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ディストラクション  壊 滅  作者: 赤と黒のピエロ
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第5章M618の中枢塩基Xの正体

この章では、古木恵美子によってM618の中枢である塩基Xの破壊に成功するまでのお話ですが、本来ならこの解明は吉岡が行うところなのですが、次の第6章の1の「参謀会議」のお話で科学警察研究所の所員が塩基Xの破壊の発表をするのです。まあ、インパクトの強さを考えますと、やはり平の女性所員にさせたら面白そうだと言う発想から恵美子を選んだ訳でして、自衛隊高官の驚きの顔が浮かんできます。吉岡には挫折という設定で一時的に席をはずしてもらうことにいたしました。

第5章  M618の中枢(ちゅうすう)塩基(えんき)エックスの正体




  1   勝 ど き




北烏山の自衛隊とM618の攻防は続いていた。

 真っ赤に盛り上がったM618の中から大量に現れた赤い化け物が一斉(いっせい)に向かって来た。

 中隊長はあせった。「おいおい、来るぞ来るぞ、全隊列射撃構え、構え、構えだ」

 隊員達も慌てて一斉に5.56ミリ小銃を構えた。

「まだだぞ、待てよ、もっと引き付けてからだ」と中隊長はタイミングを計った。

 隊列に向かってやってきた赤い化け物がなぜか急に向きを変えた。

「えー、何だ」緊張をしていた中隊長はいきなり向きを変えた赤い化け物に呆気(あっけ)に取られた。「どうなってんだ」しかし直ぐに理解した。

「やばいぞ、やつら重機に向かっているぞ、阻止(そし)しろ、いけいけ」

 隊員たちは(ざわ)めいた。それでも感の良い隊員にはすぐに理解した。「重機が破壊されるぞ、阻止しろ、阻止だ。」

 一斉に隊員が走り出し、赤い化け物に近づくと地面に(ひざ)をつき小銃を構えた。

 すかさず中隊長が叫んだ。「撃て、撃て、撃て」

 一斉に小銃が火を噴いた。「ダンダンダンダンダンダンダン」

 赤い化け物が粉々に吹き飛んでいった。

 重機の運転手達はなすすべもなく、身動きもできなかった。

 中隊長は慌てて指示をした。「始めろ、早く始めるんだ。」

 するとユンボが、M618の陣取っている、丘の下側を住宅もろとも掘り始めた。

 ユンボで掘ってはトラックで土を運び出して、ブルドーザーで(なら)していった。

 しかしその後も何度も工事を阻止(そし)するために群れをなして赤い化け物が重機に向かってやって来た。

 その(たび)に、中隊長はマイクで怒鳴(どな)った。「第一中隊、先回りしてあの化け物どもを阻止しろ」

「了解」

 ユンボに向かって来る化け物に対し、隊員達は炸裂弾(さくれつだん)を一斉に撃ちまくった。

「やつら、一匹たりとも近づけるか」と隊員全員が思っていた。

 赤い化け物と自衛隊の攻防は(すさ)まじいものを感じた。亜兼もどれだけカメラのシャッターを切ったことか。

 しかし、いったい何故(なぜ)あの化け物がユンボの工事を阻止しようとしているのか、亜兼には疑問に感じた。

 工事はそれでも急いで行われていった。ユンボで掘ってはトラックで土を運び出してブルドーザーで(なら)す、そんな作業を暗くなっても照明灯を()けて第一中隊の護衛のもと夜通しやっていた。

 亜兼は緑地(りょくち)の草むらの中でそのけたたましい騒音を聞きながらつい寝てしまった。  

 東の空が青みがかって来た。朝冷(あさびえ)えに()こされて亜兼は周りを見渡すと、まだユンボが掘り続けていた。望遠鏡で(のぞ)き込むと、とてつもない大きさの穴がぽっかりとあいていた。かれこれ一昼夜(いっちゅうや)夜通(よどお)しで掘りつづけていた。

 穴は百メートル真四角(ましかく)で深さは二〇メートル以上はあるだろうか、真っ赤なM618が陣取る真下を傾斜(けいしゃ)をつけてその穴に落とそうというのか、亜兼は思わず()きれて立ち()くしていた。そんなことができるのか、思い出したように亜兼はカメラのシャッターを切った。

 カメラの望遠レンズを丘の上に向けピントを合わせると、放水車が現われてきた。その右側のほうに指揮通信車が現れた。

「あそこで指揮をとっているのか、あの車両の近くにきっと指揮官(しきかん)がいるのだろう、何処だ、「あー」この人か、階級章(かいきゅうしょう)をアップにして見ると星二つに横棒二本、二等陸佐(にとうりくさ)のようだ。大隊長クラスだな」その表情をシャッターに収めた。

 亜兼は何で大隊長クラスが来て指揮を()りだしたんだと思った。

 丘の上では放水車がかなり集まってきた。

 大隊長の指揮で放水車の位置が決まった。給水の担当に大隊長が指示をした。

「まず、丘の下に大学があるだろう、あのプールの水を使用させてもらおう、次は八百メートル程北に玉川から取水している上水路が通っているだろう、あれお利用しよう」

「解りました。」

「よし、放水を開始するぞ」

 一斉に、放水が始まった。

 亜兼はズームレンズを通してその様子を見ていて自衛隊が何をしたいのか理解した、あそこはなだらかな勾配になっている、M618を放水であの掘った穴に落とし込もうというわけなのか、なるほど」と理解した、これだけの大掛かりな作戦のために大隊長が出てきたのかとそのこともやっと分かった。

 しかしM618を穴に落とした後はどうしようと言うのか、亜兼には思いもつかなかった。

 それでも放水は続いていた。だがM618はまるでびくともしない、亜兼はその光景を見ていて、放水で掘った穴にM618の(かたま)りを落とそうと言うのは無理のような気がした。

 すでに、四時間が経過していた、まるで動く気配はない。

「やはり無理か」亜兼はそう感じた。相変(あいか)わらずM618の本体から次々に気持ち悪い赤い化け物が出てきた、その化け物も放水銃で吹き飛ばし隊員も必死になって応戦をしていた。

 八時間が過ぎた。

 亜兼はカメラを望遠鏡に持ち替えて様子を見ていた。「そろそろ、中止の潮時(しおどき)か?」

 大隊長は「うー」とうなっていた。そして(そば)にいた中隊長に何か打開策は無いのかと尋ねた中隊長は考え込んで「でしたらすべり落ちやすいように放水に洗剤でも混ぜましょうか」とまさか中隊長も本気では無いと思っていたが、大隊長はその策を支持した。

「よし、放水に洗剤を混ぜてみろ」そしてすぐに実行された。

 亜兼は望遠鏡で化け物を追っていった。「こいつらほんとうに気味が悪いやつらだ、夜る出っくわしたら鼻血が出ちまうぜ、う、なんだ」それはあの化け物が仕切りと放水車を(ねら)いだした。

 自衛隊が炸裂弾で赤い化け物を吹き飛ばしていった。

「やつら何故、放水車を狙うんだ?」

 亜兼は望遠鏡を下の方にずらして行くと、土砂が流れ出していた。

「まてよ、一気に行くのか」緊張が走った。そう思ったとたんM618が縦に二つに裂け始めた。片割れの半分が、地盤ごと穴に落下を始めた。

 その時だった。放水車が何台か赤い化け物に破壊されてしまった。

 動き始めたM618が動きを止めた。

「これはまずい」中隊長はすぐさまM618の下側をくずして落下させようと思いついた。

 機甲科隊員に九〇式戦車でM618の下側を(くず)すように大隊長に進言した。

 大隊長もすぐにやるように指示をした。

 九〇式戦車がM618の下側を砲撃が始まった。M618の下側が(くず)れて行った。

 するとまたしても赤い化け物が現れて今度は戦車を破壊に来た。

 中隊長は必死でそれを阻止しようと隊員に指示を飛ばしていた。「撃て撃てこいつら戦車に近づけるな」

 雨のように銃弾が飛び交った。炸裂弾によって赤い化け物は吹き飛んでいった。

 地盤が(くず)されると落下を始め、M618本体の片割れは徐々にスピードを上げて落ちていった。

 亜兼は、(あわ)ててカメラに持ち替えた。物凄(ものすご)いしぶきを上げて、真っ赤な大きな山が掘った穴の中に吸い込まれていった。

 カシャ、カシャ、カシャ、亜兼はカメラを連写した。そのファインダーの向こうで大隊長が叫んでいた。

「もう少しだ、頑張れ!」

 それから、1時間半程して残りの半分が動き出した、すると赤い化け物がうじゃうじゃ出てきた。「うわー、気持ち悪い」しかしその瞬間、出てきた赤い化け物どもをまき沿(ぞい)いに一気に残りのM618が穴の中に落ちていった。

 周りで暴れまくっていた赤い化け物どもを隊員たちが炸裂弾(さくれつだん)で次々に吹き飛ばして行った。

 指揮通信車に連絡が入ってきた。


「第一中隊敵殲滅確認」

「第二中隊・・・・・」

「第三中隊・・・・・」

「第四中隊敵殲滅確認」

 状況を大隊長は部下から報告を受けた。その報告によると地上の赤い化け物は全て殲滅(せんめつ)したと、M618の本体は穴の中に(ふう)じ込めたことが、隊員が一斉に笑顔で万歳が起きた。何度もやっていた。もちろん亜兼はのがさずシャッターを切りまくった。

 また大隊長がマイクを持った。「まだ終った訳じゃねえぞ、次の段取りを早くしろ」と怒鳴(どな)りまくっていた。

「了解、タンクローリー、今入ります。」

「よーし」タンクローリーが数台入って来た。そして穴の(ふち)から液体を流し始めた。亜兼が望遠鏡で見ていると、すごい鼻をつく(にお)いがしてきた。

「これは、石油だ、風下はやばそうだな」亜兼は慌てて風上に回りこむため移動を始めた。穴の中からM618が二〇メートルくらい(うで)を伸ばしている。上に昇ろうとしているのか、放水車がそれを吹き飛ばしていた。タンクローリーが液体を穴の中に流し終わり、現場から出て行った。大隊長が「全員退

避、退避しろ!」と叫び終わらないうちに、爆音が聞こえ出してきた。中央高速道路の向こう側からいきなり数機のUH型のヘリコプターが現われた。

 亜兼はカメラを構えた。

「それで、何が始まるんだ。エー」

 M618が落とされた穴にヘリが除々に近づいて来た。

 穴の中のM618は時折、腕のようなものを伸ばすが地上までは届かず、腕の先端を切り離して赤い塊を飛ばして来た。直径四~五メートル程の塊が地上にドサと落ちてくるなり赤い化け物が十体ちかくが現れてきた、そして隊員に襲いかかって来た。

 隊員も炸裂弾を浴びせ掛け応戦した。

 ヘリがホバーリングをして、合図を待っていた。

 何か予感を感じるのか、M618が静かになった。と言うより、次に起こるであろう事を想定して、構えている様にも思えた。

 時が来た。「撃て」合図を受けるとヘリの操縦士がガトリングレバーの先端のカバーを起こし赤い発射ボタンに指を掛けた、ためらうことなくそのボタンを押した。

 ロケット砲が発射されヘリボーン攻撃が始まった。

 亜兼はカメラのシャッターを切り(まく)った。

 M618がいる巨大な穴が一気に火柱が上がり、天を()がす程の威勢(いせい)に見えた。火柱が渦巻(うずま)いて炎は物凄(ものすご)轟音(ごうおん)をけたたましく鳴り(ひび)かせて荒れ狂るい出した。

 M618はと言うと、青白く発光してバリアを張り、ロケット砲や燃え(さか)る炎に平然と対抗して身を守っていた。そしてヘリに向って青白く光ったM618の(かたまり)を飛ばしてきた。

 M618の赤い塊がいきなり一機のヘリに激突した、その中から赤い化け物が現われてきて、機体を伝わってヘリに乗り込んできた。

 機内で隊員が9ミリ拳銃で応戦した。だがまるで()かない「ギャオ」隊員は腕をもぎ取られ、首を折られ、ヘリから投げ落とされた。

 操縦士は、後方から胸を拳で座席ごと()ち抜かれた。ヘリは失速して地上へ落下して行った、地上の隊員達は、上空のそのヘリを見守るしかなすすべが無かった。

 隊員の思いも届かずヘリは撃墜(げきつい)され、住宅街のど真ん中に突っ込んで行った。

 一気に真っ赤な炎が上がり大音声(だいおんじょう)と共に大爆発を起こし住宅ごとバラバラに吹き飛んだ。

 地上の隊員達は手を(ほどこ)(すべ)もなく、歯噛(はが)みをして、激しく怒りを覚えるのであった。

 地上に激突したヘリの辺りから何体も赤い化け物が現れて来た。

 隊員達は走りよって、怒りを込めて炸裂弾を赤い化け物めがけて撃ちまくった。

 有無を言はさず、化け物をバラバラに吹飛ばした。

 隊員の顔には心の苦痛と怒りが(あら)わになっていた。

 亜兼はその表情を(のが)さずシャッターを切って隊員の怒りの思いを()らえていた。

 撃墜(げきつい)されたヘリに搭乗(とうじょう)していた隊員への化け物の残虐行為(ざんぎゃくこうい)にあえぐ表情までもカメラは(とら)えていた。

 M618が落ちた穴の中の炎が下火になり始めた頃、次のヘリの編隊が中央高速道路の方角(ほうがく)から姿を表した。師団飛行隊のAH‐1S攻撃ヘリがかなりのスピードで向かって来た。ナパームシェルを搭載(とうさい)したロケット砲のポッドから何発か赤外線誘導ミサイルを打ち込むと真っ赤なきのこ型の炎が立ち昇った。ヘリは反転して次のヘリに交代してヘリボーン攻撃を掛けるとまた反転して次のヘリに交代した。空中機動攻撃は次々に仕掛けられていった。

 穴の中はまるで火炎(かえん)地獄(じごく)を創造させる程のすさまじい勢いで燃え(さか)っていた。

 M618はまだ青白く光っている、いきなり炎の中から赤い(かたまり)がヘリにめがけて飛んで来た。地上の隊員は、「あー」と声が上がった。ヘリに赤い塊が当たる寸前で別のヘリから誘導弾が発射され間一髪、赤い塊を吹き飛ばし破片が落ちていた。

 最初のヘリボーン攻撃からどの位の時間が過ぎたのだろうか。

 穴の中で異変が起き始めた。M618の青白い光が消え始めたのでした、するとM618が急に荒れ狂いだし、長い腕を伸ばしたそしてその腕の付け根から巨大な化け物の体が現れだした。

