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ディストラクション  壊 滅  作者: 赤と黒のピエロ
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第1章 大都会を飲み込む謎の液体

 

    序   文 

 

  1 急  襲

 

  ここは陸上自衛隊東北方面隊 第六師団 山形県駐屯地師団司令部 連隊長室であります。

「トントン、小暮三尉(こぐれさんい)参りました。」

「おお、入りたまえ」

『失礼します。」小暮は会釈をしてドアを入っていった。

 連隊長はうなずくと小暮を見て「小暮三尉、呼び出して悪いが、実は頼みがある」

 小暮は直立のまま連隊長に尋ねた。「はい、それで連隊長どのようなご要件でしょうか」

  連隊長は小暮を見ると「楽にしたまえ」と言うものの厳しい表情をしていた。

「実は、君も知っていると思うが、福島のみずきヶ丘に現れた赤い敵のことだ」

 小暮は返事をした。「はい、赤い敵と言いますと、突然東京の浜松町に現れたと言われる赤い液体のことですよね、相当な増殖能力だと聞いております。」

 連隊長はまたうなずいた。「うん、君は赤い敵に遭遇したことはあるのか」

「いえ、ありません」

「そうか、実は、それが福島のみずきヶ丘に現れて二日ほどで街の半分を飲み込んだそうだ、なおも増殖をしているとのことだ、警察の対応が間に合わず住民の救出に知事の要請で我が方も先発に二個中隊が出動している、状況の報告により大隊投入も考えていたが、先発隊と昨夜から連絡が取れなくなっている、状況がどうなっているのかまるで分からない、そこで君に状況を確認してきてほしいのだが」

「分かりました。」と一礼をすると小暮は部屋を出た。

 小暮三尉は小隊四名を編成して東北自動車道を走っていた。

 ガンジープを運転している陸曹が尋ねてきた。

「小暮三尉、今回の任務はどのようなことなのでしょうか」

 小暮三尉は頷いた。「室瀬陸曹(むろせりくそう)も知っているだろう、本宮インターの近くの住宅街に赤い敵が現れたのを、そこのみずきヶ丘の住民の救出に向かった普通科連隊の二個中隊からの連絡が途絶(とだ)えたらしい、その状況確認だ。」

室瀬陸曹は尚も尋ねた。「三尉、赤い敵と言いますと、東京に現れた例の奴のことですよね、たった一か月半でこんな奥まで現れるとは、東京はすでに壊滅をしてしまったのでしょうか?」

 小暮三尉は首を横に振った。「分らん、連隊の中の連絡もこんな状況だ、まして方面本部も違う東京の状況は詳細は分からない」

 ガンジープは猛スピードで高速道路を走って行った。


 昨夜のことでした、そのみずきヶ丘で活動をしていた大城中隊(おおしろちゅうたい)二十五名と山下中隊二十五名の二個中隊に異変が起きていた。

 隊員が慌てて大城中隊長の部屋に飛び込んできた。

「大城一尉(いちい)大変です。住民の救出中突然四方のマンホールから赤い液体が間欠泉のように噴出してきて、隊員六名が退路(たいろ)をつぶされ身動きが取れなくなった模様です、他でも四名の隊員も赤い敵に囲まれて救出が不可能の状態です。」

「何だと、山下中隊はどうした。」

「分かりません、連絡が取れません」

 すると血相をかいてまた別の隊員が()け込んできた。

「一尉、ものすごい数の赤い化け物が現れて隊員が次々に襲われています、通常弾で応戦していますがまるで()き目がありません、山下中隊はもはや壊滅状態のもようです。」

「何んだと、赤い化け物だと・・・?」

 大城一尉は赤い化け物を見たことが無かった。「それは何なんだ」と慌てだした。

「とにかくすぐに救出に向かうぞ、通信班、本部に至急応援の要請をしろ」

「分かりました。」と通信班が本部に応援の要請をするがまるで応答が無かった。

「大城一尉、本部がまるで応答しません」

 大城一尉は今までそんなことはなかったと思った、何故だ。「そんな馬鹿な、・・・分かった、応援の要請をつづけろ」

 大城一尉はあわてて人選をして隊員の救出に向かった。

「今井、飯森付いてこい」

「はい」

 けれど飛び出したドアの外はまるで地獄絵図の様相だった。夕暮れの紅蓮(ぐれん)に染まった空模様の中、無数に現れた血液が体から噴出している、皮膚が無く血管がむき出しになった真っ赤な人の型をした化け物に隊員達が次々に襲われていき、ことごとくかみ砕かれていた。

 大城一尉はその目の前の光景が信じられなかった。目を見開き「こいつら一体、何なんだ。」と茫然(ぼうぜん)としていると、大城一尉に気が付いた赤い化け物達が一斉(いっせい)(わめ)きながら大城一尉達に飛びかかって来た。

「うわー」

   

 次の日の朝 小暮三尉が現場に到着した。

 ジープから降りた隊員達は唖然としてしまった。

 それは街全体が赤い液体に飲み込まれていたからでした。

 その状況を見て室瀬陸曹は(くちびる )をかみしめた。「これはひどい街全体に赤い液体が(おお)いかぶさっている、住民はどうしたのだろう、二個中隊の隊員はどうなったんだ。」

 小暮三尉もその情景に圧倒されていた。とにかく室瀬陸曹と体の一番大きい黒岩陸曹を見ると状況の偵察を指示した。

 そして、振り向くと小暮三尉は無線係に現場に到着したことの報告を本部にするように指示をした。

 けれど無線係がいくら本部を呼び出しても応答が無かった。

 無線係のジョーは首をかしげた。「小暮三尉、おかしいです。本部をいくら呼んでも応答がありません、何か妨害をされているようですね」

 小暮三尉は何故そのようなことが起きているのかと思った。「ジョー、それは、自然現象なのか?」

「分かりませんが、恐らく、高圧線も無いし、高層ビルも無いし、まさか磁場が強い場所とも思えないし、自然現象で妨害するほど強い電波がどこからか出ているとも思えませんが、どちらかと言えば人為的ではないかと思われます。」

小暮三尉は怪訝(けげん)面持(おもも)ちで「人為的だと?この赤い敵によるものか・・・、まさか、こいつらのどこに・・・、それは無いだろう、一体こいつら何なんだ、こいつらが戦略的に動いているとでも言うのか、いやそれともこいつらのバックに何者かがいるのか?」


 不気味な赤い液体は日本の特にインフラの進んだ街を中心に全国に急速に発生をしていた。けれど、なぜそんな液体が突然現れだしたのか?

 赤い液体が現れたのはその一ヶ月半程前のことでした。



 


  

  2  発  端

 

 

  それでは一ヶ月半前のお話しを始めましょう。


 その日は朝から青く澄み渡った空が広がっていて(おだ)やかな日差しが降り注いでいました。

 六月の中旬だと言うのに上空は梅雨(つゆ)を思わせる気配はまるでありませんでした。

  銀色のアルミボディーのトラックが東京湾上に架かるレインボーブリッジを走っていた。 しかし首都高速都心環状線に差し掛かると車は急に動きがにぶくなりました。

  運転手の助手は気楽に空を見上げて、こんな時期に青空かよ、これも温暖化の影響で気候もおかしくなっているのかと思った。

「先輩、今年は、空梅雨(からつゆ)ですかね、最近の気候はおかしいですよね、何かのタタリのせい じゃないですかね、ハハハ」とトラックのサイドミラーに反射している旭日(あさひ)をまぶしそうに見ながら、気楽に運転手に話かけた。

 けれど運転手はいらいらしながら10トンの輸送トラックの大きなハンドルを握り締めて、ブレーキを踏み込んでいたが、右足がだんだん疲れを感じだしていた、助手の話もうわの空に感情的に「何でこんなに混んでいやがる、まったく、まるで動かねーじゃねえか、これもおまえの言うタタリって言うやつじゃねえのか」とトラックのクラッチを踏み込むと、ブラックカーボンシフトをニュートラルギアに入れてサイドブレーキを引いてしまった。

 ここは首都高速道路の浜崎橋ジャンクションの路上で超高層の帝都ガスビルの正面の位置で、身動きが取れなくなってすでに三十分以上も経っていた。

 このジャンクションの下には古川と言う名のさほど大きくない川が流れていました、このジャンクションの名前の由来にもなりました小さな浜崎橋と言う名の付いた橋が架かっていました。

 上流の金杉橋にかけて、赤と白の塗装で塗り分けられた屋形船が何隻も、首都高速道路上とは裏腹にのんびりと繋留(けいりゅう)されていました。

 運転手は首を傾げて耳を澄ますと、甲高(かんだか)いなにやら耳ざわりの悪い音が響きはじめたのに気がついた。

 運転手は不信そうに「おい、変な音がしてねえか?」と助手に尋ねた、助手は(いぶか)しい顔をして耳を澄ましてその音を探した。

「確かに、何の音ですかね?」

 そのうち()りガラスを引っかくようなキーンといったその音は次第に大きく鳴り響いて来た。

「うわー」

 二人は、その音に耐えかねて慌てて耳を押さえると、今度は()ぐさまトラックが小刻みに(ふる)えだしてきたのでした、それはしだいに大きくなりだして行った。

 運転手は、いやな予感を感じて「おい、変だぜ、この車リコール車じゃねえよな、それとも会社もケチくさいから整備不良じゃねえのか、こんな車をあてがいやがって」

 すると助手は慌てて「いや、最近勝手に車が燃え上がるリコール車と同じ自工の車ですよ」と叫ぶと、運転手はいきなり(あせ)りだして「なに、逃げるぞ!」と叫ぶと同時に二人はドアを開けて慌てて車から外に飛び出して行った。

 そして、無我夢中で車から離れ運転手は振り向いた瞬間、白い(まばゆ)い光がトラックを包み込んだと同時に(すさ)まじい音と共に真赤な炎を噴出してトラックが大爆発を起こしたのでした。

「ドドドドドーン」

 運転手は吹き飛ばされて路上を転がっていった。

 トラックは粉々に吹き飛び、その部材は黒煙と共に一瞬にして空高く舞い上がって行った。

 部材と共に黒煙の舞う中、小さな赤い物が飛んでいくのが一瞬見えた、そしてすぐさま黒煙の中に消えていった、しだいにバラバラと車の部品が上空から路上に落ちてきたのでした。

 トラックの爆発時の激しい衝撃により、飛び散った炎が周りの車に次々と連鎖的に燃料タンクへ引火して行き、十数台の車が、あっと言う間に、真っ赤な炎を吹き上げて次々に爆発炎上を起こしていった。

 (あた)り一帯が荒れ狂う炎の(うず)と化して、泣き叫び逃げ(まど)う人々で一気に大パニック状態になって行きました。

 上空は黒煙で(おお)い尽くされて太陽の日差しまで(さえぎ)って、辺りは悪臭が漂い、真暗がりとなってしまったのでした。

 無風の空に、真っ黒な煙の柱が上昇していく姿はまるで昇り龍のように、これから起きようとする不気味な出来事を引き寄せるが如く、次第(しだい)に広い範囲を黒煙が(おお)いはじめていったのでした。








  第1章  「大都会を飲み込む謎の液体」




  1  鑑 識


 

 此処は東京都でも西の方角の都下に当る立川市と言う衛星都市であります。

 立川駅を中心にその北側に面した防衛省が管理している広大な土地が急ピッチで開発が進められていました。

 その昔、1914年日英同盟によって、日本は連合国側として第一次世界大戦に巻き込まれていきました。

 ドイツ帝国に宣戦布告をすることとなったのです。しかし日本の軍部は艦隊を外地に派遣する事によって本土の防備が手薄になることを恐れました。

 その経験を踏まえ、1922年帝都防衛構想の(かなめ)として、ここ立川を陸軍航空部隊の中核拠点として立川飛行場を急きょ建設したと言う経緯がある街でもあります。

 その後、日本は第二次大戦の敗戦に伴い連合国のアメリカ軍に立川の基地は接収されるに至りました。

 以来1977年日本国政府に返還され、アメリカ空軍総司令部がお隣の市の福生市米軍横田基地に移転するまでの32年間アメリカ空軍が使用していました。

 現在、その一部は陸上自衛隊立川駐屯地東部方面航空隊が使用していますが、それと伴い広域防災基地として、東京消防庁航空隊や警視庁航空隊もこの基地を共用しています。

 しかしほとんどの広大な敷地は国営の記念公園や、大学、国立病院、そして色々な庁舎の施設が建設されていますが、いまだに多くの敷地はこれからの開発が待たれていました。

 その広大な敷地を分断するように走ります、南北道路に沿って立ち並ぶ警察署や消防署、大型マンションとその中の一角に、このお話に登場します主人公の人物が入社しています会社、東京青北新聞社(せいほくしんぶんしゃ)本社がありました。


 六月十七日午前九時頃・・・

 東京青北新聞社の四階の編集局フロアーの一角に報道部がありました。社員が忙しそうに手には資料を持ち右往左往していました。あーそうでした、普通は新聞社に報道部はありませんでしたね、報道部と言えばテレビ局が報道記事を扱う部所でありまして、本来は新聞社では編集部がこの位置にあるのでした。他に社会部、政治部、経済部、外信部が編成されていて、そしてこの編成センターの中には学芸部、運動部、科学環境部、論説部、航空部、デザイン室に語尾のまちがえをなおす校閲(こうえつ)という部所やまた速報などの部所が所狭しと配置されているようです。と言う事で、この新聞社はある大手のテレビ局の資本参加で運営されている社でありました。そのためにテレビ局の報道部をこの社の編集局の中に置かれているのです。この報道部の記事も編集局とは独自に編集されたりと内容によっては 編成総センターの紙面のレイアウトに()せることもしばしばありました。しかしこの時間帯は一段落した感じで会議テーブルに顔をうつぶせて寝ている者や他社の新聞を読んでいる者もいました。それほど慌ただしい感じではありませんでした。それでもいろいろな部所の社員は電話の対応に忙しそうに追われていました。

 各デスクの電話はひっきりなしに鳴り響いていて、新たな記事が記者や特派員などから送られてきていました。そんな中一台の電話のベルがけたたましく鳴り響きだしました。

 女性事務員が受話器を取ると「はい、社会部高瀬です。はいはい・・・分りました。」そして保留にすると大声で「青木部長、7番に上から電話です。」と叫びました。上とはこの報道部を直接取り仕切るスカイテレビ本社のニュースディレクターのことでした。

