 何とか検問を通過した。そこから五キロ程行くとまた検問を行っていた。

 自衛官が車に寄ってきて「東京青北新聞社の亜兼さんですか?」と顔を確認するように言って来た。

「はい」

「どうぞ、ここを右に曲がると、駐屯地の入口になります。」

「ありがとうございます。」亜兼は会釈をした。確かに右に曲がると門があり、大きな表札が掛けられていた。「陸上自衛隊練馬駐屯地」と書いてあった。その入り口を入っていくと、玄関前に守衛が二人立っていて守衛の指示に従って車を駐車した。建物の中に入って行くと中は分厚(ぶあつ)い壁のせいか、7月の中旬にもかかわらず、ひんやりしていた。右側に事務室があり、受付のカウンターの奥に事務を()っている人が何人か座っていた。

「すいません」亜兼が声をかけた。

「はい、ご用件は」事務員がこちらを見た。

「実は私、東京青北新聞社の亜兼と申しますが」

「東京青北新聞社の亜兼様でございますか、上一尉から(うかが)っております。でしたら入館手続きをお願いします。」と書類をだした。亜兼は記入を終えると受付をしてくれた人が、案内をしてくれて、モルタルのたたきの広い階段を登って行った、二階に上がると四っ目のドアをノックした。

 中から「はい」と返事が返ってきた。

 案内をしてくれた事務の方が「東京青北新聞社の亜兼さんを、お連れしました。」と告げると、「どうぞ」と返事が戻ってきた。

 案内をしてくれた人が、ドアを開けると、中に上一尉が笑顔で待ってくれていた。

 亜兼も笑顔を介して会釈をした。「遅くなりました。しばらくです。」

「今日は、よく来てくれました。何か不都合はございませんでしたか」上が笑顔で語りかけた。

「いえ別に、早速ですが、このアルバム、見ていただけますか」亜兼はショルダーバッグの中に手を入れた。

「亜兼さん、そうあわてずとも、何か急ぎの用事がありますか」上はやはり笑顔でいた。

「あー、失礼しました。今日は此処だけです。」と亜兼も笑顔で頭をかいた。

 上はテーブルを指さし「今、お茶が来ますから」と椅子(いす)(すす)めた。

「ありがとうございます。」亜兼は頭を下げて椅子に座った。

「ああ、そうそう、これ君じゃないですか」と上一尉がデスクの上の新聞を取りに行き、戻って来た。そして亜兼にそれを見せたのでした。それは帝都売読新聞の一面の左下に()っていた写真でした、見出しに「勇敢(ゆうかん)に命を()けて戦う、報道記者、地獄の底から生還!」と書いてあった。その写真は源さんがあのNTT基地局で撮った写真でした。

 赤い化け物に取り囲まれて、まさに赤い化け物が飛び掛って来た瞬間の、すさまじい顔をしている亜兼がいた。改まって手に取りまじまじと写真を見入ると、そこに居る自分がまるで別人に思えるのが不思議に感じた。

 写真の下に、本島源三 (さつ)と記されていた。五十嵐さんが載せてくれたんだ。

 それも一面に、亜兼は報道記者として源さんに代わって五十嵐さんに感謝をした。

 上一尉が亜兼を見つめて。

「あなたにはいつも驚かされます、それに勇敢(ゆうかん)だ。」

 コンコン、ノックの音がした。先ほどの事務の人が、コーヒーを持って部屋に入ってきてくれた。

 上一尉が「いい香りですね」といって微笑み「すいません」と礼を言った。

「はい、モカの香りです。」とテーブルの上に置いた。

 亜兼は驚いて「ワーッ、どうして知っているのですか」と(うれ)しそうに言った。

 事務の人は理解できず「えー」と言うと、亜兼が「私はモカが大好きなんです。」と言った。事務の人が「ああー、それは偶然です、申し訳ありません」と微笑んだ。

 上が「そうでしたか、まあどうぞ」と(うなが)した。そして事務の人は部屋を出て行きました。

 上は一口、コーヒーを飲むと「では写真、見せていただきましょうか」

「どうぞ」亜兼はアルバムをめくりながら一枚ずつ細かく説明をしていった。上は深刻な顔をした。連絡会議等を通して知識としては理解はしていたが、話ではなく実際の交戦状態を写真で見るとかなり生々しいし、ここまで交戦が激しいものとは創造を超えていた。

「いや実際、凄いですね、まるで市街戦ですね、それにこの未確認生物は、かなり不気味です、これは集団で行動をするのですか」

「はい、ねらいを(さだ)めると、連係の取れた行動をしてきますね、自衛隊もその上を行かないとかなり苦戦を()いられます、まして小銃の通常弾はまるで効きませんし」

「それは聞いています。」しかし赤い化け物の統率の取れた(たく)みな戦術に上一尉はショックで考え込んでしまった。そして気を取り直して「亜兼さんの用件はどのようなことでしたか?」

「はい、例の光が丘にいる赤い敵の現状を確認に来たのです。」

「そうでしたね」上はパソコンを起動させ、練馬駐屯地のサブネットを開くと、光が丘の赤い敵のサイトを検索した。

「これは、まあ、極秘事項と言うほどではありませんので、とにかく見てください」

 それは監視カメラによる映像でした、亜兼が五反田のNTTの基地局でM618を見ていた時間を指定して、データーをパソコンに打ち込むと、昨日と同じ時刻の状態の映像がモニターに映し出された。

 やはり映像の赤い山の表面の色が金色に変化しだしていた。左上の時刻が、NTTの電波搭で確認した時刻とおなじであった。やはり交信しているのか、それとも何かでつながっていると言うのか、まてよ離れているように見えるがやつらは一体物なのかも知れないと亜兼は思った。

 しかし、それより亜兼が気になったのは、ここの赤い山の形が最初見た時とさほど変化していない事だった「これはへんだな」とかなり疑問に思った。

 何週間も()っていると言うのになぜ大きさに変化が無いのか、どう考えても変だ。しかし、その時は理由(わけ)が解らなかった。

「上一尉、ここの住民は」

「半径五キロ以内は(ほと)んど住人は居ないはずです。」

「近辺で未確認生物を確認した報告は無いのですか」

「そのような報告は受けていないが」

「そうですか」

 亜兼は推測した「川越街道の国道254は直接千代田区とつながっていますが、もし市ヶ谷で何かがあって退却する必要が出たとしたら」

 上は少し考えて、市ヶ谷を退去するのに使用する幹線道路となると国道246か20号、それに254となりますね、この国道254は東部方面総監部のある朝霞駐屯地や第一師団司令部が置かれている、ここの練馬駐屯地が配置されている()()を考えますと、国道254は退却するには最適です。」

 亜兼はショルダーバッグから地図を取り出して、テーブルの上に広げた。

「もしここを封鎖されたら」と国道254の板橋当りを指差した。

「それは、かなりのダメージです。」

「それに光が丘の赤い敵の目的がその封鎖と練馬と朝霞両駐屯地の封じ込みにあるとしたら、一石三鳥になりますね」

 上は難しい顔をして「それは考え過ぎではありませんか」

 亜兼も「そうであれば良いのですが、とにかくできれば、一件残らず調べた方が良いと思いますね、赤い敵は最短約三十分で分裂します、あのままの大きさを維持しているのはおかしいです、増えた量はどこに行ったのかです。奴等(やつら)は何処の町でも人目もつかず下水道の中で増殖をしています、光が丘のあいつがあのままで何もしない訳が無いでしょう」と亜兼は映像の赤い山をにらんだ。

 上はうかつだった事を反省した。

「色々うかがって方策が見えてきました。」

 亜兼は恐縮して「いえ、私こそお話を(うかが)って、気が付く点がありました。今日はどうもありがとうございました、私はこれで失礼します。」

「そうですか」

 亜兼は会釈をしてドアに向った。上はその背中を見て呼び止めた。

「亜兼さん、その背中のほころび、どうされました。」

「ああ、先日の格闘でやったらしいです。」と新聞の表紙を指差した。

「じゃーこれ持っていきなさい」と上は背広掛けにつるしてあった、夏用のシャツを取ると亜兼に渡した。

「いけません胸に星が三つと一の字が付いています。」亜兼はまずいのではと思った。

 上が口に指を立てて「内緒ですよ、私の気持ちです。家の普段着に使ってください」

「そうですか、ありがとうございます。」それを受け取ると、亜兼はドアを開けて出て行った。

 帰り道、ついでに駐屯地の周りを一回りしてみた、光が丘のM618の赤い山は明らかに何かのカモフラージュだと感じた。

 それと駐屯地の南と北に営団地下鉄と東部東上線が走っている。

 この駅ごとに奴等(やつら)(ひそ)んでいるとしたら、駐屯地は完璧に囲まれていることになるがどうなんだろう、上一尉が言っていたように、考え過ぎなら良いが、一応確認が終ると会社への帰路(きろ)を急いだ。

 帰り道、考えていた。何故そんなに細かい手を打ってくるのか、解らない、M618はよほど知能があるのか?

