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ディストラクション  壊 滅  作者: 赤と黒のピエロ
3/10

第3章 未確認生命体M618、殲滅作戦

 名前を付けられた赤い液体M618は自衛隊の火器投入により、焼き尽くされ完全に壊滅されたかに見えた。しかし科警研の分析によると壊滅は疑問に思えた。ならば赤い液体はどうなっているのか?

亜兼達はM618の発生の謎を突き止めるため北海道の山奥の遺跡を調べていた。

 

 第3章 「未確認生命体M618殲滅作戦(せんめつさくせん)






    1 古木恵美子、謎の遺跡にダイブ




 北海道の新千歳空港に着いた亜兼は、タクシーを拾って支笏湖(しこつこ)に向かった。

 けれども直接支笏湖に向かう支笏湖道を使わず、国道36号線を走って行った。

 首都高速道路浜崎橋ジャンクション上で起きたトラック爆発事故の原因を追ってそのトラックが運んでいた積荷が何であったのか確かめるため、その出所であると確信する支笏湖に面する山の中かより、ある教団が遺跡を発掘していたと思われるところから何を掘り出して、それを東京に運んだのではないのかと思い、確かめるためにその現場に向かったのでした。

 しかし支笏湖に向かう前に、できたら苫小牧港(とまこまいこう)も見ておきたいと思った、トラックの動線を頭に描いておきたかったからでした。タクシーは南へ向かって走っていった。

 景色も気候も今が最適のように感じられた。市の花とされているハナショウブの花が路肩のいたるところに咲いていて今が一番いい時期なのかと思った。亜兼は気分良くドライブを楽しんでいた。

 苫小牧に入ると、脳裏にいろいろ浮かんできた。

 例の小包が此処から、東京に運ばれたのかと、「なるほどここからか」と思った。

 苫小牧は、港湾区域としては開発が始まり五十数年とまだ若い、人口も十七万強とさほど多くは無かった。しかし西港区では、定期航路やフェリー航路を整備してきまして、今では多目的国際ターミナルとして、機能を充実させて強化していった港でありました。

 今日は先を急ぐため立ち寄る事は次回にすることにした。そして次に、国道二七六号線を、西北に向かって走っていった。

 民家はほとんど無くなってきた。空港から一時間半以上走っただろうか。急に目の前に湖が現れてきました。

 タクシーの運転手がステアリングを切りながら、亜兼に確認してきた。

「お客さん、レイクサイドホテルでいいのですよね」

「ええ」と答えながら、亜兼は景色を見ながら、そこから見えるホテルの景観を見ていた。

「じゃあ、すぐそこですね」運転手は頷いた。

 橋を渡り信号を過ぎて、丁字路を左に曲がると、湖のすぐほとりに建っているホテルの玄関に車が横着けされた。亜兼はゆっくりタクシーを降りた。目の前に広がる支笏湖の深い青色をした何処までも透き通る透明度に心が吸い込まれる思いがした。

 そのほとりにたたずむ白い鉄筋コンクリート五階建ての小さなホテルの玄関に足を運んで行きました。両側の芝の緑が鮮やかだった。

 自動扉が開き風除室を抜けると、右側に置かれている大きな花瓶に季節の花がこぼれるほどに生けてあったのが目に飛び込んできました。

 カウンターに向かうと、亜兼は受付の係員に尋ねた。「予約を入れておいた、東京青北新聞の亜兼と言いますが・・・」

 係員はパソコンを検索して調べはじめた。「しばらくお待ちください。あー、こちらですね。でしたら312号室でございます。」

「ありがとう。景色が綺麗(きれい)なのでちょっと外を見させてもらうよ、これ預かってもらえますか」と亜兼は手荷物を預けた。

「かしこまりました。お部屋のほうにお運びしておきましょうか」

「ありがとう」

 そして亜兼は外に出て行った。ホテルの前の道を右に曲がり、国道453に出た。

 さっきタクシーで来る途中に見かけた駐在所が確かこの先2~3分の所の信号の角にあった気がした。

 丁字路の信号の角に、赤いウォールライトが見えてきた。やっぱり駐在所はあった。

「ごめんください」入り口の引き戸が開いていたので、恐縮しながら中に入っていった。 

「ごめんください」どうも留守のようであった。まあいいか、少し散歩してから又来ようと思い外に出て、周りを眺めて見た。

 向かいに郵便局があり、その裏のちょっと高くなった所に、学校が見えた。また左手方向に温泉宿が何軒か見えていた。

 振り向くと、自転車に乗って駐在員が戻ってきたようでした。亜兼は親しそうに声を掛けたのでした。

「駐在さんですか」

「はいそうですが、どうかしましたか、この辺の方ではありませんね」

「私、東京から来ました。こういう者です。」と亜兼は会釈をしながら名詞を差し出した。

「少しお尋ねしたい事がありまして」

 駐在員は名詞を見ながら思い出したように「はい、はい、千歳警察署から連絡が来ています。今東京は大変だそうですね。その件で来られたのですか」

「はい」こんなところまで浜松町の状況が即座に伝達されていることに亜兼は驚いた。

「東京の科学警察研究所の古木副所長補佐からの依頼とかで来られたのですか、報道記者の方も大変ですね、協力するように言われていますよ、安心してください、特にこの辺は、土地感が無いと危険な所が少なくありませんからね」

 亜兼は古木補佐がいろいろ配慮してくれて、行動し(やす)くしてくれた心使いが有り難かったし、勇気が湧いてきた。

 亜兼は早速確認してみた。「最近、こちらの方で遺跡が見つかったと、古木補佐から(うかが)いましたが」

 駐在員は(うなず)いて「確かに、こちらにも遺跡発掘の許可申請書の写しが届いています。こんな所で遺跡が出るなんて、聞いたことが無いので町でも噂になっていますよ、町おこしになればいいという話もありますが、期待はしていませんがね、ハハハ」

「その遺跡に行きたいのですが」どのように行ったらいいのかと亜兼は思った。

「それはけっこう大変ですよ、あの山です。」と駐在員は振り返り、支笏湖の向かい側に(そび)え立つ山を指差した。

 遺跡が見つかった山が目の前に見えていた。支笏湖の南岸にそそり立つ風不死岳(ふうふしだけ)とその向こう側にある樽前山(たるまえやま)との中間にあたる、小高い丘から出土したと言う事でありました。

「あの二つの山は1000メートル級の山です。でも七合目までは車で行けます。樽前山は活火山ですし、遺跡とは以外ですね」

「1000メートルですか、けっこう高いですね」亜兼は右手をかざして、支笏湖の向かいの山を見上げた。

 しかしこんな所でいったい何を見つけたのか、そして東京に何を運んだというのだ、とにかく現地を見てみよう、亜兼はそう思った。

 駐在員は笑顔で「はい、しかし、日曜日ともなりますと、この山はかなり多くの登山客で混み合うほどですよ」と答えた。

「そうですか」とそこがどんなところなのか亜兼には想像もつかなかった。

 駐在員は思い出したように。「そうだ、地元の土木会社がその発掘に協力をしたように聞いていますが、確認してみましょう」

「すいません」亜兼はトラックの積荷の手掛かりがつかめるかも知れないと思った。

 駐在員は電話の受話器を左手で持ち、右手の中指で番号をプッシュした。

「あーそうだ。私、まだ、自己紹介していませんでしたね」と駐在員は受話器を耳元に持って行きながら自分の名前を亜兼に伝えた。

「伊藤です。駐在員をしています。」と笑顔を見せた。


 じきに相手が出た。

「森下土木です、どちら様ですか」と女性の声がした。

「駐在の伊藤です、社長さんはいますかね」

「あー、いつも、お世話になっています、(しばら)くお待ちください」

 土木会社の社長が出た。「あー、もしもし、森下です、駐在さん、どうしました。」

「えー、実は例の遺跡についてだが、あそこに仕事に行った職人さんがいましたよね、ちょっと聞きたい事があるんですがね」

「はいはいそうですか、でしたら五時半には会社に戻ってきますが、何かありましたか」

「あーいや、事件とかじゃありません、例の遺跡についてちょっと聞きたい事がありまして、じゃあ、その時間に行きますから、よろしく」

「解りました。」電話は切れた。

 伊藤は時計を見た。「五時半まで、まだだいぶ時間がありますね、亜兼さん迎えにいきましょう、お泊りは何処ですか?」

「よろしいんですか、そこのホテルですが、申し訳ありません」亜兼は礼を言うとホテルで時間まで待つことにした。


 部屋に戻ると、科警研の古木補佐に電話を入れた。「古木補佐ですか、亜兼です。先ほど支笏湖の伊藤駐在員に会いました。いろいろ配慮していただきまして、ありがとうございます。」

「オゥ、亜兼君か、もう着いたか」と古木補佐の笑顔が電話の向こうから伝わってきた。

「亜兼君、わざわざ電話してこなくてもいいぞ、こっちも電話一本で済むことだから、それより、何か出たら教えてほしいな、足りない物があったら言ってくれ、手配できるものはするから、それともう一つそっちに送ったから、受け取っておいてくれ、ちょっとじゃじゃ馬だがなハハハ」

「はい、なんですかそれは?」

「着いてのお楽しみだ、じゃあまた。」電話は切れた。

 いったいなにを送ってくるのかな気になった。

 ホテルの1階のロビーのソファーで、新聞を読みながら伊藤駐在員を待つことにした。

 新聞に自衛隊へ災害派遣の要請が東京都知事から防衛省に出されたと()っていた。防衛大臣の談話も載っていた。かなりの意気込みが(うかが)われた。

「ほう、あの赤い液体に名前が付いたんだ。M618かどういう意味なんだろう」とにかく、その防衛大臣の談話にM618を一日で撃退すると載っていた。

「そうしてほしいね」と亜兼はあの赤い不気味なやつを撃退できるのなら自衛隊に期待したいと思った。

 新聞をめくっていく中で、十二面に関連記事が載っていた。それは赤い液体の前で踊りと言うか、祈りにも()た行動を取る集団を警察が取り()まっている記事である。

 写真の見出しが「国の誤った政策が、古代の怒りをかった。と叫ぶ」とあり、記事の内容の一部に、この信仰宗教の集団が赤い液体のM618の前で神の怒りを静めるがごとく護摩(ごま)()いて、呪文(じゅもん)(とな)えていた。と記されていた。また、訳の解らない事を言っていたとして、その内容は「何故、誤った道を国は突き進むのか、世界と手を組み、間違った方向に進むのか、(あらた)むる事無くば、古代の神の赤い仕置(しお)きにより、国滅(くにほろ)ぶべし」と叫んでいた。と書いてある。

 亜兼は思った。この集団は何か知っているのか?

 もしかして、遺跡に関係している宗教団体と同じ団体なのか、でも少し違う気がした。

 そこへ「お待たせしました。」と声がした。亜兼は声のするほうを見ると伊藤駐在員が笑顔で立っていた。亜兼は直ぐに立ち上がり「伊藤さん、足を運ばせてしまって、申し訳ありません」と頭を下げた。

「とんでもない、行きましょうか」と右手を横に振っていた。

「はい」と返事をすると、亜兼は伊藤について、外に出た。

 伊藤駐在員のジープに乗り込と、土木会社に向かって出発した。

 国道二七六を数キロ走ると、かなり近いところにありました。車を資材置き場というか駐車場に入れて、土木会社の建物に入って行った。

 すでに二人の土工さんが待ってくれていた。「駐在さん、ご苦労さんだァ。」

 伊藤駐在員も笑顔で、森下社長に挨拶(あいさつ)をした。

「お手数かけます。こちら、東京から遺跡調査で来られた亜兼さんです。」

「こんにちは、亜兼と言います。」亜兼は小さく頭を下げた。

 伊藤駐在員はいろいろと尋ねだした。「ところで、遺跡の仕事はいつ頃行ったんですか?」一人の土工が答えた。「そうだな、五月の中ごろかな、なあ」と隣の土工の顔を見た。するとその隣の土工が相槌(あいずち)を打った。

「それで、仕事の内容はどういったことでした。」と伊藤の質問に、最初に答えた土工が、手ぬぐいで首筋を(ぬぐ)いながら「遺跡と言っても、スコップで、どんどん掘っちゃったりしてよ」

 もう一人の土工が「遺跡を探すと言うより、遺跡の中にあった、何かを探していたようだったな」

 -亜兼が身を乗り出して「あの、その発掘を(おこな)っていた会社は何と言う会社ですか?」

 最初に話した土工が「確か、測量会社じゃなかったかな?」

 亜兼は確かめるように話した。「新興宗教の名前と(ちが)いますか?」

 その土工は首を(かし)げ「いいや、話によると、支笏湖から風不死岳、樽前山一帯を航空測量中に遺跡の影を発見したとかで、その会社が発掘やっていたのと違うのかな、なあー社長、請求書何処さ出したんだ?」社長も(くわ)わって「あそこには何日も行ってないから、確か即金だったかな」

「社長、領収書さ、何処さ出しただ。」と最初に話した土工が、がなるように言った。

「えーと、あーこれだ。」と社長は机の棚からファイルを取り出して「確かこの中に」と言いながら、ファイルをめくって見つけ出した、領収書の複写(ふくしゃ)を「これですよ、平成アート測量だね」

 伊藤は、メモ帳を取り出して、その住所を尋ねた。「住所は分かりますか。」

 しかし領収書には住所は無かった、森下は棚も引出しも(さが)したが他に手掛かりになりそうな書類は出てこなかった。

「これしか書類は見当たらないな」

 結局、森下土木では、それ以上の手掛かりはつかめなかった。

 帰りの車の中で、伊藤駐在員が「明日は現地に行ってみましょう」と言ってくれた。

「伊藤さん、一緒に行ってもらえるんですか、助かります。ありがとうございます。」亜兼はホテルの部屋に戻って整理してみた。新興宗教、測量会社、夜逃げをした運送会社、そして遺跡、どうつながっているんだ。まあ資料もほとんど無い状態で整理も無いもんだな、とにかく明日現地を確認してからだとベッドに(もぐ)り込んだ。

 翌朝早く、亜兼は駐在所に向った。「ごめんください、伊藤さん、起きてますか」と駐在所に入っていった。

「亜兼さん早いですね」とあくびをして、伊藤が奥から出て来て時計を見た。

「6時ですか、朝食私作りますが一緒に食べませんか、まァーどうぞ」と奥に案内をしてくれた。

 亜兼は恐縮して頭を下げた。「よろしいですか、申し訳ないです。朝早かったので、ホテルの朝食を、キャンセルしちゃいましたので」

 亜兼は奥へ入っていくと、6帖の和室、居間とキッチン、こじんまりとしてはいるが一応、全てが整っていた。

「ずいぶん綺麗にしていますね。」

「いえいえ、一人ですから、気性(きしょう)ですかね」

「わー、これは」亜兼は居間の窓から外を(なが)めた、朝日が反射して金色に輝く支笏湖の湖面の景色が(まぶ)しいほどに目に飛び込んできた。

「伊藤さんは毎日こんなすばらしい景色を眺めているんですか」

「なれちゃいましたね、それよりどうぞ、出来ましたよ」

 亜兼は素晴らしい湖面の景色から居間のテーブルへ目を移すとすでにおかずが運ばれていた。

「ありがとうございます。」

「ハムエッグときゅうりの漬物、味噌汁ですからね、わけないですよ」

「こんなに素晴らしい景色を背景に、朝食を取るなんて、何を食べても美味しく感じますよね」と亜兼はハムエッグを、口にほうばった。

 伊藤は笑いながら「亜兼さん、美味しいのは、食事だけでなく、空気も、水も美味しいですよ」

 亜兼は目を大きく見開いて、うなずきながら「伊藤さん、うらやましいな」とコップの水を飲み干した。

 2人は食事をすませると、荷物を車に積み込んでジープを遺跡に向けて出発した。

 国道276を美笛に向かい、モーラップと言う峠に入る手前で左折して、林道を樽前山、七合目のヒュッテに向った。トドマツの群生する中を四十分も走ると、ヒュッテに着いた。

 思ったより近いので、亜兼は驚いた。

「車ですとずいぶん近いですね」

「此処までは整備されていますから、大変なのはこれからですよ」伊藤駐在員は笑っていた。

 七合目のヒュッテに車を置いて、荷物を背負い徒歩で遺跡に向った。

「どのくらいありますか」

「そうですね、風不死岳から二キロ弱ほど下ったところです。」

 最初は背丈の低い植物が生い茂っていたが、登っていくにつれだんだん細い枝の雑木林が目立ちはじめた。同じ景色のなかお二時間程進むと、確かに遺跡と言うかあちこち掘り起こしたと思われる場所が現われてきました。

 亜兼と伊藤駐在員は汗をふきながらその場所を見回した。

 空は雲も無く晴れ渡っていた。


 一機の民間のヘリコプターが樽前山の上空に差し掛かり飛んできた。

「恵美子さんダイビングポイントに到着しました。」とパイロットが大声で叫んだ。そして状況を判断して恵美子に伝えた。

「この(あた)りはブルをするのに高度を取りすぎますと上昇気流に流されてしまいます。

 ターニングポイントが狭いため高度800メートル程で降下するしかありませんよ、かなり危険です、何かあってもリザーブパラシュートを使う余裕はありませんよ、フリーホールは15秒以下です、それ以上取ると地上五百メートルを切りあっと言う間に地上に叩きつけられますよ、かなり危険です。おすすめできません」

「解っているわよ、趣味でやっている人達には確かに危険すぐるはね」以前、恵美子は特殊任務を志願したとき、自衛隊の第一空挺団の特殊(とくしゅ)降下(こうか)開傘(かいさ)の訓練を受けていたことがあった。恵美子についてはいつか詳しく触れてみたいです。降下ポイントを確認すると、恵美子はダイビングスーツのジッパーを胸元から首筋に引き上げた。