 明るい日差しが飛び込んできている窓際のテーブルに陣取って数人の社員と打ち合わせをしている白のワイシャツを腕まくりをした中年の男性が鉛筆を持った右手を振り上げて「おう」と言って受話器を取り上げた。

「はい、報道部の青木です、どうしました。何・・・分かった。」受話器を置と青木部長は周りを見回した。

 青木部長はこの部署では部下からキャップと呼ばれて親しまれていました。そして一人の青年を見つけると、彼に向って叫んだ。

亜兼(あかね)、浜崎橋ジャンクションで事故だ、直ぐに飛んでくれ、昼のニュースで流したいらしい、状況をカメラに収めて記事をまとめるんだ、詳しいことはディレクターと打ち合わせしろ」

 自分のデスクで新聞記事に目を通していたその青年は神妙な表情をして青木キャップに視線を向けた。

 この青年は白の開襟シャツに紺のジーンズを履き頭は起き抜けのようにぼさぼさで、時折あくびをしながら新聞をたたむと「キャップ分かりました。」とのんびりした面持ちで立ち上がると「うわー」と両手を上にあげ大きくあくびをした。

 するとじれったそうに青木キャップがデスクから上目使いに「大丈夫かおまえ、夜遊びが過ぎるんじゃないのか」と不安げに言った。

「そんな、キャップ、仕事ですよ、昨日はスカイテレビの夏に向けての特番らしく心霊スポットの取材で深夜の三時まで山奥のトンネルまで行かされていました。内容はキャップのデスクの上に置いておきましたよ」とまた大きくあくびをした。

 青木キャップはため息をつくと「そうか分かった分かった、しっかりやって来いよ、それが済んだら帰っていいぞ亜兼」と(あき)れた様子で頭を横に振った。

 この青年、亜兼義直(あかねよしなお)二八歳、東京青北新聞社編集局報道部の記者であります。

 東京青北新聞社は、関東を中心に、三支社を配置します、ローカル社ではありますが、 発行部数も九十万部と、この地方としては中堅の新聞社の地位を確保していました。

 亜兼は都内の、某大学を卒業して、当社に入社しましたが、当初は校閲(こうえつ)の部所で助手をしていました。しかし、報道部に空きができた折に、配置換えになりまして部長の青木祐介率いる報道部に迎えられました、(すで)に四年目を迎えましたが、まだまだ駆け出しの報道記者であります。

 亜兼はいつもこの青木キャップにどやされてばかりいましたが、しかし人手不足のため仕方無く独り立ちを任せることになったばかりでした。

 そんな彼が一応このお話しの主人公と言う事でありまして、果してどのような展開が彼を待ちうけているのでしょうか、すでに奇妙な現象は起こりつつありました。

 亜兼は持ち物の準備をしながら「キャップ、今回もバックアップと言う事ですか」と尋ねた。

 青木キャップは右手に持つ鉛筆を振り回すと「まあな、今日はスカイテレビの女子アナがヘリで上空から浜崎橋ジャンクションでの事故のリポートをするらしい、お前は地上でその補佐だ、リポートの内容をチェックできる写真なり情報を即ディレクターに送ってくれればいい、だからと言って記事はしっかりまとめろよ、そして俺に見せろいいな」青木キャップはこのかけだしが一人前になるのはいつのことなのだろうかと思っていた。

 亜兼のくしゃくしゃの頭を見ると「頭はとかして行けよ、身だしなみも大事だぞ」と言うものの青木キャップは一人前には当分無理のようだなと半分諦めるように言った。

 亜兼はデスクの引き出しからカメラと色々と入れてあるショルダーバックを取り出して肩に下げると「はいはい、分かりました、キャプテン行って来ます。」と笑みを見せると、素早く走って報道部を出て行った。

 青木キャップが椅子から立ち上がり両手を腰に当て「あいつもいいものを持っているのになかなか引き出せていないな」と心配げに窓の外を見た。亜兼が駐車場から車で出て行く姿を見送っていた。


 時を同じくして、千葉県の柏市にあります警察庁科学警察研究所、通称科警研(かけいけん)では古木一鬼(ふるきかずき)副所長補佐が科警研の証拠物件の分析機器充実のために新たにいくつかの機材の開発をある大学に依頼をしていました。

「吉岡主任、これは新しい撹拌器(かくはんき)の変更図面だ。それと開発が何処まで進んでいるのか、工専大に届けるついでに、江川教授に状況を確認しておいてもらいたいが」と言って吉岡を見た。

「はい、分かりました。」と吉岡は清々(すがすが)しく返事をした。

 この青年、吉岡宗兵(よしおかそうへい)二八歳、歳は若いが科学警察研究所、法科学第三部、科学第四研究室で主任を(まか)されていて、科警研の中でも期待をされる一人でもありました。

 古木補佐は儀礼的に「江川教授によろしく言っておいてくれ」と言うと、図面を吉岡に渡した。

「はい、では、行ってきます。」


 吉岡は常磐線(じょうばんせん)日暮里(にっぽり)に出て、山手線で東京方面に向かって行きました。しかし、新橋駅で山手線が不通になってしまい、待たされることになってしまった。

 構内放送が駅舎内に流れてきた。

「お知らせします。浜崎橋ジャンクション上で事故が発生いたしました。そのため、浜松町駅付近の路線点検調査のため、新橋、浜松町間の列車の運行を一時停止いたしております。」とのことでありました。

 浜崎橋ジャンクションでの事故ですか、かなりの大事故だったようだな、どのくらい不通になるのだろう?と吉岡はちょっと不安になった。しかし一時間程で運行は再開されたのでした。

 そして吉岡は山手線を田町駅で下車をして芝浦の工専大工学部の江川教授がいる研究棟に向かった。


 階段を上がり二階の廊下を進み 研究室の名札を確認すると扉をノックした、中から返事が聞こえて来た。

「どうぞー」それは聞き覚えのある教授の低い声でした。

 ドアを開け部屋に入ると吉岡は、教授の顔を見るなり、親しげに笑顔で挨拶をした。

「教授、お久しぶりです。」

「おー、来たな、けっこう早かったな」教授も教え子の訪問に笑顔で迎えた。

「はい、しかし高速道路の事故で電車が一時間程新橋で待たされました、とにかく教授、ご無沙汰していました。」吉岡は頭を下げた。

 教授もうれしかった。「その事故はニュースでやっていたな、しかし君も科警研では主任になったそうだね、私もうれしいよ、もうだいぶ分析についてもコツが分かったようですね、所長も筋が良いとほめていましたよ、学生のときは分析学は苦手のように思ったが」と教授は笑顔を向けた。

 吉岡は頭をかいて「いえいえ、(ごう)に入らずんば何とかですから、そういえば古木補佐から図面を預かってきました。」とカバンから図面を取り出すと教授に渡した。

 教授も状況を説明した。「高速化は今までの十倍だ、ただし均一の撹拌(かくはん)にはいま少し改良が必要だな、そうだ、いい物を見せてあげよう、こっちに来たまえ」

 教授は吉岡を隣の準備室に案内をした。

 そこに、四本の支柱の中に色々な装置が詰まっていて、タッチパネルの操作盤が付いている妙な装置がありました。

 上部に十センチ程の丸い窓のついた分厚いスチール製の四十センチ程のドーム型をしたヘッドが乗っている高さ1メートル20センチ程の物でした。

 江川教授は笑顔で「これだよ」と言うと、吉岡は目を見開いて「なんですか、これは?」と(なが)めた。

「真空無重力粉砕装置だ、超伝導を応用して重力を打ち消し、真空状態にして電磁波で細胞間のつながりを引き(はな)し、高速回転により瞬時に粉砕する、どんな硬組織(こうそしき)でも一瞬で内部から粉砕をしてしまう優れものだ、しかもむら無く均一に粉砕ができる、このボタンを押して上部のドームを開けて、そこに被検体を固定するんじゃよ。撹拌器の役割もすることができる、このスタートボタンを押すんだ。どんなに硬い組織からもDNAを取り出し安くなるぞ、今までは難しいとされていた硬組織の解析には特に最適だ、たやすく取り出せるようになるじゃろう」

 吉岡は更に驚いて「ほう、すごいですね、コーヒー豆も()けそうですね」と近づいて行きまじまじと見た。

 教授は笑顔で「おう、うまいかもな、しかしコンビニよりかなり高い一杯になりそうだな」と、甲高(かんだか)い声で笑った。「ハハハハ」

「明日にも、科警研に送っておこう」

「ありがとう御座います。」吉岡は、嬉しそうに頭をペコッと下げたのでした。

 教授は吉岡に顔を向けると、思いついたように「ところで、吉岡くん、今日は急ぎで無ければ、わしの所に泊まって行かんか」

「いいんですか、おじゃまではありませんか」

「いやいや、家内もよろこぶよ、久々、(つの)る話もあるしな」教授は笑顔でうなずいた。

「はい、大学の時は、いつもお邪魔してお世話になりました。」

「そうじゃったな、ハハハ」教授はうれしかった。

 二人は、すでに、吉岡の在学時代の話に盛り上がっていた。



 事故現場の浜崎橋ジャンクション上では、パトカーや救急車、救助工作車、化学消防車など、かなりの台数が出動していた。

 化学消防車が大型放水銃で発砲状態の液剤を燃え盛る車両に向けて放水をしていた。

 見たところ相当数の車両が連鎖的に激しく炎上していたのでした。

 それらの車両が、鎮火するまでに半日以上を要したようでした。

 あちこちで、各テレビ局のニュースキャスターがその惨状をライブで中継を行っていた。

 上空でも各局の報道ヘリが、我が物顔で旋回をして、やはり中継を行っていた。

 一人の消防士が、ニュースキャスターに捕まり、インタビューを受けていました。

「ではここで、東京消防庁の方にお話を伺いたいと思います。」

「とても悲惨な状況ですね、原因としては何が考えられるのでしょか」

 ニュースキャスターは消防士にマイクを向けました。

 消防士は少しはにかむ仕草をして「はい、特に運送会社のトラックについては、かなり(むご)いですね、このトラックの何だかの爆発が一連の事故の原因のようです、まだ爆発の原因につきましては検証中ですのではっきりしたことは分かりません、ただ、トラックの荷台の床の一部が激しく壊れていましたので、そこで何かが破裂した模様です。(ちか)じか原因の究明もできると思います。」

「解りました、有難うございます。」ニュースキャスターは、早口で、現場の状況を伝えていました。


 そして、東京青北新聞の亜兼の腕には報道記者の腕章が巻かれていて、首からはストラップのついた身分証明の記者カードをぶら下ていて、さも報道記者らしく悲惨な状況をカメラに撮りまくっていた。

 周囲には、油煙や悪臭が立ち込めていて、ハンカチで口を押さえずにはいられないほどでありました。

 化学消防車の放水した消化液が発砲して、延焼した車を白い泡が覆い隠していて、その悲惨な状況までもが(おお)い隠されてしまっていた、そのため悲惨さがあまり実感しにくかったが、時間が経つにつれて泡も消え、そのあまりにも(みにく)い惨状が炎天下にさらけ出されていったのでした。

 運送会社の輸送トラックを中心に、前後合わせて二十数台の車が、慌てて逃げようとしたのか、爆風でなのか、原因はわからないが車両どうしが乗り上げたり、横転、追突をしている状態で延焼していたのでした。

 車の運転手も逃げるひまも無かったのだろう、かなりの数の重傷者が出ていた。

 亜兼は、顔をしかめてハンカチで口を押さえて、まるで姿が変形してしまった輸送トラックと思われる残骸のその惨状を見ていた。

「これはひどいな、車体はどこまで飛び散ったのかな?」一体何があったのだろう、かなりの爆発物でも積んでいたのだろうか、トラックの積荷は一体何だったのだろう、亜兼は色々な疑問を感じていた。


 その輸送トラックの運転手が警視庁の刑事に聴取を受けていた。しかし運転手の話では、そんな危険な代物は運んではいなかったと、送り状にもただの小包数個と掘削用(くっさくよう)の土木機械のはずだとのことでした。

 だが、このトラックの状況を見るかぎりやはりなんだかの爆発物でもなければここまでは激しい爆発は起こることはないのではないのかと警察も見ていた。


 運転手は搬送していた小包の中身の内容については本当に知らないようでした。

 警視庁の鑑識も、仕切りと爆発の原因の究明に余念が無かった、輸送トラックの床に大きく開いた穴の周辺の木片や吹き飛んだ残骸の残留物質を検出するため鑑定を行ったが原因と思われる爆発物質を特定することはできなかった。もし何かの爆発物で爆発が起きたのであるのなら、なんらかの残留物質が検出されてもいいはずであったからだ、しかし何も出ないことは鑑識としても納得のいくものではなかったようだ。

 残留物質の残りにくい気化爆弾だったのか、けれど爆発時に伴うキノコ雲が昇ったと言う報告は現場にいた目撃者からは受けてはいなかった、いったい何が原因なんだ。

 必ず残留物質があるはずだと確信をしていた指揮を執る鑑識官からは、更にその特定を急ぐように、(げき)が飛んでいた。

 そして爆発したトラックの周辺より気体に混じっている残留物質を吸引機により採取した、分析器に掛けるためだ、爆薬分子であるヘキソーゲンやペンスリットと言った特有の成分が検出されることを期待した。

 へキソーゲンは、C―4(シーフォー)などのプラスチック爆弾の主成分でもあり、これだけの爆発ともなると、先ず検出されてもおかしくはなかった。

 鑑識官は多段質量分析器まで持ち出して採取した事故現場周辺の気体を装置で分析を掛けることにしたのでした。この多段質量分析器は現場で吸引採取した気体に、コロナ放電を掛け、酸素イオンを発生させる、この時酸素イオンは爆発分子と効率よく反応するため一段目で目的の爆発分子を検出して、二段目でその分解物質を分類する、また同じ分子量を持った分子でも目的の物質と区別する事ができるのです、よって多段質量分析器で、まず確実に爆発物質の反応を捕らえる事ができるはずであると鑑識官も自信があった。

 しかし結果は何故かやはり反応がまるで出なかった。

「何故なんだ。」

 そこまで徹底してやったにも関わらず、人為的になんだかの爆発物を使用したのではないと言う結果であると判断せざるおえなかった。それは、車の燃料のガソリンが気化してなんだかの理由で貨物室に充満でもしたのではないのかと考えざるおえなかった、そうなると事故という事になるのか?