 それを見ていた隊員達の顔から血の()が引いた。

 こんなどでかい化け物が地上に上がってきたらこっちはひとたまりも無いぞ、こっちが壊滅するぞ。

 五〇メートル程のその巨大な化け物は穴からはいずり出ようとしていた、しかし動きがぎこちなくうまく体が動いていないようだった、巨大な体は重力のせいかうまくコントロールできていないようだ。

 それでも、その巨大な化け物が穴の上まで(はい)い上がってきた。穴の周りにいた隊員に向かって中隊長が焦って叫んだ。「退避だ、退避しろ」隊員が一斉に逃げ出した。

しかし、一人の若い隊員がつまずき転んだ。それを見ていた隊員達はまずいと思った。

巨大な化け物のバカでかい腕を若い隊員に向かって振り上げてきた。

若い隊員はそれでも起き上がり小銃を巨大な化け物めがけて照準を合わせた。

 いくら何でもこの巨大な奴にそんなものが通用するわけがあるか(つぶ)されるぞと周りの隊員が叫んだ。

 「逃げろ、早く逃げるんだ。」

 しかし若い隊員は震える手で引き金を引いた。「ダキーン」銃口が火を噴いた。

 その時だった。穴の中のM618の青白い光がすっかり消えてしまった。巨大な化け物が若い隊員を(たた)(つぶ)す寸前で何故か突然巨体が崩れ始めた。

 「あーっ」隊員達は何が起きたのか信じられなかった。

 若い隊員は膝から崩れ落ちていった。

 亜兼はカメラのシャッターを切りまくっていた。

 穴の中はすっかり青白い光は消えてしまった。

 ヘリボーン攻撃に変化が起きだした。ロケット砲ポッドに地上攻撃用七〇ミリロケット弾が搭載されていた。

 四機同時に空中機動攻撃を掛けて行き、発射されたロケット弾がM618からまた長く伸ばしてきた赤い(うで)をばらばら吹き飛ばしていった。

 M618に命中して初めて通常弾が炸裂した。赤いしぶきが飛び散った。炎が(おとろ)え出すと、またナパーム弾が投下され、炎の勢いを保たれた。

 M618は最後のあがきともいうか、もがいている様にも見えた。それでも手加減せず火器が投入され続けた。

 すでに、M618は抵抗してくる感じは見受けられなくなってきた。大隊長はその思いを打ち消して、尚も攻撃を加えた。

 1745(ヒトナナヨンゴウ)時「攻撃終了」大隊長は徹底的にやった思いが有った。

 二度と立ち上がってこない(ほど)(たた)きのめした気分であった。

 恐る恐る、炎の下火となった穴の中を(のぞ)き込む隊員が何人かいた。そのうち、百メートル四方の穴の周りを、ぐるりと囲むように隊員達が集まってきた。

 穴の中には油煙でどす黒く(にご)った液体が無風の湖のように、静かに(ただよ)っていた。

 誰れかが「やったー」と叫んだ。すると、次々に大きな声で、勝どきが響いた。

 それは空が夕日で真っ赤に染まるまで勝どきは続いていた。

 亜兼はカメラのシャッターを切った。昼間緊張(きんちょう)して歯を食いしばり体に力が入っていたのも(うそ)のように、今は充実感と笑顔でその光景を見ることが出来た。

「さて、帰るか」亜兼は甲州街道を車を飛ばして本社に向った。つい右足に力が入ってアクセルを踏み過ぎていた、はやくキャップに報告をしたくて、すでに街灯(がいとう)に明かりが()いた、幹線道路を照らしだしていた。日野橋交差点を右に曲がり、JRの中央線のガードをくぐり、本社に着いたのは夜八時を回っていた。  

 一階の現像センターにカメラからメモリーカードを取出して、プリントアウトされるまでの間、地下一階の喫茶店「ゴッホ」に行くことにした。

 カウンターからおばちゃんが「まあーお兄ちゃん、いつものかい」とほほ笑んだ。

「あー」と返事をすると、空いている席に腰をおろした。一連の出来事を思い出しながら記事をレポート用紙にまとめ始めた。

 店のおばちゃんが来て「お兄ちゃん、モカだったよね」とコーヒーを置いていった。

「覚えてくれていた。」亜兼は、(うれ)しかった。後ろ姿のおばちゃんに微笑んだ。

 直ぐに真剣な顔に戻り、一気に記事をまとめ上げた。記事の内容は帰りの道すがらすでに固まっていた。書きたいことが(あふ)れんばかりに次々に浮かんできた。

「できた。」一口も口を付けずにいたモカコーヒーがもうとっくに冷めてしまっていた。

 そのコーヒーを一気に飲み干して、一階の現像センターに走った。時計を見ると(すで)に二十一時半を過ぎていた。「報道部、亜兼です、プリントアウトできましたか」

「はい、これです。」

「すいません」亜兼は袋を受け取ると、中のプリントを出し何枚かチラット目を通した。あの生々しい状景(じょうけい)(よみが)えって来るようであった。エレベーターで四階に着いた。扉が開いた、昼間以上に従業員達は忙しそうに走りまくり、電話が鳴りっぱなしであった。

 すでに明日の朝刊のゲラ()りの構成が決まる頃だった。

 真っ暗になった南北道路の景色を背にした。窓際の青木キャップのデスクに行くと、デスクの上が綺麗に片付けられていて、キャップはいなかった。

「帰えっちゃったのかよ、くそ」と亜兼がふて(くさ)ると。

「何が、くそなんだ」と言いながら、後ろから青木キャップが現れて肘付(ひじつき)きチェアーに「よいしょっと」腰掛(こしかけ)けた。

「えー、俺が帰ったと思ったか」と亜兼の顔を(のぞ)き込んだ。

「だって、デスクの上が綺麗(きれい)に片付けられていたから」

 青木キャップはまたデスクのうえを(よご)しだした。「俺はな、いつも綺麗に整理するのが好きなんだよ、これから降版(こうばん)会議(かいぎ)だと言うのに帰る訳ねえだろう」と両手を振って、オーバーアクションで「お前程キレイ好きじゃーないけどな、そういえばお前、自分のデスクちゃんとあるのに、何故(なぜ)使わないんだ、いつもゴッホのおばちゃんのところで記事をまとめているんだろう、あーそうか、お前、マザコンだな」

「違いますよ」

 青木キャップはからかって「使わないんなら、こんど来たときデスク無くなっているかも知れんぞ」と言うと・・

「こまりますよ、色々入っていますから」と亜兼は困った顔をした。

 青木キャップは記事を整理しながら「ガラクタがな、ミニチュアの車とか、ビニールで出来た怪獣もだろー」

「見たんですか」

「馬鹿、そんなもん見なくったって、うちの小学校のガキを見れば解るんだよ、お前の行動は全てお見通しだってことだ、ところで何しに戻って来たんだ。」

 亜兼は茶封筒(ちゃぶうとう)からレポート用紙と写真を取り出して「今日、撮った写真とそれに記事です。」と言うと、ふくれっ(つら)して、青木キャップに渡した。

 青木キャプは(ほほ)を左手でかきながら、右手で記事を受け取った。その時、写真が2,3枚封筒から落ちてプリント画像が見えた。青木キャップの目の色が変わった。それをはぐらかすように言った。

「お前のヘボ記事、見せてもらうか、フーなるほど、それにしても字がきたねえな、お前これ、カメラで()っている時他に誰かいなかったか」

 亜兼はちょっと考えて「いや別に、ただマニアかオタクがカメラを撮っていました。」

「あーそう、お前もう(おそ)いから帰っていいぞ、明日も頼むぞ」青木キャップは手でシーシーと()(はら)うしぐさをした。

「はーい、お疲れ様」けげんそうに亜兼はフロアーを出てエレベーターの脇の、階段を一気に一階まで駆け下りていった。帰りがけ、コンビニに寄って夜食を買うと、明日の行く先を、アパートで見当することにした。 

 東京青北新聞本社では明日の朝刊の一面トップを決める降版会議(こうばんかいぎ)が大騒ぎになった。編集部ではすでに決まっていた朝刊一面が外様(とざま)の報道部が持ち込んできた記事があまりにも衝撃的(しょうげきてき)で他社を出し抜く絶好の記事だと編集局長も目を見張った。「よしこれで行くぞ、全部入れ替えだ。青木キャップもこんなことは始めてであった。亜兼の撮ってきた写真と記事がだ、三面ぐらいには()るだろうとは自信はあったが、まさか一面とは、それは燃え盛る穴の中から巨大な赤い化け物がM618の中から現れて穴をよじ登ぼり大きく腕を振り上げたところを土手の上にいた自衛隊員が小銃を構え発砲する所だった、その表情は必死で青ざめていた、この後この隊員が馬鹿でかい腕につぶされたのかどうなったのかは分からない、そしてその穴の中に攻撃を賭けるヘリがロケット砲を(はな)った瞬間を捕らえた写真などであった。あとはもろもろ細かい写真を付け加え、記事もほぼ亜兼が書いた記事そのままになっていた。

 生々しい隊員の疲れ切って歯噛(はが)みをした、真剣な様子に敵を倒す執念が伝わって来る記事だった。 

「早く入れ替えろ、他社も此れで来るからな」編集局長は大声で叫んだ。

「あせるなよ、間違えるなよ」

 夜中の一時過ぎにガリが上がって来た。青木キャップも一読した。

 編集局長は頷いた。「OKだな、うー、まてよ、山ちゃん、悪いけど三面の上半分をこの写真と入れ替えてくれるかな」

「エー」これからですかーと、言わんばかりの返事だった。

「えーと、下の広告はそのままでいいから、それで説明文は何も要らないから」それは夕日の中で泣きながら勝どきを揚げる自衛隊員達の写真であった。

「解りました上半分この写真で埋めればいいんですね」

「ああ、頼んだぞ」編集局長は満足そうに(うなず)いた。

 青木キャップは頭の後ろに両手を回し椅子を背後(はいご)のガラス窓の方に顔を向け、星も見えない真っ暗な空を眺めていた。

 その表情は(きび)しかった。次は自衛隊が勝つ見込みはあるのか、今後戦闘はもっと激化していくだろう、東京もいつまでもつかも分からない、だが希望を忘れないためにもこの勝利を読者は深く心に刻んで欲しい、青木キャップの顔は厳しかった。






 

2  上 昇(かみのぼる) 一等陸尉(いっとうりくい)





 亜兼は朝早く六時に飛び起きると、昨夜コンビニで買ったサンドイッチを手にして、車に飛び乗った。アパートの自分のポストには東京青北新聞が刺さっていたが、ついうっかりそのまま置きざりにして車は発進していった。

 車を運転しながら今日の行き先を考えていた。「えーと、今日は、練馬区の光ヶ丘だ、そこの練馬駐屯地に隣接する公園にM618が現れたと言う、かなりの大きさになっているとキャップが言っていた、一応状況を調べるために行くことにした。

「とにかく関越道を回って、東京外環道を通り和光あたりで高速道路を下りるか」 

 大泉ジャンクションで左により東京外環道に入った。

 料金所のおじさんに「もうそろそろここも危ないよ」と話しかけると。

「ご時世で、仕事も少ないからね、しょうがないですは」と仕方なさそうに(つぶや)いていた。

 亜兼はなんとなく頷いた。和光のインターはそこから一つ目だった。

 川越街道に出て板橋方面に行くと直ぐ自衛隊が検問を()いていて先へは行けそうになかった。バックをして別ルートを探すことにした。

 広い通りを左に曲がると笹目通りの標識が出てきた。左に入る道を探しても全て自衛隊が封鎖をしていた。何とか左に入って行きたかったが無理のようだ、いつの間にか、また目白通りに戻っていた。

「何だよ、この検問は厳し過ぎて入っていけないな、キャップのメモによるとM618 が現れたのはこの左に曲がったあたりの方のはず?」

 交差点を左折してゆっくり走って行くがすれ違う車も無くなっていた。自衛隊のジープか輸送車が時折行き交うぐらいであった。

「確かこの辺に練馬駐屯地があるはずだな、その近くに朝霞駐屯地も在ったと思ったけど、なんでM618はここを選んだのかな?」

 亜兼はそのことがどうも引っかかっていた。

 自衛隊だらけで、光ヶ丘に近づけそうに無いため高いところを探すことにした。

 地図を見ると直ぐ近くに遊園地が()っていた、そこに行ってみることにした。

 地図ではこの先の四差路を左に曲がると遊園地の駐車場になっていた。とにかくそこに行ってみることにした。ナビにセットして進んで行くと大きな建造物が現われた、人気(ひとけ)はまるで無い、駐車場に車を止めて小走りでジェットコースターの橋脚(きょうきゃく)に近づいて行った。

「これはバッチリだ。」と笑顔で亜兼はよじ登っていった。橋脚の横に鉄のはしごが付いていて割りと楽に登っていけた。風が意外に吹いているが、(なが)めは最高だった。西の方に赤い山が見えてきた。光ヶ丘の公園が在る方向のようだ。望遠鏡を持ち出して眺めると、いきなりレンズの中一杯に、真っ赤なM618が飛び込んで来た。

 今にも襲って来るように思えた。全体像を見るため倍率を引いて行くと、M618がほぼ公園と同じ(くらい)の大きさをしていた。

 亜兼は、かなりでかいと思った。北烏山のこともあって、何時(いつ)(あば)れだすか解らないし体が緊張してきた。

 しばらく観察していると、どうも増殖をしているようにも見えない、また自衛隊の隊員が7~8メートル離れて、ぐるっと取り巻いてはいるが緊張感は伝わって来ない。

 何故(なぜ)だろう、最初からあそこに現われたとしたら被害者も犠牲者も出ていないのだろうか?

