野良猫が乙女ゲームの世界に転生しちゃった?!
東聖紅緑学園シリーズの三作目になります。
私は自動車に轢かれたはずだった。だが、なぜか乙女ゲームの世界に転生してしまった。
私が転生した少女の名は野良猫香。私が野良猫だったから、この少女に転生したのかもしれない。今まで野良猫として過ごしてきただけに、人間として生活するのは苦労しそうだ。
私が通う学校は東聖紅緑学園だ。名門校で全国からお嬢様やお坊ちゃんが集まっているらしいが、人間社会のことはよくわからない。猫社会のことならわかるのだけど。
この姿では誰も餌をくれない。野良猫だった時は歩いているだけで餌を貰えたものだ。しかし、この姿では歩いたところで誰も餌なんてくれないだろう。
猫だったからこそ餌を貰えたのだ。見た目の可愛らしさを活かし、すり寄っていけば、餌を貰うことができた。だか、人間ではいくら可愛くても餌なんて貰えない。すり寄ったりしたら、変な目で見られる。
幸いなことに東聖紅緑学園には購買があるから、そこで餌を確保できる。味が濃すぎるのが難点だが、仕方ない。猫と人間では味覚が違う。私は薄味派なのだ。まだ転生して間もないから人間の味覚には慣れていない。慣れれば濃い味も平気になるかもしれない。
何にせよ私の人間としての人生は始まったばかりだ。
☆☆
私は餌を確保するために、早足で購買に向かっていた。今までは四足歩行で過ごしてきたから、二足歩行は歩きづらい。どうしても内股になってしまう。慣れるまでにはまだ時間がかかりそうだ。
購買が見えてきた。私の目はすぐに標的を捉え、食パンを手に取る。私は購買のおばさんにお金を渡した。
私は食パンを胸に抱え、教室に向かって歩き出した。その瞬間、誰かに肩を叩かれた。
「俺と一緒に食べようぜ、猫香」
赤崎悟がカレーパンとお茶を持ち、微笑んでいた。なぜ、一緒に食べなければならないのだろうか? 私は一匹……いや、一人で食べたいというのに。
「……私は一人で食べたいんだ。誰かと食べたいのなら、他の奴にしてくれ」
「猫香はいつも一人で食べてるだろ? たまには誰かと食べるのも悪くないぜ」
「私のことは放っといてくれ」
私は絡まれたくない一心で全速力で駆け出したものの、すぐに追いつかれてしまった。四足歩行だったら、引き離せたはずだ。二足歩行なのが恨めしい。
結局、私は赤崎と昼食を取ることになった。教室でゆっくりと食べるつもりだったが、赤崎に無理矢理図書室に連れてこられた。図書室は昼休みの間、開放されている。生徒にとって憩いの場となっているのだ。
大勢の生徒が談話しながら、昼食を取っていた。
私は生徒の喧騒にうんざりしつつも、空いている席に座った。できれば静かな場所で食べたかった。
赤崎は私の隣に座り、カレーパンをムシャムシャと食べ始めた。
隣に座ってきたことに腹が立ったが、私は無言で食パンを頬張った。
「猫香って休日は何をしているんだ? 俺は友達と遊んでる」
赤崎が話しかけてきたが、私はシカトした。誰かと慣れ合うつもりはない。私はずっと一人で生きてきたんだ。人間に餌を貰う時以外は一人で行動していた。人間に転生した今も、その方針を変えるつもりはない。私はこれからも一人で生きる。
「じゃあ、好きな食べ物は何だ? 俺はカレーパンが好きなんだ」
赤崎はめげることなく笑顔で話しかけてきたが、私はシカトする。
最後の一口を飲み込み、私は席を立った。
「明日も一緒に食べようぜ」
赤崎は満面の笑みでそう言ったが、私はそれに応えず、図書室を後にした。
☆☆
「猫香の分も買っておいたぞ」
赤崎は両手にカレーパンを持っていたが、私はシカトし、購買に向かった。
