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ディストラクション  壊 滅  作者: 赤と黒のピエロ
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第4章 謎の生命体M618再発生

とうとう真っ赤な謎の生命体が再発生してしまった。しかも短期間の内に本州全土のいたるところのマンホールの中で増殖していき、突然、一斉に蓋を吹き上げ街を飲み込んで行った。その液体の中から不気味な身の毛もよだつ真っ赤な化け物がうじゃうじゃと現れだし、立ち向かう自衛隊員達に次々に襲い掛かっていった。

M618の青白い光のバリアに阻まれて自衛隊の火力は一切効き目がなかった。そんな中、亜兼が遺跡から持ち帰った白い箱が発光して起動を始めた。この先一体どうなってしまうのか・・・・。

 第4章  謎の生命体の再発生



 1 再発生





 亜兼は、自衛隊の総攻撃が行われた現場を自分の目で見ておきたくて、愛車のビートルで都内に向って中央高速道路を()っ走っていった。永福(えいふく)を過ぎて首都高速道路に入った。

 赤い液体のM618に(おお)われていた浜松町一帯が今どのようになっているのか皆目解(かいもくわか)らず、早く自分の目で確認したいと車を飛ばした。都心環状線に入り一ノ橋ジャンクションを左に折れて芝公園方面に向った。

 胸が高鳴ってきた。じきに見えてくるはずであった。しかし車両の数が以前にましてかなりの渋滞になっていた「凄い渋滞だな、次で降りるか」芝公園出口で、一般道に出た。

 少し走ると真っ黒く焼け(ただ)れた、大きなビルが幾棟も目に飛び込んで来た。

 いまだに、焼け焦げた(にお)いが漂っていた。第一京浜を走ってみると再建は進んでいるものの、昼間でもゴーストタウンを思わせる(ほど)無残な姿を太陽の日差しにさらけ出していた。浜松町の駅に行って見たがいくら待っても車両は停車するものの、ほとんどこの駅で下車をする客を見受けることは無かった。亜兼は一日中この街を隅々(すみずみ)までカメラのシャッターを切りながら、見て回っていた。

 昼間は復興工事のため資材車両が次々に現場に搬入されて来ていた、ゼネコンの職人さんがかなりの人数で働いているためまだ活気が有るが、5時を過ぎて人がいなくなり、すっかり騒音もやむ頃になると、焼け(ただ)れたビルが周りから(せま)ってくるような威圧感(いあつかん)を感じずにはいられず。日が落ちて行くにつれて、まるで死の世界を思わせるような恐怖感さえ(おぼ)えた。

 M618が現れても不思議ではない感じがしてきた。

 次の日も今度はビルの中をよく調べてみた。その様子はすすけて真っ黒になった室内の窓のサッシも()けて無くなっていた、ほとんど躯体(くたい)だけしか残っていなかった。

 いかに攻撃が激しかったかが思いうかがえた。亜兼の調査では結局不信なものは何も出てこなかった。やはりM618は壊滅してしまったのかな、と亜兼の頭をよぎった。何棟かのビルを調べたが結果は同じであった。まだ天井材が落下して足の踏み場も無いほど部材が散乱している建物もあた。

 無残な姿がそこに残っているだけだった。総攻撃からすでに四週間以上にもなるがM618が現れたと言う話はまるで聞かれない、今では警戒に当たっていた自衛隊も一部を残すのみで、ほとんどの連隊は各駐屯地に戻り、警戒態勢も()かれていた。

 亜兼はM618の壊滅はまず間違いないだろうと思いはじめていた。

本社に戻った。

「キャップ、いくら調べても何も出てきませんよ。壊滅したと言うのは間違いないと思いますが」

「お前な、どういう証拠があってそう言い切れるんだ。ジャーナリストとしてそんな簡単に言い切っていいのか、おまえの悪いところはだな、そういう浅はかで、物の見方が表面的で、考えが薄っぺらいんだよ」

「キャップ、それみんな同じ意味じゃないですか」

「フン、だからお前はそのかたまりだと言うんだよ」とキャップが鉛筆で亜兼を差し示した。

「それはあんまりですよ」亜兼は泣きそうな顔をした。

「とにかくネタをやるから調べてこい」キャップは右手の紙切れを振り回した。

「はい」亜兼はキャップの右手の紙切れを目で追って次の言葉を待った。

 青木キャップは小声で「実は、報道管制が引かれたためニュースとしては表に出ていないが、内部調査の一部が()れてきた。その内容によると厚生労働省と防衛省の医科大でM618を分析していた部署で検査員が、あの総攻撃の後、数日して一人残らず行方不明になったらしい、しかも現場に血液が飛び散っていて、血の足跡が残っていたそうだ、しかもなんとその足跡が人間でも無く動物でもない、その足跡に一致する生物は存在しないらしく、科警研で分析をしているらしいぞ」

 確か千歳空港に吉岡が着いた夜、支笏湖に向う車の中でM618が本当に壊滅したのか聞いたとき、吉岡は本当に壊滅したのか解らない、我々の分析結果から言うと何かのカモフラージュのため壊滅状態を装っているのではと、確かそんなことを言っていたが、何かを知っているのかなと思った。「キャップその件調べさせてもらっていいですか」

「おお、やる気が出てきたな、よし亜兼行って来い」

「行って来ます。」亜兼は振り向きざまに走った。

 青木キャップが(こぶし)を高く上げて亜兼の背中に「がんばれー」と叫んでいた。

 亜兼はその壊滅したのか分からない状態を解明してやるという意欲に燃えていた。

 この件に付いて、吉岡に電話で確認してみたが。北海道に吉岡達も行っている間に捜査が行われたらしく、科警研でもこの件については、どの班の誰が担当したのかも明らかにされていないため、その内容については一切(わか)らないとの事だった。

 亜兼は思った。もし吉岡が知っていても俺にも話せない極秘事項になっているに違いないと、しかし、話のニュアンスで調査が実際に行われたことは、(うかが)い知ることが出来た。

 何かが有ったことは事実らしい、同じ事が起きていないか調べてみるか、最近の記事を確認するために亜兼は社の資料室に向った。そこには毎日の全ての記事がメインコンピューターのマザーに入力されていた。亜兼はパソコンのキィ―を(たた)いて次々と記事をあさっていった。

 相変わらず少女誘拐や殺人事件が多かった。なかなか気になるような記事は出てこなかった。

「M618に関係ありそうな記事は無さそうだな、別の角度から探してみるか、例えば行方不明者はどうかな」検索を変えて入力してみた。「わー、すごい数だな。こんなに行方不明者がいるんだ」

 若者の数がかなり多いが、意外と四十代後半から五十代にかけても多いのに驚いた。

「色々なことが肩にのしかかって来る年代のせいなのかな」

 気になる記事が目に付いた。

「うむー、この記事はどうだろう」記事の内容を目で追ってみた。盛岡市内で電話工事のため、マンホールに入ったまま四十代の男性社員が出てこなくなり、同僚が中に入って探したが行方が判らなくなった。

その後、警察も出動して捜索したが結局、今尚(いまなお)、見つかっていない。

「これは不可解な記事だな、しかし盛岡と言えばかなり遠いいな、まさかM618とは関係は無いだろう」

 亜兼は首をかしげた。そしてまたパソコンのキィ―を(たた)き、検索を始めた。だがそれ以後は気になる記事も出てくることは無かった。4階の窓際に席を置く青木キャップのところに行き、結果を報告した、窓の外はすでに暗くなっていた。

「キャップ、特にこれと言った記事はありませんでした。」

「そうか、今日はもういいぞ」

「はい、あーそうだ。気になると言えば盛岡で起きた記事が一件有りましたがちょっと遠すぎると思いますので」

 それを聞いた青木キャップの顔色が変った。「なに、お前バカか、記者が気になる記事を追っかけないで、何を追うんだ、距離なんか関係ないんだよ、すぐ行って来い」

「はい」とは言ったがそんな遠いいところにM618が現れる訳がないと思った。いったいどうやってそんなところまでM618が広がるんだとも思った。

 翌朝早く、亜兼は愛用のビートルで岩手県の盛岡に向って出発した。圏央道で久喜から東北道に入り、一路盛岡まで約七〇〇キロ近くはあるだろうか、一人で運転するには少しきついが、とにかくのんびり行こう、途中パーキングで何度か休憩をしながら向った。

 かなり定期便の大型車輌が走行していて、なれない人には(こわ)いくらいだろう、何とか福島、宮城を過ぎ、岩手に入った。八時間程でいよいよ盛岡に着いた。

 早速(さっそく)、電話会社に向った。今朝(けさ)、本社から電話会社へアポを取ってあったため、すんなりと行方不明になった方の、その時の状況を詳しく聞くことが出来ました。ほぼ新聞記事にあった通りだった。

 明日、現場を確認させてもらいたい(むね)を伝えると、電話会社のほうもトラブルを()けたいという意味から、社員を1人付けることで了承してくれました。

 亜兼は、一日、走り詰めたせいか疲れていた。電話会社に紹介してもらった宿に泊る事にした。盛岡駅の裏にあたる、雫石川(しずくいしがわ)のほとりに近い閑静(かんせい)な老舗の旅館でありました。

 部屋の出窓から、そんな雫石川を庭園の一部に取り入れた贅沢(ぜいたく)な景色を眺めていると、なるほど、見ているだけで不思議と落ち着いて来た。色々な事が脳裏に浮かんできた。

 M618が、浜崎橋ジャンクションの下で泉のように湧き出ていた情景を、ホテルの屋上から望遠鏡で見ているとき、あの下に湧き出す原因が何かあったのか今なら確認できるのではないのかと、無性に確認してみたいと思った。                      

 輸送トラックの爆発の原因を追って答えを探すため、北海道まで行ってみたがたどり着いたのは三千年前のハイテクドームだった。今はすでに跡形(あとかた)も無く崩れて土に埋もれてしまった、そこから持ち帰った白い箱はおそらくハイテクドームのブラックボックスのようなものだろうと思っている。しかし、M618に関係しているのは新興宗教が遺跡として掘り起こしていたところで見つけた写真に写っていた赤い箱のほうだろう、きっとそれを解析をするとM618との関係が分かるのではないのかと亜兼は思っていた。何んだかの鍵を握っているに違いないことを一人強く思っていた。

 あの赤い箱がもしM618を生み出す何だかの原因と考えるとしたら、湧き出ていた下にきっとあの赤い箱はあるはず。

 今は移動してあの調整池にあるのだろうか、どっちにしても白い箱はこっちの手にある、科警研でその箱が何であるか解明できれば、その謎も解けるだろうと早く宗ちゃんが解析してくれないかと亜兼は思っていた。

 しかし、本音は早く戻って赤い箱を探しに行きたいと、本当にそんなものがあるとしたらこれらの出来事の解明に繋がるはずだ、自分が思っていることが正しいのかどうなのか確かめてみたい感情に無性にかられていた。とにかく早いところ、こっちをかたずけて、東京に戻ろうと思った。

 翌朝、九時に電話会社からわざわざ迎えにきてくれました。車に乗り込み現場に向った。

 少し走ると、左手側に岩手県庁が見えてきた。その真向かいに大きな公園があり、聞くところによると、昔しここに盛岡城があったという。

 正面に盛岡市役所が見えてきた。そこで道路が大きくクランクになっていたが、そこを左に曲がっていき、合同庁舎の裏の方に回り込み、また右に曲がっていくと、緑の公園の中に電話の自動交換所がありました。そこに車を着けた。

 亜兼が指さして「あのマンホールですか」と尋ねた。

 職員の人が「はい、同僚がここに入ったきり、行方が解らなくなりました。」

 亜兼達はマンホールの(ふた)を開けて中をのぞきこんだ。そして亜兼は早速(さっそく)中に入りたいと思った。

「ここですか、中に入ってもよろしいですか」

「はい、気おつけてください」

 亜兼はマンホールの中を(のぞ)き込み懐中電灯で奥を照らして見た。

 特に変化は無さそうに見えた。そしてマンホールの中に降りてみた。中はラックと言って、金属のはしごの恰好(かっこう)をした物が何段にも横に走っていて、その上に電話のケーブルが山盛りに乗って走っていた。その(きわ)を人一人が通れる通路を奥に進んで行った。電話会社の人の声が、エコーが掛かって聞こえてきた。

「危ないですから、あまり奥には行かないで下さい」

 亜兼は奥の方を懐中電灯で照らしながら「はい」と返事をした。

 その時だ、明かりに照らされていた壁が動いた気がした。「ハッ」として亜兼は身構えた。

「なんだ、あれは」懐中電灯を向けた、明かりが壁に当った、そして目を凝らして見つめるとその面はコンクリートの色をしてはいるが、光沢の度合いがどうも他の壁と違う、ただの赤い液体では無く壁を模した擬態をしていた。これがもしM618だとしたら近寄るのは危険だ。しかし、ここは盛岡だ、こんな所に居るはずが無い、一応、足元に落ちていた石を投げてぶつけてみた。音がしない、まるでゴムにでもぶつけたような感じだった。カメラのシャッターを切った。フラッシュが発光した。また表面が震えたように見えた。

「やっぱりおかしいな」

 一旦、外に出ることにした。亜兼は外に出ると周りを何かを探すように見回した。

「この先のマンホールの蓋は何処(どこ)にあるのですか」と亜兼が職員に訪ねると「はい、向こうにあります、行ってみましょうか」と電話会社の職員が北側を指差した。

「お願いします。」亜兼はその方向を見た。

 次のマンホールはそこから二十数メートルのところにあった。鉄でできた重量蓋(じゅうりょうぶた)に金具を引っ掛けて、力任せに持ち上げると、いきなり太陽の日差しがその穴の中に差し込んでマンホールの中を照らし出した、亜兼は驚いた、色は赤色ではなくコンクリートの色をしているが、明らかにM618だ。

 太陽の光を浴びて、避けるようにうごめいていた。

「うわー、なんだこいつら」亜兼は慌てて蓋を戻した。そしてまた先のマンホールの蓋を開けてみた。

 市街地の中心に近づくに連れて、マンホールの中に(うごめ)くM618の量が増えている、

 亜兼のスマートホンの着信音がけたたましく鳴った。

 画面をタッチすると、いきなりがなり声が飛び出した。「亜兼か俺だ」

「あ、キャップ」

「亜兼、出たぞ東京では大騒ぎになっている」

「キャップ、M618がですか」

「そうだ、直ぐ戻って来い」

「キャップ、こっちらもM618が増殖していました。」

「なんだと、何故(なぜ)そんな遠方(えんぽう)でM618が出現するんだ、ありえない、それでどういう状況だ」

 亜兼はありのままを事細(ことこま)かく説明した。

 スマートホンの向こうで青木キャップの反応が途切(とぎ)れた。

 明らかに思考がパニクッている様子がうかがえた。

 亜兼が声を掛けた。「キャップ」

「オウ、分かった、そっちの件に付いてはこっちで手を打つ、とにかく戻って来い、いや待てよ、やつらどこまで広がっているんだ」

「はい、市街地の中心から考えますと半径1キロ程だと思います。」

「亜兼、そこまで広がっていると、地方自治体では対処しきれないだろう、こっちから政府の方へ通報しておく、お前は一応戻って来い、後のことはこっちで手を打つ」

「解りました。」亜兼は電話会社に社員と共に戻ると、担当役員に説明をした。

 担当役員は上級役員を召集して、会議が始まった。

 亜兼はそこに呼ばれ説明をした。とにかくパニックが起きないように配慮してもらいたい(むね)を伝えた。

 亜兼は急いで東京に向かい、高速道路を走っていた。釈然(しゃくぜん)としなかった、何故こんな短期間にここまで遠距離の盛岡まで広がっているんだ。こんな地方まで奴らが広まってしまっているのなら日本中に広がっていても不思議じゃないな、そんなことになっていたとしたら、もうどうしようもないんじゃないのか。まるでガンが人の体に広がって行くのと同じだ。「ガンと同じ、まてよ、以前に読んだガンの特集で、たしかガン細胞が原発巣(げんぱつす)からガン細胞が遊離して移動をするために血管やリンパ管の中に入り込み移転先の内臓壁に付着して蛋白質を分解しながら活発に増殖を行なっていくと書いてあったよな、だとしたら血管が道路や鉄道だとすると、血液は車や電車か、つまりM618は交通機関を利用して全国に転移しているのだろうか、実際のところ何処まで広がっているんだ」

 亜兼は吉岡に電話をした。「はい吉岡です。おう兼ちゃんどうしたの、今何処にいるの」

「今は、盛岡からの帰りの途中だよ、宗ちゃん用件だけ言うと、盛岡にM618が現れたぞ」

「え、今何て言ったの?」吉岡は信じられなかった。

「だからM618だよ、あの赤いやつが盛岡に現れたんだよ。」

「嘘だろう、そんな遠い場所にどういうことだよ」吉岡も信じられなかった。

「おそらく東北本線か長距離の定期便などを利用して盛岡まで来たものだと思う、市街地の中心から半径一キロ程のマンホールの中で、増殖しているのを確認した。ところでそっちの状況は?」

「こっちもM618が現れたよ。ただ情報としては都内のいたるところとだけしか今は入って来て無い。なにせ現れたと連絡が来たのも数分前のことだ、申し訳ないが、まだ状況把握(はあく)は正確ではないよ」

「宗ちゃん白い箱の分析はどう、話してなかったと思うが、それと同じ物で赤い箱があるんだ。例の山で最初の遺跡と思われていたところから掘り出されたものだと思うよ、M618の出現した原因がその赤い箱が大きく関わっていると思う、だからその白い箱を解明する事で、おそらくやつらを壊滅させる答えが見つかるかも解らない」

「赤い箱?何なのそれ」

「そうだ、詳しいことは合った時に説明するよ、じゃー」ツー

「兼ちゃん、切れちゃった。」

 亜兼は東北道高速道路をひた走りに走った。立川の本社に着いたのは、その日の二十一時頃だった。四階に駆け上がると青木キャップが待っていた。

「オウ、ご苦労さん、早速だが打ち合わせをやるぞ」

「キャップ、ちょっと休ませてください」

「ばかやろう、甘えるんじゃねえぞ、今は一刻も早く正確な情報を読者に伝える義務がある、我々報道に(かか)わる人間の責任だぞ、おまえ、(ほね)になるまで走りつづけろ」

 と青木キャップが亜兼の顔を(のぞ)きこんだ。

「解りました。」と亜兼はため息をついた。

「よーし、じゃー皆、これを見てもらおうか」数人の報道部の記者は青木キャップの周りに集まりだした。

 青木キャップのノート型パソコンのモニターに映像を再生した。それは東京タワーに設置してある監視カメラからのものだった。インターネットで配信しているものを昼間録画した映像だ、画面の右上の番号が1になっている。

「キャップ、この映像は浜松町の駅の方角ですね」と、亜兼はしっかりと見落とすまいと食い入るように見ていた。

「そうだ、道路上のマンホールの蓋を見てろ」キャップが画面を指さした。

 映像が数分間再生された、その時「おーう、」皆一斉に驚きの声が上がった。

 そして顔が険しい表情になっていった。その原因は写しだされていた映像だ、路上の全てのマンホールの蓋がいきなり空高く吹き飛ばされて間髪入れずに、まるで間欠泉(かんけつせん)のように赤いM618が吹き出してきたのでした。監視カメラの映像では全部のマンホールがM618を勢いよく吹き出していた。この映像を見る限り延々(えんえん)と続いているようだった。

 あっと言う間に、あたり一面真っ赤になってしまった。亜兼はこのすさまじい映像を目にしているものの、現実の出来事として認識できなかった。というより受け入れることを心が(こば)んでいると言った方が正確かも知れなかった。

「一体この先どうなるんだろう」

 青木キャップは政治部の記者に官邸の様子を聞いていた。それによると相当大騒ぎになっているようだ。

 午後5時頃、防衛大臣や厚生労働大臣その他、各閣僚が官邸に集まってきて閣僚会議が始まっていた。

 すでに四時間も()っていたがまだ何も発表はなかった、青木キャップはカリカリしてきた。

「何故、早く閣議で自衛隊の出動要請を決定しないんだ、えー」と手元の冷えたコーヒーを飲み干した。

 亜兼が妙な顔をして「日が落ちてもやつら活動を続けている、おかしいな、前回は午後5時頃になると活動が停止していたのに、どうしたんだろう」別の記者が「冬眠から目覚めたんじゃないのか」と言っていた、なるほど、と亜兼は思った、じゃー何処(どこ)かで冬眠をしていたことになるが、あの調整池なのか?