 しかしいつも思う事だが、M618の何処にそんな中枢(ちゅうすう)があるのだろうか、何処からかきっと指令を出しているはずだと思っていた。

 何とかそれを探し出す事は出来ないものか、いくら考えても亜兼にそんな手立てがあるはずも無かった。そうこうしているうちに社に戻って来た。

 エレベーターで四階の編集局に着いた、そして扉が開いた。相変わらず活気があるな、と心地よく感じていた、亜兼はこの雰囲気が好きだった。

「キャップ、行って来ました。」

 青木キャップは、、(ひじ)つき椅子に体を(あず)け、両手を頭の後ろに回して「おー、駐屯地はどうだった」と感心無さそうに聞いてきた。付け加えて「おまえ、良く()れていたな」とあくびをした。

「何がですか」亜兼は何のことかと思った。

「お前まだ見てないのか、帝都の・・・・」

「あー、見ました。」

「お前も、必死になると(しぶ)(つら)しているよな」

「渋い面ですか」亜兼はショルダーバッグの中の物をデスクの引き出しに戻しながら。

「それにしても、今にも殺されそうな感じが良く出ていたぞ、あれは演技じゃないよな」と天井を見ながら青木キャップが言った。

「実際やばかったですよ、信じてくれないんだから、あそこで源さんがフラッシュを炊かなかったら、私はやられていましたよ」と亜兼はちょっとむくれた。

「そうなっていたら俺は今頃喪服(もふく)を着ていたのか、おいおい長生きしろよ、俺にそんなまねさせるなよ」と青木キャップは「フン」と鼻をならした。

 青木キャップがよって来て「おい、源さんの形見だ、この新聞とっておけ」と言うと自分のデスクに戻って行った。

「ありがとうございます。」

練馬駐屯地の帰りに駐屯地を一回りした時に気になることがあった。

 そして亜兼は地図を広げて、再び練馬駐屯地の周りを確認していた。特に交通機関を見ていた。

「うー、やはり国道254は市ヶ谷、練馬駐屯地、朝霞駐屯地を(つらぬ)いているな、M618が練馬と朝霞の両駐屯地を(つぶ)したら東部方面隊はそうとうなダメージを受けるのではないのかな、第一師団も同じだろう、やはりM618の(ねら)いはそこなのかな、東部東上線はM618にとって手軽な移動手段になっているのでは、待てよ地下鉄はどうなっているんだ。亜兼は地下鉄を追っていった。

 都営地下鉄三多線の新高島平、西台かこの位置は重要だな、東京メトリ有楽町線の平和台、氷川台ここも危険だ。

 都営地下鉄大江土線の地下鉄練馬駅、練馬春日町ここも奴らにとられるとかなり苦しくなるだろう、そして次の駅名を見たとき亜兼は思考が停止した。「光が丘駅だと」

 何と光が丘が地下鉄で(つな)がっていた。「しまった。気が付くのが遅すぎた。」と亜兼は焦りだした。すでに練馬駐屯地も朝霞駐屯地も奴らに包囲されてしまっている、包囲は完了してしまったのかいや、上一尉の話しでは赤い敵は駐屯地付近では確認されていないと言っていた、つまりまだだということか?

 亜兼はいきなりデスクの上の電話の受話器をとった。しかしむやみに電話をしていいものか迷った。こういうことは練馬駐屯地でもすでに分析しているのではとも思った。しかしもし違ったら、とにかく電話をすることにした。

 プルルルル受付の人が受話器をとった。「はい、こちら陸上自衛隊練馬駐屯地です。」

「私は、今日(うかが)いました。東京青北新聞社の亜兼と申します。」

「亜兼さんですか、ご用件は」

「上一尉にお話があります。」

「上一尉ですか」受付の人は上が会議中であることは知っていたが、一応内線を上一尉に回した。

「上一尉、お電話ですがどうしましょうか」

「誰からですか」上が確認した。

「東京青北新聞社の亜兼様と言う方です。」

「つないでくれたまえ」

「よろしいのですか」受付の人は会議中で電話を(つな)いでいいのかと思った。

「かまいません」

「解りました。」

 受付の人が亜兼に「おつなぎします。」と言って、回線を会議中の上に回した。

「もしもし、上です。」

「亜兼です、(よろ)しかったのですか」

「会議中だが、君からならかまわんよ」

 亜兼はデスクの上の地図を見ながら言った。「今、地図を見ています。」

「地図ですか、こちらにもちょうど見ているところです。」上一尉はテーブルの上の地図を見て何だろうと思った。

「東部東上線、それと東京メトリ、都営地下鉄です。」此処が敵に落ちるとどうなるのか亜兼は聞いてみた。

「うん、それは我が方の駐屯地が孤立する可能性があるな、ここを敵に押えられると身動きが出来なくなるだろう」

「やはりそうですか」亜兼は思ったとうりだと感じた。そしてやはり言うべきかまだ迷っていた。

 上一尉は亜兼が話につまったことを感じ「どうしました。」と何故話が途切れたのか気になった。

「上一尉、駐屯地でもすでに分析済みなら私の取り越し苦労で済むことですが、これら地下鉄はすでに敵の手に落ちていると思います。」

「えっ、何だつて」上一尉にはかなりのショックだった。と言うより駐屯地を取り巻く状況を整理できなかった。分析班からはそのような情報は聞いていなかった。なぜそうなるのか疑問に思った。

「亜兼君、何故そうなるのか、教えてほしい」

 亜兼は上一尉がそのことについて認識していないと感じた。「その証拠は地下鉄大江土線です。光が丘に地下鉄が繋がっています。あそこの赤い山の大きさが変わらない意味が分かりました。地下鉄の坑道をやつらで埋め尽くすためにあの赤い山の増殖したM618を使っていたのです。」

「そういうことだったのか」上一尉は何を毎日やっていたのかそんなことも見落としていたとは情けないと思った。

 亜兼は話を続けた。「今日、見せていただいた映像で、光が丘のM618の表面が金色に変化している部分がありましたが、じつは、その時刻に私は五反田にいました。そこの赤い敵の表面も金色に変化していました。明らかに交信をしていると思います、と言うよりM618は全て一体のものだと考えるべきだと思います。」

 上一尉の志向はそこまで拡大しては考えられなかった。「地下鉄の坑道は我が方の奇襲で奴らを殲滅(せんめつ)することは可能だと君は思うか」

 亜兼は考えるまでもなく無理だと感じた。「おそらく無理だと思います。」

「やはりそうか」上一尉は亜兼がそう答えると推測していた。やはり彼も自分と同じことを感じているのだろうと思った。「亜兼君、光が丘の赤い山が地下鉄の坑道のM618と繋がっているということは、東京のM618と全て一体であるということを君は言ったが、つまり、たとえ地下鉄の坑道で戦闘が始まったとしてもそれはM618全てとの全面戦争になると考えられるからだろう、それは練馬駐屯地だけでなく朝霞も市ヶ谷も全て巻き込むことになると君も思うか」

「はい」亜兼は受話器の向こうでうなずいた。

 上一尉は首を横に振って「確かに、今の自衛隊の火器ではどう転んでも勝ち目はないだろう」と実感していた。しかしそれで済む話ではなく、何か手を打たなくては、けれど上一尉にはどう手を打てばいいのか思い浮かばなかった。「亜兼君、君ならどうする、教えてほしい」

 亜兼は恐縮した。しかし敵を(たた)く手立てなどある訳もなかった。「敵を(たた)く手立てはありません、しかし地下鉄を奴らにも使えないようにしてやるしかありません、入り口をガラやコンクリ―トで埋め尽くしてやるしかないかと思います。奴らに多少はダメージを与えるでしょう、だけど駐屯地では坑道の内部の状況の確認無しでは何も動かないのではないですか」

 上一尉は頷いて「確かに、残念ながら君の読みどおりだ。」

 亜兼は上一尉が坑道の調査をするのではと思っていた。でしたら自分のM618について気が付いたことを話しておくことにした。「上一尉、誰かがどうしても坑道の内部の奴らの状況を確認することになったのなら上一尉から忠告をしてほしいと思います。武器は持たない方がいいと思います、また奴らと戦う意思も無くすことです、奴らはこちらの意思を感じるようですから、坑道の暗がりの中ではやつらは襲ってはこないと思います。夜は奴らは襲ってはきませんから、同じ条件だと思います。」

 上一尉も理解したように頷いた。「もし誰かが坑道の調査をすると言い出したら、伝えておこう」

 亜兼は最後にもう一つ伝えておかなければと思った。「上一尉、もう一つだけ、他の場所での共通点があります。奴らの包囲網が完了すると必ず奴らは地上に現れていたるところで小競り合いを始めます。おそらく何かのカモフラージュのつもりなのでしょうう、それが無いということは、おそらく駐屯地の包囲網は完了していないと考えられます。それを見るには地上の路線の駅を調査することです.なぜならそれらはやつらの移動に使っているはずだからです。そこに奴らが出没していたのならかなり厳しい状態だと思います。