本当に私と食べるつもりだったとはな。食事の間、シカトし続けていたというのに、よくも話しかける気になれるものだな。
「どこ行くんだよ。猫香の分はもう買ったってのに」
「……私は食パンが食べたいんだ」
「食パンならもう売り切れてるぞ」
何だって? 私は慌てて購買の方を見た。赤崎の言うとおり、確かに食パンは売り切れていた。さっきまではあったはずだ。赤崎が絡んできた間に誰かが食パンを購入したようだ。赤崎が邪魔さえしなければ、食パンを購入できたのに。
私はギロリと赤崎を睨み付けた。食べ物の恨みは恐ろしい。
「そんなに怒るなよ。カレーパンだっておいしいぜ」
赤崎はカレーパンを差し出した。以前学校が休みの日に定食屋でカレーを食べたことがあるが、味が濃いうえに辛くて食べられたものではなかった。そのことがあってカレーパンは敬遠している。
しかし、空腹には打ち勝てず、私はカレーパンを受け取った。
赤崎と一緒に図書室へ行き、空いている席に座る。
私は恐る恐るカレーパンをパクリと食べた。まったく辛くなかった。それどころか甘味が感じられる。味も濃くなく、マイルドに仕上がっている。これがカレーパンというものなのか? おいしいじゃないか。
私はものの数秒でカレーパンを食べ終えた。
「おいしかっただろ?」
「こんなにおいしいものだとは思わなかった」
「明日も猫香の分のカレーパンも買っておくから、一緒に食べような」
「……うん」
少し迷ったが、私は頷いた。
赤崎はとても嬉しそうな表情をしていた。
☆☆
私は購買に行き、赤崎を探した。
行列の中に赤崎を発見し、私は駆け寄ろうとしたが、思わず足を止めてしまった。
なぜ駆け寄ろうとしたのだろうか? 食べる約束はしたが、赤崎が来るのを待てばいいだけの話だ。駆け寄ったりなんかしたら、赤崎と一緒に食べるのを楽しみにしてたみたいじゃないか。
私が楽しみにしてるのはカレーパンを食べることであって、赤崎と一緒に食べることではない。
赤崎が駆け寄ってくるのを待つことにした。
私は何ともなしに赤崎を見ていた。すると赤崎は誰かと話し始めた。女子生徒と話しているようだった。
なぜか私はモヤモヤした。赤崎が誰と話そうがどうでもいいはずなのに、なぜモヤモヤするのだろうか? 不機嫌になっていくのを感じる。これだとまるで赤崎のことが気になっているみたいじゃないか。
赤崎はカレーパンを持って駆け寄ってきた。
私は気を取り直して図書室に向かおうとした。だが、腕を掴まれてしまった。
赤崎は私の腕を引っ張って階段を上り始めた。図書室で食べるんじゃないのか? 赤崎はいったいどこに向かっているんだ?
赤崎は最上階まで上がり、屋上へと出た。今日は屋上で食べるのか? しかし、どうして屋上なのだろうか? 昨日と一昨日は図書室で食べたのに。
「食べる前に言っておきたいことがあるんだ」
赤崎は真剣な表情をしていた。いったい何を言うつもりなのだろうか?
私は赤崎の目をじっと見つめた。
「俺は猫香のことが好きなんだ。良ければ俺と付き合ってくれないか?」
そういうことだったのか。だから赤崎は私にシカトされても、一緒に食べようとしたのか。
私は赤崎のことをどう思っているのだろうか? 最初は慣れ合いたくなかったが、今は慣れ合うのも悪くないと思っている。付き合ってみるのも悪くないかもしれない。
「別にいいけど」
「ありがとう。嬉しいよ、猫香!」
赤崎は私をぎゅっと抱きしめてきた。赤崎の体から温もりを感じる。心が安らいでいく。
赤崎のことを好きになれればいいな。
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