「進化しているんだよ、やつらはまだ進化していくだろう」と青木キャップがため息をついて言葉をはき捨てた。

 別の記者が「まだ奴ら増え続けているのかな、街はどうなっちゃうんだろう」

 青木キャップが手をたたき「よし、明日の配置をどうするか結論を出そう」

 亜兼がいきなり切り出した。「キャップ、じゃーおれは東京タワー近辺(きんぺん)から取材します。」

 別の記者が「おいおい、いきなり来たな、いいところ取りやがって、きたねえなー、じゃー、私は港区の方から行きます。」

「よし新橋方面は山ちゃん頼むよ、西さんは大森方面から頼もうか」と青木キャップが言い終わると、また加熱たばこを着火した。

 亜兼は自分の配置が決まったので「キャップ、もういいですか」と聞いてみた、実のところやはり疲れていた。

「おう、お前、今日は遠出だったからな、いいだろう明日も頼むぞ」

 亜兼は会社を出ると、時間も遅かったが晩飯を食べに出かけた。







 2  不気味な赤い化け物、M618から出現




 翌朝早く、亜兼は取材の配置場所へ中央高速道路を走って東京タワーに向かった。しかし、とんでもない渋滞に巻き込まれてしまった。カーナビを見ると都内の至る所のランプが閉鎖されていた。ラジオのニュースで、自衛隊の出動要請が真夜中の閣議で決定されたことが流れてきた。

 練馬駐屯地、十条駐屯地からの移動経路として、国道254と17号線が当てられ、一般車両の乗り入れが一時的に、出来なくなっていた。

 亜兼は下の一般道に出て、カーナビを使って裏道を通り、三田の桜田通り近くまで来た。

 桜田通りはもうすでに自衛隊が配置されていた。亜兼はなんとか東京タワーまで行きたいと思ったが、すでに自衛隊の統括下(とうかつか)になっていて、近づくことは出来なかった。「もう近付けないのか、チェ、やることが早いな、さてどうする」

 様子を観察していると、まだ配備が完了していない様子で、隊員を乗せた輸送車が何台も通っていった。火炎放射器を背負いハンドグレネードを胸にぶら下げた隊員がかなりの人数、車両から降りてきた。かなり物々しい雰囲気になってきた。

 上空にはCH-47輸送ヘリが何機か頭の上を飛んでいった。亜兼は状況を確認出きるところを探して裏道を走っていた。そこまではまだ検問が()かれていなかったため、ある程度の自由はあった。

 首都高の芝公園入口のインターが開いていた。亜兼は自衛隊が使っているものと思っていた。しかし、観察していると、まだ自衛隊は使用していない様子でした、亜兼はそこから入り込んで首都高に乗り入れた。だが車は一台も走っていなかった。

 直ぐに車を側道に停止させた。下には赤羽橋の信号が見えていた。その上の高速道路の路肩に車を寄せると、トランクから望遠鏡を取り出して、路上の手摺りによじ登り防音壁の切れ目から顔を出して見てみると、下の桜田通りはすでに自衛隊員で埋め尽くされて来た。

 誘導弾砲を搭載したジープや自走式無反動砲とほかにも地対地誘導弾と、かなりの重装備が目に付いた。自衛隊は芝公園のなかに増上寺(ぞうじょうじ)という寺があり、その境内に陣営を構えていた。そのお丘の下を日比谷通りが通っていて、そこからさきはすでに真っ赤に染まっていた、ビルとビルの間の道路がM618でうめつくされていた。ビルの一階が完全に沈んでいるところを見ると、3メートル以上の深さがありそうだ。この様子だと浜松町駅周辺はすでにM618に埋もれているはずと亜兼は思った。スマートホンを取り出して青木キャップに連絡を入れた。

「あ、亜兼です、今赤羽橋付近の高速道路上です。」

「おお、大丈夫なのかそんなところで」

「はい、車は一台も走っていませんから」亜兼は現状を見たままを説明した。

「よし、亜兼お前のスマホはカメラ付きだったな」

「何言っているんですか、今時カメラのついていないものがあるんですか」

「ウムー、まあいいじゃ何枚か俺のパソコンに画像を送れ、記事はこっちでまとめる、お前はそこにへばりついていろ」

「エー、この辺コンビニもレストランも無いですけど」

「なんだよ、お前の記事を読者が待っているんだぞ、頑張ろうっていう気になるだろう、腹が減ったとか喉が渇いたとか、そんなくだらないことは気にするな、喉が渇いたら小便でも飲め、小野田少尉さんも横井さんも皆、国のためにそうしてきたんだ、お前も頑張れ、ガチャ」

「キャップ、切れちまった、ちくしょう、めちゃくちゃ言って、信じられないな、ところで小野田さんとか横井さんて誰なの?キャップの親戚かも」

 望遠鏡で例の帝都ガスビルのある方向を探した。

 しかしビルの影になっていて見える訳も無かった、おそらく高速道路の上まで、M618が吹き上げていることだろう。

 やっぱり、あの調整池はどうしても気になるな、今はいったいどうなっているんだろう、新聞ではあの調整池のM618は確か壊滅と報道されていたはずだけど、壊滅の偽装(ぎそう)をしていたのか、しかしあの大量の赤い液体をどのように偽装をしたのか、それってやつらこうなることを読んでいたって言うのか、一体何処まで先を読んでいるんだ。まさか、そんなことできないだろう、とにかく今は状況確認が先決だ、そして亜兼はまた望遠鏡で町の様子をはじから見ていった。

 首都高速の下では(あわ)ただしさは少し落ち着きを取り戻していた、配備がほぼ完了した様子だった。そのまま硬直状態が続いた。M618の最先端は真っ赤でなだらかに盛り上がっていた。しかし見る見るうちにその厚みがどんどん増していきこぼれ落ちるように前方にかなりの勢いで流れていった。徐々に日も傾きかけてきた。そのまま時が過ぎて暗くなってしまった。

 自衛隊の照明灯が点灯された。闇の中に赤い高波のように盛り上がり異様にライトに浮かびあがらせていた。

 亜兼は愛車ビートルの座席を倒して両手を頭に置き、考えていた。この先どうなっていくんだ、何か赤い奴らを壊滅する手立てがあるんだろうか。もし、自衛隊が通用しなかったら、まさか、何とかしてくれるだろう、じゃなかったら・・・・・そのまま亜兼は寝てしまった。

 空が白んできた。座席に横たわったまま、うとうとして周りの気配を感じていた。

 何も聞こえない、青梅にいたときなら、雀のさえずりで目が覚める時刻だろうなと、ぼんやりと頭の中でその言葉が繰り返された、もう起きる時間だ、その言葉でハッとして飛び起きた。

 外に出て手摺りによじ登り防音壁の切れ目から様子をうかがった。しかし、昨日と何も変わっていなかった。ほっとして、また車に戻ってちょっと横になったら睡魔が襲ってきた。  

 いつのまにか寝てしまった。

 いきなりスマートホンが鳴った。

「しまった。」亜兼は車から飛び出すと、手摺りによじ登った。スマートホンのスイッチをONにした。「おそい」とどなる青木キャップの声が響いた。「そっちはどうだ」

 亜兼は素早く状況を確認すると「特に変わっていません」と答えた。

「ほんとうか」あせったような青木キャップの声が亜兼を慌てさせた。もう一度よく見ると隊員がかなり慌しく走り回っている様子に見えた。そのままを伝えた。

「赤いやつはどうなっている」

「えーと、特に変わった様子はありません」

「そうか」

「どうしたんですか、キャップ」

「亜兼、M618がいたる所から現れたぞ」

「え」亜兼は盛岡でM618を見たとき、いつかはそうなると思ったが、展開の早さに驚いた。

「亜兼、亜兼」キャップの呼びかけに反応しなかった。

「は、はい」

「大丈夫か、お前、もうこうなったら何処が安全とは言い切れないぞ」

「キャップいたるところと言いますと?」

「まだまだ広がっているようだ、何故(どこ)って、特に東北方面が多いようだ」

 亜兼は望遠鏡で、もう一度確認していた。「キャップ、M618の移動手段はおそらく鉄道か輸送機関ではないですか」

「おお、やつら駅の周辺に多く現れている、おそらくそういった交通機関を使ったのだろう」

「キャップ、こっちもなにやら起こりそうな気配です、M618の表面が波打ち始めました。」

「亜兼、無理するなよ、戻って来い」

「解りました、でももう少し状況を見ていきます。」

 本州全土に出現した、M618は特に常磐線、東北線、信越線、奥羽線、東海道線各本線の駅周辺にいきなりマンホールの蓋を吹き飛ばして赤い液体を吹き上げて出てきた。

 各地で車の炎上、爆発やM618に襲われて被害にあった人数もかなりの数に昇ったようだ。

 各県警も総動員で対処に当たったが、なすすべも無く、民間人の非難誘導に追われていた、消防車が出動して、放水を加え、M618を側溝に流し込むのが精一杯だったようだ。

 翌日、警察庁長官により警視総監、道府県警本部長また各管区の局長クラスが召集され警察庁M618緊急対策会議が開かれた。その中に科学警察研究所も入っていた。早速、各視道府県警から被害状況と対処方法が報告されていった。

 その中でも非常に興味を引いたのは、先ず現れた時刻だ、何処の県警も午前7時半ということである、その時間に一斉に、特に駅のロータリーで下水道のマンホールの蓋が吹き飛ばされ、M618が吹き出てくるという、判で押したようなパターンだ。

 もし自衛隊がこのような攻撃をかけるとしたら、綿密な打ち合わせと、通信機材をフル活用して、同時攻撃をかけるだろうが、それをM618は全国同時にやってのけている。どのような意思伝達手段を使っているのか、この会議に参加している全員が疑問に思ったことだった。

 しかし、被害については色々な意見があった。M618に突っ込んだ車が青白い光に包まれて、白い煙を上げて接触した部分が解けてしまうと言うか、消えてしまう現象が起きた。対処方法はお手上げで、放水によって押し流すしか手が無さそうだった。そこで華元警察庁長官が疑問点を投げかけた。

「ところでM618が現れた都市は偶然なのか、それとも戦略的なのか、そこはどうなのかな」

 長官官房付の総括審議官次官より、M618出現の条件として都市の人口について調査した内容を報告した。

「M618が出現したのは、人口、二十万都市以上でした。しかし二十万以上の都市でも現れていない都市もずいぶんあります、重要施設の有無についての基準も、重要性の基準がどこに置いているかでかなり違いの出る判断基準だと思います。出現した分布の配置を面で見ますと、距離が均等のように見受けられますが、たんに配置間隔の問題で、こうなったのではと思われます。」

「うーん、この分布図を見る限りでは正確に均等に思えるが、ここは不揃(ふぞろ)いのようだね、なぜ千葉県について二〇キロ、四十キロで割り切れる柏市に現れないのか?ここは分布の状態がへんですね、やはり柏市を押えることで均等になると思うが、その辺の分析は」と長官が質問してきた。

 警察庁次長の楠田(くすだ)が「M618の分析を、科学警察研究所で行っていたと聞いていますが、上条所長どうなのですか」上条が立ち上がるなり「その件に付いては、古木副所長補佐が担当で行っていますので、古木補佐より説明をしてもらいます。」古木は立ち上がったものの予想外の質問であったため戸惑っていた。

「科警研の古木です、科警研は柏駅の割りと近い場所に位置しています。路線を使ってそこで増殖して科警研を急襲するのはたやすいはずです。しかし、近寄ることもしていない理由を探すとしましたら、我々がM618を分析していた内容が彼らにとって脅威となるものがあったのか、それとも彼らを破壊したことしか思い当たりませんが、それは細胞レベルで粉々に粉砕いたしましたが、方法としましては真空無重力粉砕装置に入れて破壊いたしました、思い当たるとしたらこのこと以外にありませんが」

 長官はM618を殺したことはさほど問題ではないのかと思った。

「しかし古木君M618を殺したことに関しては、東京では大量に焼き払っているが、しかしまた同じ所に現れてきたが、この辺はどう認識しているのかな」

 古木は東京での総攻撃の直後開かれた第一師団の作戦本部総括会議の席で、M618が何かの目的のため、意図的壊滅を選んだと見るべきであって、自衛隊の圧倒的火力の前に壊滅したと考えるのは危険であると訴えていた。次の新たな侵略に備える必要性を科警研の意見として述べた。 しかし会議の大勢の雰囲気が壊滅大勝の戦勝ムードに一笑に伏された。又、此処でM618を左右しているDNAの中にある塩基(エックス)について、この場で説明することも聞く耳持たぬ偉い方々ばかりのため話すことにちゅうちょしていた。

 実は古木はこの塩基Ⅹの破壊に答えがあると考えていた。

 そのとき長官から「古木くん、君はM618総攻撃の最後の総括会議で戦勝ムードの中、苦言を(てい)したそうだが、今回この様な結果になることは想定していたのかね」

 古木は驚いた、内閣官房で開かれたM618殲滅作戦の大勝の検証会議では古木の意見はまるで問題外で相手にされなかった、そんな内容のものを長官が気にとめていたことに、少なくとも長官だけは自分の意見に耳を傾けてくれた思いが感じられた。 

 古木補佐は長官の言葉お受けて意見を述べた。「此処まで全国的にM618が広がって行くことは想定外でした。けれど所員によるM618の分析結果を一目(ひとめ)見ただけで、総攻撃を回避して無傷で反撃してくる能力が潜在(せんざい)していると判断する事はたやすい事でした。しかし結果はM618の壊滅と報じられました。 M618の能力とあまりのギャップのある発表に疑問を(しょう)じたのです、つまり次の目的のための偽装(ぎそう)であると確信しました。しかしその目的まではむろん解りませんでした。」

 また長官から質問された「今回、このM618のあえて反撃と判断するが、このことに関して意見はあるかね」古木補佐はまた続けた。

「はい、この結果を見て判断しますと、小を捨てて大を拾った、つまり日本全土を急襲するため同胞を拡散するために交通機関を利用したのでしょう、総攻撃で壊滅を装ったのは、この交通機関の回復にあったのではと推測します。じつは長官、過剰反応かもしれませんが、昨日のM618反撃のあった当日、ある報道関係の記者から通報がありました、盛岡の市街半径一キロの下水マンホール内で、M618が増殖している可能性があると、そうなると行政も調査に動き出すでしょう、またニュースでも大騒ぎになるでしょう、住民の被害を避けるため地方自治体は避難誘導が始まります。その前に、M618は先を越して反撃を起こした。つまりこちらの行動を察知した上で、攻撃を先に仕掛けて備えをさせる前に被害の効果を最大にすることが(ねら)いだったものと考えます。」

 総括審議官次官が疑り深い表情で「じゃあ君はM618が、我われの行動を逐一監視しているとでも言うのかね、えー」

「はい、この会議の状況も全て筒抜(つつぬ)けだと思っております。」会場は大きくざわめいた、次官は感情をむき出しで「君、そんな証拠があるのかね」

 少し間が空いた、全員その答えを待っているように会場は静まり返った。

 長官が沈黙を破って「どうなのかな」

 古木補佐は思いつめた顔をして立っていた。

 次官はどおせそんなものは無いのだろうと、薄笑いをした。

 古木は口を開いた「ありません」

 次官が腕組みをしながら非難するように「証拠もないくせに、いいかげんな事を言うものじゃないよ、君」

 古木は言い直して「今は、ありません」

 長官が「どういうことなのかな」と詳しい説明を求めた。

「はい、今日の会議の内容で解ります。」またざわつきが起こった。古木補佐は続けた。

「つまり今日の会議の内容で、M618に対して効果的な対処法が出れば、侵略は進まなくなるでしょう、しかしそうでなく対処法が何も無いのであれば猛威はさらに拡大して侵略がさらにスピードをあげて進むはずです」全員考え込んでしまった。

 その後、議事は進行していったが、その内容は状況報告ばかりで、同じ内容の羅列(られつ)終始(しゅうし)していた。

 次官が怒鳴るように「何か対策はないのかね」と机をたたいた。

 それから二時間ほどまた同じ状況が続いていた。

 次官が長官の方を見て「やはり、自衛隊の力を借りるしかありませんね、戦闘集団では無い我われには、異性物の除去は我々の治安維持の目的からは職務違いではないでしょうか」長官の返事は無かった。

「古木君。ご覧の通りだ。君達にはM618を撲滅(ぼくめつ)する策はあるのか」との長官の質問に古木補佐は首を立てに頷いて自信に満ちて立ち上がった。

「あります。」

 次官が先ほどと態度をガラッと変え、その答えにすがるように「エー、あるのか、聞かせてほしいな」

 古木は長官の目を見据えて「長官、申し訳ありません、今は申し上げることは出来ません」そのまま長官を見据えていた。

 長官は、古木補佐の目に、此処にいる誰よりも真剣差を感じた。

「いいだろう、ここで話すと敵に手の内を知られる危険性があるからな、古木君、しっかりやってくれたまえ」

 その日の会議は最後まで、これと言った対策が出ないまま散会となった。    

 所長は、古木補佐にご苦労様と一言声を掛けると、古木補佐はペコッと頭を下げるだけであった。科警研に戻るなり、古木補佐は自室にこもりその日は出て来る事は無かった。

会議で古木補佐は、長官に策は有るのかと聞かれた時、実際には策などなかった。しかし、M618の出方を考えると、策は有りませんとは答えることはできなかった。

 その頃、東京では自衛隊が戦闘配備が完了して防衛ラインの陣営が組まれていた。

 その様子を、亜兼は、首都高速道路上の手摺りによじ登って望遠鏡で見ていた。急に望遠鏡の倍率を上げた。レンズの向こうのM618の赤い壁が、少しずつ前に進んでいることに気づいた。ジリジリと自衛隊との間隔が(せば)まっていった。桜田通りをゆっくり走っていたジープが、慌しく走り出した。普通科連隊の無線を持った、迷彩服(めいさいふく)を着た陸曹長(りくそうちょう)クラスの隊員が、無線器に向って怒鳴っている様子がみえる、周りの隊員が一斉に陣を固め、銃器を構えた。