 それにしても何張りかのテントの中で自衛隊員が椅子に座って(ひま)そうに新聞を読んでいる者さえいた。「何てことだ」望遠鏡を別の場所に振ってみた。川越街道沿いの警備をしている隊員も、同じように何人もが新聞を読んでいる。

 装甲車や戦闘車両が何台も在るがほとんどの操縦士もやっぱりのんきに新聞をよんでいた。望遠レンズのカメラでこののどかな状態をカメラに収めた。

 時折、M618がブルブルと振るえて広がって行く姿さえ、微笑(ほほえ)ましく笑っているようにも感じてくる。

「ちぇっ、こっちまで眠くなっちまいそうだ」目をこすり、あくびまで出てきそうだ。

 すでに、二時間、何も起こらない「こんなんじゃ、ここにいてもしょうがないな、下に降りるか」

 鉄骨階段を体をバックにしながら下へ降りて行った。はしご式の狭い階段のため、まかり間違えると落ちてしまいそうで、緊張して下まで降りて来た。 

 突然、後ろから声がした。「そのままでゆっくり手を上げろ、ゆっくりこっちを向け」

 亜兼は息が止まるほど驚いた。手を上げ言われるままにゆっくり前を向いた。

 自衛隊だ。

「此処で、何おしていた。」銃を向けている自衛隊員の後ろの隊員が質問をしてきた。

「あっ、その」亜兼はしまったと思った。

「連行しろ!」と質問してきた自衛官が指示を与えると亜兼の前に出てきた、その後ろでは、隊員が構えている六四式小銃が亜兼の方に向いていた。亜兼はその銃に目をやり、引き金を引いたら弾が飛び出て来るんだろうな、そう思うとだんだん自分の不利な立場が理解されてきた。かなりやばい状態になっていた。

 自衛官にされるがままに連行されて行った。そのままジープに乗せられて何処かに走りだした。ちょっと走ると直ぐに広い通りに出て、そのまま走っていくと道路標識に「環八通り」と書いてあった。7~8分程走ると大きな表札(ひょうさつ)に練馬駐屯地と書かれた門を入っていった。

 亜兼の頭の中では色々なことを想像していた。しかし、全て不利な事ばかりが浮んできた。「まいったな、留置されるのかよ、どうしよう」と小声でつぶやいた。

 すると「付いて来たまえ」と自衛官が亜兼を(にら)み付けた、ゆっくりジープを下りて、先を行く自衛官と後ろから小銃を構える自衛官に挟まれて仕方なくついて歩いて行った。

 この駐屯地内でも、何故だか新聞を読んでいる隊員がいたる所にいて「どうなっているんだ」と思った。

 先を行く自衛官がドアを開け建物に入っていった。中は空気がひんやりしていた。

 以外と古そうだ、床はPタイルで壁はモルタルの(たた)きにペンキ塗装で腰までは(あわ)いベージュでそこから天井までは白で塗られていた。その廊下を進んで行った。突然立ち止まり右側の小部屋に案内された。

 亜兼はドアの上を見た。すると「取調室六」と書いてあった。中に入るとその作りは市ヶ谷のそれと一緒であった。

「こちらでしばらく待って頂きます。」

 拳銃を腰につけた自衛官が部屋の隅にたっている、窓を背に椅子(いす)(すす)められた、亜兼はその椅子にゆっくり座った。これから何が起きるのか、どうなるのか、すでに亜兼は腹をくくっていた。するとドアが開き自衛官が数人入ってきた。


 階級章を見ると星三つに横棒一本だ、一等陸尉(いっとうりくい)のようだ。かなり上官だな、もう一人はたいした事はなかった。

 一等陸尉は亜兼の向かい側の椅子に着いた。

「記者か」と何故か侮蔑的(ぶべつてき)に言った。一等陸尉の自衛官も小さくたたんだ新聞を持っていた。

 またかと亜兼は思った。おかしな所だぜ此処(ここ)は、後生大事(ごしょうだいじ)にたかが新聞だろう、一等陸尉は新聞をテーブルの角に置き、ぬいだ帽子をそのそばに置いた。そして亜兼の前に何かの用紙を置くと質問を始めた。

「名前は」

「あかね よしなお です。」

苗字(みょうじ)があかねですか、ふう、歳は」

「二十八です。」つっけんどんに亜兼は答えた。

「それで職業は」やはり事務的だ。亜兼はどう答えるか考えた。一等陸尉は顔を上げて亜兼を見た。亜兼はそのまま言うことにした。

「報道記者です。」

「ほう、報道記者、新聞記者ではないのか?」

「いえ、報道記者です。」

「で、記事を書くこともあるのかね」

「もちろんです。」

「まあ。記者にもピンからキリまで()るようだな」

「エッ」亜兼が顔を前に突き出した。

「ところで、どうしてあんな所によじ登っていたんだ。」一等陸尉は理解できないと言った顔をしていた。

「当然、記事を書くためです。」

「あそこは立入禁止のはず、知っていましたね」と念を押すように、はい、と言う答えを()っているようだった。

 亜兼はあえて「いいえ」と答えた。

 一等陸尉は威圧的(いあつてき)に「もし知っていての行為だったとなると、処罰を受けることになりますよ」亜兼はさすがにまずいと思った。

 一等陸尉が言いよるように「どうなんですか、はっきりするまで入っていただく事になりますが、特に今は非常時です。ちょっとした事がどんな大きな災害、また事件になるかも知れません、あなたのために周囲の人や、我が一小隊、一連隊、一大隊にも影響を及ぼす事にも成りかねないのです。しかもあなたの行動は通常から判断しても不自然です。あそこに何かを仕掛けたのか今調べさせています。何かがあればテロ行為とみなし当然処罰されることになります。どうなんですか」

 亜兼は何をどう話していいのか分からなかった。「どおって、だから何もしていませんよ」

 一等陸尉はため息をついて「分かりました。調べがつくまであなたを拘束(こうそく)させていただくが、要注意人物でないと判断ができたら開放します。いいですね」

 亜兼はかなりまずいと思った。そして何かへまをやらかしたのか今までの行動を振り返っていた。色々と無茶をやってきたからな、これからどうなるのか分からないと思った。

 一等陸尉は横にいた陸曹長に「留置の手続きを」と言うと。

「解りました。」と陸曹長がドアを開け出て行った。その時、引っかかってテーブルの上の新聞が床に落ちた。そして一面が開いたのでした。亜兼は床に目をやった。よく見ると昨日の北烏山の戦闘の写真が一面トップで載っていた。

 どこの新聞だろう、亜兼は一字、一字、目で追った、東、京、青、北、新聞「あーこれうちの新聞だ。」

 一等陸尉は振り向きざまに「なにー」一瞬間(いっしゅんま)が開き「これはお前の所の新聞か」

 亜兼は嬉しくなった。キャップが使ってくれたんだ。俺の撮った写真を、なんと一面トップに載っている、亜兼は一面を指差して「この写真は、俺が撮ったやつだ。」

 その新聞を拾おうとした一等陸尉は驚いた。「何だって」そしていきなりドアを開け大声で「曹長待て」と呼び止めた。一等陸尉は興奮して部屋に戻って来るなり「この新聞は君の社のものか、まさかこの記事は君が書いたものか、その記事の様子をもっと詳しく聞かせてもらえないか」と態度を軟化(なんか)させた、亜兼にその時の状況を教えてくれと(せま)った。

 亜兼はまさかと思った、そして確かめるため「その新聞、見せてもらえますか」

「あーどうぞ」一等陸尉は亜兼にその新聞を渡した、記事の内容に亜兼は目を通して信じられない顔で目を丸くした。声を出して「俺の書いた記事だ間違いない、しかも手直しされていない」大きなため息を()いて、続きを読んでいった。「全部載っている」報道記者になって初めての感動だった。

 三面を開いたら、あの夕日の勝どきの写真、二面見開きで上半分にでかでかと()っていた。亜兼はキャップに感謝した。

 亜兼は一等陸尉に顔を向けると観念するように言った。「あのー、留置場に入れてもらって結構ですから、私は立ち入り禁止を知っていてあそこに昇ったのです。」

 一等陸尉が微笑(ほほえ)んで「もういいんです、この記事をあなたが書いていただいたのでしたら、逆に私達はあなたに感謝をしなければなりません。私は上一尉です、失礼しました。」上は親しそうに笑顔を見せた、そして言葉を続けた。

「東京の陸自は報道でも知っているように苦戦しております。M618の拡大を止める事が出来ません、このままでは東京が飲み込まれるのは誰が見ても明らかですよ」上は(こぶし)に力が入り認めたくない言葉を口から()き捨てるように「負けです、次の打つ手がありません、後退している陸自の姿が全てです。」

 亜兼は胸のポケットから取り出したサンプルケースを見せた、吉岡に頼まれた物だった。「此れを見てください、M618の死骸が入っています。やつらは(たお)せます、自信を持ってください」

「ありがとう」上は微笑んだ「亜兼君、君の記事は我々に勇気と力を与えてくれました。いくら感謝しても足りないでしょう。この新聞は、私達の勇気のバイブルになる事でしょう」亜兼は照れくさかった。

「曹長、この人を車まで送ってやってくれたまえ」

「解りました。」

 上は亜兼に「私はあなたに何もして(さしあ)げられませんが、せめてこの帽子を差し上げます、感謝の気持ちです。」

「いや、そんな」亜兼は恐縮(きょうしゅく)した。

 上は笑顔で「是非」と亜兼の目を見た。

 亜兼も真剣に受け止めた。「でしたら、ありがとうございます。」と上一尉の気持ちを受け取った。

 亜兼はその帽子をかぶって見せると、上に敬礼をした。

 上も敬礼を会して微笑んだ。亜兼は部屋を出て行った。

 曹長に亜兼は車まで送ってもらったのでした。

「ありがとうございました、頑張ってください」

 真面目な顔で曹長が「私は一人になっても戦います、北烏山の同士に誓っても」

「あのー、お名前は」亜兼が聞くと「壕田です、壕田剛(ごうだつよし)陸曹長(りくそうちょう)であります。また、会うことがありましたら、同士の活躍の話をお聞かせください」と敬礼をすると車は駐屯地に帰っていった。亜兼はその車が小さくなるまで見送っていた。

「あの人も生きていてほしい、いつか会うことがあるのなら、こんな状況ではなく、笑顔で語りあいたい」そう思った。


上 昇一等陸尉はこのお話の中で、亜兼にとってもとても重要な人物になっていきます。




 

  3   敗 北 宣 言




 スマートホンの着メロが鳴りだした。亜兼は車の座席に腰を降ろしてスイッチを入れると「はい、亜兼です。」

「今、何処にいる」といきなり青木キャップのがなり声が響いた。

「あ、キャップ、新聞見ました、ありがとうございました。」

「そんなことはどうでもいい、一回ぐらい一面(かざ)ったからって、そんなことは大した意味は無いぞ」

「はい、今練馬駐屯地に」

「また取調か」

 亜兼はすがすがしい笑顔で「はい」と返事をした。

留置(りゅうち)されたのか」

「はい、もう解放されました。」

「お前、遊んでねえで直ぐ会社に戻って来い」

「あのー」すでに電話は切れていた。ため息を()くと「あれやれ、これやれ、まあ人使いの荒い上司だねェ」と言いながらも亜兼は満足していた。そして今朝(けさ)来た経路(みち)を戻って会社に向った。新聞の一面を(かざ)ったことで景色まで(あざ)やかに目に写った。

 会社に戻ると、階段を使って一気に四階まで()け上がって報道局に入った。会社の時計を見ると十八時を回っていた。報道部に向かう間、電話は鳴り響き書類を持って走り回る人込みの中をかき分けて行くと同僚がすれ違いざまに「おめでとう」「今日は、やったね」と色々声が飛んできた。

 亜兼は笑顔で答えた。「ありがとうございます。」

 青木キャップの後ろの窓はまだだいぶ明るかった。

「キャップ、戻りました。」

 青木キャプと数人の編集員達が地図を見ながら打ち合わせをしていた、「おい、亜兼ちょっと来い」 

「はい」亜兼は何だろうと思った。

 青木キャップがデスクの上に広げた地図上の部分を東京外環道路に沿って、鉛筆で追っていった。

「神奈川に近い所でM618が現われた所と言うと、先ず世田谷区の喜多見(きたみ)にある白バイの訓練センターだな」と念を押すように言うと「そうですね」と前川が無表情に答えた。

「どうせ東名高速を使って来たんだろう」と青木キャップがはき捨てるように言うと、本多がかなり無表情で「ここも消防署の放水によって、多摩川に突き落としましたよ」青木キャップも負けずに無表情で「次が杉並区の北烏山だ。亜兼の活躍で知っての通りだ。」

 三人は亜兼を見た。亜兼は「えへー」と調子よく笑って見せた。

 無表情で四人は又地図に目を戻すと青木キャップが続けた。「北烏山ではM618を焼き殺した。そして次が練馬区だ、光ヶ丘はどうだった、亜兼」

「はい特に動きは無かったです。」

「なにー」どやしつけたそうに青木キャップが言った。「動きが無い、どう言う事だ。」

 亜兼はノウ天気に言った。「はい、M618はまんじゅうのようにふくれ上がっていました。周りを自衛隊が取り巻いていましたが、何もしていませんでした。遠くから見ると赤い山のように、ほら言うでしょう、武田信玄の動かざること山のように、何とかって、あれですよ」

 三人は呆れて前田が「本当に今朝の記事、お前が書いたのか?同じ人間とは思えねえな、まるで人間とブタの違いだな」

 本多が「ブタじゃあねえよ、ノミだ」

 亜兼は泣きそうな顔で「そんなこと無いですよね」

 青木キャップは無表情で「事実じゃー、しょうがねえだろう」無表情で四人は又地図に目を移した。

 青木キャップが続けた。「練馬区の光ヶ丘に現われたやつは、必ず近いうちに(おそ)ってくるだろう、やつらは人を襲うことを楽しんでいやがる、やつらを撃退(げきたい)した記事をどんどん書くんだ、書きまくるんだ。」ちょっと興奮して青木キャップが続けた。

「次に現われたのが埼玉県の八潮市の大曽根だ、これは首都高6号を使って来たんだろう、中川に放水で落とすにしてもちょっと遠いいだろう、そうかと言って、あそこで火をじゃんじゃん焚く訳にも行くまい」

 亜兼は北烏山と同じようにやればいいのにと思っていた。

「どうしてですか」

「おまえ、(あたま)(はたら)かせろ」と青木キャップが亜兼の頭を見ながら、無理な話かといった表情をしていた。

「はぁー」亜兼が気の抜けた返事をすると、青木キャップが続けた「やつは首都高6号の真下にいる首都高を使って東北や信越に疎開(そかい)する人も増えている、その下で()き火をしたら、車のガソリンに引火して、首都高が火の海になっちまうだろう」

 皆考え込んだ。しかし、いい考えは出てこなかった、亜兼は苦しい表情で「じゃあ、どうしたらいいんですか」テーブルの上の手に力が入り握りこぶしでテーブルを(たた)いた。

 青木キャップは「どうしようもねえだろう、今本田を行かせている、連絡してきた内容では悲惨な状況らしいぞ」皆首をうな垂れ、(くや)しそうな表情で、前川が「ずいぶん犠牲者が出ているそうです。」

 怒りをあらわに亜兼は青木キャプににじり寄った「何か手立(てだ)ては無いですか」

 青木キャップは腕組をするだけであった。「とにかく本題に戻ろう、人手が足りないから全てのM618が現われた現場に記者を貼り付ける訳にも行かない、それにM618が一斉に攻撃を仕掛けてくるにしても、地図を見れば解る、やつらの配置も不十分だ、板橋区、鳩ヶ谷市、川口市、草加市、ここが抜けている、だから必ず此処に現われるはずだ。」

 亜兼が「じゃー、俺はどこを見ればいんですか」

 青木キャップは「さっき言ったように、記者が足りない、だから一人が何箇所か担当してもらうことになる、亜兼解るな」


「はァー」亜兼の気の抜けた返事にこいつ理解していないなと青木は見抜いた。

 青木キャプは咳払いをして「そこでだ、亜兼、川口市で張り込め、M618を待つんだ、報道部でバックアップするから情報は亜兼に流すように手はずはなっている、もし板橋区か草加市に現われたらお前のスマートホンに連絡を入れるから直ぐさま()けつけてくれ、他の皆も同様だ。そう言う訳だ。いいな」

「はぁー」亜兼は返事をした。

 青木キャップは咳払(せきばら)いをして「亜兼、たのんだぞ」と念を押すように言った。

「解りました。行って来ます。」亜兼は元気よく返事をすると振り向いてフロアーを出て行った。それを見て「よし」とうなずいて青木キャップは肘掛椅子に座り込み、くるっと回転して外を(なが)めた。

 青木キャップの創造ではM618は攻撃の準備が整うまでは仕掛けては来ないだろうと判断した。、しかし、準備が整ってしまったならもう創造もつかない、何処に逃げても一緒だろう、そうなったらこの国も壊滅状態も現実味を帯びてくるやも分からない、それまでが勝負だ、そう思った。

 多くの読者に真実を知らせていかなければ、M618もそれまではダメージを避けるため本気では向ってこないだろう」確かに、青木キャップの読みどおり、港区のM618の場合、常に威嚇(いかく)をするように大きく波打って震えたり一部赤い塊を飛ばして化け物でやはり威嚇(いかく)を繰り返す程度であった。

 最近はいきなり長い腕を伸ばして隊員を(なぐ)り飛ばしたり、また捕まえてはM618の中へ引きずり込むといった、手を使って来た。しかし、拡大するスピードがやけにゆっくりであった。

 しかしそれはそれで不気味でもあった。いったい何か意味があるのか、それとも別のたくらみが進行しているのか?