 ヘルメットのバンドを締めて、ゴーグルを掛けると、躊躇(ちゅうちょ)無く平然とした表情で「行くわよ」と言い終らない内にヘリからダイブをしていた。

 恵美子は気流の流れに流されないように両手を腰に付け頭から地上に突っ込んで行った。ものすごい風圧で顔が引きつるのを感じた、すぐさま落下速度は二百キロを超えていた。

 見る見るうちに地上が目の前に(せま)ってきた。突然アルチメーターがピコピコと鳴り出した。

「高度五百メートルね」恵美子は胸元のリップコードを力任せに引くとギアからパイロットシュートが引き出されメインキャノピーがパイロットシュートによって強制的に引きずり出され一気に開傘(かいさん)するとエアーインテークから風を受け瞬間ハーネスが引き上げられた。かなりの衝撃と共に恵美子は上空に跳ね上がって行った。


 亜兼たちは静けさの中、のどかに(まわ)りを見渡した。何処から持ち込んだのか、何台かの重機までが置き去りになっていた。

「伊藤さん、これはどういう事なんでしょう」と亜兼は声を掛けながら、その重機を(なが)めた。

「また戻ってくるつもりだったのかな?それにしても、遺跡と言うよりも、ただ地面を無造作にほじくり返しただけのようにも見えるな」と伊藤も、腰に手を置き、呆れた顔をしていた。

 特に中央部はごっそりと(えぐ)られたように穿(ほじく)り返されて、いたるところに大岩と云いますかコンクリートの瓦礫のような突起(とっき)が飛び出していた。

 伊藤駐在員はどうも状況がへんだと思いだしていた。これは本当に遺跡なのか、これってコンクリートじゃないのか、触ってみると強度はありそうだが重くないコンクリートではないようだ、何だろう、そしてごっそり開いた穴の中をのぞきこんだ、その時亜兼に呼ばれた。

「伊藤さんこっち、大変です。」

 落ちていたスコップで、亜兼は土を()けてみた。伊藤駐在員が寄ってきた。

「人の物だと思いますが、頭蓋骨(ずがいこつ)が何体もでてきました。」

「これは大変だ、道警に連絡しなくては」と伊藤はその頭蓋骨を観察した。

 亜兼はしゃがみこんで良く見てみると、けっこう黒ずんでいた。

「伊藤さん、だいぶ炭素化しているようですね」

「亜兼さん、こっちにもあります、まてよ、こっちもだ、遺跡と言うより、お墓じゃなかったのかな」

「やつら遺跡を発掘していたんじゃなくて、ただの墓荒らしか?何を見つけて、東京に送ったのか?」亜兼は考え込んだ。

 伊藤駐在員も考え込んでしまった。

「亜兼さん、何を探しているんですか、この遺跡と東京で起きていることがどう(つな)がっているんですか」

 亜兼はここに来ることで、何か答えが見つかると思っていた。しかし自分の創造よりももっと深いものを感じた。

「伊藤さん、私も解らなくなってきました。」

 その時、女性の声がした。「二人とも、何をそんなに悩んでいるの、そんな所にいつまでもいない方がいいわよ」

 伊藤駐在員が身構えて(ふり)り返ると女性が立っていた「君は誰だ!」

 そこに黒のレザーのジャケットとパンツにハイシューズ、髪の毛は栗毛色で肩より長く容姿もほっそりと小顔で整っている、目は二重で大きく物を考えるときは細く鋭く思慮深い容姿となる、首を傾げた女性がいた。

「私は科警研の古木よ、古木恵美子」

 亜兼は驚いて「古木って、古木補佐の・・・」

「そうよ、古木副所長補佐はおじに当たるは、頼まれてここの調査に来たは」

「どうやって、此処へ」亜兼と伊藤は同じように、不思議に思った。

「あら、そんな不思議な顔をして」恵美子は右手で空を指した。

「ヘリで上まで来て、飛び降りたは、それだけの事よ」

 伊藤は笑顔で「あー、それは早いですね」

 亜兼は尚も驚いた。「そんなばかな、こんな気流の中を?」

 恵美子は腕組をして「上空から見るとそこの場所、円形に陥没したようね、また陥没するかもね、此処から早く出たほうがいいわよ」

「えー」二人は慌てて遺跡の外に飛び出した。

「ハハハ、あなた達にかまっていられないは、調査を始めないと」恵美子はぐるっと周りを見るといろいろ調べだした。亜兼と伊藤は顔を見合わせて、やはりまた調べはじめた。

 すでに、数時間が経過していた。遺跡の大きさは直径で、75メートルはあろうか、形も綺麗な円形をしているようだ。まるで洞穴(どうくつ)の上部が崩れ落ちて、遺跡の上に土がかぶさっているようでした。       

 亜兼は置き去りにされた何台かの重機の座席や周辺を隅々まで、何か手掛かりが見つからないかと探していた。

 亜兼は遺跡の発掘にこんな大掛かりな重機を使うものなのか信じられなかった。

 そしていろいろ書類や写真を見つける事ができた。

 恵美子が聞いてきた「ねえ、ちょっと、この頭蓋骨変じゃない」

「どうして」と言って亜兼が振り向いた。

「だって、古代人にしては頭、大きくない」

 亜兼は見つけ出した書類や写真を眺めながら「中には、利口なやつもいたんじゃないの」

 恵美子は周りを見渡して「一体、二体ではないはよ、皆頭が大きいは」

 伊藤も相槌(あいずち)を打った。「確かに」

 恵美子はさらに「もしかすると、現代人よりも大きいかしら、考古学ではどう理解するのかしら?」

 伊藤は気味悪い感じがしてきた。「ほんとうに古代人の遺跡ですか」

 亜兼はカメラを出して、何枚かシャッターを切った。

 恵美子も何かおかしいと思い出していた、そしてバックから、ガイガーカウンターを取り出して計りだした。「ガガガガ」けっこう激しく鳴り出したのでした。

 32ミリシーベルトですって、かなり高いはね」恵美子はサンプルケースに土を採取して、バックにしまいこんだ。

 恵美子の行動を見ていて伊藤が心配そうな顔をして「大丈夫ですかね」と恵美子に話しかけた。

 恵美子が()(はな)すように言った。「大丈夫な訳無いでしょう自然界の年間被爆の10倍以上あるはよ」周りをグルッと見渡して「フォールアウトかしら」と言うと。

 亜兼は驚いて「放射性降下物ですか。死の灰が此処だけに降ったと言うことですか、考えにくいですね」

「そこまでは言わないは、ただ人工的か天然かどちらにしても数値が高すぎるわ、ここに長く居ると毛が抜けちゃうわよ」と言うと恵美子はさっさと遺跡から出て行った。

 二人も慌てて飛び出した。

「戻って、早く体を洗い流したほうがいいわね」と、恵美子が言うと、一人でさっさと遺跡を後にした。

 亜兼も伊藤も慌てて、恵美子の後を追った。

 伊藤駐在員のジープがわき目も振らずあわてて山を降りていった。伊藤は遺跡のおびただしい人骨の調査を千歳警察署に依頼したのでした。恵美子も亜兼と同じホテルに宿泊することにしたのでした。


 





 2 新たな遺跡の出現




 その夜、恵美子は叔父(おじ)の古木補佐に連絡を入れて一部始終を話した。

 フォールアウトの疑問をどう解釈していいのか訪ねると「ですから、宇宙線による電離性の高エネルギー放射線が降下したようです、それとも太陽から放出されました荷電粒子(かでんりゅうし)の一次宇宙線による極部照射のようなのです。」恵美子にはそうとしか思えなかった。

「しかし、そこだけ限定的に狭い範囲に起こるとも思えないな」

 古木補佐はやはり、小型原子炉のようなものの事故か?いずれにしても考えにくい状況であるようだなと思った。

 恵美子の考えは「放射能レベルは自然界で通常、一年間で二.四ミリシーベルトだから、約10倍以上の放射能数値は理解しがたいです。人工的と考えるほうが無難かと思いますが、今日速達でサンプルを送りました。分析してくださいべーターとガンマー線の数値が知りたいので」

「解った。」分析して何が出てくるのかと古木補佐は思った。

 そのころ亜兼は、遺跡に残されていた機材や重機の中から見つけ出した、資料や写真を調べていた。資料といっても、重機の取扱書や機材のカタログ、それに納品書だった。その中でも納品書には借り手の名前が書いてあった。会社名では無く、個人名で書かれていたのでした。

 たぶん偽名だろう、納品した会社もそこのところは解って納品しているのだろう、金に成れば何でも売り飛ばす会社はいくらでもあるからな、その他はめぼしいものも無かった。

 ただ、写真が三枚インスタントカメラによる写真が二枚、それともう一枚はおそらく航空写真だと思うが、あの遺跡を上空から撮影したもののようだ、これが遺跡発見に直接(つな)がったものかどうかは解らないが。

 インスタント写真の一枚はただ、真っ黒で最初レンズのキャップをはめたままシャッターを切ったものと思っていたが、しかしよく見ると何かが写っているようにも見える、暗がりでフラッシュが発光しなかったのかも解らない、何が写っているのかは疑問だ。 

 また、もう一枚のインスタント写真には、赤い箱が写っていた。まさか遺跡から出土した物とは思えないような形をしていた。今の時代でもありそうな、プラスチックの箱みたいだ。

 そして航空写真のようなものを拡大鏡(かくだいきょう)で丹念に見ていった。今日訪れた遺跡に当たる場所がこの写真では綺麗に丸く盛り上がって写っていた。古代のお墓の円墳と思えば確かにそう見える。もっとも遺跡と選定するのにはこんな写真だけではなくレーダー波や音波による映像の解析も行って判断して決めるのだろうが、ともかくあの遺跡は、元はこんなに盛り上がっていたんだ。

 それがどうしてあんな更地(さらち)のようになっているんだろう、普通、円墳を削って平らにはしないだろ。まして重機で掘り返すなんて、いずれにしても発掘していたやつらは遺跡には無関心であることは間違いないようだ、何かやつらにとっては遺跡の品よりも他にかなり重要なものがあったのだろうことは亜兼にも感じられた。

 やつらにとって重要なものとはなんなんだ、浜崎橋ジャンクションでトラックを爆破させた爆発物の何かなのか、M618の赤い液体の発生元の何かなのか?

 ここまで来たんだ必ずその手がかりを探し出してやるさ、それにしてもあの遺跡は謎が多すぎる気がするな、まるで墓場のような人骨の山、何故あそこだけ放射性物質がかなりの濃度で存在するんだ、むき出しになったコンクリートに似た素材のかたまり、何なんだろう本当に遺跡なのか今日一日の出来事を思い起こせば思うほど不可解な事ばかりだった、しかしこの航空写真を見るとどう見ても円墳のような形をしている、本当はこれはなんだろうと亜兼はその写真をまた丹念に拡大鏡でなめるように見ていた、すると「うー、これって似ていないか」形も大きさもまるで遺跡と思われる円墳と同じ小山をした形に盛り上がった似たような小山がもう一箇所写っていた。

「これって同じもののようだが、どうなんだろう」円墳が一つあるのなら他にあっても不思議ではないよな、他にはどうなんだ。亜兼は他にもあるのか探してみたが他には無いようだった、そしてその二つの同じように盛り上がった小山を何度も見比べて見てみたがどう見てもそっくりのように亜兼には感じた。

「うーどうなんだ?」しかしこの写真だけではただ自然に同じ形になったとも見えるだけなのかも解らない、とにかく明日調べてみよう。

 次の日、亜兼は朝早く、伊藤さんの駐在所に向った。

「おはようございます。」と駐在所に入ると、恵美子がすでに椅子に座って足を組んでいた。

 ジーンズにサマージャケットと髪をポニーテールに後ろで束ねてサングラスを掛けていた。「おはよう、おそいのね、まだ寝てるわよ」と(あご)でしゃくって見せた。

 亜兼は申し訳なさそうに二階に上がっていった。

「伊藤さん、起きてますか」


 ジープは、昨日と同じようにトドマツの林の中を走って行き、七合目のヒュッテに到着した。すでにかなりの登山客が来ていた。亜兼達はこのヒュッテで朝食を取りながら打ち合わせをすることにした。

 恵美子がいきなり、伊藤に尋ねた「伊藤さん、道警に連絡はしましたの?」

「はい、千歳警察署に依頼しておきました、鑑識班(かんしきはん)が来ることになっています、それと千歳署の方から開拓大学にも依頼したそうです、考古学者の方も来ると思います。」

防護服(ぼうごふく)は」恵美子は伊藤に(そつ)なく必要な事項を質問した。

「それも話してあります。」

 恵美子はサングラスを外して「私達は、遺跡にうかつには近寄れないわね」

 亜兼がコーヒーを一口飲むと、昨日遺跡にあった重機の中で見つけた航空写真を取り出して、テーブルの上に置いた。「これなんだけどさ、この写真のここ見て」と、指差して亜兼は説明を始めた。「ここがさ、昨日俺達がいたところです、この写真だとまだ更地のようにはなっていないですね、まだこんもりと盛り上がっていて円墳と思えば確かに古代の遺跡のようにも見えますよね、それで問題はそっちの遺跡ではなくてですね、こっちの丘の()うなんだけどさ、どうこの盛り上がり似てないですか」

 伊藤がコーヒーを飲みながら(のぞ)き込んだ。「あーここですか、うー、盛り上がり方は確かに()ていますね、単なる偶然と違いますか」

 恵美子がその写真を亜兼から受け取ると、目を()らして見た。

 確かに似ていると思った。でもそれ以上のものでは無と思った。

「ルーペ在るの」亜兼は持ってきたルーペをショルダーバックから取り出すと「どうぞ、これ」と差し出した。

「ありがとう」恵美子はルーペで、二つを見比べてみた。

「確かに、この二つ、自然に出来たにしては完全な円形をしているわね、片方が遺跡なのだから、もうひとつも同じかもしれないわね」

 亜兼も伊藤も真剣な顔をしていた。それを見て恵美子は噴出(ふきだ)した。

「ハハハ冗談よ、第一この写真ではよく解らないはよ」

 伊藤が恵美子の持っている写真を受け取ると。場所がどのあたりか確認をした。

「なるほど、此処なら遺跡からそう遠くありませんね、行くだけ行ってみましょうか、案内しますよ」

 亜兼は乗る気で「本当ですか、案内をしてもらえるなら行きましょうよ」

  恵美子は冗談でしょうと思ったが、遺跡は放射生物質で覆われているし、やることも無いと思うと仕方がないわね、この二人では心配だしと思うと「どうせ何も無いと思うけどあなた達二人では心配だは、ついて行ってあげるはよ」

 亜兼は両手を(たた)いて嬉しそうに「恵美子さんありがとう、そうと決まれば行ってみましょう、ところで伊藤さん、鑑識の人達は何時頃来るんですか」

 伊藤は壁に掛けてある時計を見て「今、七時半か、そろそろ来る頃だと思います。」

 恵美子はコーヒーを飲み干すと「じゃー、出かけましょうか」と準備を始めた。

 二人もコーヒーを飲み干して「行きましょう」と相槌(あいずち)を打つと席を立った。

 三人はヒュッテを出て、先ずは遺跡を目指して歩き出した。途中までは樽前山から風不死岳へ向う登山客も一緒でしたが、遺跡の方向は途中で左に曲がって林の中に入っていくため。登山客は一人も同じ方角に行く者はい無くなった。そこからトドマツ林を三百メートル程進むと遺跡が見えてきた。

 伊藤が周りを見渡した。道警の人はまだ誰も来ていなかった。「まだ来ていないようですね、少し待ちましょうか」

 恵美子も多少疲れたのか「来るまで休憩しましょう」と三人とも遺跡からちょっと離れた処で()(かぶ)や根っこに腰をおろして休んでいた。

 二〇分程して、千歳警察署の地域部の署員2人が案内人として、道警の鑑識監2名、科学捜査研究所の法医科から観察医が2名、そして北海道開拓大学考古学の北見教授と学生が3人程付いて来た。

 伊藤が立ち上がって、機敏(きびん)に敬礼をした。人懐(ひとなつ)こそうに笑顔で、千歳署の署員に挨拶(あいさつ)をして、亜兼と恵美子を紹介した。

「ご苦労様です。」と云うと、署員の一人が伊藤に近寄って来た。「伊藤君、ご苦労様、署長に聞いたが、人骨が相当出たらしいな」

「はい、それが古代人のものならともかく、どうも現代人に近い形状らしいので、一応事件性も考えて、連絡いたしました。」

「分かっているよ、事件性については調査の上でこちらで判断するから」

 伊藤は他の人達にも、挨拶をして、概略(がいりゃく)を説明した。

 少し休憩をしてから、調査を開始することになりました。

 伊藤は道警の人達に別の場所へ調査に行く(むね)を伝えると。三人は、もう一つの盛り上がった小山に向って出かけて行った。

 北見教授は好奇心のあまり、いたたまれなくなり、防護服を着だした。科捜研の法医科の二人にも声を掛け、調査は始まった。

 荒らされた遺跡の状態を見て北見教授は「これはひどい、遺跡と言うよりはまるで残骸(ざんがい)だな」と落胆して、教授は学生と共に、頭蓋骨や遺品を集めだしました。

 科捜研の2人は、その頭蓋骨をさっそく調べ始めた。一目見るなり形、大きさ、歯型にしても明らかに現代人のものに間違いない事を確信したのでした。しかし、炭素化の進み具合を見ると相当の年数を()ているらしい事は明らかであった。何体か持ち帰って、調べてみることにした。

 北見教授も何かおかしいと疑問を持ち始めていた。古代遺跡からは程遠い物ばかり出てきたのでした。古代遺跡とは別物である事はすぐに直感していた。道警の鑑識監もおびただしい人骨を目の前にして、それが現代人の物と極めて近いとすると一体どうなっているのか、訳がわからなくなってきた。その後も調査は続いた。

 亜兼達は伊藤の案内で2キロ程さらに奥地に来ていた。

 亜兼は不安になってきた「伊藤さん、この方角で大丈夫なのですか?」

 伊藤は方位計を取り出すと見ていた。「方向的には間違いありません、距離的にもこのあ

 たりだと思います。」

 恵美子は(あき)れて「自分で言い出したんでしょ、もっと真剣に探しなさいよ」

 その時、恵美子の持っていたガイガーカウンターが急にガガガと言う機械音が鳴り出した。「何かあればと思ってスイッチを入れておいの、さっきの遺跡より値ははるかに低いみたいね。0.5ミリシーベルト、この辺に何かあるわよ、何処からか放射性物質がもれているのかしら、こんなところに何があるの?」