 おそらく攻撃態勢の指令が出たのだろう、無反動砲に弾を装填(そうてん)し始めた。また芝公園から二機の偵察ヘリOH‐6Dが、M618の先端に向って飛んでいった。

 日比谷通りの最前線の隊員は、M618の赤く盛り上がった液体が壁のように思えた、その近い所にわずか5メートルと、今にもM618に襲われそうに見える箇所があった。大きく盛り上がった赤い波がゆっくりと前進するのに合わせて自衛隊員も後退していった。

 亜兼は手に汗を握り望遠鏡を(のぞ)いていた。レンズの向こうの血気(けっき)な隊員に心の中で「もっと離れろ、後退しないとやられちまうぜ」と叫んでいた。

 赤い波の前進が止まった。隊員達も当然、止まり、様子をうかがっていた。亜兼の望遠鏡の中に隊員達の必死に恐怖をこらえている真剣な顔が見えていた。倍率を引いた瞬間、赤い物体が隊員達の上空を飛び越えていった。「何だろう」望遠鏡の照準をそれに合わせると、M618の(かたまり)のようだ。直径にして三メートル以上はありそうだ。「ビュー」そして防衛線の後ろ側にそれは落ちて行った。隊員が振り返ると、真っ赤などろどろした気持ち悪いその塊の中から不気味にも、人型で二足歩行をした見るからに身の毛もよだつような化け物が現れてきたのでした。

「何だこの化け物は、まさかこんな気持ち悪い奴が出てくるなんて」亜兼は望遠鏡の中でうごめく生き物を身を引くほど気持ち悪そうに見ていた。

 まるで皮をはがされたような、血だらけになっている、その化け物がM618の飛ばしてきた幾つかの塊の中から十八体も現われてきた。慌てて、自衛隊員達は六四式小銃を構えた。

「なっ何だ、これは、気持ちが悪いな」

 亜兼は目を見開いて望遠鏡で食い入るようにその化け物を追っていった。

「うえ、気持悪りーこいつらいったい何なんだ、すぐにカメラを取り出すと300倍のズームレンズを取り付けてその化け物を連写した。そのままレンズを覗いていた、亜兼は隊員達が気持ち悪い生き物に襲われそうではらはらしていた、レンズの中の隊員達に右に逃げろ、右だ、あー、駄目だ、後ろは駄目だ」隊員十数人がその(みにくい)い化け物に(はば)まれて、退路を()たれてしまった。隊員は逃げ惑うが、その輪がじりじりとその真っ赤な血だらけの化け物に(はさ)まれていった。

 周りの隊員が何人か、その化け物に向って「寄って来るな化け物」と叫んで慌てていきなり所持している八九式小銃を発砲してしまった。ブス、ブスッと音がした、化け物に隊員の発砲した銃弾が当たった、弾の当たった部分が青白く光った。そして化け物にはまるで効果が無いようだった。「えー、嘘だろう」その時大声がした「撃つのをやめろ、発砲許可がまだ出ていない」

 脇で無線係りが、発砲許可を司令部にしきりに申請していた。

「早く早く発砲許可を出してください」

 亜兼は焦って、早く銃弾を打ち込んで退路を確保しないと、やられちまうぞとじれったそうに歯噛(はが)みをした。

 亜兼はズームを拡大して(のぞ)き込みながら「なんで撃たない、ああー」一人、二人、三人と、赤い化け物の輪の中の隊員達はほとんど無抵抗で捕まってしまった。周りの隊員達はやきもきして叫んでいた。「上は何をやっているんだ、早く発砲許可を、仲間がやられちまうぞ」しかしただ見ているだけで手が出せない状態でいた。

 捕まった隊員は無残にも、なぶり殺されて引き裂かれ、赤い山のように盛り上がったM618の海の中に引きずり込まれて行った。亜兼はつい怒鳴っていた。「バカやろう、何やってんだよ」

 現場で「許可が下りたぞ」と叫ぶと同時に、一斉に化け物めがけて銃弾が発射された。

 銃弾は化け物に無数に打ち込まれた。ブス、ブス、ブス、ブス、だが、まるで効かない、隊員達は慌て出した。M618の山のように盛り上がった真っ赤な液体の中から今度は何体も気持ち悪い化け物が次々に現れてきた。

「銃弾が効かねえぞ」又何人か隊員が餌食(えじき)になってしまった。

 亜兼は「どうすりゃいいんだ」カメラを握る手に力がこもった。

「何とかしてやれよ、ああー、また捕まった。」その時いきなり、捕まってしまった隊員の顔が、亜兼の持つカメラのファインダーに飛び込んで来た、冷や汗をかいて、恐怖に青ざめて、(くちびる)が震えている、化け物が(おお)(かぶ)さり、隊員の顔が苦渋(くじゅう)にゆがんでいった。

 亜兼はもう我慢ができなくなった。「ふざけやがって、このやろう」そして亜兼の怒りは頂点に達して心のそこから怒りが込み上げてきた。とうとう大声で叫んでいた。「やめろー」亜兼の心の叫びはその時化け物の意思を一瞬支配した、そして隊員を襲うのを止めた、亜兼の方角に一斉に化け物が顔を向けた。化け物たちが亜兼の感情の何かに同調したかのように、全ての化け物が亜兼の感情に反応してまるで時間が止まったかのように身動きもせず、亜兼の方向を向いていた。

「えっ?」






 3 白 い 箱 起 動




 その頃、科学警察研究所では必死になって吉岡が例の北海道の山奥から持ち帰りました白い箱を分析していました。しかし、何をやっても反応がまるでありませんでした。また、継ぎ目もなく、切れ目もなく、ただノッぺラとした箱で、何処から手を付けていいのか迷だらけであった。

 吉岡は、ただ、腕組をして考えていた。「一体どうやればいいんだろう、たしか兼ちゃんはこれと同じ赤い箱があるとか言っていたが、それがM618とどうかかわっているんだろう、この白い箱の何を分析すればM618の何か秘密が解明されるのかな?」

 白い箱を眺めていた、するといきなり青白く光りだしたのでした。

 ドキモを抜かれ目を丸くして吉岡は声も出なかった。生唾(なまつば)を飲み込みやっと声が出た。「古木補佐、古賀主任」

 その青白い発光現象は、亜兼の心の叫びに呼応(こおう)したものであったが、もちろんそのことは、誰もまだ気付いてはいなかった。

亜兼達が北海道の山奥で見つけた、北見教授の言うところのハイテク施設のタイムカプセルの中から小さな白い箱を見つけ出した、しかし亜兼がその白い箱に()れたとき、亜兼の意識がこの白い箱に読み取られて以来、徐々に亜兼の心に反応し始めていた。

 古木補佐が急いで飛んで来た。光は消えかけていた。

「ほらほら、光っていたでしょう」吉岡が指差して、古木補佐の顔を見た。

 古木補佐は「ほんとうに、光っていたのか?」と、まじまじと白い箱を眺めていた。

 慌てて吉岡が「ほんとうです、ほんとうです。」

「それで、吉岡主任、何かその現象に感じたことはあるか?」古木補佐は吉岡を見た。

「はい、もしかしたら起動すると青白く発光するのではないかと思います。つまりこの箱は何かの反応で起動したのではないでしょうか、こんなこと持ち帰って初めてです。」

「何かに反応したというのか」古木補佐はその内容は何なのかと思った。

 別の所員が「これ、安全なんですか?」と(うた)ぐり深く、引き気味に(のぞ)き込んだ。

 吉岡も一応、ガイガーカウンターを当てて安全確認をすることにした。その後は何の変化も起きることも無く、元の白い箱に戻ってしまった。

 古木補佐は、吉岡に映像を取っていたのか確認した。吉岡も突然の出来事であったため、そこまで準備は出来ていなかった。

 古木補佐は白い箱をまじまじと見た。

 きれい過ぎる、三千年もの(あいだ)土の中に埋もれた建造物の中にあったとは一見信じられないほどだ、現在でも()たようなものはあるだろう、そしてもう一つの遺跡は新興宗教の団体が何かを重機で掘り出して東京に送った形跡(けいせき)があると吉岡も亜兼君も言っていた。しかもそれがハイテクの何かではないかと、また古賀主任の分析ではM618の中に塩基(エックス)と名づけた黒い粒があり、それが細胞の分裂から保護と言うか防御と言うべきなのか要するにそれらをコントロールしているようだと言う、しかもその黒い粒は人工的なものだと言っていた、だが現在の科学では到底作るのは不可能な代物だとも言っていた。

 遺跡と思われたものが現代の科学をしのぐハイテク施設だとするとM618とのつながりはあると見ても不思議ではない、やはりこの白い箱の発光はM618と関係があるのだろうかと古木は思った。

 そして古木補佐はできればこの白い箱の発光の状況とM618の何かとが関連しているのか確かめてみたいと思った、M618の分析に何か手がかりになるものは無いのかと思った。

 とにかく発光の状態の映像が無いことを腕を組んで残念そうにしていた。すると所員が「解像度は落ちますがそれでよろしければ映像はありますよ」と当然のように言った。

「エー、あるのか」と、古木補佐はどうしてあるのか信じがたい気がした。

「はい」所員は天井を指さしてあの監視カメラなら間違いなく録画されていると思います。

 全員一斉にその監視カメラに目が行った。

 それは部屋の天井にいくつか取り付けられている監視カメラの一つでした。

 古木は笑顔を浮かべて頷いた。「ありがとう。早速警備員室へ行って借りてきてもらえないか、私の部屋まで持って来てくれ」

「解りました。」

 吉岡は古賀のいる生物第四研究室に入っていった。

「古賀主任、今あの白い箱が発光しました。」

 古賀は驚いて「本当ですか、北海道から戻って来て以、来初めての現象ですね」

 吉岡は古賀に色々質問をした。「どうですか、M618の死骸の分析の状況は」

「まぁー、まぁー、だね」

 所長が、帝都大の生命科学研究科から、デジタル電子顕微鏡を借りてきてくれたのでした。古賀は以前分析出来なかった塩基(エックス)の内部の構造を拡大して観察することができるようになった。

 吉岡によって、真空無重力粉砕装置に放り込まれて(こわ)れてしまった、M618の塩基(エックス)の構造を毎日眺めていた。

 M618の細胞内の染色体のそれぞれの塩基に付いている黒い粒のような塩基Xは通常の塩基の十分の一程の大きさをしていた。しかも、単体の物と思い込んでいたが、実際はかなりの数の、ユニット状の集合体であることが分析の結果解ってきた。

 古賀は、もうこの分析にのめり込んでいた。その原因は塩基Xが通常のDNAにナノテクノロジーによって、人工的に組み込まれた物ではないのかと思っていた、そして観察すればするほど間違いないのではないのかと感じ出していた。本当にそうだとしたらこの技術の高さに興奮していた。しかし、かなり壊れているため、確信が持てるほどではなかった。また、このデジタル電子顕微鏡も塩基Xのユニットを細部まで拡大して監察できるほど解像度はよくはなかった。

「吉岡主任、死骸でいいから、塩基Xが壊れていないものを何とかなりませんか」古賀はもっと正確に調べたかった。

「古賀主任、何か発見しましたか、だいぶのめり込んでいるようですね」と吉岡はずいぶん熱心だと思った。

「とにかく塩基Xの壊れていないものを分析したいのです、決定的なところが分析できればこれが何者か判明すると思う」

「何ですか、その決定的というのは?」と吉岡はちょっとおちょくったように笑顔で言うと、古賀は真剣な顔で「まだ、肝心なところが理解できていないので、内緒にしておいて下さいね、もしかすると他の部分は別として、塩基Xは、人口的に作り出されたように思えます。それもかなり高い確率で、つまりそこだけが人工的と言うのも理屈から言うとおかしいですね」

 それを聞いて初めは、にやついていた吉岡の顔が、かなり真剣になりだした、額にシワがよった。この世の中、これだけ科学が発達したとはいえ、ナノテクノロジーはまだ始まったばかりの分野でいくら何でもそこまでの技術が存在するとは到底思えなかった。

「まさか古賀主任、いくらなんでも考え過ぎでしょう」

 古賀も吉岡のその意見には確かに現代の技術の常識的な(はん)ちゅうの考え方からしたら当然な意見だと理解を示した。

 その上で「吉岡主任もこれをのぞいてこの世界を見たら考えも変わるでしょう」と確信を持って吉岡に見ることを(すす)めた。

 吉岡は半信半疑でデジタル電子顕微鏡を覗き込んだ。思わず両手で装置をつかんでいた。確かに、ナノテクノロジーをはるかに超えた技術により作り出されたとしか思えないように見えた。

 真空無重力粉砕装置でDNAは破壊されていて、黒い粒のような塩基Xも壊れてはいたが、破断した部分を観察してみると、その破断面が卵の殻が壊れたような姿をしていた。

 そして中になにやら生物の感じではなく無機質の機械的なものが見えていた、どう見ても生命体には見えなかった。そして、まるで人工的な冷たさが伝わってきた。それにしても壊れていて、はっきりは元の状態を想像することは難しいほどであった。

「確かにそう見えますね、しかし断言も出来ませんが」と吉岡は言ったものの内心は古賀の言うことが当たっている気がしていた。

 そこへ所員がやってきて「吉岡主任、古木補佐が部屋まで来るように言っていました。」

「あっ、そうですか、解りました。」

 吉岡は独りごとを言うように「なんだろうな」と言いながら、古木補佐の部屋に向った。

 コンコン「吉岡です。」中から、古木補佐の声がした。「どうぞ、入ってくれ」

「失礼します。」吉岡は部屋に入ると、小さく会釈をした。

「悪いな、実は頼みがある、監視カメラに写っていた白い箱の発光した映像を見ていたが、気になる部分があってな」

 それは、モニターの右上の時間だった。AM8時45分この発光した時間に何が起きていたかだ。この白い箱がもしM618と関係があるのなら必ず何かに反応して発光したはずだ、今はやつらの手がかりになるものは何でもつぶして確認していきたいと思う、と古木補佐は何でもいいから手がかりが欲しかった。

「これは私の感だが、東京の現場できっと原因となる何かが起きているはずだ、今まで光ったことなど無い白い箱が軌道がかかるほどのことだ、もしかすると、M618の弱点か、攻撃の糸口になるようなものを見つけることができるかもわからない、M618と繋がりがあるのなら、見つけ出すためにできるだけのことはするつもりだ。吉岡もそのつもりで、そしてこの時刻に何が起きたのかを調べてもらいたい」

「はい」吉岡の返事に力がこもっていた。

「第一師団司令部は、本来練馬駐屯地だが、今回の事案は直接霞ヶ関の存続(そんぞく)にかかわっているため、第一師団作戦本部と内閣安全対策室の合同作戦会議が市ヶ谷の防衛施設内に置かれているため、実質的に作戦指令の伝達系統は市谷の合同作戦会議から第一師団に発せられている、その都合上今回は特例として第一師団の司令部もまた市谷の防衛施設に仮に置かれているようだ、よって全ての記録もここに集まっているはずだ。警察庁長官に訳を話して、情報提供を防衛省に許可してもらえるように手を打ってもらう、吉岡、おまえには市ヶ谷に行ってもらい記録を調べてもらいたい、科学第四分析室長の後藤さんにはお前を借りることは話してある、行ってくれるか」

「解りました。」

「じゃあ、後で呼ぶから」

「はい」吉岡はまた古賀のところに戻った。

 古木補佐は、上条所長に自分の考えを伝えると、上条所長も古木補佐のM618を早く撃退したいと言う硬い決意を見て取った、警察庁の華元長官に電話を入れた。長官もM618を一日も早く撃退したい気持ちは一致していた。

 華元長官は、国務次官に訳を話して、防衛省から許可を出してもらえるように頼んでくれた。国務次官も特に問題はないと思うと快諾(かいだく)してくれた。しばらくすると所員が、古賀の研究室に来た。

「吉岡主任おりますか、古木補佐が呼んでいます。」と呼びにきたのでした。

「はい、今行きます。」吉岡は慌てて古木補佐の部屋に向った。

 吉岡は、古木の自室に入った。

「吉岡、許可が下りたぞ、明朝早速(さっそく)行ってもらうぞ、そこでだ、あえてヘリで行け、甘く見られるな、許可は下りているのだから情報は全て見て来い、いいな」

「解りました。」返事にかなり力が入っていた。

 翌朝、古木補佐は吉岡を自室に呼び「出発は十分後だ。準備をしておいてくれ」と告げた。

「いつでもOKです。」

 屋上ではヘリコプターが、暖機運転(だんきうんてん)をして待機をしていた。やがて吉岡が紺色(こんいろ)の背広姿で現れた。

 ヘリコプターに乗り込むとヘッドホーンを付けて、右手の親指を立てて出発の合図を出した。

 ヘリが上昇すると、体に力が入った。高所恐怖症の吉岡にとってはいつものことだった。窓の外を見ると科警研が見る見る小さくなっていった。そして、東京に向ってまっしぐらにスピードを増していった。

 上空から見る町並みは見渡す限り何処までも住宅が続いていた。異様な景色にも見えた。

 すでに高田馬場(たかだのばば)の駅が見えてきた。交差点などもかなりの人ごみだ。世の中不景気だとか、危険な生物が(せま)ってきているとは言え、結構エネルギッシュに感じた。

 大久保上空に差し掛かった。上空から見る限り普段と変わらない感じがした。

 一気に通り越していった。まもなく前方に市ヶ谷の防衛施設が見えてきた。

 吉岡は徐々に緊張してきた。

「強気で行くぞ」防衛施設の上空に差し掛かると、操縦士が交信を始めた。

「こちら科警研ベル412、ハイホン102号機、師団司令部応答願います。」

「こちら、師団司令部。ベル412、ハイホン102号機。着陸の許可はすでに出ております。A棟R階ナンバー、A2ヘリポートへ着陸してください」

「了解、A2ヘリポートに着陸します。」手旗を持った誘導員がポート上で誘導していた。ヘリはゆっくりとヘリポートに着陸した。メインローターが減速していった。

 吉岡はヘッドホーンを外してゆっくりとタラップを降りていった。カーキ色の服を着た二等陸尉の階級章を付けた、自衛官が迎えにきていた。

 吉岡は南の方向に目をやった。その方向では今も戦闘が行われていた。もちろん、その状況を見ることは出来なかった。

「ご苦労さまです。わたしは元宮二尉(もとみやにい)です、気になりますか、確かに今も交戦しております。」と元宮二尉も南の方向に目をやった。

「あーいや、私は、科警研の吉岡です。」二人は歩きながら自己紹介をしていた。

「防衛省から記録情報(きろくじょうほう)閲覧(えつらん)の許可が出ております、今日は私が案内します、何でも言ってください、こちらです。」元宮二尉は吉岡を案内して行った。

