反省と誓い
入学式が終わり、新入生退場になると各クラスの担任の先生が各クラスの席の最前列に立った。
E組の担任の先生は若い女の先生だった。
確か名前は「1年E組、小田麻里先生。」って校長が各クラスの担任を紹介する時に言ってたっけ。
吹奏楽部の先輩による演奏が始まるとA組から退場が始まった。
D組が退場すると「E組、起立!」と声がかけられ、E組全員が一斉にサッと立ち上がる。
学校の良しあしはこういった集団行動でわかる。
この高校は比較的まとまりがあって個人プレーする奴が少ないらしい。
これも自分なりにリサーチして調べ上げた結果だ。
学力が高すぎる高校に入ったって付いていけずに落ちこぼれる可能性はあるし、学力が低くて頭の悪いやつばかりが集まる不良高校に入ってもまともに勉強は出来ない。
自分のレベルに合っていてまともに卒業出来ればそれでいい。
席を立ち上がった俺達は小田先生の後についてE組の教室に向かった。
席順を決めたあと、先生が真面目な顔をして俺の所にやってきた。
「朱雀君、もっと早く言いたかったんだけど、今すぐ中央総合病院に行って。詳しくは私もよくわからないけど、お父さんが大変らしいの。お母さんが待っているから早く行ってあげて!」と言われて頭の中が真っ白になった。
わけも分からず自分の席で少しの間頭をフル回転して考えてみたが、何も考えられない。
先生に追い出されるように机の脇にかけたカバンを渡され、病院に急いだ。
病院の玄関に着くとそこに加奈が涙を浮かべて「お兄ちゃん...。」と抱き着いてきた。
「どっ、どうした親父大丈夫なのか?」と聞くも
「お父さんがぁ…お父さんがぁ…グスッ、わぁ~ん!」と張り詰めていた気を開放するように泣き出し、病院のエントランスに響いた。
少しずつ、ジワジワと”これはただ事じゃない”という事の重大さが分かってきたような気がした。
しかし、ここで取り乱せば加奈がもっと動揺してしまう。
兄としてここは気張らなくては!
「大丈夫、あの性悪なオヤジ様がそんな簡単にくたばるわけないじゃないか。」と加奈を抱き寄せて頭を撫でてやった。
「お兄ちゃん、本気でそう思ってる?」
加奈は涙をこらえて上目遣いの冷たい視線で俺の方を睨んできた。
「っつ!」何かを言おうとするも何も言葉が出なかった。
「お兄ちゃん、何もわかってない!」
両手を俺の胸に当てると、その手を突っ張り、抱きしめた俺の手を振りほどき、歩き始める。
今の加奈の一言はまるで親父に言われたように胸に突き刺さった。
言葉が見つからないのは当たり前だ。
親父の言い方は冷たいが、言っている事はいつも正論だ。
だから何も言い返せずに何時もムシャクシャしてその場から逃げだすしかなかった。
そんな親父に対して、「オヤジ様」と呼ぶのが俺の唯一の抵抗だった。
加奈について行くと相部屋の病室に母さんが居て、その隣に目を閉じて寝ている親父がいた。
「スーちゃん!」と母さんが鉄パイプで作られた丸椅子をカタンと鳴らせて立ち上がった。
「お父さんね、脳梗塞になっちゃったみたい。」涙をこらえて母さんは歪んだ笑みを作って言った。
「脳梗塞って助かるの?」脳梗塞なんて今まで縁のなかった話だったから何の知識もなかった。
そこに先生がやってきて、「お父さんの場合、左の脳の一部が壊死しているみたいで右半身が麻痺して上手く動かせなくなる可能性がありますが、命に別状はありません。リハビリすればちょっとは回復するかもしれません。」と言ってくれた。
内心よかった・・・とほっとした。
「先生、どうしたら回復しますか?」と聞いてみると
「放っておくと動けなくなった所の筋肉は痩せて血の巡りが悪くなってしまうからマッサージやストレッチ、タオルとかを掴もうとして脳で掴むイメージをしてまだ生きている脳細胞に壊死した脳の代わりになってもらうのさ。」と教えてくれた。
「そっか・・・わかりました、ありがとうございました。」と頭を下げると
「一番大切なのはストレスを与えないことだね、お母さんに聞いたんだけど、君、よくお父さんと喧嘩していたみたいだから。」と釘を刺された。
さっき加奈に言われて反省したばかりだったが、母さんは何も言わなかったけど、やっぱり親父が脳梗塞になったのは俺のせいだと思ってるんだろうな・・・と深く反省した。
先生が話を終えると病室から出て行った。
「母さん、親父はいつ倒れたの?」と聞くと
「あんたが家を飛び出して直ぐだよ!」
「何で直ぐに言ってくれなかったんだよ!?」
と母さんを責めるように言ってしまった。
「ほまへろにょうがくすぃけほだひなひにしたぐながっだがらどめだんだ。」
親父が目を覚ました。
呂律の回らない口調で「お前の入学式を台無しにしたくなかったから止めたんだ。」と言っているようだ。
「早くお兄ちゃんに知らせたかったんだけど、お父さんがどうしてもダメだって言うから、お母さんと救急車で先に病院に来てからお兄ちゃんの学校に入学式が終わってから伝えて欲しいって電話したの。」と加奈から聞かされた。
初めて親父の優しさを感じた?
いや、気づかなかったふりをしていたんだと思う。
まだよくは知らないけど、多分親父の優しさは他の親とは違うんだ。
親父は不器用なりに俺の事を愛してくれていたんだ。
もう親父に歯向かうのはやめよう、素直に親父のいうことを聞こうと誓った。
何故か知らないが、親父との深い因縁の鎖が切られた様な感覚だった。
この時、俺にも親父の様に背負わされた宿命がある事を知る由もなかった。