 上は悩んでいた。「しかし、捜索して奴らがみつからなかったら、どうやって赤い敵の存在を確認すれば良いのか悩んでいる」

「それは、下水道に石油を流し込み、火を付けるのです、必ず出て来ます。」亜兼には自信があった。

「君もずいぶん大胆だな、私も大胆なことは好きだよ」上は亜兼の大胆差に感心した。

 上一尉はやっと落ち着いてきた。

 亜兼は地図上を指差して「それと国道254と環状八号線がクロスする地点です、国道254が敵に(つぶ)されたら環八は重要な退路となると思いますが、その交差点の左上の小学校は焼き払った方がいいと思います、駐屯地を威嚇するために重要なポイントだと思います、きっと未確認生物はここを根城にしているはずです、上一尉、くれぐれも気おつけてください、奴らはどこまで進行しているのか不気味です。」

「分かった、ありがとう、君に負けないよう頑張るよ」

「そんな」亜兼は言葉が無かった。

 上は(いそが)しそうに「亜兼君、たすかったよ、だいぶ見えてきた、じゃー、会議中なので」

「失礼しました。」亜兼はため息をついた。青木キャップが頭に両手を置き、こっちを見ていた。亜兼と目が合い青木キャップが頷いて笑った。亜兼は左手で頭をかいて、ばつ悪そうにデスクを立って、地下の喫茶店ゴッホに息抜きに向った。







 7  偵  察





 練馬駐屯地の会議室では普通科連隊を中心とする作戦会議が行われていた。

 上一尉から提案された偵察行動(ていさつこうどう)について見当がなされていた。これまでの通常の偵察では赤い敵の姿は確認されたという報告は司令部でも受けていなかった、だが確かにこの駐屯地を取り巻く鉄道を赤い敵がもしも押さえていたとするならば、我が(ほう)は四方を取り囲まれることになる、(まさ)に袋のねずみだ、直ちに確認をしておく必要があるのではないのかと意見が出た、このことは連隊長もうかつであったことを感じざるおえなかった。

 上一尉の意見により地下鉄はリスクが大きすぎるため、まず地上の路線の駅を選択することになった。

 下赤塚駅、東部練馬駅、上板橋駅に決まった。

 そしてこれらの駅構内の偵察(ていさつ)が行われることが決まり、作戦が発表された。

 連隊長の号令が飛んだ。「各小隊ごとに所定の駅の構内、下水道及び施設を調査、偵察を行う、ただし敵を確認した場合、即座に司令部に報告をする事、あくまで交戦はせず司令部からの応援を待て、くれぐれも調査が目的である、以上だ。」

 また、司令部長より「今回の作戦は、それが事実だとするならば当駐屯地の命運を分ける程の重要な作戦となるであろう、今までの警備行動では報告はなされていないことからして状況を詳しく調査する必要がある、確実に敵の進行状況を確認して、今後の作戦に大きく影響を及ぼす問題点を(あら)わにしてくるやも知れない。しかし、我らは(すみ)やかに赤い敵を(ふう)じ込め、一気に優勢に転じて駆逐(くちく)する、その意気込みで、アリの子も見逃さないよう、各自の責務(せきむ)遂行(ついこう)してもらいたい」

 フル装備の隊員達が、次々とジープに乗り込み駐屯地を出発して行った。

 第一小隊の持場(もちば)は、上板橋駅だ。隊員は5.65㎜小銃を構えて、駅構内に入って行った。いたる所を調査するが、特に異常は無かった。

 下水の蓋を開けて確認するが、やはり何一つ見つける事はできなかった。

 司令部は報告を受けた。「駅構内を調査確認の結果、特に異常を認められない」

 司令部で、見当会議が始まった。二等陸尉の幹部が「どうなんだね、やはり取り越し苦労ではないのか」

 他の小隊からも連絡が入って来た「やはり何も見つかっていないようだ」

 上一尉が「そんな事はありえません、マンホールに石油を流し込み敵を追い出す作戦に切り替えましょう」

 すると他の陸尉幹部達が「そんな必要は無いのでは、現に調査では何も出てきていないようですし」

 上は立ち上がって「あの地点は敵にとっても重要な場所だ、この駐屯地を落とすためには必ず潜伏(せんぷく)しているはずだ。」

 別の陸尉幹部も「あんな赤いまんじゅうのようにふくれた奴に、我々を出し抜くような知識があるとも思えないが」

 その議論を聞いていた陸尉幹部がどうするか決めなくてはと思った。「ここで司令部長、結論をお願いします。」

 司令部長は腕組をして考え込んでいた。「分かった、とりあえず上板橋駅の下水道に石油を投入して(ため)してみろ、但し量を予定の半分でだ、それで結果が出なければ調査は打ち切りとする、それでいいか」

 上は慌てた。「そんな、石油の量を半分にして結果を求めるのは危険です。」

「上一尉、これは決まった事だ、いいな、以上散会、決行は一時間後だ。」指令部長の一言で全員散って行った。

 上は一人、歯噛(はが)みをした。あのマンホールは百メートル行った所から広くなっている、半分の量の石油ではそこまで到達しないだろう、敵にその奥に逃げ込まれたらおしまいだ。

 上にはこの先どのような展開になるのか創造もつかなかった。そして仕方なく自室に戻っていった。

 一時間後、マンホールに石油が投入された。そして司令部の点火の合図を待った。しかし司令部も風が出始めたため、ゴーサインを出しあぐねていた。

 上はとっくに点火されたものと思っていた。司令室に戻ると隊員に声お掛けた。

「点火されたのか」

「いえ、まだです。」

 上は驚いた。石油が投入されてすでに一時間は経過している。

「どういうことだ」

「風が(おさ)まりません、危険だという事です。」

「なるほど」そして椅子に座り現場の様子を(うつ)しだしたモニターを(なが)めた。

 風が収まり、司令部から点火の指令が出された。

 現場から小隊長より「点火準備完了です。」と報告がきた。

 司令部よりゴーサインが出た。「点火」マンホールの石油に火が放たれた。火は一気にマンホールの中に充満して、いくつものマンホールの蓋が吹き飛んで火柱が上がった。

 その後、静けさが戻って来た。

 司令部のスピーカーに、報告内容が流れた「三分後、異常無し」

 誰かが「やはりな」と言う声がした。

 上も「やっぱり、あそこまで石油が届かなかったのか」と思った。

 仕方ないと自室に戻ろうと司令部のドアに手を掛けた、そのとき部屋のなかでおおきな声が上がった。

 現場ではドドドーンと、地響きが始まり、マンホールの穴の中がいたる所で青白く光り出した。マンホールの蓋が外れた穴からいきなり真っ赤な液体が吹き上がった。              

 第一小隊の隊員が驚き、身動きが取れず、司令室に指示を求めて来た。「大量のM618が出現しました、どう対応すればいいのでしょうか、指示願います。」

 司令部も突然の出来事に驚き、対応が遅れていた。そのうちマンホールの穴から、例の赤い化け物が次々に現れてきた。しかも小隊にむかって襲いかかって来た。

 初めて見る赤い化け物に隊員達は驚き体が硬直して動けなかった。

 通信班が司令部に現状を報告して来た。「赤い液体が何か所ものマンホールから大量に吹き上げている、真っ赤な未確認生物も次から次に現われてきています。こちらに向ってきています、武器の使用の許可を願います、許可を」

「許可は、許可は無いのか、早くしてくれ、やられちまうぞ」と悲痛に隊員が叫んでいた。

 隊員は焦って大声で怒鳴っていた、もう一度司令部に打診しろと、通信班も焦って「武器の使用の許可を願います。」と何度も司令部を呼ぶが、司令部もまるで想定していなかった現場の展開に信じられず混乱して正しく現場の状況を認識できなかった。「赤い敵が現れた、まさか」

 連隊長はまずいと思いマイクを(つか)むと「第一小隊に発砲許可をだせ」と怒鳴った。そしてすぐに救出班を編成させて出動させた。

 しかしすぐに第二小隊からも赤い敵が大量に出現したと報告してきた。至急応援部隊の要請がほぼ同時に入ってきた。

「何だと、第二小隊もか・・・」すぐに第二小隊の救出班も出動させた。

 しかし続けざまに第三小隊からも救出要請が入ってきた。

 司令部も混乱してどの情報が正しいのか収集が付かない状態になっていた。


 第一小隊の上板橋駅ではまだ発砲許可が下りてこなかった、隊員は銃を構えてどうしていいのか分からずただ後ずさりをするしかなかった。

「赤い敵が7メートルに迫って来たぞどうするんだ。」

 通信班が司令部を再び叫んだ。「至急、許可を」無線機が「ザー」と、ざわつき「許可する」と流れてきた。小隊長が「撃て撃て」と叫んだ。一斉に炸裂弾が赤い化け物めがけて打ち込まれた。 