「ありがとうございます。」階段を三階まで降りると、部屋がいくつかあり、奥から二番目の入り口に、張り紙がしてあった。

「第一通信大隊通信指令室」

 吉岡は、その文字を黙読すると、元宮にその部屋に案内されて入っていった。

 部屋の中は通信機器や、DVDレコーダー、システムコンピューターが何台も所狭しと、機材がぎっしりと()まっていた。十二~三人の通信隊の隊員が、操作に追われていた。

 元宮が後ろを振り向きながら後に付いてくる吉岡に笑顔で「狭苦(せまくる)しくて申し訳ありません」と言い終わると、直ぐに厳しい表情に戻った。

 吉岡も緊張しつつ「私の部署も同じように機材で狭苦しい所です、なれています。」

 データ―保管場所に到着した。保管場所と言ってもパソコンだらけで、DVDディスクが日付事に整理してあり直ぐにデータ―が取り出せるようになっていた。

 前もって欲しいデータ―の照会を防衛省に打診しておいたため、すでにデータ-は用意されていた。元宮二尉がテーブルの上の資料を取り上げると、吉岡に渡した。

「先日、依頼されました資料に付きましては、一応拾い出しておきました。確か昨日の0845(マルハチヨンゴウ)時、及びその前後と言うことでしたね、映像も一部あります。全てデッキのハードディスクにダウンロードされています。見たい時間をリモコンで入力してください、やり方はわかりますか」

「ああ、はい分かりました。」

「あと何か在りますか」

「ありがとうございます。十分です。」

 元宮は頷くと「では、私はあちらにいますから、何かありましたら呼んでください」

「解りました、お手数かけます。」吉岡は、早速(さっそく)資料を広げて調べだした。

「十五分前から行くか、えーと、八時三十分はと」資料をめくると直ぐに見つかった。

「あ、ここの部分だ。」0830(マルハチサンマル)時、芝公園において、M618増殖がいまだに続いている、深さ三メートルを超えた、他は変化なし。

 0840(マルハチヨンマル)時、M618拡大するスピードを増す。第一次防衛線の普通科連隊、四個中隊を、一次、後退の指令を司令部に打診。0842(マルハチヨンニイ)時、M618表面に変化あり、その色が赤からグレー、緑、茶、青色と定まらなくなる。そして震えだした。

 吉岡は頷いた「変化が起きていたんだ。3分後に何が起きたのだろう」

 吉岡は続けて読んでいった。

 0843(マルハチヨンサン)時、第一次防衛線、後退指令発令直前、芝公園前において、M618の(かたまり)が一部、防衛線の上空を飛び越えた。一個中隊二十三名が本体に合流直前にその塊が落下してきて本体から隔離(かくり)される、飛び越えたM618の三つの塊から未確認生物18体が発生して来る、中隊二十三名中十五名が未確認生物により退路を()たれる。

 0844(マルハチヨンヨン)時、普通科連隊第二十一中隊より、発砲許可求める。

 0845(マルハチヨンゴウ)時、取り残された二十一中隊十五名中八名、敵M618より発生した、未確認生物の虐襲(ぎゃくしゅう)により四名殉職(じゅんしょく)0846(マルハチヨンロク)時、司令部より発砲許可()りる、同時刻、普通科連隊第二十一中隊、発砲、0847(マルハチヨンナナ)時、同中隊、今だ未確認生物に包囲された十五名中、新に三名未確認生物による攻撃を受け殉職。殉職者合わせて七名。

「0845時のデーターに白い箱の発光と関係する出来事はどれだか解らないな?」

 しかし、吉岡はとんでもないものを知ってしまった思いがした。普通であるなら、防衛省もこんな内容は隠してくるはずだと思った。吉岡は今朝の新聞を見ていなかった。吉岡が目にした内容はすでに、各紙にスッパ抜かれて、一面トップに載っていた。

 吉岡は興奮して次の項目を見た。

 0849(マルハチヨンキュウ)時、普通科連隊、第二十一中隊より報告あり。未確認生物に通常弾通用せず。同時刻、一個小隊、退路確保できず、さらに4名虐襲(ぎゃくしゅう)されM618の赤く盛り上がった液体の中に引きずり込まれる、行方不明者4名。同時刻、同中隊、火炎放射器及びハンドランチャー発射、敵の未確認生物を焼き尽くす。0852(マルハチゴウニイ)時、退路確保、一個小隊残存自衛官四名救出。

 0855(マルハチゴウゴウ)時、未確認生物十三体がM618の赤い壁の中に退却せり、(なお)同時刻又赤い液体の拡大するスピードがさらに速くなった。

 吉岡はこの報告内容に目を通していて、何度も出て来る未確認生物が一体どんな生物なのか非常に気になっていた。

 それと8時45分に、科警研で白い箱が発光した原因に当たる現象がどうも見当たらない、どこかで何かを見落としたのか、気になっていた、映像で確認したいと思った。

「リモコンをどうやって操作するんだ、やっぱり分からない」

 そこで元宮に声をかけた。

「すいません元宮二尉」

「どうしました。」元宮二尉が吉岡の方向を振り向いた。

「実は、0845時の芝公園前の映像ですが、リモコンをどのように?」

「芝公園前の映像ですか、その上空には、偵察ヘリが常に飛んでおりますから、映像は在るはずですね」とリモコンを吉岡から受け取った。そして操作を始めた。

 元宮がモニターを見て右上の時刻を確認するように言った「0845時でよろしいですね」

「えーと、10分前からお願いします。」

「解りました。」元宮はリモコンのボタンを押して入力した。映像が再生されだした。丁度芝公園前の映像のようだ。M618の赤く盛り上がった液体がまるで赤い壁のように長く続いていた。

 第一次防衛線がその赤い壁から50メートル程離れた所に引かれていた。その赤い壁がスピードを上げて前進しだした。

 時間を見ると8時40分を過ぎた頃だ。M618の表面がシャボン玉の表面のように虹色に()()めも無く変化しだした。

「これはいったい、何かの前触れなのだろうか、どういう意味が在るのかな」吉岡はその意味を考えていた。

 すると赤いM618の液体の中から3メートル程の大きさの塊が盛り上がった赤い表面から現れた。その塊がいきなり防衛線を死守する隊員の頭の上を飛び越えていった。統制の取れていた自衛隊員の配列がかなり乱れだし一個中隊23名が飛び越えて来たM618の赤い(かたまり)と山のように盛り上がったM618の真赤な液体との間に(はさ)まれてしまった。そして隊員の後ろに落下した赤い塊の中からなんとも奇妙な生物らしき生き物が現れて来た。

「これか、何て気持ちの悪い生き物なんだ、これが未確認生物なのか」吉岡は表情がこわばって身を引いた。

 その不気味な生き物は、童話の稲葉の白兎(しろうさぎ)の話しに出て来る、ウサギではないが皮を()がされたような血だらけで(あら)わになった血管から血液が()れ出しているような、まさに化け物その物で二足歩行で歩く生物や、四つんばいの物や、顔は目が有ったり無かったり、口も有ったり無かったり、ばらばらで、一体として同じ物はいなかった。

「こいつを未確認生物と言っていたのか、こいつらの(みにく)さは、完全に化け物だな」

 その化け物に一個中隊の一部が退路を絶たれた。周りの隊員が何とかしようと銃を構えるが撃つことが出来ない、それでも数人の隊員は銃を発射した。化け物に命中しているが弾の当たった部分が青白く発光した、化け物はほとんど無傷のようだ。

 直ぐに発砲の許可が出ていないため、発砲は制止(せいし)させられてしまった。吉岡は、モニターの右上の時刻が気になっていた。すでに0843時になった。映像の中で何か起きるのか吉岡は見逃すまいと神経がぴりぴりして食い入るように映像に集中して呼吸を止めてしまった。

 映像では赤い化け物が小隊の隊員に飛び掛って残虐にもなぶり殺す映像が目に飛び込んで来た。その映像を見ている吉岡も化け物に対してむしょうに怒りが込み上げてきた。またしても化け物が隊員に飛び掛っていった。

 吉岡は歯噛(はが)みをして体に力が入った。右上の時刻を見た。いよいよ八時四十五分になった。そのときだ、化け物の行動が一瞬止まった。そして全ての化け物が一定の方向を向いた。吉岡は目を凝らして映像に見入った。「何が起きたんだ。きっとこれだ。何かの力が働いている、いったい何だろう」

 映像は残念ながらその方向を映しだしたものは無かった。何度もその部分の映像を見反しながら考え込んた。「一体あの方向に何があるのか」

 今一歩のところで、謎が解けそうだと言うのに。

「元宮二尉、来てください」

「どうしたのですか」

 吉岡はモニターを指差して「こっち側の映像はないのですか、この辺なんですけど」とモニターの左外(ひだりそと)を指さして、熱弁を交えて説明を繰り返していた。

 元宮も困った顔をして「一応、探してみましょう」

 じつは、この映像は編集したもので、この数倍の映像はあることは在るのですが、しかし検閲が必要でそれ以外は映し出すことは司令部の許可が必要であった。また編集をしていないため、全てを見ていかないと何処にその映像があるのかなんとも言えなかった。

 それにはかなりの時間を必要とした。今回の警察庁からの申し出に対し、防衛省はM618への攻撃の手詰まりから、攻撃の手がかりがこの資料の中にあると言われ、M618の攻撃方法を共有できるならばと言う事で、特別にM618交戦状態の情報開示許可となった。元宮は吉岡の申し出も許可される可能性が大きいと思った。

「吉岡主任、その要望が許可されるか、上に確認してみます。」

「ありがとうございます。じゃー、私はここで待たせていただきます。」

「分かりました、しばらくお待ちください」元宮が出て行くのを確認すると、吉岡は周りの機材を腕組をしながら眺めていた。その機材の向こう側から交信内容が聞こえて来ていた。おそらく各所に配置されている指揮通信車から送信されてくるのだろう。

「こちら第四指揮通信車、報告します。1340(ヒトサンヨンマル)時、御成門(おなりもん)信号付近、M 618の深さ四メートル程に増しています。その赤い壁のように盛り上がったところから、二足歩行や四つんばいの、様々な恰好(かっこう)の異様な動きをする、未確認生物が三十体程現れた。四個小隊が通常弾で応戦、効果無し、未確認生物は尚も前進せり、ハンドランチャーで応戦、敵方(てきがた)生物吹き飛ぶ、効果あり、通常弾で応戦中の隊員三名、敵未確認生物に(とら)われる、救出を試みるが周りを囲まれ退路を確保するものの救出難しく、ついぞ敵未確認生物に囚われる隊員救出不可能」

「こちら指揮通信車103号、1410(ヒトヨンヒトマル)時、報告します。現在西新橋三丁目、日比谷通り(あた)り、かなりのスピードでM618赤い海が拡大を始めた。第一次防衛線では無反動砲で応戦、被帽(ひぼう)徹甲(てっこう)榴弾(りゅうだん)を打ち込むが、M618の大きく盛り上がったまるで赤い壁が青白い光を発光させ、打ち込まれた砲弾を飲み込んでしまう、破裂すること無く不発におわった。三発打ち込むが全て結果は不発となる。

 1437(ヒトヨンサンナナ)時、全面的に火炎放射に切り替える、敵M618、前進のスピード落ちる、青白い光をまた発行させ火炎放射を防いでいる、青白い光の中からM618の一部の塊が飛び出してきた。防衛線を飛び越えてきたその塊の中から未確認生物が出現、小隊がまた退路をたたれ四名救出不可能となった。」吉岡はテーブルの椅子に腰掛けて聞いていた。またかと思った。

「どうも、押されっぱなしだ」と溜め息をついて、早く撃退法を見つけなければと思った。そこえ元宮が戻ってきた。

「吉岡主任、申し訳ありません、検閲(けんえつ)が済むまでは許可は出せないという訳で、何日か掛かります。」

「解りました。もう少しで答えが出そうでしたが、仕方ありません」

 その時、偵察ヘリを担当していた通信係の係官が「元宮二尉、どうしたらよいのか、判断を求めておりますが」

 元宮は立ち上がり「どうしましたか」とそのモニターの方へ向いた。

 係官が「民間人です。首都高の上です、赤羽橋付近です。」と説明した。

「そんな危険なところに、いかれてるな」と吉岡は鼻を鳴らした。

 係官が元宮に「たぶん、報道関係者だと思います。」と言う声が聞こえた。え、まさか、と吉岡は体を横にひねり、モニターをわきから(のぞ)きこむと、モニターに黄色のビートルが写っていた。

 傍の、首都高速道路の手すりによじ登って、望遠鏡で覗き見をしているやつがいた。

 思わず吉岡もモニターのそばに寄って行ってしまった。

 偵察ヘリから「立入禁止区域の場所で、非常に危険だと思われます。保護いたしましょうか」と指示を求めてきた。

 手すりによじのぼっている男が、望遠鏡を降ろした。係官や元宮の後ろから吉岡が「あの馬鹿、あんなところで」と声を上げてしまった。

 元宮が吉岡の方に振り向いて「どうかしましたか」と首をかしげた。

 吉岡はばつが悪そうに「あの男は私の知り合いでして」

「えっ」元宮が驚いた。吉岡も説明に困って「あの男はじつは、我々と共に、M618を壊滅するため、我々に協力をしている者です、できましたら保護して此処に連れて来る事はできませんか」

「そうですか」元宮は直ぐに内線でどこかに連絡をとって話していた。

「はい、解りました。早速そのように致します。」

 係官に元宮が指示をした。「民間人を保護して、ここに連れてくるよう、偵察ヘリに連絡を・・・」

「解りました。」

 吉岡は頭を下げて「ありがとうございます。」

 モニターを見ていると、保護に向かった自衛官に亜兼が抵抗をしている様子が映しだされていた。

 吉岡は亜兼を気ずかいながらも、素直に連行されちまえと思っていた。

往生際(おうじょうぎわ)の悪いやつだ。素直に捕まれば楽になるのに、あっあいつ自衛官をひっぱたきやがった。公務執行妨害だな。2~3年(くらい)ぶち込まれても仕方ないな、結構あいつも色々やってきたからな、軽い方だろう」吉岡が独り言を(つぶや)いていると。

「え、どうかしましたか」と元宮が振り向いた。

「いえ、なんでも在りません」

 元宮は腕時計を見て「十分程でこちらに移送(いそう)されて来ると思います。」

「ありがとうございます。」吉岡は頷いた。

 そしてモニターが切り替わった。またM618と交戦状態の映像が現れた。

 あきらかに自衛隊に不利な転回が映しだされていた。つい目に飛び込んできた映像を見て、吉岡は体に力が入っていった。「くそ、今にみてろよ、やつらの弱点を必ず見つけてやるぜ」と(ひと)りごとを言ったつもりが、元宮が同じ映像を見ながら「たのみます。」とぽつりと言った。

 吉岡はハッ、として恐縮した。そして「はあ」と一言いった。

 亜兼を乗せた偵察ヘリが、市ヶ谷の防衛施設に戻って来た。地上のポートに何機ものヘリが降りていた。亜兼は観念(かんねん)して、すっかりおとなしくなり、迎えに来た自衛官の言うことに(したが)った。

 B棟の通用口から建物の中に入ると、意外と自衛官が通路をすれ違う数が多かった。長い通路を進んでいくと、途中、壁にエキスパンションがあった。

 亜兼は別の棟に入ったのだろうと思った。そこから少し進んだ左側の小部屋に案内された。ドアの上を見ると、第三取調室と書いてあった。中に入ると、連行してきた隊員が「しばらくここで待っていただく、係りの者が来るまで」と言い残して出て行ってしまった。

「はー、なになに俺一人置いて行っちまっていいのかよ、逃げちゃおうかな、それにしてもまいったな、どうなるんだ。かなり抵抗したからな、まあどうなっても記事にするさ、それでキャップに(ゆる)してもらおう」と部屋を見回した。六畳くらいの広さのようだ。角と真中に、スチールのテーブルが置かれていた。テレビの刑事物に出てくる、取調室と同じようだった。けれど窓には鉄格子ははまっていない、今時の建物は強化ガラスで羽目殺し式の窓はデザインを重んじたのだろうか。

「だとすると俺はやっぱり犯罪者か、まいったな」と絶望的に椅子に座り込んだ、その時スマートホンが鳴り出した。

 スマートホンを取り出して着信を見ると青木キャップからでした。「まずいなキャップだ」と言いながらスマートホンをONにした。

「お前、何故連絡してこねえんだよ。今何処にいるんだ」といきなり青木キャップの怒鳴る声がしてきた。

 亜兼は周りを見回すと「キャップ、えーと、取調室です。」

「なに警察のか、なにやらかしたお前、婦女暴行か」

「ちがいます、ちがいます。警察ではありません」

「じゃあ何処(どこ)なんだ」

「市ヶ谷の防衛省です、赤羽橋あたりの首都高上で取材中、自衛隊のヘリが来て捕まりました。」

「どじなやつだな、そんなことより、そこ抜け出して早く戻って来い。立川にも例の赤いやつが現れたぞ、駅の南側だ、旧合同庁舎のあったあたりらしいから錦町だろう、マンホールの蓋を吹き飛ばして現れたらしい、その時信号待ちをしていた車が巻き込まれて、数台犠牲になったらしい、安否の確認のため社員全員に連絡をとっている、お前が最後だ。まあ、自衛隊に守られていれば安全だな、早く記事送れよ」と勝手にまくし立てると、電話を切ってしまった。

 亜兼は呆れていると、ドアをノックする音がした。そしてギィーとドアが開いた。

 亜兼は口があんぐりと開いた、なんと美人の自衛官がお茶を運んで来てくれた。これには亜兼も驚いた。犯罪者にお茶を出すか、と思った。

 しかもこの自衛官は私服のようだ。

 亜兼はすかさず起立(きりつ)して「おっお(かま)いなく、私は犯罪者ですから」

 女性自衛官は、くすくす笑いながら「どうぞ」とお茶を(すす)めて来た。

 亜兼はその女性を思わず可愛いなと思った。「それで、私の取調べは、あなたがしていただけるのでしょうか」と言うと女性自衛官は話しを合わせて「はい、厳しく取り調べさせていただきます。」と厳しい顔を見せた。

 するとそこえ、吉岡が入ってきた。「お楽しみ中、申し訳ありませんがね」

 亜兼は驚いて「宗ちゃんお前、ここで、何やってんだよ」

 吉岡は(あき)れて「何やってんだよ、じゃーねえだろう、首都高上でとっ(つか)まるの見てたぞ、兼ちゃんあの自衛官(なぐ)ったろう、十年は(かた)いな」

 亜兼はバツ悪そうに「あれ見てたのなんで、そりゃお前、つい(はず)みでな今は深く反省しているよ」

「フン、何が反省だよ、たまには面会に行くからさ」吉岡は鼻を鳴らしてどうしようも無い奴だと思った。

「おいおい、宗ちゃん冷たいこと言うなよ」亜兼は一応反省していた。

 そこえ元宮と共に片岡(かたおか)一等陸佐(いっとうりくさ)が入って来た。入れ替わりに女性自衛官は退席していった。

 吉岡が起立するとそれを見て亜兼も起立した。

 吉岡は恐縮して「この度は、大変ご迷惑をおかけしました。」と直立で(あやま)ると深く頭を下げた。

 片岡一佐が微笑(ほほえ)んで「まあ座りたまえ」と椅子を勧めた。

 元宮は椅子を手元に引き寄せて片岡一佐に勧めた。

 コンコン、ドアがノックされ、またさっきの女性自衛官がお茶を持って戻って来た。

 元宮は亜兼を見ると「ところで吉岡主任、こちらの方は」と尋ねた。

「あっ、失礼致しました。彼は亜兼義直と言います、東京青北新聞の報道記者です、六月十八日浜松町にM618が始めて現れた時、共に居合わせていました。それ以来、協力しあっています。私の小学校から中学校の時の同級生でもあります。」