 2人は驚いて「え、ほんとですか」と危なげに身構えて、目を丸くした。

 恵美子がガイガーカウンターを見ながら「この値は人が1年間に浴びる量よりはるかに小さいは」

 2人はほっとして、背の低い木々の中を、こちらの遺跡の手がかりになる物を探して歩きだした。

 そのうち、結構、急斜面の土手が現われたのでした。そこは今まで平らだった所に突然、こんもり盛り上がっていてちょっとした小山のようになっていた。

 恵美子も確かに、何か在りそうな気がしてきた。

 亜兼は平らな所と盛り上がり始めた境目(さかいめ)を歩いて進んで行った。すると綺麗に円形をしていることに気が付いた。

 ただ一ヶ所、大きく盛り上がっている部分が出てきたのでした。不思議に思って、そこに立ち()くしていると。その場所に伊藤も恵美子も自然と集まってきたのでした。

 3人共そこに行き着いたという感じで来ていた。

 伊藤が「此処だけ形がおかしいですね」とまじまじと見た。

 亜兼も恵美子もそれは言わずと感じていた。亜兼は近寄って色々観察してみた。4メートル程の高さがあって四角ばっているようだ。

「ここ()ると何か出そうだね」伊藤が背中のリュックサックを降ろすと、その中をまさぐりだした。「あった、これ使いますか」と亜兼に携帯用スコップを渡した。

 亜兼は「サンキュウ」と言って手渡されたスコップを組み立てると、その高く盛り上がった側面にめがけてスコップを突き立てた。

 30分は掘ったろうか、(そば)に、土の山が出来あがった、しかし特に変化のあるものは出て来ていなかった。恵美子はやっぱりといった感じで「骨折り(そん)の、くたびれ(もう)けだわね」と(あき)れた感じで言った。

 伊藤は見かねて「代わりましょうか」と右手を伸ばした。亜兼は汗びっしょりで「大丈夫です。」と堀り続けた。

「カキーン」、一斉(いっせい)に皆の意識が、その音のした所に集中した。亜兼はもう一度スコップを突き立てた、「カキーン」、やはり何かに突き当たった。

 息の荒い亜兼に代わって、伊藤がスコップを受け取ると音のしたあたりの土を丁寧(ていねい)退()かして行った、すると黒っぽい岩の表面らしき物が出てきた。

 三人は顔を見合わせた。恵美子がまだまだと言う顔で「その程度、出て来たからといってもただの石ころかもしれないは」と言うものの、もしかしたらという期待感が顔に出ていた。伊藤はその辺りを広げていった。黒っぽい石のような表面は平らになっていた、そしてその面を広げていくと何か壁のように垂直になっているようでした。「おおう、これは何でしょうね」伊藤は思った、この土の中に何かの壁のようなものがあるのだろうか。三人は生唾(なまつば)を飲んで広がって行く表面に注目していった。

 一平方メートル程現れだした、垂直をしたその壁のようなものを見て、亜兼は思い出した事があった。

「以前、古墳の特集を新聞で読んだ事があるけど、3世紀から7世紀頃が主流のようだね、高松塚古墳のように全長一六メートルの物から、前方後円墳の大仙古墳のように四百メートル以上の物まで、大きさは様々(さまざま)のようですね、しかし、石室の入口や横口石かくの入口はほとんどが、この様な巨石で出来ているようですね」

 恵美子が伊藤からスコップを受け取ると壁をつついた。

「長い講義の後で申し訳ないけど、この壁を叩いてみると、岩では無く金属のような音がするわよ、それにこの表面はコールテンか何かの塗装が施されているようだわね」恵美子はナイフを取り出すと表面を削って、サンプルケースに採取した。

 亜兼は嘘だろうと言った顔をして「そんな馬鹿な、5世紀前後の遺跡が何故(なぜ)塗装されているんだよ、そんな?」慌てて近寄って、表面をこすって確認した。

 叩いてみると、確かに金属のような音がした。また塗装についても露出している部分をナイフで削ると被服がはげてきた。

「なんだこれは、古代にこんな技術が存在したんだろうか」

 恵美子は呆れて「ばかね、そんな技術ある訳無いでしょう」

「じゃあ、宇宙船が何処(どこ)からかここに来たのかな」眺めながら亜兼が(つぶや)くと。

「謎を、全て宇宙に求めるのも、安易すぎるわね、とにかく分析してみないと事実は解明出来ないは」と、突き放すように恵美子が言った。

 亜兼は自分の意見が不合理なのを反省した。

 伊藤はその面がどうなっているのか、もっと知りたくなり掘り続けて行った。

 それから30分、掘り出した面が1平方メートルから2平方メートルに広がった。

 恵美子はそれを見ていてらちが明かないと思った。

「駄目よ、問題が大き過ぎて私達の力の範囲を超えているは、亜兼さん、あなた第一発見者として残って、私は一旦科警研に戻って分析するは、金属、塗料、放射性物質、遺跡の遺留品、どれをとっても謎が多過ぎるは、それと、ここの出土物については、東京の事件との関連から科警研が主導で動くようにしてもらいま

 す、いいわね」2人は異論は無かった。

 亜兼は納得して「解った、いったん戻りましょう」何か解らない物が出てきた事実を置き去りにして離れることには亜兼も後ろ髪を引かれる思いがした。

 亜兼たち三人は道警の人達が調査を進めている遺跡と思われている場所に戻ってきた。

 伊藤が道警の責任者に状況を聞くと「ウム、この現状は我々鑑識や法医学の分野ではなく、自然人類学の分野からの調査をするのが妥当のようですね。これらの死因についても外傷は見受けられないし、年代の特定が必要ですね、現代のものではなさそうですし事件性は感じられないですね、我々もじきに終わらせて道警に戻る予定です。」

「わかりました、ご苦労様でした。」と伊藤は小さく敬礼をした。

 恵美子は科捜研の観察医の所に寄って行き、ズラリと並んだ頭蓋骨の前で「何か解りましたか?」と(たず)ねた。

「そうですね、晩期死体現象にあたりますね。不思議に腐敗菌に侵されていない()ろう化が進んでいます。また黒ずんで炭素化しているものまで時間的経緯はかなり()ていますね、電気泳動装置でDNA検査をしてみたいですね、これらが本当に古代人だとしたら、当時、新人類だったと思いますよ。もっとよく分析する必要がありますが、進化的には、われわれ人類を飛び越えている節も感じます。発達した前頭葉、食べ物の関係からでしょう、細い(あご)、何体か歯を治療していますね。かなりの技術です、治療した道具もかなり高度な器具だと思いますよ。ちょっと見ただけでも解ります。まして全体を分析したらどのような答えが出るのか、創造もつきませんよ。もっとも、そのあたりの分析については、比較解剖学の立場になると思います、我々警察の仕事ではありませんね」

「あえてまとめるとしたら」恵美子は、強引にもその一考察を聞きたかった。

 観察医は笑って「あえてまとめるのですか。私達は法医学の人間ですので、先ほども云いましたように、分野が違いますし、未知の文化についてはよく解りません」

「未知、といいますと」恵美子は首をかしげた。

「骨格ですよ、今地球上に居る人類と微妙に異なっているように思います。隔絶(かくぜつ)された未知の文化圏が存在するのかも知れませんね」

「ムー、のようにですか」隔絶された文化で恵美子はムー大陸が思い浮かんだ。

「さー、どうでしょうか、ここの周りを見ても生活圏は無さそうだし何処からかここに移動してきたのでしょう、そしてなんだかの理由でここで全員亡くなったようですが理由がまるで分かりませんね、集団で亡くなるとしたら病原体によるものなのかそれも分かりません」

 恵美子は名刺を出して、二人に差し出した。

「あなたは科警研の方でしたか」観察医は意外に思った。

「専門は物理のほうです。分析結果が出ましたら、教えてもらえますか」恵美子は観察医に念を押すように言った。

「解りました。」観察医は同意した。

 恵美子も二人から名刺を受け取った。  

 亜兼は北見教授に調査の状況を聞いていた。明らかに考古学とは分野が違う物らしく理解し難いといった感じで、考古学としては、特に意見は無かった。ただ、出土してきた衣類を見ると、科学繊維のようである、やはり高度な文明をうかがわせる品物といえるのだろう。これも分析の結果を待つことになった。

 三人は伊藤のジープで帰途に着いた。亜兼は自慢げに「やっぱり、新しい遺跡がありましたね」

 恵美子も微笑んで「今後の展開がどうなるのか楽しみだは、申し訳ありませんが伊藤さん、私、このまま東京に帰りますので、タクシーを拾える所で降ろしてもらえますか」

 伊藤はジープのステアリングを切りながら、笑顔で「恵美子さん、空港まで送りますよ」

 恵美子はきつい顔で「それでは・・」と言いかけると「いいんです、送らせてください」伊藤は微笑んだ。

 亜兼も腕組みをして「俺も付き合はせてもらうよ」

「ありがとう、でも無理しないで」恵美子は恐縮(きょうしゅく)した。

「何を、水くさい事を言っているんですか」三人は笑い出した。

 亜兼と伊藤は恵美子を空港のロビーで見送っていた。そしてご苦労様でしたと言うと恵美子は「これからよ、別の遺跡の、調査の件もあるし、私もなるべく早く戻るようにするは、伊藤さん科警研の依頼であの森下土木の職人さん四人程出してもらえないでしょうか、あそこ掘り返して全体を出しておいてもらいたいのですが」

「いいですよ」伊藤はうなずいた。

 恵美子は亜兼を見て「亜兼さん、後頼(あとたの)みます。あなたの感は正しかったは、間違いなくあれも、同じ遺跡かも知れないはね」

 亜兼はぶっきらぼうに頷きながら「ああ」と言うと。恵美子も笑顔で、頷くとゲートラウンジに消えて行った。

 ホテルの自室に戻り、亜兼は本社の青木キャップに連絡を入れた。

「キャップ、亜兼です。」

「おう、どうした何かでたか」

「はい、それがすごいものが出てきました。」

「亜兼、やったな。で何が出てきたんだ。」

「それが、おびただしい、人骨とか副葬品がですね」

「すごいな」

「しかし、その人骨が古代人ではなく現代人にかなり近いようです、副葬品の中の繊維に科学繊維のような物もあるようです、不思議です。」

「おまえ、そりゃ不思議でも何でもねえな、昔し土砂崩れに()った村とか、墓地の跡じゃねえのか?」

「いや、それが放射能に覆われているんです。」

「不気味じゃあねえかよ」

「そうでしょう、またそこから二キロ程離れた所に別の遺跡を見つけました、そして入口の大岩が金属の(かたまり)で出来ていて、その上表面に防錆用の塗装がほどこされているようです」

「それは無いだろう、戦時中に落ちた飛行機の残骸じゃあねえのか」

「いえいえ、違います、どう見ても円墳です。」

「よし、解った、売れる記事書けるんだろうな」

「はい、まかせてください!」亜兼は興奮して言った。

「じゃあ楽しみにしているからな」ガチャ、プー電話は切られた。切れたスマートホン

 を見ながら「キャップは信じてくれたのかな、まあいいや結果をきっちり出すさ」と言うものの、亜兼は何が出てくるのか、不安と言うより、身の引き締まる思いがしていた。







 3 M618殲滅作戦





 東京では、尚も脅威を増して拡大をし続けているM618に対して、いよいよ自衛隊が攻撃を開始する準備が整いつつありました。

 攻撃前の最終会議が市ヶ谷で開かれていた。第一師団、第一普通科連隊の警備担当地区は東京23区と一部の市部となっています、また第一普通科連隊は中隊本部を置き第一中隊から第五中隊までと重迫撃砲中隊の六中隊を要していました、中でも災害派遣に際して各中隊は担当地区が割り当てられています。第一中隊の担当地区は千代田区、港区、品川区、中央区、大田区となっていました。だがここまで広範囲に広がったM618をわずか200名程の第一中隊であの得体が分からないM618を一日で殲滅(せんめつ)すると言うことはあまりにも無理であろうと、閣議で防衛大臣は総理にM618を一日で殲滅して見せますと大見得を切った手まえ後にはひけなかった、よって防衛大臣の号令により、全第一普通科連隊と化学科を加えた総勢1000人を超える大掛かりな作戦に打って出ることになったのでした。

 普通科連隊の最終会議ではあったが、都市機能を一日も早く回復させるため最高議長として泉田内閣総理大臣も参加していた、、会議は一撃必殺の効果を上げるべく、緊張感につつまれていました。

 泉田首相は議場の雰囲気を味わうように、言葉を発した。「戦前は陸軍士官学校本部、戦後は極東裁判と、ここ市ヶ谷は歴史の舞台で時折主役であったが、感慨深いものがあります。ところで状況はどのようになっていますか」泉田首相は正確に状況をしりたかった。

 第一普通科連隊長の山川一等陸佐は偵察隊長の盛永(もりなが)二等陸佐に状況の報告を求めた。

「盛永二等陸佐報告を」

「はい」盛永二等陸佐は立ち上がった。「状況につきまして説明いたします。さる18日、

 早朝浜松町駅南側に突然現れた未確認生命体M618の発生につきましては調査の結果浜崎橋ジャンクション下の路上当たりから当初湧き出していましたがその後移動したもようで現在は国道15号線の直下にあります調整池にその発生元があるようであります。

 何が原因であのような生命体が発生したのかに付きましては、今だ調査中であります。出現以来7日間、当初はじきに終息するものと考えられておりましたが、予想に反して浜松町を飲み込み国道15号線を越え、芝、大門を過ぎ、芝公園を越えられてしまいました。今また東京タワーまで到達されています、南は港区の芝浦まで到達され、北は新橋の中間あたり桜田通り500メートルのところまで接近しております。なんとしましても此処でM618を殲滅して謎の生命体の侵略を阻止しなくては永田町は数日で吸収されてしまい、皇居までもがその危険にさらされることに成りかねません」

 泉田首相が盛永二等陸佐の言葉を(さえぎり)り「なんとしても、宮中は救わねばならない、してその対策はどのようになっているんですか」山川一等陸佐を見た。一瞬の静寂(せいじゃく)の後、山川一等陸佐の声が議場に響いた。

「中隊本部作戦室、成美(なるみ)一等陸尉(いっとうりくい)

 成美一等陸尉は右手を上げると立ち上がった。泉田首相はM618をどのように殲滅するのか興味があった。そして難しい表情になるとまた口を開いた。「ところで厚労省の医政局の生物研究室でM618を調べていたが増殖で増え過ぎて処分しようとして色々薬剤で殺そうとしたが青白く光って身を守り殺すことができなかったそうだが、カルボランとか言う強い酸でも青白い光に阻止されてやはり殺すことはできなかったと聞いている、防御の能力が高いようだがどうするんだね」成美一等陸尉は答えた。「はい、対策につきましては先ず、これ以上の進行を阻止するため、最前線に配備いたしました火炎放射隊約200機により一斉放射を行い、この敵を焼き払う作戦であります。生物である以上必ず焼き尽くしてその進行を阻止することは間違いありません。

 また広範囲に現在広がっていますM618につきましては同じく、第一飛行隊により、UH-60JAに搭載しましたナパーム弾で上空より攻撃を掛けて、敵を焼き尽くします。我が方の圧倒的火力をもって、短期決戦により決着を付けていきたい、このように思っております。」

 栗田防衛大臣は腕組みをしてうなずきながら聞いていた。

 このナパーム弾使用により早期に決着を図ろうとした意見は防衛大臣の要望でもありました。

 圧倒的な火力を持って早期に決着をつけることを国内外にアピールするためでもあったのでした。どうしてもナパーム弾でなくてはならないと強く思っていた。

 その理由はこの爆弾の特性にあったのです、ナパームとはその名(Napalm)の通り、ナフサ、パーム油、(りん)、ガソリン、アルミニウムなどの可燃剤をゲル化させたものを充填(じゅうてん)した爆弾でありまして、その効果はナパーム弾の燃焼の際に大量の酸素が使われるため、着弾地点から離れていても酸欠によって窒息死を招くとされた理由と、そして、きわめて高温(900~1,300度)で燃焼し、広範囲

 を焼尽し破壊する。その威力がM618の青白く光る不気味なバリアで身を守ろうとする未確認生物に対して、正にこの赤い敵が生物である以上、酸素のないところで生きながらえる生物もいないはず、まして千三百度の高温の中でいくら高度な防衛能力を持っているとは言えやき殺すことの出来ない生物もいるわけがないと言う理由からナパーム弾で早期に決着をつけたいと防衛大臣は考えていたのでした。

 しかし山川一等陸佐はこの兵器使用への難色を示していた。その理由には国連人権小委員会によりまして、1996年8月に、「核・化学・生物兵器・気化爆弾・ナパーム弾・クラスター爆弾・劣化ウラン兵器の製造・使用の禁止を求める決議が採択されていたからでありました。

 しかし、防衛大臣は当然これらの兵器が人間に対して使用されることに関しては大反対としていながらも、しかしながら今、東京を壊滅(かいめつ)せんとしているM186の拡大はまた、都民の生命までも脅かしている謎の生命体に対してだけと限定するならばこれ以上有効な兵器は見当たらなかった、そして早期に決着を付けて住民をこの謎の生命体の被害から救うためには使用することも止むを得ないとの理由からでありました。

 中隊本部作戦室、の成美一等陸尉の自信に満ちた答弁が終わると、泉田首相が立ち上がった。「厚労大臣も言っていたが焼き殺す以外にやはり方法はなかったのか・・・分かりました、しかたがないでしょう、中隊本部作戦室の自信に満ちた答弁は心強く感じました。これ以上の犠牲は出せない、必ず決めてほしい、復興に関しては区長と話し合い局地激震災害を検討しよう、そういうことで、では健闘を祈る」と切望すると首相はそのまま席をはずし先に退出した。