 未確認生物はばらばらに飛び散っていった。しかし、次々に現れてはむかってきた。

 隊員もバズーカ砲で、束で吹き飛ばしてやった。その隊員の後ろのマンホールからいきなり赤い液体が吹き上がりその隊員は飲み込まれてしまった。残った隊員も四方から次々に出てきた赤い化け物に囲まれていた。

 慌てて通信班が司令部に応援を要請した。「こちら第一小隊、岩下二士、赤い敵に飲み込まれ行方が分かりません、他三名も赤い敵に包囲され退路確保できず、至急応援を、あー、赤いて・・・ツー」

 通信は途切(とぎ)れてしまった。

 司令部が第一小隊を何度も呼んでいた。


 第二小隊も第一小隊と同時に東部練馬駅の担当に当たっていた。構内、駅舎、助役室、トイレ、待合室、椅子の下、小隊長の所に調査結果が次々に入って来た。やはり何処(どこ)も異常なしとのことであった。

 残るわマンホールの中の調査結果が残った。隊員がマンホールの中にサーチライトを持ち込んで、丹念に奥の方まで調べあげたが特に変った様子は見つからなかった。

 隊員は小隊長に報告をした。「報告します、マンホールの中は特に異常なし」

 司令部から定時の報告を求めてきた。

 小隊長も異常なし、と報告をするように通信班に言った。

「分かりました。」通信班はそのように司令部に報告した。

 小隊長は何も出ないことで、手ぶらで駐屯地に戻るしかないと思っていた。

 しかし司令部からはマンホールに石油を投入して焼き払うようにと司令が来た。

 小隊長は少し驚いた。「なに、何も出ないことが判明しているのに何故なんだ、・・・・・・解った。」ため息をつくと、石油の投入を指示した。

 マンホールに石油が投入されていった。その間も小隊長はあれだけ丹念に捜索して何も出ないのに、いくらやっても・・・と思っていた。

 小隊長はまたため息をついて指示をした。「よし、点火しろ」マンホールの中に、火が投下された。瞬間に炎は走りマンホールの蓋が吹き飛び火柱があがった。あまりの迫力で、隊員も身構えるほど驚いた。

 炎も下火になり小隊長が「やっぱり何も起きないか、通信班、司令部に連絡を入れろ、異常無しと」

「はい」無通信班が司令部を呼び出した。「こちら第二小隊、報告します。」

「こちら司令部、どうぞ」

「第二小隊、マンホールに石油を投入及び点火、三分後特に何も・・・」その時だった、残っていたマンホールの蓋が再び飛び跳ねて、中から真っ赤なM618が勢いよく吹き出して来た。

 小隊長は腰を抜かすほど驚いて叫んだ。「こんな大量のM618がいったい何処に居たんだ。司令部に連絡だ!」

「こちら第二小隊、現在大量のM618が、マンホールから吹き上がっています、攻撃の許可を」

 しかし司令部がなにやら混乱している様子が伝わって。とぎれとぎれに別の小隊が赤い敵に襲われているとか、無線に流れてきた。しかし直ぐに許可が下りた。

「撃て撃て」炸裂弾を液状のM618に打ち込んだ、しかし青白く光ってまるで利いていない、バズーカ砲も同じであった。

「司令部、こちら第二小隊、火炎放射隊の出動を要請します、前方後方共にマンホールから赤い敵出現、退路を敵に急襲され確保困難、至急出動を」

 司令部はまだ混乱して(あわ)てていた。それでも救出班を編成した。「至急、火炎放射隊を出動させろ、東部練馬駅だ!」

「了解」出動するのに三分、現場到着まで4分、火炎放射隊一個中隊が、ジープと輸送トラックで現場に要請から七分後、到着した。

 中隊長がジープから降りてあたりを見渡したが、マンホールの穴から消えかかった炎が燃えているだけで、M618の姿も、第二小隊の姿も消えていた。

 他の隊員が車から降りてきて「どういうことですか」

 中隊長が指示を出した。「構内を、くまなく捜索しろ、第二小隊を探し出すんだ。」

 隊員が一斉に捜索に走った。

 そして状況を司令部に報告をするように通信班にうながした。「、第二小隊、一人残らず行方不明、現在捜索中!」

 司令部から返答がなかなかこない、何やら司令部で動揺が起きていた。その後指示がきた。「了解した。捜索を継続、必ず見つけ出してくれ」


 第三小隊は下赤塚駅の調査に当たっていた。

 駅構内の調査はやはり何も見つからず、司令部の指示通りマンホールの中に石油を投入した、そして点火をした、マンホールの中を轟音(ごうおん)を上げて炎が走っていった。マンホールの蓋を吹き上げ炎が続いて噴出(ふきだ)した。

 隊員もその迫力に驚いた。やはり三分後の報告では異常の無いことを隊員は確認した。

 小隊長も司令部にそのように報告をするように、通信班に伝えた。

 その時突然、路上を小刻みに不気味な震動が伝わってきた、そしてマンホールの蓋を吹き上げて真っ赤な液体がいきなり吹き上がった。M618の真っ赤な液体がすぐさま大きな塊となって、第三小隊の正面に立ちはだかっていた。

 隊員が小銃を構え、バズーカ砲が(ねら)いを定めた。するとその赤い塊から真っ赤な血管も(あら)わになったその血管から血が()れているのか体が血塗(ちぬ)られていた人間の格好をした不気味な未確認生物が、何体も現われてきたのでした。

 その異様な姿を始めて見る隊員達は驚き震えだした。「なんだ、この化け物は」全員後ずさりを始めた。小隊長が「撃て、撃て、撃て」と叫ぶと一斉に小銃が火を噴いた。

 赤いその塊が青白く光り、自衛隊の攻撃がまるで効かなかった。それでも未確認生物は、何体かは炸裂弾で、吹き飛ばす事が出来た。

「通信班、司令部に状況報告をしろ」小隊長が叫んだ。

「はい」

「それと、応援の要請だ」司令部は直ぐさま救出班を(むか)わせた。現場では、隊員が後ずさりしていた。すると後ろのマンホールからM618が吹き上がり、小隊は完全に囲まれてしまった。

 小隊長が叫んだ「一点集中攻撃、目標はあそこにうごめく未確認生物だ」

「はい」隊員が応答した。

「よし行くぞ」隊員がそこに炸裂弾を浴びせかけて走った。未確認生物は飛び散り退路を確保する事が出来た。

 一人、二人と抜け出す事が出来たが。三人目が走り抜ける時、上からバサッとM618が(おお)(かぶ)さってきた。

「うわー」あっという間に、その隊員がM618に飲み込まれマンホールの中に引きずり込まれてしまった。

 小隊長が、大声で何度も名前を呼び続けた。「佐藤、佐藤一士」

 退路が閉じてしまい、M618の赤いおおきな塊が小隊長達の周りを(おお)って、除々に真っ赤な化け物の輪が(せば)まって行き、小隊長以下二名が小銃を撃ちまくる中、赤い化け物は飛び散りながらもなおも隊員の包囲は狭まって行きとうとう逃げ惑う隊員が捕まり赤い液体に飲み込まれてしまった。

 一人抜け出した隊員が、小隊長達を呼び続けていた。しかしマンホールの中に飲み込まれてしまい、M618は跡形も無く逃げ失せてしまった。

 残された隊員は、路上にひざから崩れ落ち、放心状態になっていた。そこに救出班が駆けつけてきた。

 司令部はその状況の報告を受け、慌てて直ちに作戦は中止された、そして一事撤退の指令を各小隊に発令させた。しかし時はすでに遅く、部隊の三小隊十八名もの隊員を、一時間足らずの内に失ってしまった。思ってもみなかった結果に、司令部は動揺(どうよう)を隠し切れなかった。

 すぐさま緊急の作戦会議が召集された。会議室は、すでに各陸佐、陸尉、陸曹長、各大隊、中隊の長が席に付いていた。

 司令部長が数人の取り巻きを従えて、会議室に速足で入ってきた。連隊長が、議題を進めた、第三小隊の助かった隊員に状況の報告をさせた。隊員は興奮が()()らぬ様子で、震えながらその恐怖と無残な状況を話していった。そのうち泣きじゃくり、話にならなくなってしまった。連隊長が「退場を・・」全員が深刻な顔をしていた。

 上一尉は、軽薄な作戦に責任を感じていた。

 空気を察した連隊長は「確かに作戦について、敵を甘く見過ぎた感は認める、小隊一班によるM618の調査、捜索確認を命じたことは軽率だった、しかし敵との交戦がここまで急激に拡大したことについては、想定外であった。