 吉岡に続いて亜兼も一礼すると「亜兼と言います、先ほどは、自衛官の方にご無礼を致しました。罪は罪として、素直に刑に服するつもりで()ります。」

 それお聞いていたお茶を運んできた女性自衛官がおかしくて吹き出してしまった。

 元宮がキョトンとして「何のことですか?」と聞き返すと、片岡一佐が静止するように右手を上げて「まあ、いいじゃないか、知佐(ちさ)も失礼だぞ」

「すいません」とお茶を運んできた女性自衛官が笑顔でちょこっと、頭を下げた。

 亜兼と吉岡は、片岡が女性自衛官の名前を呼び捨てにした事が気になった、普通は階級で呼ぶものだと思っていたからでした。

 片岡も気が付いたのか「ああ、失礼、これは、自衛官では無く私の(めい)知佐(ちさ)と言う」

 急に親近感を感じて、亜兼が笑顔で「そうでしたか」と頷いていると。

 吉岡が慌てて「馬鹿、お前」と亜兼のずうずうしさを制止した。

 また、知佐が、くすくす、笑っていた。

 片岡が話を続けた。「私もそろそろ、今年中には自衛隊から身お引こうと思う時期に来ている、その間だけでも臨時で知佐には付き人として色々助けてもらっている。ところで、今回の亜兼君の行動は本来なら国の安全に関わる重罪にあたる、きつく(いまし)めるよう上から私が命じられ君らに会うことになった、亜兼君、聞けば市民の安全を思っての行為だと吉岡君から聞いたが、私も若い頃から規律を重んじるだけでは市民の安全を確保することが難しい場面もあることは感じている、今回の戦闘でもそうだ、敵に仲間が殺されかけても許可無く銃を使い仲間を助けることすらできない、矛盾も感じるが自衛隊は防衛とは言え殺人を行う武器を(あつか)う、だから規律で歯止めをする必要があるのだ、だが君たちの市民を守るための行動に極力歯止めは設けるべきではないのだろうと思う、だから君の行動を私は一概(いちがい)に否定はしないが、ただ無謀な行為は私は認めない、常に冷静さを忘れないことだ、最善の策かそれがやむ(おえ)ない行為なのかである、ならば、おそらく私もその行動をしているだろう、ただし若い頃の私ならだがな、ははは、亜兼君今後はそこのところはよく考えてほしいぞ、今回は無罪放免とするが」と亜兼を見据(みす)えた。

「そう言えば先日、科警研の古木補佐に会議でお会いしたが、君は」と、片岡一佐は亜兼から視線を吉岡に移した。

「はい、私は古木補佐の部下であります、今回も古木補佐の指示でこちらに(うかが)いました。」

「何か成果は在りましたか?」片岡はどうなのだろうと思った。

「はい、実は北海道で、この亜兼君とM618に関係があると思われる物を見つけました。それが昨日初めて反応したのです。」

 亜兼は驚いた。「本当かよ」

 吉岡は続けた。「その原因を突き止めるために、こちらで調べさせていただきました、その原因が確かに在るというところまでは(わか)りました。しかし根本のところで、映像が見つからず解明まではいたりませんでした。」

 片岡は状況を理解すると「そうなのか、残念だな」と頷いた。

 元宮は時間を気にして「ヘリを待たせてありますので、そろそろなのですが」とうながすと片岡も頷いて吉岡に声を掛けた。「我が物顔で(あば)れまくっている赤いやつらに一泡吹かす手助けになるのなら何時(いつ)でも来てくれたまえ」

 吉岡は頭を下げた。「ありがとうございます。」

 亜兼も会釈をすると退席した。帰り際に亜兼は知佐に目配(めくば)せをした。知佐は笑顔で、首をかしげて挨拶をした。

 屋上のヘリポートまで、元宮が見送りにきてくれた。

 元宮は二人に「必ず赤い敵の壊滅の糸口を、期待しています。」と一言いうと、吉岡が「必ず」と言って。二人はヘリに乗り込んだ。ヘッドホーンをつけると、吉岡は右手の親指を立てて出発の合図を操縦士に送った。

 元宮はヘリが飛び立っていくまで敬礼をしていた。その姿を、吉岡はじっと見つめていた。

 必ず期待に答えます。ヘリのローターの音が全てをかき消すように力強く回転をしていった。

「あーそうだ、宗ちゃんこのヘリで俺のビートルまで運べねえか」と亜兼は後ろの席から身を乗り出して聞いてきた。

 吉岡は呆れて「阿呆抜(あほぬ)かせ」

 亜兼はやっぱり、と言う感じで「そうだよな」と納得した。

 ヘリは一路、科警研に向って飛び続けた。

「宗ちゃん、なんで市ヶ谷に居たんだよ、はー、知佐ちゃんに合いにか」

 吉岡はまた呆れて「お前、本当に救いがたい阿呆だな、知佐ちゃんなんて知らないよ、今日始めて会ったんだぞ」

 亜兼はニコニコして「それで安心した。」 

 吉岡は憤慨(ふんがい)して「呆れて物が言えないよ、市ヶ谷には古木補佐の指示で行っただけのこと

だよ、昨日、午前八時四十五分にあの白い箱が青白く発光したぞ」

「エー、それで何か解ったのかよ」亜兼はまた身を乗り出した。

「それが芝公園前で自衛隊と赤い化け物が交戦中丁度(ちょうど)その時間に何かがあった事はDVDディスクの映像からも間違いないようだが、今一歩で原因にたどり着けなかった。」

「おいおい、そこまで解っていてだな、あんたは生まれつき情けないやつだな」フンと鼻を鳴らすと亜兼は吉岡をおちょくった。

 吉岡は笑って「いい加減にしろよ」と言うものの亜兼を保護できてホッとしていた。

「ところで、立川で降ろしてくれるんだろうね」

「まあいいじゃないか、たまには科警研に寄っていけよ、記事になりそうな事がいっぱい在るぜ、情報もあるしさ」

「そんなに頼まれたんじゃあ寄っていくか」と亜兼はヘリの座席に深々と座りなおした。

 吉岡は笑った。「まあ、そういうことにしておくか、なあ兼ちゃん、今日俺のところに泊まっていけよな」

 ヘリが科警研の屋上に着陸した。「ご苦労様でした。」と操縦士に挨拶(あいさつ)をすると、吉岡は亜兼に車のキーを渡した。「兼ちゃん、下の駐車場で待っていて」

「ああ」亜兼は頷いた。

「古木補佐に報告したら、()ぐに行くからさ」とペントハウスのドアの向こうに消えていった。

 亜兼は外階段で駐車場に下りていって吉岡の車を探した。

「在った、在った、これだ」グレーのメタリックのセダンで4ドアの車を見つけた。「カチャ」ドアを開けるといきなり土足禁止と書いたプレートがおいてあった。

「趣味の合はねえやつだな」とそのまま靴を脱がずに助手席に乗り込んで、CDのスイチをいれたらなんと言うか、浪曲(ろうきょく)が流れてきた「浪曲かよ、悪くは無いが、本当に趣味の合わないやつだ」


 亜兼は浪曲を聞いていると、駐車場に真っ赤なジープラングラーが入ってきた。見ていると恵美子が車から降りてきた。

 亜兼は急いでドアを開け「恵美子さん、しばらくです。」と大声で叫ぶと、恵美子も気がついて「まあ、亜兼さん、相変わらず元気そうですね、今日はどうしたんですか」と吉岡の車に近づいて来た。

「宗ちゃんに、首都高で拾われちゃいました。」

 恵美子は鼻で笑うと「首都高で、なるほど、最近は首都高にゴミがよく落ちているのかしら」

「いやいや、まあ確かに自衛隊のヘリにゴミくずのように拾われましたがね、これから宗ちゃんのところに、招待されましてね、どうですか来ませんか」

「結構よ、男臭いところ、窒息(ちっそく)しちゃうから」

「あれ、私より男まさりの恵美子さんとしてはそれは無いと思いますよ」

「まァー、失礼ね、差し入れしてあげようと思ったけど、止めておくは」恵美子はプリッとして行ってしまった。

 「あれ、間違(まちが)ったこといっちゃったか」いやいや、まずい事言ったろう、やはり失礼なことを言ってしまったと反省をした。







 4 謎 の 赤 い 箱 の 出 現




 市ヶ谷から戻った吉岡はすれ違った所員に古木補佐の居場所を尋ねた。

「3階の事務室に居ると思います。」吉岡は急いで事務室に向った。

 「トントン」ノックをしてドアを開けると、所長と古木補佐が打ち合わせ中だった。

「あ、失礼しました。」

「いいよ、入ってくれたまえ、ご苦労様でした。さっそくだがどうだった。」古木補佐は、早く結果を聞きたかった。

 吉岡は簡潔(かんけつ)に報告をした。「やはり白い箱が発光した原因が推測どおり、当日自衛隊とM618の交戦地域の芝公園あたりで、丁度この時刻M618から現れた化け物の行動が全て止まり、ある方向に反応している映像がありました。ただその方向に何があるのか判明させる映像は在りませんでした。」

「そうか、しかしあの箱の発光とM618の何かが関係があることは間違いないということだな」所長も頷いていた。古木補佐は白い箱の分析を急ぐように吉岡に指示をした。

 吉岡が、ちょっともじもじしながら「あのう、今日市ヶ谷の防衛施設で、亜兼を拾って来ました。」

 古木補佐は笑って「防衛省でか」

「はい、今車で待っています。」

「連れてくればいいのに」古木補佐は笑顔でいた。

「明日ここに連れて来てもよろしいでしょうか」吉岡は一応許可を打診した。

 古木は所長に「私からもお願いします、色々聞きたいことも在りますので」

 所長は頷いて「解りました、許可いたしましょう」

「ありがとうございます。」古木補佐も吉岡と共に、頭を下げた。

「じゃ、私は行くよ」所長は出て行った。

 吉岡は古木にディスクを渡して「これに、その瞬間の映像がコピーしてあります。」それを渡すと吉岡も退室して駐車場に向った。

「ごめんごめん、じゃあ行こうか」吉岡は靴を()()えて、車に乗り込んだ。

「途中どこかによって買い込んで行こう」

 車を発進させると亜兼が思い出したように「そう言えば、昔中学の時、宗ちゃんの家に行ったよな、お前のお袋さん料理上手だったな、酢豚、最高にうまかったな、いまだにあの味は覚えているぜ」

 吉岡がステアリングを切りながら「兼ちゃんのところのお袋も上手だったよな、特にあの特製ラーメンと目玉焼き、最高だったよ」

「それな、料理に入るのか、インスタントだぜ」と亜兼は呆れてほえた。

 吉岡は自慢げに「当然だよ、中国四千年の料理の原点はそこにあるらしいよ」

「本当かよ、インスタントラーメンは日本の物じゃないのか?」亜兼はあきれた。

「ばれたか」二人は大笑いをした。途中買い物を済ませて、吉岡の寮に着いた。中に入ると独身男性の部屋にしてはかなり小奇麗(こぎれい)になっていた。

 亜兼は嬉しそうに「ほーう、2DKか、居間が広いね、綺麗にしているじゃない」

 吉岡はそわそわして「まあ、適当に座って」

 窓際に観葉植物のゴムの木が置かれていた。部屋の角に40Vのテレビが置かれていた。その前にあるソファーに亜兼は腰をおろした。

 亜兼が話かけた。「そうだ、今日キャップから連絡があって、立川にもM618が現れたらしいよ、本社からは距離があるから直ぐにどうのこうのという訳でも無いようだけど、現地ではかなり(あわ)てていると思うな。」

 吉岡はえーと思った。ニュースでやっているかなと「兼ちゃんテレビ見る」と言うとテレビに向かって「テレビくんニュース出して」と言うと、テレビはONになり、ちょうどイブニングニュースが始まったところだった、オープニングは御成門(おなりもん)の交差点でM618と自衛隊の交戦状態の映像から始まった。アップであの赤い未確認生物の映像が映し出された。やはりかなり不気味であった。

 タイトルに「突然現る謎の不気味な生物、自衛隊に襲い掛かる〃」

 大げさなタイトルが画面いっぱいに表示され、BGMが流れる中、キャスターが、亜兼達にもよく解らないのに、まあー全てを理解しているかのように解説をしていた。

 亜兼も関心をして見ていた。

 何処かの大学の生物学の教授がその解説を裏付けるような理屈(りくつ)を持ち出して、その解説を正当化していた。

「なるほど、大したもんだね」関心するより、亜兼は呆れるほどうらずけ話は飛躍しているように聞こえた。

「はい、どうぞ」吉岡お手製の野菜サラダが出てきた。

「おう、すごいなゴージャス」亜兼はよだれが出てきた。早速(さっそく)つまみ食いが始まった。吉岡は笑いながら「いいよ、どんどん食べて」

 テレビの次のニュースは「日本全土へ侵略が進むM618の脅威」について、解説は続いた。此れは亜兼の興味を引いた。

 最初に各地でM618が現れた時の映像が流れた。亜兼は見入ってつまみ食いがストップした。

「すごいな」さすがに映像で見るとその衝撃は大きかった。

 突然、マンホールの蓋が一斉に吹き飛ばされ、かなりの勢いで真っ赤な血の間欠泉が何本も空高くふき上がった、大慌(おおあわ)てで逃げ(まど)う住民、あっという間に市街の中心から広がって行く真っ赤な血の海、この現象は日本のかなりの都市にほぼ同時に広がっていた。 

 この映像を亜兼は見ていて、良くまとめてあると思った、見ていて気が付いた事があった。それは、侵略が個々の都市でばらばらに襲って来ているのでは無く、日本全土が(つな)がっている、その為、全ての都市が同時進行で侵略が行われて行った。そのネットワークが完全に出来ていることが亜兼に見えてきた。

「お待たせ、牛の角ステーキだよ」ニコニコして吉岡が出来たての料理を運んできた。

「乾杯やろう、乾杯」とたったまま吉岡がビールを亜兼のコップに(そそ)いで来た。

 亜兼は思った。ほとんどの人が吉岡のように、この侵略が自分と関係ない別の世界の出来事のように考えているのか?

 M618の侵略地図の上で、生活している恐ろしさに気づいていない、それを知らせるのが自分の使命だとの思いに(いた)った。

「宗ちゃん、このステーキ最高だよ、プロ顔負けだな」吉岡は嬉しそうに「ビール飲もう、ビール」何度も注いで来た。

 亜兼はこう楽しい時はもう二度と無いかもしれないと思った。今日は吉岡と思い切り飲み明かそうと決めた。

 夜も更けていった。

 翌朝、「ピンポン」チャイムが鳴った。眠むそうに吉岡は片目を開けて「何か、鳴ったか」と耳をそばだてた。

「勘違いか」とまた、ふとんにもぐり込んだ。

 すると又「ピンポン」

「あれ、誰か来たな」吉岡は目を(しぶ)そうにこすりながら。頭はぼさぼさ、ブリーフ一丁で玄関に向って歩いていった。

 こんな朝早く「誰ですか」

「あたしよ、恵美子よ、開けて」

「あー、恵美子さん」吉岡は、ハッと、目が覚めた。そして自分の恰好(かっこう)(なが)めて、此れはまずいと思った。

「恵美子さん、こんな時間にどうしたんですか」

「いいから、開けなさい」

 吉岡はおろおろして「ちょっと待ってください」と叫ぶと急いで寝室に戻り、服を着替えた。鏡を(のぞ)きこむと、髪はぼさぼさ、無精ひげの顔が映っていた。「まずい、ひげ剃り何処だ。くそー」

 玄関では「開けなさい、叫ぶわよ」と恵美子がすでに叫んでいた。

 亜兼は、あまりうるさいので、ソファーから起き上がると寝ぼけ(まなこ)で「ハイよ」と扉のノブに手を掛け、ガチャと開けてしまった。ドアが勢いよく引っ張られた、その勢いで、亜兼は外に飛び出してしまった。

「あんた達、何やっているの」恵美子が腰に手をやり仁王立ちで、叫んだ。

 そして勝手に部屋に入って行った。

 亜兼ははだしのまま外から中に入って来た。まだ寝ぼけていて、一体何が起きたのか理解できなかった。

(くさ)いわね、窓開けるわよ、汚いわね」恵美子は、眉間(みけん)にしわを寄せ腕まくりをしててきぱきと食器を片付けて、ゴミを分別し、あっという間に片付けてしまった。

「さあ、歯磨きしてきて」恵美子の命令で二人は「はーい」と素直に洗面所に飛んでいった。歯を磨きながら、亜兼が「どうなってんだ」吉岡は首を傾げて「どうなっているんでしょうね」亜兼がハッと、思い出して「どうなっているって、あっ俺が昨日(さそ)ったんだ」

 二人は、歯を磨きながら、発音が聞き取りにくい会話をしていた。

 居間から「出来たわよ」と恵美子の声がした。

 二人は顔を見合わせて「何が、出来たんだ」タオルで顔をふきながら、二人は居間に入って来た。

「おいしそうだ」亜兼がかけよって、ウインナーをつまんだ。

「ごめん、夕べは来れなくて、ある所からデジタル超音波非破壊検査機を借りに行っていたから、今日はあの白い箱を徹底して解明しましょう」恵美子は二人に笑顔を振りまいた。二人は、恵美子の話もそっちのけで差し入れてくれた、サンドイッチにかぶり付いていた。

「なによ」恵美子はちょっと腹立たしかった。「あんた達、人の話し聴いているの」とサンドイッチにかぶりついている二人を眺めた。まァー、いいかと笑顔で「どを、おいしい」と聞くと、ふたりはサンドイッチを口にほうばって、頭だけ頷いていた。

 準備も済み、出かける事にした「よし行こう」吉岡がドアを開け、外に出ると隣のおばさんが通路を掃除していた。

 おばさんがにこにこして「おはようございます。」と言うと、吉岡も気分良く「おはようございます。」と返した。そして亜兼が次に出てきた。そして恵美子が出てくると、そのおばさんが目を丸くして「あんた達、何やっているの、悪いことしていないだろうね、管理人さんに言いつけるわよ」と疑いの目で見ていた。

 吉岡が「ハッ」と一瞬、何お言われているのか理解できなかった。そして状況を理解すると「違います、違います、誤解です。」と両手を前で横に振って、否定していたが、その手付きがまた()わいであった。