 普通科連隊最終会議で方針も決まり、異議も特に出ず、一丸となって、M618殲滅作戦を強力に遂行(ついこう)することで一致した。

 いよいよ翌朝、日の出と共に作戦を決行することが閣議でも承認されたのでした。

 各中隊指揮官は緊張の中配置に着いた。芝公園上空では偵察ヘリ、OH―1が漆黒(しっこく)の闇の中を、煌々(こうこう)とライトを点灯させ飛び去っていった。

 地上でも偵察警戒車や偵察用オートバイが行き交っていたのでした。

 東の空が深い眠りから覚め始めたように、真っ黒い空が、しだいに青みを帯びてきた。

 こうしている間も、隊員たちは疑問であった。何故、M618が、夜は活動しないのか?不思議であった。色々な憶測(おくそく)が飛びかうものの、本意は定かではなかった。

 虎ノ門近くに停止していた82式指揮通信車の上部から顔を出していた普通科連隊所属の中隊長が、攻撃開始の指令を、待ちわびていた。

「遅いな、攻撃の合図は、日が昇ればこいつらも行動を開始するだろう、しかし見てろ、今日のこの日が、太陽を拝める最後の日にしてやるぜ」

 通信隊員が叫んだ。「中隊長、司令部より指令が入りました。指令内容報告します。攻撃開始時刻、0600(マルロクマルマル)時とする、即刻攻撃準備に移れ。以上」

「了解した。各小隊に指令を伝達してくれ。すでに攻撃はいつでも出来る状態だ、まだ一時間以上もあるのか」

 青みがかった空が除々にしらんで来た。火炎放射器を握る隊員の手に力が入ってきた。グレネードガンやハンドランチャーに火炎弾を装填しだした。

 東京湾にすでに太陽が頭を出していた。近代戦の第一次、第二次世界大戦を通しても、本土での戦闘が歴史上初めてのため、戦闘開始の指令がじきに発せられると思うと、隊員のあいだにも緊張が高まっていった。

 後方から爆音が響いてきた。西北の上空に第一飛行隊のヘリの編隊がこちらに近づいてくるのが見えてきた。

「いよいよか」と隊員の口から、ため息交じりに言葉がついて出た。

 主力戦闘ヘリUH‐60JAが、朝もやに、その姿をぼかしながら、爆音を(ひび)かせてゆっくり近づいてきた。隊員の腕時計がカウントダウンの時を刻む音のように、緊張を否応(いやおう)なしに高めていった。カチカチカチ、その他の音は静寂(せいじゃく)のなかに消えていった。

「戦闘開始!」

 各小隊ごとに、無線で指令が入った。ジープが一斉に走りだした。スピーカから戦闘開始の指令が流れた。中隊長から火炎放射隊に放射開始の号令が大声で叫ばれた。

 一斉に火炎放射器がM618に向って、真っ赤な炎を威勢よく噴射した。赤くもりあがったM618の前線は、炎の帯びとなって延々と続いていた。黒い煙を巻き上げる中、威勢良く焼き尽くしているかに思えた。

 UH‐60JAからは、ナパーム弾が次々と投下されていった。赤い海だった浜松町の駅前が、今度は地獄絵図のように紅蓮(ぐれん)(ほのお)の海に変わってしまった。

 黒煙が渦巻く炎の海が次々と広がっていった。

 火炎放射隊は交代をしながら真っ赤に広がるえたいの分からない生命体に対して放射を途切れることなく行っていった。まるで石油コンビナートが東京のど真ん中で、燃え盛っているようでした。

 司令部では、その状況を東京タワーに取り付けた、自衛隊独自の監視カメラで確認をしていた。映像を見ていた司令部の幹部が「これだけ火力を投入されたら、M618も跡形も無く燃え尽きるだろう」とほくそえんだ。

 各方面より、逐一(ちくいち)普通科連隊長の山川一等陸佐のもとに報告が入って来た。

 内容はいかにも敵を駆逐(くちく)したかのような威勢のよいものばかりが多かった。しかし、師団長の山木はあくまで慎重であった。なおも現場では、ナパーム弾が打ち込まれ続け、火炎放射を浴びせ掛けていた。あまりの暑さのため、隊員も近寄れなくなってきた。

 攻撃は五時間を経過した。燃え盛る炎の威勢があまりに激しい為、前線を一次後方に退避することになった。 

 その頃、自衛隊師団司令部では普通科連隊の作戦行動の状況を受けて会議が開かれていた。監視カメラの映像がそのすさまじさを司令部にリアルに伝えて来ていた。

「この勢いで燃え盛っている中で、生きていける生物はいないだろう、そろそろいいのではないのか」と防衛大臣付きの参次官が(つぶや)いた。

 他の幹部も「この燃え盛る炎が、ほかに飛び火したら、東京中が火の海になる可能性があるのでは」と、心配になってきた。

 別の幹部も「このへんで攻撃を、取り合えず打ち切って、様子を確認してみては」と、言う意見も出始めた。

 それらの意見を聞いていた、山木師団長は「後三十分で攻撃開始より九時間となる、残り三十分、攻撃を継続(けいぞく)1600(ヒトロクマルマル)時攻撃終了とする、その後自然鎮火(ちんか)を待って、状況の確認をするよう指令を出してもらおうか、森林火災と違って燃える物も尽きてしまえば、鎮火も早いだろう、翌日中に、確認までできるやもしれんだろう」

「解りました。」

 最後の攻撃に、UH‐60JAが二十機、立川基地を飛び立って行った。

 立川基地の管制塔からも、燃え盛る炎が見えていた。

 現場ではあまりの熱風で近寄れず。後方から、構えの状態で見守っていた。

 隊員達も最後のヘリの攻撃が終了して、基地に戻っていく姿を確認すると、ため息が()れて、ほっとする姿があちこちに見受けられた。

 (のち)に攻撃終了の指令が無線で連絡が入って来た。しかし炎は今が盛りと燃え(さか)っていて、終了の合図が流れてきても、やはり隊員達には気が休むことは無かった。

 攻撃が終了すると、炎が終息に向かうのにいくら範囲が限定されていたとは言えそれからまる一日燃え盛っていた。

 やっと火は下火になって行き、その日は暮れていった。

 翌朝には偵察警戒車を出すことを、作戦会議で決まった。

 ほとんどの隊員は火の気が消えたM618の焼け跡を見ていた。そこには一面に透明な液体に黒いゴマのような粒が無数にまじっていた。

 ただの水のようにも見えるが不気味にも思えた、空の青さが反射していて、遠くの方が至る所、青白く見えていた。

 何人かの隊員が(ため)しに、その透明な液体の中に石を投げ込んだ。ただはねが上がり、池の水のように波紋が広がった。それを見て隊員に、笑顔がもれた。

 勝ったという気持ちが()いてきた。一つの街を飲み込んだ未確認生命体の排除とは言え、

 (たずさ)わった隊員達は丸一日の攻防であったが全神経を集中して、必死に自分の役割に徹していたため、まるでどこかの紛争地帯の戦闘の様相を呈した状況に警備行動の終結(しゅうけつ)を知ると力が抜けて、崩れるように路上に座り込んだ。

 司令部から次の指示があるまでそのまま待機と連絡が伝えられてきた。

 司令部の作戦本部で、引き続き作戦会議が行われていた。

 内容はM618を壊滅(かいめつ)させる事が出来たかどうかの確認をするのに、偵察警戒車を未確認生命体の死骸と思はれる液体の中を走行させて安全かどうかであった。また装甲戦闘車両で確認をしたらどうかと言う意見もあったが、透明な液状に変化したとはいえ安全が確認された訳ではなく尚も、議論は続けられた。

 現場に野外(やがい)炊具一号(すいぐいちごう)、通称キッチントレイラーとも言われている炊飯車(すいはんしゃ)が現れて、遅い昼食の準備が始まっていた。

 食事の時間は隊員にとって、唯一の楽しみの一つでもあった。

 しかしそんな時、また爆音が静寂の空気を震わせて響いて来た。

 隊員にまた緊張が一瞬に戻ってきた。一斉に爆音のする方向を見た。

 攻撃機にしてはかなり小さい、しかも、たった3機のみだ、目視できる処まで来た。

「OH‐6か、(おど)かすなよ、攻撃再開と勘違いするじゃねえかよ」愚痴る隊員もいた。

 司令部は偵察警戒ヘリを飛ばして、安全確認をしたうえで偵察警戒車両で細かいところの、状況確認をする方針に決まった。

 翌日、いよいよ87式偵察警戒車両がM186の死骸の液体の中へ入って行く事になりました。

 20台が環状3号線の、東麻布あたりに集結して来た。

 そして赤羽橋の交差点から、透明の液状になってしまったM618の漂う中に順次、進入して、各担当区域の偵察に向った。ただ水の中を走行している感じで、うごめく生物のそれとは明らかに違う感じであった。

 無機質の感じだけが伝わって来た。


 逐一、司令部に報告された。防衛医科大で透明な液体のM618の分析結果が司令部に入ってきた。ほとんど水分と蛋白質を主成分とする、複合成分である。

 指揮通信車を通して、各偵察警戒車に連絡が入った。

「死骸のM618について、分析結果は人体が触れても一切影響するものでは無い」

 偵察警戒車の隊員が「よし、俺が見てくる」とその液体の中に飛び降りて歩き出した、20センチ程の深さがあった。

 焼け焦げた路上を偵察する隊員たちは、異様な臭気が漂っている中を銃を構えて進んでいた。元金融会社のビルの中に八九式小銃を構えて入って行った。ガラスも窓枠も内装も焼け(ただ)れ、二階に上がる階段が滝の様に音を立てて透明のM618が流れ落ちていた。

「怪しい様子は無いか?」

 特に怪しい様子も無い事を確認すると。また路上に戻った。

 別の偵警車(ていけいしゃ)からも隊員が路上に降りてきて徒歩で偵察を始めた。幾つかのビルに分かれて偵察に入っていった。全てが焼き尽くされて、燃える物は何も残っていなかった。同じように階段は滝の様になっていた。

「ここも異常は無さそうだ」

 路地裏や、細かい処も異常は無かった。しかし、この人数で偵察して回ったら、何週間かかるか解らない、暗くなり出しても、大して調査は出来なかった。

 結局、調査班を増員して、三日後にはだいたい調査を終了させた。

 M618を殲滅(せんめつ)した手ごたえを十分感じられた。

 作戦本部で会議が開かれ殲滅作戦は終結宣言と、大勝利宣言を、どこで出すか、検討が始まったのでした。

 例の調整池についてはあまりの瓦礫(がれき)の多さで近寄ることができていなかった、どうなっているのか見当も付かなかった。

 ある幹部は「これだけ調査しても、跡形も無くM618の姿が見つからないのだから、終結したと見るべきでは」

 山木師団長は、皆の意見を聞いていたがまだ肝心の発生源の調整池の確認もなされていない今、まだそんな宣言を軽々しく出せるものではないと思っていた。

「皆の考えはよく解った。しかし終結と結論を出すには早すぎる。調整池の中を徹底的に調査する必要がある、それで何も見つからなかったら両宣言を出すことにする」

 全員「解りました。」と返事をした。

 再度、調査団を編成して大々的に調査が開始しされた。

 調整池の入り口の瓦礫を重機を使って次々に取り除いていった、人海戦術で階段内部の瓦礫も除去していきやっと確認することのできるところまでたどり着いた。

 調査団の十数人は調整池の中をライトを当てておく深くまで確認をした。

「おう、すごい量だな、透明なので底まで見えるぞ」

 すると誰かが「それはそうだろう、ここも物凄(ものすごい)い量の石油が流し込まれて火をつけたらしいぞ十時間ほど燃え盛っていたらしいが酸欠状態で消化したらしい酸素が無い状態で生き物が生きていられるとも思えないからな、だからここにいた大量の生物もすべて死滅したはずだ」

 通信係が調整池の状況を本部に報告を入れた、調整池の大量の生物は全て死滅したもようであると本部に報告が届いた。

 状況を確認した本部の通信室の隊員からため息が()れた、調整池には満々と満たされた液体がためられていた、ただそこにある液体は真っ赤な色ではなく無色で透明の感じがしていた。

 司令部に詰めていた自衛隊幹部達も報告を聞いたが信じられなかった。「調整池のM618は本当に全て死んだのか?」

 とにかく調査団に戻るように指示をした。

「了解です。」

 調整池の調査団はすぐに本部に戻って行った。誰もいなくなり調整池の透明になった液体は不気味に静まりかえっているように思えたが、その中に小さな泡が浮いてきた、その泡が次第に増えだして何か得体の分からないことが徐々に起き出しはじめたのでした。

 本部は調査団の報告を受けると間違いなくM618は全て殲滅(せんめつ)したと判断した。

 その後も殲滅の調査は続けられた、しかし特に新しい事実は出て()なかった。

 三日目も朝から調査が始まった。午後になっても何も出てこない、突然指揮通信車に小隊から無線が入った。

「こちら第四小隊、何か動くものを発見、ただいま調査中!」

「こちら本部、第四小隊、その実態を、詳しく報告せよ」

「了解!」

 それを発見した隊員達が動くものを追っていった。

「おいここ、袋小路だぜ」

「ああ、この辺に居るはずだぜ」

「そこのマンホールの中、(あや)しくないか」

 二人の隊員はその(ふた)に小銃を向けて構た。

「明けて見るか」

「よし」

 二人はトッテに手を掛けた。掛け声で持ち上げようとした。

「せいの」

 その時、「にゃおー」と後ろ側の、元は緑地だったような、一段高くなった角で泣き声が聞こえたのでした。

「なんだ猫かよ、どうしてこんな所にいるんだ」

 もう一人が、無線で指揮通信車に連絡を入れた。

「こちら第四小隊、先ほどの実態は、猫のようでした、以上!」

 緊張がはしっていた司令部では、ほっとするとため息や、笑顔がもれた。

「よし全員撤収、調査終了!」

 司令部から事実上の終結がなされた。

  一週間後、M186の死骸の液体はすっかり除去されて、ビルの焼け(ただ)れて黒くくすんだコンクリートの地肌がまるで廃墟のように化した街がいよいよ復興に向うと思われた。

 いろいろな重機がこの廃墟になった街に搬入されてきた、建物の解体、修復も始まりだした。

 多くの建設関係の職人も日に日に集まりだして、あちこちのビルが修復のための騒音が響き始めた。

 鉄道も、浜松町駅と田町駅の間が運行停止になっていたが、整備されてじきに開通したのでした。

 以前のように山手線も東海道本線も、運行するようになりました。

 泉田首相も、その様子を見て、ほっとしていた。復興には、並々ならぬ意欲で取り組んでいた。

 ある日、職人が一人いなくなった。日雇いだったため、どうせ気まぐれでいなくなったのだろうと、思われていた。

 しかし、いなくなったのは一人ではなく、別の会社でもいなくなって、戻ってこないと警察に届け出がなされた。

 どうもいなくなったとされる場所が同じところのようだと言う噂がたちだした。

 警察で捜査が行われたが、結局見つかる事は無かった。

 二人の警官が、職人がいなくなったと思われる場所を捜査した。そこは、袋小路になった処で、どこにも抜ける道も無く、建物側の一部が元は緑地のような処で、一段高くなっていた。

 腰掛けるのに丁度よさそうな処で、そこに弁当の食べかけの容器が置いてあったとのことでした。

 どう見ても、食べていた途中のようで、目の前に、マンホールがあり、その蓋がずれていた。

 一人の警官が「この中に落ちたんじゃ、ないのか」と(のぞ)き込んだ。

 隣にいた警官は首をひねり「まさか、こんな小さな隙間から落ちるか」

「それもそうだな」と、覗き込んだ警官もうなずいた。

 一応報告は所轄に入れたものの、捜査はそこまでであった。

 行方不明になった職人達は見つかることは無かった。







 4  M618の能力




 科学警察研究所では夜を徹して古賀の指示のもと、所員が右往左往しながらM618の分析が続けられていた。吉岡も自分で採取したM618のサンプルをPALM顕微鏡を覗き込みながら分析に加わっていました。そして古賀主任に話しかけた。「古賀主任、二日前の新聞に防衛大臣が浜松町でM618との攻防を大勝利であったとM618の壊滅を宣言した記事が新聞に載っていましたけど、今更M618を分析しても、無駄と違いますか?」

 古賀主任もPALM顕微鏡を(のぞ)き込みながら分析結果をパソコンに入力していた。

 そして、古賀が表情も変えずに淡々(たんたん)と顕微鏡を覗き込みながら「そう言う吉岡主任こそ、こんな所でそんな無駄なことをしていていいのですか、早く自分の部署へ戻ったほうがよくありませんか」

 吉岡は手を横に振り「いやいや、このサンプルだけは自分で確かめておかなければ、ここでの分析は古木補佐の許可はもらっていますから、それより古賀主任こそ・・・」

 古賀主任は「フン」と鼻を鳴らすと「吉岡主任、こんなに興味深い素材は二度とないでしょう、私には壊滅宣言とかM618が殲滅(せんめつ)されたとかは関係ありませんよ、この分析はとても興味深いですからね」

「確かに、それもそうですね」吉岡も顕微鏡を覗き込みながら答えた。

「ところで、吉岡主任」古賀は尚も顕微鏡を覗き込みながら、吉岡に話しかけてきた。

「こいつの細胞分裂が異常に早い原因は、どうもある種の酵素による影響ではないでしょうか」

「酵素ですか?」吉岡は一瞬顕微鏡から目をそらした。

「ええ、実はネイチャー、セル、バイオロジーと言う英科学誌の電子版をインターネットで読んだ事があるけど。日本の東大医科学研究所の教授が発見したとありましたが、酵素でMSYD3と呼ばれるメチル基転移酵素があるんだけど、これは炭素一個と水素三個からなる小さな分子だが、MSYD3は特に発ガン遺伝子や抑制(よくせい)遺伝子(いでんし)の異常などをきっかけに細胞増殖が異常に活発になる事を見つけたそうです、又、細胞増殖因子の一部に、この化学物質のメチル基を付けることで細胞増殖を加速させる事が載っていました。ところでこれなんでしょうねほらこの黒い粒です、見てご覧、吉岡主任」と古賀は顕微鏡から目を離して、吉岡に見せた。それを、吉岡は食い入るようにのぞき込んだ。