 鑑識官達には納得がいかなかった。




 



 2  出 現


  

 その日の夜、やはり天候不順とは言え季節どうり梅雨(つゆ)の雨が降り始めました。

 警視庁では記者会見が行はれていました。


 発表によると、「六月十七日金曜日午前八時三十六分頃、場所は港区の首都高速都心環状線外回り帝都ガスビルの正面に当る浜崎橋ジャンクション上において、丸亜運輸株式会社の10トンの輸送トラックが原因不明の爆発を起こした。その爆発に巻き込まれた車両、二十八台の内延焼を起こした車両は十八台、事故に巻き込まれて亡くなられた方七名、重症、軽傷者合わせると四十八名、爆発を起こした輸送トラックの事故原因についてはいまだ調査中、事故が拡大した要因としてトラックの爆発の際に停車をしていた周囲の車の燃料タンクに火花が引火して類焼を及ぼし事故が拡大して行ったもようである」との事でありました。

 また、運転手の証言によると、トラックが爆発を起こす直前に耐え難い甲高(かんだか)い音が響いてくると車が急に小刻みに()れ出して、一瞬眩(いっしゅんまばゆ)いばかりの白い光りが発生したとかで、車はその光に包まれると直後に車体が粉々に吹き飛んだと証言していたことが記者会見で付け加えられていました、その現象が爆発の原因究明の手がかりになるのか鑑識も検証が必要だと実験を行うことにしたようだ。

 その日の雨はしだいに激しく降り始めました。そして事故の起きた浜崎橋ジャンクションの下では異変が起き始めていた。庭園風に(かざ)られた、帝都ガスビルの前面の木立の庭の中で、なにやら赤い小さな箱のようなものから真っ赤な液体が降りしきる雨の中を不思議とその小さな箱からとめどなく泉のように湧き出しては近くの側溝(そっこう)に次々に流れ込んでいた、その量が徐々に増えていったのでした。

 山手線、東海道線の高架橋(こうかきょう)の下を通る通路の路面の地下に敷設(ふせつ)されたマンホールの中を南側にまるで意思でもあるかのようにまっすぐにその液体が流れていった。

 いったい、何がおき始めているのか、そのことに誰も気づく者もいなかった、この不気味な現象はマンホールの中を何処までもただ流れて行き徐々にその量を増していったのでした。

 深夜になっても浜松町の駅の周りでは多くの店が営業をしていてにぎわっていた、けれど駅から離れたところの人出のなくなったビルやすでにシャッターを下ろした店も多く、そのあたりに異変が起き始めていた。

 地下施設に広がった赤い液体が下水道の排水管を伝わってそれらの建物に逆流を初めて、入り込んでいったのでした。

 排水管からビルの湯沸かし室のシンクに逆流してあふれ出してきた。シンクを満杯にすると赤い液体は床にこぼれ落ちだした、次々にこぼれ落ちる赤い液体が、床の上に大きく盛り上がっていった、その赤い液体の中からなにやらうごめくものが現れだしたのでした、それは次第に大きくなっていき、人と同じ程の大きさになっていった、形ちは手も足もあり、ただ(からだ)全体に皮膚がなく筋肉がむきだしで血管から真っ赤な血液が噴出していて、それはあまりに不気味な化け物のように思えた。

 その真っ赤な化け物が建物の中を徘徊をはじめていたのでした。

 深夜の見回りで警備員が異変に気が付き叫んだ。「誰だ。誰かいるのか」

 警備員がライトを向けると同時に赤い化け物が警備員に素早く飛び掛かっていった。

「ぎゃー」


 翌日も空はぐずついて雨はしきりと降り続いていた。各社の朝刊の一面トップはやはり浜崎橋ジャンクション上でのトラック爆発事故の写真が大きくり、警視庁の記者会見で発表された事故の内容が載っていた。


 科警研の吉岡は、翌朝早く、江川教授宅を失礼して、帰所の途中、帝協薬科大(ていきょうやっかだい)田所(たどころ)教授にも会っていこうと思い、JRの浜松町駅で下車をしたのでした。雨が降リ落ちてくる空を見上げると傘を開いた。

 田所教授はヒトゲノム解析センターのセンター長を兼務しており、科警研のDNAの困難な鑑定の依頼なども手がけていました。

 吉岡は久々に、学生の時の通学以来、満員の山手線を味わった。

「相変わらず混んでいたな」と思いながら朝食を取るため、学生の頃によく(かよ)った。浜松町駅に面するスクエアービルの地下にある食堂街に向かった。

 北欧風のしゃれたスナック喫茶に入って行き、空いている席に座ると、黒いコスチュームに白いエプロンを着けた色白の化粧をしたショートヘアーのウエイトレスがすぐにお(ひや)とおしぼりを持ってやって来た。

 吉岡はモーニングサービスを久々に頼んだ、そしてその雰囲気を楽しんでいた。

 コーヒーが早く来たので、一口飲みながら周りを(なが)めて見ると「あれ、どこかで見覚えのある顔だな」と吉岡はななめ前の食堂街の通路側の窓に面したテーブルでしきりとメモをっている青年を見つけた。

 吉岡は記憶をたどったがどうしても思い出せない「うー、誰だったっけな?」

「お姉さん、コーヒーお代わり」とその青年がこっちを向いた、吉岡はその顔を見て急に記憶が浮かんできた。

「あれ、兼ねちゃんじゃないの」と声を掛けた。

 その青年は東京青北新聞社の亜兼義直であった。

 亜兼は怪訝(けげん)そうな顔をして、こんなところに知り合いがいる訳がないと思ったが呼んでいる男の顔を見た。

 吉岡は立ち上がり自分の顔を指差して「おれだよ、おれ」と、にやにやしていた。

 しかし亜兼は首を(かし)げて吉岡の顔を見た、誰だこいつ、こんなにやけたやつ知らないなと、考え込んだ、そしてやっと気がつくと笑顔で(なつ)かしそうに声を掛けた。

「おまえ、ガンちゃんじゃないのかよ、懐かしいな、元気だったかよ、派手なネクタイして」と言ってカップをつかむと吉岡に近づいた。

 吉岡は(あわ)てて「違うよ、おれおれ、吉岡だよ、宗ちゃんだよ」と両手を横に振っていた。

 亜兼はやっと思い出した。「そうだよな、宗ちゃんだ、今何やってんの、安っぽいセールスマンみたいだな」と言って吉岡の服装を(なが)めた。

 吉岡は目を丸くして「安っぽいは無いよな、科警研に勤めているよ」と言うと笑った。

 そして亜兼が何をしているのか聞いた。「兼ねちゃんこそ何やっているの」

 亜兼は驚いた顔をしていた。「科警研って、警察庁のかよ」

 吉岡は照れくさそうに返事をした。「まあな」

 亜兼は吉岡を(なが)めまわした。「へーすごいな、俺は記者だよ、報道記者」

 吉岡も亜兼の仕事に興味を持って「報道記者か、面白そうだな」とニコニコした。

 亜兼は懐かしそうに「中学校卒業以来だな、宗ちゃん変わんないよな直ぐに分かったよハハハ」と笑った。

 二人は中学のときの記憶が一瞬によみがえって来た、懐かしさのあまり小学校から中学校に至るまでの楽しい思い出が()きることなく次々に浮かんできては話に花が咲いていた。


 その時二人の話に水を差すように突然グラグラと店が揺れた。

「おう、何だ地震か?」亜兼はテーブルを抑えた。

 吉岡が天井を見ると照明のシーリングライトが揺れていた。「やっぱり地震だよ」

 すると今度はゴボゴボゴボゴボとものすごい音がした、まるで何かがマンホールの中を大きなものが流れて行くような気持ち悪い音がした。

 女性客や女性の店員も気持ち悪そうに身をすくませていた。

 またグラグラと店の家具やテーブルが揺れた。「宗ちゃんこれ震度4ぐらいありそうだぜ、やばいよ外に出たほうがよさそうだぜ」と亜兼は店の中を見回した。

 吉岡も頷いて周りを見回した。店の多くの客も不気味に感じていた。

 亜兼はすぐに立ち上がり外に向かった。

 吉岡は椅子に掛けておいた背広をつかむとレジに向かった。

 そして階段を駆け上がると、何人もの人が同じように駆け上がってきた。

 吉岡がスクエアービルの出口に駆け上がると亜兼が庇のあるところで前方を凝視(ぎょうし)して()っ立っていた。

 吉岡は亜兼の視線の方向を見据えた。

 降りしきる雨の中向かいのテナントビルの前に警視庁の車が何台か止まっていて警察官が地域の人に聞き込みを行っていた。周りには何人もの人だかりができていた。

 何か事件なのだろうかと吉岡は感じた。

「兼ちゃんあれって何か事件のようだね、ちょっと行って聞いてこようか」吉岡は傘を広げると警官のいるところに向かった。

 胸の内ポケットから身分証を取り出すとその警官に見せて尋ねた。

「科警研の吉岡です。たまたま居合わせたのですが、何かあったのですか」

 警官は身分証を見ると恐縮して科警研の主任さんですかと気を許したように「じつわ・・・」と言いかけた。

 そのとき所轄の刑事らしき男がビルの中から出てきた。そしてその刑事らしき男が警官に声をかけた。

「村井巡査どうした。」

「あ、三村警部、こちらの方は・・・」と巡査はその警部に吉岡を紹介した。

 警部も吉岡の身分証を見ると納得した。「科警研の方ですか、実は警備会社からの通報がありまして、このビルの担当の警備員から定時連絡が途絶えたらしく状況を確認に来たところ捜索したが行方不明でどこにも見当たらなかったとか、ただビルの床のいたるところに血のような足跡がついているのを見つけたということで警察に通報をしてきたのです。確かに赤い足跡は事件性を感じさせますがどうも人のものかどうか分かりません、赤い液体も調べてみないと人間の血液かどうか分かりません、とにかく事件性の有無についてもこれからです。」

「そうでしたか」吉岡はうなずいた。

 するとそこに別の刑事が外からやってきた。「三村警部、どうも変です、向こうのビルでもそこの住人がいなくなったようです、こっちのビルと同じような赤い足跡のようなものが残っていたが外から入った痕跡(こんせき)はないようです、どういうことなのか」

 そして別のビルを捜索した刑事も同じような報告を三村警部にしてきた。


 三村警部は何が起きたのかと思った、まるで同じことが別のビルでも起きているとしたら何か大掛かりな犯罪かもしれないと感じた。「念のため他のビルも調べる必要がありそうだな」と所轄(しょかつ)に報告をすると数人の刑事に指示をした。

 吉岡もそれを聞いて奇妙な現象だと感じた。そして興味を覚えた。

「できましたら、現場を見させてもらってもよろしいでしょうか」吉岡は状況を確認したかった。

 三村警部はうなずいて「まあ、専門ですから現場を荒らされることもないでしょう」と許可してくれた。

「ありがとうございます。」吉岡がそのビルに入ろうとした時でした。

 「ドドドーン」とものすごい音が鳴り響くとグラグラと地面が揺れた。道路の地下の方で何かが破裂したのか砕けたのか、とにかくものすごい大きな音が鳴り響いた。

「何が起きたんだ」吉岡は素早く路上に飛び出ると周りを見回した。

 亜兼も「うわー」と叫ぶとその場にかがんで地下で何が起きたのかと思った。なにやらいやな予感を感じた。

 不気味な「ガラガラ」という音と共に道路の真ん中が盛り上がりだしてミシミシと細かい亀裂が走り始めた。

 その亀裂のまわりのアスファルトがボロボロ砕けていった。

 地震かと思って路上に飛び出してきた人たちもその様子に目線が向いた。

 亀裂は止まるどころかより広い範囲に路面を盛り上げて亀裂の割れ目から徐々に蒸気と共になにやら真っ赤な液体がにじみ出てきた。

見ていた警官が目を見開いて「何だ、これは何かの動物の血液か」と口元を手で押さえた。

 盛り上がった路上が次第(しだい)に真っ赤に染まっていった。

「うわー、何だこれは」と周りにいた人たちもかなり気味悪がった。

 気持ち悪そうな表情をしながらもほとんどの人はまるで他人事のように関心もなく何事が起きたんだと、すぐに止まるだろうとさほど驚くほどでもなく、中には笑いながら興味本位に見ている者までいた。

「おい、見てみろよこの赤いの食紅じゃーねえのかははは」と笑っている者もいるくらいでした。

 駅に向かう通勤で急ぐ人も横目で見るだけで水道管でも(やぶ)れて鉄のさびた水でも(あふ)れだしたのだろうくらいにしか思っていないようでそそくさと通り過ぎていった。

盛り上がった路面の亀裂から次々に湧き出してきた赤い液体が雨に流されて傘を持って立っている吉岡の足元まで流れてきた。

 真っ赤なこの液体は何だろうと吉岡は思った。

 なぜこんな液体が湧き出てくるんだ、この路面の下はどうなっているんだろうと思った。

 三村警部や警察官達も赤い液体が湧き出てくる周りを歩きながら、この液体は一体何なのか創造しながら湧き出る状況を見つめていた。そして鑑識を呼んだ。

 とにかく警察官達は人々が近づかないように声をかけていた。

 三村警部は部下の警官に所轄にも報告を入れるように指示をした。

 警官はさっそく所轄に連絡した。「あ~課長ですか、今浜松町の現場の前ですが突然道路が隆起して赤い液体が流れ出しています、道路の下で何かが破裂したようでして、その圧力でなのか路面が盛り上がったようです、そして気持ち悪い液体が湧き出始めました。地域部を回してもらえますか、周りを封鎖したいので」

 課長はすぐに手配をした。

 吉岡はとりあえず亜兼のところに戻ることにした。

 亜兼も何が起きたのか、傘をさして吉岡に近づくと「宗ちゃん、何が起きたの?」と声をかけた。

 吉岡は気持ち悪い表情で「うー、路面が盛り上がり血のような液体が湧き出している」

 亜兼は驚いた。「なにそれ、なんでそんなものが出てくんだよ、ちょっと見てくるか」と言って、赤い液体の湧き出る路面に向かった。

 目に飛び込んできた光景はかなり気持ち悪い情景だった。

「えー、何だこれ、気持ちわりい」と亜兼はほかに言葉が出なかった。

 吉岡もまた亜兼のそばに戻ってきた。「だろう、かなりのもんだよな」と表情をゆがめた。

 何が起きているのかとしだいに人々が集まりだしてきた。

 近くの住民から「なんでこんなもんが湧き出して来るんだ、早くなんとかしてよ、薄気味悪いから」と警察官に向かって食って掛かっている人もいた。

 その毒々しい真っ赤な液体が何か害がありそうに感じた警察官達は近づかないように人々に呼びかけはじめた。

 「害があるかもしれません近寄らないでください」

 多くの人が赤い液体が湧き出している路上に気を取られていると、吉岡達の後ろのマンホールの蓋がガタガタと鳴り出した。なんだろうと皆が振り返って見ると、ガタガタと言って鉄でできたマンホールの重量蓋(じゅうりょうぶた)が浮き上がった、その下から不気味にも赤い液体がまたあふれ出してきた、蓋は押し上げられてそのまま流されていった。赤い液体はマンホールから()き出されるように一気に吹き上がった、急に四方に流れ出してきた。