 此れ(さいわ)いと自衛隊は総出でユンボやブルドーザーを出動させて、外苑西通りに沿って二〇メートル程の幅で延々二〇キロに渡って掘り返していた。

 ここでM618の拡大を食い止めようということだ、ここから先は一歩もM618を前進させてなるものかと隊員達も必死で堀を作っていた。

 すでに八割方、秘密裏(ひみつり)のうちに夜を呈して工事を行っていた。残すは品川の桜田通りと山手通りの交差する所ぐらいで、完成も残すところ一日のところまで来ていた。

 それは神宮外苑(あた)りから青山霊園を通り恵比寿を抜け、五反田辺りの山手通りに沿って南品川に向って延々二十キロに渡って堀を築いて、石油を流し込み炎による防衛線を築くことでした。

 M618の前進を(はば)み、上空からナパームシェルによりM618を焼き殺す事により、侵略された全域の三分の一を奪還すると言う作戦を急ピッチで追行していた。

 愛知県の菊間から、備蓄用の石油をタンクローリーに詰め替え続々東京に向かい東名高速道路をひた走っていた。今日の夕刻にも一陣が到着する予定になっていた。しかしPM1900(ヒトキュウマルマル)時になってもまだ到着せず、2000(フタマルマルマル)時、今だ到着する事は無かった、途中渋滞にはまり大幅に遅れていた。その間、もしM618が拡大するスピードを上げ、この堀を越えてしまったならば何の意味も無くなってしまう、隊員の心配は現実的になってきた。すでに堀の(ふち)にM618がかかり始めた。

 司令部に一報が入ってきた。

 2030(フタマルサンマル)時、タンクローリーの第一陣は首都高3号の渋谷出口を下りて西麻布の交差点まで来た。

 司令部も焦りを隠しきれず「よし、随時放出するよう指令を出せ」待ちわびていた時がやっと来た。

 山木師団長は、これで敵を一歩も前進させまいと唇を噛み頷いた。タンクローリーが続々とやって来た。隊員も笑顔になり体が軽くなった。手際よく、掘りに石油を流し込んで行った、見ると東の空が白けて来た。

 突貫工事で何とか間に合った。桜田通りの方もすでに石油が放出されていた。

 西の空に第一飛行隊のヘリの編隊がキャノピーに朝日を反射させ、こちらに向って飛来してきた。M618は既に堀に入ってきていた。

 堀を越えてしまったらなんの意味も無くなってしまう、と隊員達も焦っていた。だんだん爆音が近づいて来た。

 自衛隊の防衛線の隊員達は、後退していた。上空のヘリがすでに各所定の位置でホバーリングを始めていた。何十機ものヘリが準備を完了させ攻撃の指令を待っていた。

「第一飛行隊攻撃準備完了、攻撃指令待つ、司令部どうぞ」ホバーリングを続けて指令を待ち続けていた。「こちら司令部、攻撃開始せよ!」いよいよ攻撃の指令が司令部から発せられた。各ヘリはロケット砲ポッドから一斉にロケット弾が掘りの石油めがけ打ち込まれた。

二十キロに渡って堀の石油が一瞬に火柱が上がり津波のように炎の渦が延々と連なっていった。次々にナパームシェルを搭載したロケット弾が今度はM618めがけて打ち込まれた。やはりM618は青白く光を放ちバリアを張った。しかし、北烏山での自衛隊の攻撃でM618の青白いバリアが、攻撃を続けることで長時間もたない事が解っていた。先端のバリアが消え始めた。「AH‐19攻撃ヘリは攻撃地点到着次第、直ちに攻撃を開始せよ」と攻撃ヘリが攻撃ポイントに到着次第空対地ミサイルをポッドから一斉に発射され地上のM618に命中した。次々に爆発していった初めてのことだAH‐19攻撃ヘリがまさに敵に群がって攻撃を加えるスズメバチのように、容赦なくミサイルを打ち込んだ。地上で次々に真っ赤な炎が上がり全て的確に爆発した。

 M618は赤いしぶきを上げて、あちこちで吹き飛んでいった。

 明らかに、自衛隊はM618を押し(まく)っていた。どう見ても自衛隊の優勢は明らかであった。

 だが、M618はあまりにも大きく拡大しすぎていた。陸自の攻撃はその一部でしかなかった。M618のダメージは実質的には差ほどのものでもなく、結局、難なく、掘りを越えられてしまったのでした。陸自の攻撃も、物量の前には労力の割りに効果は上がらなかった。第二次防衛線が破られるのも時間の問題に思えた。

 既に自衛隊の攻撃がM618に通用しなくなってしまったのか?

 もう、M618の拡大を阻止(そし)することは無理なのか?

 第一師団の司令部は打つ手が見つからず、司令部の作戦本部で攻撃失敗の判断材料はでるものの、有効な攻撃方法は何一つ発言されることはなかった。この敗北のダメージはかなり大きいものとなった。

 翌日、東京青北新聞本社で掃除のおばさんが各社の新聞をいつものように青木キャップのデスクの上に置いて行った。出社して来た青木キャップは上着を脱ぐと、椅子の背もたれに掛けてから椅子に座り、お茶を飲みながら各社の新聞に目を通して行った。

 帝都売読新聞の一面の写真が目に付いた。「ほーう、すごい画像だな」と何の写真か理解していなかった。

 他社の新聞に目を移した、見出しに「自衛隊、M618に破れたか?」と歌われていた。

「何のことだ」もう一度帝都売読新聞を見直した。「今日の新聞だ、一体この写真の場所は」目を()らして記事の内容を追った。

「何、昨日だ、しかも東京のど真ん中じゃねえか!」青木キャップはかなり息が上がっていった。

「くそー、やられた。」

 そして大声で「おーい、前川、昨日、東京に誰も行って(いな)いのか」

 前川は何事だと思った。「特に動きも無いとの事だったので、張り付いてはいないと思います。」

「そうか、読み間違えだ。仕方ない、私の指示間違いだ」と自分を納得しようと思った。だが腹立たしくてどうしようも無かった。

 その日、一日は青木キャップにとって気分の悪い一日となった。キャップに近寄る社員は、ことごとく頭ごなしに怒鳴(どな)られた。

 陰口で「あの記事見ちまえば、仕方無いだろう」

「あの、当たり方は一種の敗北宣言と取れるよな」と言う者もいた。






  4 吉岡の挫折と恵美子の決意 






 その頃、科警研では夜遅くまで分析を続けていた。吉岡は腕組をして椅子に座って、テーブルの上に置いてある白い箱を眺めていた。

 そんな日々の繰り返しが、もう何日、いや何週間続いていたか、古木補佐より白い箱の分析を任され、当初は吉岡も必死にあらゆる事を徹底して試していた、白い箱が光る(たび)に大騒ぎをしていた。

 しかし何週間もの徹夜の努力もむなしく結局何も解明されず、あっと言う間に日にちばかりが過ぎてしまった。

 古木補佐から状況を聞かれても何も答えられず、申し訳なく頭を下げていた。そんな光景が何度も繰り返されていた。

 吉岡は全ての手を打ちつくして、どうしていいのか解らなくなっていた。

 考えてもお手上げで、何日も眺めていた。一体どうすれば、何が出て来るんだ。

 自分の無力差を見せ付けられていた。自分の無能さを思い知らされていたのでした。

 その気持ちは口には言い表せないほど苦しく、いたたまれない感情でした。

 いつしか自分のことを考えていた。たかがこんな白い箱ひとつ分析もできない程度の無能な分析官だったとは「ちぇっ」俺は分析官としてはくずだな、どうしようもない、くだらない奴だったのか「はぁー」そんなことは分かりきっていたはずだ、努力してもやっぱり、くずはくずでしかねえのか、自分に能力が無いのは自分が一番よく知っていたはずだ。何をやっても俺にこいつを分析などできやしねえや、吉岡は自分を卑下することで白い箱の分析から逃げたかった、楽になりたかった。

 以前()たようなことがあった、そのときは古賀がそんな吉岡の性格を見抜いていた。(こん)を詰めて、行き(つま)ったとき、潔癖症(けっぺきしょう)の吉岡はその責任を全て自分で背負ってしまい、その重さに耐え切れなくなる事で、自暴自棄(じぼうじき)(おちい)っていくことを、そんな吉岡を何とかかばいながら古賀は吉岡を勇気付けて自信を持たせたことがあった。

 しかし、今回は警察庁からもM618の解明、分析が至上命令(しじょうめいれい)となっていた中にあって、全員夜を徹しての作業の中、吉岡が除々に落ち込んでいっていたことが、忙殺(ぼうさつ)されていた。吉岡も他に迷惑をかけまいと必死にこらえていたが。

古木補佐や後藤室長から結果を聞かれてもいつまでたっても何も進展していない状態を説明するのが辛かった。

古木補佐は進展しない状況を聞いても一切焦らせることは言わなかった。しかし吉岡は何も結果が出せない自分に腹立たしかったし、焦っていた。

 体よりも精神的にかなりまいっていたようだ。顔は無精(ぶしょう)ひげまで生えていた。シャツも何日も替えずに、きれい好きだった元の彼はそこにはいなかった。

 ここにいるのは無能で、役立たずで、どうしようもない、お荷物のくずだと自分をけなしている吉岡がいた。

 そんな時、目の前の白い箱が青白く光った。吉岡の目にその光景が見えているはずなのに、何も対応をしようとせず、またぶつぶつと一人つぶやきだした。

 その光景を、椅子に座って(なが)めながら「いったいおまえは何のために光るんだ。俺をこけにしているのか、おかしいか、そうか、お前の発光は俺を馬鹿にしているんだな、笑えよ」吉岡は無表情で青白く光る箱を背にため息をはくと「俺は疲れた、寝に帰るさ」と(つぶや)きながら立ち上がった。所員は驚いて「この箱光っているじゃないか、古木補佐に報告しないと」

 別の所員も驚いて「おう、大変だ。」

 騒ぎをよそに、疲れ果てた表情で夢遊病者のように吉岡は家に帰っていってしまった。それっきり吉岡は所に来なくなってしまった。

 恵美子が吉岡に電話をしても「体の調子が良くないから、休ませて下さい」と恵美子は何も言えず受話器を切った。苦しんでいた吉岡のことは恵美子も気にはしていた。

 しかし、そこまで思いつめていたとは思ってもみなかった。

 恵美子から見ても吉岡がこの白い箱を分析してM618を壊滅する手がかりを見つけると張り切って、毎日(おそ)くまで色々試して頑張っていると思っていた。

 実際に四週間以上も寝ずに分析を頑張っていたし、白い箱はどこにも継ぎ目も無く吉岡はドリルを使って穴を開けファイバースコープで中を見ようとした事も知っている、けれどその開けた穴が再生してしまった。これには驚いた。一体何をどうやって調べたらいいのか(あせ)る吉岡には恵美子も気になっていた、時折青白く光る白い箱も初めは吉岡もそのたびに大騒ぎをしていたようでしたが、しかし、分析がまるで(らち)があがらない日々が続く中、いくら青白く光っても、いつしか取り合おうとしなくなっていたことには気づかなかった、自分を見失った吉岡にはもう全てがどうでもよくなっていたようでした、そして白い箱を置き去りに研究室を出て行ってしまった。           

 恵美子には理解できなかった。「えっ、どうして?」いくら結果が出なくても途中で投げ出して逃げ出すなんて、許せないと思った。そして恵美子は古賀主任に当たっていた。

「古賀主任、なぜ吉岡主任は逃げ出したんですか、だいいち古賀主任は吉岡主任に甘やかしすぎです。」

 古賀主任はうなずいて「確かに、そうかも知れません、だけど皆が皆、君のように強いわけではありませんよ、まして吉岡は以前にもこのようなことはありました、そのとき彼は私の助手をしていた。その後彼も成長して、科学第3研究室に移ったが、まだ私の助手のときは彼も若かったし責任感も今よりは強くもなかったので押しつぶされる事はありませんでした。しかし今は役職も付き部下も持つことになった、あの時よりは責任も強く感じるようになっていたはずだ、けれどそれだけでもないようです、自分では押し殺しているようだったが、どうも彼はうつの気があったようだ、だから私は今でも彼の限度を見極めるよう気をつけるようにしていましたが、忙しさのあまり今回はつい見過ごしてしまいました。ダメージの大きさからして彼はもう限界だったのかもわからない、もう戻ってこないかも知れません、あれだけの能力を持ちながら残念ですよ」古賀はうなだれていってしまった。

 恵美子は言葉も無く呆然(あぜん)としてしまった。

「何も知らなかったは私」

 吉岡主任が結果が出ずに悩んでいることは知っていた、しかし吉岡の悩みの深さを知るには至っていなかった。

 恵美子はそんな人の気持ちや悩みの深さが分からない自分に情けなさを感じた。

「もっと、吉岡主任の悩みの深さに早く気づくべきだったは、なんて鈍感なの」と自分に怒りがこみ上げてきた。人を思いやる心に(にぶ)い自分に対して情けないと感じていた。

