持ちつ持たれつ
俺が困っていると、ファイさんが言った。
「…リョージさん、この先に何があるかご存知ですか?」
「え?」
ファイさんが指したのは、右の道。
俺が進まなかった方の道だ。
「いえ…、もしかして、向こうに本体がいるんですか?」
「まあ…」
そう言って、ファイさんはなぜかガッシュさんの方を向いた。
視線を受けたガッシュさんは、ガシガシと頭をかいた。
「あー…、それ狙いで来たわけじゃないのか」
「はい?」
「俺もこんな事態じゃなければちょっとばかし拝借したい気もするがな」
「ガッシュ!」
意味が分からないが、クロル君は分かったようで、
真っ赤になりながら怒っている。
「おいおい、冗談だ。
…とはいえ、俺も少しは感応しているかもしれんしな。
早く出よう」
「うん」
二人の話している内容は分からなかったけど、
俺ははっきり言ってそれどころではなかった。
******
クロルとガッシュが言い争っている。
だが、ファイは興味もなかったのでそれを聞き流していた。
ふとファイは、リョージが何も喋らないことに気がついた。
「リョージさ…」
声を掛けようとしたファイは、途中で言葉に詰まる。
リョージは、真っ直ぐに奥の道を見つめていた。
その表情は真剣で、
しかしいつものリョージらしくない。
ファイが見ていることに気づいたのか、
リョージはゆっくりとファイの方へと顔を向けた。
そして、言う。
「…降ろしてください」
その声が低く、やはり何かがおかしいと思ったファイ。
身じろぎをするリョージを制して、
声をかける。
「リョージさん、どうしました?」
なるべく優しく。
刺激しないように。
リョージとファイのやりとりに、ようやく異変に気付いた二人も声をかける。
「どうかしたか?」
「先輩?」
しかし、リョージは二人に返事はせず、
ただファイをじっと見つめる。
「…ファイさん、俺、行かないと」
「え?」
「……倒さないと…」
リョージが正気でないことに気づいたファイ。
それは、ガッシュも同様で。
「おいおい、まずいな」
「はい…。急ぎましょう」
ガッシュは、クロルの腕を掴む。
「え? 何?」
「走るぞっ」
「ええっ?!」
急に駆け出したガッシュに、引っ張られるクロル。
「なんで? どうして急に?!」
「いいからっ」
何だか分からないが、ガッシュの焦る様子に、
クロルは黙ってついていくことにする。
******
「…冒険者は、モンスターを倒さないと…」
ぶつぶつと呟きながら抵抗するリョージ。
それを制しながら、
ファイは走った。
リョージの様子がおかしい原因は分かっている。
途中で肩に担いでスピードを上げる。
「降ろして…、僕一人でも行くから…」
「っ、」
早くこの場を離れなければ。
別にあのモンスターがどうなろうとファイの知ったことではなかった。
だから、これはモンスターのためではない。
(…やはり…、早くしなければ…)
ファイは、走る。
リョージは強いが弱い。
強いからこそ、こうなっているのだし、
弱いからこそまだ自分が制御できている。
******
4人は、洞窟から脱出した。
外に出た各々は、新鮮な空気を吸う。
「あー…、もう大丈夫か?」
「…そう、だね…」
しかし、一人を除いてだ。
「リョージさん、だめですっ」
リョージは、ファイから離れると、一人洞窟まで戻ろうとする。
「あー、どうしたんだ、彼は」
「……」
ファイは、答えない。
ファイは考えていた。
この状態のリョージを止める方法を。
あれから離れれば、大丈夫だと思った。
だが、あの影響はリョージに深く影響しているらしい。
少し考えたファイは、ガッシュに向き直る。
「お?」
その真剣な表情にたじろぐガッシュ。
「……リョージさんは、あの方の命の恩人ですね」
「…ああ、まあそうだな」
「…だったら、今から見ることは他言無用で願います」
「は?」
ファイは、後ろで様子をうかがっていたクロルにも視線を向ける。
「あなたも…。いいですね」
「あ、はい…」
クロルは、リョージに近づいた時に、
ファイから忠告されていたときのことを思い出していた。
この人は、優しそうに見えるが、決して優しくない。
この人は、リョージに対してだけ優しいのだ。
それ以外は、興味もないのだろう。
どうなっても構わない。
そう思っているのだろうということは、分かってる。
でも、それに対して自分が思うところは無いのだ。
それだけ彼がリョージを大切なのが分かるから、応援したくなるほどだ。
一方、ガッシュはよく分かっていなかった。
「そりゃ、どういう…」
それに気づいたファイは、ガッシュにだけ聞こえるように言った。
「黙ってろって言ってるんですよ」
その口調は柔らかなものだったが、
ファイが発する空気に、冷たい汗が背中を流れる。
心臓がドクドクとうるさい。
ガッシュは、それなりの実力者である。
自分に自信もあった。
だが、実力があるからこそ分かることもある。