 「うわー、こっちもかよ気持ち悪い」

 「なんだ、これはマンホールからも流れ出しているぞ」と誰かが叫んだ。

 多くの住人がその方向を(のぞ)き込んだ。「うわー、本当だ、かなりの量だぞ」と気持ち悪そうに言っていた。

 住民の表情は「えー、なんで」と落胆したように青ざめていた。

 これ以上赤い液体が広がらなければいいと思っていたやさきのことで、またしてもマンホールからあふれ出るとは思ってもいなかった。

 しかしそれで済む様子もなくゴボゴボゴボと吹き出し方が激しさを増していった。

 警察官に向かって何人もの人が叫んでいた。「お(まわ)りさん、早く何とかしてよどんどん出てきているぞ」

 それでも周りで見ているかなりの人達は他人事のようにいつか止まるだろうとそれほど心配をしている様子もなく「きゃーきゃー」と悲鳴が上がるが「いやだこれ、どんどんでてくるわよ」と面白がって笑っている人もいた。

 また冗談を言っている人もいた。「これってトマトジュースの工場の廃棄物じゃーねえのか、ははは」

 一部の人は警察に食って掛かっていた。「マンホールの先で何かが詰まっているんじゃないのか、早くどうにかしろよ」

 けれど道路は真っ赤な液体がかなりの速さで広がりだしていた。

 近くの店やビルからも多くの人が路上に集まりだしてどうなっていくのか心配をしだした。

 吉岡はマンホールの中で何が起きているんだろうと考えていた。

 亜兼にはまるで何だか分からなかった。やはりこの雨で何処からかマンホールに流れ込んだのか、誰かが言うように食材の廃棄物をマンホールに投棄でもしたやつがいるのか、それにしてもかなり大量だなと思った。

「どっちにしてもこれはスクープになるかも知れないぞ」と亜兼はショルダーバッグからカメラを取り出すと、パシャ、パシャと写真を撮り始めた。

 三村警部もこの現象がマンホールに大量の不法投棄によるものだとしたら許せぬ犯罪だと所轄に()ぐに連絡を入れたのでした。

 しばらくすると警察官が増員され二十人ほど増え始めた。

 路上をどんどん広がっていく赤い液体を見て警察官たちの表情がゆがんだ「気持ち悪い」

「トマトジュースにしては色が毒々しすぎるな」

「不法投棄だったらちょっとあくどすぎるぞ」

 顔色を変えて逃げ出す人が出てきた。

「きゃーきゃー」と叫ぶ声があちこちから聞こえていた。

「早くどうにかしてください、お巡りさん」と叫ぶ声が降りしきる雨の向こう側から聞こえていた。

 この液体が相当広がった光景を見て、徐々に警察官達も慌て出してきた、人々に何かあってからでは大変なことになると避難を促していた。

  道路の広い範囲に広がっていた赤い液体の表面が(ふる)えだし急激に倍の深さに(ふく)れ上がった。

 周りで見ていた人たちは呆気に取られて「今の何に?」と理解できない顔をしていた。

 それまで車は赤い液体の脇を通っていたがすでにバリケードで規制され通行止めになってしまっていた。

「うわー、早く何とかしてよ、気持ち悪い」

「こっちに流れてくるよ、どうにかしてよ、建物に入ってきちゃう」

 と言う声が多く聞こえ出した。

 すでに二~三十メートル四方に流れ広がり、この液体で道路は埋め尽くされ始めると、次第に冗談を言っていた者もこの先どうなるのか心配になりだしてきた。

 警察官達は成す術も無くただその広がり行く不気味な液体を見守るしか無かった。

 「何処まで広がっていくんだろう、この液体の出所を早く探し出してとめなければ、このあたり一面が真っ赤な海になってしまうぞ」と三村警部は所轄に捜査状況がどうなったのか聞いてみた、しかしどこにも投棄された痕跡は見つからず、愛宕(あたご)警察署管内から範囲が広げられていったようでした。

 見れば見るほど赤い液体の光景は気持ち悪いものだった。集まっていた多くの人達の中にスマートホンで動画を撮っているものが増えだした。、インターネットの動画サイトにアップするつもりなのだろう、だがその表情は気味が悪そうだった。

 しばらくすると威勢よく吹き上げていた赤い液体が急にしたびになり吹き上がっていた赤い液体は何故か止まってしまった。







  3 老人の怒り



  赤い液体の流れ出るのは止まったものの、まだマンホールの中でゴーッという不気味な音は響いていた。

「うむ、どうしたんだろう」

 急に止まった様子を見て多くの人は、赤い液体はもう出尽くしてしまったのだろうかと思った。

 そうなると、赤い液体の広がりに不安を感じていた者の中に急に怒りを覚えて怒鳴るものもいた。

「まったく騒がせやがって、もう出尽くしたっていうのか、二度と出てくるんじゃねえぞ」

 亜兼はその感情は分かる気がした。

 警察が通報したのだろう、その後、消防署員が数十人ほど出動してきた、けれどやはりなす術も無くただ赤い液体が広がっている周りを取り囲み拡大していく状況を見守るだけであった。

 そうこうしているうちに真赤に塗られた消防庁のバキュームカーが現れた、銀色の長靴にオレンジ色の隊員服を着た消防士達数十人がドライヤという1メートルほどのゴムのワイパーのついた水かきで周囲から中央に赤い液体をかき集めだした。そして、バキュームカーの太いフレキシフルパイプがその真赤な液体の中に投げ込まれるとフレキシフルパイプは一気にその赤い液体を吸い込み始めていった。

 ドライヤーを持った消防署員は広がりだした赤い液体をなおも押し返していた。

 押し戻される液体を、周りで見ている人達は固唾を飲んで見守る者や、スマートホンで動画を撮っている者もいた。

 バキュームカーはブルブルとエンジン音を響かせて勢い良く真赤な液体を吸い込んでいった。

 徐々にその液体の拡大は止まり、集められた液体はバキュームカーに吸い込まれていった。

「これで一件落着だな」と亜兼も吉岡もそう思った。そして遠巻きにしていた人達もこれで何とかなりそうだとほっとした雰囲気が漂いだした。

 家や店に戻るものも出てきた。

「スクープと言えるほどでもなかったか」と亜兼は苦笑いを浮べていた。

 吉岡もどうなるものかと思っていたが、胸をなでおろして、これで落ち着きそうだ、後は警察が出所を調べるだろうと思うと「ふん」と鼻を鳴らすとそろそろ帰ることにした。

「じゃあ、兼ちゃん、俺は行くところがあるからさ」と亜兼に吉岡は笑顔を見せた。

「おう、じゃあな、また会おう宗ちゃん」と亜兼も笑顔を介した。

 そして、吉岡は手を上げると駅の方に歩き出した。

「それじゃあ俺も一旦社に戻るか」と亜兼も駐車場に向かって歩き出した。

 その時だった、突然耳をつんざくような、キーンと言う甲高い音があたりに響き渡った。

 一瞬にしてあたりが青ざめるような騒然とした空気が漂った。

 周りにいた人達全員が耳を手で覆うと「うわー」と一斉に悲鳴が上がりだした。

「何だこの音は」亜兼は耳を押さえながら振り返り耐えがたいこの音の出所を探した。

 するとバキュームカーからのようだった。

 亜兼はあ然として何故なんだと思った。

 耐え難いその高音に亜兼は路上に身を崩していってしまった。

 周りにいた多くの人たちも一斉に逃げ出すか、身悶えて路上に倒れこんで耳を押さえながら喘いでいた。

 亜兼がバキュームカーを見るとガタガタと小刻みに震えだしていた、そして突然白い眩い光りがそのバキュームカーを包み込んでいき、光の中に消えて行った。その光の中に亜兼はなにやら青白い光が揺らめくのを見た、次の瞬間急に眩い光がより発光すると同時に炎を吹き上げてそのまま大爆発を起こしバキュームカーは粉々に吹き飛んだのでした。

 「ドドドドドーン」

 「危ない」警察官が叫んだ。

 周りの多くの人達と共に吉岡もその爆風に吹き飛ばされて降りしきる雨の中、路上を転がっていった。

「うわー」

 亜兼は路上にうつぶせて腕で頭を押さえながら、一体何が起きたのか、その一部始終を見ていた。

「なんで、どうしたんだ何故爆発したんだ?」亜兼は思考がパ二ックになった、しかし急に吉岡がどうなったのか気になった。「宗ちゃん、宗ちゃん、大丈夫か」周りを見ると多くの人のほとんどが路上に倒れこんでいた。

「大丈夫か、宗ちゃん」亜兼は叫んで吉岡の傍に駆け寄った。

 吉岡は(うなず)いて頭を横に振りながら起き上がった。「大丈夫だよ、一体何が起きたんだ。」

 亜兼はバキュームカーのほうを見た。

 亜兼も吉岡も信じられない表情になっていた。まるで爆撃でも受けたかのようにバキュームカーは粉々に吹き飛ばされていた。

 負傷をして血だらけの人が何人も路上に倒れていた。

 だれかが「救急車だ、救急車だ」と叫ぶ声が響いていた。

 しばらくすると「いてえ」と思い出したように吉岡は体のあちこちを押さえだした。

 亜兼はまたバキュームカーを眺めた。

 なぜ爆発したのか、周りに爆発するようなものは無かったはずだ、消防庁の重機が整備不良とは考えにくいと思った、しかしあの耐え難い音は重機から聞こえてきたようだが、何の音だったんだろう、と亜兼は首をかしげた。

 そして、爆発の状況を思い起こしていた。

 警察官や消防署の隊員がかなりの人数が駆けつけてきてバキュームカーの運転手を残骸の中から助け出した、直ぐに重機は激しく燃え上がっていった。

 隊員が運転手の名前を呼んでいたが反応はなかった。

「一体何が原因なんだ。重機は何故爆発したんだ。」消防士達も同じことをつぶやいていた。

「まったく、昨日は上の高速道路でトラックが爆発をするし、今度はうちの重機まで、どうなっているんだ。」と他の消防士もぼやいていた。

 消防車が何台も来て消火活動が始まり、救助隊は負傷者を運び出していた。

 現場で警察官による聞き取りが行われていた。消防士が話していた。

 「だからですね、赤い液体を除去作業中突然かなり耳障りの悪い音がしてきたのです、その後バキュームカーがやけに震えだして、すぐにすごい光があたり一面に光ったのでした、それで急に重機が爆発をしたんですよ」

 亜兼はその話を傍で聞いていた。「うー」待てよ、その事情聴取の内容をどこかで聞いたな、と思った。たしか上のジャンクション上で起きた爆発したトラックの運転手の調書と似ているなと思った。

 車の爆発って似たような現象が起きるのだろうかと、このときは亜兼にとって漠然(ばくぜん)としたものだった。

 吉岡はだいぶ体のいたるところを打ったのか、まだ痛々しい表情でバキュウムカーを見ていた。バキュウムカーはまだ激しく燃え上がっていた。

 周りにいる野次馬達は熱心にスマートホンでしきりと動画を撮っていた、そこまでしてネットに投稿したいのだろうかと亜兼は呆れていた。

 警察官も周りの人の安否の状況を気遣って「大丈夫ですか」と声をかけていた。

 その後も救急車が何台も駆けつけてきていた、隊員が負傷者をストレッチャーで運び出していた。

 残念ながらバキュームカーを運転していた操縦士は亡くなったようでした。

 慌ただしいさなか、グラグラッとまた地響きが始まった、小刻みに地面が揺れ始めると、ドドドドと地響きがしだいに大きくなっていった、周りにいる人達は不安げに「うわー、なんだよ」と言う声が上がっていた。

 すると急に路面がまた盛り上がり始めた、そしてひび割れがバリバリと入りだした、降りしきる雨の中その割れ目から大量の蒸気が噴出してきて、視界が利かなくなっていった。

 亜兼も透明の傘を握り締めて身構えて目を凝らしてその蒸気の舞う中を覗き込んだ。

 すると、ガラガラガラというものすごい大きな音がして地面が揺れた。「あぶない」亜兼は立っていられないほどでした、体をかがませた状態で蒸気の舞う中を覗き込むと生ぬるい風が吹き上がってきた。

 蒸気が消えかけたその中から思いがけない光景が目に飛び込んで来た。

「うわー、何だこれは」

 路上の真ん中に1.5メートル程の大きな割れ目が口を開けていた、陥没したと思われた。

「なんだこれ」と誰かが言うとその穴を見ようと周りに人が集まりだした。

「さがって、さがってください路面が陥没すると危険ですから」と警察官が叫んだ。

 警察官や消防署員たちも慌ててその場を後ずさりした。

 その穴の中からゴーと言う不気味な音が響いていた。

 亜兼はすぐさまカメラのシャッターをきった。

 蒸気が沸き立つ中、野次馬達も気味悪そうに後ずさりをするがそれでもスマートホンで動画を撮ることは忘れていないようだった。

「何で陥没が、下で何が起きているんだろう、これは事件だ」と亜兼は独り言を言うとスマートホーンを取り出して青木キャップに連絡をとった。

「もしもし、青木だ、おう亜兼か、どうした。」

「キャップ、大変です、道路にその、穴が」亜兼は青木キャップに連絡したことで何故かあせっていた。

「何、穴だと、お前今何処にいるんだ。」何の話か青木キャップには理解できなかった。

「えーと、浜松町です。ですから、道路にどでかい穴が」亜兼は見たままを答えた。

「浜松町だと、その辺なら水害の対策とかで地下をなにやら最近まで工事をしていただろう、その影響で道路が抜けたんじゃないのか」

 亜兼は慌てていて話がまとまらなかった。「それが、とんでもない量の蒸気が発生してきて、よく見えないんです。」

 青木キャップは忙しそうにつまらない話を持ち込むなと言わんばかりに「蒸気だと、コージェネの蒸気の埋設ダクトでもつぶしたんじゃねえのか、とにかくスマートホンのカメラで映像をこっちに送ってよこせ、それとお前な、スクープばっかり追おうとするなよ、スクープなんてねらって撮れるもんでも無いんだからな、普段の生活の中にも読者が納得をするネタはいくらでも在るぞ、スクープだけが記事じゃないぞ分かったな、ところでおまえ例のジャンクションでの事故のほうはどうした、記事をまとめて報告しろよ」