 三人は車を飛ばして、科警研に急いだ。

 所にかなり早めに着いてしまった。恵美子の車から機材を運び出すと研究室に急いだ。エレベーターで三階に行き通路を真っ直ぐ進んだ、研究室のドアを開けようとしたときでした、スマートホンの着信音が鳴り出した。三人共立ち止まって、お互いの顔を見合わせた。

「あ、俺だ」内ポケットから取り出すと返事をした。「はい、亜兼です。」

 いきなり青木キャプのがなり声が飛び出した「今何処だ、すぐ、来い。」亜兼はいきなりこんな朝っぱらにと思った。

「今、科警研にいます。」

「科警研だとまたなんでそんなところにいるんだ。そうか何か記事になりそうなものがあるのか、分かった用事をすませたらすぐに戻って来い、詳しい事は後で話す。」

 亜兼はどうするか考えながら「はい、分かりました。」とスマホを切った。

「キャップから、戻って来いと言はれちゃった。」亜兼は二人を見た。

 吉岡は残念そうに「え、すぐに戻るの?」と尋ねると亜兼は微笑むと「そんなわけ無いだろう、ここで記事になるネタを聞かなければ社に戻れないよ」

 吉岡は「フン」と言うと「兼ちゃんは抜け目が無いな」と言うものの、逆に吉岡は古木補佐を交えて亜兼から色々情報を聞かせてもらいたいと思っていた。

 そこに所員が慌てて走ってきた。「吉岡主任大変です。あの白い箱がまた発光しています。

 吉岡も亜兼も恵美子も慌てて所員に連れられて研究室に飛び込んで行った。

 しかしテーブルの上に置かれていた白い箱の発光はすでに消えていた。

この白い箱の発光は亜兼が近づくにつれて、より光方を増していった。しかし何かの読み込みが終わると光は消えていった。

 吉岡は所員に発光の様子を細かく聞き始めた。

「ねえ君、ところでこの白い箱はどんな感じで発光していたんだ。」

 社員はその時の様子を思い出して「はい、最初はパッと青白く光りだしたのですがしだいにその光方が増していきました。そしてモールス信号のように細かく点いたり消えたり、まるでコンピューターが何かを読み込んでいるような感じでした。

 吉岡は気になった「何かを読み込んでいるような、どういうことなんだそれで光が消えたということは、その作業が終了したということなのか、この白い箱はいったい何をしていたんだ。」

 そこに古木補佐もやって来た。

「おはようみんな、また白い箱が光ったらしいな、吉岡何があったのか」

 吉岡は首を横に振って「原因は分かりません、ただ白い箱が何かの作業をしていたようです。」

 古木補佐は何の作業をしていたのか分析はできないのか知りたかった。

「吉岡それを突き止められないか、恵美子お前も手伝ってやってくれないか」

「分かりました。」吉岡が返事をした。恵美子は頷いていた。

 そして古木補佐は亜兼を見るとほほ笑んだ「亜兼君、君に見て欲しいものがあるんだが、意見を聞かせて欲しい、いいかな」

「はい」

 亜兼は返事をしながら何のことなのだろうと色々せん(さく)していた。

「朝早くから申し訳ないが、じゃー来てくれたまえ」

「はい」

 亜兼は返事をして古木補佐についてある部屋に入って行った。そこには大きなモニターが置かれていた。

 古木補佐は部屋にいた所員を見ると話しかけた。「じゃー君、準備はいいかな」

「はい」

「映像を出してくれないか」と署員に言った。

 大きなモニターに映像が映し出された。

「これは」と亜兼が言うと、古木補佐がその映像について説明を始めた。

「この映像は君も知っていると思うが、例の浜崎橋ジャンクション上で10トンの輸送トラックが爆発したときの映像だ」

 亜兼は驚いた。「こんな映像があったんですか」

「ああ、ジャンクション上を映しだしているオービスの映像だ警視庁のほうで検証がなかなか済まなかったので、やっとこっちに回ってきたものだ。すでにこちらも検証はすませたが原因につながるものは特に見つかってはいない、君が来ると聞いたので、なにせ北海道の山奥の遺跡とジャンクションの事故を起こしたトラックのつながりを感じたその感でこの映像の君の意見も聞いておきたかったのでね、見てから感じたことを言ってくれないか」

 亜兼はあの爆発の状況は知りたかったと思っていた。しかし自分の立場を考えるとこうして警察の資料を見ていいのかとも思った。

「古木補佐、でも私は報道人ですけれどいいんですか?」

「深く考えなくてもいいよ、君の直感を聞きたいだけだ、君は直感でM618の発生をトラックの爆発に関係していると感じた。我々はそこまで分析してはいないがどうなのかは分からない、しかもその足跡(そくせき)を追って北海道まで行き北見教授のいうタイムカプセルを見つけ出した。そしてあの白い箱を持ち帰った、あの白い箱は確かにM618と何だかの(つな)がりがあるようだが、タイムカプセルの中を見てきた君にこの映像を見てもらって君の直感を聞かせて欲しい、いいかな」

 亜兼は納得した。「分かりました。」

 そしてトラックの爆発の直前から映像が流れ出した。

 確かにすごい爆発の仕方でトラックが粉みじんに吹き飛んでいった、映像を見る限りでは爆発物を使用しなければここまで粉粉に吹き飛ぶとは思えないと感じた。

 亜兼にも爆発物質が検出されないのは不思議に思った。

 おそらく誰しもがそう思ったことだろう、粉粉に砕けた部品が空高く広範囲に飛び散っていた。

 爆発の衝撃(しょうげき)に圧倒されて亜兼は何かを感じる余裕がまったく無かった。そして映像は終わった。

「どうかな」古木補佐が聞いてきた。

「うー」何を感じたか、自問自答したが爆発の激しさだけが残っている。

「もう一度みせてもらっていいでしょうか」亜兼はもう一度見ることにした。

「ああ、いいとも」

 二度目も分からない、もう一度見せてもらうことにした。

 そして何度も見ていった。

 亜兼は何度か映像を見ているうちに細かく砕けて飛び散ったボディーや部品を拡大して見ていったら何か見つかるのかなと思いついた。

 そして何度も映像を細かく見ていった。映像を止めては拡大してまた映像を流してまた止めた、何度も何度も繰り返して、すでに四時間を過ぎていた。

 古木補佐はまさか亜兼がここまで徹底してやるとは思わなかった。

「亜兼君どうだここまでやって判らないのならもう無理をしなくてもういいぞ」

 すると亜兼はやめようとはしなかった。

「まだです。粉粉になったトラックの部品をまだ全部見切ってはいません、もう少し見てみたいと思います。」

 古木補佐はここまで亜兼が真剣になるとは、もうやめようとは言えず、そうか判ったと気が済むまで付き合うことにした。

 それからまた三時間「古木補佐」と亜兼の呼ぶ声がした。

 古木補佐もすぐに飛んで来た。「亜兼君どうした。」

 すると亜兼が映像のある部分を指差して「ここです、この何かの破片のようなものです、これをもった拡大して鮮明にできませんか」

 古木補佐はその点を見た。これが亜兼君には何に見えるのだろうと思った。

 古木には少し赤っぽいぼけた映像にしか見えなかった。「亜兼君これを拡大するのか」と古木もその点を指差した。

 亜兼は頷いた。

 古木は亜兼の頷きを確認すると(そば)にいた所員にその点を拡大して鮮明にするように指示をした。

「判りました。」所員がキーボードをたたいてその点を拡大していった、しかしその点はよけいにぼけていった。

 亜兼はこのぼけた点が鮮明になるのか心配になってきた。

 しかし所員は大きくぼけた点を徐々に鮮明にしていった。

 まるで薄桃色(うすももいろ)の雲のように見えていたぼけた画像がしだいにはっきりしていった、徐々に赤い色がはっきりして行きそれが四角い箱のようなものに姿をはっきりさせていった。

 亜兼はやっぱりと思った。

 古木補佐はそのはっきりした画像を見て「これは、色は赤いが形はうちの研究室にあるあの白い箱そっくりだ」と驚いた。

 すぐに吉岡にその白い箱をここに持ってこさせた。

 吉岡も映像の中の赤い箱と今持ってきた白い箱を見比べて驚いた。

「どうしてなんだ、この二つは同じものなのか、映像の中のこの箱はどういうことなんだ?」理解できなかった。

 亜兼もこのことについて色々な想像が頭の中を()(めぐ)ったがどれが正しいのか判断がつかなかった。ただ亜兼はM618は間違いなくこの赤い箱が発生源だと確信した。しかし確証は何も無かったやはり直感だけだった、おそらくこのことを誰に言っても信じられる訳は無いだろうと思った。

 古木補佐も同じ事を感じた。ため息をつくと何も言わず考え込んでしまった。

 吉岡は鈍感にもその赤い箱を指差して「まさかこの赤い箱がM618の発生源なんてありえないよな、だってこれ映像でもごみみたいにちっこいし」と素直に感じたことを言った。

 すると古木補佐は吉岡を見て情け無さそうな表情をした。

 吉岡はそれを感じて身を引いて何でなのと思った。

 古木補佐は亜兼を見るなり「ねえ亜兼君、君はこの赤い箱を知っていたのかね」と尋ねた。

 すると亜兼は「はい」と言ったものの「だけど本当にあの爆発の映像で赤い箱を見ることができるとは思いませんでした。」と持っていたショルダーバッグから北海道の最初に遺跡と思われていた所に置き去りにされていた重機の中から見つけた写真を取り出した。

 そして古木補佐に見せた。

「これは」

 古木が見たその写真はまぎれも無くモニターの映像に映っている赤い箱だった。

 古木は確認をするように聞いた。「この写真は北海道の遺跡と思われていたところで見つけたものなのか」

 亜兼は頷いた。「はい、おそらく新興宗教の団体が掘り出したものではないのかと思います、けれだ何も証拠はありませんこれも感です。」

古木は考え込んだ。その遺跡と思われていたものはいったい何んだったんだ、土に埋もれてしまったそれをいまさら掘り起こして調べている余裕はもはや無いだろう、答えは手元にあるこの白い箱を分析するしかないだろう・・・?古木の中では一応結論のようなものは出た。

「判った。」

 そして亜兼を見ると「亜兼君長い時間協力してくれてありがとう」

「いえ、私の答えもはっきりしました。赤い箱が北海道の遺跡と思われていたところからあのトラックで浜崎橋JKまで運ばれたことがはっきりしました、これでもやもやしていたものがスッキリすることができました。古木補佐にはお礼を言います。もう時間も遅いのでこれで失礼します。」

「そうか」古木は頷いた。

 亜兼は廊下に出た。

 吉岡は亜兼を追いかけて声を掛けた。

「兼ちゃん、ビートルはもう取りにはいけないぞ、困るだろう俺の車使っていいぞ」廊下を歩き出していた亜兼にキーを投げた。亜兼は振り返りざま右手を前に差し出してキーを受け取った。

「いいのか」

「ああただし、土禁だぞ、ふん」吉岡は鼻で笑った。

「解ってるよ」と言いながら右手を上げると、亜兼は走って出て行った。

「どうせ靴なんか、()いでなんかいないくせに」と言いながら振り返り、吉岡は研究室のドアを開けて中に入って行った。

 そして試験台の上に白い箱を置いた、まじまじと白い箱をながめながら、何故(なぜ)これは青白く光るんだろう、いったいこれがM618とどう(つな)がっているんだ。

 吉岡は首を横に振り「まったく、何が原因で反応するのか謎だらけだ、とにかく明日から分析してみよう」と思った。

次の朝、吉岡は早く科警研に出所してきた。

 恵美子も早く白い箱を分析したいと思って早めに出所してきた。

「とにかく機材をセットしましょう」

 てきぱきと恵美子は機材をセットして、あっと言う間に組み立てた。

 吉岡は他の機材の電源を入れて回った。だんだん所員が出所しだして来た。

「おはようございます。」所員が寄ってきて「その機材どうしたんですか」

 また別の所員は「この機材、何に使うのですか」また別の所員は、テーブルの上を整理したり。お茶を入れて配っている人もいた。

 吉岡のところに所員が来て「吉岡主任そろそろ朝礼の時間になりました。」

 機材のセットが終ると「じゃー、後で」恵美子は、自分の部署に戻って行った。

 朝礼は一人一人が今(かか)えている課題の検査状況や鑑定状況を簡潔(かんけつ)に説明をして、今日の目標や結果想定を発表して全体の状況を把握すると。

「それでは、今日も宜しくお願いします。」と吉岡がいつものお決まりの言葉を言った。

 朝礼終了後、吉岡が細かい指示を個々に伝えていた。

 早く白い箱を分析しなくては、何故青白く発光するのか、箱の中がどうなっているのか、とにかく早く調べてみたいと思った。

 吉岡は急いでデジタル超音波非破壊検査機の前に座った。機材を見回して「えーと、どう使うんだ」モニターと本体の電源をいれた。細長い棒状のハンドルを握ってこれが測定器か、コードが無い「コードレス

か」横のボタンを押してみると、赤いダイオードが点灯した。

「なるほど、これが作動ボタンのようだな」そのボタンを押しながら、センサー部分を、自分の左の手のひらに当ててみた。すると、モニターに、手の骨格が映し出された。

「馬鹿ね、実験台に自分の手を使うなんて」恵美子は呆れて、センサーを取り上げてしまった。

「専用のこの板を下に敷いてその上に測定する白い箱を置くのよ、じゃあ測定するわよ、吉岡君、大きく息を吸って」

 一瞬、吉岡は息を吸おうとした。「俺は患者かよ」

 恵美子が笑っていた。直ぐに真剣な顔になり、センサーを白い箱に近付けていった。

 吉岡は緊張してきた。結果がどう出るか見守った。

 箱の角が映像に写し出されてきた。箱の輪郭がモニターに映し出された。吉岡も恵美子も驚いた「何だ、これは」

 モニター一杯に、丸い恰好をしていた。薄暗く、映像らしきものは映っていなかった。

「どうしてこうなるのかしら」恵美子は、白い箱を手に取って、確認してみた。

 もう一度センサーを当てた。モニターには、ただ黒っぽいだけで、映像は出てこなかった。

 吉岡が、自分の手のひらで、検査を行ったときは、確かに骨格がはっきりとモニターに映し出されていたのに「どうして、映像が出てこないのか、変だな」

 恵美子が操作しながら「たぶん、超音波が吸収されてしまうか、何かの原因で戻って来ないのでしょう」

 吉岡が()せない顔をして「超音波が戻ってこないって、そんな事が有るかな、ようするに超音波を吸収する素材で出来ていることになるのかな?」

 恵美子も考え込んでいた。「そうでなければ、打ち消されるか、中が無限の空間になっているか、どっちにしても検査は不可能よ、おじを呼んでくるは」と恵美子はバーンとドアを威勢良(いせいよ)くはね開けると、出て行った。その間しばらく、吉岡は何度もセンサーを当てて検査をしてみた。しかし、結果は同じだった。

 恵美子がなにやら説明をしながら、古木補佐を連れてやってきた。古木補佐はいきなりモニターを見て「検査してみろ」と指示をした。恵美子はセンサーを当ててなんどか検査を行ったが結果は同じであった。

 超音波が戻ってこない「此れはまるで底なしだな、吉岡主任この箱、千葉医専大付属病院にあるメディカルセンターに持って行き、スキャンしてもらって来てくれ」

 吉岡が心配そうに「これ、磁気を当てても、大丈夫でしょうか」

「MRIは磁気を利用しているが、CTならX線を利用しているから大丈夫だろう、CTで見てもらえ」

「一応その磁石を近付(ちかず)けてみろ」吉岡が色々な方向から白い箱に磁石を当ててみた。

「反応しないだろう」この箱の物質は明らかに金属とは違う物質のようだな、比重もかなり軽るかった。

「解りました。」と云ったものの、古木補佐もむちゃくちゃを言うと思った。

 吉岡は自分の車を亜兼に貸してしまったことを思い出した。「あっいけねー、車兼ちゃんに貸したんだ。古木補佐、所の車借りてもいいですか」

「ああ、下の受付に鍵があるから乗って行け、吉岡は白い箱を持って階段を下りていった。受け付けに行くと「おや、珍しいね、吉岡ちゃん、所の車を乗るのかい、いつも(いや)がっていたくせに」

「だって所の車、名前が入っているんだもん」おばさんが鍵箱から、車のキーを取り出すと「はいよ、白のバンだよ、気おつけてちょうだい」

「ありがとう」駐車場で車を見つけると、吉岡は乗り込み、発進させた。どうも落ち着かない、車に名前が書いてあるのが気になった、千葉市内まで16号に出て一本道だし間違えようがないと思った。

 そういえば千葉市内の県警本部前にもM618が現われたが消防署の放水で県警本部の北側を流れる川に洗い流してしまったと聞いたが、今ごろは東京湾に漂っているのだろうか、その後は、現われていないらしい、しかしその後県警本部の警戒は24時間行われていると聞いているが、確かに警官の姿がかなり目に付いた。

 吉岡の乗った車は市内に入った、町並みはあまり活気が見受けられないが一見普段と変わらない様にも見えた。一時間弱で千葉医専大付属病院に着いた。

 受け付けで「すいません、科学警察研究所の者ですが」と吉岡は訳を説明をすると、受け付けのおばさんが「そうそう、科警研からCTの検査の依頼が来ていましたね、予約入れてありますよ、地下一階です。B階段を降りて直ぐ右にあります、担当の者がいますから、そこで検査をお願いします。」

「ありがとうございます。」B階段がエレベータの横にあった。階段を降りながら「しかし、受け付けの人が俺の場合、おばさんが多いのは何故だろう」独り言を言いながら「あっ、ここだ」ノックをして中に入ると、そこは前室になっていた。32Vのモニターが2台あり、コントロールパネルが右側に置かれていた。

 十五センチ程の分厚い扉が半分開いていた。中から声がした「科警研の方ですか」

「はい」

「どうぞ」そこで担当技士が準備をしていた。

「それで、何を検査されますか」

「はい、この箱なんですが」

「これですか、金属は使用していませんよね」

 一瞬不安を感じたが吉岡の顔を覗き込む技士に「はい」と言ってしまった。

「では、この台の上に、置いてください」

 吉岡が静かに白い箱を台の上に置くと「じゃー、外に行きましょう」と分厚い扉のレバーを技士がロックをした、そして技士がモニターを見ながら「これは医療用ですのでこのようなものの検査は初めてです、何が起きるかわかりませんよ、まあ、科警研も国家機関ですから何かありましてもその点は大丈夫ですよね、ではスイッチを入れます。」と言うと、操作ボタンを無造作に押した。

 映像が映しだされた、箱の先端の映像が出てきた。次の映像が出てきたとき、二人は驚いた。「あっ」その映像に技士は釘付けになった。吉岡には理解できず。

「一体どうしたんですか」

「これは、この箱は何ですか?(エックス)線が透過するのにとてつもなく時間がかかっていますが、透過速度が0.243秒もかかっています、X線の速度は光と同じなので計算しますとこの箱の深さは1万3000キロ程になりますよ、地球の直径の値になりますが、何かの間違いでしょう、しかもとてつもなく箱の中が広い状態ですね、まるで地球の容積ほどありそうですが、これはいったい何ですか、ただ中は空っぽと言うか、空の状態のようですね」すると突然モニターが真っ白に発光して、映像が消えてしまった。前室のブザーが鳴り出し赤いランプが点滅しだしてしまった。