 そもそも元はと言えばM618の壊滅のための手がかりをつかむために吉岡主任は頑張っていたはず、だったら私が代わりに必ずけりを付けてやるはよ、このままM618を野放しにしておく訳にはいかないは、悩み抜いて努力していた吉岡さんが(むく)われないは、恵美子もM618の分析を徹してやってやるはよと闘争本能が突き動かされたのでした。

 恵美子は古木補佐に吉岡の事を相談した。「このまま少しの間そっとしておいてほしいと思います。代わりに私が吉岡主任の後を引き継ぎます。」と古木補佐は恵美子の気まぐれでなければいいと思ったが一応了承した。

 そして恵美子は考えた、なぜ吉岡主任はそこまで(こん)をつめてああなる瀬戸際(せとぎわ)まで頑張っていたのか、自分でも彼が度を越えてしまったならそういうことになることはうすうす感じていたはずなのに、吉岡さんはそれでも手を抜くことができなかったのね、そこまで追い詰められていたのよ、早くM618を殺す手立てを見つけ出さなくては、もしできなければ科警研が負けることになる、吉岡主任はそれは自分に許せなかった。

 吉岡主任は科警研は犯罪を食い止める(とりで)だと信じていた。

 でも私達の負けで済むのなら、それだけなら私は受け入れるかも、しかし、事は日本が滅びる因にも成りかねないは、それは断じて許せない、でしたら私も誰かの分まで頑張るは、M618を私は絶対に許さない、恵美子は強い意志で、三階の生物第4研究室でM618の死骸を分析している古賀主任の所に現われた。

「分析結果を聞かせて」

「ああ、恵美子さん」古賀はちょっと驚いた。

「いつもは、こんなつまらない所にはまず立ち寄らないですよね、どうしましたか」パソコンに向ってしきりにデーター取りに専念しながら

古賀は恵美子にめくばせをして返答をした。

「ずいぶん忙がしそうですね、お邪魔だったかしら」と恵美子が聞きたいことがありげに言うと、古賀も遠慮なく言った。

「そうですね、忙しいです。」

「あら、少し手を止めていただけませんかしら」古賀はパソコンから手を休めることも無く、またチラッと恵美子に目をやった。

 いつもの、好き勝手をやっている恵美子と様子が違う感じを受けた。

「どうしました。分析結果なんか聞いて一体どうするつもりですか、まさか何かやらかすつもりではないですよね」

「まあ」恵美子は見抜かれるのを隠すように、あいまいな返事をした。しかしはっきり言うべきだと思った。

「あいつらをやっつける方法を教えて」

 古賀は恵美子の感情を薄々気づいた。「ずいぶん過激ですね、確かに、吉岡の事もあるし、そう思うのも無理もありませんが」

 恵美子は今の気持ちを見抜かれたと感じた。少し動揺してしまった。「そういう訳でも」

 古賀はやっぱりと、恵美子の気持ちを読んだ。

「まだ見つかっていませんよ」また顕微鏡を(のぞ)き込んで「今それをみつけている途中です。」

 恵美子は覗き込むように「それで」と見つかりそうなのか気になった。

「うむ、難しいですね、先ず奴らの防衛能力は創造以上に(すぐ)れています、自衛隊の武器がまず通用しませんね、特に外部からの攻撃はほとんど青白く発光するバリアによって消化してしまいます、ダメージを残さない、例えダメージを受けたとしても、次々と代わりの細胞を補充してしまうため、自衛隊の攻撃の意味が無いです。」古賀が集めていた新聞を出して、それを見ながら「しかし小規模の塊の場合は火にある程度弱いようですね」古賀は壁の一点を見つめて、恵美子に話し掛けるのでもなく、自分に確認するように独り言を言いだした。

「M618が敵の攻撃に反応して青白く光るのは、もちろん防衛本能からバリアを出しているのでしょう、それは、あの細胞の中にある謎の塩基(エックス)、これが反応して細胞単位でバリアでシールドされるようですね、しかし今までの自衛隊の攻撃で解ったことは、このバリアは長時間持たないということです。」

 恵美子は興味深く聞いていた。「それは、撃退方法の糸口に成らないのかしら」と恵美子は思った。

 古賀の話は次があった。「けれど、最初は十五分程度で消えていたバリアが、その後、自衛隊の攻撃の状態から判断すると、その時間が長くなっているように感じる向きがあります。」

 古賀は首を横に振って「もう、二度と北烏山の時のようにうまく撃退できることは無いと思いますよ、要するに敵も進化していると言う事ですね」

 古賀は頷いて「残念ながらより強力な悪魔に変身しつつあるようです。」

 古賀は気になっていた事があった、それはスピードだった。吉岡が持ち帰ったM618のサンプルがおとなしく我々に分析されていた時と我々がM618の目的を見抜いたときにシャーレに入っていた1グラム程のサンプルが、この生物研究室から真空無重力粉砕装置のある第三科学研究室までのわずか走って八秒ほどの時間と、真空無重力粉砕装置に投げ込みスイッチを入れ作動するまで五秒、わずか十三秒の間にシャーレをいっぱいに増殖して、挙句(あげく)の果てにシャーレを破壊するほど増殖している、計算をすると千三百倍、この計算を東京に陣取っているM618に、当てはめるとわずか七日で日本全土を(おお)い尽くすことになる、そんな能力があるにもかかわらず、何故そうしないのか、それともそうできない訳があるのか、百メートルを0・4秒で走れる車がわざと亀と同じ速さで進む事の意味が何処(どこ)にあるのか、古賀は気になっていた事を恵美子にぶつけてみた。

 恵美子も目を細めて、その訳を探した。「もしかして、そのように素早く動く事が出来ない何かがあるとしたら」

「エ、それはどういう意味ですか」と古賀は恵美子の方を向いた。

「つまり冬眠から覚めたばかりの動物は、動きが鈍いということよ」

「それはまだM618が完全に目覚めていないと言うのかい」古賀はどうなのだろうと思った、やつらが現れてすでに一ヶ月以上、そういう単純なことなのだろうかと首を(かし)げた。

「要するに動かないんじゃなくて、動けないんじゃないのかと言うことですか」古賀は考え込んだ。

 しかし、恵美子は深く考えての意見ではなかった。

「恵美子さん、それは最悪のパターンですよ」本当にそうだとしたら古賀にもM618の爆発的増殖はもう創造できないと思った。

「あら古賀さん、さっき自分で言っていたでしょう、M618がより強力な悪魔に変身しつつあると、つまりそういう意味なんじゃなかったのかしら」

 古賀は大きくため息をついて「ウムー」と肯定も否定もしなかった。

 恵美子は古賀ににじり寄った。「そうだとすると、M618は今(たお)さなかったら二度とその機会は失われるということよ、このままでは日本の国が飲み込まれてしまうのもそんなに遠い事でもないのかもしれないはね」

 古賀は目を(つむ)って考え込んだ。「恵美子さん、そうは言っても無理だよ機材の性能にしてもそうだし、第一M618のサンプルは肝心な塩基Xの部分が真空無重力粉砕装置に()けたため、全て壊れていてこれ以上の事は吉岡もいなくなった今、見込めないさ」

「解ったは」と言って恵美子は研究室を出て行った。

 叔父(おじ)の古木補佐の所に恵美子は急いだ。威勢良(いせいよ)くドアをノックするなり「入ります。」と有無を言わさず入っていった。

 古木補佐は笑顔で「おいおい、意気込んでどうしたんだ。」

 恵美子は半分(おこ)っていた。「叔父さんはそんなのん気なことでいいんですか、日本が明日にも壊滅してしまうかも解らないと言うのに」

「恵美子、まあ落ち着いて訳を聴こうか」恵美子はどうしたのかと古木補佐は思った。

「訳を説明に来たのではありません。お願いがあって来たのです。電子顕微鏡0.1ナノメートル以下の物質を観察できる分解能のものを借りてきて下さい」

 古木補佐は恵美子の真剣差を感じ取ると「解った、しかし電子顕微鏡でいいのか光源が強すぎて細胞を(こわ)しはしないのか?」

 恵美子はプリプリして「いいんです。細胞はとっくに壊れていますし、塩基Xは危険だと思えばバリアを張りますから、何も問題はありませんから」

 古木補佐は頷いて「そうなのか、よし、すぐ探してみよう、それで何かを見つけたのか」

 恵美子は首を横に振った。「だから塩基Xです。どう見ても人工的に作りだされたものではないのかと思います。間違いありません、あの黒く光った無機質の感じは間違いなく生物ではありません、塩基Xを調べる必要があります。M618を解明するには塩基Xを調べる必要があるのです。そこを解明できなければ私達の負けです。だから電子顕微鏡が必要なんです。」

「コンコン」ドアをノックする音がした。ドアが開くと所員が顔を(のぞ)かせて「古木補佐、小包が届きました。」と手渡した、古木補佐は送り状を受け取って差出人を見ると、亜兼義直と書いてあった。包みを開けると、手紙が入っていた。それに目を通すと、包みを恵美子に渡して「古賀主任に、渡してやってくれ」と言うと、恵美子は何が入っているのか首をかしげた。

 古木補佐は手紙も恵美子に渡した。

「これは、亜兼君が北烏山で採取した死んではいるがM618のサンプルだそうだ。吉岡から頼まれていたらしい、君達に頑張って欲しいと書いてある」古木補佐は恵美子を見た。

 恵美子はその包みを見つめると手紙を握り()めた。

「失礼します。」恵美子は急いで生物研究室に戻った。

 恵美子は早速、古賀にサンプルを渡した。

 古賀も驚いた。「どうしたんですか」直ぐにサンプルを顕微鏡で確認すると、塩基Xは壊れていなかった。

「わー、これはすごい、恵美子さんありがとう」

 恵美子の顔に笑みが浮かび「私じゃないわよ、亜兼さんが吉岡主任に頼まれてサンプルを採取してくれたのよ、亜兼さんにお礼を言ってください」

 古木補佐は早速あっちこっちの知り合いの所に電話をして電子顕微鏡を探していた。大学の時の同級生で今都内の帝都医科大で教授をしている友人がいて、M618の拡大に備えて移動せざるおえないと思っていたとその保管場所を探していたというのでした。

 古木補佐は、所員を手配して、取りに行かせた。夕方には科警研に運び込まれてきた。

 古賀は俄然(がぜん)張り切って、所員に指示を与えていた。恵美子も笑顔で準備に余念が無かった。

 一段落すると古賀は電子顕微鏡の前の椅子に座り込み、にんまりしていた。

「恵美子さんのおかげです、ありがとうございます。」

 恵美子は照れくさそうに「これからが戦争よ、休んではいられないは」

 古賀は頷いて「ハイハイ、何なりと言ってください、やりますよ」新しい機材、新しいサンプル、新に分析が開始された。







  5 M618の中枢(ちゅうすう)塩基(えんき)(エックス)の分析




 古賀は早速、亜兼の送ってきたM618のサンプルを新しく運び込まれた電子顕微鏡にセットして映像をモニターに映し出した。

 まるで子供が新しいおもちゃを買ってもらったときのはしゃぎっぷりにそっくりで、ニコニコしっぱなしで嬉しさがこちらにも伝わって来た。

「ワー、すごいなー、いくら拡大しても鮮明なこの映像、すごい解像度だな、さすがに国立の医科大はいいもの使っていますよね、こんなものよくあっさり貸してくれましたね、恵美子さん、ネー見て見て」

 恵美子も、ニコニコして「うるさいわね、見ているわよ」

 古賀が説明しだした。

「このサンプルは完全だ、塩基Xが壊れていない、炎ではこれを壊すことはできないのかな、ほらここまでだったんだよ、前の光学顕微鏡で観察できたのは、恵美子さん、この塩基Xだけどこの段階では一個の単体にしか見えないが」

 恵美子もモニターを見ながら「確かに」と頷いた。

 古賀は倍率を除々に上げて行った。古賀は推測していた通り、やはり塩基Xがより細かいユニットの集合体であることがはっきり映しだされていた。

 古賀はこの細かいユニットの集合体が意味するところの分析をすることで、M618のメカニズムや能力の解明とひいては壊滅方法も見つける事ができると確信していた。

 それほどまでに極小ではあるが、塩基XがM618において驚異的な能力を引き出している中核的存在と古賀は考えていた。

 塩基Xをさらに拡大していった。

「エー。何んだこれは」古賀はもうお手上げと言った感じに天井に目を向けていた。

 恵美子がモニターを食い入るように見て「これは何ですか」

 古い顕微鏡でM618の壊れた塩基Xを観察していたときにその姿が黒光りをする無機質の感覚が生物では無い感じがしてすでに人工的に作り出された物ではないのかと感じていたが、この新しい電子顕微鏡で拡大した姿はまさに人為的に作り出された物であることをさらに確信させるものでした。

 古賀は、我々のテクノロジーを遥か先を行った高度な技術に目を見張る思いで見入っていた。

 すでに、畑違いの古賀にとっては理解の域を超えていた、モニターの映像を(のぞ)き込みながら(あご)に手を当てた。

「この分野は恵美子さんの物理学の世界の話しですよ、私には推測は出来ても理屈はまるで解りませんよ」

 恵美子もモニターを覗き込んで首をかしげていた。「そうは言っても、こんなもの突然見せられてもまるで解らないは」とは言いつつ頭の中で分析を始めだしていた。

「古賀主任、D NAの大きさって、どのくらいでしたっけ」

「大きさですか、確か、10ナノだと思ったが」古賀は恵美子に顔を向けた。

 恵美子はモニターを見ながら「要するに、この塩基Xの大きさは、そうね百分の一ぐらいの球形の集まりのようですね、その集合体の大きさで十分の一ぐらいだとしてと0、1ナノメートルと言うことかしら」恵美子は考え込んでしまった。

 古賀が驚いて「それって、ナノテクノロジーを遥かに超えているんじゃーないのか」

 恵美子は、モニターの塩基Xの拡大されたユニットの集合体を食い入るように見つめていた。「ナノテクノジーは1メートルの十億分の一の世界の技術よ、それも現在では、まだ始まったばかりでしょう、使いこなされてもいないと言うのに」もう一度、恵美子はまじまじとモニターを覗き込んだ。

 戦後、半導体産業が出現して、いろいろな装置、部品、家電品、パソコン、通信分野にしても、高度情報化社会が作りだされた。今や科学技術の進歩は目覚ましい発展を遂げた。とは言っても、その精度はミリメートルの千分の一つまりマイクロメートルの世界が2000年初頭まで続いた、それから三九年AIが囲碁や将棋で人間は遥かに超えられた、車の自動運転はすでに一般化している、いまや飛行機までもが無人機が飛んでいる、けれどもこの塩基Xを見ているとそれら全てがまるで原始時代の貧弱な道具にすら思えてくる程に塩基Xの技術は凄いものだと感じた。何がどうなっているのかまるで理解できなかった。