「はい、分かりました。」

 亜兼が青木キャップと電話をしている最中にも今度は路上に開いた穴から真赤なあの液体がゴーという大きな音と共に吹き上げだしてきたのでした。

 亜兼は目を丸くして、吹き上がる真赤な液体をそのまま見上げていた。

「キャップ、スクープです。」

「何だと、お前、俺の言っていることが理解できていないのか、とにかく映像を送ってよこせ」と言うと一方的に青木キャップは電話を切ってしまった。

「あの、キャッ、キャップ」切れちゃった。

 穴の周りにいた人々はいきなり吹き上げてきた真赤な液体に驚き、慌てふためいて、悲鳴を上げながら逃げ惑いはじめた。

 あまりに突然のことで数人が逃げ遅れその液体を浴びてしまった。

「ぎゃー」と叫ぶと倒れこむと体がけいれんをして動けなくなってしまった。

 警察官が助けにきた。「大丈夫ですか」

 被害にあった人は息が荒くなり小さな声で「しびれて動けません」と言っていた。

 周りにいた人たちはそれを聞くと顔が青ざめて赤い液体から急に引き下がって行った。

 威勢よく吹きあがる赤い液体は川のように四方に流れ出した。

 しだいに住人もうんざりしてきた。そして警察官に怒鳴っていた。「早く何とかしてくれよこの赤いのもううんざりだ。」

 するとその住人の後ろの路上がギシギシ音を立てだした。そしてかなり大きな範囲が盛り上がりだしたのでした、地面が揺れて立っていられないほどでした、バリバリバリとひびが路面に入っていきバックり口が開いた。

 警察官が叫んだ。「危ない、吹き上がるぞ」

「そんな、嘘だろう」住人たちはまたかとがっかりした表情で必死に逃げ出した。

 と同時に真っ赤な液体がドーっとものすごい量でまるで間欠泉のように上空に吹き上がって行った。

「ギャー」と叫ぶ悲鳴が一斉に上がり周りの人達が逃げ出した。

 警察官達も慌てて「危ないです。逃げて逃げて」と叫んで誘導していたが逃げる方向の

 マンホールからまた赤い液体が吹き上がった。

 気が付くといたるところのマンホールから赤い液体が吹き上がりだしていた。

 あちこちから悲鳴が上がっていた。

 吉岡や亜兼も周りにいた人達が心配で「こっちです。逃げてください」と声を上げていた。

 すると、一人の老人が両手を上に上げてなにやら祈るようなしぐさをしていた。

 吉岡と亜兼はその老人に走り寄り「おじいさん、危ないですから逃げましょう」と吉岡が早口で叫んだ。

 しかし老人は吉岡の言葉を無視をして動こうとはしなかった。

 亜兼も大きな声で叫んだ。「おじいさん、早く逃げましょう危ないですから」

 やはり老人は首を横に振って動こうとしなかった。「わしはいい、お前たちは逃げろ」と怖い顔で二人をにらんだ。

 亜兼と吉岡は「えっ」と何を言っているんだと思った。

 吉岡はもう一度声をかけた。「でもここは危険です。じきに赤い液体が流れ込んできますから」

 老人が話し出した。「おまえたちには分らん、この赤い液体が地球の血液だとは」

 亜兼と吉岡には老人が何を言っているのかと思った。

 しかし老人は話をつづけていた。「人間はやりすぎたのだ、山を崩し、緑の森を破壊しつくして、海を汚染して、CO2は大気を(よご)し気候まで変えてしまった。今では両極大陸の氷まで融けだした、そのうちこのあたりも海の底になるんだ、いまや地球も悲鳴をあげている、人間はどこまで地球を(こわ)せば気が済むんだ、地球だって一つの生命体だ、我々もその地球から生れ出たというのにその母なる地球を壊すとは、地球だって傷つけば赤い血を流すんだよ、早く手を施さないとこの血は止まらなくなるぞ、じきにこの赤い血にすべて飲み込まれるんだ。」

「この赤い液体が、地球の血液だって?」と亜兼は噴出している赤い液体を見た。

 吉岡はそんなばかなと思った、けれど無下に否定してもこの老人は反発するだけだと思と「この液体が、地球の血液ですか、それは何とかしなければ、とにかくおじいさんここは危なくなってきました。ひとまず非難しましょう。さあ」

 老人はこわばった顔でうなずいた。

 また別のマンホールの蓋が浮き上がり赤い液体が威勢よく吹き上がった。

 路上が見る見るうちに真赤な液体で(あふ)れ、物凄い速さで周りに広がって行った。

 警察官達は慌てて怒鳴っていた。「危ないですから下がって下がって」

 三村警部はこの状況の変化はあまりに急激すぎると思った、すぐに所轄に報告をしなくてはと慌てて連絡をした。

「こちら三村です、署長、浜松町駅前の赤い液体の状況ですが、吹き出し方が急激に激しくなりました尋常(じんじょう)ではありません、新たに路上のいたる所で間欠泉のように大量の赤い液体が噴出し始めました、さらにこの液体を浴びた民間人が相当数負傷しています、症状はしびれを伴い呼吸困難になるようです、とにかく手の付けようがありません、応援を頼みます、至急願います。」


 吉岡達は老人を避難させたあと他の人は大丈夫なのかと周りを見まわした。

 身動きができない人たちを何とか非難させていた。

 ひと段落すると慌てていた気持ちも吾に戻って行った。

 とても目の前に起きている出来事が信じられなかった。

「何が起きているんだろう、一体どうなっちゃたんだ、この液体はいったい何なんだ、こんなに大量にどこから来たんだろ」分からないことだらけだった。

 亜兼が叫んだ。「宗ちゃん、ここももうやばいよ早く逃げよう」

 二人は走り出した、また地響きが起きだして地面が揺れていた。

「この地震のような揺れはあの赤い液体が関係していたのか?」亜兼は吉岡に話しかけたが吉岡はそれどころではないようだ。

 吉岡が見ている目の前の路上が下から突き上げるようなドンドンという音がして盛り上がりはじめた、そして亀裂が入りガガガと崩れ落ちていった、さっきより大きなひびが入ったと思うとすぐさまその割れ目から真っ赤な液体がいきなり吹き上がってきた。路上に出ていた住人もどこに逃げたらいいのか驚いて叫びながらちりじりに逃げ出した。

 さっきまでスマートホーンを片手に面白がっていた人たちも今では慌てふためいて逃げ惑うばかりで必死になっていた。

 亜兼ももうスクープの意識は飛んでいた、あまりの異様な出来事にただただ目を見張るばかりで何が起きだしているのか状況が理解できないまま、自分がやらなければならないことはとにかく記録を残すことだと、カメラのシャッターを押しまくっていた。

 その間も次々にあちこちで真っ赤な間欠泉が噴出していた。

「あーあっ」気づくと亜兼の周囲はまた真赤な液体で覆われ始めていた。

「うわー」多くの人たちも亜兼も吉岡も慌ててその場を逃げ出した。

 多くの人々の、きゃー、きゃーと叫ぶ声が聞こえていた。

 大きく開いた穴から吹き上げる真赤な液体はまるで水道管の本官が破れたかのような勢いで、あっと言う間に広い範囲が真赤に染まりだして川のように路地へと流れ込んで行った。

 その状況を所轄より報告を受けた警視庁はすぐさま警察官を動因して向かわせたのでした。

 消防庁も何台も消防車を向かわせた。

 そのうちマスコミもこの奇怪なできごとをかぎつけて次々とやって来た。

「だめだ逃げよう兼ちゃん」吉岡は焦った。そして今度は周りのマンホールの蓋までもが吹き上がって、勢い良く真赤な液体を吹き上げる現象がいたるところで増えだしてしまった。

「くそ、なぜこんなに次々噴出してくるんだ、まるであの消防庁の重機が爆発したことで何かのスイッチが入ったかのようだ、吹き上げる量もハンパじゃない異常すぎる、いったいどうなっているんだ。」亜兼は地下で何が起きだしているんだと思ったが今はそんなことにかまっている状態ではないと感じた。現に四方から亜兼達のいる場所にも赤い液体が威勢よく流れてきていた。

 交通局のバスターミナルもあっと言う間に溢れんばかりに流れ込んできた真っ赤な液体に飲み込まれてしまい何台ものバスが流されだして、いたるところにぶつかっていきものすごい音がしていた。駅の一角もすでに真っ赤になってしまっていた。

 各新聞社や雑誌の記者など、カメラマン達も十数人に増えていた、状況の撮影をはじめていた。

 通勤時間のために電車の乗降客で駅はあふれだしていた。赤い液体の気持ち悪さに多くの人々の叫び声が響いていた。

 路上に開いた幾つもの大きな穴から吹き上がる真っ赤な間欠泉は第一京浜に向かって一直線に一〇〇メートル程連なっていた、そして新しく陥没して開いた穴ほど大きく噴出し方も激しくなっていた。

 第一京浜は東京の中央区から神奈川へ走る幹線道路で国道15号の名称がついています、赤い液体はすでにその第一京浜にも流れ出し始めた。

 路上を走る車は雨のしぶきを上げて、うす暗い中をライトを点灯して赤い液体の脇を走り抜けていった。

 路肩の側溝に流れ込んでいた赤い液体が次第に側溝も溢れ出すと道路に広がりだしていった。

 亜兼は激しく吹き上げる真っ赤な液体を夢中でカメラのシャッターを押しまくっていた。

「うわー、やばいよ兼ちゃんここまで押し寄せてきたよ、ここはもう危険だよ逃げようよ」と吉岡は亜兼のショルダーバックをつかむと強引に引っ張って走り出した。

「おいおいおい、宗ちゃん分かったよ行くよ」吉岡に引っ張られて亜兼も走った。

 直ぐにそこも真っ赤な液体が押し寄せてきた。

 降りしきる雨はかなり小降りになってきた。

 二人は第一京浜の歩道橋に登った、まさかこの道路をあの赤い液体も広がってはこないだろうと一息つくと吉岡は周りを見回した。

「あれはいったいなんだろう、突然噴出してきて、しかもあそこまで大量に、このままでは帰れないよ一体あれが何なのかせめて手がりでも見つけなければ、兼ちゃん、状況をもうちょっと詳しく調べたいな、科警研に報告するためにも、もっとよく観察できる高い場所を探そう」と手ごろな場所を探した。そして歩道橋を渡りきると近くのビルの屋上に上ることにした。吉岡は手ごろなビルを見つけると「どう、あのビル、横の外部階段で上に登れそうだよ」と指さすと亜兼に促してその方向に走り出した、亜兼もついて走しり出した。






  4 観 察


 

 亜兼と吉岡はビジネスホテルの外部の非常階段を登って行った、窓からビルの内部が見えた、まだ何も知らないのだろう客が何組かいるがくつろいでいるようだった、屋上に着くなり吉岡と亜兼は北側のパラペットに走った、そして真っ赤に染まった方向を見てみたが雨が降りしきる中視界はあまり良くなかった。

 亜兼はすぐさまショルダーバッグから望遠鏡を取り出すと赤い液体の吹き出す方向を覗いてみた、レンズの中に路上に開いた穴から赤い液体が吹き上がっていた、するとレンズの中が突然より以上に真っ赤になった、また新しい穴が開きより高く赤い液体が吹き上がったようだ。

「うわ」亜兼は一瞬驚いた。

 吉岡は状況よりもまず傘を広げた、亜兼はそれを見て「フン」と鼻を鳴らして「今さら手遅れだろう、ずぶぬれじゃないか」と言って笑った。

 吉岡も笑って「いいんだよ気分的なもんなのだから」と駅のほうを見た。

 駅の周辺では、あちこちから悲鳴が上がっていた。人々は大慌てで逃げ惑っている様子が伝わってきた。

 吉岡はその状況を見て首を横に振ると「何でこんなことに、地下で何が起きているんだろう」とつぶやいた。

 亜兼は望遠鏡でまた赤い液体の吹き上がるところを見た。どう見ても異常過ぎる、陥没の痕を追ってみると十数か所になっていた、相当なもんだな、ここの地下はどうなっちゃっているんだ、それにあの赤い液体は何なんだ。

 亜兼は吉岡に尋ねた。「宗ちゃんあの赤い液体は一体何なんだろうね?」と言って吉岡を見た。

 吉岡は無言で考え込んでいた。

「ねえ、宗ちゃんどうしたの」亜兼は吉岡を覗き込んだ。

 吉岡は無言で赤い液体が噴出している状況を見ていた。まるで地球の一部に傷口が開きそこから血が吹き出ているように見えた。あの老人の話しが脳裏に残っていた。

「ふー」と吉岡はため息をつくと首を横に振った。そしてぽつりと言った。

「地球の血ですか」

 亜兼は「えー」と言うと「それ何のこと」と首をかしげた。

「いや、さっきの老人の話しだよ、我々は社会の犯罪を無くすためにどんなに小さな遺留物であっても分析学を駆使して犯罪者を追及してきた。自分は分析には自信があったし、犯罪を憎む意欲も誰よりも負けないつもりでいた。けれどあのおじいさんの言葉を聞いて、自分のやってきたことに自信を無くしたよ、社会の治安を守るために自分が頑張っていると思っていたが、しかしその裏で人間が生きていくための生産活動そのものによって地球の環境などが破壊されていたとは、一体自分は何を守ろうとしていたのか、あの赤い液体が地球を傷つけたために流された血だと言われれば納得してしまいそうだ、地球を守るなんて今まで考えたことがない、国を守る職務に携わっているにも関わらずなんとも情けなくなったよ」吉岡はまたため息をついた。

 亜兼は吉岡の考え方が重いと思った。

「あのさ、宗ちゃん考えすぎだよ、地球がどうのこうのというのはデカすぎだよ、俺達の力ではどうにもならねえよ、それよりあの赤いのが今街を飲み込み破壊して住民が被害を(こうむ)っているこれはどうにかしないとだめだろう」