「ホー、成るほど、ところでこの黒い粒はなんですか、まさか細胞分裂のスピードをコントロールしている訳でもないですよね」

 古賀も頭をかしげると「確かに、そのことも大事だが、実際のところこの細胞が何者なのか確かめてみたいですね、この黒い粒、何故こんなものが細胞内にあるのか、前にも言ったが通常細胞内に増えすぎたミトコンドリアや小胞体はオートファジーという膜に取り込まれて分解される、また細胞内に入り込んだウイルスや異物もこのオートファジーによって取り込まれ分解される、だからこの黒い粒も異物と考えられるのならば細胞内のそれらと同じようにオートファジーによって分解されるはずだがなぜか自然に存在している、人の細胞と仕組みはまるで同じようだが、この黒い粒の存在でおそらくほとんど別物と考えるべきなのだろうと思う、この未確認生物と人の細胞の違いについては所員に調べさせるが、私はこの黒い粒について調べてみたいと思う」

 吉岡は頷くと「なるほど、確かにこの黒い粒は気になりますね、詳しいところはまだ何もわかってはいないがM618の増殖に関しては何だかの影響をしているように思えますね、この黒い粒をもっと分析をしなければM618の本当の姿は見えてこないのではないでしょうか、古賀主任」

 PALM顕微鏡のスライドガラスの中に蛍光色素で着色された光るM618のDNAの中に連なる染色体の四塩基のそれぞれに、黒い粒が光ってはっきりと見えていた。

 顕微鏡の中に見える未確認生物の細胞は人のものと変わるところは無いように感じたがただその黒い粒が何故存在するのか、まるで蛇足のように見受けられた、やはり細胞に何だかの影響を及ぼすとするならこの黒い粒の他には考えられない、吉岡は首をかしげた。

「しかしこんなに小さな粒がメチル基を生成して細胞を操作するなんてありえないでしょう、たしかに素材は空気中に存在する炭素や水素を利用すればできるのかも知れないが、何故(なぜ)そんなことをする必要があるんだ、何のために、そんなスピードで増殖しなければならないのか、またその理由は何ですか?」

 ほんとうのところはどうなんだ、吉岡は難しい顔をして黒い粒の真実はどうなのだろうと顕微鏡をのぞき込んだ。「この黒い粒が(かぎ)なのか、古賀主任何とか分析できませんか」

 古賀も腕組をして「こいつを分析するには、もっと倍率の高い電子顕微鏡でないと、これ以上は無理だ、要するに謎のままで前には進めないことになる」

 吉岡は疑問に思った。「確かにそうなのかも知れない、しかし電子顕微鏡では光源が強すぎて細胞そのものにダメージを与えてしまうでしょう」

 古賀は頷いて「そうだ、確かに、だがこの黒い粒を分析できなければおそらくM618は解明できないのだろう」

 吉岡はまた顕微鏡を(のぞ)き込んだ「成るほど、こいつが何なのか解明できなければ、でもこれってDNAの塩基であるアデニン、グアニン、シトシンとチミンのそれぞれに存在していますよね、これって分裂するときはどうなんだろう」と疑問に思った。

 すると古賀はため息をつくと「それはそれらの塩基と同じだよ一緒に分裂をしているよ」

「そうなんですか、この細胞にとってはこの黒い粒も塩基の一種と言うことなのですかね、ところで、この黒い粒ですが名前はありませんでしたよね、でしたらこの黒い粒も塩基の一種と考えて謎の物質はやはり(エックス)でしょう、だから名前も謎と言うことで塩基(エックス)と言う事でどうでしょうかね古賀主任」吉岡は黒い粒に名前をつけた。

 その辺はお任せします、と言った感じで、古賀にとって、名前には興味は無かった。

 ただ、夢中で顕微鏡を覗いていた。

「それで、その塩基Xなんですけれど、いったいどんな働きをするんですかね、M618の能力テストをやってみましょうか」古賀主任は好奇心で半分楽しみになっていた。

「えー、どんなテストですか」吉岡は興味を示した。

 古賀も吉岡も浜松町を飲み込んでいたこの謎の赤い生命体がすでに自衛隊によって壊滅されたことからM618の分析も余裕が出ていた。むしろ楽しんでいるようにも感じられた。

 古賀は色々テストを考えた。「そうだな、先ず、こいつに、酸を一滴たらしてみますよ、どうなるんでしょうね」何が起きるのか古賀は楽しみであった。

「いやいや、それはいくら何でも酷じゃないですか」吉岡は首を横に振って酸に耐えられる細胞なんてありえないでしょうと思っていた。

「果たしてそうなのでしょうか」と、古賀はスポイトでM618に一滴、酸をたらしてみた。

 すると瞬時に、青白い光を一瞬に放って細胞を(おお)ったのでした。「うわー」フィルターをかけなければ(まぶ)しすぎて顕微鏡をのぞき見る事は出来ないくらいでした。

 モニターに映し出された映像も画面がハオリングを起こして真っ白になってしまった。

 古賀はあわてて顕微鏡から目をそらせた。「何が起きたんだ?」

 あわててフィルターをかけて古賀は再び顕微鏡をのぞき込んだ、塩基(エックス)がジリジリジリと震えていた。

 しかし細胞の他の部分は酸に対して何の反応もしている様子は見られなかった、どういうことなんだ、他の部分の様子に変化は見られないところを見ると細胞に酸の影響は出ていないと言うことなのだろう、何故だろう、この青白い光と関係があるのだろうか、何かに細胞が保護されているのか、「うー」古賀が凝視して観察するがそのようなものは見て取れない、塩基Xがジリジリ震えているのが関係しているのだろうか、細胞が塩基Xによって何かで保護されているとしか思えないが、何とかして調べる方法は無いものか、古賀は考え込んだ。

 そして古賀はこの光について吉岡に聞いた。「吉岡主任、この光を()け学の立場から何だと思いますか?」

 吉岡はその発光現象をフィルターごしに(のぞ)き込んだ。「おう、これは、凄い光り方ですね、まるで電気溶接機のスパークのようですね、だけどこれだけのスパークを起こすにはかなりの電圧が必要になると思います、おそらく200ボルト以上は、どうやってこんな発光現象を起こすことができるんだろう、電気うなぎのような発電板が細胞内にあるわけでも無いのに、やはり塩基Xがこの光りを出しているのだろうか、だけどこの小ささでありえないのに、古賀主任申し訳ないが分からないです。

 古賀は疑問に思った。こんな強烈な光が細胞側に向いたら細胞は蒸発をしてしまうはずだ、どうなっているんだ、まるで細胞側は変化が起きていないようだが、普通なら生物的にはGFP(生物の発光たんぱく質のこと)現象なのだろうこれなら細胞には影響はないはずだ、しかしこの光り方はまるで別物だ電気的な発光現象のように見えるが、古賀は首を横にひねった。「確かに、蛍光たんぱく質のような光方なら生物学上で理解できるが、この光方は創造を超えている、こんな発光酵素は存在しないと思う、これが生物の発光現象としたら私でも理解できない、確かに吉岡主任の言うようなスパーク状の光だとすると相当なエネルギーを必要とするはずだ、まして自身の強烈な発光から細胞の保護まで行っているようですし、その作用はいったいどのようになっているんでしょうね」

 岡も確かにと思った。そして疑問が浮かんできた。「古賀主任、海ホタルのように自分で光る発光たんぱく質でさえまだ現実には実用化されるほど解明されていないと言うのにそれより(はる)かに強烈な発光現象を細胞レベルで行うなんてどうみても現在の科学では解明すら不可能でしょう」

 古賀もそれくらいのことは承知していた。「確かに、しかしこの細胞のスパーク現象は実際に起きている、ならばこの細胞の何処にそんな機能があるのかだ、M618が普通の細胞と異なるとしたら、塩基Xだ、この黒い粒が存在することだ、これしか考えられない、それに、酸に耐えられる細胞などありえないだろう、それも塩基Xが保護しているのではないのか、いったいこの塩基Xは何なんだ、他にどれだけの能力を内在しているのだろう、こんなものが自然界でいや細胞内で突然変異で生まれるほど自然界も単純でもないはずだ、だからと言って人工的にこんなものを作り出すなんて絶対に不可能だろう、考えられない」

 そうは言っても自然界によってか人工的にか、どっちかと言うのなら、吉岡は思った。古賀主任は塩基Xは人工的に作られた物ではないのかと考えているのだろうと、また古賀は吉岡に確認するように話した。「吉岡主任、こいつら酸をかけられても何でもない訳は、この塩基Xの青白い光に関係があることは間違いないだろうと思うが」

 古賀はまるで楽しんでいるかのようにわくわくしてきたのでした。「これは面白い現象です、要するに、この青白い光はこの細胞を保護するためのバリアの役目をしているのではないのかな、そうとしか考えられない現象だね、だいたい何のためにこんな能力が必要なのか?」

 吉岡も変に思った。「確かに、この現象をどう説明するんですか?」

「分かりません」古賀は理解できない事をあっさりと認めた。

「とにかくその黒い粒のような塩基Xと青白い光とバリアは、かなりの確立で、一体のように見えますが、それを証明してみましょうか」

 吉岡もわくわくしてきた。「分かりました、では熱を加えて何度まで耐えられるのか確認してみましょう、古賀主任、いよいよ面白くなってきましたね」

 古賀はそれを聞くと「フン」と鼻で笑って「吉岡主任、面白いは不謹慎(ふきんしん)ですよ」

「すいません」と吉岡は言うと、網の上にアルミ箔を敷きその上にM618を置いた、そしてアルコールランプをその下に置きランプに火をつけた。モニターにも大きく画面に映し出されていたM618がこれまた一瞬で青白い光を放った。古賀が赤外線放射温度計を向けてランプの温度を測った。

 三百度、五百度、八百度と温度が上がって行った。

「すごいな八百度を超えているのにM618はなんでもないのか、いったい何度まで耐えられるんだ」古賀は驚いていた。

 吉岡もマイクロスコープで拡大された映像をモニターで見ていた、塩基Xが震える瞬間を見逃さ無かった。「古賀主任、間違い無さそうですね、塩基Xの青白い光が関係しているようです。しかしアルコールランプではこの温度が限界ですね、こいつどこまで耐えられるのかバーナーでやってみましょう」と吉岡はアルミ箔から鉄板に替えバーナーでM618をあぶりだした、古賀はいくら何でもこれは耐えられないだろうと思った。

 マイクロスコープで拡大されたモニターのサーモグラフの温度が上昇していった。

 千三百度を超え、千五百度になろうとしていた。

 古賀は驚いてモニターに視線が釘付(くぎづ)けになった。

 古賀は信じられなかった。「M618は何なんだこいつら兵器なのかそれとも宇宙開発用の細胞か、やっぱり徹底的に塩基(エックス)を調べる精度の高い顕微鏡が欲しいですね」

 吉岡は古木補佐から聞いた話を伝えた。「来週当たり来るそうです、高性能のデジタル電子顕微鏡が」

 古賀はそれを聞くとに苦い顔をして「来週か」とつぶやきそれでは遅いと思った。しかし吉岡の手前一様笑顔で「ほんとですか」と頷いた。

 吉岡は気になった。「それより古賀主任、青白く光ったところを、DVDに録画しましたか?」

「もちろんです、吉岡主任の方は」

 吉岡は頭を下げた。「すいません、忘れていました、準備します、しかし酸も効かない、熱を加えてもだめ、次は圧力でも加えてみましょうか」

「どうやつて」古賀は顕微鏡から目を離して吉岡を見た。

「ハンマーで(たた)くんですよ」と吉岡は左の()に右手こぶしを当ててひねるようなしぐさをした。

 古賀は首を(かし)げると「ずいぶん乱暴(らんぼう)ですね」と言った。

 吉岡はいくらなんでも今度こそはつぶせると思った。「効果的と言ってほしいですね」

 M618を入れたシーレを、四方をガラスで密閉されたグローブボックスの中に移しM618をシーレから出して鉄の台にセットした。何が起きるか解らないため保護メガネを掛けて、ボックスに付いているゴム手袋に手を入れた。ハンマーを握って「(たた)きます。」と言うと、まさかこの状態からいくら何でも逃げられないだろうと吉岡はまず間違いなく(つぶ)せるだろうとハンマーを軽く持ち上げてM618めがけて振り下ろした。

 (たた)(つぶ)す瞬間、やはりM618は青白い光を放った。

 モニターもその瞬間を(とら)えていた。

 吉岡は完全に(つぶ)した手ごたえを感じた。

 おもむろに、ハンマーを退()かして見ると。

 吉岡は驚いた。確かに手ごたえはあったはずなのに、M618は何の変化もしていなかった。

「どうなっているんだ」とハンマーの(ずち)の部分を見た。

 吉岡は目を丸くして唖然としてしまった。なんだこいつ、ハンマーの槌の部分が、M618の形にえぐれていた。

 古賀が異変に気づいて吉岡のそばに寄って来た。そのハンマーの槌の部分を目を凝らして見てみた。

「これは」慌てて、古賀が所員を呼んだ。

「清水君」

「はい」清水はちょっと離れた所でパソコンを操作していた。

「ちょっと来て、このハンマーの槌の部分を、至急分析してくれないか」

 古賀はハンマーを渡した。清水はその槌の部分を見て「このハンマーの真中がかなり変形していますね」

「それを分析してくれないか」古賀は清水を見た。

「解りました。」清水は(うなず)いた。

 唖然としている吉岡に対して、古賀は「吉岡主任、今度は録画しましたよね」

 吉岡はハッとして「アッ、いけねえ、録画まだ回りっぱなしだ。」

「大丈夫です、私が切ります。」吉岡はショックが大きかったようだった、古賀は冷静に吉岡を観察した。

「いや、そんなことはありません。次はなにをやりますか」吉岡は次の実験に移ろうと思った。

 しかし古賀は吉岡の様子を見て一息つくことにした。「ウン、ちょっと休憩しましょう、もう七時間も休みなしだし、コーヒーでも飲みながらまとめてみましょうか」

 古賀は、吉岡の冷静差をかいた姿を見逃さなかった。吉岡は物事にのめりこみ過ぎて(こん)をつめるタイプでした、それが(こう)じるとそれらの責任を自分で背負い込んでしまう、確かに責任感は強

 いがそのプレッシャーに押しつぶされそうになったことが以前にもあった。能力を超え答えの出ない分析も吉岡は答えが出ないことまで自分の責任と感じ、自分を責めることで落ち込んで行くそういうところがあることを古賀は見抜いていたからだ。

 古賀はここで休憩をとって、一息入れたほうが吉岡のリセットになると考えた。

「録画を再生して、もう一度最初から確認してみましょうか。何か気が付くことがあるかもしれませんよ」と古賀は提案した。

「じゃ、準備しますよ」と吉岡が準備をしている間に、古賀はコーヒーを入れに行った。        古賀にとって、録画を見ることよりも吉岡が根を詰める事のほうが心配だった。

 古賀はコーヒーをテーブルに運んできた。

「古賀主任、準備OKです。」

「まー、そうあわてずに」

 吉岡はパソコンの再生ボタンをクリックした。映像がモニターに現れた。

 それは浜松町でM618を自衛隊が攻撃している映像だった。

 古賀は映像を見ながら「あーそうだ、これはこの間の自衛隊の総攻撃を録画してあったんだ、M618の分析にと思ってね」

「録画?」吉岡は古賀がそんな映像を、いつ()りに行ったのかと思った。 

 古賀は笑った。「ほら、吉岡主任が東京タワーに取り付けた、監視カメラの映像ですよ」

 吉岡は、なるほどと頷いて「ほおー、私もM618の壊滅(かいめつ)の状態を見てみたいですね、しかしまさか丸一日分も見るんですか?」

「もちろん」と古賀は冗談だよと言はんばかりに、微笑んだ。

  映像は、主力戦闘ヘリUH60-JAのヘリボーン攻撃でナパーム弾が投下されたところから入っていった。二人はコーヒーを飲みながら、映像を見ていた。すでに三十分は経っただろうか、吉岡はどうも納得がいかなかった。

「ねえ古賀主任、この映像何か変ですね、われわれの分析ではこの程度の攻撃ならM618は例の青白いバリアで十分防ぐことができると思いませんか」

「うー、そうだな、確かに」古賀も始めて見る映像に違和感を感じだしていた。吉岡と同じことを思った。

「確かに変だな、ろくに青白く光ってもいないようだが、何故あのバリアをフルに使わないのか?」

 それに、ほとんど抵抗もしている様子も見受けられないが、何か意図があるのか、古賀は考えていた。

 吉岡も「これは変だな、何を考えているんだろう」

「えー、今なんと言いました。」と古賀は組んでいた足をほどきコーヒーカップをテーブルの上に置いて、身を乗り出した。

「考える、ですか」吉岡がボソッと言った。

「あれはものを考えますか、意思があるということですか?」と古賀は変に思った。

 それは、あまりに不合理なことだと古賀は思った。第一ただの細胞がどうしてものを考えるのか、意思を持つのか、それは考えられないことだと思った。

 その時、清水所員が、ハンマーの分析結果を持ってやって来た。

「結果が出ました。」

「ありがとう」古賀は礼を言うと結果のレポートを受け取った。目を通しながら「清水くんコーヒー在るよ、どうぞ」

「ありがとうございます」と、清水はテーブルの上のコップを手に取った。

「清水くん、この顕微鏡の接写写真を見ると、分子構造がつぶれたり、変形していないようだが」

「はい」

「でも、ハンマーの槌の中央部分は(えぐ)れているよね」写真を見ながら古賀が言った。

「はい、それは圧力が加えられて変形したものではないからです。」カップにコーヒーを入れながら清水が言った。

 話を聞いていた吉岡が、口にしていたコーヒーを吹き出して驚いた。

「エー、どうして」

「解りませ、解っているのは変形した部分の組織構造も、分子配列も計算どおりでつぶれたり変形などしていません、なんの異常もありません」

 古賀がどう考えても、自分の身に振り落ちてくるハンマーを一瞬の内に体の大きさの分だけ、槌のそこの分子を移動させ、自分の体を保護したことになるとしか思えなかった。

 吉岡はハッとして驚いた。

「あいつ、振り降りてくる金槌(かなづち)の危険を感じている、明らかだ、しかも同時に自分の体を保護する意思が働いている、そう考えるべきでしょう」

 古賀はモニターに映し出されている自衛隊の総攻撃の映像を見ていて首をかしげた。「どう考えてもおかしいな、M618は変だ、此れだけの自己防衛能力があるにもかかわらず、この総攻撃の映像では何もしていないに等しい、何故(なぜ)なんだ、この程度の自衛隊の攻撃を交わす能力は十分にあると思うが、映像を見る限りではろくに青白く光る事もしていないのは何故だ。」