(…こいつには、敵わない…)
目の前の男は、何かを隠している。
ギルドの職員ということで、ガッシュも何度か見かけたことがあった。
だが、それほど印象には残っていなかったのだ。
そこで、ガッシュはひとつの可能性に思い至る。
(…隠してたってことか…)
本当の実力者は、自分の能力を隠せると聞いたことがある。
よく見ると見目もいいし、これほど記憶に残っていないというのも不自然である。
そのことに、ようやくガッシュも気付いた。
(…マジか…。俺もまだまだってことかよ…)
しかし、ガッシュも守るものがある。
ここで、劣等感に押しつぶされている場合ではないのだ。
「…ガッシュ…?」
新たな決意と共に、ガッシュはクロルをそっと抱き寄せたのだった。
******
ガッシュの返答を待つわけでもなく、
ファイはリョージの元へと向かっていた。
「リョージさんっ」
声をかけてもリョージの反応は薄い。
聞こえているのかいないのか。
この状態で近づいたら、何をされるか分からない。
自分が傷つくのは構わないが、
リョージの身に、と考えると下手なことはできない。
だから、ファイは動いた。
一気に距離を詰めると、リョージの腕を取る。
「っ…」
やはり、リョージは抵抗する。
そして、ファイに対して攻撃しようとする。
リョージから発する力に、びりびりと震える空気。
それが発せられる前に、ファイはリョージの腰に手を回した。
そして…
******
日が落ちてきていることで、
ガッシュやクロルたちからは逆光になっている。
やがて、力が抜けたリョージ。
ファイは、優しく受け止めた。
******
「ん…あれ…?」
「…リョージさん…」
「ファイ、さん…?」
「はい、ファイです」
気が付いたら、俺の目の前にファイさんの顔があった。
「あ、あれ、俺…」
ファイさんは、にっこりと笑うと
俺の前髪をそっと整える。
「大丈夫ですか?」
「え? な、なにがですか?」
俺は何が何やら分からなくて混乱する。
「っていうか、外?! 脱出できた…。
あ、クロル君は?!」
いつの間にか洞窟から外に出ていた。
俺は慌てて周囲を見回す。
「あ、クロル君大丈夫?」
俺の言葉に戸惑ったような顔をしたクロル君。
「あ…先輩、こそ大丈夫ですか?」
「え? 俺? 大丈夫だけど…」
クロル君は、ガッシュさんの後ろからそんなことを言う。
そう言われれば、俺、どうしてたんだっけ?
「あの、ファイさん、俺…」
俺が言わんとしていることを察したのか、ファイさんは言う。
「実は、リョージさんはですね。
あの洞窟内に漂う香りに精神を侵食されてたんですよ」
「え? それって…」
「ああ、もう洞窟から距離がありますから大丈夫でしょう。
…少し意識がもうろうとしていただけですから。
もう平気でしょう?」
「あ…ご迷惑かけちゃいましたか?」
「いえいえ。こういうときはお互いに助け合うものですから。
ねえ、みなさん?」
ファイさんが、ガッシュさんとクロルの方に話を振る。
そうしたら、二人も神妙な様子で頷く。
それを見て、俺はちょっと恥ずかしいようなくすぐったいような気持ちになった。
「すみません…。俺だけ引っかかっちゃったみたいで…」
「仕方がありません。あれが効くのはむしろ精神が強い証ですから」
「あの…その、あれって言うのは…」
「ああ、あの洞窟の奥にはですね。
あの香りの元となる原液があるのです。
それが、クエストの採集物だったのですが…」
「そうだったんですか…」
クロル君たちのパーティが挑んだクエストの目的があれだったってわけだな。
「あのモンスターはドラモドラと言いまして。
あの香りで獲物を洞窟の奥までおびき寄せて捕食するんです」
「あ…」
そう言えば、甘い匂いを感じていた気がする。
途中から鼻が慣れたのか忘れていたけど。
「本人に自覚はないでしょうが、そちらに誘導するんです。
その性質を分かっているものは、最初に一人をやって様子を見る。
その者が行ったのとは別の道に、原液を所持したモンスターがいますから」
ファイさんに続いて、ガッシュさんも言う。
「最初っからそれが分かってっと効きにくいんだってよ。
だから、気にしなくていいんじゃねえか。なあ」
「う、うん。自分も最初知らなくて…」
クロル君がきっとその最初の一人にされてしまったんだろう。
そう思うと怒りも沸いてくるが、とにかく無事でよかった。
「そうですか…。迷惑おかけしてすみませんでした」
「また、いいんですよ。ほら、リョージさん。
日が暮れる前に帰りましょう」
「はい、そうですね」
何はともあれ、クロル君は救出できた。
ちょっと自分は恰好悪かったけど、
まあ結果オーライかな。
******
リョージは知らなかった。
ファイがなぜ自分からモンスターの説明などをしたのか。
意識が無かった間に自分に何が起こっていたのか。
リョージは知る由も無かったのだった。