「えっ、そう、確かに」吉岡は確かにそうだなと(うなず)いた。

「ところで宗ちゃん、あの赤いのだけど、あれ何なのか早く突き止めなければ」

 吉岡もそれはそうだと思った。「いやっ、分析してみないと分からないが、重機の爆発から考えると何か揮発性の燃焼物ではないのかな?それにしても噴出したこの量はものすごいな、よほどなにか太いパイプラインのようなものが破れたのではないのかな」

 亜兼もこれだけの量の液体があふれ出るとなるとやはり吉岡の言うようにパイプラインが破れたと言うのはありかもなと思った。

 しかしこれだけの量の液体が流れ出しているにもかかわらず出所もわからず原因も突き止められないのはおかしいな、行政は何をしているんだ。出所の会社を特定するくらいのことはできないのか、情けない話だ。

 そして目を移して(そば)の小さなビルを見た、まるで赤い液体の中に浮かんでいるかのようになっていた、しかもなにやら赤い液体がビルの屋上からボタボタとあふれ出していた。

「えっ、なにあれ、あの液体、どうやってビルの屋上に上がって行ったんだ、配水管かなにかを表面張力で上がっていったのだろうか、そんなことがあるのか?」亜兼は呆気(あっけ)に取られていた。

 そして赤く染まったビルを不思議そうに眺めていた。

 吉岡もそのビルの姿にゾッとする思いがした。まるでパニック映画の一シーンを見ているかの様だった。

 突然、耳触(みみざわ)りの悪いキーンという音がしてきた、亜兼と吉岡はその方向を見た、赤い液体の中に浮かぶそのビルがいきなり白い光が発光したかと思うと次の瞬間爆発して崩れ落ちていった。

「おう、爆発が起きたぞ、ビルの中に人は居なかったのか?」

 吉岡はそのビルを見て、やっぱりと思った。「兼ちゃん、あの赤い液体は何か油系の物にちがいないな、揮発したガスが建物の中に充満して電気か何かに引火したんじゃないのかな」と推測した。

 亜兼は望遠鏡をそのビルに向けて焦点を合わせた。「本当に赤い液体は油なのか?」建物の内部で炎が上がって燃えていた。しかし油が燃えているような激しい燃え方ではなく、爆発の後の残り火のように思えた。

 するとまた別のビルがまばゆい光に包まれると「ドーン」と吹き飛んだ。


「これはまずいな」吉岡は思った。他のビルも赤い液体の揮発したガスが充満したなら次々に爆発すると思った。

 吉岡は慌てた、早くあの液体の流出を止めなければ街のあちこちで火が上がり街全体が大火事になりかねないと思うと急いで科警研に連絡を取らなければと思った。

 吉岡はスマートホンを取り出した。

「もしもし古木補佐ですか、吉岡です。連絡が遅くなりました。今浜松町に来ています。」

 古木補佐は吉岡が浜松町にいることを初めて知った。

「吉岡、さっきからテレビで浜松町の異変のニュースで持ちきりだ。その現場にいるのか、落ち着いて詳しく説明してみろ」

 吉岡は興奮を抑えて、見ている事をそのまま説明をしたのでした。

「はい、真っ赤な液体が次々に地下から湧き出しています。街が飲み込まれそうです。それでこのあたりに油系のパイプラインが通っていないか調べてもらえますか、もしかするとそのパイプラインが破損したのかわかりません、できるだけ赤い液体の流出を止めないと街が大火事になる可能性があります。」

「パイプラインか、分かった。しかしそんな真っ赤な油ってどういった代物なんだ、吉岡、何とかしてそのサンプルは取れないか」古木補佐はその液体の成分が何なのか知りたかった。

 吉岡はどうやってサンプルを取るんだと思いながらもとりあえず「分かりました。」と返事をした。

 亜兼は望遠鏡を使って赤い液体の噴出る状況を見ていた。最初に現れたあたりはもはや吹き出していなかった、一番新しい第一京浜に近い道路の陥没したところが今は一番激しく赤い液体を噴き上げていた。要するにあの液体を噴出している箇所が移動しているように思えた。

 どういう事だろう、宗ちゃんの言うようにパイプラインが壊れたとするとその箇所が次々と新しい箇所に移っているということになる、つまり今まで陥没してきた直線上にパイプラインが通っていることになるのか?

 亜兼はそのことを何とか確認したいと思った、そしてもう一度赤い液体が噴出した痕を望遠鏡で追っていた。

 パトカーや消防車が、その後も、何台も増えてきて、赤いライトの回転灯が至る所で光っていた。

 警察官達も何とかしようと思うのだろうが、どうにも手の施しようが無かった、どうにもならない様子が亜兼達のいるビルの下に見えていた。

 すでに雨は止み夕暮れのような暗さの中、浜松町駅周辺はすでに徐々に帰宅する人が増える時刻になってきた。構内には人があふれ出していた。

 吉岡は腕時計を見た。「もうこんな時間に・・・」午後の五時半近くになっていた。

 帰宅を急ぐ人が赤い液体の浅いところを走ってわたっていった。しかし同じことをして赤い液体が肌に触れた人が突然倒れて身体をけいれんさせていた。すぐに病院に運ばれたが原因は不明らしかった。

 警察もその後「この液体に絶対に触れないように」と叫んでいた。

 何やら赤い液体には(さわ)らないほうがいいと駅構内でもささやかれだしていた、もはや液体の中を渡ろうとするものはいなかった、皆気持ち悪そうに避けて通っていたが、すでに液体の表面がかなり盛り上がり深さを増していた、逃げ惑う人達があふれかえって駅はパニック状態になっていた。

 吉岡ははらはらして眺めていた。「兼ちゃん、駅にいる連中は赤い液体の危険度を知らな過ぎるよ」

「フン」亜兼は鼻で笑った。「そう言う俺達だって何を知っていると言うんだよ」

 すると亜兼のスマートホンの着メロが鳴り出した。

「はい、亜兼です。」

「亜兼、俺だ」青木キャップから電話がかかってきた。

「キャップ、今連絡を入れようと思っていました。」

「まあいい、ところで亜兼、今テレビで浜松町の異常現象をニュースでやっているがかなり凄いことになっているようだな、確かおまえそこにいると今朝言っていなかったか、どうなんだ」

「はい」亜兼はどういうことなのかと思った。

「そうか、その後何かつかんだか、あーいや、とりあえず。どういう発生をしたのか時系列で経過を送ってよこせ、編集局でも検討をはじめた、これほどの大事になるとはな、その液体は一体何なんだ、何処から流れだして来たんだ、とにかくメールでいいから送ってよこせ、映像も送れよ、これはスクープだ。」

「はい、分かりました。」電話は切れた。

 何だよ、さっきは信じようともしなかったくせに、亜兼はどのようにまとめるか考えた。

 そして吉岡に聞いた。「宗ちゃんどう、あの液体はそのうち収束するのかな、どうなんだろう」

 吉岡が見ている様子では収束どころかむしろ容積が(ふく)れ上がっているように見えた。

「いや、まだ噴出し続けているようだし、さっきより範囲がどんどん広がっているよ」

 亜兼は空を見上げた。「そう、それにしてもずぶぬれだぜ」

「フン」と今度は吉岡が鼻で笑った。「だから傘をさした方がいいと言ったろう」と言いかけたときでした。「うー」と言ってパラペットから身を乗り出すとどこかを凝視した。

 赤い液体が第一京浜の路上に徐々に流れ出して行った、そして車道に流れ込み始めた。

 車はその赤い液体を避けて走っていたが、しだいに中央に流れ出していくと赤い液体を車は避けきれなくなってきた。

 吉岡はどうなるのだろうと身を乗り出して見ていた。

 一台の車が避けきれず赤い液体の中へ突っ込んで行った。その瞬間、赤い液体がいきなり青白く発光した。「えっ、何あれ」吉岡はその発光が何を意味しているのだろうと思った。赤い液体が青白く発光する中を車が滑って行った、車は一瞬にまばゆい光に包まれた、赤い液体に接触したボディーの周りからものすごい蒸気を上げて滑って行った。

「何だ、どうしたんだ」まるでボディーが熱を持って路上の水が蒸発しているようにも見えた。

 吉岡が見ているところからでは遠過ぎて蒸気の中で何が起きているのかよく分からなかった。

 「あっ」と言う間に車体の前の部分が熱で赤く焼けだしてボディーが一気に燃え上がった、白い光が車を包んだその瞬間、爆発を起こした。

「うおー、爆発したぞ。えー、どうして、ねーえ、兼ちゃん今の見た。」

「ああ、」亜兼は望遠鏡で見ていた、車の爆発までの時間を考えても十数秒の出来事だろうと思った。あまりに急激すぎると感じた。

 消防車がその燃え上がった車に向かった。

 また別の車が赤い液体に近づいた。

「宗ちゃんまた来たぞ、あの車やばいよ」亜兼は望遠鏡で見ていた。

 二人はまた同じことが起きなければいいがと思った。

 セダンの車は赤い液体の中にフルスピードで突入していった。瞬間、赤い液体がまた青白く光った。

 まただ、あの青白い光は何んなんだ?何を意味していると言うのかと吉岡は思った。

 また直ぐにそのセダンがものすごい蒸気を上げた。亜兼の望遠鏡の中で車のタイヤが蒸気の中いきなり無くなったように見えた、そして車体の前方がガクンと下がった、しかも車の胴体が路上をこすって「ガガガガー」とものすごい速さで削れている、それも数秒の出来事で、またもや白い光に車が包まれるといきなり爆発を起こした。車体はバラバラに上空に吹き飛んだ。

「うおー」吉岡は思った、この光景は消防庁の重機の爆発と似ていると感じた。

 亜兼はビルも重機も車も、その爆発に何か共通するものがあるのではないのかと思った。

 吉岡は難しい顔をした。「兼ちゃん、この現象ってなんだか消防庁の重機の爆発のときの状況と同じような現象に感じないか、白い光に包まれた直後に爆発をしているぞ。」

 亜兼は車が赤い液体に突っ込んでいったときのことを思い起こしていた。

 車が赤い液体に突っ込んで行った、そしてすぐに青白い光が発光した、タイヤが削れて無くなる、なぜだろう、そしてボディーまでもが削れていったのか、いや溶けちゃったんじゃないのか、いずれにしてもそれらが数秒のうちに起きている、短時間にそんなことが起きるのだろうか、一体原因は何んだろう、考えてもわかる訳もなかった。

 そうこうしているうちに、浜松町の町が赤いジュウタンが敷き詰められていくように第一京浜までの路上が赤く染め抜かれていった。

 その後も何台もの車が赤い液体の中に突っ込んで行き爆発炎上していった、それを見た他の運転手達は赤い液体に突っ込むのは危険だと感じたのだろう、急ブレーキを掛けた、何十台もの車が追突していった。

「うわー、大事故だ。」亜兼はすぐにカメラの望遠レンズを向けると連写した。

 第一京浜はすぐさま警察によって封鎖されてしまった。

「兼ちゃん、やばいよ」と吉岡が(あわ)てて亜兼にビルの周りを見るように(うなが)した。屋上のパラペットから、亜兼が首を伸ばしてビルの下を(のぞ)き見ると周りが赤くなり始めていた。

 嘘だろうと思った。「何だこれ、まずいよ、宗ちゃん早く逃げようぜ」と亜兼も慌ててペントハウスの屋内通用階段に向かった。すでに吉岡は屋内階段を急いで駆け下りていた。

 二人はこんなにも早く赤い液体がこのビルの辺りまで広がって来るとは思ってもみなかった。

先に向かった吉岡が階段を駆け下りて行く途中で立ち止まってしまった。

「駄目だ、遅かった。」と階下を見てつぶやいた。

 後ろからかけ下りてきた亜兼も前のめりになって立ち止まった。「何やってんだよ」と(のぞ)き込むと、吉岡の足元の数段下まで赤い液体が階段を昇って来ていたのでした。

 傍で見るとブツブツ音がしていた、ボワッと赤い液体が(ふく)れあがると表面の高さが上昇して一段ずつ階段を登ってきていた。 亜兼はそれを見て呆れてしまった。「なんだこいつら、階段まで上ってくるのか、信じらんねえや」

 吉岡は「駄目だ、引き返そう」とらくたんした表情で言うと、悔しそうに持っていた傘を赤い液体の中に投げ捨てた、そしてかみしめるように硬く口を結んだ。

 フロアーの扉のノブに亜兼が手を架けてひねってみたが、鍵がかかっていて中からしか開かないようになっていた。「駄目か」二人は仕方なく上にもどって行くしかなかった。

 屋上に飛び出ると、吉岡は慌てて屋内階段のドアを閉じた。亜兼はすぐさま非常階段に向って走ったのでした。そして下をのぞき見た、やはりすでに下のほうは真赤な液体の中に非常階段が浮かんでいた。やはり駄目かと周りを見渡したが他に逃げ道はなくなっていた。

「しまった、閉じ込められたか」亜兼は悔しそうに他にないのかとパラペットの周りを走り回った。

そのうち、屋内階段のドアの隙間から赤い液体がもれ出してきた。

 吉岡はそのもれ出してきた赤い液体に近づいて行きしゃがみこむと、落ちていた棒切れでいじくりまわしはじめた。

 直ぐに吉岡の表情が驚きの顔に変わって行たのでした。

 どう見てもこの赤い液体は揮発性の油系のものとはまるで違う「何だこれ、まるで血液のようだ、だけどただの血液とも思えない、なんだかぶつぶつと動いているようにも思えるが気のせいなのかな、もしかしてこの赤い液体は生き物なのか?」

「ふう」とため息が出た。それは信じられないと感じたからでした。

「だけど街を飲み込むほどの量だぞ、一体どこから溢れ出て来たんだ。」吉岡は首を傾げた、そして目を凝らしてよく見てみると、肉眼で見ても解るように表面がみずみずしく何かに保護されているかのようでもあった。

 そして吉岡の見ている目の前でその赤い液体が小刻みに振動しているように思えた、そしてしだいにその赤い液体が盛り上がりその量が増えているように見えた。「う、どうしたんだ。」見ている前で、とうとう倍の量に(ふく)れ上がってしまった。