 しかし彼等の勇気によって、この駐屯地が敵にすでに包囲され、孤立されつつあることを確認することができた。もしもこのまま何もせずに気づかずにいたら、当駐屯地が壊滅の危機的状況にあったであろうことは明白である、。悲しみは解る、しかし今は赤い敵を駆逐(くちく)することで、犠牲になった彼等の(とむらい)いをしたいと思う」

 皆、沈黙をしていた、連隊長は幾つかの疑問が浮かんだ。「ここで疑問が幾つかある、先ず、あれだけ第二小隊が、入念に捜索をしたマンホールから火を放って間もなく大量のM618が何処(どこ)から現われたのかだ。またどれだけの量の敵が現実に我が駐屯地の周辺に存在しているのかだ。それに報告によると、あの程度の炎であるのなら、やつらバリアで充分しのげると言うことか、では何故あえて現われてきたのかだ。」

 誰も返答が無かった。

 上がゆっくり立ち上がって「全て推測に過ぎないが、最悪の事を想定しておかなければ、後で取り返しの付かないことになります、赤い敵はすでに我が駐屯地の包囲を完了まじかと言うことか、隠れた行動を必要とせず、攻撃態勢に入っているとしたら、赤い敵の捜索に現れた小隊を、壊滅する目的で合えて燃え盛る炎を目標に逆に集まってきたのでは」

「なるほど、それで捜索をしても見つからなかった訳か」

 上は付け加えた。「あくまで推測です。」

 別の陸尉幹部が「であるなら、マンホールの中で火を焚くことで敵を(おび)き出せる訳だ、そこに二個中隊を投入して、火炎放射隊を中心に、敵をたたきつぶすべきだと思うが」

 一里(いちり)はあるが、全員「うん」とは言いがたかった。

 それは別の陸尉幹部からの発言にあった。「根っこを残して、いくら枝葉をたたいても、犠牲が増えるだけだ。要するに、光が丘にある、ドデカイM618の塊がある以上、別の場所でいくらたたいても、()ぐに補充されてしまう、それでは無意味だ。」

「じゃー、どうするんだ。」他の陸佐幹部が「どうするかは別にして、上一尉の言うように、赤い敵が我が方を攻撃する準備が整ったとしたなら、何故姿を地上に現さないのか、我が方の駐屯地の周りに赤い敵は陣地を確保する事でこの駐屯地を急襲するために優位に立つと思うが」

 又別の陸佐幹部が「要するに、君達の話はあくまで推測に過ぎない、今日一日の調査で全てを判断するのは無理だろう、それも無謀な捜索や調査では」

 又別の陸尉幹部が「確かに、この駐屯地を攻撃するだけなら、光が丘の赤い敵が直接でもいいはずだ、しかし各路線の駅を押え下水道も全て押えて、ここの駐屯地だけを攻撃するにしては入念過ぎる気がするが、敵の配備も広範囲に広がり過ぎているように思えないか、何か他に目的があるのでは?」

 上は亜兼の言葉を思い出していた。もし赤い敵が市ヶ谷の退路としての国道254をつぶす事と、練馬と東部方面総監部が置かれている朝霞の両駐屯地をつぶす事が目的なら、一石三鳥だと、上はそのとき考え過ぎだと取り合わなかったことを今となっては亜兼の言っていたことが現実身を()びて来た事を考えざる()えなくなってきた。

 上は立ち上がった、そして亜兼の考えを話し出した。

「光が丘公園に巨大な赤い敵が存在する、捜索でも分かったようにやつら赤い敵はそうとう大掛かりに我が駐屯地を包囲している、その意味に付いてある人物の言葉を借りると、この駐屯地の北側を走る国道254の存在が大きいと言う事です。首都東京で赤い敵の侵略を少なからず食い止めている我が第一師団は奴らにとって目の上のたんこぶのような存在なのでしょう、師団を完全に叩くのなら、今いる市ヶ谷の師団だけでなくここ練馬駐屯地も朝霞の東部方面総監部も根こそぎ(つぶ)すつもりなのだろうと考える、つまり一石三鳥です。例えば師団が攻撃を受けた場合の退路として、国道246号、20号の甲州街道そして国道254の川越街道であります、しかし前者の国道246号線また、20号の甲州街道もすでに使える状態では無くなりつつあり、よって国道254川越街道をなんとしても死守しなければ、第一師団の退路を(まった)く失う事になる、赤い敵にとって攻撃の重要なポイントはおそらく国道254の要所に未確認生物を配置するための敷地なり施設を確保していると思われる」する上一尉はテーブル上の地図の一点を指差した。

 まずは国道254と環状八号線がクロスしたところでした、上は続けた「要するに光が丘に位置する赤い敵は、朝霞駐屯地と練馬駐屯地をにらみ、国道254を押さえ込むことで、光が丘にM618が位置する事が一石三鳥の意味をもつ、しかし奴らにとって問題があるそれが環状八号線だここは逆に我々の逃げ道にもなる、そこを奴らはまだ確保していないそれが証拠にここの駐屯地を急襲してこないことです。」上はまた地図を指差し「国道254から環状八号線に入った所の左側に小学校がある、環状八号線を(つぶ)すにはここが赤い敵の根城になっているはず、おそらく未確認生物の巣窟(そうくつ)になっているはずだ、ここをまず完全に破壊して、奴等が積み上げてきた作戦をぶち壊す必要があると考えている」

 勢い良く数人の手が上がった。

 ある陸尉幹部が立ち上がり「確認もせず、何故その学校が巣窟になっていると言い切れるのか、捜索をしてからでもいいのではないのか」

 上も立ち上がって「捜索は必要ない、犠牲者が増えるだけだ、直ちに焼き払うべきだ。」

 別の陸尉幹部が「捜索もせずに、何故解るのだ」と同じようなことを取り上げた。

 上一尉も同じように答えた。「だから必要ない、そんなに犠牲者を出したいのか、焼き払うべきだ。」

 やり取りを聞いていた一等陸佐が手お挙げた。「まて、我々が逆の立場なら確かに、その学校は作戦上重要だ、間違いなく確保するだろう」

 すると「解りました、でしたら我が隊で捜索を行いましょう」と芹沢三等陸佐が立ち上がった。

 そこまで言うのならと上も納得した。

 翌朝、日の出と共に、捜索を開始する事が決まった。芹沢は自身満々で「そこに赤い敵がいるのなら願っても無い事、(たた)きつぶすまでの事、半日で壊滅状態にしてやるぜ。」

 翌朝、日の出と共にジープや輸送車両の列が駐屯地の門を出発して国道254から環状八号線の入り口の、小学校に向った。そして校庭内に集結した。

 5人一組十小隊により、校舎内、一階の捜索を入念に行い、安全を確認した後、二階の捜索に進む手はずになっていた。校舎の周りでは二人一組が十メートル間隔に連なって、捜索の開始を待っていた。もちろん小型カメラを装着して、映像を司令部のモニターに常時送って来ることになっていた、装備は小銃に炸裂弾装填、ハンドトルネード、バズーカ砲二十丁、火炎放射器十丁、無線マイク、そして空からのバックアップはOH‐1攻撃ヘリ三機、ナパーム弾、バルカン砲、ミサイル弾搭載。

 芹沢が「これだけ装備すれば充分だろう」と、笑みを浮かべた。

 すでに、校舎前に八十人体制で整列していた。

 上はモニターを見ながら「この校舎自体危険だな、コの字の形をしていて、しかも、周囲がフェンスで囲まれている、正門側を取られたら退路が無くなる、八〇人もの隊員を救い出すのは難しいな」

 いよいよ校舎内捜索隊が正面入口より突入していった。

 下駄箱を通り抜け、廊下を左右に分かれて、各部屋を入念に調べて行った。各捜索班から指揮通信車を通して捜索状況が逐一、司令部に報告が入って来た。その映像も司令部に送られていた。

「一階、一年C組異常なし」司令部でも食い入るようにモニターを見ていた。左右に分かれた各班とも四教室目の捜索に入っていた。

「指揮通信車報告します、こちら第一班、一階、図工室、捜索中、現在のところ異常無し、戸棚の中異常無し、掃除用具入れ異常無し、準備室も現在捜索中、報告します図工室、準備室共に異常ありません、以上」

 第二班からも報告が入った。やはり生徒の勉強机も乱れていない、特に異常は無かった。

「大隊長、次の部屋の捜索に移っても(よろ)しいでしょうか」

「了解、次の捜索を継続せよ」芹沢大隊長は校庭の安全な場所に陣取っていた。

「なんだ、なんだ、何にも起きやしねえな、多少何かが出て来てくれないと功績(こうせき)も上げられねえな、昇進にもひびきそうだぜ、志願した甲斐がねえな、しょうがねえ、二階を見るまでも無さそうだな」と芹沢は退屈(たいくつ)そうにあくびをした。