 恵美子はこんなものを作り出す技術者は世界のどこを探してもいるはずがない、一体今の地球上の技術では考えられなかった、この存在は想像もできないは、お手上げよ「これって、未知の世界のテクノロジーよ、世界の技術の粋を集めても絶対にこんな代物は作り出せないは」

 古賀はモニターから目を離し、疑問を浮かべた顔で、恵美子を見た「どうして言い切れるんですか」

 恵美子は口を(つむ)んだ、理論を話しても古賀に理解できるものでもないからでした。

「ウー、要するに理論はあるが、現実には開発されていない、DNAコンピューターとか量子コンピューターの演算能力が無ければ、作り出すことは出来ない代物だからです。」

 古賀は目を丸くして「へー、そのコンピューターはそんなにすごいものなのですか」

「夢のマシーンね。現在のスーパーコンピューターが十兆年かかる計算を、量子コンピューターでしたら、わずか数分で計算できると言われています。実際には量子コンピューターはすでに存在しますが能力ははるかに低いものです。」

「ヱー」と言って、古賀は瞳が小刻みに左右に()れて生唾(なまつば)を飲んだ。

 古賀はそのことがどういう意味になるのか考え込んだ。いまだ存在しないコンピューターによって作られた物質が人間に似たDNAの中に存在している、これはどういうことなんだ。M618はいったい何なんだ。

 恵美子は塩基Xを映し出しているモニターの映像を拡大して隅々まで観察していた。

 黒い粒に思えた塩基Xが無数の球形の集まりだったとは、なぜこんな形態をしているのかしら、どういう意味があるのか、どう見ても分からない。

「何ですかこれは?」恵美子が何かに気が付いた。

 その無数の球形はよく見ると一定の規律で組み込まれてユニット状に形作っていた。

 恵美子も古賀もただため息が出るばかりであった。

「何ですかこれは、まさかこんなユニット状になっているとは、もっと詳しく調べてみたいですね、この球形の個々の働きはどうなっているのでしょうね、これはすごいです。」古賀は関心していた。

 恵美子は向かい側のテーブルの上に無造作に置かれている白い箱に目をやった。

 そして思い出していた。北海道で発見したタイムカプセルの遥かに進歩した科学技術の固まりだったことを、あのテクノロジーだったらどうなのかしら、と同じ技術で塩基Xは作り出されたのかしら、でも何のために、そうよ何のためにあんなものを作り出したのかしら、

 いったいあのタイムカプセルは何だったの、まさか・・・・・そんな馬鹿な?

「それにしてもこいつ人間の手によって作り出された物なんて、考えたくないは、こんな悪魔、古木補佐の意見を聞きましょう」恵美子は古木補佐を呼びに行った。

 古賀はその間も分析を続けた。塩基Xの状態を入念にチェックすると、このサンプルは何処にも傷が確認できなかった。もう一度丹念に分析を行った。

 やはり外面については、傷は認められなかった。古賀は興奮してきた。

 そこへ古木補佐が恵美子と共にやって来た。

「どんな様子だ。」と古木補佐は声を掛けると、モニターに目をやった。

 確かに恵美子の言うとおり、黒い球形をしたものがそうとうの数の集合体のようになっていた、それがモニターの画面一杯に映し出されていた。

「ウムー、確かに人工的のようだな、これ写真に撮ってくれ、田所教授や江川教授にも見てもらおう、それで古賀主任、何か解ったか」

 古賀はどう話していいのか困った。「論理的には何も分析できていません、あまりに高度過ぎて、手の付けようがありませんよ」

 古木補佐は頷いて「所見でいいから意見を聞かせてもらおうか」

「はい、これだけの技術が世の中にあることじたい、もう驚きです、それに、私より恵美子さんの分野になると思いますが、私が調べたところによりますと亜兼君の採取しましたこのサンプルの塩基Xはまるで無傷のようですね、少なくとも外観は、もしかすると再起動することが出来るのかも知れません、それは別として、このモニターの塩基Xを構成しているこの黒い粒の集まりですが、自衛隊との交戦状態を見ましても相当のセンサーなりAIのようなものを搭載しているように思われます。瞬時に青白い光を発光させ向かってきた武器の種類によりその武器の威力を全て打ち消して消滅させてしまう、おそらく粒の集まりの塩基X一個で一人の人間をも遥かに越えた知能を保有している事も考えられます。その上制御装置やCPUがどのようになっているのか、又起動させるための動力源がどのようになっているのか、推測も付きません、細胞に流れている微弱電流を利用しているのか、空気中のO2かCO2が電源になっているのか、またまるで別の動力源なのか、どっちにしてもそれら全てがこの黒い粒の中に納まっていることは事実です。とてつもない機能です。もしかしますとこのサンプルの塩基Xの機能は壊れていないかも知れませんね、これをモルモットに入れることで、止まっていた時計の電池を入れ替えたように起動スイッチが入って増殖が始まるかも知れませんね、まぁ、こんなところです。」

 古木補佐はモニターを見ながら「そこまで凄い代物ですか、残念だな、人類に役立たせる道は無かったのか、人類を滅ぼす敵になるなんて、これからどのような方向で分析を進めていくかだ、古賀主任としてはどうですか?」

「幾つかあります、先ずは、この塩基Xの破壊です、外部からの攻撃については知っての通りバリアに(はば)まれます。このバリアを外す方法、またはバリアのスイッチが入らない状態を作り出す方法、そして塩基Xの破壊です、これには回路を破壊するのが早いでしょう。

 仮説ですが微弱電流を起動電源とするならば単なる電子部品でしょう、だとするなら高出力マイクロ波で破壊は可能なはずです、ただし青白いバリアをはずす方法があればの話しですが、または別の方向としてはアポトーシスです。」

 古木補佐は興味深い表情になった。「アポトーシス、つまり自己破壊と言う事かね」

「そうです、外から破壊できないのであるならば、細胞自身を自殺させることです、どんな細胞でも傷を持った細胞を排除するため、細胞自身を自殺させると言う生物学的機能を使って、内部より破壊を起こさせて自滅をさせることも考えられます。」

「それは(すご)いな、しかし実際アポトーシスが起きるのか?実験を重ねる必要があるな、プロジェクトを組むか」しかし古木補佐は迷っていた何ヶ月か何年か、結果が出るまでに、どのくらいの時間が必要になるのか、考え方は画期的だが一刻も早くM618を(たお)すための方策が必要なのであった。

「古賀主任、悪いが最初の案で行こう、恵美子にはバリアを外す方法を考えてくれ、古賀主任、高出力マイクロ波が塩基Xを本当に破壊できるのか実験を進めて欲しいが、頼んだぞ」

 古木補佐は自室に戻って行った。

 恵美子は古賀の顔を見て「古賀主任」

 古賀は恵美子から目をそらして「うん、確かに古木補佐の選択は現実的だね、私の専門はアポトーシスの生物学上のほうだが決まった以上はその方針で取り組んで行きますよ、しかし電子部品にマイクロ波を当てるのは畑違いかな」

 恵美子は笑顔で「分かりました、吉岡主任がいない今は私がやります、さぁーやりましょう」と言うと、古賀も笑顔を返して「ああ」と頷いた。

 古賀がデジタル電子顕微鏡に向かい「それじゃあー、バリアについて実験してみよう、このモニターの塩基Xは、きっと機能してると思うよ、金属棒を当ててみるよ」

 そして古賀は針先で塩基Xに慎重に押し当ててみた、しかしなんの変化も起きなかった。

「おかしいな、やっぱり壊れているのかな」

 古賀は、少し考え込んで「ショックを与えてみましょうか」

 見ていた恵美子が「微弱電流でも流してみましょうか」と電流通電テストの準備を始めた。

 古賀も、頷くとサンプルから一部を取り出すと、その、準備を手伝った。

「準備はOKです、やるはよ」恵美子が早くテストをしたくてじれったそうにスイッチに手をかけていた。

 古賀は期待していた。きっと、青白く光るだろうと「恵美子さん、スイッチ入れてください」

 恵美子はコードのスイッチを入れた。

 モニターに拡大された塩基Xを乗せた金属板に電流が流れた。二人の見ている目の前で塩基Xは白い煙を上げてあっけなく壊れた。

「なんなのこれ、からっきしだは」

 古賀も、あまりに呆気(あっけ)なかったため期待が外れたと言うよりがっかりした。

「古賀さん、これずいぶん軟弱ですね、期待はずれよ」

 古賀は頭をかいて「これじゃあバリアでも張らなければまるで使い物になりませんね」

 恵美子は信じられない顔で「こんなはずはないはよ、先日の東京での自衛隊を壊滅させた能力を見ますと塩基Xには計り知れない能力を秘めているはずです、起動していない塩基Xではデーターは取れないはね」

 古賀が(にが)い顔をして「確かに、起動するにはどうしたらいいんだろう?」

「スイッチが入る条件を作ることですね、かといって細胞内に安易に戻したら増殖が始まってこっちが危ないは、古賀さん何か無いかしら」と言って恵美子は考えた。

「そうだな、細胞に似た培養液(ばいようえき)に入れてみましょうか、濃度を制御すれば増殖も抑えられるかもしれません」すぐさま古賀は培養液の準備を始めた。

 そして、培養液に塩基Xを入れてみることにした。

 培養液に入った塩基Ⅹがモニターに映し出された。

「古賀さん、どう、何か変化したのかしら」見てくれはまるで変わっていないように見えた。

 古賀は顕微鏡の中の塩基Xに金属の針の先を近づけて行った。

「やっぱりだめか」とあきらめかけて、古賀は少しやけに金属の針先をぶつけた。

 その時、突然、モニターが真っ白になった。

「どうしたの、古賀さん」

 古賀がぶつけた針先で塩基Xが青白く発光していた。露出不足でモニターがハオリングを起こし、モニターの画面が一瞬真っ白くなってしまった。そして、すぐに映像が戻ってきた。

 塩基Xが起動してバリアを張り、無傷の状態をモニターに大きく不気味な姿を映し出していた。

「えー、本当にこれ生きていたの」恵美子はうそのように思えた。

「まさか、どうして高温の中でも壊れないのか?」古賀も不思議に思った。

 恵美子は考えた。「M618が死ぬと透明の液状に変化するが全てが壊れてしまう訳でもなく、その透明の液体に守られて塩基Xは壊れないのかもしれないわね」そう思う、とだったらあたしが起き上がれないほどぶっ壊してやるは、 恵美子はこれでまたM618を倒す意欲がふつふつと沸いて来た。

 古賀は思った。「そういうことでこれが壊れなかったのかな、いやいやラッキーでした、ところで恵美子さんこの発光現象をどう思いますか」

「え、青白い発光現象ですか、そうね、波長で見ると四七〇〇オングストローム前後でしょう、この波長自体が何かに、つまり人体や物体に何か影響や作用を与えるとは考えられないはね、要するにこの光をみていても目がつぶれたり、光が当たった皮膚に影響がある訳でも無さそうだし、無害の何物でもないはね」

 古賀は頷いて「つまりこの発光は相手を攻撃するための武器では無いと言うことですかね、で、どういう意味があるのかですね、あれだけの能力の(かたまり)に意味の無いものがあるんですかね、信じられないな、じゃあ次にこの針の先端を見ていてごらん」

 古賀が針の先端を塩基Xに近付けて行くと針が塩基Xに触れる瞬間の所で青白い光の中で白い煙が上がり何かが起きたように思えた。その時古賀が「恵美子さん、この現象をどう見ますか」と、恵美子の考えを聞いてきた。真剣な顔でモニターを食い入るように恵美子も見ていた。

「針の先端が塩基Xに触れた瞬間に何かが起きているようね、白い煙が出ているは、でも熱で熔けるとしたら、針の先端は真っ赤になるはずよね、それに高熱を発したら細胞自体が死滅してしまいますよね」

 恵美子は急に驚いて「えー、分子分解が起きているとでも言うの、まさか、考えられないは」

 古賀は冷静に「しかし現実の出来事ですよ、私もハンマーで(たた)いて実験をしたときも驚きました。」

 古賀の言葉を制止して、興味深げに恵美子が「実際、実験的には分子分解を行う事は可能でしょう、でもその装置を実際に作るとしたら、相当の高電圧も必要でしょうし、とてつもない大きさになってしまうと思う、こんな極小の粒に収まるものでは絶対にありえないは」

 古賀はその針を恵美子に渡し「分析してみますか」と確かめる事を(うなが)した。

 恵美子は変形した針の先端を見つめていた「いいは」恵美子は電子顕微鏡の被験物を塩基Xから針の先端に替えた。

 除々に倍率を上げていき、針の先端の分子の変形状態を確認するため、モニターの映像のピントを合わせていった。

 針の先端の分子の状態が大きくモニターに映し出された。

「まさか、考えられないは」恵美子は信じられなかった。 

 針の先端は丸くなっているにも関わらずその分子の状態は、まるで変形したが見当たらなかった。熱を加えたり、圧力を掛けたりすると、必ず分子に変形の(あと)があるはず、それがまるで起きていない、「なぜなの」現代の世界中の何処にも、こんな技術はありえないは、遥かに現代科学の(すい)を越えていた。「信じられない技術だはね」恵美子はその技術の方に興味が向いていった。

「古賀主任、M618って何処から来たんでしょうね、こんなとんでもないハイテク技術の塊、もう私には分かりません、宇宙の何処からか送られてきたものでしょう、塩基Xが何処かで人間の体に入り込み増殖をして、増えてきたのよきっと」

「そうですね、だとすると宇宙から来た訪問者は、別の国で現われた報告は受けていないので、日本の浜松町が最初の訪問地のようですね、確かに、こんな高度な技術、学会でも聞いたことがありませんからね、少なくとも現代のものとは間違いなく違います、それにしても恵美子さんがそんなことを言い出すなんて、宇宙ですか?本当にそう思ってはいないでしょうが、宇宙を持ち出すとはそのことのほうがむしろ私には驚きですね」と古賀は恵美子を見た。

 恵美子はハッとした。未知なる物の正体が自分の理解力を超えたときに、全ての答えを宇宙に(なす)り付ける考え方は恵美子の一番嫌うところのはずであった。しかし塩基Xを中心とした一連の出来事が全て現代の科学を(はる)かに超えている事実を説明するのに、どう考えても恵美子の知識では理解できないと言うより、答えが迷宮に入ってしまい、前に進むことが出来なくなってしまった。結論を出して早く楽になりたいと思って出した答えは、自分でも納得のできるものではなかった。しかし古賀は見抜いていた。

「では古賀主任は、宇宙説のほかにどのような答えがあるのですか」と古賀に恵美子の結論に同意を求めたが、古賀は恵美子に疑問をぶつけて来た。

「さあ、どうでしょう。そうなると解明不可能な事柄(ことがら)を宇宙に封印(ふういん)してしまうことにもなりかねませんよ、それでいいのですか、まあその仮説も捨てがたいことは確かですがね」