「えー、何これ、分裂しているのか、まさか、信じられない」

 吉岡はすぐに時計を見た、分裂したと思われる時間を確認した。

 まさか赤い液体が生物だったとは、しかも分裂までして自分の目の前で倍の量に増えるとは、吉岡にはまるで想定していなかったことだった。早く亜兼に教えなければと思った。

「兼ちゃん、見てよ、この液体、生物だぞ」と吉岡が叫んだ、亜兼は焦って逃げ場を探していた、(きびす)を返して吉岡を見た、のんびり何やっているのかと思った。亜兼には吉岡の言っていることが耳に入らなかった。「そんな物、じっくり観察している場合じゃーねえぜ」と亜兼が叫んだ。

 吉岡は亜兼の言葉を無視して、背広の内ポケットからサンプルケースを取り出して棒切れで赤い液体をすくいながらケースに取り込んで蓋をギシッと()めた。 

 屋内階段のドアがギシギシときしみ出していた。

 吉岡がそのドアを見ると、今にも壊れそうに思えた。「まずいな」と言いながら後ずさりをはじめた。一歩、二歩、三歩、五歩までさがると、ドアはもう限界に来ていた。

「ドアが壊れるぞ」と吉岡は叫んで走った。

 と、同時に、ドアが威勢良く吹っ飛んで、床に叩き付けられた。

 そのとき、上空で稲光が走り「ゴロゴロ」とものすごい音が爆音のように聞こえた。

 そして、今までやんでいた雨が急に激しく降り出した。

 赤い液体はドサーッと、屋内階段から屋上に飛び散ったのでした、赤い液体はまたぶつぶつ音をたてていき、ばらばらに飛び散っていたがしだいに一体の塊に戻っていったのでした、そして明らかに二人に向かって流れ始めた。


 亜兼はそいつらに目を向けた、まるでヒョウかライオンに(にら)まれた感じを覚えたのでした。「この液体は一体何なんだ。」そしてさっき吉岡がこの液体について何か言っていたことを思い出した。

「宗ちゃん、さっきこいつらのことを何とかだと言っていたよな」亜兼は吉岡が何と言っていたのか気になって聞き返した。

「だから、あの赤い液体は生物だよ、何かの生き物の集合体のようだ、しかも分裂をして増殖をしているよ」

 雷が鳴り雨は威勢良く降り続いた。

 「えっ、生物だって、嘘だろう、・・・・・宗ちゃん、こいつら俺たちを(ねら)っているぜ、(えさ)にでも見えるんじゃないのか」

「そんなバカな」と吉岡には信じられなかった。「ただの下等生物にそんな意志は無いはずだ」と言った。それより周りの状況が気になった、吉岡はおどおどして「それよりどうするよ兼ちゃん」と言いながら、手すりからビルの下を(のぞ)き見た。やはりどこもビルの周りは真赤になっていた。

 雨が顔を(したた)り落ちてきた、亜兼は意を決した。「宗ちゃん、飛ぶしかなさそうだぜ」と言うと、ずぶぬれの吉岡はビルの高さを想像した、そんな選択肢は俺には無いよと言わんばかりに「兼ちゃん、そんなの自殺とかわりないぞ」と叫んだ。

 亜兼は呆れて「俺も自殺をするつもりは無いぜ」と隣のビルを見て「冗談言うなよ、隣りのビルに飛び移るんだよ」と叫んだ。

 吉岡は横の手すりから隣のビルを見た。確かに五~六メートル程離れて、少し低いビルが建っていたのでした。「ここを、飛ぶのかよ?」と言い終わらないうちに亜兼はすでにパラペットに足を掛けてさっさと飛んでしまっていた。

 黒く分厚い雲の中を稲光が走った。ピカー、「ゴロゴロ」

「ウオー」

 吉岡はあせった。自分に飛べるのか自信が無かった、しかも吉岡は高所恐怖症だった、後ろを振り向くと、トラに狙われたウサギのように、赤い液体が雨のしぶきを上げて吉岡の方向に向って流れて来ていた。

 今にも襲い掛かってくるかのように思えた。

 亜兼が向こう側のビルから、早くしろと、ずぶぬれの手を振って叫んでいた。

「早く宗ちゃん、飛ぶんだ。」







  5 驚異の増殖能力



 「くそ、飛ぶしかないのか」

 意を決して、吉岡は助走を付けるため、赤い液体の近くまで寄っていった。

 吉岡が赤い液体を見ると震えだしていた。

「えーっ、またこいつら分裂を始めたのか」吉岡はすぐに時計を見た、さっきの分裂から27分たっていた。分裂する時間がずいぶん早いと感じた。間違いではないのかともう一度時計を見直した、間違いないようだ、そんなことよりも早く逃げなければと思った。

 そして隣のビルに向かって一気に走った。

 すると赤い液体が急に早く進み始め吉岡を追ってきた。

 吉岡は信じられなかった、何だこいつら、追いかけてきやがって、こいつら思考能力があるのか、嘘だろう?

 吉岡がパラペットを蹴って力任せに上空に飛びだした。

 またしても頭上が光った。

 赤いやつらも追って飛んで来たのでした。

 吉岡は降りしきる雨の中隣のビルの屋上に足が着くなりそのまま前方に一回転すると、飛んできた方向に振り向いた。

 赤い液体がこっちに向かって飛んで来ていた。しかし距離がとどかず雨と共にビルの谷間に落ちて行った。

 あの動きは何なんだ、やはりあいつらなんだかの思考能力を持っているのか、しかしどこにそんな機能が在るんだろうと吉岡は疑問に思った。

「大丈夫か」亜兼が寄ってきて、腕を持って起こしてくれた。

「ありがとう」吉岡は額のしずくを袖でぬぐいながら起き上がった。

「さ、行くぞ」と亜兼は外部階段に向かって走り出した。

 外部階段を急いで地上に向かって下りて行った。やっと亜兼は何とか地上に降りてくることができたとほっとした、しかし周りを見ると赤い液体がすでにせまってきていた。

 亜兼は吉岡に叫んだ。「早くここから逃げよう」

 後から階段を降りてきた吉岡もうなずくと「ああ」と言って二人は走り出そうとしたが何処に逃げればいいんだ、亜兼は周りを走りまわって逃げ道を探した。けれど逃げ道はすでにつぶされていた。

「宗ちゃん、逃げ道が無いぞ」と吉岡に振り向いた。すると赤い液体が吉岡に向かって進んでくるように思えた。

「宗ちゃん逃げろ」亜兼が叫んだ。

 吉岡が振り返って後ろを見ると赤い液体が今にも襲いかかって来ていた。

「うわー」

 吉岡は亜兼の(そば)に飛び跳ねた、すると赤い液体が亜兼達の方に向かってやって来た。

 亜兼は何か変だと感じた。何でこんなに俺たちを追いかけてくるんだ。

「宗ちゃん、あいつらが欲しがる何かを持っているのか?」と聞くと吉岡は胸の内ポケットのあたりをおさえて「さっきやつらのサンプルを採取した、それが目当てなのか、だけどこれは渡せないよ、やつらが何なのかをつきとめるためにも」

 亜兼はうなずいた。「そうだな」

 だがしだいに赤い液体が二人にせまってきていた。

 亜兼は周りを見て逃げ道を尚も探したがすでに後ろも横も前も真っ赤になってきていた。

「宗ちゃん、そうは言ってもその内ポケットのものをやつらに返した方がいいんじゃないのか」

 吉岡は内ポケットのあたりを右手で押さえながら向かって来る赤い液体をにらめつけながら「だめだ、こいつらを分析しなければこいつらを撲滅できなくなる、第一こいつらが何者なのか俺は知りたい、兼ちゃんも見たろう車があいつらに突っ込んだのを車のボディーが溶けたよな、あれはどう見ても溶けたとしか思えないよ、こいつらがどんな能力があるのかもわからない、調べておかなければこの先どんな被害が起きるかも分からない、だからどうしても分析はしなければだめだ」

 しかし徐々に二人が追い込まれていることは感じていた。

「宗ちゃん、じゃあここはどう切り抜けるんだよ」

 後ろのビルの外部階段からダラダラと赤い液体が流れ落ちてきた、今にも亜兼は頭からその液体がかぶさってくるのではないのかと感じた。

「ほんとうにこれはやばいぜ」と亜兼は周りに逃げ道をなおも探したがありはしなかった、もうこれはだめだと感じた。

 その時だった亜兼の予想は現実になってしまった。

 外部階段から一気に赤い液体が、ザーッと流れ落ちてきた。と同時に赤い液体が前からも大きな波のように向かって来たのでした。

 吉岡も「うわー」と大声を上げると身構えたがこれでもう終わりだと感じた。

 真っ赤な液体が二人に(おお)いかぶさってきた。

「うわー」二人は恐怖を感じ腹の底から叫んだ。

 俺達はもうおしまいだ、これでこいつらに飲み込まれてしまうと亜兼は覚悟した。

 そして二人は目を見開いて向かってくる赤い液体に対して身体が硬直していた。

 その時だった二人が立っている地面が不安定にゆれ、足元がふわふわした感覚を覚えた時だった。いきなり地面がゆれたかと思うと今度は蒸気が吹き上げてきたのでした、そして足元の地面がスーッと抜けたのでした、つまり陥没が起きたのだった、二人は腰を引き足を踏ん張るがそのまま下方に地面と共に落ちて行ってしまった。

 赤い液体も周りの地面と一緒に落ちて行った。

「うわー」二人は叫びながら地面の中に飲み込まれていった。

 「ドサー」

 突然身体が何かにたたきつけられた。

 そして土砂と一緒に流されていき、次に何かにひっかかった、かと思うと今度はゆっくり流れていく斜面をすべり落ちていった。

 また何か飛び出したものにバウンドすると身体を硬い平らなところにたたきつけられたのでした。

「いてー」二人は泥んこになって打ち付けられた身体の部分を押さえながら起き上がった。

 すると目の前に鉄のパイプでできた手すりが目に入った。亜兼は近寄ってその手すりに触ってみた。「これは人工的な何かの施設なのか?」

 吉岡は落ちてきた方向を見上げた。暗がりの中に丸く光が流れ込んでいた。

 二人が落ちてきた穴だ。

 何故(なぜ)あの分厚いコンクリが抜けたんだ、どうなっているんだ、それともあのスラブ全体がじきに落ちてくるんじゃないのか、と思った。

 そして吉岡はふりむくとその手すりの向こう側を見て驚いた、穴から差し込む明かりで目の前の光景を照らし出していた。

「すごい広さだ、まるで地下宮殿のようだな、これは地下の調整池じゃないのか」と言うと吉岡は目の前の巨大な空間を目をこらして見渡した。

「宗ちゃん地下調整池って何だっけ?」亜兼は目の前の巨大空間を見ながら聞いた。

「地下調整池は大雨が降ったときに道路や建物が冠水(かんすい)しないように地上にあふれた雨水をここに一時的に溜め込むんだよ、そして川に排水するんだ。」

「あーそうだった。」と言って亜兼は(うなず)いた。

 吉岡が亜兼の顔を見て「なあ、兼ちゃん、だけどこんなところに調整池あったっけ、第一ここに通っていた地下鉄はどこに行っちゃったの」

 亜兼は思い出した。「そういえば思い出した。」と笑みを浮かべると「宗ちゃんも都心の状況にはうといと言うことか、地下鉄は途中でルートを変えたと思うよ、ここが完成したのは確か2034年だから、確か5年前だったっけ、当時かなりのニュースになっていたよな、なんでも都心の集中豪雨が最近想定以上の雨量が日常的になり毎回の都内の冠水状態に対するインフラ整備のために作らざる負えないことになったということらしいよ」と亜兼は調整池の中を覗き込んだ。

「うむ」調整池を満たしていたものが雨水だとばかり思っていたが、亜兼は目を見開いて足がすくんだ「あっ、何だこれは」水面が薄暗い明かりが反射してキラキラ光っているその下にあの赤い液体が調整池を満々と満たして調整池をのっとっていた。

 吉岡はそれを見て腰を抜かすほど身体が震えて身の毛がよだつ思いがした。

「うわー、気味が悪い、こんな所にしかもこれだけ大量に、奴らいったいどうなるとこんな大量になるんだ?」

 亜兼は顔面の血の気が引き青くなった。これらが地上に出てきたら街は飲み込まれ、人たちは相当の被害が出るだろう、しかし何処(どこ)からこんなに大量の赤い液体が出てきたんだ、すぐさまカメラを取り出すと何枚か写真を撮った。そのファインダーを通して見る光景は亜兼をぞっとさせるほどの不気味さを感じた。ファインダーを通すと黒ずんで見えた、大量のこれらの液体がこのままここに(とど)まっているとは思えない、必ず地上に(あふ)れ出てくるだろう、そうなれば建物は破壊され道路やインフラにも又住民にもかなりの被害が出るだろう。

 そして亜兼は吉岡に聞いた。「宗ちゃん、この調整池を雨水が満杯にするのにはどのくらいかかるんだろう」

 吉岡は調整池を見渡して「わかんないな、おそらく23区で集中豪雨が降ったら十時間ぐらいで満杯になっちゃうんじゃないのかな」

 亜兼はまた吉岡に聞いた。「それだけの量のこの液体がここにこの状態をどう判断する」

 吉岡は首をかしげて「どおって、まあ何かのパイプラインが破れたとしてもここまでたまることはありえないだろう、パイプラインのせんは消えたな、この状態は考えようが無いよ」

「そう言えばさっきのビルの屋上で何か言っていたよな、この液体が生物だとか、分裂しているとか」と亜兼は吉岡の言葉を思い出した。

 吉岡はこの光景を(あき)れて空笑(そらわらい)をした。「ははは、そうか、細胞分裂か、確かに赤い液体は生物のように思った。しかもあの増え方は細胞分裂だと思ったが、えっ、まさか、細胞分裂でここまで大量にはならないだろう」と言うと吉岡は信じられない顔をした。けれども直ぐに吉岡はまじめな表情になった。

「無くもないかもしれないな」と言うと、あることを思い出した。

 それは大腸菌の分裂だ、大腸菌は最短で二十分に一回分裂を行う、計算上では一時間で六回、六万五千五百三十六倍だ二時間で百京倍を超えることになる、三時間で既に数値が大きすぎて計算は無理だと思った。だけど以前、吉岡は興味があって計算をしたことがあった、たしか数日でなんと地球の質量を越えてしまうほどに増殖してしまうことを、あくまで地球ほどの大きさの培養容器があって増殖の条件を満たすことができればの仮定の話だが、だけどこの液体にそんな能力があるのか?いくらこの状況を見ても信じられない、この生物の分裂時間をあのビルの屋上で計ったときは確か、二十七分だったけれども、本当にそんな早い分裂能力があるのか信じられない。