 吉岡もやはり同じ事を考ていた。「何かの目的のためのカモフラージュかな?しかも部分的ではないようだ、全体的に統一されているようだし、組織的に行動しているのではないのか、相互間の意思疎通も行っているということになるぞ」古賀がやつらの行動を推測した。

「地上の膨大(ぼうだい)なM618の死骸はおそらくおとりで、本体は何かの目的のために、何処かに身を潜めてるんじゃないのか」

 吉岡も推測をした。「しかも、相互の意思疎通を受けて個々にもそれぞれの目的がありそうだな」古賀も吉岡もハッとして、サンプルに目を向けた。

 振り向いた古賀が「じゃあ、このサンプルの目的は」

 吉岡は慌てて走った。「くそ、俺達がこいつらを調べていたつもりが、本当はこいつらに俺達が監視されていたんだ、しまった。」

 吉岡は急いでM618のサンプルをシャーレに入れて科学第四研究室に走った。そして工専大の江川教授から送られてきた真空無重力粉砕装置めがけて第四研究室に飛び込んでいった。シャーレの中で赤い生命体は急激に増殖をはじめた、容器の中一杯になって今にもはじけそうになった。その瞬間、吉岡は真空無重力粉砕装置の蓋を開けてシャーレを中に放り込んだ。と同時にその容器は装置の中で破裂した、装置の中で赤い生命体は急激に(ふく)れ上がり一気に装置の中を充満した。吉岡は慌てて蓋を閉じた、ガラス窓の中が真っ赤になった。

「スイッチはどれだ」

 装置のガラス窓の向こうで、赤いやつが化け物のような顔に変化してこっちを見るなり薄笑いを浮かべた。

 吉岡はその顔を見るなり一瞬血の気が引きぞっとした。「一体お前らは何者なんだ、うわー機械が壊れる」

 吉岡は興奮して赤い始動ボタンを力任せに(たた)いた。

 一機に装置が高速で回転しだした、吉岡は興奮して、なにやらつぶやきながら、装置のガラス窓を肩で(いき)をしながらにらみ付けていた。サンプルのM618は、粉々に飛び散って、そのうち透明の液体に変わっていった。

 吉岡は、床に崩れ落ち、額の汗をぬぐった。そこえ古賀が()けつけて来た。

「大丈夫か、サンプルはどうなった」古賀はサンプルがどうなったのか気がかりだった。

「この中に、放り込んでやりました。」と吉岡は機械を指差(ゆびさし)した。

「おいおい、サンプルあれしかないんだろう」と古賀は装置のガラス窓を覗き込んで

 がっかりしていた。

 吉岡は大きくため息をついて「やらなきゃ、こっちがやられていたよ」と言うと、古木補佐の処に向った。

 古木は電話を受けていた。警察庁より先日の自衛隊の総攻撃について、検証を行うため、所長の代わりに、長官といっしょに、内閣官房での会議に参加するようにとの、一方的な連絡であった。

「トントン」ドアをノックする音がした。

「吉岡です。」

「オウ、どうぞ」

 恐い顔をして吉岡が入ってきた。

「深刻な顔をして、どうしたんだ。」古木は何が原因なのか気になった。

「危なく、やられるところでした。」と吉岡は興奮して肩で息を切らして入ってきた。

「誰にだ?」と不信な顔で古木は、息を荒げて入ってきた吉岡を見つめた。

「M618です。」と言うと吉岡は口をつむった。

「エー、何があったんだ。」と驚いて仔細(しさい)について吉岡に(たず)ねた。

 吉岡はさっき起きた事を、事細かに話した。

「じゃあ、M618は我われを監視するために、わざとサンプルを装っていたと云うのか」

 古木は吉岡の意外な話に思い当たるところがあるかを探すように考え込んだ。

「つまり、おまえ達がそれを見破った直後に、急激に増殖を始めた訳だな」

「はい」

「そうだとすると吉岡、おまえ達の会話を聞いていて理解したと、そういう事になるぞ、そして、次の行動を想定して、M618にとって危険を察知した為、攻撃を仕掛けてきた事になるが」古木は念を押すように尋ねた。

「はい」と、そうとしか他に考えようが無いと言った、吉岡の説明であった。

 古木は考え込んだ「古賀主任を呼んでくれないか、もう少し(くわ)しく理解したい」

「解りました。」少しして、古賀と吉岡が資料を持って戻ってきた。

「ちょっと、お借りします。」

 古賀はDVDディスクを、パソコンのドライブにセットして。

「これを見てください」と、再生キーを(たた)いた。

 M618の分析中の映像が映し出された。

「古木補佐、見てください、こいつの能力を、青白く発光していますが、此れは身を守るためのバリアだと思われますが、ただのバリアと違います、分析の途中で処分する事になってしまったので能力を全て分析した訳では有りませんが、とんでもない力を秘めています。そして、此れが自衛隊の総攻撃の映像です、どうですか」古木もおかしいと思えた。

 M618は自衛隊の総攻撃に何故、応戦しないのか?古木にも疑問に思えた。

「解った、言いたいことは理解した。その資料、もう一つ(そろ)えてくれ、明日もっていくから」

「何かあるんですか?」古賀が尋ねた。

「総攻撃の最後の検討会がある、長官に私も参加するように言われている」そこで古賀達の検証内容を話せる状況なのかはわからないがと古木は思った。

「解りました。」古賀は部屋を出て行った。

 古木は吉岡を見て「どうした、吉岡」

「実はお願いがあります、サンプルが無くなってしまった今、此処にいても」自分の手でM618のサンプルを処分してしまい吉岡は次に何をやったらいいのかわからない今、ただ亜兼にあって話がしたくなった。

「解った、お前も支笏湖(しこつこ)の山に登りたいんだろう、行ってきていいぞ」古木は吉岡の気持ちを察した。

「有難うございます。」吉岡は一礼をすると部屋を出ていった。

 そしてその同時刻に、M618のサンプルを保管分析していた、防衛医科大と厚生労働省の研究室で、そこにいた研究員全員が、サンプルと共に、消えてしまった事件が起きていた。

 ただ残されていた足跡は、はだしで二六センチ前後の人間でもなく動物のものでもなく、真っ赤な血液による足跡があちこちに付いていた。その後、科警研がその足跡を分析することになることを今は誰も知らなかつた。





 

  5 新たな遺跡の扉が開く





 その日の夕方、吉岡は亜兼に電話を入れた。

「兼ちゃん、どうそっちの様子は」

「やーやー、宗ちゃん、元気そうだな、もう興奮しちゃうよ、詳しい事は来たときに、それでいつ来るの」

「今日、これから行くよ」吉岡は笑顔で答えた。

「えっ、今日、これからか」亜兼はわくわくして、内心嬉しかった。

「ああ、今から行くよ」吉岡は楽しくてうきうきしていた。

「これからじゃー、十時過ぎだな、解った。伊藤さんに車を借りて空港で待っているから」亜兼はすぐに出なければ間に合わないと思った。

「それじゃー、悪いから」と言いながら、吉岡は、悪い気分でも無かった。

「なに言ってんだよ、気にする(がら)じゃないだろうー」亜兼の顔は笑顔だった。

有難(ありがと)う、すぐ出るよ」吉岡は直ぐにでも出かけたかった。

「気おつけてな」内心亜兼は吉岡が来てくれる事で心強くも感じた。

 吉岡はタクシーを拾って羽田空港に向った。

 M618の被害を受けていなかったこの空港はこの状況下でも国内線を一部飛ばしていたのでした。

 亜兼は伊藤さんの駐在所に向った。「こんにちは、伊藤さんいますか」

「はいはいはい、ああ亜兼さんどうしたんですか」

「実は科警研の吉岡って言う主任が、(れい)の件で今日来るんですよ、空港まで(むか)えに行くんですけど、ちょっと車借りられませんか」

「署の車は貸せませんよ、でも私一緒に行ってあげましょう、定刻の巡回と言うことで」

「しかし、到着は十時頃ですよ」

「大丈夫です。」気分良く、伊藤はジープを出してくれることになった。

 吉岡はすでに飛行機で新千歳空港に向っていた。どんな遺跡が出たのか楽しみでわくわくしていた。

 亜兼は恵美子にも吉岡が来ることを話すと、恵美子も迎えに行くと言うのでした、三人はジープで新千歳空港に向ったのでした。

「間もなく、新千歳空港に着陸いたします、安全のため、シートベルトをお締め下さい」と機内にCAからアナウンスが流れた。急に高度がさがりだしていった。窓から見える闇の中にライトの帯びがしだいに近づいて来た。いきなり機体がバウンドしたと思うと、エンジンの轟音(ごうおん)がさらにけたたましく高鳴(たかな)り、機体が反転して止まった。

 吉岡はゲートラウンジを通ってパッセンジャーターミナルに向った。

「兼ちゃんはもう来ているかな」

「吉岡主任」女性の声がした。

「あれ誰だろう、昔の彼女かな?」と吉岡は周りを見渡した。

「アッ、恵美子さん、来てくれたんですか」と気まずそうな顔をして苦笑いでごまかした、吉岡にとっては一瞬、恵美子がここにいることが驚きだった。吉岡は科警研でも恵美子は苦手であった、相手を思いやることなく自分の思うことをズバズバ言ってくる竹を割ったような性格が、次に何を言ってくるのか想定できないことが吉岡には彼女をどう対処していいのか手の打ちようが無いからだった。

「誰が昔の彼女なの」と、恵美子は腕組をして吉岡を見据(みす)えていた。

「いや、その・・・」そのとき亜兼が吉岡を見つけて「宗ちゃん」と笑顔でよってきた。

「兼ちゃん、来てくれて嬉しいよ」気まずいところを、確かに吉岡にとって亜兼は嬉しい時に来てくれた。

「宗ちゃん、こちら駐在所の伊藤駐在員さんです、車を出してくれて」

「吉岡です、車まで出していただきまして有難うございます。」と吉岡は頭を下げると伊藤も恐縮していた。恵美子がじれったそうに「早く行きましょう」と車の方に向って歩みだした。

 皆は後に付いていった。

 帰りの車の中で吉岡がまた伊藤に礼を言った。「すいません、迎えに来ていただきまして」

 亜兼が吉岡に聞いた。「それより、東京ではすごかったようだね、本当に新聞の記事どおり壊滅できたのあれ?」

 吉岡は困った様子で「それが、その、本当のところ解らないな」

 恵美子がまたじれったそうに「一体どっちなのよ」

「古賀さんとの分析の結果から言うと、何かのカモフラージュのため壊滅状態を(よそお)ったと私達は見ているけど、都のほうや厚労省、防衛庁にしてみれば間違いなくM618は壊滅できたと思っているようだけど」

 不思議そうな顔をして亜兼が「それってどういうことなの、何かの目的のためって、なんなんだよ?」    

 伊藤が運転しながら「吉岡さん、今日の宿泊は」

「あ、そうだ」

「良かったらうちに泊まりますか、同業だから大丈夫でしょう」

「重ねてありがとうございます、是非、助かります。」そのまま恵美子はホテルに戻った。亜兼は伊藤さんの所にお邪魔して、吉岡から総攻撃の様子を目を丸くして聞いていた。

 M618の分析の状況や新聞に載っていたように自衛隊の攻撃はすさまじいものだったのかい、M618を完全に壊滅する事ができたと新聞に載っていたけど宗ちゃんの話しは実際のところはどうなの・・・、結局亜兼も泊り込んでしまった。

 翌朝「おはよー」恵美子は静かすぎる雰囲気を感じると「ねえちょつと、皆な、起きていないの」と、駐在所の階下から叫んだ。

「あ、いけねえ寝過ごしちゃった、起きていますよー、今行きます。」慌てて亜兼は着替え出した。

「宗ちゃん、早く起きろよ、恵美子さん来ちまったぜ」


 吉岡は、伊藤の運転する車の中で、古代遺跡を色々と創造していた。樽前山の七合目のヒュッテで朝食を取り、徒歩で新く発見した遺跡に向った。

 吉岡は皆に付いて行くのが精一杯だった。「恵美子さん、ペース速いですね」

「スノーボードで(きた)えているからへいきよ、あなたも体は常に鍛えたほうがいいわよ」

 吉岡は必死に息を切らして丘を登りつめると、平らな所にこんもりとしたドーム型の小山が目の前に現れて来た。

「これが遺跡か、ふんー」と()め息が()れた。そのドーム型の小山に隣接してプレハブの小屋が建てられていた。そして土木作業員が何人かいて作業をしていた。

 亜兼が挨拶(あいさつ)をした。「おはようございます。ご苦労様」土木作業員からも返事が返ってきた。

「おはようございます。」

 小屋に入るとそこは気密室のようになっていた。

 吉岡が疑問に思って「どうしてこんな設備が必要なの?」と尋ねると、恵美子が感が悪いはねと言った顔で「このドアの向こうに、遺跡の扉が在るのよ、その扉を開けたとき気圧の変化で悪影響が起こるのを()けるためよ」

 ジェネレーターで発電して、コンプレッサーを作動させて、部屋の空気の気圧を上げる仕組みになっていた。

「なるほど」 

 しばらくすると、北海道開拓大学の北見考古学教授と学生、それに同大学の地質学の教授が共に来てくれた。

「おはようございます。」と扉を開けて入ってきた。

「ご苦労様です、教授、一休みしてから始めましょう」と伊藤が言うと、北見教授が椅子に腰を降ろした。

 小屋の中で打ち合わせが始まった。その時、吉岡は外の周りを見て回っていた。

 こんもり盛り上がったおわん形の小山を見て、遺跡にしてはかなり大きいと思った。

 平らな処にいきなり土が盛り上がっていてあまり大きくない雑木林がかなり生えていた、明らかに円墳に思えた。

「この中に何が入っているんだろう、しかし、この辺に円墳に眠るような豪族が昔いたのかな?」と独り言を言っていた。

「宗ちゃん、紹介するから来て」と亜兼に呼ばれて吉岡はプレハブの中に戻ると、なにやら機材の準備や学生がコーヒーを(くば)ったりしていた、奥のプレハブのドアが開いていた、そして古墳の扉が見えていた。吉岡はそれを見ると思い(えが)いていた物とはまるで違っていたため思わず立ちすくんでしまった。それは大きな岩で出来ているものをイメージしていたからでした。

 ところが目の前にある扉はまるで核シェルターか宇宙船のものを思わせる、分厚い鋼鉄製(こうてつせい)のような、黒光りをした、精巧な間隔でストライプが入っていて、真ん中あたりに左右の手の平のような飾りがあり、その間に丸くくぼんだへこみがあった。

 (かぎ)らしいものは何処にも見当たらない、吉岡は思わず(そば)に行って(ふれ)れていた。

「これが古代の遺跡なのか?」とつい吉岡の口から率直な思いが言葉となって出てしまった。その疑問に誰も答える者はいなかった。と言うより、本当のところ誰にも解らなかった。

 亜兼は唖然としている吉岡を呼んだ。「宗ちゃん」

 吉岡は我に帰って、そうだ自己紹会をするんだったっけと振りかえり席に着いた。「あー、申し訳ありません、私は東京の化学警察研究所で主任をしています、吉岡です(よろ)しくお願いします。」

 北見教授が(たず)ねてきた「君、専門は」

「はい、化け学です、ところでこの扉は開くのですか?」吉岡はすぐにでも中が見ることができるものかと思った。

 亜兼は首をかしげて難しい顔をした。「それが、開け方が解らなくて、今日で三日目かな、何をどうやればいいのかまるで解らないんだよ」

 恵美子がため息を付いて「だから、明日には、扉を開けるための機材が到着しますから、それまで待ったほうが良いと思いますよ、どうせ人間の力で開くとも思えないし」

 吉岡が指差して「あの手の形をしたくぼみ、あれ意味があるんじゃないのかな」

 亜兼が(うなず)いて「色々やってみたよ、手も当てたし、押したし、引っ張ったりもした、震動も与えたし、全てだめだったよ」

 亜兼も、機材の到着を待ったほうが良いのかと思ったが、つい何とかして開けられないものかと、心がそっちの方向にいってしまう。

 吉岡もあれこれ考えたあげく「アラビアンナイトのように呪文を言ってみるとか、やってみた。」

 亜兼が思い付いたように、それやってなかったなと「呪文か、それいけるかもよ、アブラムシカタツムリよし」

 ほかの皆は腕組をしてため息をついてしまった。いきなり恵美子が「それ、アブラカタブラでしょう、なに馬鹿な事言っているのよ、無理よ、あきらめましょう」と言うものの、やはり恵美子も何かを試してみたい気持ちは(おさ)えがたいものがあった。

 結局、扉を開ける作業は始まった。

 亜兼が両ほうの()を上に向けて「アブラカタブラを日本語に訳すとこう言うんだよな、アブラムシ、カタツムリ、アーメン、理解されていないようだな」と、小さく頷いた。

 恵美子はそれを聞いて呆れて噴出した。「ばかね、何それ、アーメンはよけいでしょう」

「さて、始めましょう」と好奇心の旺盛な北見教授が立ち上がった。

 皆、手分けして扉を開ける手がかりを探し始めた。

 北見教授が地質学教授の岩城教授に地層の年代の特定をたのんだ。

 岩城教授は学生を伴って外に向った。

 吉岡と恵美子は拡大鏡(かくだいきょう)で丹念に扉を調べ出した。亜兼は色々な言葉を扉に語りかけていた。すでに三時間は過ぎていた。全員に疲労の色が見え出した頃、少し休憩をとることになりました。