「こんな装甲車まで持って来て」と七三式装甲車の横っ腹をたたいた。

 捜索は四時間以上続けられていた。「よし、全員一度、外へ出せ、休憩してからだ」

通信班が無線マイクで告げた。

「一旦、撤収(てっしゅう)」全員が校舎の外に出てきた。芹沢は小隊長を召集して状況を細かく分析した。

「やはり、特に問題は無かったか」そして隊員に向って「よし、1030(ヒトマルサンマル)時より校舎内、二階の捜索を開始する、定刻に正面入り口前に整列、それまで休憩、以上解散」

 上は一階の捜索で撮ったビデオをもう一度通信室のモニターで見直していた「うむー、特に異常は無さそうだな」机の下、引き出しの中、準備室の中、カーテンの裏、トイレの中「下水道調べたのかな」

 通信係りが「上一尉、定刻になります、映像が送られて来る時刻と思われます。」

「あ、失敬した。」校庭にはすでに隊員が整列していた。そこえ芹沢大隊長が現われて「よーし、これより二階の捜索にあたる、しっかりやってくれ」

 そして二階の捜索が再開された、小隊ごとに正面玄関より突入していった。

 昇降口から右に五メートル程行くと、二階に上がる階段が現われた。先頭の隊員が状況を報告してきた。

「階段異常無し、二階に上がります。」

 二階に上がると左右二手に分かれた。教室の入り口の上に二年生の教室の名札が下がっていた、各部屋ごとに捜索が始まっていった。

「二年A組異常無し」次の部屋に移動します。

 司令部にいる上が「ちょっと、今の場所もう一度、戻って映し出してくれないか」と気になる点があった。

 それはローカの壁を映し出した映像だった。何か黒いスジが天井から()れていた。

 無線マイクでその場所を映し出すように、司令部から現場の小隊に指示を送った。

 小隊長の返事が返ってきた「ここでしょうか」上は映像を見ながら「あー、それだ、そのすじのようなものは一体なんだ」

「はい、これですか、雨漏(あまも)りでしょうっか、さびのしずくのようです。これはそちらの映像では、黒く見えるかも知れませんが、実際には赤っぽい液体のすじのようです。」

 赤っぽい液体だと、上は驚いた。「何、赤い筋だと、すぐ撤収しろ、全員外に撤収させろ、敵は天井だ」







 8  反  撃






 司令部から指揮通信車の芹沢大隊長に慌てた声で連絡がきた。「こちら司令部、すぐさま、全員校舎から撤収させてください」

 芹沢は驚いて理解できなかった。「なに、異常も無いのに何故だ。」とふてぶてしく取り合う様子も無かった。

 上がマイクを通信係りから(うば)い取り「敵は天井の中だ。」と叫んだ。

 芹沢は信ぜずに「何言ってんだ、そんな馬鹿な」

 そのときだった校舎の天井が物凄(ものすご)いほこりと共に一斉に落ちて来た。ほこりが舞う中、赤い敵がうごめく姿がかすかに確認できた。

 隊員は天井の下敷きになる者やかろうじて天井の落下を(のが)れた者も真っ赤な不気味な化け物に次々に襲われていった。

 腕を折られ引き裂かれM618に飲み込まれて行った。

 正面入口の前で小銃を構えて援護(えんご)をしていた隊員達が(あわ)てて中の隊員救出のために踏み込んでいった。ほこりの舞う中を目を凝らして仲間の隊員を探した、すると人影を確認した。その瞬間に、ほこりが舞い立つ中、赤い化け物が突然飛び出して来て、救出に来た隊員に次々に襲い掛かってきた。

 逃げる間も無く、捜索班の総勢三十名以上がほぼ全員犠牲になってしまったのでした。

 司令部は、無線をとおしてただ撤収を繰り返すだけであった。校舎のいたる所の窓ガラスをやぶって赤い化け物がなだれのように外に出てきた。校庭にいた隊員に次々に襲いかかって来た。芹沢は装甲車(そうこうしゃ)にしがみ付いて、パニック状態になっていた。何体かの赤い化け物が芹沢の方に向って来た。

 芹沢もそれに気づいて敵対的な言葉を(はな)った。「何だこの化け物は、てめえら来てみろ、ぶっ殺してやる」と腰の拳銃を抜き、化け物に銃口を向けた。

 化け物がお構い無しにどんどん芹沢に向って来ると、芹沢は急に恐くなり拳銃を化け物めがけて投げ出してしまい、悲鳴を上げながら装甲車によじ登った。

「早く出せ、早くバックしろ」と怒鳴りつづけた。

 装甲車の重機関銃が火を噴いて、向ってくる赤い化け物を吹き飛ばした。上空に攻撃ヘリが現われて、校庭に飛び出して来た赤い化け物めがけてロケット弾ポットから空対地ミサイルが次々に打ち込んだ。

 校庭が戦場と化した。いくら吹き飛ばしても、校舎の中から次から次へと現れて切りが無かった。芹沢は独り言をつぶやいていた「こんな所にいたら、俺までやられちまう」とそばで攻撃を加えていた高機動車に飛び乗ると、一人で「撤退、撤退、撤退」と何度も繰り返し、操縦士に「こいつを出せ」と怒鳴った。

 操縦士が驚いて「えー、しかし」とその指示を疑った。

「いいから出せ、駐屯地に向え」芹沢三佐は正気の沙汰には思えなかった。

「他の隊員は・・・」操縦士はそれ以上言えなかった。まさか、他の隊員を見捨てるつもりですか、とは・・・・。

 無情にも芹沢は「いいから早く出せばいいんだ、こっちがやられるぞ」操縦士のモニターマイクが司令部とつながっていた。

 上は信じられなかった。「芹沢三佐は隊員を置き去りにするつもりか、正気とは思えない、後で査問会議ものだぞ」上は飛行隊指揮室に連絡を入れた「直ぐ飛ばせるヘリはあるか」と聞くと、

「はい、偵察用でしたら」飛行隊指揮室から返答があった。

「それでいいエンジン始動しておいてくれ、すぐに行く」上は椅子をけると立ち上がった。

 通信係りが「どうするんですか」と聴いてきた。上は上着を着ると「現場に行く、隊員を見殺しにする訳には行かない」

 芹沢三佐が駐屯地に向う途中、上空を飛ぶ偵察ヘリと交錯(こうさく)した。この時点で上一尉は司令部に上申した。「芹沢三佐一人撤収したもよう、上一尉これより小学校に向い芹沢三佐に代わり指揮を取ります。」

 校庭の上空で上は状況を把握(はあく)した、すでに退路が確保できる状態では無かった。指揮通信車の脇に降りるとハンドマイクを手にして「俺は上一尉、芹沢三佐に変って指揮を執る」

 四十人程の隊員がばらばらに撃ちまくっていた。

 上が指示をした。「校庭中央で、半円に扇形の構えをとれ、上空からヘリでバックアップする、銃弾、武器をヘリより補充するから、補給する者を数人選べ」

「解りました。」小隊長から返事が戻って来た。

 上一尉の指揮に従って、隊員が扇形の構えを取った。三機のヘリを上空にホバーリングさせ、ロケット砲およびバルカン砲で攻撃させた。しかし赤い化け物を吹き飛ばしても次々に向かって来た。上一尉は司令部に攻撃ヘリの応援を要請した。「こちら上一尉です、ナパーム弾を搭載したヘリ三機、小学校へ・・・」司令部は「了解、準備しだい直ちに向わせる」

 司令部にとっても、これ以上の犠牲者は、絶対増やす事は出来ないと、総動員を覚悟で、小学校に救出の準備を始めた。現場では攻撃ヘリ三機のバルカン砲もミサイルもすでに撃ち尽くして上空でホバーリングを続けていた、ヘリの燃料も尽き始めてきた。

「指揮通信車、応答願います、こちら飛行隊OH‐1攻撃ヘリ、ロックワン」

「上一尉だ、どうした。」

「燃料メーターがゼロに近くなりました。駐屯地に帰還したいと思います。」

「了解、許可する、但し、武器を装填(そうてん)して至急戻って来い」

 しばらくするとロックツウもロックスリーも燃料切れになってしまった。

 上はつぶやいた「応援のヘリはまだか」上空を(あお)いでもすでにヘリの姿は無かった。

 隊員の引き金を引く指の皮がむけ、防護手袋の中は血だらけになっていた。火炎放射器の燃料も尽きた。赤い敵の輪が除々に狭まっていった。

 上と隊員は絶対絶命の状態に追い詰められていった。

「こいつら炸裂弾でいくら吹き飛ばしても、別の肉体に同化してしまう、こいつら死ぬと言う概念(がいねん)が無いのか、くそーこんな時、亜兼君ならどうする」上の志向がフル回転した。