 吉岡が驚いて「壊れちゃったんですか」と(あわ)てた。

「いや、CPUが処理しきれず、リミッターが働いたのでしょう、こんなことは初めてですね、しかしこんな現象はまるで理解できないです。」

 その質問は吉岡のほうが知りたいと思った。しかし吉岡はほっとした。もし弁償ともなると、何千万ということになったらと思ったら、ぞっとした。

 技士が「この機戒はもう古くて、出力も0.12テスラーしかありませんから、交換を考えていたので、残念でした。」

 吉岡は、その残念の意味がどう考えていいのか理解できなかった。

 技士が「此れでは、検査は無理ですね」と首を横に振った。

「解りました。映像を写しましたDVDはありますか」吉岡も残念そうな表情をした。

「はいこれです。」と技師はDVDを吉岡に渡した。

「持ち帰って分析してみます。お手数掛けました。」吉岡は礼をした。

「こちらこそ、お役に立てずに、放射線透過試験もやってみたらいかがですか」

「放射線ですか」吉岡はそれもやる必要があるのかと考えた。

「この病院には、もちろんありませんが、ただ、その箱の中は空ですがゼロではないようです、情報だけなら無限に詰まりそうですねハハハこれは冗談です。」技師もどのような結果になるのかは気になっていた。

「そうですか、ありがとうございます」吉岡は付属病院を後にした。







 5 謎 解 き は (さくら) () (じょう) (いち)




 亜兼は、科学警察研究所を出てから常磐道を走り、東京外環道を抜けて、関越道の所沢インターから一般道に降りると、埼玉の所沢球場の脇を走って行き、村山貯水池に差し掛かった。すっかり桜の木の葉が色濃くなっていた。

 桜の花が咲く頃は、それは花見の人手で大にぎわいになる所だ。

 立川の南北横断道路を走り、立川警察署を過ぎると、本社が見えてきた。駐車場に車を突っ込むと、走って玄関に向った。

「すぐ戻って来いと言われたがこんな時間になってしまった、一体なんだろう」亜兼は気になりながら、エレベーターに飛び乗り、四階の編集局内の報道部に向った。ドアが開き、フロアーの中はやはり電話のベルが鳴り響き、社員が(あわただ)しく動きまわっていた。何人もゲラ原稿をチェックしたり、取材内容をチェックする者も多かった。

 亜兼は時計を見た。すでに明日の朝刊の紙面を決める最後の交番会議(こうばんかいぎ)の始まる時間が迫る頃だと思った。

 亜兼は青木キャップの所に向った。

 青木キャップが見知らぬ男性と親しそうに話をしていた。その男性は大きなバックを肩から下げて、一見フリーのライターのように見えた。

 亜兼は声をかけた。「キャップ戻りました。」

「おう、ずいぶん遅かったな、ちょうどいいちょっと紹介しよう」と青木キャップが親しげに話していた男性を亜兼に合わせると「これが、問題児の亜兼だ。」と冗談めかして青木キャップがその彼に紹介したので亜兼は怪訝(けげん)な顔で苦笑をした。しかし、その男性は親しげに微笑みを浮かべていた。

「亜兼、彼は」と青木キャップはその男性に笑顔を向けて「彼は大学時代の後輩で、桜庭(さくらば)と言う」

 亜兼は会釈をして「亜兼と言います。キャップの下で報道記者をしています。」

 桜庭は笑顔で会釈を介してきた。「桜庭丈一(さくらばじょういち)です。今はフリーのルポライターをしています。」

 青木キャップが頷いて「桜庭君は、以前は我が社に籍を置いていた腕利(うでき)きの報道記者だった。亜兼、お前の先輩にも当たるぞ」亜兼は驚いてまた頭を下げた。

 青木キャップは何故桜庭を会社に呼んだのか訳を話した。

「実はな彼に調べてもらっていたことがある、それは亜兼、お前が北海道の支笏湖の辺りの山で古墳が出たとかでなにやら騒いでいたよな」

 亜兼はふくれっ面で「騒いでいた訳では有りませんよ、M618の手掛りを追っていたら、あの支笏湖の山の中でタイムカプセルにたどり着いたまでです。」

 青木キャップが先を急ぐように「そんな事はどうでもいい、とにかくその遺跡を発見した測量会社、確か、平成アート測量と言ったかな」

 亜兼は頷いて「はい、確かそうでした。」

 青木キャップが桜庭を見て「それでその平成アート測量について、桜庭君に調査をたのんでおいたのだ。」

 亜兼は目の色が変った、身を乗り出すようにして「何か見つかりましたか」

 青木キャップが鼻を鳴らした。「フン、慌てるな、まだある、それに得体の知れない新興宗教についても、そのほかに関連のある、運送会社についてもな」

 亜兼はかなりの興味を示した、しかし他にも亜兼の中では引っかかっていたものがあった。「その他にも何かありませんでしたか、例えば赤い箱に付いてとか」と聞いてしまった。

 青木キャップが怪訝(けげん)な顔をして「赤い箱だと、白い箱じゃーないのか」亜兼は思い出した。キャップには赤い箱については話していなかったことを「いえいえいいんです、とにかく、それで何か解ったのですか」亜兼は早く話を聞きたかった。

「おー、そうだ」キャップが桜庭の顔を見て「どうなんだ。」とせかした。

 桜庭は周りを見渡して「話しは長くなりますが」キャップも周りを見渡して、咳払(せきばら)いを一つすると、キャップのデスクの前で立ち話しをしている事に気が付いた。

「おー、これは失礼、そこのミーティングコーナーに行こう」と、衝立(ついたて)で仕切られた、幾つかのミーティングコーナーの空いている場所に移った。桜庭は大きなバックから資料を取り出すとテーブルの上に置いた。

「青木先輩の依頼についての調査状況は文章にしてあります。」

 青木キャップはそれを手に取ると眺めながら「相変わらず(かた)いな」と(つぶや)いた。

 桜庭は青木キャップの顔を見てニコリとして「申し訳ありません」と言うと「実は、平成アート測量については直ぐに解りました。意外とこの業界では手広くやっている会社のようでして、インターネットで検索しましたらホームページを開いていました。住所も解ります、日本橋一丁目、永代道り沿()いですね」

 キャップは「ホー」と頷いて、以外な顔をして「ホームページを出しているのか」と悩むほどの会社ではなく何時(いつ)でも存在を確認することが出来たのかと思うと、なんとも努力の無さに恥ずかしささえ感じた。

 桜庭はそんな感情はお構いなしに話しを続けた。「それで、この会社の設立を調べますと、日本調査エンターテイメント社と言う、色々な調査を業務として、その管理、保管を一手に引き受けている、全国規模の会社がありますが、そこの傘下に入っているようであります。当然、その日本調査エンターテイメント社の資本が注入されています測量会社のようでした。そのことも調査書に記入しておきました。平成アート測量は主に都市計画や開発方面の仕事が多いようであります。」

 亜兼が尋ねた。「何故、北海道の支笏湖のあの山岳地帯で測量を行っていたのですか」

 桜庭は「ウムー」と言って、口を開いた。「それが、平成アート測量を訪ねて取材を試みましたが、それでそれとなく北海道のその遺跡に付いて(たず)ねてみました、しかしそのような依頼は当社では(たまわ)っておりません、ときっぱり否定されました。その調査が会社にとって何もやましい事でないのでしたら隠す必要も無いだろうと思いますが、事実会社としてはその調査をどこかのスポンサーより依頼されたものではないのだろうと思いました。しかし実際に支笏湖の山の中で測量を行っていたと言う事実が私は何か裏があるのではないのかと直感しました。

 機材を使って、航空写真まで撮って調査を行っておきながら、会社としては何も知らないとなると、会社組織を動かしておきながら経理に計上せずに済む立場の人間が関与していると推測します。おそらくグループ系列の会社より内々で依頼された仕事だろうと(にら)んでいますが、通常、地図を出版するための測量であるのなら、それらの計画が企画された段階で宣伝等の関係からプロモーションの話しやら、何なりで、噂ぐらいは流れてくるものですが、一切ありませんでした。」

 青木キャップがもう少し突っ込んで聞いてきた。「その、測量会社のグループ系列と言うと、どうなっているんだね」

 桜庭はまたため息をついた。「それがちょっと複雑でして、要するに平成アート測量は確かに日本調査エンターテイメント社と言う会社の傘下(さんか)に入っていますが、日本調査エンターテイメント社を調べてみますと、ある商社のグループのこれまた子会社になっていました。」

 青木キャップがかなりの興味を表して聞いてきた。「それは何だね、ある商社とは?」

「その商社は業界でも最大手の大国大商事ですよ、資本金三千二百億円の」

 青木キャップは驚いた。「えー、大国大商事と言えば、日本でも頭抜けた最大手じゃないか。そうなるとグループ傘下の企業は何千と成るぞ」キャップもため息を付いた。

 桜庭は付け加えるように「それに、運送会社の方からも当たってみましたが、七月中旬に浜崎橋JKで爆発炎上した車は丸亞運輸という会社の物ではあるんですが、しかしこの会社、二~三年前から業績は(かんば)しくなく、追い討ちを掛けるように排気ガス規制が施行された当時、排ガス装置の取り付けの資金繰りが立たず倒産の()き目にあっています。運輸会社の得意先だった会社を何軒かに聞き込みをしてみましたが、その苦しい状況は今だに変わっていないようだが不思議と今も運営はしていますね、何か裏があるのか、との事でして、そんな状況の会社をあえて使ったと言うのは、やはり何か訳がありそうです。しかし北海道の測量については直接大国大商事との(つな)がりは無いようですね、おそらく宗教団体の関係の方だと思われます。」

 青木キャップが宗教団体に興味を示し「その、新興宗教はどんな団体なのかね?」

 桜庭は資料をめくって「えーと、そうそう、この団体は新興宗教と言うより、都内にいくつか道場が有りますが、どうもインドのヒンズー教に属する宗教団体のようですね、通常はヨガの教室を開いて、かなり生徒も来ているようです、特に怪しい団体とも思えませんでした。」

 亜兼は疑問に思った。「北海道の支笏湖の山の中で、遺跡発掘調査の申請まで道警に出して、その宗教団体は一体何を探していたんですか」

 桜庭は頷いて「うん、確かに道警にそのような申請をこの団体名で届出(とどけで)がされていましたね、事実、調査も行っていたようですし、また、申請者の住所は道場名で世田谷区になっていました、確か、マハーベーダンタ救世会という名前が(かか)げられた道場が存在します、やはりヨガの教室を開いていました。そこで、ここの責任者に直撃インタビューを行いました、しかしその責任者は北海道でのその調査については何も認識していないようでした。」

 青木キャップがその話しを聞いていて突然「その責任者、何か隠しているんじゃないのか」と疑り深い顔をした。

 桜庭はそういう青木キャップの質問も想定済みで「確かに、しかしあの様子は本当に知らないようでした。もっともこの支部の責任者は本部から任命された、(やと)われですから、表向きの責任者なのでしょう、それよりその申請者のマヤ・アソマなる人物を追ってみましたがこの人物はこの宗教団体の本部の責任者でありながら、ある会社の幹部にも納まっていました。」

 青木キャップが身を乗り出して「その、ある会社とは?」

「はい、日本調査エンターテイメント社ですよ」

 亜兼が(つぶや)いた。「日本調査エンターテイメント」

 桜庭は続けた。「どうも、この会社の何処かの部署が単独で北海道の支笏湖の山奥で発掘、調査を行っていたむきがあるようです。けれど証拠はありません、消去法でそう感じたのです。」

 今度は青木キャップが頷いて「なるほど、つまりその組織が仮に宗教団体の名を(いつわ)り遺跡発

掘の申請を出して、しかも掘り出した物を丸亞運輸に運ばせた、足跡(そくせき)を消すためにわざわざつぶれかけた運送会社を選んで事が終わった後にこの会社を(つぶ)すつもりだったのか、なるほど、しかしそこまで隠し事をする目的は一体何なんだろう?」と青木キャップは腕組みをして考え込んだ。

 亜兼は(いぶか)しい顔で言葉を発した。「赤い箱ですよ」

 青木キャップが亜兼の顔を(のぞ)き込み「また赤い箱だと?何だそれは、どう関係があるんだ」

「はい、実は北海道のその遺跡だとされていた場所に置き去りにされた重機のなかで見つけたインスタント写真に赤い箱が写っていました。今日も科警研で見せてもらった浜崎橋JKでの爆発の映像でもそれが吹き飛ばされていた映像を見つけました。」

 青木キャップが首を横に振って聞いてきた。「亜兼、それお何で早く言わないんだ、まいい、その赤い箱とやらは、重要な物なのか?」

「はい、確証がある訳では有りませんでしたから、でもかなりの確立でM618の発生に大きく(かか)わっているものと思います。」と身を乗り出した。

 青木キャップが怪訝(けげん)な面持ちで「亜兼、それは本当なのか?」と疑り深く念を押すように聞いてきた。

「おそらく」三人は考え込んでしまった。

 亜兼は色々思考をめぐらせた。青木キャップにああは言ったが実際のところM618と赤い箱がどのように関わっているのかは分からない、むしろ自分の推測は飛躍しすぎているのかと、迷っていた。それにしても日本調査エンターテイメント社なる組織はいったい何を何処(どこ)まで知っているんだ?

 亜兼は大きくため息を付いた。

 もし、タイムカプセルの事も赤い箱の事も事前に知っていたとしたら、亜兼の眉間(みけん)にしわが寄り厳しい表情になっていった。

 その後、にんまりと表情筋が(ゆる)み、「ふん」と鼻を鳴らした。そんな馬鹿な、もし事前に知っているとしたら、あのタイムカプセルに何だかの形で係わりがあった事になる、だけど地質学者の岩見教授は堆積土(たいせきど)の状況から、あれは三千年も昔からあそこに存在していると分析していた。そんな物に係われる人間がいる訳がない。そうだよなと考え過ぎだったと推測を打ち消した。

 桜庭が何かを思い出したように、ゆっくりと話し出した「そういえば、私も北海道の支笏湖の例の山の中に行って来ました。」

 青木キャップが少し(おどろ)いて桜庭を見た。「お前、遺跡に行って来たのか」

「はい、見てきました。それは無残な状態でしたね、重機で荒らしまくって、いきなり中央部をユンボで穿(ほじく)り返した(あと)がありました。明らかに、そこに目的の物があった事を事前に知っていたかのようです、重機を持ち込み準備周到に手際よく行った様子を見ると、その目的の物がどういうものなのか、またその物の重要性も事前に知っていたのではないかと推測します。」

「えー」亜兼は今打ち消したばかりの考えを、桜庭の口からまさか蒸し返されるとは、そんな馬鹿な、どうして赤い箱がそこに有る事を事前に知っていたのか?

 有り得ないだろう、第一赤い箱がどのような能力が有るものなのか知っていたとも思えない、いったい日本調査エンターテイメント社なる会社の実体は何なんだ?

 青木キャップは解ったような顔をして、頷いていた。

「解りました。そこの所は私が調べましょう、特に日本調査エンターテイメント社の目的が何なのか」桜庭が頷いて次なる調査を引き受けた。

 青木キャップは心配げに「桜庭、気おつけろよ、何かやばそうだからな」

「任せてください」桜庭は笑顔で大きなバックを肩から背負(せお)うと「また、解り次第、先輩に報告しますよ。じゃー、これで、私は行きます。」

 やはり青木キャップは心配そうに「無理はするなよ、気お付けてな」と桜庭の目を見た。

 桜庭は笑顔で右手をひょいっと上げると、報道部を後にして大きなバックを背負った背中がエレベーターの中に消えて行った。

 亜兼は青木キャップに尋ねた。「キャップ、このあたりのことは警察は調べていないのですかね」

「そうだな」青木キャップは首を横に振ると「M618に日本がここまで侵食(しんしょく)された状況では他の事に署員を回すほど警察も余裕は無いだろう、それより桜庭は大丈夫か」






 6  劣化ウランのフルメタルジャケット




翌朝

  「亜兼、昨日は戻るのがおそかったようだが、写真と記事はどうした、ところで例の白い箱については何か分かったのか?」青木キャップは加熱たばこを吸いながらデスクから声をかけた。

亜兼はしまった報告が遅れたと思った。椅子から立ち上がると速足(はやあし)で青木キャップのところに来た。

「キャップ、すいません、昨日は桜庭(さくらば)さんが来ていましたので、報告が忘れちゃいました。」

「まあいい、されで、何もないわけもないだろう」青木キャップは何かを言いたそうな亜兼の落ち着かなさを見た。

「はい、それがですね高速道路の芝公園のランプに入ったところで自衛隊が桜田通りの赤羽橋付近で赤い液体の増殖を警備中にです、赤い液体の中からM618の(かたまり)を防衛線の裏側に飛ばしてきたのでした。」

青木キャップは身を乗り出して「ほー、それで何が起きたんだ。」

亜兼は身振り手振りも大げさに「何とその塊から、なんて言うか化け物です、その真っ赤な血を(したた)らせた皮膚もなく筋肉もむき出しでした。その化け物が何体も現れまして、次々に隊員を襲っていきました。隊員も銃で反撃をするのですが、それが化け物にはまるで銃が通用しませんでした。」

青木キャップは首をかしげて呆れだした。「ところでおまえその写真は撮ったのか、どうしたんだ。」

亜兼も気が付いたそしてバツ悪そうにしまったと思った。「すいません昨日出すのを忘れてしまいました。」

青木キャップは呆れて一体お前は何をやっているんだと「あのな、おまえ何のために記者やっているんだ、記事を書かないで記者と言えるのか、記者なら何をしなければいけないと思っているんだ。」

亜兼は気まずそうに「はい、読者に今どこで何が起きているのかを伝えそのことがどのように影響するかを考えられるようまた、読者が次に何をしたらいいのか判断ができるように真実を伝えることです。」

「それでお前はそれをしているのか」青木キャップは亜兼を見た。

亜兼は項垂(うなだ)れた。

 「確かに、報道記者はな、その情報の真実を追うためならいかなる時も、どんな所でも、その真実を追究するために行動しなければならない、しかしだ、それを読者に提供しないでどうする、我々が読者から高いお金をいただいて、世の中の真実を提供できないとなると、我々報道人は死んだも一緒になるぞどうなんだ」

亜兼は項垂れたまま「申し訳ありません」と言った。

青木キャップはこれ以上過ぎた事はとやかく言うまいと思った。

「まあいい、それよりここに、ある資料がある、これに目を通してみろ、M618が出没した個所(かしょ)が記してある、約八百以上の内の四十箇所だ。これをくまなく調査して記事にまとめるんだ、いいな」とその資料をキャップは亜兼に渡した。