「まあ失礼ね、捨てがたい程度ですって」恵美子の眉間(みけん)にしわが寄った。それは古賀に向けられたものではなく、答えを自分で納得していない安易なところに求めた自分に対してでありました。

 古賀はまずいことを言ってしまったかと後悔(こうかい)した。

 話をそらそうと思っていると、モニターに映っていた塩基Xが、淡い青白い色が発光しだした。「恵美子さん見て見て、こいつ変化しだしたようです。」

 恵美子がモニターを(のぞ)き込むと、塩基Xが小刻みに震えだしていた。「何が始まるのかしら」二人が目を凝らして観察をしていると、培養液のなかの塩基Xが分裂を始めた。

 恵美子が慌ててレコーダーの録画スイッチを押した。

「どのようなメカ二ズムで分裂するのかしら」と恵美子は分裂の仕組みが気になった。

 古賀は見ていて、その現象が細胞分裂によく似ていると思った。「これ、M618の細胞内でもないのに分裂をするのか、培養液の何がそうさせるのだろう」とその仕組みに興味を持った。

「これ、DNAコンピューターの応用かしら」恵美子はふと思った。

「えっ、またそれかよ」古賀には分からない分野の話だと思った。

「ある酵素を使って演算をするナノマシーンで、今はまだ存在していないけど、つまりその酵素が分裂に関係していないかしら」恵美子に深い意味は無かった、ただの直感でした。

「おいおい、今度は理屈でなく感かよ、解りにくい話しだな」古賀はあきれた。

 恵美子はパソコンで忙しそうに計算をしだした。

「思った通りだは、これの主成分は炭素よ、酸やアルカリに強く熱にも強いし、おそらく空気中のCO2を使って複製を作っているのね、その起動力はこれもおそらく空気中のエネルギーを使っていると思うは」

「空気中のか、光にしろ、温度差にしろ、以外とこの空間はエネルギーだらけだからな、それじゃあ無限に

分裂していくことになるぞ参ったな、こんなのに埋め尽くされるなんてたまったもんじゃないぞ」古賀はぞっとして首を振った。

「そんなことはさせないは、必ず壊滅をする糸口を見つけ出します、M618の好き勝手にはさせないは」と恵美子は強い口調で古賀に促した。

 古賀は取り乱した自分を恥じた。「ごめん」

 二人は分裂をしている塩基Xをしばらく観察していた。

「ねえ、古賀主任これ、分裂しているときは無防備のように思えないですか」

「ああ、確かに、しかし時間にして四秒足らずですよ、何かやるにしては、短すぎませんか」

「いいは、私がやってみます。」

 恵美子は電子顕微鏡を覗き込みながら針を構えた。

「やるはよ」

 恵美子は針でその瞬間に合わせて塩基Xに押し当ててストレスを賭けた。

 いきなり青白く発光した。「うわー」

 モニターがまたしてもハオリングを起こして真っ白になってしまった。

「えー、何故なの?」







 6 塩 基 X 破 壊




 分裂を始めたM618の塩基Xに弱点があるのではないのかと恵美子は塩基Xの黒く光った表面に針をぶつけた、しかし塩基Xはやはり青白く光った、そしてモニターがハオリングを起こして真っ白くなってしまった。

 何度か行うものの、うまくいかない、無防備である事は間違いないはずだと思ったが、針が当たった部分ではなく周りの塩基Xで保護するようにプログラムされているようであった、そのために無数のユニット状になっているのではないのか、結局分裂時に干渉することは難しいことが解った。

 古賀が「なるほど、そういう事か」とさも納得したように一人(うなず)いていた。

 恵美子は「まー、こういう事もありますね」とあっけらかんとしていた。

「ねえ、古賀主任、他にこいつ弱点ないのかしら、まだ気が付いていないような」

 古賀は少し考えて「他にも気になる事は幾つかありますよ、例えば何故夜は活動が停止しているのか?」

 恵美子は頷いて「そう言えば、何故かしら、古賀主任はどう解釈しているんですか」

「そうだな、夜は電源が落ちてしまうのかな?」

「そんな、単純なものでもないでしょう」と恵美子は古賀の意見を否定した。

 古賀は微笑むと「冗談だが、おそらく塩基Xの理由ではなく細胞の方の理由でしょう」

「それは、どういう事ですか」恵美子はM618の破壊の糸口が見つかることを期待した。

 古賀は話をつづけた。「M618がいくら脅威の細胞とは言え所詮は生物ですよ、あれだけ細胞分裂を繰り返していったなら相当エネルギーを消耗していると思いますよ、たぶん昼間の活動はあれが限界じゃないのかな、それ以上の分裂活動は細胞そのものにかなりのダメージを与えるのだろう、だから夜は活動を停止してエネルギーを蓄えているものと思いますよ」

 恵美子は以外にM618が生物(いきもの)くさいと思った。

「それなら、夜攻撃をしたらダメージを与えられるんじゃないかしら」

「さあ、どうだろう、これまでの分析からして塩基Xに死角があるとは思えないが、夜襲を仕掛けてもおそらく塩基Xは活動しているでしょうバリアでシールドされると思いますよ、ダメージを与えることは無いのかも知れないですね」古賀は大きく深呼吸をした。

「そんな、何処(どこ)かに弱点はあるはずよ」恵美子は残念そうに何かないのかと探した。

「ねえ古賀主任、この塩基Xが空気中の成分をどのように使っているのか測定できないかしらね」恵美子はこの測定をする事で分裂のパターンの原理や起動エネルギーの特定まで出来るのではと考えた。それに先ほどの考えをこの測定をする事によって確かめたいことがあった。

「なるほど、恵美子さん面白いところに気が付きましたね」と古賀は何度か頷いた。

 古賀が続けて「それは我々の生物研究室では無く吉岡主任の化学研究室の分析範囲ですよ、こんな時にあいつ挫折しやがって」

「いいわ、私が行います、化学研究室のヘッドスペース・ガスクロマトグラフィー質量分析器で行えば分析できるはず。」と言うと、塩基Xのサンプルを持って、化学研究室に恵美子は向った。

 扉を威勢良(いせいよ)くバーンと開けると、化学研究室に入っていった「ガスクロマトグラフィー質量分析器借りるはよ」と有無を言わさず、質量分析器の起動ボタンを押した。

 そこに居た所員は呆気に取られていた。

 恵美子は通常の空気の成分を測定する為、機密ボックスに通常の空気を注入して先ず測定を行った。即座にマルチガスモニターに分析結果が現れた。

 化学記号と共にその質量がグラフとなって現れていた。酸素、炭素、窒素、水素の主成分やその他の空気中の成分が一目で認識できた「これが通常の空気中の成分なのね」

 恵美子は次に、同じ条件の機密ボックスの中に塩基Xをセットして、3分間放置した後に、装置のスタートボタンを押した、またマルチガスモニターに数値が表れた。

 そして機密ボックス内の空気成分の質量を調べ終えると、その分析結果をプリントアウトして古賀のいる生物研究室に戻って来た。

 古賀と恵美子はそのデーターを(なが)めていた。

「恵美子さん、このデーターで見る限り水素と炭素の質量が急激に減少していますね」

「そうね、いずれも塩基Xの増殖のスピードとその質量の変化に比例して減少しているようですね、おそらく炭素は増殖した時の自分の複製を作る為に使っているのでしょう、また炭素と水素は増殖のスピードを早くする為の転移酵素(てんいこうそ)を作り出す為にも使っているはずよ、それにしても空気中の水素の質量の減少が(いちじる)しいわね、何故かしら」恵美子は色々な原因を考えた。

 古賀にはさっぱりだった「私の専門外だからな」とは言うものの、水素とくれば水素爆弾や燃料電池、高エネルギーの元素であることぐらいは直にピンと来た。

 恵美子と古賀はほぼ同時に、起動エネルギーのために使っているんだとひらめいた。

 恵美子の推測は続いた「しかも、M618の細胞を(おお)っている皮膜のような物もこの原理だわね、水素は起動エネルギーに替え、尚かつ酸素と反応させ皮膜の主成分としてヒアルロンサンを合成しているのよ、それで表面を覆っているのではないのかしら。」

 古賀が感心して「凄いな、全て空気中から取り入れているのか、それじゃあ無限に増殖していくんじゃないのか、これはまずいですよ、恵美子さん」

 恵美子達はM618を分析すればするほどその完璧性(かんぺきせい)に手の施しようの無さを感じざるおえなかった。

 古賀は首をかしげて「分析では、こいつの防御は完璧だよ、今のままではお手上げですよ」とまいったと言った感じであった。

 恵美子はため息をついて「そうよね、完璧だわ」二人はそのままだまりこくって、考え込んでしまった。

 そこえ古木補佐が現れて「どうした。」恵美子がまたため息をついて「完璧です、お手上げです。」古木補佐は腕組をして「そうか、お手上げか、解った。今日はもう(おそ)い十時近いぞ、明日にしよう」二人は返事をしてとりあえず切り上げて帰る事にした。

 それでも二人は、今日の分析の状況が、頭の中をぐるぐる回っていた。

 恵美子は、ベットに入っても、眠れずそのことが頭から離れなかった。「何処(どこ)かに弱点はないのかしら」

 今までM618に関わってきた事が思い出されて次々に記憶に浮かんできた。しかし弱点を探しているうちに奇妙な事に気が付いた。

 それは一つの疑問となった。それを頭の中でまとめようとしているうちに寝てしまった。

 次の朝、科警研に出所すると、古賀主任がひどい顔をしていた。

 恵美子は微笑んで、やっぱりと思った。「古賀主任、昨日は眠れなかったようですね、何かいいアイデアはありましたか」

 大きなあくびをして古賀は「特に無い、そう言う君こそ、目にクマが、何か浮んで来たかい」

 恵美子が鼻を鳴らして「フン、失礼ね、、期待されるような事は出てきません、ただ疑問が幾つか浮んで来ました。」

 古賀は、恵美子の顔を見て「疑問ですか、ところでどのような」

「古賀主任、聞きたい事があります、実は吉岡主任が真空無重力粉砕装置でM618を破壊した後、その装置の中に放射能とか何か毒性の残留物質は在りませんでしたか」

「いえ、そういった残留物質は検出されていませんが、何故ですか」

「やはり、クリーンエネルギーが使用されていたんですね」

 古賀は興味深く「それがどうかしましたか」

 恵美子もそのことがどのような意味かハッキリとは理解している訳ではなかった。

「つまり、この塩基Xが武器として開発されたものだとしたら、塩基Xが破壊されるか、自爆したときに敵にダメージをあたえるため、爆発を起こしてもおかしくありませんよね、もし動力源に原子エネルギーが利用されていたとしましたら、真空無重力粉砕装置の中でM618が破壊されたとき、小型の核爆発が起きていてもおかしくないと思ったのです」

 古賀も納得したように頷いた。「確かに、もし武器として造りだされていたとしたら自爆も敵の破壊工作の手段とするのは当然考えつく方法ですね」

「ところがあの装置の中で自分が破壊されるというのに敵を目の前にして何もせず、ただ手をこまねいてあのハイテクの塩基Xが下等な我々にすんなり破壊されるなんて、これ納得できますか、古賀主任」

 古賀もうなるだけで何と言っていいのか迷っていた。ただ恵美子の言うようにもし吉岡がM618を破壊したとき、まかり間違っていたら科警研は今ごろ吹き飛んでいてもおかしくない、そんな状況であった事は否定できない事実かもしれないと思った。

「なるほど確かにそう言われると、危険な場面だったかも解らない」

 また、恵美子は確信がある訳でも無かったが「それに塩基Xを分析して来ましたが、今のところ防御は完璧である事は言うまでもありませんが、攻撃については何一つ武器と言えるものが見当たらないですよね、今後も見つかるかどうか疑問を感じます、そうなると本当にこのM618は人間を攻撃するために造りだされた武器なのかしら、古賀主任どう思いますか」

 古賀は両手で顔をこすり、作業テーブルのそばの椅子に座り込み、腕組をして考え込んでしまった。

「解らない、自衛隊との交戦状態を見てもM618が驚くような新兵器を使用した事実も無いし、基本的には原始的な襲い方しか聞いていないし」確かに恵美子の言う通り、何のために存在しているのか、古賀にもその存在意味が解らなくなってきた。

 そんな疑問を(かか)えながら二人は現実を直視すると、M618の壊滅方法を見付け出すために、取り組まなければならなかった。

 恵美子は塩基Xのバリアを外すため、古賀と二人で色々試していた。そしてだんだん解ってきた事があったのでした。塩基Xに超音波を当てると同じ周波数を出して打ち消してくる、また光子ビームを当てると光子で打ち消して防御してきた。金属棒をぶつけた時もそうであったように、物質による圧力に対しては分子結合を分解してしまい、同じパターンで自分への影響を排除してしまう、つまり影響を受ける存在に対してバリアの内要を変えてきている事が解ってきた。

 けれど青白い発光はどれも常に一緒である、どうも外敵に対し防御体制を取る度に青白く発光するようであった。

 恵美子にとって、この青白い光が分析を行うたびにピカピカ光られるのはわずらわしくなってきていた。

「古賀主任この発光、何とかなりませんか、電子顕微鏡を覗く度に青白く発光されていては分析がおぼ付きません、落ち着いて打ち込むこともできません」

「そんな事言われても、だったらその発光を消すしかないでしょう」と古賀が面倒くさそうに、(いそが)しくパソコンを操作しながら答えた。

「あー、そうですか」恵美子もモニターを見ながら「じゃあ解ったは、この青白い光、消しちゃうわよ」恵美子には青白い光を消す公算はあった。要するに塩基Xが行っているように同じ周波数のビームをぶつけて、干渉することで光を打ち消すことができるだろうと考えた。

 光を消すだけなら分けないはと、恵美子は古賀に「古賀主任、サンプル少し頂くはよ」と気軽に声をかけた。

「どうぞ、何を始めるんですか?」と古賀も関心なく顕微鏡をのぞいていた。

「ええ、とりあえずこの光を消す前に青白く光る現象が起こる意味を調べておくは」と言うと、電子顕微鏡に塩基Xのサンプルをセットすると火で(あぶ)ったり、針で突付(つつ)いたり、色々ストレスを掛けて、あえて青白い発光を起こさせた、その現象を超微速度撮影でDⅤDに録画した。

 そして青白く光る現象を丹念に見ていったのでした。すると、面白い事を見つけたのでした。

 それは、青白く光る現象は全ての塩基Ⅹが同時に発光するのでは無く、ある一点の塩基Ⅹが素早くストレスに反応して青白く光ると、他の全ての塩基Ⅹがほぼ同時にその光に反応して一斉に青白く発光しているように見えた。何度も、微速度撮影をした内容を色々な角度から検証しても、どの実験結果も同じように先ず一点の塩基Xが素早く反応して、その光に反応してほぼ同時に他の塩基Ⅹが青白く発光している、どうも一点の発光を受けて、他の塩基Ⅹが発光しているようだ、あの発光は他の塩基Ⅹのバリアを起動させる為の信号として発光を利用しているのではないのかと感じた。