 時が流れていった。

 上はいきなり司令部に連絡をとった「上です、良く聞いて欲しい、現場の周りの全てのマンホールに石油を放流して、火を(はな)ってください、くれぐれも見落としの無いよう」

「司令部長だ、上一尉どういうことだ。」

「はい、奴等(やつら)の補給路をつぶします、奴等を袋のねずみにしてやるんです、今のままではいくらつぶしてもつぶしても補充され、増える一方です。」

「解った、直ちに決行する、もう少し持ちこたえてくれ」

「解りました。」と言うものの上はもう限界を感じていた。そして、隊員を激励するしか出来なかった。

「がんばれ、今ヘリが来るぞ」赤い化け物は炸裂弾で吹き飛ばせるが、M618の本体が押し寄せて来たら、ひとたまりもない、しかし正面の校舎の入口からこちらに向って、真っ赤な液体M618が押し寄せてきていた。

「上一尉、M618がこちらに真っ直ぐ向って来ています。」上は手榴弾を手に「俺に任せろ」指揮通信車の燃料を火炎放射器の空になったタンクに詰め込んだ。そしてM618が来る方向めがけて投げつけた、そこにM618が除々に近づいて来た。上は慌てて手榴弾を投げつけた。しかしとんでもない所で破裂してしまった。

 小銃を撃ちまくる隊員が「上一尉、早いとこ決めてください」

「おい、焦らせるなよ、それでなくても自身がないのだから」今度は、ねらいを定めて投げつけた。かなり手前で破裂してしまい、あわやこっちまでとばっちりが飛んできた。

 そばにいた隊員が見かねて「私がやります。」と素早く手榴弾を胸のベルトから外しピンを抜くとタンクめがけて投げつけた。一発で決めた。

 燃料を詰めたタンクが爆発音と共に吹き飛んで一面火の海になった。

上は思った。「これで時間が稼げそうだ」するとそばの隊員が「上一尉、たまには投げる訓練をしてください」と叫んだ。

「わかった、わかった、良くやってくれた。」

 確かに、M618がそこで前進が止まってしまった。上は同じように三方に燃料を詰めたタンクを投げつけ手榴弾で破裂させた、周りが火の海になり隊員は隙間から現われる赤い化け物だけを狙い撃ちすればよくなった。一瞬ほっとする事が出来た。しかし校門の方から向かってくる赤い化け物がゆっくりと後ろから迫ってきていた。

 前からは、M618が青白く発光しながら炎を乗り越えてきた。炎の壁からいきなりM618が青白く光って現われて来たとき隊員も驚いた。また小銃を撃ちまくり始めた。「だめだ、まるで効かない、上一尉、武器が通用しません」

 隊員が動揺(どうよう)を始めた、扇の体勢をとっていた形が除々に後退を始め、狭まっていった「左側、側面持ちこたえることが困難になりました。」扇形が変形していった。

 上が叫んだ「一次後退」目の前のM618が大きな津波のように四メートル近く盛り上がってきた。

 隊員は、立ち尽くして呆気(あっけ)に取られ見上げた。上は(あせ)った、こんなのが(おお)いかぶさってきたらひとたまりも無いな「馬鹿やろー、見とれてんじゃねーよ、後退しろ、後退」

「上一尉、これ以上無理です。」上は周りを確認してフル回転で思考を働かせた。

 そうだ亜兼君が確か奴等(やつら)はフラッシュの光に何故か弱点があるような事を言っていた事を思い出した。

上一尉は指揮通信車を見た。「そのルーフに付いているのはストロボなのか」と操縦士に聞いた。

「はい、緊急時の走行のためのもので四台のストロボが付いています。青色ですがいいんですか」

「この際構わない、とにかく合図に合わせて発光させてくれ」

 上一尉は四小隊を選ぶと「お前ら全員手榴弾を構えろ」と叫んだ。

 すると隊員の一人が「上一尉、手りゅう弾なんかM618には効かないのではないですか」と疑問に思った。

「いいから一か八かだ合図で投げろ」上がまた怒鳴(どな)った。

「解りました。」隊員も負けじと返事をした。

「いいか、操縦士ストロボを発光し続けろ」上は操縦士に発行の合図をした。

「了解、スイチON」ストロボが発光する中、上が叫んだ「手榴弾を投げろ」一斉に手榴弾が飛んでいった。そしてなんと、M618の表面で爆発して真っ赤な血しぶきが上がった。

 隊員は驚いた。「えっ、炸裂したぞ、信じらんねえな」

 試しにまた手榴弾が投げられた。

だが爆発は全てではなかった。どうもストロボの発光が届いた範囲で、まして発光と同時に炸裂したものはM618を吹き飛ばしていた。それが何故なのか誰にも分からなかった。

 上一尉にも何故かは解らなかった。とにかく隊員に手榴弾を投げさせた。M618が吹き飛んでいき血しぶきが上がった。M618の進行が遅くなった思いがした。

 そのときやっと応援のヘリが後方の上空に現われた。隊員が一斉に歓声が上がった。攻撃ヘリのロケット砲ポットから次々にロケット弾が発射された。

 しかしやはりほとんど爆発することなく青白い光の中に飲み込まれていった。ただ指揮通信車のストロボの光が届く範囲に打ち込まれたロケット弾が爆破して、M618が真っ赤なしぶきを上げて吹き飛んだ。

 隊員がほっとして涙ぐむ者さえいた。

 校庭のフェンスの外の路上で火柱が上がった。すると今まで、上一尉や隊員達を包囲していたM618が、急に校舎の中に逃げ込み始めた。見る見るうちに校庭から姿が消えていった。隊員はガクッと(ひざ)から地面に(くず)れ落ちた。すでに立ち上がる気力も失われていた。

 M618が姿を消すのを見ると、上一尉はそばの小銃を拾い上げた。

 それを見て、小隊長が走り寄り「一尉どうするんですか」と訪ねてきた。

「校舎の中には三十人もの隊員がいる、助けなくては」と言うと上は走り出した。

 小隊長が「危ないですから()めてください」と言ったが、しかし、上は校舎の中に入って行った。

その様子を見ていた隊員二名も小隊長と共に後を追って校舎に入ってきた。

 上は振り返り三人を見ると「おまえ達、戻れ、これ以上犠牲者はたくさんだ、戻れ」と怒鳴(どな)った。

 しかし小隊長は毅然(きぜん)として「いいえ戻れません、上一尉と一緒で無ければ」と言い切った。

上は首を横に振って「困ったやつらだ、ただし何かあったら直ぐに校舎から飛び出すんだぞ」と念を押した。

「解りました。」た小隊長は真剣な目で上一尉を見た。

 上が司令部でモニターを見ていた時は、確か隊員は二階の捜索中に天井が落ちてきて襲われたはずだ、瓦礫(がれき)の山になったローカを進み階段を上がり二階に進んでいった。

 M618は跡形も無くいなくなっていた。

 それに校舎内で敵の犠牲となった隊員の姿もまるで見当(みあ)たらなかった。

「どうしたんだ、何処にも見当たらないぞ、どうだそっちは」

 先へ進んでいった隊員が「こちらも同じく遺留品すらありません」

 全ての部屋を確認したが、結局何も見つからなかった。肩を落として昇降口から上達が出てきた。校庭に輸送ヘリが着陸していた。輸送車が何台も来て隊員を収容していた。

 上たちの所にジープが横付けになり「一尉、お乗りください」と言うと。

「俺はいい、こいつらを乗せて行け」と一言いうと上は校庭の隊員の群れの中に消えていった。翌日、再度校舎内を捜索したがやはり何も見付けることは出来なかった。


 夕刻、会議が召集された。1800(ヒトハチマルマル)時、第三会議室で、議題は『今回の小学校の捜索について』であった。

 上は自室で亜兼がくれたアルバムを見ていた。見れば見るほど敵について何も知らない事が浮き彫りになり、はずかしくなった。これで戦うなんて、無謀(むぼう)もいいとこだと思った。「けれど、亜兼君は命知らずだ」あの勇気は見習わなくてはと思っていた。

 時計を見ると、そろそろ会議の定刻が迫っていた。上は、服装を整えて第三会議室に向った。

 いつものメンバーがすでに集合していた。

 司令部長が現われると直ぐに会議が始まった。連隊長が議題の小学校捜索に付いて話し出した「えー、鉄道駅構内調査に続いて、今回の小学校の捜索でも四十名近い隊員が行方不明になっている、合わせると五十九名になる、あまりにも大量だ、犠牲が大きすぎた。一体何処(どこ)に原因があるかだ」