 テーブルを囲み各々自由に好きな場所に座りコーヒーを飲み始めた。

 北見教授が岩城教授に地層の年代を(たず)ねると、外の大きく掘り返された側面の地層から判断して「およそ、三千年以上は前のものと思われますね。明らかに古墳時代よりはかなり以前の縄文後期か弥生前期の物だと、古墳時代は四世紀から七世紀ですから、少なくとも千五百年つまり十五世紀ほどさかのぼる事になります、まず年代から見ても古墳ではありませんね、もし古墳とするのなら異文化の新発見につながるかも知れません」

「今だ知られざる、文明ですか、すごい事ですね」北見教授もわくわくしてきた。

 亜兼はその話を聞いていて「なるほど、異文化ですか、つまり我々が常識として考えている扉の開け方とは異文化だけに異っているにちがいありませんね」と思考錯誤にまかせて色々試すことにした。

 重力に逆らって上に持ち上げようとしたが無理だった。こんどは、横から力任せに押してみた。

 吉岡が見かねて「兼ちゃん、何やってるんだよ」

「おお、回転させるんだよ」額から汗を噴出していた。力任せに横から押しまくった。

「そうか、よし俺も手伝うよ」と亜兼の後ろに回って一緒に扉を押した。

 びくともしない「駄目かよ、よし今度は横に押してみよう」亜兼は尚も汗だくで押していた。他の皆も見かねて、(そば)に寄って来た。顔を真っ赤にして力一杯押している亜兼の姿を見ている周りの人達のが握り絞められていた。歯を食いしばっている者もいた。

 亜兼は精一杯の力でもう一度ふんばったが、汗が飛び散るだけで結果はやはり扉は開かなかった。

「駄目か、よし次もまた押してみよう」

 亜兼は扉の手の型のくぼみに両手を押し当てて、足を踏ん張り、また力任せに扉を押した。しかしびくともしなかった。見ている周りの顔に諦めの感じが出始めた。

 恵美子が見かねて「亜兼さん、人の力くらいでは無理なのよ、諦めましょう、機材が来てからにしましょうよ」

 その言葉を聞いた亜兼の体から力が抜けてしまった。

 無理なことは彼自身十分悟ったが、やらずにはいられなかった。しかし恵美子の言葉で現実を認識させられた。

「言う通りだね、無理だったんだ」とうな()れて額を扉に押し当てて荒い呼吸を繰り返していた。

「どうしたらこの扉開いてくれるんだ、教えてくれ、頼むから扉を開けてくれ」と念じるようにつぶやいた。その時、小さな()れが起こり、両手を扉の手形に当て、額を丸くくぼんだ部分に押し当てたまま亜兼は前に(たお)れこんでいった。目の前の出来事が信じられず、皆素直に受け入れがたい状態に呆然としてしまった。

 恵美子は機敏に反応してコンプレッサーのスイチをONにした。セルモーターが回転し

 てエンジンが(うな)りを上げて始動した。ダクトの噴出し口から威勢良く空気が噴出されて行った、室内の気圧が上がって行き、遺跡の扉の隙間から威勢よく空気がふきだした、扉は音を立てて内側に開きだした。

 恵美子が叫んだ「汚染されているかも知れないわ、防御服を着てー」

 皆慌てて防御服を着だした。亜兼は何が起きているのか理解できていなかった。あっけに取られて扉が開いて行くのに合わせて前のめりに倒れこんで行った。

「兼ちゃん、これ着て」吉岡が防御服を投げてよこした。亜兼はハッとして、振り向きざまに防御服を受け取ると、慌てて着込んだ。

 コンプレッサーの回転するエンジンの音がけたたましく鳴り響いていた。「ガタガタガタガタ」

 扉は完全に開いた。しかも自動的にだった、明らかに古代の遺跡でなんかではなく、高度に発達した文明の代物のようだ?

 異星人の乗り物か?

 いずれにしてもハイテクノロジーの代物であることは全員が直感した。






 6 タイムカプセル




 遺跡の扉が完全に開いた。

 次に何が起こるのか皆は扉の中の暗がりの方行に目を凝らして(にら)み付けていた。

 亜兼は動けなかった。もし中に入って扉が閉まってしまったらどうしたらいいのか、中から変な生物でも現れたらどうしたらいいのか。

 色々な事が頭をよぎってはどうしたらいいのか思考が混乱していた。

 別の心が、何を迷っている、浜崎橋JKで爆発したトラックの積荷の手がかりを知りたくはないのか、そのためにここに来たのだろうと初心を思い出した、赤い液体の発生原因の手がかりもこの中にあるのかも知れないのだぞ、迷っている場合か、そうだそうだったと、亜兼は腹が決まった。

 亜兼は体をこごめて恐る恐る中に入っていった。吉岡は慌てて「兼ちゃんよせよ、入るのはやめろよ、何が起きるか解らないぞ、もう少し調べたほうが・・・」

 他の皆は大丈夫なのかなと疑問を感じながらも見守っていた。それでも亜兼は恐る恐る進んでいった。

 真っ暗な通路を亜兼が入ったとたんに亜兼がいる場所だけの天井、壁、床が急に発光して明るくなった。亜兼は目を丸くして驚いた。「うわー何だこれは」そして光っている壁や天井をまじまじと見た。どうもその光かたが蛍光灯やLEDの明かりでは無いようだ壁や天井のそれ自体の素材が発光しているようだ。

 これってどういう原理なんだろう、こういう照明って現代にもあるのかな、やっぱり異星人かなんかの代物なのか?

 周りを見ながらまた恐る恐る前に進んで行った。

 亜兼が進むに連れ壁や天井がやはり次々に光っていった。

 扉の外からその光景を見守っていた吉岡達も驚いていた。信じられない、岩城教授の話では三千年の昔にはすでにここに存在していたんだろうと、このハイテクの代物はいったいどういうことなんだ。何か我々の判断が間違いなのだろうか?

 そしてまた吉岡が叫んだ。「兼ちゃんやめた方がいいよ戻って来いよ」

 しかしそんなことはお構い無しに亜兼は前に進んで行った。

「何処まで通じているんだ」

 後ろを振り向くと、入口で皆が(のぞ)き込んでいた。北見教授が学生たちに此処にいるようにと(うなが)すと、そそくさと中に入って来た。

 また吉岡が慌てて教授を呼び戻すように叫んだ「教授、北見教授」

 恵美子も伊藤も注意深く中に入って行った。

「おいおい、何が起きるか解らないぞ」と言いながらも、仕方なく吉岡も皆について入ってきた。すでにこの代物を遺跡と思う者は誰もいなかった。しかもこの中は湿気も感じられずエアーコントロールが完全に行われているように感じた。

 恵美子は最初に遺跡として見つけた場所に、高濃度の残留放射性物質が存在していたことを思い出した。此処の動力源はもしかしたら、原子力によるものではないのかと思っていた。しかし科警研に戻って、遺跡で採取した土を分析したところ、特にアルファー線の放出が通常よりかなり多く放出していた痕跡(こんせき)が気になっていた。その当りから、遺跡ではなく別のものであることは、薄々気が付いていた、だが、何であるかはまるで見当も付くはずも無かった。

 ここの動力源はウランより重い元素を使って、原子炉を稼動しているのか?

 そんなことが可能なのかしら、大体三千年も前えからここにあるなんて地球上の代物ではないのでは?

 恵美子は色々なシュミレーションを頭の中でしていた。

 現在原子炉といえばウラン235が常識と考えられているが、陽子が92個の純度90パーセント以上のはず。でもそうではなく、たとえば、陽子30個の亜鉛と陽子83個のビスマスの原子を80日間、衝突させ続けて作り出された。陽子113個の新元素が確か近年見つけられたとネイチャーの電子版に載っていたのを恵美子は思い出した。確かそれは、仮称リケニュウムなるものだが。これは次々にアルファ線を放出して、さらに核分裂を繰り返していく新元素のようだが、現在は不安定な元素らしいが、しかし安定化させ、このように重い元素を原発に利用できたとしたら、小規模でもとんでもない出力が得られるはずだと思った。しかし「そんな事、ありえないはね」と、(つぶや)くと、恵美子は頭を振って、想像を打ち消した。それは、現実的に考えても五十年も百年も先になる話だからだ。しかし三千年以上も、何かを動力源として稼動させるとしたら、そこには自動的にリサイクル処理を行う施設がある可能性は高いと思った。だけど現実にはそんな技術もそんな小型の装置も今の世界のどこにも存在していない。要するに、この建造物がそうとう科学技術が発達した別の世界の物としか解釈できなかった。

 いったいこの建造物はなんなのかしら、どうしてこんな山奥に作られたのか、何か手がかりになるものは無いかしら、見つけて必ず持ち帰るわ、そういう視点で恵美子は進んでいった。

 吉岡は(おそ)(おそ)る壁に手を当てて床を確認しながら足をずって前に進んでいった。何か変だと思っていた。指が触っている壁の感触が冷たく無い、壁自体で室温をコントロールしているように感じた。指が触れていると、そこの温度が下がって行き一定に温度を保とうとしている。

 伊藤は腰の拳銃に手を掛け中腰になって周りに神経を()()まして何か起きてもすぐに対処できるように態勢を(かま)えていた。しかしこの出来事を上にどのように説明すればいいのか困っていた。

 亜兼は警戒しながら前に進んではいるが、何処までこのまま先へ進めばいいのか、少しいらだちを感じ出した。後ろからついて来る北見教授に話かけた。

「教授、この通路どうなっているんでしょうね」

 好奇心旺盛の教授は「先に行くしかないでしょう」と(うなず)いた。

 亜兼も、ごもっともと思った。そうこうしているうちに、行き止まりに突き当たった。

「あれ、行き止まりだ。部屋に入る入口が見当たらないけど、どうすればいいのだろう」周りを調べてみた。北見教授が見つけだした。それは壁と同色で解りにくかったが、やはり手の型のくぼみを見つけた。「亜兼君、これ扉に付いていた手の形に似ていますね」

 亜兼は近寄って見ると、確かに手の型をしていた。やはり壁と同色をしていたため今まで見落としていたのかも、もしかしたらここまで来る途中にも()ったのかも知れない。

 ()れに手を当てると何かが起きるのかと、亜兼は色々な事が頭の中で創造していた。もし扉が開いてそこに変な生物(いきもの)がいたらどうする。


 亜兼は直感から浜松町に現れたM618の発生の原因が浜崎橋ジャンクション上で謎の爆発を起こした運送会社の輸送トラックが運んでいた積荷に何かあると思ってそれを追いかけてこの得体の解らない施設にたどり着いた。

 当初は古墳と思っていたが、まるで見当違いのこの建造物に入ってみるとあまりのハイテク設備に驚いたがもしかすると、M618はこの中で作り出されたのでは、それとも此処に住んでいた住人が長い年月の中でM618に変身をしたのか?

 三千年も永らえる生物はいないだろう。世代交代がこの中で行われている間に、この中にいた生物がなんだかの影響でM618に変化したのではないのか、確か吉岡がM618は人間と同じ細胞の塩基配列をしていると言っていたが、それを宗教団体の奴らが東京に運び込んだのだろうか、それらの謎を解明する答えがきっとこの中にあるはずだ、そう勝手に想像していた。まあ、そこまで都合がいい話もないだろうと、亜兼は頭を横に振った。

 北見教授は疑問に思った。我々がここに入って来たことは、この中の住人にはすでに認識されているはずだろうが、何故捕獲にこないのか。

 他の皆も追いついて此処まで来た。

 吉岡が亜兼に「兼ちゃんどうしたんだ。」と尋ねると。

 亜兼が指差して「どうも、部屋の扉を開けるものらしいよ」と壁にある手形のくぼみを指差した。

「エー、どれ」とちゅうちょ無く吉岡は無造作に手形に手を入れてしまった。

 亜兼は慌てて「ばか、何やってるんだよ」と吉岡の手を払って、何かが起きるのかと様子を見た。しかし扉は開くことは無く別に何も起らなかった。

「何だ、思い違いか」と取り越し苦労だったと吉岡は亜兼を見た。

「ふう」とため息をつくと亜兼もその手形に手を当ててみた、するといきなり壁が開きだしたのでした。

「うわ、まずい、逃げよう」と逃げる構えをした。しかし北見教授は開いた扉の奥を覗きこんでいた。

「北見教授」と亜兼は小声で教授を呼んだ。教授は手招(てまねき)きをしていた。

 恐る恐る亜兼もその中をのぞきこんでみた。

「大丈夫ですか」亜兼は教授の顔に視線を向けた。

「うん、何故扉が開いたのかだ、君解りますか」

「エッ」亜兼には理解できなかった。

 教授は笑顔で「吉岡君が手を当てても開かなかった扉が、君がやったら開いたということは、君の指紋か何かがここのセキュリティーに読み込まれているということのようですね」

 亜兼は驚いて「えー、まさか、いつ読まれたんだろう

 北見教授は推測した。「きっと入口の扉を開けた時でしょう。あの時、君は扉に手を当てていましたよね、おそらくあの時だと思いますけど」

 亜兼は両手を見た。教授が話を続けた。「この施設の状況を考えると、不審者が訳なく侵入出来るほどセキュリティーがあまいとは考えにくいが、けれど我々が此処まで来れたと言うことは招かれた客と言う事なのですかね、少なくとも君だけは」

「まさか、そんな訳無いですよ」と、亜兼は信じられなかった。

 北見教授は部屋の中につかつかっと入っていった。部屋の中が急に明るくなった、皆も部屋に恐る恐る入って来た。

 内部は八十平方メートルほどありそうだ、家具も何にも無くがらんとしていた。教授がまた壁を調べ始めた。ここも四方の壁に手の形をしたくぼみを見つけた。

「亜兼君、ここにもあるぞ」といくつかの手の形をしたくぼみを北見教授が指差した。

 亜兼は試しに、吉岡に手を当てるように促した。

「宗ちゃん、そこのところに手を当ててみて」吉岡は手の型のくぼみに手を合わせた。

 何も起きない、次ぎの型にも合わせた。やはり何もおきない、五箇所とも行ったが何も起きなかった。

「次ぎ、伊藤さん同じ様にやってもらえますか」

「いいですよ」けれど結局、何も起きなかった。

 恵美子は壁の手の形をしたくぼみを見て何故手の形をしているのかと思った。

「何もセキュリティー解除ならナンバーのプッシュタイプでも網膜認証でもよかったのではないのかしら」と言いながら恵美子が手の形のくぼみに手を当てて見たが反応は無かった。

 教授もやってみたが相変わらずだった。

 教授が次ぎは君だねと亜兼に(うなが)した。亜兼は近寄り、その型に手を合わせた。

 同じように何も起きなかった。次ぎも何も起きない、教授は変だなと思った。

 他の皆もやっぱり何も起きないと落胆した。けれど三つ目の手の型のへこみに亜兼が手を合わせた。するといきなり左側の壁が開き、入口が現れた教授が亜兼の顔を見て「思った通りだ、やはり君の何かがここのセキュリティーに読み込まれているようだね」

 恵美子達も何故だか亜兼の何かがドアを開けるパターンに同調していることは間違いないと感じた。

 扉が開いたその奥を覗き込んで見ると中は真っ暗だ。ここは何だろうと皆は中に入っていった。ここは何故か明かりが()かない、目が慣れていないため手探りで壁お伝え歩きをして奥に進んで行った。皆は目が慣れてきて徐々に周りがうっすら見え始めた。

「ウム、何だろう」何かが部屋の中央()たりに在るようだ、小さな光が見えていた。皆は光に向かって歩いていった。

 かなり部屋は広く何も物が置かれていない様子でがらんとしているように思えた。30メートル以上は進んだ、中央に近づくにつれて白い光はしだいに強くなっていった。その光の実態が認識できる位置までやってきた。どうも何かの装置のように思えた。

 急いで皆が駆け寄ってみると確かに何かの装置のようだ。

 一メートル四方の大きさの配線でつながっている金属管や訳の分からない装置が複雑に(から)み合ったその上部に、長さがほぼ十七~八センチ、幅は十二センチ程、厚みは五~六センチの、さほど大きくない、白い長方形をしたものが発光していた。

 その箱がその訳の分からない装置から伸びた金属の細いパイプのようなもので、まるでダイヤが指輪の台のツメで固定されているように、その白い箱を左右六本の金属パイプのツメのようなもので固定されていた。

 その発光は、光というよりエネルギーの放出といった感じでした。極小の太陽のような感じをイメージさせていた。その光は力強くもあり、心を落ち着かせる暖かさがありました。このエネルギーは何の為なのかと教授は周りを見渡した。

「うー、何だろう」闇に目が慣れてきたせいか遠くの壁にびっしりと何かがいるように思えた。それは闇の中にぼんやりと見えていた。

「なんだろうな」けれどさほど気にもしなかったが。

 亜兼は教授に(うなが)されるままに周りを見渡(みわた)した。(しばら)く見ているとハッとした。

 この光景になぜか見覚えがあった。何で見たのかを思い出していた。そうだ向こうの遺跡の跡と思われていた(そば)にあった重機の中で見つけた露出不足の写真に写っていた光景が確かこんな感じだった。

 あの写真はこの中で撮った物だったのだろうと創造が付いた。

 でももう一つの赤い箱のような物が写っていたあの写真もきっとこの中のどこかで撮った物だと思った、あれと同じ物がここの何処に在るのだろうかと、亜兼はもう一度周りを見まわした。しかし、ガランとしているだけだった。暗がりの中でそんな物が見つかるわけもなかった。

 恵美子は金属のパイプのツメで固定されて発光している白い箱体を観察していた。

「この白い発光体は何か重要なものなのかしら、例えばこの部屋全体の何かの安定維持装置のような、それとも演算処理装置の一種に当たるものなのか、いずれにしてもこれは相当重要なものに違いないは、出来れば持ち帰って調べてみたいは」恵美子に限らずこの建造物がそうとう進歩したテクノロジーの(かたまり)であることを皆感じていた。

 現在、日本の最速のコンピューターは、ある大手メーカーのもので毎秒一京回を上回る演算能力があるそうですが、つまり1の後に0が16個付く数字です、しかしこのスーパーコンピューターも体育館ほどの大きさの場所を必要としています、けれどこの小さい箱がこの施設のCPUとしてコントロールしているとしたら果たしてこの装置はどうなっているのか、考えただけでも恵美子はどうしても、持ち帰って調べたいと思った。