「よし、行け」亜兼は元気なく「解りました。」と返事をするとすぐに走り出した、背中で青木キャップの声がした。

逐一(ちくいち)報告入れろよ、若者よ貪欲(どんよく)になれ」亜兼は後ろを振り向かず右手を上げて了解の合図を送った。

 先ずは、資料を確認しておくかと思って、地下一階の喫茶店に行くことにした。

 名前を「ゴッホ」と言った。

 酸味の利いたモカコーヒーが特に美味くて、本社に来ると時々利用していた。それでもオーナーのおばちゃんは覚えていてくれて「いつものでいいのかい」と言ってくれる、何にしても、他人様が自分の事を忘れずにいてくれるという事は嬉しいものだ。

 亜兼が店の中に入って行くとカウンターの中のおばちゃんが言うのでした。「いつものでいいのかい、ぼくちゃん」

 亜兼は笑顔で頷きボックス席に腰を下ろした。

 テーブルで、資料に目を通しているとおばちゃんが「おまたせ」とフルーツパフェをテーブルの上に置いた。

「あれ、モカコーヒーじゃないの」亜兼が嘘だろう、と言った顔で気まずそうに言うと、おばちゃんが、どっちも代わらないでしょう、といった顔で「ぼくちゃん、コーヒーが良かったのかい」と聞いてきた。

 すかさず亜兼が「あー、いや、パフェも好きだったんだ。忘れていたよ、これでいいよははは」と笑った。

 おばちゃんが「モカだね、じゃー、今度は、覚えておくよ」と言ってくれた。覚えておくように努力をしてくれるのは何にしても嬉しいものだ。しかし、正直言うと、忘れられてしまう気がした。

 資料に目を通してみると、M618が現われた場所が八百八十ヶ所を越えていた。その内、特に被害が(ひど)いヶ所が、四十ヶ所あまりであった。

 主に、東北方面に多く現われていた。立川はすでに、そのリストには乗っていなかった。それは、幾つかの市町等で、偶然見つけた、撃退法が、県警、警察署、消防署などの連絡網(れんらくもう)で配信された。

 立川に現れたM618は、旧合同庁舎の南側に甲州街道が走り、その先に多摩川が流れていた、そこへ、放水車を集め、川に流してしまおうということになり、市を越えて、各消防署からA1級ポンプを搭載した大型放水車や、大型給水車が召集されたとの事でした。

 M618が現われた旧市役所通りから多摩川にかけて、建っている施設や建物を一斉に取り壊し始め、M618めがけて一斉に放水が始じまった。

 大型給水車が何十台も往復して一時は立川の一部が断水してしまった、まるでナイアガラの滝のようで、凄まじい光景だったそうでした。

 今は、二十四時間体制で、何時(いつ)現われるかわからないので監視を続けているらしい。

 亜兼は、何処から調べればいいのか迷っていた。やはり都内か、東北本線上がやけにM618が多く現れているな、南は静岡市と東海道本線上に散らばっている、「範囲が広すぎる、俺一人では調べきれないや」効率を考えると、とりあえず都内になってしまうな「よし、先ずは都内を中心に、手をつけるか」近い所から、世田谷に行ってみることにした。資料では北烏山とある、中央高速道の下あたりだ。亜兼は、甲州街道の府中あたりを走っていた。かなり混雑していた。

 三鷹あたりも、あい変わらずの混雑振りであった。緑ヶ丘あたりで自衛隊がバリケードを張り、それ以上は進めなくなっていた。仕方なく戻って点滅している信号を左に曲がった、そして白藤女子大学の裏を抜けて、そのまま真っ直ぐ行くと、中央高速道路の下を抜けていった、そしてまた右の方向に曲がった、また曲がり角が出てきた、ずいぶん込入(こみい)っているなと思った。

 北野と言う、北烏山から北に、約一キロ手前の所まで来ることが出来た。少し見通しの()く所に出た、望遠鏡を取り出して東のほうを見ると、中央高速道が左側に大きくカーブしていた。その下あたりにずいぶんお寺が集まっていて、各寺院のお墓がいたるところに所狭しと建っていた。そこに隣接した岩上(いわがみ)学生寮と言う施設の敷地が大きな公園とも思える緑地が広がっていた。岩上学生寮は戦後まもなく、鹿児島県から東京へ進学する学生を経済支援をするために設立された由緒ある財団だ。そこのゆるい勾配の付いた丘となっている、その丘の一角に七~八十メートルに渡って、真っ赤に盛り上がっているM618がまさにお墓から緑地にかけて陣取っていた。

 周りを自衛隊の普通科連隊の隊員達がほぼぐるっと遠巻きに銃を構えて監視をしていた。

 中に火炎放射器やハンドランチャー、ロケットランチャーを持った隊員が配備されていた。皆胸にハンドグレネードと呼ばれるパイナップル状の手榴弾がぶら下げていてかなり物々しい雰囲気が伝わってきていた。

 住民はすでに半径1キロの地域では強制退去をさせられていて無人の区域になっていた。

 亜兼は緑地の草むらの中を百五十メートル程近づいてみた。すると周りに一人、二人、望遠カメラで写真を撮っている連中がいた。

「やはり記者かな、命掛けだな」と思ったが、よく見るとカメラは一台しか持っていないし綺麗(きれい)過ぎる、恰好も素人風だ。

「ただのマニアか、おそらくおたくのようだな」亜兼は腰をかがめて、また、百二十メートル近くまで寄って行った。この当たりからは自衛隊員の姿はかなり近くに観察できた。

 自衛隊員達がブルドーザーなどを使って雑木林の伐採をしたりして足場を作っていた。

 望遠鏡で眺めているとM618の表面の色が変化しだした。何と言うか、シャボン玉の表面のように、なんとも(つかみ)み所のない七色に次々と変化していた。

「どうしたんだろう」そういえば芝公園でもこんな風に確か色が変化していたな、あの時は真っ赤に盛り上がったM618の中から三メートルほどの真っ赤な(かたまり)を飛ばしてきたけど、その塊の中から気持ち悪い化け物のような生き物が現われて来たな、今度もそうなるのだろうか、亜兼はカメラのレンズを18から300ミリのズームレンズに取り替えた。

 そしてのぞいて見るとファインダーの中のM618の表面が震えだしていた。

 亜兼の口から言葉が突いて出た。「アッ、此れは」

 M618が新しい行動に出た。「何だこれは」それは、M618の真っ赤な表面が盛り上がりだしてそこから突然真っ赤な液体の柱のようなものが空に向かって伸びだした。

 自衛隊の中隊長はそれを見て叫んだ。「なんだなんだこれは、来るぞ来るぞ、ほらぼけっとするなよ、構えろ銃を構えろ」

 真っ赤に伸びた柱が今度は突然大きな腕のようになって、素早く前線の前方に向かって伸びて来た。隊員が叫んでいた。「こっちに来るぞ逃げろ逃げろ」しかしその腕はうなりを上げて伸びてきた。

 そしていきなり何人もの隊員をなぎ倒して行き、すばやく一人の隊員を(つか)まえると高く上空に持ち上げていった。

「うわー」捕まった隊員は恐怖に硬直していた。

 亜兼もそれを見て「おお、何だこれは」と思った。あの不気味な生き物を作り出すM618は次はこれかと思った。巨大生物じゃないのか?あの腕の大きさからすると胴体は20メートル以上はありそうだな、嘘だろうそんなでかい生物を作り出せるのか、そんなものが出てきたら自衛隊の四個中隊は対応しきれないだろう、いやつぶされかねないな、しかしいくら見ていてもその腕のみで巨大な身体(からだ)は出てこない、骨格の強度の問題なのか巨大な体を作るためのM618の質量が足りないのか、それとも腕を作るのが関の山なのか、それにしても捕まった隊員はどうなるんだ。

 その腕に捕まった隊員はもがきながらも的確に小銃をM618に打ち込んでいた。中隊長は叫んだ「腕の付け根を狙って撃て撃て撃て仲間を救え」周りの隊員も小銃をM618の長く伸びた腕に向って一斉に射撃が始まった。しかし、弾が当たったところは青白く光るだけでまるでダメージが無いようだ。

 隊員がハンドランチャーを構えてその腕の付根めがけて引き金を引いた、銃身が火を噴きナパームシェルの弾丸が確実に命中した。

 M618が青白く光るのと同時に弾丸が炸裂した、一面炎の(うず)(つつ)まれ、捕まっていた隊員がずり落ちて来た。すぐさまその隊員は救護班にタンカーで運び出されていった。

 またしても、M618から太い真っ赤な腕が隊員目指して伸びて来た。

 中隊長がまた叫んだ。「また来るぞ来るぞ、腕に向かって撃て撃て撃て」

 しかし銃を構えた隊員はうなりをあげて向かってくるそのでかい腕に次々になぎ倒されていった。

 それにもひるまず隊員達は火炎放射器で迎え撃った。その炎の中を青白い光に包まれたその腕が火炎放射の炎を突き破って伸びてきた。

「うわー、逃げろ逃げろ」隊員は逃げ惑い隊列が乱れていった。

 そのまま腕が本体のM618から切り離されて、迎え撃つ隊員の後方に落ちていった。なんとその真っ赤な塊から何体もの薄気味悪い赤い化け物が現れてきたのでした。

 隊員達は一斉にその化け物にめがけて小銃を向けた、中隊長が叫んだ「撃て、撃て、撃て」雨のような射撃が始まった。

 しかし、やはり弾が当たった個所が青白く光るだけで、弾は白い煙りを上げて蒸発してしまうようであった。

 亜兼はカメラのファインダーを通してその光景を見ていた。緊張の中攻撃の瞬間を見逃さずシャッターを切っていた。「いよいよ始まったか」

 中隊の隊列がかなり乱れはじめた。

 赤い塊から現れたきもちわるい化け物達が隊員達に襲いかかって行った。

 狙い定めた隊員のグレネードランチャーが火炎弾を打ち込んだ。化け物に命中して化け物が炎に(つつ)まれてかなり周りに炎が飛び散った。

 今度はM618の本体から何体もの化け物がつぎつぎと現れてきた。そこにめがけて隊員達はハンドグレネードを胸から外すと幾つも一斉に投げつけた。化け物が出てきたど真ん中でドカーン、ドカーン、ドカーンと炸裂した。

 赤い化け物がばらばらに吹き飛んだ。隊員が一瞬(いっしゅん)笑顔になった。「やった」と叫んだ。それもつかの間、吹き飛んだ手、足、頭までもが一たん液体になり一つに集まりだして同じ塊になっていき、また再生し出した。

「なんてことだ」隊員は落胆してあきれ返った。化け物が再生してまた向ってきた。

 中隊長は通常弾が化け物に通用しない事を悟ると、「いくら撃って、あの化け物には通常弾はまるで利かない、何かないのか」と側にいた補給隊の曹長に怒鳴(どなった)った、すると曹長は「もちろんありますぜ、炸裂弾でも、見舞ってやリますか」とこれならいけると自信があった。

 中隊長は意外な顔をした。「炸裂弾だと、ダムダム弾のことか、しかしあれは国際法で使用が禁止されているのじゃないのか」使用するのはまずいだろうと言いたげに使っていいものか疑問に思った。

「はい、そうなのですが、化け物については対照外でしょう、何せ鳥獣保護や人道的な意味合いはありませんからね」と補給隊の曹長は使用は合法的であることを強調した。

「なるほど」しかし中隊長はさらに疑問に思った。「だがダムダム弾は鉛がむき出しの分、通常弾よりもろくないのか?」

 曹長は頷いた。「それは通常のものです、今日持ってきた炸裂弾は奴らとの戦闘を研究して私が作ったスペシャル弾です。劣化ウランを0.2ミリの薄い銅合金で包んで先端をチタンでくぼみを作ってある物です、もともとこれは普通のダムダム弾とはまるで別物ですぜ、極薄のフルメタルジャケットで覆ったダムダム弾だ、あの青白い光はおそらく何だかのバリアです。そのためにチタン装甲を先端に施したのです。やつらの体内に貫通した瞬間に炸裂するように作ってありますぜ、そうは言っても劣化ウランが奴らの発する青白い光に何処まで耐えられるのか能力は未知数だ、使ってみなければ分かりませんがね」

 曹長は中隊長を見つめた。

「うん、分かった、よし、ためしにぶち込んでやれ、効かなくてももともとだろう、至急隊員に使用させてみろ」中隊長は曹長をにらんだ。

 (そば)にいた通信隊員が「司令部に使用許可を確認しましょうか」と言った。

 曹長が(あせ)って「おいおい悠長(ゆうちょう)にそんなもんを待っていたら隊員は全員やつらの(えさ)になっちまうぜ」とせかすように()くし立てた。

 すると、隊員も負けじと「しかし、規則ですから」と頑固に言い張った。

 中隊長が頷いて「解った。司令部には俺が話す、だったら試しに何人かマガジンを曹長のスペシャル弾に交換させてみろそれでいいだろう」と通信隊員を見た。

 通信隊員は頷いた。「解りました。」

 曹長は指令を伝えるために走った。「炸裂弾に交換、マガジンを炸裂弾と交換だ。」

 と曹長はニヤニヤして「そうこなくっちゃ」と炸裂弾を配り始めた。

「中隊長、準備完了です。」

「よし、合図するまで待てよ」炸裂弾にマガジンを交換した十数人の隊員が一斉に九八式5.56ミリ小銃を向ってくる化け物に照準を合わせた。

 中隊長が状況を把握しながら「待てよ、待てよ、もっと引き付けろ、確実にとらえてしとめてやれよ」

 M618の本体から赤い化け物がまた何体も現れてきた。

 そして隊員達に今にも襲い掛かってくる寸前になった。

「よし、打て、打て、打て」隊員が一斉に炸裂弾を打ちまくった。何故だか不思議と効き目があった、炸裂弾は化け物を粉みじんに吹き飛ばして行った。「これは凄い」それを見ると中隊長は叫んだ。「全員、弾奏を炸裂弾に交換しろ、炸裂弾だ!」

 隊員は一斉にマガジンを交換した。

 M618の本体から次々に出て来る化け物に向って隊員達は炸裂弾を撃ちまくった。やはり炸裂弾は効いている、化け物がばらばらに吹き飛んでいった。

 カリカリカリ、乾いたキャタピラの音が遠くから聞こえてきた。

 だんだんその音が近くになってきた。亜兼の握るカメラのファインダーにその姿が映し出された。

 九〇式戦車だ、お寺の墓石の間から80メートルほど離れた所に姿が見えた。普通科連隊2個小隊は戦車の後ろに回った。砲身をM618に合わせている、砲弾を装填(そうてん)しているのだろう、閑静な住宅街が戦場と化した。戦車の上のハッチから顔を出している隊員の口が動いている、亜兼が覗き込んでいるカメラの望遠レンズの中の隊員が赤い標的めがけて手を振り下ろした。瞬間、ドーンとラインメタル社の44口径120ミリ砲が火を()いた。空気が揺れ発射音が(とどろ)いていった。砲身から煙を()いて、戦車は()れていた。

 自衛隊もいろいろな武器を試しているのだろうか?

 遠くの方からこだまが戻って来た。

 ドーン、ドーン空気を引き裂いてシューという弾丸の走る音がまた聞こえてきた。

 赤い標的に命中した瞬間、やはりM618の表面が青白い光が発光してバリアが張られたのか鈍い音がした「ブス」白い煙が立ち昇り弾は赤い液体の中に飲み込まれて消滅してしまった。

 亜兼は、やはりと思った。「くそ」打ち込まれた瞬間の弾の状態をカメラに捕らえきれなかった。

 戦車に乗っている機甲科隊員が「やはり通常の徹甲弾は通用しないのか、よし次は此れだ、被帽(ひぼう)徹甲(てっこう)榴弾(りゅうだん)、此れならどうだ、先端の小さい衝撃でも破裂するからいけるかも」弾丸が装填(そうてん)された。

「装填完了!」

「よし打ち込むぞ」操縦士の、手元のガトリングレバーの先端の、赤いボタンに指を置き合図と共に「炸裂しろよ」と思いを込めて「発射!」と叫ぶ声とともに赤いボタンを押した。

 耳を(つんざ)く発射音と共に車体が大きく揺れた。「シュー」弾が空気を切り裂いて飛んでいく音が又聞こえた。

 ドーン! 

「命中した。」

 しかし、その瞬間、やはり青白くバリアが張られた。そして、今度は炸裂した。爆発音と共に被帽徹甲榴弾だけが粉々に砕け飛びちった。

 破片がバラバラM618の表面に降ってきた、青白いバリアーは振り落ちてくる破片を白い煙を上げて消滅して行った。

 亜兼は、砲弾がM618に当たる瞬間を今度はカメラに捕らえた。青白く光り、バリアーで身を守っているところを、小さな声で「やった。」と思わず言葉が出てしまった。

 戦車の攻撃に、関心を奪われている間に、また、M618が隊員の裏側に赤い塊を飛ばしてきた。

「気おつけろ、化け物が出てくるぞ!」と中隊長が叫んだ、炸裂弾を装填した小銃を構えた隊員達がその塊を遠巻きにして意気込んでいるところの後方にまた赤い塊が飛んできた。その隊員達は退路を絶たれる事を気にしてか、後退する者が増えてきた。

 亜兼はその状況を見ていて、赤いやつらはとんでもなくものを考えているな、人心の動揺まで計算しているように感じられた。

 M618が赤い塊をあそこに飛ばすだけで自衛隊員の動揺を誘い組織をばらばらにし始めた。あの塊から化け物が現われてきたら自衛隊員達は同士討ちにもなりかねないほど緊張が高まっていた。

 亜兼はそんな空気を感じとっていた。「まずいな」

 あんのじょう、いくつもの赤い塊のなかからまた何体ものあの赤い気持ち悪い化け物が次々に現れだした狙いを定めるとその化け物が一直線に隊員に向かっていった。

「やばい来たぞ」隊員達は化け物から逃げ(まど)った。

「わー」

「ギャー」

 何人もの隊員が赤い塊から出てきた化け物に捕まっては隊員が引き裂かれたり腕をむしりとられた、中隊長は「しっかりしろ、撃て撃て撃て」と叫んでいた。

 だが次々と隊員が捕まっていった。

 隊員も小銃を発砲して何体かの化け物を倒していった。

 しかし、自衛隊は劣勢に立たされていた。隊員が化け物を倒しても倒しても次々にM618の本体から化け物が現れて来た。

 そんな中ガラガラガラガラ、地響きと共に今度は大型のユンボが何台も連なって現われた。

 しかも自衛隊員が八〇人ほど新たに別動隊員が現れた。

 他の隊員は、何が始まるのか、呆気に取られて首を傾げていた。

「何が始まるんだ。」緊張の糸が一瞬ほぐれた。

 中隊長が「そこの、赤い固まりに、炸裂弾を見舞ってやれ!」

 バリバリバリ、一斉に、炸裂弾が打ち込まれた。

 赤い塊は跡形も無く飛び散った。

「いいぞ」亜兼は、カメラのシャッターを押しまくった。

しかし何を思ったか、大きく盛り上がった真っ赤なM618の本体から気持ち悪い化け物が次々と現れだしてきた。

中隊長はそれを見て、これはまずい、炸裂弾がもつのかと思った。






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