 いきなり意見が飛び交った。無謀、無責任、甘く考えている、作戦に手落ちがあった。

 もっと緻密(めんみつ)な計画を、非難はとどまる処を知らなかった。

 上は思っていた敵を知らな過ぎる以上どんな作戦を立てても同じ(てつ)を踏む事になるだろうと、だいたい意見が出尽くすと、上が立ち上がり「色々な意見が出たが、しかし敵の事を一切、知らずして作戦を立ててもまた犠牲者が増えるだけだろう、今回小学校で敵と交えたがいくら(たた)いても敵が増えつづけた。それはおそらく光が丘のドーム形をした赤い敵から補充されていたからだろう、それは校庭の外のマンホールに攻撃を仕掛けたことで、退路を失うと思った校庭のM618が逃げ出した事で証明できた。だからと言って、光が丘のドーム形の赤い敵をたたいても地下鉄の坑道から補充されたら同じ事だろう」

「上一尉、光が丘の赤い敵を攻撃した場合、地下鉄の坑道から補充されるとどうして解る」と一人の陸尉幹部が質問をしてきた。

 上が即答した「解らない、地下鉄の坑道を捜索をしてみなければ、どれほどの量のM618がいるのか解らない」

 なんだ本当の所は分からないんだろうと言いたそうに、その陸尉幹部が薄笑いを浮かべた。

 上がすかさず「では、捜索しましょう」とその陸尉幹部に向かって答えた。

 会議場に「えー」と言う声が()れた。まだこれ以上犠牲者を出す気かと聞こえたからだこった。現に連隊長から「これ以上、犠牲者を出す訳にはいかない」と捜索の自粛(じしゅく)(うなが)した。

 上がため息を一つつくと冷静に話し出した。「だからと言って確認しておかなければどれだけの赤い敵がここ駐屯地を包囲しているのか推測もできない、今後の作戦も立たないはずです、何も起こらないのでしたらそれに越したことはありません、しかしそうでなければ師団の存続にかかわります。捜索は私一人でたくさんです。」と上一尉が言うと、会議場から驚きの声が上がった。

「なに」

「えー」

「ありえない」

 連隊長が「馬鹿を言うな、お前一人行かせられるか」

 上がすぐさま意見を述べた。「しかしはっきり言って大人数(おおにんずう)だと足手まといです、第一私だけなら出ても犠牲者は一人で済みます。けれど実際に地下鉄の坑道にM618が増殖を行なっていたとしたら、この駐屯地は敵のど真ん中に位置することになりますよ、我が師団は壊滅もありうる、敵の勢力を確認しておくことは師団にとっても重要です。私一人で済むなら安いものです。」

 さっきの陸尉幹部が「おまえ一人、英雄にわさせねえぜ」と鼻息荒く(いき)まいた。

 上は言葉を反した。「ではあなたと二人で行きましょうか」するとその陸尉幹部は言葉を失った。

 連隊長が立ち上がり「まあこの件は後で話そう」

 その後の議論は議題も答えも明確化を欠き、うやむやの内に終ってしまった。

 連隊長が上の所に来て「一人で行くなんて、許可できんぞ」と言うと上は「明朝0800時、地下鉄有楽長線の和平台駅より進入します。」

 連隊長はため息を()くと強く言った。「一人ではいかんと言っているだろう」上は一礼すると、自室に戻って行った。

 上は自室に戻りインターネットで、地下鉄有楽長線について資料を集めていた。ドアがノックされた。

「はい」ドアを開けると、そこに連隊長が立っていた。

「いいか」

「どうぞ」

 連隊長は上に思い(とど)まらせようとした。「思い直してもらえないか、お前に何かあったら困るのは俺だけじゃあない」

「大丈夫です、考えがあります、それより連隊長は赤い敵について知っておいでですか」

「えー、あれについてか、正直言うとあまり(くわ)しくわないな」

 上はアルバムを見せた。連隊長は興味ありげに一枚一枚、入念に目を通していた。

「凄いな、この写真どうしたんだ。」連隊長は上を見た。

「私の友人の記者が撮影したものです。」上は誇らしげに言った。

 連隊長はまたアルバムをめくった。「命知らずな奴だな、まるでレンジャー部隊だ。」

「彼は私よりはるかに赤い敵について知っております、ここの駐屯地も朝霞の総監部も狙われていることこを指摘したのも彼です、国道254が赤い敵に落ちたら市ヶ谷が袋のねずみになることを見抜いていた、都内では防衛線の周りの学校はやつらの根城になっているとも言っていた。つまり赤い敵はここ、それに朝霞、そして市ヶ谷の師団の一石三鳥を狙っていると言っていました。しかしその時私は否定してしまいました。情けないです。」

「そうだったのか」連隊長は頷いた。

「私達はあまりに敵の行動を知らな過ぎます、これでは勝ち目はありません、私は地下鉄のなかでというより敵の中で何かを感じたいのです。それがどういうものか分かりません」

 上は連隊長を見つめた。「私なら絶対に大丈夫です、行かせて下さい」

 連隊長は、上の目をじっと見つめて考え込んだ。「分かった。、いいだろう、ただし死んだら承知しねえぞ、解ったな」

 上は頷いて「解っています。」

「それだけ承知しているのなら仕方ない、明朝、駅まで正森(まさもり)高月(たかつき)をつけるぞ、いいな」

「はい」

 そして明朝、0800時に上は二人の陸士長に和平台駅まで送ってもらった。暗視鏡とデジカメを受け取ると、上は二人に「ご苦労、帰っていいぞ」と言うと、二人はちょっと驚いて「そうはいきません、我々は上一尉の護衛も兼ねています。」

 上は気遣(きずか)って「じゃー、五十メートルくらい離れた所にいろよ、危ないからな」と言うとほほ笑んだ。

 高月は心配をして「上一尉は、大丈夫ですか」

「俺のことよりお前らの方が心配だぞ、ハハハ」と上は地下鉄の改札を通り階段を下に降りていった。だんだん薄暗くなっていった。プラットホームから線路に降りるとほとんど光は届かず真っ暗になっていた。

 暗視鏡を付けると上は奥にどんどん入って行った。

 確か亜兼君が、夜は絶対に襲って来ないと言っていたことを思い出していた。

 暗闇(くらやみ)も同じなのだろうか?

 彼を信ずればこそ、恐くはない、万が一襲われてもそれはそれ、彼を恨む事もあるまい、周りをよく見ると、壁にびっしりへばり付いている赤い敵を確認できた。石ころを投げたが反応が無かった、デジカメの機能をナイトアイにして十数枚シャッターを切った。

 暗視鏡を外して目をつぶった、何かを感じるのか、シーンと静まり返っている、何も感じない、恐怖も無い、相手も同じ事を感じているのか、そもそも感情があるのだろうか、敵を敵として認識しているのか、もともと敵と言う概念があることすら疑問に感じさせる程の静寂だった、亜兼君はこちらの意識を読んでくると言っていたが、今はどうなのだろうと思った。それにしても不思議だ。母の胎内にいるようなこの落ち着いた気持ちは何だろうか、上一尉はそろそろ出ようと暗視鏡を付けた。やはり周りの壁一面に赤い敵がびっしりへばり付いている、そのとき片隅から上にめがけて鋭いものが飛んできた。

「やられた」と一瞬思った。しかし体に当たったのではなくデジカメが吹き飛んだ。上は落ちついてメモリーカードだけを外すと、デジカメはそのままにした。

 そしてゆっくりと出口に向って歩いていった。後ろからついてくる者がいた。

 そのまま歩きつづけた。だんだん数が増えているのを感じた。改札までの階段を登って外に出たとき、後ろに赤い化け物がかなりの数ついて来ていた。

 そのままジープに向って歩いていった。赤い化け物は改札口から外へは追ってはこなかった。正森と高月はその光景を目にして理解できなかった。赤い化け物が、上一尉をまるで見送ってでもいるかのように見えたからだ。上は暗視鏡をジープの中に放り込み、地下鉄の方に目を向けた。かなりの赤い化け物がこっちを見ていた。

「あいつ等、何を考えているのだろう」運転手に向って「出してくれ」と言うと、ジープが勢い良く発進していった。

 駐屯地に戻ると、多くの隊員から歓声が上がった。連隊長が飛び出してきて上の体をたたいて「無事だったか」と、ほっとしていた。

 上はメモリーカードを連隊長に渡した。「内部の様子を写してあります、敵は壁にびっしりへばりついて赤い敵だらけです。どれだけの量か分かりません、メモリーカードを分析してください、全ての地下鉄の坑道は同じでしょう、すいませんカメラは私の身替わりに壊れてしまいました。」

「お前が無事なら、そんな物はどうでもいい、とにかく良かった。」と連隊長は上の体をたたいてうなずいていた。







今回の自衛隊の犠牲を払っての警備行動でM618の動きが見えてきましたけれど、次回作ではそれがとうとう現実のものとなってしまいます。市ヶ谷の第一師団はM618によって陥落してしまいますが、市ヶ谷に来ていた吉岡は、恵美子は、そして片岡知佐はたすかるのでしょうかね、そして亜兼はどうなってしまうのでしょうか、ハラハラドキドキということですよ。

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