 恵美子が装置を固定しているツメに手をかけた。

 吉岡が「あー、恵美子さん何をするんですか、何が起こるか解らないです。」

 恵美子が反論した。「吉岡主任、あなたには好奇心は無いのかしら、この施設のハイテクを見たでしょう、これがこの施設のCPU だとしたら、この小ささで興味は湧かないのかしら、そのことのほうが呆れるは」と恵美子はツメが外れるかどうか、色々いじくり出していた。

 伊藤も不安になってきた「そんなにいじくりまわして、あぶないですよ」と言い終わらない内に、ピュ―と何か電源らしきものがダウンしていくような音と同時に箱の発光も消えていってしまった。

 吉岡は慌てだして「おいおい、何か起きるぞ、きっと?」と周りを見回した。

 そのうち光がまったく無くなり、真っ暗になってしまった。一寸どころか目の前が真っ暗で身動きが出来なくなってしまったのでした。

 教授が何かを探すように周りを見渡した。「きっと動力源が止まってしまったんだろう、あの白い箱を揺すったために地震か何かと勘違いして、リミッターが働いたのかも知れませんね」

 伊藤が腰の拳銃に手を当て、身構えて「どっちにしても身動きできませんね、まいったな」

 すると、突然パッと部屋全体が明るくなった「アッ、これは非常灯が()いたんだ」と吉岡が叫んだ。

 天井の至る所が明るくなった。皆、天井に目をやった。かなり高い十メートル以上はあろうか。

「あー、何だあれは」伊藤が驚いて、いきなり腰の拳銃を抜いた。

 皆も腰を下げて身構えた。遠くに見える周りの壁が段になっていて、そこに人体そっくりの生命体で壁一面、埋め尽くされていた、目を(つむ)っているが装置に金属のパイプのツメで固定されたこの白い箱の方向を全ての顔が向いているように思えた。さすがに吉岡も、目ん玉が飛び出るくらいに驚いた。「なんだこりゃ、(おそ)ってこないだろうね」

「そんなこと、解らないわよ?」恵美子も一応身構えた。

 亜兼はその人体の顔を見比べて、全員同じ顔をしている事に気づいた。

「教授、顔を見てください、全員同じ顔をしています。」

「うーん、この人体はクローンだろうか、それも新技術なのだろうか、此れだけ大量に作り出す技術は相当なバイオ技術だね。現在の世界の技術を(はる)かに(しの)いでいるようだね、どんな世界のものなのか、ただ単に異文化で済まされる次元の話ではないですね、はるかに現代科学を超えた別世界の感じをさせる代物だね。もっと細かく調べて見たくなりましたね」

「カチャ」亜兼が音のする方を見ると、白い箱を固定していた金属のツメがなんと(はず)れていた。亜兼はその白い箱の(そば)に行き、その箱の形を見て思い出した事があった「アッ、これだ」あのインスタント写真の赤い箱に瓜二(うりふた)つだった、何故色が白いのだろうと、思わず亜兼は右手で()れてしまった。

 すると不思議とその白い箱が手の平に吸い付くようにフィットした。何かが意識の中に入り込んできて問い掛けてくるような気がした。そして思考というか、意識が読み取られるというか吸い取られている感じがした。

 目の前が真っ暗になり、目まいを感じた。しかしそれは一瞬のことで直ぐに元に戻った。

「亜兼君、大丈夫か」と言う教授の声で現実に引き戻された感じがした。

「あ、教授、大丈夫です、何でもないです。」

 すると突然建物に小刻(こきざ)みに()れが起きた。

「どうしたのだろう、地震かな」伊藤が倒れそうになって天井を見ると「ミシミシ」とひびが入りだしていた。「わー、(くず)れてくるぞ」その声を聞いて皆な天井を見た。

 教授も「()れは(くず)れてくるぞ、逃げよう」と言うと皆な慌ててドアに向かって走って逃げ出した。細かい破片がぼろぼろと落ちだした。通路まで走って来た時、亜兼はしまったと思った、あの白い箱を置いてきてしまった、そして慌ててさっきの大きい部屋に戻って行った。天井から落ちてくる破片が次第(しだい)に大きくなってきた、ぼろぼろと落ちるスピードもしだいに早くなって来た。亜兼は白い箱の前に立つと持ち去っていいものなのかと一瞬(いしゅん)(まよ)ったが雨のように降りしきる小石が体に当たるのを感じた、すぐに()げなくてはと思うと夢中で白い箱をつかんで、一目散でもと来た通路に走った。しかしすでに大きな破片がばらばら落ちだしてきていた。落ちだすともう止まらず、その勢いは増していった。

 亜兼は通路を全速で走っていったが後ろから物凄い勢いで天井が(くず)れ落ちてきた。

 すでに、他の皆は外に飛び出していた。恵美子が外に出ても(なお)も叫んだ「原子炉が吹き飛ぶわよ、もっと遠くに逃げないと放射能に汚染されるはよ」と叫んで逃げながら振り向くとプレハブ小屋の窓から物凄い勢いで白っぽい光が瞬間窓ガラスを吹き飛ばして()れるように噴出してきた、と同時にプレハブ小屋が吹き飛んだ、あの遺跡と思われていた鋼鉄の分厚い入り口の扉が軽々と空高く吹き飛ばされていった。

 逃げ帰った中に亜兼がい無いことに気がつくと吉岡はさっと血の気が無くなり叫んだ。「兼ちゃん」直ぐさま(くず)れかけていた遺跡の方向に走りだそうとした。

「危ないは、戻って」恵美子が吉岡に向って叫んだ。

 その瞬間、ドーム型に盛り上がっていた小山が爆発を起こしたのでした。その爆風で吉岡は吹き飛ばされて倒れこんだ。すぐさま起き上がり(くず)れ落ちた小山を見ながら吉岡は涙顔で「兼ちゃん」と叫んだ。

 すると吹き飛ばされた小屋のあたりの瓦礫(がれき)にうずもれた出口からまばゆい光が()れると同時にそこの瓦礫が砂塵と共に吹き飛んで砂埃(すなぼこり)の中を亜兼が飛び出して来たのでした。瞬間、気のせいか亜兼が青白い光に包まれているように思えた。そして吉岡の方に頭からスライディングのように飛び込んできた。後ろでは土煙を上げてドーム型の小山が崩れ落ちていった。全員その場に倒れかけたまま、しばらくその場で土煙の中に崩れていくドーム型の小山の跡を眺めていた。

 亜兼は小脇にしっかりと白い箱を(かか)えていた。恵美子はサイドバックからガイガーカウンターを取り出してスイッチを入れると、いきなり針が()れてガガガガとうなりだしたのでした。「高濃度の放射能が漏れているわよ、逃げましょう」全員はまた走り出した。

 そのまま七合目のヒュッテまで戻って来た。皆イスに座り込むとしばらくそのまま無言でいた。それぞれ混乱した頭の中を整理していたかのようであった。

 吉岡が立ち上がって「まあ、とにかくコーヒーでも飲みましょう、注文してきます。」と言うと学生達も立ち上がり「手伝いましょう」とカウンターに向った。

 亜兼はテーブルの上に例の白い箱をドンと置くと「これは一体、何んでしょうね」

 恵美子が「それもそうだけど、あのドームは一体なんのためのものだったのかしら」

 又、皆は考え込んでしまった。

 北見教授が思慮深(しりょぶか)一考察(いちこうさつ)を語りだした。「最初に遺跡と思われていた処から出土した。頭蓋骨等を法医学の面から分析した結果を聞きましたが。    

 頭部の大きさ、(あご)の小さいところは現代人が二百年以上も進化して行くと、きっとこんな状態になるのではないのかと聞きましたが」

 伊藤は教授の顔を(のぞ)き込むと、驚いたように「それは本当ですか、あの施設を見るととてつもなく高度な文明のように思えますが、そんなに進んだ文明が何故あそこにあったのか非常に驚きでしたね」

 恵美子は伊藤の意見に割り込んで「まるで考えがまとまりません、あの施設を(おお)う土は三千年も()っているというのに、その中の建造物は現在よりも進んだテクノロジーの施設が存在するのはどうなっているのかしら、しかも環境的に厳しい千メートル級の高山の奥地に隠れるように存在するのは何故なのか、とにかくあのドームは何かのタイムカプセルのようなもので、特定の年代になると全てが起動するようにセッティングされていたのではないのかしら、これも私のただの創造ですけれど、何処(どこ)からか三千年前に送り込まれたとしか思えないはね、地球外なのか未来の世界からなのか、私としては時の流れをさかのぼるなんてありえない話だは、かと言って宇宙人説なんて安易(あんい)過ぎるし信じられないは、そこには何かのトリックのようなものがあるのかも、分かりませんが」恵美子は両手を左右に広げた。降参とでも表現したいのか?

 吉岡と学生達がコーヒーを運んできた。「お待たせ、どうぞ暑いうちに」とカップを配った。

「ありがとう」

「すいません」

「いただきます。」それぞれ言葉が飛び交った。

 教授が「吉岡君、君あのドーム、どう思いますか」意見を(たず)ねた。

 吉岡はお盆をテーブルの上に置いて「あれですか、あー、あれが何であるかということですよね」ちょっと考え込んで「まあそうですね」なかなか考えがまとまらなかった。

「率直に言うと、かなり科学技術が進んだ文明のように感じます。あれだけの設備が施された施設は、今の日本にもそうは無いでしょう、しかし何故そんなものがあそこに存在しているのか、まるで意味が分からないですね、あんながらんとしたものがどう見ても宇宙船とは思えないし、ましてあんなに大きいものが次元を超えてくるとは信じられないです、まあ考えられるのはあそこに送り込まれた高度な知能を持った何者か達があれをあそこに作った、けれど要するにドームの外は生活環境が厳しいため条件が整うまで冬眠でもしていた文明の生き残りなのかな」

 亜兼は呆れて「クマじゃないんだからさ、冬眠するくらいならそんな処に文明なんか作るかよ、と言うが俺にもよくわからないけど、前の遺跡と次に見つけたハイテク施設はどっちも同じものだったのではないのかと思います、二つのハイテク施設だけで異質の文明とくくるのは苦しくない、文明と呼ぶならもっと広範囲にその影響を及ぼすものと思うけど、あれって地球の文明なのか?」

「そうだな、ハハハ地球外まで広げちゃうの、それこそ無理がないか」と吉岡は笑い出した、そして首を横に振ってまた「まるで理解できないな、それにしても兼ちゃん危なかったよな、てっきり駄目かと思ったよ、あの爆発の中よく逃げ()びたよね」

「俺ももう駄目かと思ったら、急に目の前が明るくなって、気が付いたら外に出ていたよ」亜兼はため(いき)をついた。

「しかし、何故、あのドームは崩れてきたのだろう」と伊藤が言うとコーヒーカップを口に運んだ。

 北見教授が仮説を話した。「きっと、ドーム内のエアーコントロールが作動している時は気圧の調節も行っていたんでしょう。それが、動力が停止したため気圧が下がって来たことでドームの上部に積もりに積もった、堆積土(たいせきど)の荷重に絶えきれず、天井が崩れてきたのだろう、しかし、いつかは人知(ひとし)れず崩れていったのだろう、まあ、あんな代物が千メートル近い山の上に存在すること自体、不自然過ぎる事だが、不自然と言えば三千年も昔にクローン人間に埋め尽くされた、ハイテク装置の塊の施設がどうして存在していたのか、この謎はどう解釈したらいいのでしょうかね」やはりその疑問は教授だけの疑問ではなかった。

 皆、神妙な顔をして、考え込んでしまった。しかし、そんな事いくら考えても解るはずもなかった。沈黙の時が流れた。

 恵美子は顔を上げて()め息を一つ付くと、それしか答えを見つけ出す方法は無いはと思い込み「いいでしょう、残骸は全て回収して科警研で調査します。あれが何であるか、答えを見つけ出します。」  

 吉岡が何お言い出すんだと言わんばかりに「恵美子さん、むちゃ言わないでください」

 すると恵美子が「私は主任でもなんでもないし、フリーですから、これに没頭して答えが出るまで解析するは」

 北見教授が考古学の世界にのめり込んだ理由の一つに、古代のロマンがあった。

 教授の考えは、やはり宇宙の何処かから来たことにして、いつかその文明を世に知らしめるタイムカプセルのようなものなのだろうと、謎の部分を残したいと思っていた。ロマンは謎めいていてこそ魅力を感じます。と教授の思いを伝えた。 

 伊藤はうなずいていた。「我々の先祖も、このように宇宙の何処かから来たんじゃないのですかね」

 恵美子がコーヒーを飲みながら微笑んで「伊藤さん、それはちょっと飛躍しすぎじゃないかしら、それにしても動力源がどうなっていたのか、機械室も見たかったは、他の部屋はどうなっていたのかしら」

 北見教授がコーヒーカップをテーブルに置くと「それは無理だったと思いますよ、あのタイムカプセルの扉が開いた理由が初めから、亜兼君にこの白い箱を持ち帰らせる何だかの意図(いと)があったのだろうと創造すると、要するにあの中央の部屋に我々は導かれたと言うべきで、他の部屋にはもともと入る事は出来なかったのでしょう」

 教授の話を聞いて皆頷いていた。

 吉岡が興奮して「もしかしたら、兼ちゃんが持ってきた、この白い箱を解析すれば、そういう事も記録されているかも知れないよね。(すご)いな」

「そうだとしたら凄いな」と亜兼も頷いて、その白い箱を吉岡に差し出した。

「宗ちゃん、これ科警研で調べてみて、ブラックボックスのような凄いデータ―が出たら教えてよ、記事にしたいから」

 北見教授が「さて、我われはこれで失敬しますか、やあ、非常に楽しかった。ありがとう」と礼を言うと、帰っていった。他の皆も立ち上がると、恵美子が伊藤に振り向いて「後は伊藤さんお願いね、科警研から人を回します。残骸の全てを回収してもらいます。道警の科捜研に依頼して現場検証の協力をお願いします。」伊藤も頷いて「これで、お別れですか、ちょっと(さみ)しいけど解りました。調査報告は科警研にも送ります、それでは空港まで送りましょう」。


 亜兼は翌朝早く、東京青北新聞本社に出社した。エレベーターは四階の編集局フロア―で扉が開いた。まだ始業時間より一時間も前なのに、社員がせわしく動きまわっていた。電話はひっきりなしに鳴り響いていた。

「おはようございます」亜兼は久々に戻ってきたのに、局の記者は何日も帰ってこないことは当たりまえで、誰もそんな事にいちいち気には止めていない様子だった。

 報道部の青木キャップは窓際の明るい所に陣取り、鉛筆をくわえながら身振り手振りも大げさに部下に指示を与えていた。

「キャップ、おはようございます。」

「おう、亜兼戻ったか、北海道まで追いかけた甲斐(かい)はあったのか、記事はどうした。」

 亜兼は明るい気分で「ハイ、これです。」

 機嫌よく青木キャップも受け取り、記事に目を通していくと、キャップの顔が曇っていった。

「亜兼、あのな、確かに今は平穏だよ、しかし読者は赤いぶつぶつしたM618のようなトップ記事を待っているんだよ、何だよこれは、山登って古いもの探してくるのも悪くはないが、世の中ブームがあるんだよ、古いものに関心が向く時じゃねえんだよ、第一浜崎橋ジャンクションでの事故との(つな)がりは、M618との繋がりはどうなっているんだ。例えばM618、あの赤いやつが壊滅したんじゃなくて何処かにもぐり込んだって言う噂もある、真実を(つか)んで来るとかだな、山に登って修行する暇があったらおまえ、嫁さん探すほうがよっぽど価値があると思はねえのか」小言を聞きながら亜兼は思っていた。キャップはいい人なんだけど、話し出したらちょっとやそっとでは止まらない、短くて三十分、長くて一時間、そして最後にこらお前、こんな所で長々と話している(ひま)があったら記事取ってこい、このごく(つぶ)し、と必ず言う、そして俺の記事が(ちゅう)を舞って、ゴミ箱に落ちた。亜兼の頭がうな()れた。「仕方無いか、ふー」確かにM618と浜崎橋ジャンクションの爆発事故をつなぐ何かをあの遺跡で見つけることができなかったのだから仕方がないのかも知れない、そう思った。

 そんなことよりも亜兼は急に青木キャップの顔を(のぞ)き込み「M618が壊滅していないと言うのは本当ですか」それはいったいどういうことなのか考え込んだ。

 青木キャップは亜兼を見ると「ああ師団会議で、科警研の補佐官がそう言っていたらしいぞ」

 亜兼はピンときた。その科警研の補佐官は古木補佐のことだと、そして頷いて「キャップ、行って来ます。」それがもし本当だとすると裏づけを探すため調べなければいけないと思った。振り向くなり階段に向かって走り出した。亜兼の背中に向ってキャップが「こないだのお前の記事、あれは良かったぞ」そして紙を丸めて、メガホン代わりに、ガンバレと励ました。青木キャップは思った。今はあいつには結果を求めるより、納得のいくまで記事を追いかけさせることのほうが重要だと「まあいいか」

 亜兼は笑顔で、やっぱりキャップはいい人だと、両手を上に()げてやる気を見せると走っていった。

 青木キャップは亜兼が次のターゲットを見つけたと思い、それを見て微笑んだ。亜兼が見えなくなると、ゴミ箱から記事を取り出して、じっくり読み返した。周りの雑音が耳に入らなくなった。特に北見教授の見解に目が行った。「これは遺跡では無く、何かのタイムカプセルに違いない、また三千年も古代にあれだけのハイテク装置の存在を目の当たりにすると、宇宙の何処からか飛来した。異星人の建造物であると解釈してもおかしくない、そんなロマンを抱かせる今回の調査であった。」

 キャップは北見教授に電話を入れた、その時の状況を事細かに説明を聞いた。記事には書いて無かったが、白い箱につても、またそれが科警研で分析していることも、青木キャップは鉛筆を噛みながら「なるほど白い箱か?」まあー、この記事はローカルコーナーに載せておくかと思った。


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