 「まさか、そんな、いくら何でもそれは無いでしょう」と思った。

 もし青白い発光がバリアのスイッチだとしたら、それはあまりに単純すぎると恵美子は思った。もしそうだとしたら、あの青白い光を消すことでバリアをOFFにできるということになる、まさかそんな単純な方法でバリアを打ち消す事が出来るとは信じられなかった。

 そんなことで本当にM618のバリアを打ち消す事が出来るとしたら・・・

 恵美子はこの辺りからM618に対するある種の疑問を感じ出していたのでした。

 突然、恵美子は物理研究室に戻り、なにやら探し始めた「あった」しばらくして、生物研究室に戻って来た。

 古賀が気になって「どうしたんですか」

「うん、此れを取りに」恵美子は手にいくつかの機材を持って戻ってきた。

「それは」

 恵美子はほこりを払いながら「これはリアルタイムサイクルアナライザーよ」

「そんな物持ち出して何が始まるんですか」古賀は分析したデーターを忙しそうにパソコンに打ち込んでいた。横目で見ながら質問をしてきた。

「そうね、変動する光の周波数をリアルタイムに瞬時に検出できるものです。」恵美子はリアルタイムサイクルアナライザーのUSBケーブルをパソコンのインターフェイスコネクターに差し込んでソフトウエアーをインストールした。

 そして塩基Xにまた針を近づけてストレスを掛けていった。やはり防御の意味で塩基Xは青白く発光が始まった。恵美子は待ってましたと言わんばかりに、リアルタイムサイクルアナライザーを向け、スイッチをONにした。パソコンのモニターに分析数値が現われた。4721.5オングストローム、そしてライターの炎を近づけたりスポイトで酸をたらしたり順次色々な物で塩基Xにストレスを与えて試してみた。

 青白く発光するたびに恵美子はリアルタイムサイクルアナライザーを向けては、分析数値をパソコンに随時取り込んで行った。

 パソコンに取り入れた数値をグラフにしてみると、針、水圧、熱、高周波、光子、酸、被験物の種類によって数値に変動があるようでした。それをグラフにするとよく理解できた。

「うー」恵美子はうなった、(くちびる)()()めた。

 青白い発光に見えるが微妙に変動をしていた。一定に固定した光波をぶつけても交わされて、青白い発光を打ち消すことは出来ないわね、さてどうする。

 その時、古賀は、三次元3Dで塩基Xの集合体の粒をパソコンで表現していた。するとその粒の最小単位は、6個がワングループになっている事を見つけ出したのでした。

 おそらく、この六の倍率で分裂していくのだろうと、推測した。

 また、その粒を調べてみると、六個の単位で、五百組三千の粒が集まって、塩基X、一個を構成していることを突き止めたのでした。

 黒光りの球形の粒が六個で最小単位になっているようだな、古賀はじーっと見ていて何かに似ていると思った。六個の粒の一個ごとに(はたら)きがあると考えるとCPUでありメモリーでありハードディスクである、しかしこれにそんな区分けがあるのか、ユニットの一つが全てを(そな)えているのかも、だとするとこの五百組はまるでクラスター状態になっていることが見えてくるけど、それはまるで地球上に無数に存在するパーソナルコンピューターがインターネットで繋がっている姿のようだ、だとするとこれはグリット・コンピューティングシステムに似ている、つまり無数のコンピューターを並列に繋いで巨大なスーパーコンピューターとして機能をさせ、複数の問題を同時に処理をすることができ、そのスピードはとてつもない速さだと言われている、しかも何かのアクシデントによる損傷が塩基Xにおきて傷ついたとしてもその部分を切り(はな)したとしても塩基Xの能力はほぼ(そこ)なわれない構造になっていると言うことになる、塩基Xのあの粒の中にそのような能力があるとは信じ難いがこれまでの実験を思えば自分たちの想像を(はる)かに超えた能力を思い知らされていたため、ありうることだと思った。

 モニターを食い入るように(のぞ)き込んでいた古賀が突然頭をかきむしった。

それはあまりに非現実的な想像をしてしまった事を否定する行為だった。

 現代の科学技術の(すい)を集めてもありえないこのM618の科学技術を肯定するとしたら、地球以外の進んだ技術や遠いい未来の新しい技術を思い(えが)いてしまう所まで行き着いてしまう、そんなバカなと思った。

「うーん」だったらM618の存在はどう考えればいいんだ、ただ(うな)るだけであった。

 とにかく古賀は6個単位の粒の集合体一つ一つにもストレスを掛けて、その能力を分析してみたかった。しかし、何せ一億分の一センチメートルのオングストロームの世界の話であるため、そこまで科警研では分析能力を持ち合わせているはずも無かった。

 恵美子が物理研究室から、小型半導体レーザーを持ってきた。そしてパソコンにUSBケーブルで繋ぎ込むと、レーザーのスペクトル出力数値を、パソコンで制御できるようにした。

 ためしにパソコンを通してレーザー照射のシミュレーションテストを行なったが、うまく作動してくれなかった。「おかしいわね、セットアップの設定が間違っているのかしら、古賀主任ネットワークを作りたいのですけど、セットアップのやり方が間違っているのかしら、動かないの、古賀主任、解りませんか?」

 古賀も困った顔をして「私も、そっちの方はちょっと、そうだ、清水くんに頼もう、彼はそっちの方のオタクだから」

 清水真(しみずまこと)も生物研究室、要するに古賀と同じ部所で分析の担当を行なっているパソコンオタクだ。とは言え、彼は大学時代、物理学を専攻していた変わり者だった。

「古賀主任、呼びました。」と低い声でぶっきらぼうに清水が返事をした。

「清水くんちょっと、恵美子さんがやったセットアップがおかしいみたいなので、見てやってくれないか」

「いいですよ、古木さん、どうしたんですか」

「ええ、ネットワークを作りたいの、駄目みたい」

「見せてください」カチャカチャカチャ 素早くキーボードを(たた)くと、モニターを(のぞ)き込み「なるほど、ネットワーク設定の所で、確かに、違っていますね、幾つかのコマンドが構築されていませんね、それと必要なデーターがカスタマイズインストールされていないです、それでどのようなネットワークを組めばいんですか?」

 恵美子は難しい顔をして「だからつまりリアルタイムサイクルアナライザーで光源のスペクトル数値を読んでそのスペクトルと同じ数値のレーザー光を小型半導体レーザーで撃ちだしたいの、清水君にできるのかしら」

「分かりました。」清水はすぐにキーボードを打ち出した。

 カチャカチャカチャカチャカチャ

「はいこれでOKですよ」

 恵美子は驚いて「もう終わったの、清水くん(しご)いわね、見直したわ、ありがとう」

 清水は頭をかいて「どーつう事ありませんよ」と自分の仕事に戻った。

 恵美子はエンターキーを(たた)くと、ネットワークが正しく(つな)がった。恵美子はリアルタイムサイクルアナライザーを蛍光灯に向けてキーボードの1を叩いた。モニターに蛍光灯のスペクトル数値が現われた、その数値を半導体レーザーに読み込ませて、蛍光灯にレーザーを照射してみた。蛍光灯が一瞬光を失った。そばの所員にとって、誰もほとんど気が付かない程度の出来事であった。だが、恵美子にとっては飛び跳ねるほどの出来事でした。

「古賀主任ちょっと塩基X、(いただ)くわよ」

「どうするんですか」

「電子レンジで調理するのよ」

 恵美子はお茶くみ場から電子レンジを持ってきて、テーブルの上に置いた「うー、ドアじゃまだわねー、清水くんちょっと手伝って」

 清水はぶっきらぼうに返事をした。「はい、なんですか」

「このドアじゃまなの、取っちゃって」

「え、この電子レンジのドアですか、分かりました。」ドライバー一本で起用にドアを取外し操作ケーブルのコネクターを外した、そしてドアスイッチを直結にした。

 恵美子は笑顔でお礼を言った。「ありがとう」コードをコンセントに差し込むと、電子レンジの中に白いお皿を置き、その中央に塩基Xのサンプルを置いた。準備は整った。「緊張するわね、さあ、どうなるのかしら」恵美子はかなり真剣な顔つきで、闇夜(やみよ)に体が危険を想定して身構えているように身体に力が入っていた。スイッチを持つ手にもつい力が入ってしまう「落ち着いて」自分に言い聞かせて一気に電子レンジのスイッチを入れた。

 M618の塩基Xの塊がパッと青白くブルーサファイアのような光を、電子レンジの中で(かがや)き出した。

 あの光を消すとどうなるのかしら、塩基Xもきっと戸惑(とまどう)でしょうね、恵美子はリアルタイムサイクルアナライザーを塩基Xに照準を合わせた。そしてキーボードの1のキーを(たた)いた。リアルタイムサイクルアナライザーが照射された。反応が戻って来た。モニターに塩基Xの青白い光のスペクトル数値が表示された。そして半導体レーザーにその数値が入力された。

 恵美子は、電子レンジの中で青白い光を放っている塩基Xを見つめていた。

「いよいよここまで来たは、この半導体レーザーのスイッチを押すことで、あなた達が兵器なのか、それとも別の目的があるのかハッキリするは」古賀が恵美子の独り言を耳にして、何のことだろうと「えー」と、古賀がこっちを向いた。その時、恵美子はパソコンのキーボードを叩いた。半導体レーザーから青白い光が発射され塩基Xに向かって真っ直ぐに青白い光が伸びていった。塩基Xの光と半導体レーザーの青白い光がぶつかり合って干渉し合った。

 「あーっ」古賀は信じられない思いから目を見開いた。

  塩基Xが一瞬光を失った。そして次の瞬間、火花が鮮やかな色とりどりの光を夜空に巻き散らしたように、まさに小惑星が電子レンジの中で爆発した。電子レンジの高周波が塩基Xを破壊したのでした、物凄い光を放った。恵美子も古賀も「ウワー」と声を上げると、両手で顔を覆った。

 その後、壊れた電子レンジの中に小さなキノコ雲が立ち昇った。

 恵美子が叫んだ「清水くん放射能測定器、早く」清水は血相を欠いて取りに走った。

 古賀は、まさか本当に塩基Ⅹの破壊が起きるとは信じられなかった「何ってことだ」

 騒ぎを聞きつけると慌てて古木補佐も飛んできた。「大丈夫か、何が起きた、誰も何とも無いか、恵美子、大丈夫か」と顔を見て様子をうかがった。

 清水が飛んで来て「はい、測定器です。」と恵美子に渡した。

 恵美子はすぐさま放射能測定器で周りを測定し始めた。

 反応が無い、ガイガーカウンターの針がまるで動かなかったのでした。

「おかしいは、電池切れかしら」とバッテリーチェックボタンを押すとバッテリーは十分であった。もう一度測定をしてみた。やはり結果は同じであった。

 恵美子は古木補佐に顔を向けると静かに口を開いた。「叔父様、M618は兵器として造り出された物ではありませんね」古木補佐は怪訝(けがん)な顔で恵美子が何を言わんとしているのか考え込んでいた。「何故、そう思う」

 恵美子は(こわ)れた電子レンジの方を指差して「あの塩基X、あまりにクリーン過ぎます、それに防御システムも兵器にしてはあまりにお粗末過ぎるは、青白く発光することはバリアを始動させるスイッチの働きをしているようです、その光を消されてしまった事で、バリアのスイッチがOFF状態になったとしか思えません、こんな単純なスイッチが兵器に使用されたら簡単に阻止されてしまいます。兵器のスイッチならばもっと確実に目標を破壊するためにもっと堅固(けんご)であるはずです、また(やぶ)られた場合爆発をするなり毒ガスをだすとか、敵にダメージを与えるものと思います出れど」

 古木補佐は恵美子の推測を聞き終えると「うー、解った。だがいずれにせよ今はM618は我々が滅ぼされかねない敵だ、なんとしても食い止めなければならない、だからなんとかしてこの理屈を大掛かりな武器に出来ないかだが」

「理論的には可能です、しかしこの科警研の機材では無理です。」と恵美子はキッパリと言い切った。

 古木補佐は眉間(みけん)にシワを寄せて「そうか、解った。」と言い残すと、研究室を出て行った。恵美子は不満だった。少しは()めてくれてもいいのにと思った。でも恵美子も解らない訳でもなかった。警察庁からM618の弱点や壊滅方法に関して、所長がさいさん(たず)ねられハッキリした返事が出来ずにいることを、古木補佐も分かっていた。だから自分が科警研を束ねて何とか早く答えを出して所長を守らなくてはと思っていた、しかしここまでその答えが見つからないことに(あせ)っていたことは恵美子も感じていたからでした。

「まはいいわ」

 とにかく、恵美子は全てを飲み込んで、前に進む事だけを考えた。

「古賀主任、これで方向は決まったはね」

 古賀もトンネルを抜け出た思いでほっとした。「恵美子さん、とにかく、おめでとう、やりましたね、これで(やつ)らを倒すめどが見えてきましたね、未来への希望がつながりました。それにしても吉岡のあほうが、こんな大事な時に挫折しやがって、残念だよ」

 恵美子は珍しいと思った。あの冷静な古賀主任が感情的に腹を立てるなんて「古賀主任も感情的になるんですね」

「あー、いやその」照れくさそうに頭をかいていた。そして笑顔で「とにかく頑張りましょう」すると清水も、そこにいた皆なもほほ笑んでいた。

 恵美子には解っていた、古賀がこの喜びを吉岡と共に味わいたかった事を、それが出来ない(くや)しさを言葉にぶつけた事を。

 この実験で恵美子は何か違和感を感じていた、M618が兵器で無いとしたら一体何なのか、M618の液体の中から赤い化け物を作りだせることを思うとM618は万能細胞なのか、だとすると塩基Xはそれを制御するためのものなのではないのかしら、しかし塩基Xの防御システムは自衛隊をもしのぐ能力がある、このアンバランスが恵美子にはどうしても納得がいかなかった。一体M618は何なのかしら?

えーと、吉岡宗平です、ちょっとひどいと思いませんか、恵美子さんに塩基Xを分析させるために私はノイローゼになって夢遊病者のように科警研を出ていくんですって、古賀さんなんかは私のことをうつ病だなんて言っていましたね、まあそれでもいいんです、恵美子さんが塩基Xの破壊に成功したということですから、これで恵美子さんが注目されて、科警研でもこれからも頑張ってもらえるのでしたら、私もうれしいです。と言うことでお話の方は楽しんでいただけましたでしょうか、ご来店有難うございました。

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