 吉岡は改めて調整池の中を覗き込んだ、ぞっとした、本当にこいつらがそんな能力があるとしたらこの調整池を満杯にするだけでは済まないはずだ、その先も何処(どこ)まで増殖していくのか見当も付かないと思った。

 そして吉岡は慌てだした。「兼ちゃんここにいたらまずいよ、直ぐにもこの赤い液体は倍増しだすぞ、俺達この赤い液体に飲み込まれて溺れるぞ」

「えー、まじかよ、だけどそれだけの分裂能力があると決まったわけでもないだろう」と亜兼は信じられなかった、吉岡は慌てて「この調整池の状況を見れば信じる、信じないじゃなくて、可能性としてありうるかもしれないと言うことだよ、手遅れになる前に逃げよう、おそらく三十分前はここの量の半分だったのだろう、またその三十分前はその半分だったはず、そう考えるとやはり相当の分裂能力だよ、数時間でここを満杯にしているはずだ、だから(すぐ)にここは赤い液体に飲み込まれてあふれるはずだ、兼ちゃん早く逃げ出そう、まちがいなくおぼれることになるよ」吉岡がそう言いおわらないうちに目の前の光景に変化が起きだした。赤い水面が盛り上がって増え出したと思うとスーッと水面が下がった。

「おーう、どうしたんだ。」吉岡は何故水面が下がったんだと思った。

 自分の推測が間違っているのかと吉岡は思った。

 亜兼も吉岡の考えが外れたのかと少しほっとした。

 しかしその赤い湖の表面がすぐに波打ちざわつきだした。

 吉岡はいやな予感を感じた。

「こいつらやっぱり分裂が始まったんじゃないのか、ビルの屋上でもこいつら分裂の前にこんな風に震えていたよ、そうだとするとこの赤い液体に本当に俺達飲み込まれるぞ」

 波打っていた赤い液体の表面が徐々に盛り上がりはじめた、一部が下から突き上げてくるように血しぶきを上げて水柱のようなものが伸びていった、そして天井を突き上げると路面の一部を破壊してコンクリートや路面の部材がバラバラ落ちてきた、盛り上がった真っ赤な液体がその穴から噴出しているようだ、見る見るうちに真っ赤な液体の表面がじょじょに上昇しはじめた。

 吉岡が叫んだ「逃げよう、すぐにこの空間は飽和状態になるぞ」

 「やべえ」亜兼は慌てて周りを見て逃げ道を探した、すると泥の中の壁面に鉄のとびらが目に入った。

 「宗ちゃんあれって扉だろう」二人はそこに近寄りノブをつかむと素早くまわした、するとドロの圧力で一気に扉が向こう側に開いた。

 吉岡が振り向くと盛り上がった赤い液体が一気にこっちに向かってなだれのように押し寄せて来ていた。

「来るぞ来るぞ来るぞ兼ちゃん早く早く」吉岡は鉄骨階段を無我夢中で駆け上がっていった。

 亜兼が階段を駆け上がりながら後ろを振り向いて見た。壁に付いているブラケットの薄暗い明かりに照らし出された光景は赤い液体が水位を増して鉄骨階段を駆け上がってきた。そしてそのスピードが速くなっていった。

「やばいよ宗ちゃん速く速く追い付かれるぞ」二人は慌てふためいて階段を駆け上がっていった。赤い液体もその二人に追いつかんばかりの速さで階段室を上昇していった。

「やばいやばいやばいぞ、速く速く速く、宗ちゃんー」

 吉岡も全速で走っていたが亜兼から見ると遅いと感じた、実際すぐ後ろに赤い液体がせまって来ていた。

 吉岡が叫んだ。「兼ちゃん出口が見えてきた。」

 亜兼は少しホッとした。しかしそれもつかの間でした。

「兼ちゃん、出口の扉がしまっているよどうしよう」吉岡は階段を駆け上がりながらかなり心配になってきた。

「どうしよう兼ちゃん」

 亜兼はどうするもこうする身体で体当たりするしかないだろうと思った。いまさら別の出口を探している余裕も無い、鍵をいじってのんびり開け方をあれこれ探している暇も無いだろう「宗ちゃんこのまま駆け上がって扉に体当たりするぞ、宗ちゃんは下を俺は上をやる」

 吉岡はまさかと思った。だってもし扉に体当たりしてあかなかったら俺達あの赤い液体の餌食になっちまうと思った。

 しかし扉はもうまじかにせまっていた、別の扉を探す余裕は無い、仕方ない扉に体当たりするしかないのか、吉岡も扉に体当たりすることに腹が決まった。「兼ちゃんじゃあ扉の下は任せておいて」二人は大声を上げて扉にぶつかっていった。

「うわー」

 バーン、いきなり眩しい夕日が飛び込んできた。外は雨はやんで日差しが出ていた。

 亜兼と吉岡は砂利が敷かれた地面に転がっていた。

「いてててて」吉岡が起き上がろうとしたとき、いきなり亜兼に突き飛ばされた。

「うわー」

 吉岡が突き飛ばされると同時にそこにものすごい量の真っ赤な液体がしぶきを上げて階段室から噴出してきたのでした。あたりはすぐに真っ赤な池が広がっていった。

 とめどなく階段室から噴出す赤い液体はいつ止まるのかと思われた。

 亜兼と吉岡はその脇で呆然と広がっていく真っ赤な池を見ていた。

 亜兼がつぶやくように言った。「これっていったい何なんだ、まさかあんな所にこれほどの量のやつらが存在するとは思いもよらなかったぜ?」

 吉岡は首を横に振って「確かに、こんな所に隠れて増殖していたとは、早くあいつらの弱点を探さなければ、もう誰にもあの増殖をとめることはできなくなる」と亜兼を見た。

 そして「兼ちゃん、これからどうするの」と吉岡は尋ねた。

 亜兼は自分の身なりを見ると「この泥んこじゃあどうしようもないだろう、この下の調整池にはまだ増え続けている赤い液体が膨大な量あるし、これからどうなるのか記事を追いたい気もあるけど、いったん社に戻るさ」

 そして亜兼も吉岡を見ると「宗ちゃんこそどうするんだ」と聞返(ききかえ)した。

 吉岡はうなずいて「早く化警研に戻って、いったいあれが何なのかサンプルを早く分析したいから」と内ポケットのあたりを押さえてサンプルケースのあることを確認した。

 亜兼は吉岡をまじまじと見た、そしてため息をついた。「宗ちゃん、その泥んこ姿じゃあ電車にも乗れないだろう、化警研まで送るよ」と気軽に言った。

 吉岡は自分の身なりを見て、確かにと思った。「でも遠回りにならないのか?」と申し訳なさそうに言うと、亜兼にとっては使い慣れた高速道路のため、気にするほどでも無かった。

「高速道路で行けば、大した距離じゃないさ」

 吉岡はだいぶ助かると思った、確かに泥んこの姿で電車に乗るほど神経も図太く無かった。

 亜兼は青木キャップに連絡を入れると、状況を報告した、地下の調整池に膨大な量の赤い液体が存在することを伝えるとキャップも言葉を失っていたようだ、そしていったん社に帰ることを伝えた。

 車は第一京浜の「大門」と言う信号の近くにある銀行の裏の有料駐車場に止めてあった。

 このあたりも警察や消防署員がすでに相当の人数が出ていた。

 二人は駐車場まで走って来たが、まだそこは例の赤い液体は広がってはいなかった。

 亜兼の愛用の黄色いビートルが停車していた。

 吉岡は笑顔を見せた。「ワーゲンかタイプ1だろう、かなりアンティークだね、エンジンはいまだにガソリンエンジンなの」と言うと亜兼も笑顔を見せると「まさか、中身はEVだよ、整備もバッチリだ、加速もかなりだぜ」

 二人は車に乗り込むと、新橋の入口から首都高速道路に入っていった、確かにかなりの加速に吉岡は驚いた。「すごいなボディーだけ見ると四〇年前の車だけど、かなり快適だね」

「だろう」と亜兼は誇らしげにほほ笑んだ。

 車は都心環状線から三郷方面に向かう6号線に入っていった。高速道路上を走る車は、まるで浜松町の出来事が嘘のように、誰もが自分の行く道を急いで走っていた。

 亜兼は愛車のビートルの、ステアリングを切りながら「宗ちゃん、あの赤いやつ、これからどうなるんだろうね」と聞いた。

「うーん、あの赤いやつか、どうなるかって、まあ、俺が見たところおそらくアメーバー状の何かの集合体のような気がするけど、詳しくは調べてみないと分からないけど、特に気になるのはやつらが分裂して増殖している事だね、これからどこまで増殖していくのか、ヒントは調整池を満杯にするのにかかった時間を計算すればある程度の目安は出ると思うけど、だけど自然界にあんな能力のある生物がいるのかな、あんな生物は聞いたことが無いな、専門じゃ無いから詳しいことはなんとも言えないけど、あそこまで調整池に素早く大量に増殖するとしたらやっぱり大腸菌のような増殖能力を持った生物なのだろうと考えられるな、培養すると大腸菌と同じような速さで分裂するのか赤い液体をテストする必要があると思う、でも大腸菌なら普通死んでいくことも考慮するならあのように大量にはならないはずだ、だからその辺がどうなっているのかこのサンプルをテストして調べないと、それによってはこの先どのようにあれが増えていくのか想定ができる」

「大腸菌の増殖能力はそんなにすごいのか」亜兼は信じられなかった。

「ああ」吉岡はうなずいて「だから地球と同じ大きさの培養容器があるとしたら四日前後でその容器を満杯にするほど分裂能力は高いだろうな」

「ほーう、大腸菌がかよ信じられないな、そうなると赤い液体が同じ能力があるとしたら浜松町の街が赤い液体に飲み込まれてしまうのも時間の問題と言うことになるのか、それは実感できないな」

 そのことよりも吉岡は確証は無いが奴らが集団で規律の取れた行動とも思えるような動きをしたことを思い出していた。やつらのサンプルを取ったあと明らかに自分の存在を認識した動きをしているように感じたことだった。

「ねえ兼ちゃん、あの赤いやつら俺達の動きを認識していたように思わないか、やつら意志があるんじゃーないのかな?」

 亜兼は「フン」と鼻で笑うと「だから言ったろう、あの時やつらが俺達を狙っているって、そしたら宗ちゃんがあんな下等生物にそんな能力はあるはずが無いって言っていたよな」

 吉岡は頭をかいて「いやいや、あの時はまさか下等生物にそんな能力はありえないと思ったからだよ、俺も専門が生物ではないので、でもミドリ虫やミジンコに思考能力があるなんて聞いたことがないよ、だから」

 亜兼は笑った。「もういいよ、実際どうなのかまだ分からないのだからさハハハ」

「いやいや、でもビルを飛び移るあの時は確かに赤いやつらに追いかけられている気がしたな、あの時はやつらは俺を認識していると思った。」と吉岡は思い出していた。

「そうだべ、だからやつらは俺達をえさだと認識していたんだよ」と亜兼は得意げに話していた。

 吉岡は呆れて「何だよその、「べっ」て言うのは青梅ベン丸出しだな」


 吉岡と亜兼は東京都の立川よりも西にある青梅市と言う街の出身でした。

 亜兼はこんな状況であっても、吉岡に会ったことで、いつも抑圧されている環境から解放された思いで、内心ほっとしていた。

「いいじゃないの、同郷(どうきょう)なんだからさ」笑顔で亜兼が言った。

「こんなときに、なに言ってるんだよ」と言うものの吉岡はあの生物の分析を頭の中で行なっていたのでした。

 亜兼は小学校の頃の楽しかった思い出がいろいろ思い返されて来て嬉しかった。

「宗ちゃん、小学校の時、青梅の大祭があったの覚えてる?」

 吉岡もつい、その頃の事が思い出された。「えーと、小五の時だろう〝金棒〝やらされたときの事なら忘れないよ」

 亜兼は嬉しくて、つい話に乗ってしまった。「鼻にお白粉塗って、西分町(にしわけちょう)山車(だし)の先頭を金棒を持って。じゃらじゃらと、金棒が重いせいで持ち上げられず引きずっていたら靴屋のおやじにどやされていたっけ、あの光景は笑ったぜ」

 吉岡はちょっと不満そうに「バカ言うんじゃねえよ、やりたくてやってたんじゃないんだからな」

 亜兼は思い出にふけって話しを続けていた。「それにしても、俺の町の勝沼町の山車は町内でも自慢だったな。柱は昇り龍、降り龍、十五人の唐子(からこ)が踊る郭子儀(こうしぎ)で出来ていて、その昔、武蔵野市の旧家のあるお屋敷から古い欄間(らんま)の彫刻部材を譲り受けて作ったものらしいよ」

 吉岡は感心して「兼ちゃん、よく知っているよね」

 亜兼にとって、唯一自慢が出きる一時だったのかもしれない「そりゃー、職業柄調べたことがあるんだよ」

 現実の厳しい社会の中で必死になって振り落とされまいと、生きてきた二人はどこかでこの様なほっとする一時を求めていたようでもあった。

「あの頃は楽しかったよ」亜兼はそのころの事を思い出していた。

 二人は、昔の楽しい思い出を味わっていたかったがいつの間にか、車は首都高6号から三郷ジャンクションを過ぎて常磐道へ入って行った。

 吉岡はガイドをしながら、科学警察研究所までの道のりを亜兼に説明をしていた。

「次の柏インターで降りるとすぐだから」と言って、吉岡はスマートホンで古木補佐に連絡をとった。

「もしもし、吉岡です、もうじき所に戻ります。友人に車で送ってもらっています。」

「お疲れさん、そうか、その友人とやらは、今回の事件との関係は?」

「はい、最初から一緒でしたけど」

「そうか、解った。じゃー、気をつけて」

「はい」

 すでに空は暗くなっていた。







今回自分の創作小説を投稿するのは初めてですが、すべて入力を済ませていよいよ「投稿」のボタンをクリックするのはドキドキですね、本当にこれで世の中に自分の作品が多くの人の評価を受けるのかと思うとかなり迷いました。けれどもまた逆に自分の作品をどのように評価されるのか受け入れられるのかも興味があります。今後少しづつでも評価されていけば幸いです。

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